第96話 戦乱の時代を終わらせるために
この作品自体の終わりはまだまだ先になるでしょうが、やっと……やっと原作のメインシナリオに終りが見えてきた。この調子でもっと頑張らなくては。
黒狼達が姿を消した。まだ事実として確定している訳ではないが、その可能性は現状極めて高い。この話を現時点で知っているのは一刀、諸葛亮、周瑜の三人だけ。とても兵士達には言えない話だが劉備を始めとした首脳陣、軍師達には報せておく必要があるが、事実として確定していない以上はまだ言う訳にはいかない。魏の御遣いが二人も前線に現れているが、今は黒狼達抜きで前線部隊に奮戦してもらう他に選択肢は無かった。様々な不安が押し寄せる中、一刀達は祈るような気持ちで城壁から前線部隊が戦っている戦場を見つめていた。
(みんな……どうか無事でいてくれよ……っ!)
………
……
…
「っしゃおらああああっ!」
「だらああああああっ!」
裂帛の気合を放ち、翠蓮と恭佳は双方同時に双刃閃とソウルイーターを振るい、まさにこの一閃で相手を仕留めるような勢いの強力な一撃を放つも互いの刃がぶつかって軽快な金属音が鳴り、激しい火花を散らすだけに終わった。無論翠蓮も恭佳も今の一撃で勝負が終わるなどとは思ってはいない。お互いに初めて刃を交わす相手だが、二人とも相手が並の将兵でないという事を理解し合っているのだ。しかも翠蓮から言わせれば相手は魏の御遣いの一人、しかも最強と謳われている零治の姉である恭佳なのだ。これほどの強者と巡り逢い、武人としての血が騒がずには居られなかった。
「ははぁっ! いいねぇ恭佳っ! 零治も強かったが、あんたも負けちゃいねぇ! 良い筋してるじゃねぇか!」
「そいつはどうもっ! だが、自分の力を過信しない事だな翠蓮っ! 普通の人間にアタシを止められると思うなよ!」
自分の力を過信しているわけではないが、普通の人間では恭佳を止める事ができないのは事実だ。元いた世界で既に生身の肉体を失い、今は神器を依り代にして生前の姿を具現化させた魂だけの存在。しかしこれも万能ではない。具現化させた身体の維持には魔力が必要だし、本体であるソウルイーターが傷つけばダメージも受ける。この世界の人間にそんな芸当が出来るとは考えにくいが、恭佳がこれまで見てきた武人達の中には常識が通用しない非常識人が何人も居る。それに戦場ではあらゆる不確定要素が絡み合う場所なのだ。決して慢心はしない。してはいけないのだ。本当に倒すべき敵、黒狼達を討つまでは。
(奴らがどのタイミングで出撃してくるのかも分からない。なら、こっちから挑発してやるのも手か……)
もともとこちらの意表を突いてくる劉備軍に対する意趣返しだけでなく、黒狼達を出させる状況を作る意味合いも兼ねて亜弥と共に出撃したのだ。劉備軍が追い詰められている今の状況を考えれば出し惜しみをする可能性は無いだろうが、ゼロとは言い切れない。だからこそ相手を更に追い詰めてやる。恭佳はそう結論づけ、敵の兵力を削ぎ落とすと同時に向こうを挑発してやるための奥の手、とっておきの魔法を使ってやる事にしたのだ。
「春蘭! 霞! 今からちょいとばかし派手な事をさせてもらう。間違ってもアタシの前に立つんじゃないよっ!」
「はっ? 恭佳、何を言って……?」
「いいから黙って言われた通りにしなっ! 霞も分かったな!」
「お、おう……」
「さーて……ならば行くよっ!」
恭佳のソウルイーターの刃が上向きに可動してランスモードへと形態を変化させると同時にバックステップをして翠蓮から距離を取り、右手に持ちながら彼女は上体を大きく右に捻り、突きを放つ体勢に移行した。しかし立ちはだかる翠蓮とは距離を自分から離した上に何をしようとするのか見え見えだ。これでは彼女に攻撃が届くとは思えない。
「へぇ~。槍みたいな形にもなるなんて、面白い武器じゃないか。だけど、そんな離れた位置から見え見えの構えをしてあたしに突きが届くと思ってるのか、恭佳……」
「フフフ。翠蓮、それが届いちゃうんだよねぇ。アタシがやろうとしている突きは、普通の突きとは違うからね……」
「何?」
恭佳が持つソウルイーターの刃はバチバチと漏電を起こしている機械の電流のように激しい音を鳴らしながら深紅の魔力をほとばしらせ、彼女が着ているコートも風が吹いている訳でもないのにバサバサと激しくなびいていた。これだけでも恭佳がやろうとしている事は只事ではないのだと横で彼女の姿を見ている春蘭と霞も分かる。それは翠蓮も同じだ。しかも彼女はこの状況を楽しんですらいる。赤壁の戦いでは零治が黒狼とあれだけの非常識な激闘を繰り広げたのだ。その人物の姉である恭佳が何を見せてくれるのか、その事に対して期待に胸を膨らませているのだ。
「良い殺気じゃないか、恭佳。早く見せてくれよ。その『普通じゃない』突きって奴をさ」
「言ったな。死んでも責任は取らないからな。…………貫けっ! スティンガー・レイ・バースト!」
「っ!?」
恭佳は捻っている上半身を正面に向け直して後ろに引いていた右腕を思いっきり前に突き出すと、その動きに呼応するようにソウルイーターの刃からスピア状に伸びた魔力波が放たれたのだ。彼女が披露したのは、かつて劉備軍がこちらに攻め込み、そこで黒狼を退けるために使ったスキルである。翠蓮は咄嗟に右にサイドステップしてコンマ数秒の差でその一撃を辛うじて躱してみせた。だがこれだけでは終わらなかった。恭佳が使ったこの技は、あの時の物とは一見同じようで実は違うのだ。ソウルイーターから放たれたスピア状の光はまだ消失しておらず、螺旋を描きながら一直線に飛翔し続けており、その光は翠蓮達の後方に居る劉備軍の兵達の身体を次々と穿ち、彼らは断末魔を上げる事さえも叶わずにバタバタと地面に崩れ落ちていく。人垣に大穴を開けだけでも充分に凄いのに、その光は最終的に成都城の城壁にまで到達して直撃した次の瞬間、激しい大爆発を起こして城壁の一部を吹っ飛ばしたのだ。激しい爆音が辺りに鳴り渡り、モウモウと立ち昇る煙と共に宙を舞う城壁の破片が落石のように降り注ぎ、近くに居た劉備軍の兵達に次々と直撃して更なる被害をもたらす。向こうにとっての不幸中の幸いは、今の一撃で城壁の一部が大きく抉れてしまったが、内部まで完全に貫通しなかった点である。とはいえ、いきなり前線からの攻撃が最後尾の城にまで届いて来たのだ。城壁の上から戦場を見守っていた一刀はあまりにも非常識な光景に完全に腰を抜かしていた。
