第94話 開戦!魏VS蜀
ここまで長かったなぁ。まあ、まだまだこの作品は続きますが本当に長かった。
とはいえ完結まで後どれ位かかるかな……?
夜が明けた。これが平時ならいつもと変わらない何気ない日常が始まるのだろうが、それは違う。今日はこの大陸にとって大きな歴史が終幕を迎えるかもしれない日となるであろう。成都城の前に広がるは華琳が率いる魏の大軍勢。鋼の鎧を身に纏った兵士達で荒野は埋め尽くされていた。その光景を城壁から見守る劉備や一刀、張飛、星、翠、諸葛亮と鳳統などといった蜀の面々。そして孫策と周瑜もこの光景を城壁から見ているが、昨日の一戦を思い出しているのか孫策は悔しげに顔を歪めて城壁の先を睨みつけていた。
「…………」
「……ねえ、雪蓮さん」
「何?」
「……ごめんなさい」
「何を謝る事があるの?」
この状況でいきなり劉備が頭を下げたが、孫策は何の事なのかと首を傾げる。少なくとも劉備に謝られるような事を孫策はされた覚えが無い。当然ながら劉備も彼女に対して個人的に何かしたりはしていなかった。劉備が孫策に謝罪したのは昨日の戦の事についてなのだ。
「これだけの軍を相手に、あれだけの兵隊さんしか貸せなかったから……」
「構わないわ。寡兵で大軍を破るのが戦術の妙。それを使いこなせなかったのは、私の責よ」
「でも孫策さん達が無事で良かったです」
通常の戦ならばまだ勝てる可能性は少なからずあったかもしれない。昨日の戦での一番の敗因はやはり零治とBDの存在だろう。この二者の存在がただでさえ優勢に持っていくのが難しい戦局を極端にまで劣勢に傾けてしまった。あの状況に少しでも歯止めをかける事が出来る人物が居るとすれば恐らく黒狼ぐらいだろう。
いや、仮に居たとしても本当に歯止めになるか怪しいところだ。もしも赤壁の時のようにこの世界の基準を度外視した闘いに発展すれば状況はより悪化していたかもしれない。どちらにせよ、勝つために手段を選ばないと決心した零治を前にしていては、あの敗北は避けて通る事の出来ない道だったのかもしれない。それを考えると諸葛亮の言う通り、無事に生き延びる事が出来たのは不幸中の幸いと言えるだろう。
「そうだよね。……だってわたしだけじゃ、目の前に広がる光景を見たら、腰が抜けちゃうかも」
劉備は華琳や孫策と違って武闘派の君主ではないので、戦場に出る事はあっても二人みたく剣を取り、自らも前に出て戦った経験など無い。ましてや今眼にしている魏の大軍勢のような大陸一の強国と言われるほどの勢力と戦を迎えるのはこれが初めてなのだ。城壁の上からとはいえ、ここから見ていても脚の震えが止まらない彼女だが、逃げ出す訳にはいかない。もう後が無いのだ。何が何でも、死に物狂いで戦ってこの決戦に勝つしか道は無いのである。
「曹操は凄い大軍なのだなー……」
「地を覆い尽くす大軍か。……この軍を破る作戦はあるのか? 呉の軍師殿」
「寡兵で大軍を破る事の基本は、相手の虚を突く事だろう。しかし、曹魏の軍は士気高く、将も一騎当千の戦巧者ばかり。とても油断などしそうにないな」
星の問いに答えた周瑜の意見は基本中の基本的な内容。そしてそれと同時に現実を直視したドライなものである。しかしこんな時に嘘など言っても何の意味も無い。そもそも魏軍が成都を進軍中に油断していたのならばこちらの状況もここまで酷くはならなかったはずだ。もちろんあの華琳が最後の決戦で油断するはずなど無いし、勝つために手段を選ばないという決意を持った零治のおかげで先日の戦で呉軍は大打撃を受けてしまったのだ。聞けば聞くほど希望が全く見えてこない状況にしか思えない。
「じゃ……勝てないって事かよ!」
「そうは言ってない。虚が無いのなら、こちらで作るまで。そうだろう、孔明?」
横で話を聞いて興奮気味の翠を手をかざして制止し、周瑜はチラリと隣に立つ諸葛亮に視線を向けた。いかなる状況でも逆転の策を講じるのが軍師の役目だ。兵数で言えば状況は絶望的だが、策を使えば勝てる可能性は決してゼロではない。もちろん激的に勝率が上がるわけではないがそれでもゼロではないだけマシだ。少なくともまだ希望はあるという事なのだ。それを証明するべく、諸葛亮も力強く頷く。
