21話 夜の帳
絶体絶命。
頭によぎったのはそんな言葉だった。
「絶対」の方で変換されなかったのが、せめてもの絶望しきらない消極的な希望だったのか。
明らかなオオカミ側の場の優勢。
彼らが躊躇う理由はない。
「グルルァ!」
現れて一拍置いて、最も近くの2匹が襲い掛かってきた。
「……ッ!」
科若さんが矢を放つも掠るだけ。
身体強化魔法は使ってないためか、大したダメージが入ったようには見えず、そのオオカミは警戒して距離を取っただけだった。
「らぁっ!」
自分も棍棒を振るった。
「ガゥッ……!」
「静谷」の川辺のときのように一撃でクリティカルを与えられた気はしない。
腹の良いところに当たった気はしたが、先ほどのオオカミと同じく、ただ距離を取られただけだった。
「グルルルル……」
「……」
「……」
そのおかげで戦闘そのものから膠着状態にまでは持ち込めた。
だが少しの考える猶予が出来ただけだ。
「『エリアストレングスアップ』……」
その隙に科若さんは範囲強化魔法を掛け、矢を複数本取り出していた。
そして今度は、こちらから仕掛けた。
「『ブラスト』!」
「グヮッ!?」
単なる風魔法を唱え、地面の土埃をなるべく多くのオオカミに当たるように風を巻き起こした。
「……ッ!」
「キャフン!?」
風に驚いて最も体勢を崩したオオカミに科若さんが矢を放ち、その胴体を貫いた。
あるオオカミはその襲撃に驚き、またあるオオカミは魔法の風が薪の火を激しくさせたのに野生の本能からか警戒して、低く伏せて唸っていた。
「もう一発!」
更にその隙に科若さんがもう1匹の頭を射抜き、そのオオカミは鳴き声を上げることもなくバタリと地に伏した。
圧倒的有利な状態で2匹をも戦闘不能にされ、オオカミの群れが僅かながらに狼狽しているのが感じ取られる。
オオカミ達は引き続き姿勢を低くして警戒していたが、その意識はこちらへと向いて、いつ魔法や矢が飛んできても避けられるようにしていた。
薪の周りには晩御飯にと焼いていた鶏肉があったけど、先ほどの風魔法で火が強くなってすっかり焦げてしまっていた。
しかし先ほどの薪の火の燃え方……何かに使えないか?
今は夜だしオオカミ達には“アレ”が有効だと踏んでいるけど、“アレ”は最終手段だ。
“アレ”を使うにはもう少し戦闘可能なオオカミを減らしてからだ。
せめて最初にいた数の半分―――あと2、3匹を行動不能にしてからでないと、“アレ”を外した後に残ったオオカミに増援を呼ばれてしまうかもしれない。
薪の火を使う方は……アイツとアイツ……よし、いけそうだ。
「科若さん、薪の後ろまで下がって」
薪を使う方法と最終手段の“アレ”、どちらも上手くいくかは分からないけど、やってみるしかない。
「分かった」
転移してから3ヶ月ほど、科若さんと一緒に仕事して、旅して、狩って、「静谷」で共闘して、ある程度の信頼を得たようだ。
何も詳細を言わなくとも了解して、下がってくれた。
「『サイクロンカッター』!」
今使える最高威力の風の攻撃魔法を目の前のオオカミ……の上を掠めて更にその後ろのオオカミの顔あたりになるように仕掛けた。
「グルルゥ……」
「!?」
前のオオカミは唸りながら姿勢を低くし、後ろのオオカミはこちらに来ると分かり、驚きながら避けるために跳ねた。
前のオオカミには当たらなかったが、それでいい。
後ろのオオカミは跳んで避けたが尻尾までは対応しきれず当たって、その途中で真っ二つになった。
「グルルァ……」
尻尾が切れ落ちたオオカミは一度着地に失敗するも立ち上がった。
だが、尻尾も体を支える役割をしていたのか、立ち上がったオオカミは足をガクガクとさせ、フラフラとしていた。
そして前方のオオカミはというと……
「グルルァ!キャンッキャンッ!」
火だるまになって、その火を消そうと地面をのた打ち回っていた。
前方のオオカミは自分の風魔法を避けたあと襲い掛かろうとしたが、風魔法が過ぎ去った後に薪の火が更なる空気を追い求めるように爆発的に燃え盛った炎に包まれ、その毛並みに燃え移っていた。
「当たらない……!」
その間に他のオオカミを射抜こうと矢を放っていた科若さんだったけど、当たらなかったようだ。
そしてその外したオオカミと、尻尾が切れたヤツ、そしてノーマークだったヤツの3匹が捨て身なのか、またはその方がいいと判断したのか接近戦をするために突っ込んできた。
残る1匹は少し離れたところから、こちらへ向けて「ファイアボール」を仕掛けた。
ノーマークだったヤツだけが科若さんに向かっていて、こちらに向いていない。
もう……無理か……。
そう思って、目を閉じて唱えた。
「『フラッシュ』!」
再び目を開けると、こちらに意識を向けていた3匹は突然の閃光に混乱しているようで、むやみやたらに吠えていた。
だが、科若さんに向かっていたオオカミは止まることなく彼女に近づいていた。
「ガウ!!!」
そのオオカミは科若さんの腕に噛みつく。
「静谷」で噛まれたときと同じ、右腕に。
「離して!」
しかし今度は冷静にあって、自らが強化魔法に掛かっていることを忘れずにその右腕を振り回して振り払おうとした。
「ガウルルル……!」
だが、オオカミの方も諦めていないらしく、いまだその腕に噛みついていた。
「!?」
そして科若さんは驚いた。
噛みついたオオカミは魔法が使えたのだ。
オオカミは科若さんのすぐ近くで「ファイアボール」を生成し始めた。
科若さんも流石に冷静さを失って地面にへたり込み、腕を振り回すこともやめてしまって呆然としていた。
間に合わないかもしれないし、科若さんにあったてしまうかもしれないけど、もうやるしかない……!
「『ウィンドカッター』!」
「!?」
そして放った風の刃はそのオオカミの側腹部をズタズタに切り裂いた。
「ガゥゥ……」
風の刃は胴体を二分することはなかったが、多量の血をオオカミの身体から抜き取り、そのオオカミの意識を刈り取った。
シュオオオォォォ……。
生成され発射される寸前だった火の玉は、空気中に霧散していった。
「科若さん!今しかない!逃げよう!」
「……」
「科若さん!」
彼女は「静谷」以上のショックを受けたのか、腰を抜かし、呆然としたままだった。
早くしないと目を眩ましたオオカミの目が慣れて、再び追ってきてしまう。
「仕方ない……失礼します」
彼女が表層の意識を取り戻すまで、担いで逃げることにしたのだった。
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