「なっ、なっ……何なんだよ今の攻撃はっ!? マンガやアニメじゃあるまいしっ!」
「ご、ご主人様……大丈夫……ですか……っ!?」
か細い声で一刀の身を案じる諸葛亮だが、その彼女も恭佳が放った先程の一撃の恐ろしさを前にして完全に腰を抜かしてガタガタと小刻みに身体を震わせており、その様はまるで縮こまった小動物のようである。同じくその場に居た周瑜も腰を抜かしたりはしていないが、肝を冷やしたという点に関しては一刀達と同じだ。この最終決戦もまだ序盤に過ぎない。なのに早くも魏の御遣いが二人も現れた事によりこちらの兵力が一気に削られただけでなく、城壁にまで被害が及んだのだ。この状況をいつまでも長引かせるのは得策ではない。
「何という一撃なのだ。幸い城壁に穴は開いていないようだが、あのような攻撃を立て続けに受けたら城壁が破られるのも時間の問題だぞ……っ!」
「そうならないように願いたいよ。……ほら、朱里。掴まって」
「ありがとうございます、ご主人様」
完全に腰が抜けて立てなくなっていた諸葛亮だが、一刀が差し出した右手を小さな両手で掴んで引っ張り上げてもらいようやく立ち上がる。彼女は衣服に付着した砂埃をパタパタとはたいて落とし、ずれている帽子の位置も正して前線に眼を向けた。改めて目の当たりにする魏の御遣い達の驚異的な力。どう対処するべきか思考を巡らせるもやはり良い案など浮かばない。考えても黒狼達に対処してもらう。現時点ではそれ以外に思いつかないのだ。
「周瑜さん。黒狼さん達の方は見つかりましたでしょうか?」
「……いや。残念ながら部下から見つかったとの報せはまだ無い」
「そう……ですか……」
やはり現実とはどこまでも非情。そう都合よく好転してくれるほど優しくはない。それを示すように周瑜は諸葛亮の問いに対し、渋面を作って首を小さく左右に振るだけだった。しかしへこたれるわけにもいかない。この成都城は文字通り最後の砦。仕えている主君、劉備の理想を実現するために最後の最後まで力を貸す。そのためならばどんな無理難題も突破してみせる。諸葛亮は自分にそう言い聞かせて己を鼓舞し、表情を引き締めて前線の動向を見守りながらこの状況を打破するための最善策を考えるべく思考を巡らせた。
………
……
…
恭佳が放った非常識な技を前にし、翠蓮だけでなく春蘭と霞、それに翠と蒲公英、魏延も唖然とした表情で大きく抉れている城壁を見つめていた。そんな彼女達の様子をよそに、恭佳は大きく息を吐いてソウルイーターを肩に担ぐと、刃が下向き可動してガシャンと重っ苦しい音を立てて通常時の大鎌形態に戻し、翠蓮達同様に抉れた城壁を見つめた。
(やれやれ。微妙に魔力をケチったからブチ抜く事は出来なかったか。威力を更にもう一段階上げたフルバーストなら確実にいけたんだろうけど、まあいいや。これで黒狼達がどう反応するか。そこが重要なんだからね……)
『恭佳、何なんですか今の爆発は。ここからでも煙が見えますよ』
『あぁ、亜弥か。いやね、ちょいと黒狼達を挑発してやろうと思って魔法をブッ放しただけだよ』
『なるほど。ですがやりすぎて魔力を無駄使いしないでくださいよ?』
『分かってるさ。アタシも城をブッ壊す目的でやったわけじゃないんだから。いま立て込んでるからそろそろ切るよ』
『ええ』
今の恭佳にとって重要なのは、城壁が破壊できたか否かではない。自分のこの挑発行為に対して劉備軍が、黒狼達がどう反応してくるかである。これで黒狼、金狼、銀狼の誰かが出撃するのか、それとも三人揃って出撃してくるのか。あるいは自分達の存在を無視するか。それが重要なのだ。それに倒すべき敵がまだ現れていない現状で魔力を無駄使いするのは愚の骨頂。先程放った一撃も、かつての黒狼との一騎打ちで使用したスティンガー・レイの威力を一段階上げた物なのだ。自分のこの姿を維持するのにも一定の魔力が必要なので微妙に魔力をケチり、本来の威力には及ばなかったが結果としては上々。黒狼達を挑発するには充分と言えるだろう。所がだ、恭佳が放ったその一撃は別の人物に余計な刺激を与えてしまったのだ。それは目の前に立つ人物、翠蓮である。
「ふっ……ふふふ。ははは……はっはっは! 大したものじゃないの恭佳っ! とんでもない大技を披露してくれたものだねぇ!」
「……ったく。どうも余計な奴に火を点けちまったようだね。あーあ。面倒くさ」
現状で一番厄介な人物の注意が自分に向けられるのは春蘭と霞に少しは楽をさせられる。それ自体は恭佳にとっても望ましい状況だ。しかし、ただ注意を引き付けられるだけならともかく、相手の闘志の炎が余計に燃え盛ってしまったとなれば話は別だ。恭佳は性格のせいもあって、何事においても面倒事を嫌う人物なのだ。それが厄介事なら尚更である。翠蓮の相手役を自分が買って出たとはいえ、この展開は予想外である。おかげで今の恭佳は黒狼達を挑発するための大技の使い所を間違えてしまったのではないかと若干ながらに後悔していた。
「おいおい。何だいそのシケた面はぁ。あたしをここまで燃え上がらせたんだ。ちゃんと責任はとってもらうよ、恭佳……」
「はぁ……仕方ないねぇ。……いいだろうっ! ここまで来たからにはとことんまで付き合ってやるさ! ただし、死んでも全部自己責任だからなぁ!」
戦況は刻一刻と進んでいるのだ。それにこの状況はどうやったってやり直しなどきかない。面倒だがやるしか無いのだ。確かに火が点いた翠蓮の相手は面倒だろう。だがそれでもだ、この先に待ち受けている黒狼達との闘い、それと比較すればこれはまだ楽な方なのだ。どんな物事も要は見方次第。そして気持ちの切り替えが大事なのである。今は余計な事は考えず、目の前のやるべき事に集中する。恭佳は自分にそう言い聞かせ、ソウルイーターを振りかぶりながら立ちはだかる翠蓮に突撃を仕掛けた。