「はい……。そのために私達軍師が居るんですから。皆さん全員の協力があれば、必ず勝てましゅ!」
「…………朱里。こういう大事な場面で噛むのはどうかと俺は思うぞ」
緊張からなのかそれとも力み過ぎたせいなのか分からないが、いつもの噛み癖を諸葛亮は発揮してしまい、決めるべき所で見事なまでにスベってしまった。一刀の冷静なツッコミに諸葛亮は顔を真っ赤にして俯いてしまい、羞恥心からすっかり黙り込んでしまう。
「……き、気にしないであげてくださいぃ~!」
「はわわ~……」
親友の鳳統がすかさずフォローを入れるも、正直あまりフォローになっていない。まあこれ以上深くツッコんでも諸葛亮がますます意気消沈してしまうだけだ。国の存亡を懸けた戦いが始まろうとしている時にそうなっては困る。かといって戦が始まってからも今みたいに変に力んで的外れな指示を出されても困るというもの。この場はその点を軽く注意するだけに留めておくのが情けだろうと思い、周瑜は苦笑しながら話を進める事にした。
「では皆に配置を説明する。しかし、くれぐれも孔明のように気張りすぎて自爆してはならんぞ?」
「分かった。平常心だな!」
「平常心なのだ!」
「そうそう。間違っても噛むぐらい緊張してたら駄目よ?」
「はぅぅ~……」
最後の最後で孫策がそこをイジってきたので、諸葛亮のテンションは戦いが始まる前から下がりっぱなしである。しかし、先程の彼女の可愛らしい噛み言葉で場の緊張も少しは解れてくれたのでこれはこれである意味では良い結果なのかもしれない。過度に緊張して戦いに臨むよりは、楽観視しろとまでは言わなくても、ある程度リラックスした状態のほうが本領を発揮できるというものである。皆の緊張が解れたのは良い事だと一刀は思いながらも、気がかりな事があったのでその事を諸葛亮に投げかけてみた。
「なあ、朱里。気になる事があるんだが」
「何ですか? ご主人様」
「もしも零治が出てきたら……その時はどうやって対処するんだ」
「……現状、音無さんと互角に闘えるのは黒狼さんただ一人です。その時は彼に対処してもらう以外に手立てはありません」
「やっぱり黒狼しか頼みの綱は無いのか……」
「黒狼さん、金狼さん、銀狼さんは音無さんをも含めた魏の御遣い全員と戦うための唯一の切り札です。ですので、彼らには音無さん達が現れるまでは城内で待機してもらう予定です」
「それしかないか。……分かった。後は全力を尽くすだけだな!」
………
……
…
「華琳様。全軍の展開、完了いたしました」
「ありがとう。……伏兵の気配は?」
「今の所ありません。しかし相手は伏竜孔明と周公謹。警戒を怠らないよう、徹底させています」
「結構」
魏を支える三軍師の一人である稟の徹底ぶり。最終決戦なのだから抜かりがないのは当然の事。稟の文句の付けようのない見事な仕事ぶりに華琳は満足げに頷き、視線を成都城へと戻す。ここへ辿り着くまでの間、何度も足止めの戦闘があった。だがその全てを捻じ伏せ、ほぼ無傷の状態で軍を維持してここまで来たのだ。まさに華琳が描いた理想の形で最終決戦を迎える事が出来る。兵数では圧倒しているが慢心はしない。向こうにも兵数の差を物ともしない猛者が数多く控えており、諸葛亮に鳳統、周瑜や陸遜、呂蒙などといった名軍師も居るのだ。しかしこれまで同様にその全て全力で叩き潰し、この三国志の戦いに終止符を打つのだ。
「華琳。劉備達はどう動くと思う?」
「そうね。少なくとも籠城はしないでしょうね」
籠城戦は援軍が来る事を前提として使う戦法である。兵数に差があり、この場合蜀に呉軍が援軍として来るのであればまだ意味はあるだろうが、その呉も残り少ない兵を引き連れて成都城内に居るし、蜀も全ての兵をこの城一箇所に集めているのだ。つまり援軍が来る事は決して無い。籠城戦を選択しても何の意味も無いのだ。
「だろうな。連中にはもうどこからも援軍が来ないんだ。兵力にも限りがあるから一気に全兵を投入するというのも考えにくい。となると、やはり小分けして波状攻撃を仕掛けてくるとかが常道か?」
「かもしれないわね。まあ、その辺は戦が始まれば分かる事よ。劉備がどのような手を使ってこようが、その全てに対処してみせるわよ」
「ああ。……桂花。西涼や江東に動きはあるのか?」
