85話 決意、心の中
「私、改めて尚人君の世界に行こうと思う」
そう言った胡桃の目は、確かに決意の目をしていた。
「えと、……え?」
「私が、貴方の、世界に、行くってこと!」
「……何の話だっけ?」
「えっ」
「えーっと……」
残念ながら、どういった話があって、「改めて」の話でこういうことになったのか、おそらく忘れている。
胡桃の思い違いで、自分に話した体で話している、という可能性はなくはないけど、こんなに改まって真剣に話しているということは、ほぼ確実に以前に話した内容のことだろう。
「あの……『秋華滝』で、話したよね……?」
「ちょっと待って、思い出すから」
うーん……。
あ。
「確かにそんな話をした……気がする」
「えぇ……」
胡桃は再びジト目にあり、落胆したような、ガッカリしたような顔をしていた。
確かその時に、帰還用転移魔法に使うモノをどれくらい取るかという話をした気がする。
帰る世界の分を自分の世界の分だけの1セットか、それぞれ帰る用に2セットか、というような話で。
こう表すと何か自分が自己中心野郎の用に見えてしまう気がするけど、胡桃の分も含めた分を提示したのは自分で、自分だけの世界でいいとしたのは胡桃だった。
胡桃は以前自分と話した内容から、彼女の世界に帰るのではなく、自分の世界に移ることを望んだ、ということだ。
「確かに、ある程度その話を思い出したけど、改めて『秋華滝』のときからどういう考えで、その結論に至ったか、教えて欲しい」
明日への準備は殆ど終わったこともあり、詳しく話を聞くことにした。
「うん……」
胡桃は少し考えるように俯き、少ししてからその言葉を放った。
「私、あなたのことが好きなの」
「……え?」
その目は、本気だった。
「いや……え?」
「私は……、『秋華滝』で言ったことも本当だけど、それだけじゃなく、あなたの傍に居たいから、あなたの世界に行きたいの」
えーと……アナタノコトガスキ……?
アナタノコトガスキって…… あなた の こと が 好き ってこと?
「ど、ドユコト?」
言葉の意味は理解できたけど、それを口に出した意図が分からない。
「そのまんまだけど……」
この聞き方したら、確かにそう返ってくるだろう。
「あー……え?」
「もしかして、私の気持ち、嫌だった……?」
「嫌、では、ないけど……」
これは、本当に“そういうこと”……?
アレ……?
胡桃に惚れられる要素なんてあったっけ……?
「疑問が2つ、出てきたんだけど……」
「……はい」
自分の言葉に、どうやら胡桃は恐縮したのか、顔を強張らせていた。
「あ、そんなに緊張するようなことでもないんだけど……」
「う、うん」
「1つ目は、僕のことを好きになった理由って……何?」
素直に訊いてみたいところだ。
「自分から見てもそこまでカッコよくない……と、いうか中の中……いや、中の下くらいの見た目だと思ってるし……」
「正直見た目は普通くらいだと思ってるよ?好みかと言われたら……分からないけど」
結構言うよね、言っちゃうよね。
「好みじゃない」と言わず、「分からない」とオブラートに包んでいることは彼女の優しさだろうけど。
「あと性格も、別に優しくはないと思うし、頭も良い訳ではないよね……。他にも、特に秀でた部分とかも無いように思えるし……」
「性格は問題なければいいと思うし、ここぞって時に頼りになるっていうのと、そういう時は頭の回転速いなって思ってるよ?」
そんなもんかなぁ……?
「それで好きになるの?」
「なんというか、そこじゃないというか……確かにそこも重要ではあると思うし、そこに結構な問題があったら好きにはなってなかったと思うけど……なんというか、う~ん……」
胡桃は腕を組み、その後に片手の指で頭を指すように支え、少し考えた。
「総合的に普通だったってことが基盤にあって、あとは巡り合わせ……みたいな?」
「よ、よく分からないけど……」
「ズバ抜けて良いところっていうのはあまり無いけど、問題にするほどダメなところもないって言ったら良いのかな?1から5までの評価で、5の評価の部分はまだ見たことないけど、1になるようなダメなところが無いというか……。あとは偶然かな?」
「意識し始めたのは?」
「……内緒」
……ま、いっか。
A secret makes a woman woman.(女は秘密によって“女”になる)
……この場合はこれじゃないとは思うけど、これは喋ってくれるときがくるまで待てばいいか、気にはなるけど。
「もう1つは、そのことを今伝えて、気まずくならないのか、考えなかったのかってところだけど……」
「なんで?」
「なんでって……なんで?それを聞いて、僕が引くかも知れないし……」
え、なんか自分が間違っていたりする?
「最初に会った時、憶えてる?」
「『霊気の平原』で起きたときのこと?」
「そ。その時に言ってたよね?私の生き残るルートが無いからトラックに轢かれそうになって云々って」
「言ってたし、確かに生きて欲しいとは思っていたけど……実際に会って幻滅する可能性というか、そんなのも考えられるとは思うし……」
いや、嬉しくはあるけど。
「それは勿論考えたけど、別にそれでも良いかなって」
「……はい?」
「一度はそこまで思ってくれたのなら、1度幻滅されても、もう1度振り向かせればいいと思ったから」
……漢らしい考えで。
「だから、『向こうの世界』でもよろしく!」
「は、はぁ……」
「……因みに、ここで『付き合って』って言えば、付き合ってくれる?」
「勿論付き合うけど?」
「えっ」
……何故これが後なんだろう?
「こんな美少女に付き合ってとか言われて断る男とか、彼女持ちで身持ちの堅い男か、女性恐怖症か、余程女を侍らせていて天狗になってるヤツくらいだと思うけど……」
「そうなんだ……。てっきり『帝国』でのことで、私なんて眼中にないんじゃないかって……。他にも、既に付き合っている人がいるんじゃないかとか」
「ないない。帰宅部でギャルゲやってるヤツの中で彼女いるのってかなり稀だって」
「私の世界ではそんなことはなかったけど……」
つくづく、そっちの世界は羨ましいよな……。
「じゃあ、そ、そんな感じで、お願いします……」
「そんな感じって?」
「『付き合う』っていう方向性で……」
「あ、はい。分かりました……」
知らずの内に、なんか焦らすみたいな、言わせたような状態になってしまった。
「それじゃあ、明日も早いですし、おやすみなさい……」
「お、おやすみ……」
その告白の後は、互いにぎこちなく、それぞれのベッドで寝ることになったのであった。
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