………
……
…
「往くぞ神威っ! 儂の豪天砲の威力、思い知れぃ!」
現代人である亜弥から言わせると、どこからどう見ても回転シリンダー式のグレネードランチャーにしか見えないが、実際は大型のネイルガン。厳顔が豪天砲と呼称する厳つい武器を構えて亜弥に狙いを素早く定めると、トリガーを引いてドンドンと乾いた発砲音が連続して鳴り、二連続の速射を行なった。撃ち出された二本の大きな杭は空を切り、陽光を煌めかせて一直線に飛来してきた。
「よっ! ほっ!」
対人戦で使われてはかなりの驚異的な武器だが、ちゃんとタイミングを合わせて射程外まで退避すればどうという事はない。亜弥は軽やかにバックステップを二回続け様に行なって飛来してきた二本の杭を難なく躱すと、地面の上に杭が突き刺さり、ドォンっと腹の底に響く轟音が二回連続で鳴って地面を軽く揺らした。
「ふむ。予想はしていましたが、実際に目の当たりにすると本当に物騒な武器だ。そんな物、人に向けて使う物じゃありませんよ」
「ふっ。儂の豪天砲に恐れをなしたのなら尻尾を巻いて逃げ帰ったらどうじゃ? 腰抜けに用は無いぞ」
「安っぽい挑発だ。そんなものに私が乗るとでも? 随分と見くびられたものですね……」
厳顔の言い方は癇に障るが、あんな挑発に安々と乗ってやるほど亜弥は愚かではない。こうしている間にも、彼女は厳顔の豪天砲の長短所を観察し、そこから分析した情報を元にどのように立ち回るかを頭の中で構築しているのだ。
(ふーむ。あの豪天砲とかいう物……回転シリンダー式という事は装弾数は恐らく六発のはず。それに本体があそこまで大型なら弾薬も必然的に大きくなる。予備の弾薬もそこまで大量には携行できないでしょうね。ならば弾切れに持ち込ませるのが常道。もしくはシリンダーか銃口を破壊して射撃能力を奪うのも手か……)
亜弥の中で厳顔との立ち回り術で浮かんだ案は二つ。一つは豪天砲の弾切れまで粘る事。相手が予備の弾薬を何発携行しているのか不明なので場合によっては長期戦も視野に入れねばならないが、この方法ならば確実に厳顔の豪天砲の射撃を封じる事ができる。そしてもう一つが豪天砲その物の破壊。これも本体を完全に破壊する必要は無い。豪天砲にとって重要なパーツ、例えば弾薬を装填しているシリンダーや銃口などを破壊すれば、射撃兵器としては使い物にならなくなるだろう。ただこの方法だと、どの程度のダメージを破壊したい部位に継続的に与えれば良いのかという問題が出てくる。双龍を弓として扱って戦う以上、矢の生成は必要不可欠。通常の矢でチマチマ戦っていては魔力の無駄使いにしかならないだろうし、それなら厳顔本人を倒した方がよっぽど楽である。
(大技を使って速攻でケリをつけるのが一番最善なのかもしれませんが、黒狼達との闘いを控えている以上、安易な行動はできません。やはり弾切れまで粘るのが安全策ですかね)
「神威っ! 儂らを前にして考え事とは随分な余裕だなっ!」
別に余裕ぶってるわけじゃないのだが今の亜弥の姿に腹が立ったのか、今度は黄蓋が鋭く叫びながら多幻双弓に二本の矢を番え、狙いを定めるとすぐさま二本の矢を同時発射した。建業での戦で彼女には煮え湯を飲まされたので、黄蓋としては何としてもあの時の雪辱を果たしたいのだろう。
「おっと」
並の将兵ならば今の一撃で確実にあの世逝きだろう。だが亜弥はそこまで油断するほど相手を過小評価はしていない。何せここに居るのは歴史に名を残した勇将達ばかりなのだ。それに自分達にとっての本当に倒すべき相手がまだこの場に現れていない。だからつまらない事で余計な傷を負うわけにもいかないのだ。亜弥は左手に持つ双龍を正面にかざして掌の中でクルクルと高速回転させて盾代わりにし、飛来してくる二本の矢を弾き飛ばしてみせた。
「えらくカッカしていますね。黄蓋、私がそんなに気に食わないのですか……?」
「貴様には建業での借りがあるからな。それを返さねば儂の気が収まらんのじゃよ……」
「借りがあるのはこちらも同じ。私も赤壁で貴方に散々な目に遭わされましたのでね……」
赤壁では黄蓋に弓矢の集中砲火を浴びせられ、危うく命を落としかねない程の危機に直面させられたのだ。しかも金狼との因縁の対決の最中にである。これに激怒した金狼はゲイボルクに秘められた新たな力を覚醒させ、ますます厄介な存在になってしまう始末。だがそのおかげで一か八かの賭けに出て自分の力も強化できたし、金狼を退ける事が出来たのも事実だ。しかしそれでも、黄蓋のおかげで余計な危険が舞い込んできた事に変わりはない。亜弥もあの時の借りは何としても返さねば気が済まない。そう思ってこちらが反撃に打って出ようとしたその時だった。突如として辺りに落雷にも似た爆音が鳴り渡り、その場に居る全員が何事かと音がした方角に目を向ければ、成都城の城壁の一部分から激しい煙が立ち昇り、その煙に紛れて吹き飛んでいた城壁の破片がまるで落石のように降り注ぎ、付近に展開している劉備軍の兵達に次々と直撃していたのだ。
「な、何だっ! 今の爆発は!?」
「城壁の一部が破壊されたのか!? お館様達は無事じゃろうか……っ!」
(今の爆発……煙が昇ってる場所は恭佳が向かった所に近いですね。まさか彼女の仕業でしょうか? ちょっと確認せねば)
爆発は成都城の城壁から起きたのだ。となると黒狼達の攻撃とは考えにくいが、黒狼は赤壁で零治を挑発するために味方の船を攻撃するような真似をしたのだ。だから黒狼達が現れたという可能性はゼロではない。そうならばこちらの思惑通り彼らを城から引きずり出せた事になるが、となると自分が恭佳の援護に向かう必要が出てくるか援軍として零治か樺憐のどちらか、可能ならば両方を向かわせるのがベスト。何にせよまずは状況の確認。亜弥は厳顔と黄蓋からは眼を離さずに右手を耳に当て、恭佳に通信を送った。
『恭佳、何なんですか今の爆発は。ここからでも煙が見えますよ』
『あぁ、亜弥か。いやね、ちょいと黒狼達を挑発してやろうと思って魔法をブッ放しただけだよ』
