土曜日 ボランティア部
何気ない日常ティータイムは必要だ。
舞子に連れられてやって来たのはボランティア部の部室だった。
「ようこそいらっしゃいました」
部長である中等部三年生前薗純香さんが紅茶で歓待する。
優雅なひととき。そしてプリンセス前薗さんが淹れる紅茶はとても美味しい。まさに魅惑の一杯。
「いつ来ても癒されるなあ」
舞子は満足そうだ。
土曜日など時間がある時は食後の満腹をここで適度に解しているのではないかと僕は思った。
ボランティア部は古い教室を一部屋そのまま使っていた。
使われない机や椅子が隅の方に押しやられていて、長テーブルとパイプ椅子を配置して腰かけている。
しかしこの環境が却って落ち着くのだ。まさに前薗ワールド。彼女でなければボランティア部は存在たりえない。
そしてここにはプリンセスに癒されるために集まって来る輩が二人。樋笠大地と浅倉明音だった。
「今日もクッキーがうまいなあ。プリンセスのお手製かなあ」
樋笠はポリポリサクサクと口を動かす。
「それ、私が焼いたんだけど」
浅倉さんが怖い笑顔を樋笠に向けた。
「超うめええええ!!!」
それが樋笠の悲鳴だった。
「家庭科部にお邪魔して焼いていました」浅倉さんが舞子に言う。「今も家庭科部で焼いています。そちらにも行かれますか?」
「特に用もないしなあ。お米の件は生物部に任せているし」舞子もクッキーに手を伸ばす。「ここで浅倉のクッキーが食べられるのなら最高ではないか」
「ありがとうございます」
「浅倉はこう見えて家庭科優秀だからな。料理の腕は確かだし、縫製の才はあるし、ボクの嫁にしたいなあ」
今、「ボク」と言ったぞ。ときどき舞子は「ボクっ子」になる。
「光栄です。『こう見えて』は余計ですが」
浅倉さんの笑顔も怖い。舞子に向けるとはなかなかだ。
「演劇部の衣裳も浅倉が手伝っているのだろう? 衣裳だけではない。芝居の方も出ているな、チェーホフ『桜の園』とか」
「ええ、何度か、助っ人をさせていただいております」
「俺の方が先っスよおお!」樋笠が言った。
「そういえば樋笠も一年の頃から主役だったかな。鶴の恩返し」
「あれは木下順二の『夕鶴』っすよ。『与ひょう』をやっていました」
「そうそう、中一が出た。天才とかもてはやされたな」舞子の褒め殺し。
えへへへと樋笠は満足そうだ。
「演劇部は年に何回も公演をしているから良いな。助っ人頼りだとしてもあれだけみんなを楽しませる実績があればさすがの幡野さんも黙っているしかないな」
実は演劇部は専属部員が五人を切ったりしている。出ている役者はあちこちから集めた助っ人だ。しかし幡野さんの「部から同好会に格下げ提案」に演劇部は入っていない。
演劇部顧問の御子神先生は少し前まで文芸部の顧問も兼任していた。今は野上先生が文芸部の顧問をしているが幡野さんは御子神先生を尊敬している。そして御子神先生はけっこう幡野さん好みの演目を公演にしていた。
「そうそう――樋笠、去年のあれも良かったぞ。セリフが長くて苦労しているみたいだったが」
「『ドリアン・グレイの肖像』ですね、オスカー・ワイルド。俺っちはヘンリー・ウォットン卿の役でした」
「あれには高原も出ていたな」
「シビル・ヴェインです。そして主役のドリアンは矢車さんでした」
「あの役、矢車さんにぴったりだったな」
「俺は和泉が矢車さんの毒牙にかからないか心配でしたよ」
「それも見てみたかったな」浅倉さんが言ってから舌を出した。
「明音、それはないんじゃね」
ハハハ……と舞子は笑ったが目は笑っていなかった。
「高原にはいちおう忠告はしておいたが、高原は矢車ガールズには全く興味を持っていなかったよ」
「私にも矢車さんの魅力はわかりかねます」浅倉さんが言った。
「そうか? きみたちの学年なら渋谷があのポジになりそうだが」
「恭平があんな風になるわけないじゃないですか」
「悪かった。そう怒るなよ」
「怒っていません」
「さて――前座はこれくらいにして」
やはり前座だったか。
舞子が声色を変えたため一瞬緊張感が走った。
「紅茶、淹れなおしました」
プリンセス前薗さんの透き通るような声が場を落ち着かせた。
時:二度目の米ばらまきがあった日の翌日――土曜日午後
場所:ボランティア部部室
ここの登場人物
舞子実里 ミステリー研究会会員
芦屋憲勇 ミステリー研究会会員 僕 語り手
前園純香 中等部三年生 ボランティア部部長 御堂藤のプリンセス
樋笠大地 中等部三年生 舞子の配下
浅倉明音 中等部三年生 舞子の配下




