86話 帰還用転移魔法
翌日。
「ふぁ~……」
今日は、転移魔法で帰る日だ。
そこまで準備が掛かるわけではないけど、朝は早めに起きた。
協力してくれる村の人にとっても、とっとと終わらせられる方が良いと思ったためだ。
「降りよ」
いつも通り2段ベッドから降りて、朝の支度をしようとした時だった。
「「あ」」
胡桃と目が合った。
胡桃はベッドの上で、着替えていた。
それも、下こそ体操着のジャージだったけど、上は下着姿だった。
「「……」」
互いに無言だったけど、その場の温度が高まるのを感じた。
それは胡桃の顔が紅潮させていたという視覚的なものか、自らの体温が上昇したと感覚的なものを得たからなのか。
「ご、ゴメっ……うわぁ!っとと……」
動揺してバランスを崩し、梯子から落ちそうになって、何とか地に足を付けた。
「付き合ったんだから、別に謝らなくてもいいのに」
胡桃は顔を赤らめながらも、そう言って微笑みを浮かべていた。
「いやその、昨日の今日だし……。取り敢えずちょっと部屋の外出てくるからっ……!!!」
すぐさま駆け足で部屋を出たのだった。
バタン。
「まさか最後の最後でラッキースケベ(?)に遭ってしまうとは……」
これが胡桃の告白の前なら、どうなっていたことやら。
ミハルが旅について来ていて宿に泊まったときはミハルと同室で、互いに着替えを気にすることなく起きて朝の準備をしていた。
そのときの癖というか……なんというか。
下で胡桃が寝ているということをすっかり忘れてしまっていた。
「はぁ……顔洗お」
そして手洗い場で水の魔法を使って、目を改めて醒ますのであった。
……。
服は2人ともこの世界に来た時の服装に着替えた。
朝食を食べ、この世界で手に入れたモノで、この世界でしか使え無さそうなモノは村に寄贈した。
そしてそれから「霊気の平原」に行き、帰還用転送魔法の準備をした。
「あんたら、忘れ物とかはないかえ?」
「はい。大丈夫だと思います」
「転送魔法に必要なモノも、あっちの世界に必要なモノも、確認はしました」
「そうかえ。じゃ、もうそろそろか。2人とも」
「……そう、ですね」
「今まで、何かと色々ありがとうございました」
「んや、あんたらが持ってきたモンで、余ったモンとかで暫くは安泰ん。儂らがあんたらを手伝うん、そういう見返りも最初から込みで考えでやってる部分もあら。気にすんな」
「「アハハハ……」」
そういう現金な考えもあるのね。
「それでは、行こうと思います」
「元気でな」
「はい。イドリス村長こそ。それでは……。―――ッ!」
そうして、帰還用転送魔法の詠唱を行った。
ヒュン……!
風切り音がした。
「「「……?」」」
そして一見なにも起こらず、全員目を丸くしていた。
「あっ」
「ん?何が……あっ」
転送魔法に必要なモノを置いていた場所を見ると、あるものがなくなっていた。
鉄貨だ。
鉄貨がなくなっていることを見ると、これは転送魔法が失敗したことを表している。
「なんで失敗を……元の世界に戻ろうとしなかったから……?」
帰還用転送魔法の戻る世界の指定は自らに合わせ、その中に元の世界では「異物」となる胡桃がいる。
まさか、他の世界の人は別の世界に行けない……とか?
「いんや、前のときんあ、そういうこともあったぁ、本に書いてあったけどなぁ」
イドリス村長が言う。
「じゃあ、なんで……」
なにか準備物が足りなかったのか、用意したモノを眺める。
「あー……そういうこと……」
胡桃は何かに気づいたようだった。
「何か、分かったの?」
「油を入れている容器、分かる?」
「普通のガラスの入れ物に入ってるけど……あ」
「そういうこと」
帰還用転送魔法では、水や油をガラスの入れ物に入れてはいけない。
原理は分からないらしいが、それをすると魔法が失敗するためだ、無条件で。
「あー……そういうことかぁ……」
イドリス村長も溜め息を吐いて言った。
「ちょっと待っと。木桶用意すん。あー……鉄ゼニ、まだ20枚持っと?」
「ない……ですね」
「気にすんな。それもちょっくら、用意して来ん」
そう言って、イドリス村長は村へ戻っていった。
「あはは……なんか、少ししんみりしてた別れの空気の緊張が、変に解れちゃったね」
「まあ、僕たちらしいんじゃない?」
「それもそうだね」
2人して、気が抜けたような溜め息を吐いてしまった。
……。
「それでは、改めて」
「んあ。今度こそ、忘れモンはないな?」
「イドリス村長が木桶と鉄貨を取りに戻っている間に、確認しましたから」
「そうかえ」
「改めて、今まで、ありがとうございました。あ、グランさんに会うことがあったら、グランさんにも伝えておいてください、『色々馬車に乗せてもらって、ありがとうございました』って」
「んあ」
グランさんには「イズムルド」に戻ってくる際の越境時にお礼は言ったけど、改めて頼んでおこう。
「それでは、行きます」
「じゃあなぁ」
イドリス村長は、先ほどの失敗を思い出すかのように、苦笑いしながら見送りしてくれた。
「―――ッ!」
転送魔法を唱えた。
ヒュンッ……!!!
失敗したときの鉄貨が消えたときとはまた違う風切り音を耳に残し、目の前は真っ白になって、景色は消えたのであった。
良ければ是非ともご評価・ご感想を頂ければと思います!
ブックマークもお願いします!
書く気力に繋がります!




