再び保健室
クールビューティーは保健室で素をさらす。探偵助手は翻弄される。
情けないことに放っておけないのが僕の性分だ。良いように舞子に使われている。
午後は五限目と六限目が体育だったが、その休憩時間――いちおう小休憩は十分ほどとれる――に僕は保健室を覗きに行った。
舞子は素直に五限目を終えて帰っただろうか?
保健室には一昨日同様立花先生がいて、僕を見るなりまたしても「実里ちゃん、ダーリンのお見舞いだよ」と大きな声をあげた。
とんだおばさんだ。いや五十は過ぎているだろうから初老だな。
保健室のベッドは三つとも塞がっていた。毎日体調不良の生徒がいるのかもしれない。舞子が来なくても塞がっていたかまではわからないが。
舞子はいちばん左のベッドにいて、カーテンの隙間から手を出して僕を手招きした。無言だ。
僕は「入るよ」と言ってから中へと入る。
いつも緊張するな。呼ばれて入ったのに「痴漢よ、痴漢」と騒がれたこともあった。
僕がうろたえるさまを見て喜ぶヤツなのだ。立花先生はよく知っているが、ここにはあまり馴染みのない生徒も来ていることがあるのだ。誤解されて拡散されたら大変だ。
「一時間経ったから出所しろと言われた」出所かよ!
「僕は抜け出してきただけだから六限目の体育も残っているし、送ってあげられないよ」
「じゃあ――どうしたら良い?」
あざとい顔をするな。可愛すぎるがいかにもわざとらしい。
「おうちに連絡してお母さまに迎えに来てもらうしかないと思うよ」
「うちの家の私に対する扱いを知っているでしょう? 三姉妹の真ん中はいつも放置されるのよ」
長女は初めての子だから大事にされる。甘えん坊の末っ子はまた可愛がられる。腕白な真ん中はどうしても雑な扱いになる。それが舞子実里のいつもの主張だった。
「でも先月はずっと自宅療養していて病み上がりなのだからそれを考慮してもらえば……」
「食えるようになったらもう心配もされなくなったよ。さびしい……」
多分もりもり食っているのだろうな。
「じゃあ保健室のベッド占有を延長させてもらおう」
「例外が許されると思う? 特に私は先月まで中等部の生徒会にいた人間なのよ」
中等部の支配者だったな。
コソコソと喋っていたから隣のベッドには聞こえなかったと思う。実際隣のベッドの話し声もわずかしか聞こえない。
隣には女子生徒がいるようでそこに保健の女性教諭がいて何やら話しこんでいるようだった。
女子生徒は涙声を発しているようだ。優しい保健の先生がカウンセリングをしているのかもしれない。
「隣が気になるの?」また舞子が僕の耳元に息を吹きかける。
いい加減やめて欲しい。ゾワッとするから。
「六限目は中等部生徒会室を借りたらどう?」僕は舞子に提案した。
今の中等部生徒会は皆舞子の配下だ。借りて休むくらいワケがない。
「私物化しているみたいでイヤなのよね」
そこ――気にするのか。あれだけ私物化していたのに。
「迷惑がかかるから他を探そう」舞子は言った。
どこかの部室に押しかけるのか。その部に迷惑がかかるとは思わないようだ。
舞子がベッドを降りたので僕と舞子は二人してカーテンの外に出た。
そのタイミングで隣のベッドで休んでいた女子生徒と付き添っていた保健の先生が出てきた。いわゆる鉢合わせのかたちだ。
中等部女子は一年生。そして保健の先生は保健室の女神と崇められる雨宮先生だった。三十代半ば。色白の癒し系美人。語り口はいつもソフトだ。
「舞子さん、お加減はどう?」雨宮先生が舞子に訊く。
「どうにか――生きてます」舞子は無愛想に返す。
それはまるで――まだ具合が悪いのに決められた時間できっちり追い出されることを非難しているかのようだった。
しかし一時間で退室するのはそこにいた中等部女子も同じだ。彼女はわずかの間だけこちらを見たがすぐにうつむきになり、雨宮先生に促されて歩き出した。
「ベッドが空くのを待っている子もいるから譲ってあげてね」雨宮先生は中等部女子と舞子を代わる代わる見遣ってから言った。「お大事にね」
女神の癒しだ。しかしそれはこの女子生徒には伝わらなかったようだ。
向かった先に立花先生が待ち受けていて「明日の予約をしていくかい?」と言って笑った。
中等部女子は何も答えなかったが舞子が返す。「二時間でお願いします」
「超過できるのは家族が迎えにこちらへ向かっている時だけだよ」
「ケチ」
舞子は僕と立花先生にだけ聞こえるように悪態をついた。
時:米ばらまきがあった日の二日後の五限目と六限目の間の休憩時間
場所:保健室
ここの登場人物
舞子実里 ミステリー研究会会員
芦屋憲勇 ミステリー研究会会員 僕 語り手
立花佳恵 保健室養護教諭
雨宮春花 保健室養護教諭
その他中等部一年女子




