中等部生徒会で感じた空気
モブとして黙って観察していると、その場の空気に敏感になっていくものだ。
「これならやっていけそうだな、東矢」
舞子が東矢さんに言った。
どことなくその目に慈愛を感じる。舞子がこういう目をすることは滅多にない。
「はい、ふつつかですが」
「私のときよりずっと良さそうだ。私はポンコツだったからな。特に最後は大きな穴をあけたし。あの時も東矢たちがしっかりカバーしてくれた……」
「いいえ、そんな――とんでもないです」
舞子は三月に二週間ほど学校に来なかった。
いろいろ憶測を呼んだが再登校したときのげっそりとした姿を見て本当に体調が悪かったのだと誰もが思った。
何か大きな病気になったのだろうと今も思われている。
「君は自己評価が低すぎる。自信を持て。君は私よりずっとできる。ふつうにやるだけで生徒会などかんたんにまわるだろう」
「僕がついています」
いつの間にか渋谷恭平君が東矢さんの隣に並び立つようにいた。
「渋谷もたくましくなったな。中一の頃は先輩女子方に囲まれ、追い回されて、おどおど逃げ回っていた気がする。それが今や学園のプリンスだ」
「恐れ入ります」
美貌のプリンスも舞子の前では形無しだ。頭を掻いたり、ぺこぺこと頭を下げたり。中等部学校案内に載る高貴な美少年のイメージはそこにない。
それにこの空気。
「僕と泉月に任せて下さい」
自信満々に、かつ爽やかに舞子に向かって宣言する。そして隣にいる東矢さんを振り返る。
あれ――この感じ。
東矢さんは舞子と向き合っている。東矢さんが渋谷君を見ることはない。たぶん必要に迫られなければ誰にも対峙しない子なのだ。
しかし渋谷君の視線は常に東矢さんに向けられている――と僕は感じてしまった。
プリンス渋谷恭平はプリンセス前薗純香と公認の関係だと中等部では思われていた。
校則で生徒同士の恋愛は禁止されていても、そこだけ暗黙の了解のように見逃されていると思っていたのだけれど、違うようだ。
それはただの外野の勝手な思い込みであって、事実――舞子はふたりをそんな関係だと思っていない。
しかし渋谷君の東矢さんを見る目は単なる中等部生徒会長に向ける副会長の目ではなかった。
舞子は気づいていないようだが。
「邪魔をして悪かった。作業をつづけてくれたまえ」
舞子は満足したかのように立ち上がった。
僕にだけ聞こえるようにげっぷをしたぞ。そして僕をチラ見してウインクする。それも東矢さんと渋谷君が頭を下げた一瞬を狙って。
「ごちそうさま。とてもおいしかった。幸せだ」
まさに女王――いやボスの風格。
「中等部生徒会は安泰だ」
舞子は背中を向けて手を振った。ヒーローのつもりか。
僕はぺこりとモブ男らしく東矢さん渋谷君たち役員に頭を下げ、舞子の後に従った。
ようやく中等部生徒会室を出た。とんだランチタイムだったな。
「さあて――つぎはどこへ行こうか」
まだまわるところがあるようだ。空腹は満たされたのではないのか。
中等部の校舎がだんだんと久しぶりに感じられるようになってきた。何か用事でもない限りここを訪れることはないだろう。
にぎやかな中等部女子が三人、廊下を行く。
「こんどバースデイプレゼントを用意するから遊びに行っても良い?」
「え」
ひとりはとても饒舌で声の大きい女子。もう一人はおとなしく言葉少なめな女子。
「良い良い。私も行きたい」
三人目も声高だった。
おとなしい女子は考え込むように目を背け、僕たちを見た。そして静かに頭を下げる。
舞子は頷くように軽く返しただけだ。ここはかつては舞子が仕切った聖域だ。舞子は女王の仮面をかぶりクールビューティーを維持していた。
にぎやかな女子ふたりも先輩に対して頭を下げたが、通り過ぎてから囁き合う。
「誰?」「誰?」
舞子を知らないのは一年生だけだ。
今さら一年生にはどう思われても良いと言っておきながら、昔の癖で威厳のある態度になる舞子を僕は滑稽に思ってしまった。
時:二度目の米ばらまきがあった日の翌日――土曜日の昼
場所:中等部生徒会室そして中等部校舎内廊下
ここの登場人物
舞子実里 ミステリー研究会会員
芦屋憲勇 ミステリー研究会会員 僕 語り手
東矢泉月 中等部生徒会長
渋谷恭平 中等部生徒会副会長
その他廊下ですれ違った中等部一年女子三名




