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保健室

学園のオアシスともいえる保健室は異世界だ。そこには魔物も存在する。

 山縣(やまがた)さんは回収した米を手に上機嫌で部室棟に戻って行った。

 本来そうしたものを運ぶのは下級生である僕の役目なのだが「舞子(まいこ)の様子を見てきなさい」と山縣さんに言われて僕はそれに従った。


 僕は保健室に向かった。


 保健室は本館にある。中高共通だ。安静にするベッドが三つ用意されていて舞子はそれを使用する常連だった。


 このベッドを利用する生徒は意外と多い。しかしたいてい授業がある時間帯で一時間程度とされている。回転率を上げるためで、長引く生徒は次の生徒にゆずるために早退しなければならない。

 今ごろ――放課後には()きが出ているはずだ。舞子一人が寝ていると僕は思っていた。


 ノックして「どうぞ」の声が聞こえてから僕は入室した。出迎えたのは見慣れない硬い表情の美人だった。


「どうかしたの? どこか具合が悪いの? 芦屋(あしや)君」僕の名札をしっかりチェックして彼女は言った。


 僕の方も彼女の胸を見る。そこに名刺サイズの顔写真付きICカードが留められていた。

 「伊地知由紀(いじちゆき)」それが彼女の名だった。「保健師」らしい。生年月日から二十二歳とわかった。新卒新任の保健の先生だ。


 実は生年月日付きのカードを胸に挿している教職員は少ない。いたらほぼ新任だ。

 おそらくは守衛さんも含めて顔と名前を覚えてもらうためだろう。二年目からは生年月日をカードの裏に記載したものを使う。滅多に裏を拝めることはないが。


 中には三十歳過ぎて新しく赴任してくる先生もいるから表に生年月日が出てしまうと年齢(とし)がバレる。それを嫌って生年月日の上に赤いビニールテープを貼っている先生も過去にはいた。しかし伊地知(いじち)先生は真面目なようだ。


 僕は舞子実里(まいこみのり)のクラスメイトだと名乗った。


「舞子さんに会いたいのね?」迎えに来たのですが。


「ああ――」奥からよく知る年配の養護教諭がやって来た。「芦屋くんだね。今日は遅かったねえ」


 ゴミ(あさ)りをしていたなどと言うと話がややこしくなるので僕は「はあ」とか言って(にご)した。


 その年配の養護教諭――立花(たちばな)先生はにっと笑うと後ろを振り返り、カーテンで目隠しされたベッドに向かって声を張り上げた。

実里(みのり)ちゃん、ダーリン(・・・・)のお迎えだよ」


 いつもながら保健室で出す声ではない。僕は慣れているが伊地知先生は驚いて目を丸くした。


「ただのクラスメイトです」

 僕は声を出さずにはいられなかった。さすがに「語らない」わけにはいかない。


 かつてこの保健室は立花(たちばな)先生がひとりで切り盛りしていたらしい。年齢的にそれが無理になり一年ごと更新の嘱託契約となった。その際に同様の非常勤職員を三人増やして今は四人で回している。日勤は原則二人勤務だ。


 新任の伊地知(いじち)先生が入ったということは誰か辞めたのか? 非常勤ばかりにしたことで短期で辞める先生も多くなったが誰が辞めたのだろう。僕は気になった。


「保健室の先生――どなたか辞めたのですか?」僕は伊地知先生に聞こえないような声で立花先生に訊いた。


 伊地知先生はデスクワークを始めていて、僕と立花先生はゆっくりとベッドのあるエリアに移動する途中だった。

沢井(さわい)先生が退職したね」

「え? まだ二年しか経ってなかったような……」

「お母さんが脳梗塞で倒れてね。介護をすることになったとかで実家に戻ったんだよ」

「そうなんですか……」


 僕は少しショックを受けていた。()りに()って一番若い先生が辞めたなんて。代わりにもっと若い先生が入ったけれど《《とっつきにくい》》タイプだしな。


 保健室には「女神」と「天使」と「魔女」がいると言われていた。立花先生以外の三人の先生のことだ。


 最も若い沢井(さわい)先生は愛嬌のある可愛い系美人の養護教諭で、生脚に白のハイソックスを履いているような――身なりは洗練されていないが純真純朴で――それこそ天使のようなひとだった。ファンも多かっただろう。


天使(・・)がいなくなって淋しいのかい?」立花(たちばな)先生は時々鋭い。「芦屋(あしや)くんは沢井派だったか……」

「そんなんじゃないですよ」


 ベッドは三つともカーテンが閉められていた。放課後にしては利用者が多い。


「この時期は体調不良が多いからね。クラス替えもあったりして環境に慣れるのにも時間がかかる……」そうか新年度始まりのせいか。

「いちばん右だよ」


 立花先生が指すベッドのカーテンの隙間から女の手が出てきた。舞子実里(まいこみのり)の右手だ。


「舞子さん――大丈夫?」

 僕はカーテン越しに中に声をかけた。

 立花先生は自分の机に戻って行った。


 舞子の右手がVサインを作る。


「じゃあ――帰ろうか」

 僕はカーテンの前に立った。


 舞子の右手が伸びてきて僕は左手を掴まれ、そのままカーテンの中へと引き込まれた。


「待ちくたびれたよ――(いと)しのダーリン」

 だからダーリンじゃないって。


 ベッドの上に膝をついた――超低血圧の舞子実里の蒼白い顔が不気味に笑っていた。


時:米ばらまきがあった日の放課後

場所:保健室


ここの登場人物

伊地知由紀いじち ゆき 新任の保健師

立花佳恵たちばな よしえ 年配の養護教諭

舞子実里まいこ みのり ミステリー研究会会員

芦屋憲勇あしや けんゆう ミステリー研究会会員 僕 語り手

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