『なるほど。ですがやりすぎて魔力を無駄遣いしないでくださいよ?』
『分かってるさ。アタシも城をブッ壊す目的でやったわけじゃないんだから。いま立て込んでるからそろそろ切るよ』
『ええ』
恭佳との通信で先程の爆発が彼女の仕業だったという事、会話した時の内容から黒狼達がまだ城から出てきていないという事は容易に判断できた。それと同時に恭佳のおかげで劉備軍が黒狼達を出さざるを得ない状況を作るためのヒントも得られた。それが挑発行為。冷静に考えれば確かにこの方法が一番手っ取り早いのかもしれないと。そう思い、亜弥はチラリと城壁に眼を向けた。
(挑発か……。奴らを城から引きずり出すのなら、やはりそれが一番効率的でしょうね。なら、私も恭佳に倣いましょうか)
この距離なら矢は充分に届くだろう。しかし普通の矢を飛ばして城壁に命中させても石造りの壁に突き刺さるだけだ。その程度では黒狼達への挑発にはならない。やるからには恭佳同様に城壁を大きく破壊するほど派手にやらねばならないだろう。以前の亜弥だと城壁を破壊するのは難しい所だったが、今の彼女ならばそれも可能だ。赤壁で得た新たな力を使えば。
「神威っ! まさかお主以外にも……っ!」
「ん? あぁ、確かに前線に出張ってるのは私だけじゃありませんよ。まあ、向こうに誰が向かってるのかまで教えてやるつもりはありませんがね……」
「ならば貴様をここで討ち、もう一人の御遣いも倒すまでっ! 黄蓋、やるぞっ!」
「おうっ!」
「悪いですが私はこんな所で討たれるつもりはありませんよ。それに、私の本命は貴方達ではありませんのでね……」
「小娘がほざきをって! 儂らを見くびるでないぞっ! 喰らえぃっ!」
「はっ!」
城壁で起きた爆発を前にして厳顔と黄蓋は危機感を抱き始め、一刻も早く味方の援護に向かう。そのためにもと思い、厳顔は豪天砲を構え直して亜弥に狙いを定め、もう一度二発連続の速射攻撃を行なったが、亜弥はその場でバック転をして空中に大きく跳躍し、またしても撃ち出された杭は外れてしまった。
「ええいっ! くそ!」
「厳顔っ! 儂に任せよ!」
厳顔に続いて黄蓋も今度こそと思い、多幻双弓に矢を三本も番えて弦を引き絞り、こちらに慎重に狙いを定めてきたので、空中から地上に落下している亜弥もチラリと厳顔と黄蓋に視線を向けた。黒狼達に挑発をするためにも、まずはこの二人を同時に黙らせる必要がある。通常の矢では普通の弓矢を使うのと大差ないので、百戦錬磨の厳顔と黄蓋を仕留めるには至らないだろう。殺人蜂の矢は地上から空中に向けて撃つ矢だし、もう一つのⅡは一人を集中的に狙うのに特化している。となれば、赤壁で手に入れた第三の矢を使うのがベストなのだろう。
「全く。少々うるさく感じてきましたので、お二人にはそろそろ静かにしてもらいましょうか……」
亜弥が右手に魔力を集中すると、手の中に創り出されたのは深紅に光り輝くまるで鉄パイプのように太い矢だ。パッと見では単に普通の矢より太いだけにしか見えないが、その秘めたる力は決して生易しいものではない。威力も飛来速度も桁違いだ。この性能を巧く利用できれば、標的に直接当てずに纏まった人数の敵を黙らせる事も出来るはず。亜弥はこの矢の力を信じて双龍の弦に番えて引き絞り、狙いを厳顔と黄蓋、そして二人の後方に展開している呉と蜀の兵士達。この間に出来ている人が一人通れる程度の隙間に定めた。
「狙うはあそこか。…………撃ち抜けっ! 夜を斬り裂く流星!」
亜弥が引き絞っている弦から右手の指を離すと、深紅に光り輝く矢が音速の壁を突き破って狙いを定めた厳顔、黄蓋の二人とその後方に展開してる蜀と呉の兵で構成された部隊の間に出来てる僅かな隙間、そこに向かって一直線に飛来していく。その様はまさしく夜空を駆けて闇を斬り裂く流星のようだ。昼間の空でも深紅の光の矢はやたらと目立つので、厳顔と黄蓋の二人は身構えるが矢は二人の間を素通りして後方に展開してる味方部隊との間に出来ている隙間の地面に直撃して深々と突き刺さり、地表が大きくヒビ割れた。そして次の瞬間、亜弥が放った矢の衝撃が地中にまで伝わり、それは地表のヒビから瞬時にして吹き上げて地面の一部と付近に居る蜀と呉の兵達は当然の事、厳顔と黄蓋も吹き飛ばされてしまった。
「うおおおおおっ!?」
「ぬおおおおおっ!?」
「フッ。相変わらず大した威力だ。では……もう一発っ!」
地中から吹き上げた衝撃波でコートがバサバサと激しくなびいている中、亜弥はもう一度右手に第三の矢、夜を斬り裂く流星を創り上げて双龍に番えると、空中内で落下に身を任せながら身体を横に寝かせるように体勢を変えて弦を引き絞り、成都城の城壁に向かって狙いを定めた。その際に亜弥の異常発達している眼が一刀の姿を捉えた。
「むっ、一刀が居ますね。なら彼に当たらないように狙いを少しずらして…………そこだっ!」
地上に落ちながら亜弥は二発目の夜を斬り裂く流星を発射したので、深紅に光り輝く一筋の光はまたもや音速の壁をブチ破りながら斜め上空に飛んでいき、一瞬にして城壁の最上部、通路にもなっている部分の石造りのブロックを大きく削り取って辺りに大量の破片を飛散させたので、一刀は隣に立つ諸葛亮を庇いながらその場に倒れ込むように身を屈めた。城壁に直撃しても夜を斬り裂く流星は勢いを失っておらず、そのまま遙か上空へと飛んでいって空を漂う真っ白な雲を貫いて大穴を開けると、夜空に燦然と輝く小さな星のように煌めきながら空の彼方へとその姿を消した。
「さて、これで黒狼達はどう反応するのか……」
スタッと地面に鮮やかに着地した亜弥は矢が命中した箇所を観察すると、城壁が削り取られた部分はここからでも見えるほどだ。亜弥から見ればこれは普通の事。新たな矢、夜を斬り裂く流星が持つその破壊力は驚くべきものだろうがそこまでである。だが城壁に居た一刀達はそんな生易しい心境ではない。矢が命中した箇所はまるで削岩機でも使ったかのように削り取られて石造りの城壁には大きな溝が出来上がっているのだ。恭佳が使用した、スティンガー・レイ・バーストが城壁に直撃した時も驚いたが、これはその比ではない。恭佳の攻撃は城壁の壁に被害が出たが、亜弥の攻撃は城壁の上部にある通路、つまり自分達が立っている場所にまで及んだのだ。もちろん亜弥は一刀に攻撃が当たらぬようにちゃんと狙いを外したが、この状況でそんな気遣いが分かるはずがない。今の一刀の心境は、先程の一撃がもしも自分に当たっていたらという不吉な未来像を想像して諸葛亮と一緒に顔を青ざめさせている。それだけである。
