9話 出立
今回は少し短めです。
転移し、この村に訪れ、働き始めてから2か月弱が経った。
ある程度お金が貯まったと思ったので、転送魔法に必要なものを手に入れる旅に出ることを宿の女将さんに話してみた。
すると女将さんは、それを了承し、またその話をイドリス村長にも話をして、その準備をしてもらうとのこと。
そしてついでに、女将さんはこの宿で、旅では必要のない、一緒にこちらの世界に転移してしまったものを預かってくれるらしい。
自分は財布とカギとスマホを預け、科若さんは自分と同じもののほか、生徒手帳や弁当箱、教科書類などを預けていた。
因みに科若さんは共に旅に出るので転移したときには腰まであったロングの髪の毛を肩くらい、セミロングほどの長さにしていた。
給料として受け取ったお金には、色が付けられていた。
女将さん曰く、小銭を細々渡すと釣り銭がなくなるとか言っていたけど、ただのお人よしの言い訳だろう。
転移して二日目くらいに飲んだカフェオレの缶を金属として回収してそれを多少のお金に換金してもらったりしたし、本当にお人よしの人だ。
他にも、この村の人々や最初に出会ったグランさんには感謝してもしきれないな。
準備を終えると、宿には馬車が一台停まっており、イドリス村長の姿も見えた。
村長が言うにはこの馬車は最も近い地方都市、「黒曜石の街」と交易を行っている馬車らしい。
この村へ荷を下ろし、この村の生産物(主に菜種油)を運ぶそうだ。
その馬車に乗り合い、「黒曜石の街」まで運んでもらえるよう、手配してもらったようだ。
さらに村長からの餞別として、携帯食料が渡された。
そして、この村の菜種油を多く使っている「黒曜石の街」の大手の取引先に転送魔法のための道具に詳しい施設があるらしいので、馬車を降りるときにはそこで降りたらいいと助言を貰った。
最後にまた、村長さんに感謝することが増えてしまった。
転移したときには涼しい風と花の香りがしていた春の頃だったが、今や緑の音が暖かさと暑さの間を風が運ぶ初夏の季節だ。
「今までお世話になりました」
「帰りの転送魔法を使うときに、またお世話になると思いますが、そのときはよろしくお願いします」
「んだょ」
「生きて帰って来いぇ」
女将さんと村長が短くそう言ってくれる。
イドリス村長が言った、『生きて帰って来い』
その言葉は重い。
今まで数度、彼らは「流れ者」を見送ってきた。
帰ってきた者も多い。
だけど、帰って来ず、いまだ行方知れずの者も、亡くなったことが分かった者も、少なくはなかったらしい。
中には、全滅したらしいという噂だけがこの村に流れてくる、ということも。
つまりこの旅は、決して楽なモノではないだろうということだ。
帰る方法がある程度明確であることは幸運だったけど、楽観視して旅をすれば、その途中で命を落とすことも、頭の中に入れておかなければならないらしい。
兎にも角にも、生きて、帰るのに必要なモノを手に入れて、ここに戻って来よう。
「また会える日まで」
そう言って、馬車に乗り込もうと、荷台に手を掛ける。
小さな溜め息を吐いて、心の中で呟く。
いってきます。
こうして、二人が元の世界に帰るための旅が今、始まった。
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