65話 風の飛竜
「……」
「……」
風の飛竜が目の前で滞空しているが、その翼から出ている風以上の強めの風が、この竜が引き起こしているのか、ずっと吹き続けている。
2人とも、緊張の中、臨戦態勢を維持したまま、じっと風の飛竜を見ている。
こちらから動き出せば、確実に負けると本能的に感じられた。
そのときは、たった数秒だったのか、それとも数十分だったのか、自分にもよく分からなかったが、この場の緊張感に押し潰されそうになっていた。
「ふむ……悪くない」
どこからか聞こえた声。
顔自体は風の飛竜に向けたまま、目線だけを動かし、その声の主を探そうとしたけど、ここには自分とミハルさん、そして風の飛竜だけしかいなかった。
「ああ、我だ。貴様らが『風の飛竜』と呼ぶ、目の前の存在こそが、この声を発しているのだ」
目線を風の飛竜に戻すと、風の飛竜は頷いた。
「どうやって、声を……」
「うむ。知能の高い存在は、魔法を使える。我もその存在の中にいる、ということだ。魔法で思念を伝えるということは、我々にとって、造作もないことなのだ」
風の飛竜はそう、思念を伝え、ゆっくりと地に足を付けた。
自分でも、何故初めにそんなことを訊いたのかは分からない。
気でも動転していたのだろうか。
しかし、その質問と、その返答のおかげか、2人がしていた押し潰されそうな緊張は、解けたような気がする。
いや、今から風の飛竜が何をするのかは分からないので、最低限の緊張こそしてはいる。
「人里に現れることが比較的に多い、人間どもが『炎の飛竜』と呼ぶ奴らは、そこまで怜悧さを持ち合わせてなどおらぬが、な」
が、この飛竜の対応からして、すぐさま戦闘に移るということはなさそうだ。
「して、要件はなんだ?ただ偶然現れただけ、というわけでもないだろう?」
今度はミハルさんが風の飛竜に対して尋ねた。
「ふむ、いつも人間は急かしよるな」
飛竜はそっぽを向くように向日葵の花々を眺め、そう伝えた。
飛竜は向き直り、続けた。
「まあよい。1つ、聞きたいことがある」
「なんだ?」
「貴様ら、これから人間どもが『炎の飛竜の巣』と呼ぶ島に行くつもりか?」
「ああ」
ミハルさんは短く返した。
この風の飛竜は何故、こんなことを訊くのだろうか。
意図が読めない。
「ならば1つ、頼みたいことがある」
「頼みたいこと……」
「そこに行くというのなら、貴様らが『炎の飛竜』と呼ぶ奴らの、間引きをして欲しい」
「間引き?」
「奴らは年々その数を増やし、近年、この島を脅かすことも多くなってきたのだ」
それで、その数を減らすのを手伝えということか。
でも……
「それなら、あなたがやった方が早いのでは?」
浮かぶ当然の疑問を口にした。
「使えそうな者がいるなら頼む。普通のことであろう?それに、やって来るのを迎え撃ち、そのときに倒すという意味では、既にやっておる。また、我は風を操るのに長けておるが、奴らは炎を使い、そして群れる。数の少ない我らとは、あまり相性がいいとは言えんのだ」
まあ、そんなもんか。
「俺たちがやる意味は?」
ミハルさんも、彼が思ったことを訊いたらしい。
「貴様らは恐らく、この地の花を欲しているのだろう?」
「そうだが……」
「それを我が邪魔をし、貴様らを追い返すか、その息を絶つと言えば?」
「……」
「……」
その言葉に2人とも息を呑み、自然と風の飛竜を睨みつけていた。
「まあそんな顔をするな。だが、他にも貴様らには良いことがあるやもしれん」
「それは……?」
「最近、奴らが大陸の方へ飛んでいくのを見た。おそらく、人里でも襲ったのであろう。普通の動物の他に、人間が使う装飾のようなものや、建材も見られた。島の中の巣にでも使うのだろうな。奴らを間引けば、そのようなことも減るやも知れんぞ?」
「そう、ですか……」
「……」
ミハルさんの顔に少しだけ、苦いものを味わったような色が出たような気がした。
「そういえば貴様ら、船で来ておったが、奴らを間引けば、その帰り道に風を起こし、帰りを少しばかり助けるのもやぶさかではない」
飛竜の方も、決して条件を提示しない、というわけでもなかったようだ。
「とはいえ、間引くといっても……どうすれば?炎の飛竜と戦うとなると、僕たちでは流石に太刀打ちはできないと思いますが」
ついでにこういうことも聞いておこう。
「ふむ。別に貴様らには飛べる奴らと戦え、などとは言ってはおらぬ。間引いてほしいのは、卵だ。連中は島に暮らしており、その島には敵という敵はおらぬ。だから、外で活動する昼に見張り役のようなものもおらぬ。その時に行き、壊せばいい。当然、我が卵を壊そうと行けば、この図体では気づかれるのでな」
そのための自分たちか……。
「しかし、僕たちが行っているときに偶然、炎の飛竜が戻ってくることはあり得ますよね?」
「その時は我が足止めをしよう。まあ、あまりに多ければ捌ききれぬかもしれぬが……な。悪いとは思ったが、いざというときに帰って来られるかどうかを知るため、先ほど、風の脅かしで試させてもらった」
あの風はそういうことだったのか……。
「しかして、全ての卵を壊せ、などとも言わん。時が許す限りで良い。あとはそうさな……、確認としては、卵の殻を持ってくればよい」
「……分かりました。その代わり、向日葵と帰りの風はお願いします」
「ああ、我らが誇りに誓って」
「いいですよね、ミハルさん」
「問題ない」
こうして、この旅の行うべきことが1つ、増えてしまったのであった。
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