木曜日昼休み
有象無象の同好会室はその場の住人によって雰囲気も変わる。時にその一画はハーレムとなる。
木曜日の昼休み。同好会室に明石会長の姿はなかった。
山縣さんや須磨の姿もなく、そんなところに舞子が来るわけもなかった。
僕だけが間抜け面をさらしに来たのだった。
教室二つ分ある同好会室。閑散としているかと思いきや、一部のエリアが賑わっていた。
女子が談笑する声が聞こえる。
魑魅魍魎の世界ではなく、そこは楽園のようだ。
黒髪ロングの女子が四人。二人がパイプ椅子に腰を下ろし二人は立っている。
女子たちの視線の先にその人がいた。矢車漣。生徒会副会長だ。
細いフレームレス眼鏡をかけた美貌の男。僕とは対極の位置にいる存在だ。
ボードゲーム同好会。腰を落ち着けてするアナログゲームなら何でもござれの同好会だった。今はオセロをしているようだ。
オセロをしているのは椅子の女子二人なのだが全ての女子は矢車さんに顔を向けていた。
そこだけハーレム。離れた周囲には身を隠すようにして目を向ける有象無象の男たち。中にはそっと小型カメラを向ける者もいた。
盗撮かよ。もちろん――被写体は美貌の男ではない――だろう。
女子の中に黒森生徒会長の姿はなかった。
黒森会長はボードゲーム同好会ではない。この部屋にのこのこ姿を現そうものなら「部費くれ」集団に囲まれてしまうだろう。
「部費」「部費」と叫ぶ連中を中等部時代の舞子は「ブタども」と蔑んでいたっけ。
しかし、四人の女子のうち二人――立っている二人は生徒会役員だと思った。生徒会室で見た顔だ。同じ額出し黒髪ロングでも顔の見分けはどうにかつく。
生徒会のメンバーと同好会メンバーの両方を矢車副会長は連れ歩いているのだろう。いや逆だ。女子たちがまとわりつくように矢車副会長に従っているのだ。
矢車さんは気まぐれに同好会室に姿を現す。こうして女子たちを引き連れて。
それをよく思わない者もいるだろう。しかし口に出して非難することもできない。誰とどこを歩こうが自由だ。
有象無象たちが静かになっていた。
「あーん、負けちゃった……」
女子ふたりの勝負はついたようだ。
「日に日に上達していると思うよ」矢車さんが言った。
「そうお?」負けた女子は嬉しそうだ。
同じような髪型をしていてもキャラは違うものだ。勝った方の女子はおとなしく聡明な印象。負けた方は明るく裏表がなさそうだった。
そして矢車さんは誰に対しても等しく褒める。指導するときもソフトな語り口だ。
「モテるやつは違うな……」どこかから妬みの声が聞こえてきた。
それは小さなつぶやきだったが、耳に残る。
しかし僕がその発信者の方を向くことはない。聞こえなかったふりをして通り過ぎるだけだ。
「こんど、チェスを教えて下さいよ」背中に女子の声が聞こえる。
「そうだね。うちからチェス盤を持ってくるよ」矢車さんの声も聞こえた。
「ここにチェスあるじゃないですか」
「それはね、駒が足りないんだ。随分前から置いてあったやつなんだけれど、いくつか駒が欠けている。ちゃんと片付けないとオセロの石もなくなったりするからね」
「よその同好会の荷物に紛れ込んでいるんじゃないですか?」
「かもしれないね。でもこんなに密林化してしまっては探すことはできないね……」
僕は同好会室を出た。
図書室でも覗こうかと思った。しかしなぜか保健室につながる廊下を歩いてしまう。
ここ最近舞子を迎えに行ったりするからつい習慣になってしまったようだ。
保健室前には中等部の女子生徒がいたが、僕の姿を見るとそそくさと去って行った。
僕は保健室の閉じられた扉の前を通りかかった。
扉には「昼休み中」の札がかかっていたが、保健室の先生は在室のようだ。
今日の担当は「霜村」、「伊地知」の札がかかっていた。
舞子は今日保健室に来ないな――と僕は思った。
舞子は担当者を選ぶ。何だかんだ言いながら年配の立花先生が好きなようだ。
僕はそのまま図書室へと向かった。
時:米ばらまきがあった日の三日後――木曜日昼休み
場所:同好会室そして校舎内、保健室前
ここの登場人物
矢車漣 高等部三年生 生徒会副会長
芦屋憲勇 ミステリー研究会会員 僕 語り手
その他矢車副会長のとりまき女子など




