そして舞子は帰り、探偵助手は生物部へ
どこの世界にも凝り性な専門家がいる。そして彼らが欲するのは研究費だ。何かに協力して得た金で自分の研究をする。それはたとえ名もない学園であっても同じだ。
「ありがとうございました」舞子は頭を下げた。
「お役に立てなくてごめんなさいね」
「いえ――貴重な情報をありがとうございます」
何かわかったのか?
舞子は無表情だから僕にはわからない。長い付き合いだがいまだに読み取ることはできない。
案外――夕食に炊き込みご飯を食べたいと思っていて、それを早く母親に伝えたいと思っているのかもしれない。舞子にはそういうところがあった。
飼い犬樋笠は家庭科部の下級生女子に呼ばれて再びクッキーの試食を始めた。なんて幸せなヤツなのだろう。
僕は舞子に続いて家庭科室を出た。
少し歩いたところで舞子が立ち止まる。
何かわかったのか?
「お腹が痛くなってきた……」そっちだったか。
「保健室に行こうか」
「いや……今日は帰る」
僕は察した。昨日立花先生と伊地知先生だったから今日の保健室は担当が違うのだ――たぶん。
「家まで送るよ」
「いや――山縣さんが生物部に聞き込みに行っているから芦屋はそっちに行って」
「大丈夫なの?」
「探偵助手が必要でしょ」
「僕はただの記録係だけど」
「それが重要なのではないか」
舞子は僕の耳元で囁き、フッと息を吹きかけた。
僕は怖気が走った。
「頼んだよ――憲ちゃん」
僕は従うしかなかった。
そして生物部を訪れる。山縣さんが生物部の部員に混じって――いた。
「失礼します」
僕は訪室を告げ、山縣さんに招かれて奥へと入った。
窓際に近い机に山縣さんと生物部の男子部員がいた。
他の部員もいたがそれぞれ何か作業をしたり本を読んだりしていた。ただ興味があるのか山縣さんがいる方へ視線をちらりちらりと送っている。
「米粒の鑑定をしてもらっているの」山縣さんがニコニコしている。何か面白い結果でも出たか。
その生物部の男子部員は同好会室でも見た顔だった。食糧自給を考える会の会員だ。生物部と掛け持ちしているのだ。
「今――表面観察をしてもらっているところ」と山縣さんが言った。
なかなか本格的だ。顕微鏡を覗いている。鑑識の役割が期待できそうだ。そこまでする必要があるのかわからない。
僕が来て間もなく鑑定の第一段階は終わった――ようだ。
「で――何がわかったの?」山縣さんが身を乗り出した。
「うるち米にもち米が混じっていること。このサンプルを見た限りではもち米は全体の二割以下。もち米は比較的新しいもので揃っているがうるち米は新しいものと古いものが入り混じっている――というところかな」
「新旧入り混じり?」
「おそらくはもち米は同じ袋に入っていたものだろうが、うるち米はいろいろ寄せ集めた可能性があるな。その中には古米と思われるもあった」
「古米?」山縣さんがメモの手を走らせる。
「米粒は古くなると透明度が落ちたり表面が欠けていびつになったり、水分が失われて硬くなるんだ。そうした特徴を持つ粒も混じっていた。一方で比較的新しい粒も。これは複数の人間が各家庭から持ち寄ったとしたらそうなる可能性がある」
「家庭科部が疑わしい――と?」
「しかし――家庭科部に属する人間が古米を持って来るかな。食べるのは自分たちだろう? どうせなら美味しく食べたくないか?」
「古米は美味しくないの?」
「いや――美味しく炊く方法はあるよ。水分が少なくなっているのだから水につける時間を長くして水気を吸わせたり、炊くときの水を一割くらい多めにするんだ」
さすが食糧自給を考える会にも入っている人だ。詳しいな。そしてご飯にうるさそうだ。
「だから混ぜて炊かないよな。古米は古米だけで炊く」
「なるほど」
「考えられる可能性は他にもある。最初から新旧入り混じりの米が一つの袋に入って売られている場合だ」
「ん?」
「ブレンド米とかさ、古い米が混ぜられていることもあるんだ。違法の場合もある」
「その新旧は両極端なのか? はっきりと分かれているのか、その中間があるのか?」別の生物部男子が口を出した。
「何とも言えないな。区別しづらいのもあったから、あるいは何段階もの古さの米が混じっている可能性もある。鑑定を正確にやろうとするとpH法かグアヤコール法で評価しないといけない」
「pH? グアヤコール?」山縣さんが訊いた。
「米は新しければ中性もしくは弱アルカリ性なんだが古くなると米の脂肪が脂肪酸とグリセリンに分かれて酸性化する。また新しい米は酸化酵素のパーオキシダーゼ――ペルオキシダーゼとも言う――の活性が高いが古くなると徐々に失われる。酸性をみる方法としてpH法、パーオキシダーゼ活性をみる方法としてグアヤコール法があるな。生徒会がお金出してくれるならキットを購入してやってみるが」
「え――いくら?」と山縣さんは一応訊く。
「グアヤコール法キット二千五百円――」しっかり調べているではないか。「送料や検査の手間賃含めても一万円にはならないかな」
「保留にしといて」山縣さんは笑った。
「いつでも言ってくれ。依頼があればやるよ。比較対象として正規購入した米もいくつかやってみるから実際はもっとかかるかもしれないけど」やる気満々だ。
おそらくは近隣で購入した米の鮮度についての研究とか言って自分たちの研究をしそうだな。
他所から得た金で自分たちの研究をする。研究者にありがちだ。
「あ、そうそう――米の鑑定は僕がしたと書いといてよ。食糧自給を考える会と生物部所属の◯◯監修とかってね」
「はいはい」
時:米ばらまきがあった日の翌日放課後
場所:家庭科室そして生物部部室
ここの登場人物
舞子実里 ミステリー研究会会員
芦屋憲勇 ミステリー研究会会員 僕 語り手
山縣杏菜 新聞部部員・ミステリー研究会会員
その他家庭科部先輩女子、生物部部員兼食糧自給を考える会会員男子