『おいおい。亜弥、アンタも随分と派手にやってくれたじゃんか。雲に大穴まで開けちゃってさ』
『これぐらいはやらないと、黒狼達も反応しないと思いましたのでね』
『これで奴らが動くか否か、それでアタシらの今後の立ち回り方も決まるな……』
『そういう事です。さて、こちらも立て込んでますのでそろそろ切りますよ』
『あいよ』
亜弥が地面に撃ち込んだ夜を斬り裂く流星のおかげで爆発にも近い衝撃波が発生し、蜀と呉の兵団を多数上空に吹っ飛ばせたのだ。それにより兵達は地面に叩きつけられ、死を免れた者が居たとしても戦闘継続が困難な程のダメージは充分に与えられたはず。現に亜弥の一撃で吹き飛んだ地面の周囲には倒れ込んで動かない兵の姿が幾多もあるのだ。しかし、流石に歴戦の勇将である厳顔や黄蓋はそうは行かないようで、少しふらついてはいるが何とか地面から立ち上がってみせた。
「……くぅっ! やってくれるではないか、神威……」
「ほぉ~。私への執念が貴方をまだ立たせますか、黄蓋。……おや? 厳顔。貴方も生きていたとは」
「見くびるでないぞ小娘。この程度で倒れるほど、儂はやわではないわ」
「フッ。そのしぶとさには敬意を払ってあげますが、貴方達の足掻きも限界だと思いますよ?」
亜弥がこの場に現れた事は魏軍だけでなく、蜀と呉の連合軍双方の兵達の士気に大きく影響し、彼女が援軍として来てくれた事で秋蘭達は損害を受けつつも相手の第二陣の猛攻を凌ぎ切るほど奮起してくれたし、亜弥の放った夜を斬り裂く流星の一撃で相手の兵達の一部に大打撃も与えてくれたのだ。そしてその光景は蜀と呉の兵達の士気を低下させるのに充分すぎるキッカケであり、これがこちらの軍勢の被害を抑える要因として働いてくれた。敵の第二陣との攻防戦で得た結果としては上々と言えるだろう。
「秋蘭様、ご無事ですか!」
「……すまん、助かったぞ、凪!」
「祭様、小蓮様、ここは一旦……!」
状況から見てもこれ以上の戦闘は困難である。周泰の撤退の進言に黄蓋も悔しそうに表情を歪めるが撤退を決意する。相手の兵力を削る役目は充分に果たせたとは言えない結果だが、かといってこれ以上この場に留まり自軍に余計な被害を受けては本末転倒である。何しろ魏の御遣いの一人である亜弥がこの場に援軍として現れたという想定外の事態が起きたおかげで、こちらが受けてる被害が予想を上回ってしまっているのだ。ここで引き際を見誤る訳にはいかない。
「くぅぅっ! やむを得んか……。しかし、相手の配置の入れ替えを突いた一撃は見事でしたぞ。小蓮様」
「ありがと。ま、半分は……冥琳と朱里と翠と翠蓮のおかげだけどね」
「残り半分は自分かいなっ!?」
「ツッコミありがと! この二人だと、こういうの苦手なのよねっ!」
「ううっ、すみません……」
「……殿は私が引き受けます! お早く!」
「男にもてぬぞ、二人共」
「放っといてください!」
「後は姉様達に任せる事にしましょ……総員、撤退するわよー!」
女としての余裕からなのか、秋蘭は引き揚げていく甘寧と周泰の二人になかなかキツイお言葉を投げかけると、女としての悔しさからか周泰が涙目で情けない捨てゼリフを残していく。悔しさとしては周泰とは全くの別物になるが、黄蓋もまたもや辛酸を舐めさせられたので撤退する間際に亜弥の方を振り返り、声を張り上げた。
「神威よっ! 勝負はひとまず預ける! 次はこうはゆかぬぞっ!」
「全く。勝手に人をライバル視して、こっちはいい迷惑ですよ。私に付きまとう輩は金狼だけで充分ですっていうのに……」
「亜弥。お前には随分と助けられたな。お前が援軍として来ていなかったら、こちらの被害はこの程度では済まなかっただろう。助太刀感謝する」
「お気になさらず。私はただ姑息な手を使う劉備達に仕返しがしたくて来ただけですから。……では、私は一度本陣まで戻らせてもらいますね」
「うむ。こちらは任せておいてくれ」
劉備軍の第二陣にあれだけの痛手を負わせただけでなく、城壁の一部まで破壊するほどの派手な挑発をしてやったのに結局向こうが撤退を開始するその時まで黒狼達が戦場に姿を見せる事は無かった。となるとこれ以上ここに居てもあまり意味はない。亜弥は消耗した魔力を少しでも回復するために一度本陣へ戻るため、徒歩で来た道を引き返し始めるが、やはり疑問を感じざるを得なかった。念のためにと思い、右手を耳に当てて恭佳に再度通信を送ってみる事にした。
『恭佳、そっちの様子はどうですか?』
『あぁ、敵の第二陣は引き揚げたよ。今は至って静かで平和だね』
『……黒狼達から何らかの反応はありましたか?』
『いや、そっちは無かったよ。今の所はね……。亜弥の方は?』
『こちらも同じです。あれだけ派手に挑発してやったのに、無反応なのは妙ですね』
『確かに妙と言われたら妙だけど……もしかしたら零治がまだ出てないのが原因かもしれないよ?』
『黒狼一人ならその可能性はあるでしょうが、金狼や銀狼も出撃して来ないなんて……。劉備達が今の状況で出し惜しみをする可能性は正直無いと思うのですがね』
『ふ~む。まっ、アレやコレやと考えても仕方ない。今はとにかく、奴らの今後の出方次第で判断して動くしか無いさ』
『ですね。私は一旦本陣まで引き揚げますが、恭佳はどうします?』
『アタシはもう少しここで様子を見とくよ』
『分かりました。何かあったらすぐに連絡を』
『あいよ』
………
……
…
「小蓮は撤退するか……」
「ほらほらっ! よそ見してると……っ!」
