黒森生徒会長と矢車副会長
目立ちたくない人間にとって、値踏みするような目は怖い。できればそういう連中の前には立ちたくないものだ。
黒森生徒会長が舞子と僕のところに来たのと入れ替わるように松前書記は離れて行った。舞子が書き加えた書類を手にして。
「彼女には助けてもらっているわ」黒森会長は松前さんの後ろ姿を見遣りながら言う。「先代の会長さんの時からいて、生徒会活動の全体の流れをよく知っているし、何より憎まれ役を厭わないところが尊敬に値する」
「そうですね」舞子は素直に頷いた。
高等部入学生にして学園の伝統を守る側にいるのがちょうど良い立ち位置なのかもしれない。
松前さんのことを革新派と保守派のどちらからもウザいと思われているひとだと思っていたが、現生徒会には必要な人材なのだ――きっと。
他の役員たちは影が薄かった。黒森会長と矢車副会長の指示に何の疑問も呈さない。まさに従順な下僕のイメージだ。
「例の件は進展があったのかしら?」
黒森会長が口にしたのは米バラマキ事件のことだ。
「米を鑑定してもらったところ、いくつかのルートの米が混じり合ったものだそうです。あちこちからかき集めたみたいに」
「まあそこまでわかるものなの?」
「ミニ同好会にはいろいろな分野の専門家がいますから」
「同好会をたくさん作ったのは間違いではなかったのね」
黒森さんは安心したかのように言った。
規制緩和してミニ同好会を生み出したのは黒森生徒会だったはず。それが間違いだった可能性も黒森さんの頭の片隅にあったのかもしれない。
その先のことを舞子は言わなかった。実際進展はないしな。明石さんと有象無象の連中の間ではファンタジーなお花畑が広がっていたかもしれないが。
ボランティア部で上がった美化風紀委員室への侵入者の件も舞子が語ることはなかった。あれはまだ報告する段階に達していないと舞子は判断しているのか。
山縣さんら新聞部に知られたらセンセーショナルに書かれるだろうな。米バラマキ事件は上書きされてしまうだろう。
不審者侵入の方がより犯罪のニオイがある。
ミステリ研と同じように締め切りに遅れて総会出欠票を書いて提出したミニ同好会の面々が順に退室していき、気がついたら生徒会役員と僕たちだけになってしまった。
どうやら僕たちは黒森さんに引き留められていたようだ。黒森さんから見たら二つ年下の舞子は可愛がる対象なのかもしれない。
「舞子くん」その人が姿を現した。「ようこそ生徒会へ」
「矢車副会長。お久しぶりです」舞子は慎ましく頭を下げた。
フレームレス眼鏡をかけた美貌の男、矢車漣生徒会副会長がそこにいた。
なぜかとりまくように黒髪ロングの美少女が二人ついている。手が空いているからだろうか。
奥には書類をチェックする女子生徒も二人いた。
「今からでも生徒会に入らないかい?」矢車さんは口許に微笑をたたえた。「君なら大歓迎だ」
「まあ素敵ね。私も歓迎するわ」黒森さんも合わせるように言った。
人事権は矢車さんの方にあるのか?
「私は高校生活はのんべんだらりと過ごしたいので、せっかくのお誘いですがお断りします」舞子ははっきりと答えた。
「そうか、それは残念だね。しかし――明日の総会くらいは出るのだろう?」
「ここにいる芦屋君に任せました」舞子は僕を前に押し出した。
「芦屋君か――」
矢車さんの目が鑑定眼に見えた。黒森会長の鑑定眼とは少し違う。
矢車さんの目は、その対象が自分にとって役に立つものかどうかを見極めているように思えた。
「明日の総会は年度初めのものだから、役員紹介と所信表明、そして予算割り当てなどが中心になるわ」
黒森会長は気軽に参加してねと僕に言っている。
「議決権の重みについての検討が議論を呼びそうだ。早速同好会側から一票の格差問題についての指摘が出されている。どのくらい時間を割くことができるか不透明だが、紛糾する可能性もあるね」
「同好会を作りすぎたかしら?」
「どうだろうね。趣味が多様化している現在、これもひとつのかたちだと僕は思うのだが」
ミニ同好会が乱立して、部を上回る数になった。同好会が部の二倍近くある。同好会に部と同じ発言権を認めることに対して慎重な意見は多いだろう。
「総会の時間は限られている。優先順位の低い議案は端折ることもありうるね」
優先順位をどのように決めていたのかわからない。
実際――翌日の生徒会総会は当初のレジュメ通りに進行できなかった。
翌朝、ふたたび米がばらまかれたからだ。
時:米ばらまきがあった日の三日後――木曜日放課後
場所:生徒会室
ここの登場人物
舞子実里 ミステリー研究会会員
芦屋憲勇 ミステリー研究会会員 僕 語り手
黒森麗愛 生徒会長
矢車漣 生徒会副会長




