26話 その男
本日は10話ほど投稿いたします。
明日からは水曜日4回、それ以外2回の投稿に戻ります。
先に席についていた男が身に纏っているイラついたような、悲しんでいるかのような雰囲気の中には、以前出会った時のような余裕さというのは全くなかった。
「ああ……チッ」
どうやら本当に機嫌が悪いらしい。
席に着いてから店員が来て、適当にメニューを選んだ。
「……」
「……」
「……」
頼んだ食事が来るまでの待っているこの空気が、気まずい。
というか、重い?
この男、料理がすでに来ているにも拘らず、その料理に手を付けていない。
……いや、少しほどは口にしているし、今も少しずつは食べている。
けど、あからさまに食べる速度が遅い。
「あの……」
「……なんだ?」
「どうしてそんなに暗い雰囲気を出しているのか、聞いてもいいですか?」
「あ?」
「いやなんでもないです……」
この空気感に堪えられず、思わず聞いてしまったけど、どうやら地雷だったらしい。
「ああ、キレたわけじゃない。本当に何を言っているかが聞こえなかっただけだ。すまん」
……という訳でもないようだ。
そして再び聞いたら、教えてくれた。
「俺の生まれた街は『連合の府』から少し離れた、海沿いのところにあったんだ」
「それって……」
「……道中の掲示板を見たのか?」
「ええ、まぁ……」
「連合の府」から少し離れた海沿いの街が、「炎の飛竜」の群れに襲われたという情報を、「銀の街」を出て少ししてからの掲示板で見たことを思い出した。
「知ってるなら話は早いな。そういうことだ」
つまり、彼の故郷は……。
彼は溜め息を吐いて、続けた。
「あの襲撃の情報は、騒動が収まってからまとめられたんだ」
多少話しているうちに少しでも食欲が出たのか、スプーンでスープの豆を掬って食べながら彼は話す。
「『炎の飛竜』に焼かれた死体は誰のものかは分かりにくいし、そのうえ死者の数が多すぎて、記事にはけが人含む、確認できた“生存者の名前だけ”が載っていたんだ」
彼は少しだけ目を伏せて、横の虚空に視線を走らせた。
「……その中に、俺の家族の名前はなかった。一人もな」
「……」
「……」
こういう時に掛けるべき言葉を、自分も科若さんも持ち合わせてはいなかった。
「もういないんだな。親父も、母さんも、妹も」
そして再び、暫くの沈黙。
沈黙の最中、店員がやってきて、自分と科若さんが頼んだ料理をテーブルに置いて行った。
「いただきます」を言える雰囲気でもなかったので、軽く手を合わせ、心の中で言ってから食べ始めた。
「食べながらでいいから、なんで俺がこの街に来ているか、聞いてくれないか?」
「え、ええ、大丈夫です」
そんな陰のある顔をされたら、たとえ断りたくても断れなかっただろう。
「簡単に言うと、家出したんだ」
そして彼は一度口にしだすと、そのあとは止まらなかった。
「理由はなんだったか覚えてないけど、些細なことだったと思う。親父と喧嘩したんだ。母さんと2歳離れた妹はなだめてくれてはいたけど、それすらもウザったく感じて、更に熱がこもってしまっていたんだ」
それはきっと数か月前のことなのだろうが、彼はまるで数年前にあった出来事を思い出すかのような目線で、どこか遠くを眺めていた。
「そうして、家を出たんだ。家を出て、この剣の腕を磨いて、もっと強くなって、剣術で親父に勝てば、とにかく親父を納得させられると思ってたんだ」
彼の腰に付けた剣の柄の光沢部分が、わずかに届いた陽の光を返してキラリと照り返した。
「お前らと会ったのは、その喧嘩のことを思い出して、ムシャクシャしていたときだったんだ」
だからあのとき、絡まれて脅かされたのか。
「そしてこの街に来て、この街の剣術指南所で稽古をつけてもらったり、いろんなところで働いて、良い装備を揃えてたりしていたら、あの情報が来て、落ち込んでいたってわけだ。……話してみると俺、かなり考えなしで、中身のないヤツだよな、ハハ……」
乾いた笑いをしている割に、先ほど再開してすぐのときよりは持ち直したようで、冷めたスープをスプーンで、何度も口に運んでいた。
「これから、どうするんです?」
「どうするって……俺はとにかく、あの『炎の飛竜』どもが許せない。けど、今の俺はアイツらに戦って勝てるほど強くもない。だから、もっと鍛えて、アイツらの内の首の一つでも切り落とせるようになりたんだ」
ふーむ……。
「つまりもっと強くなるために、旅とかもする予定って、あります?」
「旅?……まあそうだな。いつかはするつもりだ」
ふむふむ……「炎の飛竜」と闘う意思はあって、旅もするつもりがある……と。
そして今、自分たちは旅を共にする人を欲している、主に前衛。
目の前の彼は帯剣していて、話から、戦闘においては主に剣を使っているように思える。
「もしよかったらなんですけど……僕たちと一緒に、旅しませんか?」
これは何かの縁か奇跡か、とにかく声を掛けて、話してみた。
今から行く場所、自分たちの目的、なぜ彼が必要なのか、そしてそれらを行った後にどこを目指すのか。
ついでに、この旅が彼にとって修行になりえるだろうということも。
この旅の最後あたりに「炎の飛竜の巣」に行くことになり、戦うにしてもそうでなくとも、彼にとって有意義になることに間違いはないということを強く推して説明した。
「『炎の飛竜の巣』に……」
説明をした後に彼はそう呟いて、考え込んだ。
そしてしばらくした後、こちらに目線を合わせてきた。
「出発はいつになる?」
「早かったら明日がいいですけど……遅くとも、1週間以内には」
「分かった。二日、待ってくれないか?」
一緒に来てくれるらしい。
「いいですけど、何か?」
「1日目は、働いているところと、稽古場に分かれの挨拶をしに行きたい。2日目は、旅の準備がしたい」
「分かりました。では、3日後の朝、この店の前の集合でいいですか?」
「ああ。遅れないようにする」
「最後に―――」
忘れるところだったが、自己紹介がまだだった。
自分と科若さんの自己紹介をして、最後に彼に自己紹介をしてもらった。
「俺の名前はミハル・マサリク。見ての通り男で、18歳だ」
その男の名は、ミハル・マサリクと言った。
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