米ばらまきの影響
孤高のクールビューティーにさまざまな人間がからんでくる。そばに仕える探偵助手は楽ではない。
「これも米バラマキの影響か?」舞子が誰にともなく言った。「あのどさくさを利用して侵入したとしたら」
「あのバラマキへの対応のために生徒会や美化風紀委員はそれなりの数をとられました。先生方もです」
「きっと校門での身なり・荷物チェックもふだんよりいい加減になったのだろうな」
「監視に厳しい目を持つ人が現場に集まったでしょうからね――璃乃みたいな……」
口を挟んだ樋笠はまたしても神々廻さんに叩かれていた。もはやそれは定番だ。
樋笠は嬉しそうにしている。Мっ気があるのだろうか。
「何か持ち込んだヤツもいるかもな。あの米バラマキは陽動。目的は監視の目を遠ざけることだったかも。他にも侵入された部屋があったかもしれない。どさくさに紛れて。それらも調べる必要があるな」
まただよ。「……する必要がある」。明石会長の影響が舞子にも及んでいる。これは「……しろ」の言い換えだ。
「わかりました。そのあたりは私と大地が当たります」
相談を持ちかけてきた神々廻さんが担当することになっている。支配とはまことに恐ろしい。
「ええ? オレっちも?」
樋笠は下請けらしい。悲鳴のようなものをあげたが、この展開は予期していただろう。むしろ樋笠が望む展開だったのではないか。
「いざとなったらイズミやアカネも使います」
「あの二人には折を見て私から頼んでみよう」
「ボスの命には背けませんものね」またしても樋笠が余計なことを言う。
「誰がボスだ!? あん?」
十分ボスだと思いますけれど。
「クッキーはいかが?」
前薗さんが、さっと舞子の前にクッキーの皿を出す。
「ありがとう」舞子の顔がほころんだ。「さすがはプリンセス」
「恐れ多いですわ」
前薗さんはさらに紅茶のおかわりを用意する。舞子はそれに蜂蜜をたっぷりと注いだ。
どうやら舞子には糖分が不足していたようだ。
「オレっちにも」樋笠が前薗さんに物欲しげな笑顔を見せる。
前薗さんはにっこりほほ笑んで静止した。
「失礼しました」樋笠は敬礼し、冷や汗を光らせた。
「一仕事こなしてから食べなさい」
神々廻さんに言われ樋笠はおとなしくなった。
やはり元女子校。主権は女子にあり。
僕は観測者であり続けた。
神々廻さんと樋笠が退室した。
残ったのはこのボランティア部部長のプリンセス前薗さんと舞子そして僕だ。
「ご迷惑ではなかったでしょうか?」
前薗さんが舞子にうかがいの目を向けた。
「大丈夫。問題ない」
舞子は微笑んだ。その微笑が前薗さん以外に向けられることはないだろう。
ただでさえ滅多に笑わない舞子だ。微笑は怖気を催させる武器だった。
ただ一人――プリンセス前薗さんだけが舞子の微笑をそのまま観賞できるのだ。僕はそのおこぼれにあずかっていた。
「明石さんは今のところ米バラマキのメッセージ性にとらわれている――」興味の対象はとことん追求するからな。「しかし、あれがどのような影響をもたらしたかも考えるべきだろう」
時間が経てば明石会長もそちらに行くと思うが。
「どんな迷惑をこうむったか――声の大きい者ははっきりと口にするかもしれない」僕は神々廻さんの顔を思い浮かべてしまった。「――しかし、物言わぬ者は多い。むしろそちらの方がメジャーだ。サイレントマジョリティーに口を開かせるのは容易ではない」
舞子が僕に目を向けた。いやいやいや……僕に語らせないで欲しい。
僕は黙って作り笑いを維持し続けなければならなかった。
舞子を送るのでその日はミステリ研の活動はなしだ。たまにはそういう日もあって良いはずだ。
下校ラッシュの時間帯から少しずれていたとはいえ通りがかりの生徒はそれなりにいた。そして舞子を見かけた中等部生はほぼ例外なく舞子に頭を下げる。
高等部の上級生でさえ足を止めて見るくらいだ。中には指をさす者もいた。
「後ろ指にも慣れたな」と舞子は言うがそうでもないだろう。ただ指差すだけなら以前からあったが、今のは髪をバッサリ切ったことを噂しているのだ。
「有名人はつらいなあ」舞子は僕にだけ聞こえるように言った。顔はツンと澄ましたままだ。
もうすぐ校門を出るというところで後ろから猛然と駆けてくる足音を聞いた。これは――。
「ままいこさあん」ママイコ?
振り返ると肉の塊が……。
「沢辺先生」舞子は悠然と頭を下げた。
僕は飛び退いて避けた。
「大丈夫なの?」
舞子の手を握りしめ舞子の顔をのぞき込んだのは体育教師の沢辺先生だった。
女子生徒担当の女性教師だ。確か二年目と聞いているからまだ非常勤のはず。
僕たち男子生徒が沢辺先生から教わることはない。ただその存在感で周知しているだけだ。
身長は百五十台前半のはずなのに巨体に感じるのは横に広いからだ。肩幅といい腰まわりといい、そして何より胸の高まりが脅威だった。
すぐそばにいると触れてしまうのではないか。だから僕は距離をとっていた。
「保健室で薬を飲んで休んでいましたから大丈夫です」
六限目はボランティア室で寝ていたことは語らない。いちいち全て語らないのは誰もがすることだ。
「それなら良かったけれど」
「いつも心配をおかけして申し訳ありません。これはずっと付き合っていかねばならない体質のようなものだと思っています。どうか気になさらないように」
「調子が悪くなったらすぐに言うのよ。私は週に三日か四日しかいないけれど見かけたら遠慮なく言ってね」
「はい」
確か火水金だったかな。そして土曜日は月に2回。体育の授業以外は校内を巡視していると聞いたことがある。
「先生」舞子がふと思いついたように訊いた。「最近校内で何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと? 舞子さんが髪を切ってぐーんと可愛くなったことかな。イリョクバツグンダ」
この先生に空気を読むことを期待してはいけなかった。だいたい――舞子が髪を切ってから一カ月は経っている。
「そうですか……。ありがとうございます」
舞子は顔色ひとつ変えなかった。
「ああ、忙し忙し……」ドタドタと沢辺先生は駆けていった。
僕は舞子に続いて校門を出た。
生徒の姿が少なくなった途端舞子の口が僕の耳元に近づく。
「歩けなくなったらおんぶしてよ」
だから息を吹きかけるなって。
僕が先を進むと舞子は声を殺して「憲ちゃあん」と叫んでいた。
探偵助手も楽ではない。
時:米ばらまきがあった日の二日後放課後
場所:ボランティア部部室そして校内
ここの登場人物
舞子実里 ミステリー研究会会員
芦屋憲勇 ミステリー研究会会員 僕 語り手
樋笠大地 中等部三年生 舞子の配下
神々廻璃乃 中等部三年生 舞子の配下 美化風紀委員
前薗純香 中等部三年生 ボランティア部部長 御堂藤のプリンセス
沢辺早妃 女子生徒担当の体育教師




