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17話 静谷

「静谷」。


「銀の街」から「獣の森」に入って、歩いて片道1か月くらいの奥地に存在する谷。


その名前の由来はそのまんま、「静かな谷」であることから。


「獣の森」は危険な動物が多いとは言うが、騒々しい森ではない。


普通の森と同じように小動物の鳴き声や鳥の羽ばたく音が聞こえはするし、奥に入っていくとともに獰猛そうな動物の鳴き声が遠くから聞こえて来るが、そこまでギャアギャアとうるさいわけではないというくらい。


兎に角普通の森かそれより多少鳴き声が聞こえてくる感じだ。


だが、「静谷」に入るとその鳴き声がパタリと聞こえなくなる。


その理由はよく分かっていないらしい。


色々な仮説はある。


「静谷」に川が流れているが急峻な流れをする場所はなく全て動物にとって水が飲みやすい場所であるから多くの動物が集まり、その動物を狩る動物も集まってくる。


水を飲みに来た動物は見つからないように静かにして、その動物を狩る動物は虎視眈々と静かに狙っている。


……という説が最も有力らしい。


そんな説もあるこの「静谷」の前に、やっと到着した。


「やっとここかぁ……」


「ここまでくれば、あと一日くらいで折り返しね」


話している二人の周りは静かだ。


「さて、谷に降りるけど……」


先ほどの仮説、馬鹿にはできない気がする。


本当に不自然なくらい静かで、どこからか来る緊張感が、ピリピリと肌を刺す。


「警戒はしておいた方がいいね、この感じ」


科若さんも同じ意見らしい。


「どっちが前に行った方がいいと思う?」


「どっちでもいいと思うけど……二人とも遠距離の攻撃がメインだし」


「そうだね……じゃ、僕が前で」


「分かった」


科若さんにカッコイイところを見せたいというところもあるけど、あくまで近接武器を持っている自分が前にいた方がマシかという感じだ。


晩御飯のために狩りはしてきたけど、自分と同格くらいの相手との戦いは皆無だ。


こんな状態ならどちらか前衛か後衛かなどは気休め程度、いや、気休めにもならないだろう。


それでも警戒して陣を取るための位置を一応取っておく。


そんな感じで森から谷に降りた。


「本当に静かね」


降りると、科若さんは後ろを警戒したままそう呟いた。


確かに、小川の小さなせせらぎと風の音以外、聞こえてくる音は無いと言っていいほど静かだった。


「うん……」


だけど警戒していたので、上手く返事はできなかった。


谷に降りたところから川沿いに、少しほど上った場所に「狂月花」の多く咲く場所があるらしいので、警戒は解かないまま上った。


「……」


「……」


無言のまま進む道はやはりというか、更に静かさを際立てていた。


上る道は本当に静かで、しかし肌にはまだ最初に感じた緊張感が刺さり続けていた。



「あ……、ここかぁ」


上ってしばらくした先に、目的地とみられる場所があった。


「着いたの?どこ?」


「すぐそこだよ。ほら」


科若さんが後方への警戒を解いて場所を訊いてきたので、指差して応えた。


そこには、崖と川に囲まれた場所に、白く綺麗で少し奇妙な花々が咲いていた。


花の形自体はユリ?か何かに近い気がするけど、「やく」の部分は月のような、白くて丸い石のような模様をした感じのものが付いたような見た目だった。


「あ、綺麗……」


科若さんが思わず花に見とれていたので、後方を少し警戒して見渡した。


大丈夫、緊張感自体はかなりあるけど、なにか動物が来ているという訳でもない。


「さ、とっとと回収して帰ろう」


「そうね」


「狂月花の種」は1人1つ必要なので、2つで良いけど、余分にいくつか持って帰っておく。


というのも、「狂月花」もその種もここでしか取れないため希少だから、売ると高値が付く。


旅の費用の足しに出来る。


万に一でも種の中身がなくて、転送魔法に使えないものが含まれていたとしても複数個用意できていれば問題はない。


もし売るときに中身のないものだったとしても、種くらいの値はつかなくてもそれなりの価格で売れるらしいので、採っておいて損はないらしい。


「狂月花」はあらゆる部位がさまざまな麻薬や麻酔としての用途があるらしいけど、種の殻は疲労に効果のある成分が抽出できるとかなんとか。


閑話休題。


「そろそろいっか」


「そうだね。あまり長くいても気味が悪いし」


種をいくつか採取し、立ち上がったそのときだった。


―――――――――――――――――――ッ!!!!!!


何かの動物の大きな声だった。


とても大きい声で、おそらく近いのだろう。


何かは分からないけど、狂暴そうな動物であることは間違いなさそうだ。


そう思い、早く帰ろうと言おうと科若さんの方を見た。


すると彼女はやや青ざめた顔で一指し指を口元にあて、静かにするよう促してきた。


「……『エリアストレングスアップ』」


次に彼女は呟くように範囲の強化魔法を掛け、弓矢の準備をした。


彼女の弓矢が狙う先を見ると、彼女が明らかな戦闘態勢に移った理由が分かった。


「それ」はのっそのっそとこちらへと向かってきている。


嗚呼、今まで比較的順調に来ていたと思っていたらこれだ。


「それ」の躰は黒かった。


少し遠くから見ても堅そうだと分かるような毛をしていた。


「それ」は大きかった。


本当の大きさはより大きいのか小さいのかは分からないが、目測で体長は2m以上ありそうな巨体だった。


「それ」は……クマだった。

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