74話 帰港
「はぁ……はぁ……はあ……、はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ。少し休めば、問題なく……、はぁ、あの宿まで戻れる……。はぁ……」
あれから少し時間が経って、「連合の府」の港に到着した。
ミハルさんに「エンハンスヒーリング」を掛け続け、腕は本調子ではないらしかったが見た目はほぼ元通りになっていた。
酔いは緩和することしか出来なかったけど。
港湾が見える場所まで戻ってくると、先ほどまでの大風や大波が嘘のように穏やかになった。
ベルクさんは「こう都合が良いのも珍しいもんだ」なんて言っていたけど、これは十中八九、風の飛竜の仕業だろうな。
そんなことは兎も角として。
「ちょっと組合の方に顔を出してきたけどよ、ボリスの坊ちゃんはどうやらここにはいないらしい」
「そうなんですか?」
「あいつは家も仕事も、なんなら生まれもここだが、仕事柄、色んなところに行くような仕事をしとるからな。坊ちゃんは今、『銀の街』に出向いてるみたいだな。出来たら迎えに来るなんて話していたが、俺たちが少し早くこっちに着いちまったってぇのと、坊ちゃんの仕事が延びてその上他の場所まで回らなきゃならねぇって話になっちまってるらしい。ま、これないのは仕方ねぇな」
「それは、仕方ないですね」
自分たちがベルクさんの船で出るという話になってから、あの一晩でそんな裏での話が進んでいたのか。
「そういえばボリスさんって、何のお仕事をされているんですか?」
「ん?坊ちゃんの仕事か?んー……そうだなぁ……。なんて言ったらいいか……」
「……聞いちゃいけない類の話でしたか?」
「いや、そうでもないんだがなぁ……なんというか、詳しく話すことになると坊ちゃんの断りはいるだろうし、簡単に説明をしようにも、一言では表せないというか……」
「色々なお仕事に関わっている、って感じですか?」
「……そうだな。そう言った方が、一番合ってるかも知れねぇな。一つ一つ言ってくと、商会に関わっていたり、商品の開発をしていたり、街の設備や建物とかにも関わったりしているな」
……ボリスさんはああ見えて、いつもへらへらしているけど、かなり手広く色々なことに関わっているんだな。
自分から言ったけど、実際はその想像の上を行っていた。
「ま、坊ちゃんには色々あるんだ。あれでずっとへらへらしてやがんだから、こっちも心配になってくるし、調子も狂わせられんだ」
「それは……そうですね」
ボリスさんとベルクさんの間にどのような関係があるのかは分からないが、少なくとも血縁などは薄いか無いかで、それでも長年の付き合いのある、保護者とその被保護者のような関係があったのだろうか。
「お前さんら、『銀の街』の方に行くだろ?坊ちゃんに会ったら、体調とか、確かめておいてくれ」
「はぁ……分かりました」
会っているところ見たときは、ベルクさんが軽口を言い、ボリスさんがそれを受け流したり笑ったりおどけて見せたりしているような感じだったけど、ベルクさんはベルクさんでボリスさんを想う気持ちはあるようだ。
「ああそれと、これは別件だが、ボリスの坊ちゃんに会ったら、俺が仕事の話をしたがってるって言っておいてくれ」
「了解です」
「坊ちゃんが来れないから、俺が見送りたいもんだが、俺にも少しばかり急ぎの仕事が入っててな。すまん、見送れそうにない。出来るのはそこの通りまでだ」
「いえいえ、既に色々お世話になってますから、これで充分ですよ」
「そうか、悪いな!じゃあ、ここでいいか?」
「はい。今まで、ありがとうございました。またどこかで会ったら、そのときはよろしくお願いします」
「……俺からも、よろしく頼む」
ベルクさんと話している内に、ミハルさんは酔いが醒めたらしかった。
「おうよ。じゃ、2人とも、気を付けてな!」
「はい!」
「……そちらこそ、船旅、気を付けて」
こうして、ベルクさんと別れを告げたのであった。
……。
「昼に港に着いたのはいいんですけ、今日中にあの宿まで辿り着けますかね、ミハルさん?」
「まあ、大丈夫だろう。大通りを行けば、夜中でもそこまで危険なことに出くわすことは少ないからな。……ああ、それと」
「なんです?」
宿に向かいながら話していると、ミハルさんは急に話を変えてきた。
「『さん』付けは、いい」
「え?」
「『ミハルさん』というのはむず痒い。『ミハル』でいい」
「これは僕が言いたくて言ってるので……」
「それでもだ。『炎の飛竜の巣』で俺は、お前に遭わせなくてもいい危険に晒してしまった。これは俺自身への戒めでもある。だから、もう『さん』付けで呼ばないでくれ、頼む」
そう言うと、ミハルさんは頭を下げた。
……なんとなく言いたいことは分かるけど、どうもこの世界の価値観らしい。
もしかしたら自分の世界でもこういうことを考える人がいるとは思うけど、そういう人には出会ったことがない。
「ミハルさ……、ミハルが、そこまでいうなら」
「……ありがとう」
そう言って、ミハルさんはもう一度頭を下げた後、炎の飛竜に焼かれた方の拳を上げた。
これは……腕を当てればいいのだろうか?
同じくするように、腕を当てた。
「痛った!?」
……締まらないなぁ。
こうして、ミハルさん……ミハルとの仲を深め、科若さんとアズハと別れたあの宿を目指すのであった。
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