「今の所そういった報告は入っていないわ。その仕込みがあるのなら、籠城してくるかもね」
「決起に対応できるだけの兵は既に配置済みです。黄巾規模の反乱なら耐えきれないでしょう。しかし、それが出来るだけの人材は、既に三国の内のどこかに士官しているはずです」
「だよなぁ」
零治の疑問に稟が補足を加えてくれたおかげで後ろは問題ないと分かり、目先の事に集中して戦えるので彼としては安心できるだろう。それに稟が先程述べたように、黄巾規模の反乱が起こせるような人材は三国時代に突入してから魏に降るか、もしくは最後まで抵抗するために希望を託して蜀か呉に仕えるかのどちらかになる。おまけにその黄巾の乱の首謀者である張三姉妹でさえ今じゃ魏の一員なのだ。決戦の最中に本国で別の問題が発生する可能性は皆無に等しいだろう。
「華琳様。城門が開きました! 敵部隊、各方向から展開してきます!」
春蘭の言葉で全員に緊張が走り、劉備軍の動向を見守る。城門からは次々と兵が飛び出してこちらを迎え撃つべく各方向から陣形を整え始めた。決戦の刻が刻一刻と近づいているが、華琳は余裕の表情を崩さない。決して慢心しているのではない。覇者として振る舞うべくこうしているのだ。王が動揺しては、それは指揮官を通じて各兵に伝染して全軍の士気が低下してしまう。華琳にとって、戦は既にこの瞬間から始まっているのだ。
「そう。劉備達は?」
「まだ……いえ、出て来ました! 関羽、張飛達も付いているようです!」
「まずは舌戦という事ね……。何人か付いていらっしゃい」
「はっ!」
「ボクも行きますっ!」
「私も……」
「零治、貴方もいらっしゃい」
「ああ。もとよりそのつもりだ」
「よろしい。残る皆は敵の陣形に応じて配置を調整しておいて。秋蘭、桂花、稟、風。判断は任せるわ」
「「「「御意」」」」
華琳に同行するのは春蘭、季衣、流琉、零治の四人だ。状況に即座に対応できるように秋蘭達には最低限の指示は与えてある。これで不測の事態が起きようとも何の問題も無いだろう。後は劉備との舌戦に臨むだけ。華琳は零治達を伴い、前へと進みだして劉備達が待ち受けている場所まで足を進めた。
………
……
…
「……ほぉ~。一刀、お前もこの場に来るとはな。少しは自分の立場に自覚が持てたのか? まあ、オレから言わせれば今更って気もするがな……」
「零治……」
その場に辿り着いて一刀の姿を見るなり、零治は感心したように言うが、その言動には相変わらず棘がある。彼の中では今でも一刀への評価は底辺なのだ。その一番の原因はやはり劉備の考えに同調している事にあるだろう。この世界で最初に出会った人物なら劉備の理想に同調する事は零治も理解できる。だが彼は劉備と違ってロマンチストではなくリアリストだ。だから零治から言わせれば劉備の理想は幻想でしかない。もしも最初に出会ったのが華琳ではなく彼女の場合でも、その考えに同調していた可能性は限りなく低いだろう。あるいは劉備が現実を直視している上でその理想を目指すのであればまだ応援してやる気持ちも無くはないが、彼女はその現実を見ようともしない。しかも一刀も同じような考え方をしている。これではいくら本人が努力しようが零治の評価が上がるはずなど無いのだ。
(ふむ。どうやら黒狼はこの場には居ないようだな。ならば奴らは城内か……)
「……ようやく出てきたわね、劉備」
「曹操さん……やっぱり戦うんですか……?」
「ええ、そのためにここまで来たのだから」
「やめませんか……?」
「前にも言ったでしょう。その言葉を言って良いのは我が軍より多い兵力を連れて来て、私達を打ち倒した後だけよ」
「…………」
華琳の鋭い指摘に劉備は何も言えない。だがこれは真理だ。いつの時代も結局は力が物を言う世界。和平交渉を結ぶにしてもだ、弱小国が強国に対して対等に扱ってくれと申し出てそれを聞き入れる国がどこにあるというのか。同等の軍事力を持っているのならばともかく、強者が弱者の言う事を聞き入れるなどあり得ない。こんな時代なら尚更である。
「それとも、ここで私に降る?」
「それは出来ません……」
「あの時よりは、少しは成長したようね。理想を振りかざすだけのお嬢さん?」
