36話 滞在
今回は少し長めです。
アズハさんの母親の病気を治せるという薬草、「月見草」。
希少なのもそのはずだ。
「月見草」というのは、「イズムルド連合」の「連合の府」付近にある山である「香り花の山」など、非常に少ない特定の地域のみに植生を有する植物であるためだ。
「イズムルド連合」が「ボルカン帝国」に輸出しているかは分からないけど、輸出していたとして、仮想敵国には割高で売っていると思うし、そもそもそんな希少性の高い植物を輸出しているとも思えない。
「ボルカン帝国」の「帝都」では売っているという話は聞くらしいので、どこかの国からは輸入しているとは思うけど、その希少性ならば、例え属国や弱小国からの輸入、朝貢の量も限られて、どの道高価になってしまいそうだ。
そんな植物を、自分たちは取りに行こうとしている。
だが、「取ってきてまた持ってくるよ」なんて、すぐには言えなかった。
確かに自分たちはアズハさんに対して失礼な勘違いをしたうえ、危険を及ぼし、彼女の望みをできるだけ叶えるといった。
だけど、自分たちも複数回越境できるかも分からない。
特に、「州都」で騎士っぽい人から聞いた話では、「イズムルド連合」と「ボルカン帝国」の間ではきな臭い話が漂っており、その2国間で何かがあった場合、それによってはかなり遠回りしなければならないかもしれない。
それを行うにはあまたの危険を乗り越え、多くの時間を費やさなければならないし、それらを乗り越え、費やしたとしても、成功する確率は低い。
自分たちには時間がそうあるわけではない。
自分でも酷いとは思っているけど、彼女に対して大きな借りがあるとはいえ、むやみやたらに特に危険なことをするのは躊躇われる。
命はあってこそだ。
事実、彼女を間違って襲ってしまったとはいえ、今、彼女は生きている。
だが、どうにかアズハさんに対して力になりたいとも思ってはいる。
どうしようか。
「……」
「!」
そう思って科若さんの方を見て目配せすると、彼女は何かを理解したのか、頷き、口にした。
「実は私たちも、その『月見草』っていうの、取りに行く予定なんです」
あ、言っちゃうのね。
「私たちはとある事情で『イズムルド』からこっちにあるものを取りに来ていて、また『イズムルド』に戻って、それから……、順番は他の要件と前後するかもしれませんが、その『月見草』を取りに行くんです」
その気はなかったけど、ここまで言ってしまったなら「いや無理です」とは、割り込んで言うのは難しい。
どうなるかは分からないけど、流れに任せてみるか。
「もし良かったら……」
「それって、もともとはその『取りに来るもの』が終わったら、もうこの国には来る予定はなかったってことですか……?」
「え?……そう、だったけど……」
「それに、『月見草』って、珍しいところにしか生えないって聞きますし、『月見草』を取りに行くのって、結構大変なことなんじゃないですか……?」
アズハさんの方も、それなりに気を遣ってくれているのだろうか?
「う、うん。でもそれって今は……」
「他にも、この国に『イズムルド』から国を越えてものを取りに来たものもあるってことは、『他の要件』っていうのも、危険だったり、時間が掛かったりして、大変なことはいっぱいあるんじゃないですか?」
それはそうだ。
もともと2人のときの予定は、「秋華滝」で「秋華滝河原の石」を取った後は「イズムルド連合」に戻って、「連合の府」に行き、海を越えて「炎の飛竜の巣」で鱗を取ってから「風の飛竜の巣」で「向日葵」を取って、また「連合の府」に戻る。
最後に「香り花の山」で「月見草」を取ってから帰る転送魔法に適した地、「黒の森の東の村」近くの「霊気の平原」で転送魔法を使って帰る予定だった。
もっとも、これは自分と科若さんだけだったときの予定だったので、ミハルさんが増えた今は、2人と1人に分かれて、2人の方は「飛竜の巣」の方に、1人は「香り花の山」に行こうかとも考えていた。
だけどそれだと1人の方は山で1人行動になってしまうから、それについては相談しながら考えていこうと思ってはいたけど……。
とにかく、「大変」であることには変わりはないな。
「そう……だね」
科若さんは目を細め、バツが悪そうに頬を人差し指で掻いて、渋りながら肯定した。
その表情の中に苦虫を噛み潰したようなものがほんの少しだけ汲み取れたのは、「獣の森」でのことでも思い出しているのだろうか。
「……」
科若さんの言葉を最後に、この居間に静寂が降り積もろうとしていた。
「あの……」
静寂が雰囲気を作り出す前に、アズハさんがその静寂を破った。
「も、もしよかったらなんですけど!私もその旅に連れて行ってもらえませんか?!」
「え、いや……」
科若さんは言葉に詰まり、自分も動揺してしまって何も言えずにいた。
ミハルさんも先ほどよりは落ち着いていたけど、再びソワソワし始めた。
「あ、アズハさんには家のことがあると思いますし……、それに、この旅は結構危ないですから、あまりこの村から出たことがなさそうな人が加わっても……アハハ」
自分で言っていて苦笑が漏れる。
ミハルさんは兎も角、自分と科若さんはこんな感じの旅なんて、「獣の森」だけだ。
それなりに危険なことがあったとはいえ、経験を語れるようなものでもない。
「むぅ……」
科若さんも、こちらを責めるような、困ったような視線を向けてきた。
だけど、自身のことでやむなく旅をしている自分たちのことを棚に上げたら、そこそこ正論ではあるので、反論はしてこなかった。
「考えたんだが」
三者三様、考えるためにもう一度それぞれ口をつぐもうとしたとき、ミハルさんが話し出した。
「この旅は急ぐとはいっても、1日2日くらいは延びてもいいんだろう?」
「そう、ですね」
「だったら、それぞれどうしたら考えて、また2日後の朝にこの家の前で話し合う、というのはどうだ?」
「それは……」
「無理だったら決裂というわけだ。だが、考えられるならしばらく時間をおいてからにした方がいいだろう。まだ陽は落ちていないとはいえ、今日泊まるところも考えておかなければいけないしな」
ミハルさんの考えはただ、先延ばしにするというものだったが、このままでは平行線になりそうだったので、それでいいことにした。
それに、引き留められているとはいえ、長居するのは悪いだろうし。
「あ、泊まるところだったら家の前の道を真っ直ぐ行けば宿がありますよ」
とのことらしいので、(秋華滝への準備をしながら)それぞれ考えて、再び会って話し合うまで、アズハさんが提案してくれた宿でとまることにしたのだった。
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