土曜日 家庭科部
声の大きい者は声なき者を支配する。
密談を終えた舞子は樋笠とともにどこかに消えた。
浅倉さんが前薗さんを家庭科部に誘い、なぜか僕もそれに付き合うことになった。
「そろそろ、また焼き上がっていると思うんだ」
「楽しみね」
またクッキーが焼き上がるらしい。それを賞味に行くという。
そんな会話を樋笠は指をくわえて見ていた。そして舞子に連れられていったのだ。ドナ・ドナ。
「おじゃまー」浅倉さんが先に入る。「できたー?」
「完璧でーす」明るい声が返ってきた。
家庭科実習室には中等部生が多かった。
ふだんから浅倉さんはよく出入りしていて一緒にお菓子やらを作るようだ。
「おお、いいねぇ」
舞子を相手にしている時と違い浅倉さんの口調はかなりくだけている。中性的な美少女になっていて下級生には憧れの対象だろう。
そしてもう一人、この部屋にプリンセスが訪問した。
「「前薗さん!!」」
「ごきげんよう」
さすがはプリンセス。慰安訪問もすっかりさまになっている。
僕は存在こそ認知されたがモブ男として控えていた。一応高等部の制服なのでそれなりに歓待される。
「浅倉さん、こっちも食べて下さい」
「美味しそうじゃん」
浅倉さんは中等部一年生にも人気だ。と思ってよく見たら先ほど中等部の校舎ですれ違った三人の一年生だった。
きみたちは舞子のことを知らなかったが浅倉さんのことはよく知っているのだな。
やはり僕と舞子はもう中等部の人間ではなくなったのだ――と思い知らされた。
浅倉さんはあっちこっち引っ張りだこ。
僕は前薗さんとともに腰を落ち着けていた。
目の前に焼き上がったお菓子が運ばれてくる。
「紅茶のお手伝いしましょうか?」前薗さんが気を遣う。
「いいええ、おかけくださいまし」
前薗さんは動けずにいた。
ボランティア部部長は接待されるのに慣れていないと見える。何となく落ち着かない様子だ。
「どうぞ」
僕のところにおとなしい一年生がお菓子を持ってきた。皿の上に綺麗に盛り付けられている。こういう盛り付けはなかなかセンスが要るものだ。
僕は盛り付けが汚い。ブュッフェで食べ物をトレイにとるときも、どうしてこんなに汚い盛り方しかできないのかと呆れてしまう。
「こんなにしてもらって、まるで誕生日みたいだ」僕は語った。
前薗さんの手がピクリと動いた。
「そうですよね~、誕生日はお菓子ですよね」馴れ馴れしい子もいる。「一緒にお菓子焼こうか、◯◯の誕生日」賑やかなのは二人。
「誕生日なの? おめでとう」僕はまた語る。
「え、ええ」おとなしい子は戸惑うような顔をした。
「誕生会を開くのかしら?」前薗さんが訊いた。
さりげない訊き方に僕は感心する。
「そうなんですよ、この子のお家で」
「お友だちだもんねー」
顔を見合わせたのは賑やかな子二人だ。
「楽しみだねー」
「この間は赤飯炊いたんですよ」
おとなしい子は手を震わせた。
「あ! ここでする話じゃないですね」
「そうね」と前薗さんは一旦目を伏せてから「人前でされたくない話題もあるわね。誕生日だって見知らぬ人に知られたくないかもよ。個人情報だから」
「ごめんなさい。誕生日みたいだって言ったのは僕でした」
僕は前薗さんに頭を下げた。
「いいえ、とんでもない。頭をお上げになって」
前薗さんはうろたえたように僕に言った。
賑やかな女子二人は不思議そうに見ている。
おとなしい子は目を伏せたままだった。
「語り」は力だ。声の大きな者は声なき者を支配する。
時:二度目の米ばらまきがあった日の翌日―土曜日午後
場所:家庭科室
ここの登場人物
舞子実里 ミステリー研究会会員
芦屋憲勇 ミステリー研究会会員 僕 語り手
前園純香 中等部三年生 ボランティア部部長 御堂藤のプリンセス
樋笠大地 中等部三年生 舞子の配下
浅倉明音 中等部三年生 舞子の配下
その他家庭科部部員――中等部一年女子三人など




