77話 呼び方と未明のロビー
「桜木君ってさ」
「うん……?」
街道を歩いていると、科若さんが話しかけてきた。
「ミハルさんのことを『ミハル』って呼ぶよね」
「そう、だけど……」
「桜木君は元の世界でも、同年代の子のことを、よく下の名前で呼んでいたの?」
「いや……仲のいいヤツとでも、基本的に名字呼びだったかな……。名字呼びで呼び捨てって感じ」
「でも今は、年上のミハルさんのことを呼び捨てだよね」
「……ミハルの要望……みたいなところもあったから」
「年上のミハルさんを呼び捨てで呼ぶなら、私のことも呼び捨てで呼んでもいいんじゃない?」
「科若さんを?」
「桜木君って、私以外呼び捨てで呼んでるから、私もそう呼んで欲しくなって」
「えぇっと……いや、女の子はマジで名字にさん付け以外では呼んだことないし……」
「アズハちゃんは呼び捨てだよね?」
「アズハは……年下だったし……」
「私はアズハちゃんやミハルさんより前から過ごしてきたのに、それでもさん付けなんだね」
科若さんは少し口を尖らせてジト目で言った。
「最初からさん付けだったし、なんかこう……定着したと言いますか」
「ミハルさんは結構長いことさん付けだった気がするけど」
「ハハハハハ……そうだね……」
笑って誤魔化そうとしたけど、科若さんの目はジト目のままだった。
「……そこまで、呼び捨てがいいんですか?」
「なんか、仲間はずれみたいじゃん……。目的も、私と一緒のはずなのに、アズハはほぼ最初から呼び捨てだし、ミハルさんも途中から呼び捨てになったし……」
科若さんはいじけたように言う。
変な意地張って拗ねさせちゃったな……。
「わ、分かりましたよ……。えぇと、『科若』……で、いいですか?」
「他の2人は名前なのに、私だけ名字なの……?」
……やっぱりダメか。
「じゃ、じゃあ、胡桃……で」
「よろしい。……あ、あと」
「な、なんですか……?」
まだ何かあるのだろうか……?
「私も桜木君のこと、呼び捨てで呼んでもいい?」
「は、はぁ……もう、なんでもいいです……」
「やったー!」
なんか、このやり取りで疲れてしまったな……。
科若さん……、胡桃は表向き喜んだフリをしているけど、最後に渋々了承したのが多少は不服に感じたのか、その表情からは訝しんでいるような雰囲気が漏れていた。
「ところで、しn……、胡桃……は、ミハルのこと、呼び捨てで呼ばないの?」
「んー……」
疑問をぶつけてみると、胡桃は腕を組んで唸って首を傾げた。
「ミハルさんから、呼び捨てで良いって言われたら、そうするかな……?」
当人はそんな感じなのね。
ともかく、そんな感じで科若さん……胡桃とは、互いに下の名前で呼び捨てにすることになったのだった。
●
「もうここまで、帰って来たんですね~」
「連合の府」と「銀の街」を繋ぐ街道の復路も終わりが見えてきた。
まだ道すがらではあったけど、「銀の街」が見えてきた。
「できれば『銀の街』に入りたい気もしますけど、そろそろ暗くなってきましたね」
「そうだな。『銀の街』の宿屋に入ると恐らくここよりも高くなるだろうから、俺はこの辺りの宿屋でも構わないが……」
「私も大丈夫ですよ」
「さんせ~い!」
とのことで、時間やお金との兼ね合いもあって、「銀の街」に入る前に近くにあった宿屋で泊まることになった。
●
「……ん」
目が覚める。
部屋の窓を見ると、まだ空は暗かった。
「こんなこともあるか……」
別に便意を催して起きたのではなく、なんとなく意識が覚醒してしまったのだ。
「……暇だな」
部屋ではミハルが寝ているはずだし、部屋で光を照らすのは躊躇われたため、ロビーに出ることにした。
ロビーには本なども多少は置いているはずだし、この暇な時間をどうにかしてくれるだろう。
……。
「あ」
「……よう」
ロビーには先客がいた。
「おはようございます」
「便所か?」
「いえ……なんだか、起きてしまって」
「そうか」
「ミハルは?」
「俺も、似たようなもんだ」
ロビーにいたのはミハルだった。
「この本、読んでいいですか」
「構わん」
ミハルは別の本を読んでいた。
そして時間を潰すために、手に取った本を読むのであった。
……。
「ふぁ~……んんん」
本を読んでいると、そこに現れたのはアズハだった。
「おはよう、アズハ」
「おはよーございます!」
「アズハは、何故ここに?」
「なんだか、起きちゃって……」
「あれ?」
そしてその後ろには、更なる人影。
「皆、なんでいるの……?」
「全員、なんか起きちゃって。胡桃は?」
「私も……」
こんな偶然もあるのか。
すると、アズハがこんなことを言い出した。
「もう、出ちゃいません?」
「「「え?」」」
その言葉に、他の3人の声が重なった。
「全員起きて、二度寝するつもりとかはないですよね?」
「まあ、うん……」
「そうだが……」
「じゃあ、今行った方が良くありません?全員早めに起きてしまったってことは、いつもより早く眠くなってしまうかも知れないですし」
「そうかな……?」
「そうですよ。今なら『銀の街』に人も少ないでしょうし、すぐに街を抜けることが出来ると思いますよ」
それもそうか……。
「銀の街」は活気のある街で、人が多いから、道を進むのには人込みが邪魔になるような気もする。
「ミハル、胡桃はそれでいいの?」
「私はいいよ?」
「俺も問題ない」
「じゃ、行きます?」
「そうだね!行きましょう!」
アズハはこんな早くから元気だなぁ……。
そういう訳で、まだ陽も登らないうちから宿を出ることになったのであった。
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