「貴様! 桃香様を……!」
「口を慎め関羽!」
「何っ!?」
「この場は貴様の出る幕ではない。今、私は王として劉備と対峙しているのだ。そして劉備も王として、お前達の想いを背負ってこの場に立っている。……その事を忘れるな」
「……ぐっ」
そう。ここに立っているのは華琳という一人の少女ではなく、曹孟徳というこの大陸に覇を唱える覇王である。同じく劉備もまた、一人の女性としてではないく、王としてこの場に立っているのだ。そしてこの舌戦も二人だけの世界。家臣といえど口を挟む権利など無いのだ。
「曹操さん。あれからずっとご主人様と一緒に考えてましたし、翠蓮さんにも色々と厳しい指摘を受けてきました。でも……やっぱり、私の考えは変わりません! この大陸に必要なのは、みんなで協力して疲れた国を建て直す事です!」
「そうね。その考えは正しいと思うわ」
「だったら……!」
「けれど、皆で仲良く協力して……そんな甘いやり方で建て直せるほど、この大陸は理想的には出来ていないのよ」
皆で手を取り合い、一致団結して国を建て直す。それが可能ならばそうするに越した事はない。一番の理想的な未来の形と言えるだろう。だが華琳が先程述べたように、世界はそこまで都合良く出来てはいない。人間は理知的ではあるが、時には感情的になって行動する事もある。感情があるからこそ人間はあれやこれやと考える。そして中には野心を抱く者も少なからず居る。そういった者の存在は新たな戦火の火種となる。そこから綻びが生じれば、劉備の唱える理想は脆くも儚く崩れ去る事になるだろう。しかしそれでも、劉備は人を信じたいのだろう。
「そうは思いません!」
「そう……ならばそう思わない理由を聞きましょうか……」
「私だって、ずっと戦ってきました……。けど、今は南蛮の美以ちゃんとも仲良くなれたし、孫策さんとも力を合わせています! 恋ちゃんやねねちゃん、焔耶ちゃんや桔梗さんだって、戦った事もあったけど……今はみんな、仲間です。分かり合えるんです!」
「分かり合える、か。……それは最初から話し合って分かり合えたのかしら?」
「…………っ!」
「貴方が南蛮や荊州の将を従えた事は知っているわ。そのやり方もね。……けれどそれは、力で打ち倒し、こちらの力を知らしめてからの服従でしょう? 南蛮など、七度も八度も倒さねば分からなかったと聞いているけれど?」
「そ、それは……」
「貴方の理想の弱さは、話し合う事を一番に掲げていながら、結局は拳を振り上げる事にあるのよ」
みんなで笑って過ごせる平和な世界を作る、話し合えば解決できる、いつだって劉備はそう言っていた。しかし今日この日まで、話し合いだけで解決できた試しはただの一度もない。結局最後は力による武力制圧。そうやって今日まで生きてきた。そうしなければ群雄割拠の時代を生き抜く事が出来ないからだ。もうこの時点で劉備の掲げる理想は破綻してしまっている。零治からもずっと指摘され続けてきた最大の矛盾。
「そしてその弱さは……あの時から何も変わっていない……」
「…………っ!」
「拳を握ったまま微笑みかけてくる相手を、誰が信じられようか。疑心暗鬼に駆られたまま従う事が、本当に手を取り合って仲良くと言える事か」
信じられるはずがない。例え死ななかったとしても、話し合いを前提にした理想を掲げた者に武力で制圧されるか、その力を誇示されて降伏して従ったとしても、心の底から信じる事は決して出来ない。中には騙し打ちされたと曲解する者も必ず出てくるはずだ。そうやって疑心暗鬼が生まれたらどうなる。最悪の場合は反乱が起き、自国内で余計な争いが発生するだけにしかならない。これではいつまで経っても真の平和など訪れるはずがないのだ。
「けれどそれは、曹操さんだって……!」
「ええ。同じよ」
「なら……!」
「けれど私は、貴方のように拳を振り上げながら笑顔で近づいたりはしない。拳を振り上げる事を高らかに宣言し、その言葉に従って拳を振り下ろす」
