2話 出逢い
倒れている人がいたらまず、するべきこと。
生存確認。
最初に、脈を確認。
手首では薄いのか無いのか、分からなかった。
首筋で確認。
……脈はあるらしい。
次に、呼吸の確認。
口と鼻の近くに耳を近づけ、横向きになった目で胸が上下しているか確認する。
……OK。
意識がないだけで、脈も呼吸もあり、両方とも安定している。
ここが見知った安全な場所なら、彼女の目が覚めるまでこの綺麗な顔を眺めていたかったが、生憎ここは見知った土地ではなく、また安全な場所かどうかも分からない。
クマ、イノシシ、発情したシカなどがでないとも限らない。
「お~い!起きてくださ~い!」
「すー……すー……」
大声で呼んでも起きる気配はない。
「少し気が引けるけど……仕方ない」
女性に無断で触る言い訳を自分に言い聞かせ、準備する。
飛び起きるかもしれないので、頭がぶつからないように体勢を整える。
「さて……」
息を整える。
利き手、右手の人差し指以外をグーにして、人差し指は第一、第二関節を折り曲げ、指の付け根だけを上げる。
その指の第二関節を彼女の鎖骨の下、胸の谷間のやや上あたり、つまり胸骨に押し当てる。
そしてそのまま手首のスナップを利かせてグリッとひねる。
「痛いっ……!?」
飛び起きた。
体勢を整えていなければ、互いに頭をぶつけていたかもしれなかった。
「おはようございます」
「ぇ……?お、はよう、ございます?」
先んじて何か言っておかなければ、痛みを与えたことに対する怒りをぶつけられただろう。
「意識が無いようでしたので、すこし手荒な起こし方をしてしまいました、ごめんなさい」
「ぁ……は、はぁ……」
そしてすぐに謝る。
こうすれば全て必要なことを冷静に受け止められて、無暗に怒られることはない。
シミュレーション通りに言えてよかった。
●
「僕は、桜木尚人って言います。あなたの名前を聞いても?」
「ええっと……科若、胡桃です」
う~ん、これは……。
嘘をついている感じではないよなぁ……。
自分のことを科若胡桃だと思っている一般コスプレイヤー……?
などと考えつつも、自分はある考えを浮かべていた。
本当に存在する「モモミネウィンドリグレット」の世界、若しくはそれに近似した世界の科若胡桃。
普通の状態ならまずこんな考えはしない。
けれど、自分は今さっき異世界召喚的なモノという、奇妙奇天烈、あり得ないことが起こったばかりだ。
どうやってコスプレイヤーか本物か見分けようか……。
「あっ」
「?」
この方法なら見分けられるだろうか。
ものは試しだ。やってみよう。
「突然で悪いんですが、アメリカが最後に正式に準州に指定した地域って、どこでしたっけ……?」
「なんで突然……?」
「ちょっとした確認です」
「オキナワ……テリトリー・オブ・オキナワでしょ?」
彼女は(何、聞いてんだコイツ、中学でちゃんと近現代史の範囲やってこなかったのか?)みたいな目でコチラを見ている。
これは……。
「つ、次に、国で、中国っていえば、どこを思い浮かべます?」
「国で中国……中華民国でしょ?」
「さ、最後に、東トルキスタンと内モンゴルってそれぞれ独立と統合って何年でしたっけ?」
「東トルキスタン共和国独立が2013年で……モンゴル統合とモンゴル国共和連邦化が2017年だったよね……?」
彼女は首を傾げ、(オイオイ、コイツ時事も出来ねぇのかよ)みたいなジト目をしていた。
「さっきから何なの……?」
「いや、本当にちょっとした確認だったので」
見分ける要素の半分はできた。
あと半分は……これからの会話の中で自然にできるかな……?
「あ~っと、まず、現状の説明をしてもいいですか?」
「あ、はい、よろしくお願いします」
とりあえず、今までの経緯を軽く説明。
トラックに轢かれそうになったこと。
気が付けば白い空間にいて、老人に何か言われ、再び意識を失ったこと。
そして今、目が覚めるとこの状態であったことなど。
「それで、私を見つけて、起こして、今に至る、と……?」
「そういうことです。科若さんの方は、どうしてここにいるのか、聞いてもいいですか?」
「私は確か、憂ちゃん……あっ、憂ちゃんっていうのはクラスメイトで―――」
彼女が語ったのは、自分も知っている話だった。
「モモウィグ」センターヒロイン、萩野 憂のルート確定後、共通パート終盤。
二人が作品主人公への恋愛上のアプローチの仕方で喧嘩して、急に現れたトラックに憂が轢かれそうになり、憂を突き飛ばし、かわりに胡桃が轢かれる。
自分には二人の喧嘩の内容は喋ってなかったけど、おそらくそういうことだろう。
そして気が付けばここにいた、とのこと。
自分の場合とは違い、白い空間はなかったらしい。
帰り方が分からないのは彼女がコスプレイヤーであれ、本物であれ、変わらないらしい。
っと、ここで、コスプレイヤーか本物か見分ける、残り半分を試してみよう。
「ああー……とりあえず、帰るまではそこそこ長い付き合いになると思いますので、詳しく自己紹介、しません?」
「そうですか、……ですね」
「僕は―――」
所属する学校、学年、年齢、部活・委員会、家族構成、アレルギーなど。
「これで今言う必要がありそうな情報でしょうか……。必要なら、その時その時で」
「じゃあ、次は私が―――」
「ちょっと待って!」
「な、何?」
「ちょっとしたマジックを……」
「え、今?」
「あなたのプロフィールを当ててみましょう」
そして言った。
ウェブサイトの彼女の説明にある文章、作品から読み取れる情報、その他メディアから仕入れられる、ありとあらゆる情報を。
あ、彼女自身の知らなさそうな情報と担当声優は省略した。
言い終えて彼女を見ると、さっきしていたジト目で、こう言った。
「……自己主張の激しい、ストーカー……?」
こうなることは分かってはいた。