後方で孫尚香と黄蓋が指揮していた第二陣の部隊が撤退していくのが孫権の眼にも止まり、後方を振り返っていたので、魏軍本陣前の門番である季衣がその僅かな隙を突くように岩打武反魔を振り下ろすと、鎖に繋がれているスパイク付きの巨大な鉄球が襲いかかってきた。
「くっ! このような大きな動き……!」
「させませんっ!」
流石に大きな得物なだけあって孫権の力量でも見切る事はまだ可能。季衣の一撃を後方にステップして躱すが、孫権を挟み撃ちするように流琉が反対側に回り込み伝磁葉々を振るって季衣に勝るとも劣らない強烈な一撃を放ってきた。こんな物をまともに喰らえば歴戦の猛者でもただでは済まない。孫権は流琉の一撃もサイドステップして辛うじて躱すが、得物の大きさとリーチの長さのおかげで孫権の部隊は完全に足止め状態だ。彼女が扱う剣は孫家に代々受け継がれた南海覇王を模して造らせた普通の剣である。そんな物で季衣と流琉の大きな得物の一撃を受け止めたりしたら間違い無く剣が折れてしまう。孫策や春蘭のような戦慣れした百戦錬磨の武将ほどの力量ならばどうにか出来るかもしれないが、まだ戦の経験が浅い孫権にそれは困難だ。二対一の状況なら尚更である。
「ちぃっ! こうも攻撃が重なっては、私では避けきれんか!」
「もういっちょいくよーーっ!」
「……せめて、小蓮が下がるまで保ち堪えたかったが……! こちらも撤退するぞっ!」
これ以上の戦闘は危険だろう。季衣と流琉個人の将としての強さもそうだが、二人が指揮している部隊の兵は華琳の親衛隊。魏の兵の中でも精鋭中の精鋭なのだ。もちろん孫権が率いている兵達も勝るとも劣らない猛者達ばかりだ。しかし季衣と流琉の強さに圧倒され、劣勢を強いられて被害も拡大しつつある状況。第二陣で魏軍の本陣に電光石火の如く雪崩れ込む作戦は完全に失敗だろう。やむを得ず孫権は撤退の号令を出し、生き残った兵達を纏めて素早く成都城へ後退していった。
………
……
…
「敵の第二陣、ようやく退けたか……」
「桂花、どれだけの損害を受けた?」
「各隊に報告を急がせていますが……神威達が前線の援護に向かったおかげで、ある程度は抑えられたと思いますが。季衣と流琉が居なければ、孫権に本陣まで踏み込まれていたやもしれません」
「一陣でこちらの隙を作り、そこに電光石火の馬騰と馬超、黄蓋と孫尚香を叩き込む。二段構えで作った虚に本命の第二陣、孫権の追い打ち……亜弥と恭佳の奮戦のおかげもあって、これだけの損害で済んだのは、寧ろ幸いと言うべきかしら」
「建業や赤壁でさえ、遠く離れていながらにしてあの指揮でしたし。機を目の当たりにしていれば、これ程の強さを誇るのですね……孔明は」
「そしてそれを補うのが周瑜さんですね。あの容赦のない苛烈な一撃は、性根の優しい孔明ちゃんや鳳雛ちゃんで出せるものではないはずですー」
「そうね……さて、貴方達は、この稀代の天才軍師達に勝てるのかしら?」
と、華琳はクルッと振り返ってすぐ後ろに控えている魏の頭脳、桂花、稟、風の三人に視線を向け、実にワザとらしい問いを投げかけた。こんな事を言わずとも、今までの戦を支え続けてきた三軍師が自分の望む答えを返してくれる事など華琳は初めから分かっている。これは三人を焚きつけるための問いかけに過ぎないのだ。それを証明するように、桂花、風、稟の三人の瞳には闘志の炎が燃え盛っていた。
「勝ちます……勝ってみせます!」
「華琳様ー。我々にとっての戦とは、城を出る前から始まっているのですよー」
「この配置にした意味……この地形で戦う事を良しとした理由……全て、孔明達を下すための策へと繋がる道です!」
「それに、損害は大きくとも致命傷ではありません。まだ互角になったのみ! ここからが、我々の真の腕の見せ所です!」
「ふふっ……ならば劉備に見せてあげなさい。我が軍は武だけでなく、知においても劉備達を凌ぐという事を!」
「「「御意!」」」
………
……
…
「霞、無事か?」
「あったり前や。こんな所で死んでたまるかい。……にしても、気持ちええくらいの引き際やったな」
「……嵐の前の静けさだろうな」
先程まで前線は兵達の雄叫びや無数の剣戟が響き渡って騒がしかったというのに、今はそれが嘘のように静かになっている。それもそのはず、まだ蜀と呉の連合は全軍が出撃していない。さっきまでの戦闘も最終決戦のほんの一部。序章に過ぎないのである。魏にとって本当の戦いはこれから始まるのだ。
「あ、春蘭様ーっ! ご無事ですかっ!」
「季衣か。総員に陣形を整えるよう伝えよ。教練通りで良い」
「はいっ!」
「ウチも後ろに戻るわ。遊撃で動ける奴がおった方がええやろ?」
「頼む」
「んじゃ、アタシも一旦本陣まで戻るよ。春蘭、ここまで来たからには最後までちゃんと生き残れよ?」
「ふっ。言われるまでもないわ」
季衣と霞は春蘭の部隊の援護として一度後方へ下がり、恭佳も今まで黒狼達の出方を伺うために様子見に徹していたが、結局何一つ反応が無かった。城壁を破壊するという派手な挑発をしたのにだ。こうなってくると劉備達の最後の切り札として本隊と一緒に出撃するという可能性しか考えられないが、正面から堂々と来るのか、それとも先程の第二陣のように不意を突くような行動に出るのか。こればかりはその時になってみないと分からない。とにかく今は、自分達にとっての本当の闘いが始まるまで少しでも消耗した体力と魔力を回復するためにもと思い、恭佳も本陣に戻るために徒歩で来た道を引き返し始めた。残された春蘭は成都城の城門、その一点だけを見つめながら間もなく始まるであろう最後の戦いに備えるように、誰に言うのでもなく一人呟いた。
「…………さて。遂に本命か」
………
……
…
「姉者は基本通りの陣を選んだか……悪くないな」
「あの隊形、シゴキまくったからなぁ」
「そうだな。だがそれ故、展開速度は他の陣の何倍も速い。劉備達の動きにも対応しきれるだろう」
「それに、あそこから他の陣への組み替え練習も沢山したの」
「ならば他の陣にも組み換えが……?」
「直接変えるより下手したら早いんちゃうかなぁ」
「……それを軍師達は知っているのか?」
