81話 正体
「なんだ貴様は?」
「ボリスっていうんだ!よろしく!」
こんなときでも、ボリスという男は変わらないようだった。
ある意味安心した。
この状態で「マジカルドレイン」を使い、パーヴェルの「ストームエッジ」を無効化したのは、ある程度この場がどうなっているのか、理解しているとは感じられる。
というか、その理解した状態でパーヴェルにこんな挨拶をするっていうんだから、改めて、かなりマイペースな人だな、ボリスという人は。
「余が正義を下す場面を見ておらんかったのか?邪魔するでない」
そう言って、パーヴェルは溜め息を吐いた。
「正義?正義ってなんだい?私は前に迷惑を掛けてしまった人が困っていたようだから、助けただけだけど」
「貴様がコヤツにどのような迷惑を掛け、そのことを償いたいかは知らぬが、余が貴族というものがどれほど素晴らしいのかを世に改めて伝え、この栄えあるイズムルドの王族に従えた貴族の名の下に、正義の審判を下すのだ」
パーヴェルはフンスという鼻音が聞こえそうなくらい踏ん反り返ってそう言った。
「訊きたいことが伝わってないようだから、もう一度訊くね?正義ってなんだい?」
それに対して、ボリスさんは笑顔ながら冷静に訊き直した。
「コヤツら、余を愚弄したのだ。ただの一般人風情が貴族に歯向かうなど、歴史ある『イズムルド』を紡いできた貴族、ひいては統べる王族を歯向かい、愚弄するも同然。だからこそ、余がここでコヤツらの責任者と名乗る者の命を絶ち、余を治めることになるのだ」
「ふーん、で?」
「はぁ?」
「で、それがなんの正義なの?」
今まで聞いた中で最も冷めた声色で、ボリスさんは笑顔のまま再び訊いた。
「今言ったであろう?イズムルドの正義なのだ」
パーヴェルは胸を張って応えた。
「自分の馬車に旅人が避けはしたけど頭を下げなかったことに腹を立てて、そこで謝らなかったことが、かい?」
ボリスさんはそう、笑顔のまま言った。
「それの何が悪い?」
対して、パーヴェルはそこに違和感などないかのように振舞った。
「あはは……はぁ」
ボリスさんは呆れたように笑い、笑顔を崩さず溜め息を吐いた。
「なんだ、若造?貴様も余を愚弄するのか?このカラムジン家現当主、パーヴェル・カラムジンを」
「いやいや別に。でも、彼とその仲間たちに手を出すとなると、私も黙ってはいられないかな?」
ボリスさんが浮かべるその笑みは、いつしか攻撃的なものを含んでいた。
「そんなこと、余が知ったことか!この男を殺す前の前座だ!男ども、このボリスとやらはどうやったっていい!やれっ!」
パーヴェルの苛立ちは頂点に達したのか、そんな表情を見ることもなく、男らに命令を下した。
「ヘヘヘッ、どこかで見た顔だと思ったら、前に飯屋でちょっかいを掛けて来た野郎じゃねぇか!今度こそは死んで後悔させてやらぁっ!」
「死ねぇ!『アイススピア』ッ!」
「ボリスさっ……!?」
剣は大きく振りかぶられ、氷の柱が生成される。
ボリスさんに思わず声で避けさせようと声が出たが、もう間に合わない。
しかし、それらが完遂される前に、ボリスさんが静かに唱えた。
「『ツァルスキィ・インペラートル』」
それは聞いたことも、本などで見たこともない魔法だった。
「「……!?」」
そしてボリスさんに攻撃を加えようとしていた男たちは、固まっていた。
唱えられた「アイススピア」による氷の柱も、発射された初速をすぐに失い、空中で静止していた。
「剣が……、振れない!?」
「どうなっていやがる……!?」
「どうしたのだ!?早く始末しないかっ!!!何をしている!!?」
パーヴェルも男たちも、混乱していた。
「カラムジン家現当主、パーヴェル・カラムジン……と言ったね?」
「なんだ!?」
「小さな街だからまあいいかとか思っていたけど、どうやら、思ったよりも傍若無人の振る舞いをしていたようだね」
「な、何を……」
「こういうことは内容を知らない人からしたら誤解の基となって広がりそうだから、あまりしたくはなかったけど、こうも無茶苦茶だと、お取り潰ししかないかな……?」
ボリスさんは首を傾げてそう言った。
「お取り潰し」って、どういうことだ……?
「ただの市井風情が、余の家をお取り潰しだと?ふざけおって!」
「ふざけている……ねぇ?」
ボリスさんはパーヴェルの言った言葉を反芻した。
「ところで君は、貴族と王家をやたらに気にしていたけど、そんなに王家に忠誠を誓っているの?」
その後、ボリスさんの顔は柔らかいものへと変わり、急に話題を変えた。
「なぜ今、その話を……」
「どうなんだい?」
聞き返すパーヴェルの言葉を遮って、ボリスさんは強めの語気で改めて訊いた。
「あ、当たり前だ!全ての貴族は王家より領土とその称号を賜っているのだ。王家なくして、全ての貴族がないのだぞ?そんなことも分からぬのか?」
「じゃあ、今はいいの?」
「何がだ?」
「君の目の前に、その『王家』の人間がいるんだけど、そんな態度を取って」
「もうふざけるのも大概に……」
「あー……、ナオト君とミハル君には騙して悪かったと思うけど、私の本名は『ボリス・ビリビン』じゃないんだ」
ボリスさんのこれは威圧して言葉を遮ったのではなく、本来のマイペースさでパーヴェルの言葉を遮ってこちらを見て申し訳なさそうに笑った。
あと、本名じゃないのは最初その名前を口にしたときに、なんとなく分かっていたけど。
「改めて自己紹介するね!私の本名は、『ボリス・ドンスコイ』って言うんだ!」
それを聞いた自らと胡桃、アズハの3人を除いた全員が驚愕の顔を浮かべていた。
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