地元民
学校を離れた地元で、役者は集められる。予期せぬ者も登場する。
「ようこそおいで下さいました」舞子が松前さんを迎えた。
松前さんは仕方なさそうな顔をして舞子に勧められるままフードコートのテーブル席に腰かけた。
金魚の糞の僕も一緒に座る。
「芦屋君、何か買ってきて」
「長くなりそうなのね?」
松前さんは不審を顔に出したものの「ベーコンレタスバーガーのセット。氷無しコーラ。ポテトで」とツンとした顔のまま僕に言った。
「私もそれー」舞子が笑う。
松前さんが舞子の笑顔に驚いた様子を見せたが、僕は買い出しに出るためにそこを離れた。
しっかり夜飯を食べるのか。
僕も付き合うことにした。
三人前の食事をどうにか二つのトレイに載せて僕は戻って来た。
舞子と松前さんとの間で話はすでに始められていた。僕のいない時の会話は僕にはわからない。わからないことを僕は語れない。
「まさか松前さんが同じ地元民とは知りませんでしたよ。モールですれ違っていたかもしれませんね」
「私はここには滅多に来ないから、会ったことはないでしょう」
「丘陵中だったのですね、松前さん」
丘陵中は、僕や舞子が公立に通っていたとしたら通うはずだった中学だ。つつじヶ丘とひかり台は同じ中学の学区になる。木曜日にそういう話を生徒会室でしたな――と僕は思い出した。
「このあたりから御堂藤学園に通っている生徒や教師多いみたいです」
「そうね」
松前さんも認識しているようだった。しばらくバーガーを食べながら雑談に興じる。地元民の話だ。
妖怪信号機の話は丘陵中やひかり台小学校でも知られていた話らしい。
広いようで狭い。狭いようで広い。それが地元というものだ。
バーガーを食べ終え、ポテトやドリンクに移っていた。
「さっきの話に戻るけれど、明日日曜日に私にも登校しろと言うのね?」松前さんが吊り目を光らせた。
「ええ、ぜひに」
「そんな簡単に尻尾を出すかしら?」
「きっかけは与えました。今までも何かきっかけがあって動いていたと思います」
「自信満々ね。それで――明石君も来るの?」
「明石会長はご存じないです。山縣さんには私が知らせましたが」
「山縣さんは来るのか。面倒くさいわね」
「それで――なのですが、情状酌量の余地がある場合は寛大に対応してもらいたいのです」
「だったら私ではなくて、黒森会長とか矢車副会長に相談すべきね」
「いえ、寛大な対応はあの二人にさせるわけにはいきません。おそらく松前さんもそう思うはずです」
「生徒会を守るために私に泥をかぶれということね」
「そうですね」
「わかったわ」
何の話かはわからない。しかし文字通りの話ではないなと僕は思った。
長年付き合ってきた僕にはわかる。舞子の口ぶりが本音を語るものでないことを。
特に黒森会長と矢車副会長に知らせないという点。二人や生徒会を守るためではなく、この二人には知らせてはいけないと舞子は言っているようだった。
「生徒会を守るため」というのは松前さんを言いくるめるウソに違いない。
「ところで別件ですが」舞子は話題を変えた。
「今度は何?」
「生徒会総会の八号議案、あの日とり上げる予定だった議案についてです。金曜日朝の米ばら撒きで先送りされましたよね? どんな議案がありましたか?」
「あなただから言うけれど」
松前さんは僕を見ていなかった。眼中にないようだ。
「――部から同好会への格下げ提案三件、生徒会による部室への強制監査、第二同好会室の設置案……」松前さんはいくつか並べた後、付け足した。「最後は生徒会役員に対する罷免要求」
「それは誰に対するものでしたか?」
「矢車副会長よ。毎度あがるわ。根も葉もない話だけれど――たぶん」
矢車ハーレムを妬んだ者が校則の男女交際禁止に違反しているのではないかという訴えだ。
「矢車さんだけでした?」
「いえもう一人。中等部の渋谷君よ。彼の名が挙がったのは初めてだけれど、彼もまた学園のプリンスだし、矢車さん同様嫉妬の対象になるわね」
「議案を出したのは誰なのです?」
「わからない。その手の提案者は総会の場で議案が検討されるときに名乗り出ると言うのよ、いつも」
「なるほど」
「だから取り上げられることはないわ。名前を出せないひとの議案なんて」
「その議案のこと、詳しく知っているのは生徒会内部だけですか?」
「そのはずよ」
その時、一瞬――風を感じた。
屋内にも関わらずさわやかな風。
「あれれ――」と声を発した男はすでに舞子の背後にいた。
「――Cカップ。うん、順調に育っているね」男の右手が舞子の胸を捉えていた。
「あんた!」と叫んだのは松前さんだ。「このくそ野郎!!!」
確かにくそ野郎だが、そんな言葉を松前さんが発するとは。
「ありがとうございます」
舞子は何事もなかったように平然としていた。胸を触られても何も感じないみたいに。
「なんだ、なんだ、密談か? 松前と頭つき合わせて」
にかっと笑う顔にはまるで悪気がない。
このひとはいつもそうだった。小学校の頃から。
僕と舞子の一年上。つつじヶ丘北小出身。そして中学は松前さんと同じ丘陵中に通っていた男――三神拓斗。
小さいころから手癖が悪く女子生徒や女性教師のスカートをまくったり胸や尻にタッチしたりする昔懐かしい悪たれ小僧だ。
その彼は今、我らが御堂藤学園の高等部二年生だ。
時:二度目の米ばらまきがあった日の翌日―土曜日夕方
場所:地元ショッピングモール
ここの登場人物
舞子実里 ミステリー研究会会員
芦屋憲勇 ミステリー研究会会員 僕 語り手
松前理世 生徒会書記 高等部二年生
三神拓斗 高等部二年生