基本の陣形から他の陣形への組み替えが早いのは戦を進める上でも大きく優位に立てる可能性がある。だが隊を指揮する指揮官だけがそれを知っていても意味が無い。直接戦うのは現場の兵士達だが、その兵達を戦場で動かすのは軍師である。後方から戦場を動かす軍師が肝心の情報を共有していなかったらその部隊が持つ利点を何一つ活かす事など出来ないのだ。しかし、その点も抜かり無し。真桜が秋蘭の疑問に自信たっぷりに答えた。
「もちろん知ってますよ。風なんか、ちょくちょく訓練場に来てましたし」
「それは昼寝に来たのではないか?」
「…………」
流石の真桜もこれについては自信を持って否定出来ないようだ。しかし無理もないだろう。風は周りの事などお構いなしに気付いたらいつでもどこでも寝るような人物なのだ。軍師として優秀なのは間違い無いが、日頃の姿と行いからどうしてもその事を忘れさせられてしまう。だが風がちゃんと軍師としての仕事をしている事をしっかりと見ていたから言えたのだろう。沙和が秋蘭の疑問をキッパリと否定してくれた。
「ちゃんと見てたのー。風ちゃん、いつもぼーっとしてるけど、必要な所はちゃんと憶えてるの」
「……そうだな。ならば、我々にも勝ち目は充分残っていよう。少なくともこういう場面では……身体で憶えた事が物を言うのだろう」
………
……
…
「桃香様。出撃準備、整いました」
「うん。……月ちゃんは?」
「恋とねねに命じて、詠と共に逃しました。……ですが、本当に良かったのですか?」
「恋ちゃんが居れば大丈夫だよ、きっと」
劉備の心遣いにより、反董卓連合時に保護した董卓と賈駆は呂布と陳宮を護衛に充てて一足先に成都城から逃してあげたのだ。董卓と賈駆もそうだが、呂布と陳宮も色々とあって劉備と一刀が保護した結果協力関係が結ばれた間柄。つまり正式に劉備軍の一員となっていたのではない。もちろん今の状況では戦力は一人でも多いに越した事はないだろう。しかしそれでも、劉備は彼女達を巻き込みたくなかったのだ。この戦いはあくまでも自分の力で乗り切らねばならないのだ。関羽も劉備のその考えは理解しているのだが、今の状況で呂布達を手放した事にはやはり一抹の不安を感じざるを得ないのだろう。
「そういう意味ではなくてですね……」
「おや。我らが関雲長殿は、呂布の手を借りねば曹操の軍にはとても敵わぬと仰るか?」
こんな状況でも常に余裕綽々の態度を崩さず、茶々を入れてきたのは星だ。この決戦、彼女にとっては特別な物となるだろう。何しろ、今日この日まで背中を追い続けてきた零治と最後の勝負を交わす事になるだろうからだ。そのため内心では星も本当は緊張している。だが今まで積み上げてきた人生経験のおかげもあって、こうして余裕の姿を維持していられているのだ。変に緊張しているよりはこの方が良いのだろうが、その姿が何やら気に食わないのか、関羽は噛み付くように反論したのだ。
「そんな事はない! 我らの武勇と朱里の戦術があれば、曹操など敵であるものか!」
「ならばそれで良いではないか。……恋はもともと月の部下だったのだ。この火急の危機に最強の矛を返すのも、当然と言えば当然だろう」
「……うむ」
「さいきょーのほこは、鈴々なのだ!」
「そうだな。愛紗もうかうかしていると、最強の座を鈴々に奪われてしまうぞ?」
「……鈴々! この戦、絶対に勝ってみせるぞ!」
「分かってるのだ!」
負ければ今までの苦労が全て水の泡。もうそこまで追い詰められている状況にもかかわらず、関羽、張飛を始めとした蜀の歴戦の勇者達の闘志の炎はまだ燃え尽きてはいない。これは喜ばしい事なのだろうが、その様子を遠巻きに見ている諸葛亮の表情は浮かない。決戦が始まって魏の御遣いが予想以上に早く出撃してきてこちらの兵力に痛手まで負わされたのだ。本来ならこちらも同じ手を使って対処するべきなのだが、今はそれがしたくても出来ない。そんな状況で関羽達を戦場に送り出すのは忍びないのだ。そんな諸葛亮の様子にいち早く気付いたのは星だった。
「ん? 朱里よ。どうしたのだ? 何か不安でもあるのか?」
「い、いえ、その……」
諸葛亮はチラリと隣に立つ周瑜を見上げるが、彼女は渋面を作って無言で首を横に振るだけ。今この瞬間、最後の望みが絶たれてしまった。もうこうなっては黒狼達抜きでこの決戦を乗り切るしか方法は無い。当然兵達にこの事実を伝えるわけにはいかない。しかし、指揮官である関羽達だけにはこの情報は共有しておかねばならないだろう。例え決戦間際に余計な不安を与える事になるとしてもだ。
「……皆さん。今から私が話す事ですが、絶対に兵士さん達には言わないようにしてください」
「その様子だと……悪い報せのようだな」
「はい。星さんの言う通り、我々にとって最悪の事態が確定してしまったのです……」
「最悪の事態? 朱里、何が起こったというのだ」
「…………」
関羽の問に無言で諸葛亮は俯き、どう告げるべきなのかと頭を悩ませてしまう。しかし、言葉を選んでいる時間など無い。敵はこっちの事情など知った事ではないので待ってはくれないのだ。となると、もうありのままに全てを打ち明けるしか無い。諸葛亮は意を決し、断腸の思いで最悪の報せを告げた。
「私達にとって最悪の事態、それは……黒狼さん達が……黒狼さん達が城内から姿を消してしまったんです……」
「えっ……?」
諸葛亮から明かされた最悪の事態、その内容を耳にした劉備達は一瞬思考が停止してしまう。黒狼達が城内から姿を消した。それはつまり、この場に居ない事を意味している。しかし劉備達は、城内に居ないという事は城外に居るのではないか、そういう風に解釈していて諸葛亮の真意がまだ伝わっていない。
「えっと……朱里ちゃん、それって黒狼さん達が勝手に出撃しちゃったって事なの?」
「桃香様、そうじゃないんです。私もそうだったらどれだけ良かったかと思いたいですが……私がいま言った事は言葉通りの意味なんです。黒狼さん達が……どこにも居ないんです。城内どころか、城外にも……」
「えっ? えぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよ朱里ちゃん! つまり黒狼さん達が勝手に居なくなったって事なの!?」
「はい……」
「そ、そんなっ! 朱里ちゃん、嘘でしょ!?」
「劉備殿、残念ながら諸葛亮の話は事実です。私も事情を知り、信用の置ける部下に城内をくまなく調べさせましたが、そちらの御遣い三人が見つかったとの報告は未だに上がっておりません」
「そんな……。じゃあどうすれば……っ!」
諸葛亮の話に周瑜が補足を加え、最悪の話を告げられた事で劉備は両膝を突いて愕然としてしまった。黒狼、金狼、銀狼の三人は劉備軍にとって華琳率いる魏軍、ひいては零治を始めとした魏に降り立った天の御遣い達全員への対抗手段、最後の切り札だったのだ。その切り札がこの土壇場で全て失われた中でこの状況にどう立ち向かえば良いのか、劉備の決意が折れかけたが関羽達は決して諦めたりはしなかった。
「桃香様っ! 諦めてはなりません! 黒狼達が居なくとも、我々が必ず曹操の軍を打ち倒してみせます!」
「愛紗ちゃん……」
「そうなのだ! あいつらの力なんか借りなくても、鈴々達だけで勝ってみせるのだっ!」
「鈴々ちゃん……」
「桃香。俺も出来る限りの事はするつもりだ。だから諦めるなっ! 桃香の目指す理想を! 夢を実現するために最後まで戦い抜くんだっ!」
「ご主人様……。……うん! そうだよね! ここで諦めちゃ駄目だよねっ!」
勝てる可能性は決して高くはない。だがこれまでその危機を皆で力を合わせて乗り越えてここまで辿り着いたのだ。ここで諦めてはいけない。諦めてしまっては、今まで自分を信じて付いて来てくれた兵達や民達の想いはどうなる。それを無にしてはならないのだ。関羽、張飛、一刀の励ましのおかげで劉備の決意が蘇り、その場から立ち上がって表情を引き締めた。目指すは勝利のみ。
「桃香……」
「桃香様……」
「白蓮ちゃん、紫苑さん。城の守りと支援、お願いします」
「ええ。任せておいてください」
「安心して行ってこい!」
「はい! 行ってきます!」
この絶望的状況、確実にこれを覆す事が出来る者が居るとするならばそれは神ぐらいだろう。だが戦場でそんな都合の良い奇跡など起こるはずがない。それでも劉備は諦めない。奇跡が起きないのならば、自分達の手で起こすまで。必ず勝つ。今日この日まで付いて来てくれた仲間達の強さを、勝利を信じて戦い抜く。劉備は後方に控えている兵達に向き直り、最後の号令を出した。
「皆さん! 圧倒的だった曹操さんとの戦いも、皆の活躍のおかげで互角になっています! 私達には多くの勇者と、賢者達が味方してくれている! だから皆も、あと少しだけ力を貸して!」
こんな状況でも、兵達も諦めてはいない。仕えている主のために命の炎が燃え尽きるその瞬間まで戦い抜く意志がまだ残っている。劉備軍本隊の兵達の士気は充分に高く、彼らは各々が持つ武器を宙に掲げて雄叫びを上げる。これならばまだ戦える。兵達の力強いその姿に背中を押され、劉備も気を引き締めてゆっくりと開け放たれる城門の先を見据え、一歩ずつ前へ前へと進み出た。
………
……
…
「いよいよ本隊が来たわね……」
開け放たれた成都城の城門から続々と中で待機していた劉備軍の本隊の兵達が出陣し、劉、関、張、などと風になびいて翻る牙門旗も確認できた。それを眼にした華琳の胸の鼓動は高まる。いよいよ劉備と雌雄を決する時が来たのだ。長きに渡る戦乱の時代も終わりを迎えようとしている。いや、ここで必ず終わらせるのだ。零治と一緒に。そして未来を掴み取る。そのためにここまで来たのだ。
「勝てそうか?」
「勝てそうか、じゃないわ。勝つのよ」
「フッ。そうだったな……」
「そうよ。……零治、私の背中は預けたわよ」
「ああ。相手が何者だろうとお前には指一本触れさせん。だから安心して行ってこい」
「ええ。……聞けぃ! 魏武の精鋭達よ! 長く苦しいこの遠征も、いよいよ最後の一線となった! 黄巾の乱より始まった大陸の混乱も、反董卓連合、そして官渡から連綿と続くこの戦いによって、いよいよ収束を見る!」
(ああ。そしてこの大陸の未来のために終わらせよう。この戦乱の時代を。そして……『オレ達の闘い』もっ!)
「全ての戦いを思い出せ! その記憶、その痛みと苦しみ、経験と勇気の全てを、この一戦に叩きつけるのだ! 魏武の王としてではなく、この国を愛する者として皆に願う! 勝て! そして素晴らしき未来を手に入れるのだ!」
「大陸の平和のために……」
「大陸の繁栄のために……」
「「総員、突撃ぃぃぃぃっ!」」
全てはこの大陸の未来のために。劉備は家宝として受け継がれてきた靖王伝家を、華琳は絶を振りかざして兵達に突撃の号令を出した事で双方の軍勢が一斉に動き出した。大量の砂煙が舞い上がる中、最後の戦いの火蓋が切って落とされる。果たして勝利の女神はどちらに微笑むのか。
作者「はぁ~。ようやく原作サイドのストーリーに終りが見えてきたぜ」
零治「お前にしては珍しく早かったな。バイオRE2のせいでもっと遅れるかと予想していたんだが」
作者「まあ、確かにアレを買ったその日は日付が変わるまで遊び尽くしてたけどさ」
亜弥「日付が変わるまでって……いくらなんでもやりすぎですよ」
恭佳「筋金入りもここまでいくと反応に困るね」
作者「なんとでも言え。まあ、まだ完全にやり込んでないけど、壁にブチ当たったからこっちに専念していた。だからそこまで遅れなかっただけ」
奈々瑠「壁って何ですか?」
作者「隠し武器の入手条件」
臥々瑠「そんなに厳しいの?」
作者「かなりな。休みを利用して何度も挑戦したが、事故ってはリセット事故ってはリセット。その繰り返しが何度も続いたからこっちの作業を進める事にしたのさ」
樺憐「あらあら。こちらではそうならないように願いたいものですわねぇ」
作者「最後の最後で嫌なこと言うのはやめてください。ってか、小説書いてる最中に起きる事故って何よ?」
零治「……PCがブッ壊れるとか?」
作者「それは昔経験してるからやだなぁ。しかも事故ったで済まされるレベルの話じゃないし」
零治「そうならないようにせいぜい大事に扱うんだな」