目指す所は確かに同じだろう。しかし華琳は劉備と違い、話し合いだけで全てが解決できない事を理解している。従わない者には正面から堂々と宣戦布告をし、圧倒的な力により制圧して従わせる。このやり方ならば、付き従う者が疑心暗鬼に駆られる事はない。仮にあったとしても、華琳がそんな不安要素を自国に迎え入れるはずがない。例え優秀でも信用の置けない人間は排除する。無能ならば尚更だ。この王としての在るべき姿勢、これこそが零治が彼女に共感するのと、華琳に拾ってもらった恩を返すと同時にこの大陸で天下を掴ませるために力を貸している理由なのだ。
「そして今の疲れ切った大陸は、一つの強い意志に導かれた王に従うべきだと、私は判断している。ぬるま湯の理想を追うのは、その王の元で国を建て直してからで充分だわ」
「違います! 力で押さえ付けたって、良い事なんか何も無い……袁紹さんや袁術さんと同じです!」
「あのような愚か者達と一緒にしないでほしいものだな、劉備! あれは自らの欲望のみを求めた者。同じにされるのは心外だわ。私は強き王の下、国を一つに纏めたいだけ。そこに欲望などは無い」
「……強い王に導かれた国は確かに強いと思います。曹操さんはきっと、それが出来る人だと思う」
「ならば、貴方も私に降りなさい」
「……しません」
「……どうして?」
「一つの柱だけで支えられた国は、その柱が折れてしまったらどうなるんですか? 戦場で使う天幕のように、あっさり崩れたりしませんか?」
劉備の言い分は華琳にも分かる。家で喩えるなら、王が基礎柱ならば国は土台。いくら太くて頑丈な柱でも、一本しか無いようでは土台から掛かる負荷が全て集中してしまい、やがて重みに耐えきれなくなって折れてしまうだろう。しかし土台を支える柱が複数あれば、柱に掛かる負荷を分散できる。柱が多ければ多いほど支えをより強固に出来るだろう。だがこれでも折れる可能性はゼロではない。この世に絶対など無いのだ。例え複数の柱によって強固に支えられている土台も、一本でも柱が折れてしまえばバランスよく分散していた負荷が残りの柱に集中してしまい、折れる可能性が出てくる。そうなればどんな強固な土台も呆気なく崩れ去るだけだ。華琳はその点を指摘した。
「なるほど。……しかしそれは多くの柱に支えられた楼閣も同じではなくて?」
「違います! 支えてくれる仲間達が居れば、もし私が居なくなっても……その国は立派にやっていける!」
「貴方……」
「私、曹操さんと違って何も出来ない王様ですから。愛紗ちゃんや鈴々ちゃん、朱里ちゃん……そして雪蓮さん達、みんなに支えられてここまで来たんです」
「貴方の所の将が優秀なのは良く分かっているわ。でも、この大陸の皆が、貴方の将のように賢く、物分りの良い者ばかりではないのよ?」
「分かってます。けど、それでも……私は理想を信じたい! 矛盾してても、おかしくても……それでも意志を貫けば、力を貸してくれる人が、理解してくれる人が居るから!」
(……いつの日からか、気付いていたんだな。劉備。それでいてなお理想を追い求める。それがお前の答えか。もっと早くに気付いていたなら、オレのお前に対する印象も変わっていたかもしれんな)
「そう……」
どれだけ否定されようと、劉備は己の信念を曲げない。徳だけで世の中を変えようと歩き初め、多くの仲間に支えられてここまで来たのだ。理想が実現できるか否かは置いておくとして、少なくとも劉備も王として昔と比べると確かに成長はしたのだろう。華琳にとって、この戦乱の時代を終わらせる最後の舞台、それを飾るのに相応しい好敵手として。
「劉備よ。貴方の言いたい事は良く分かった。……その言葉を聞いた上で、私の言いたい事も、貴方は分かるわね」
「……自分の意志は、力で貫き通せ」
「結構……ならば、この終わりのない議論に決着をつけましょう。……互いの力の全てを振り絞ってね」
言葉で相手の考えが変わらないのならば、力で分からせるしかない。それがこの世界の、そして時代の流儀なのだ。何より言葉だけで全ての人々に自らの想いが伝わる事など無い。それが出来るのならこの世に争いなどあるはずがない。華琳も劉備も、互いが治める国の人々の想いを背負って戦ってきたのだ。そう簡単に考えを変えてしまっては、自らが掲げる理想のために命を散らしてきた兵達の想いを踏みにじる事になる。
ここまで来た以上、最後までやり通す。それが王に課せられた責務なのだ。
「春蘭!」
「御意! 全軍戦闘態勢! 我が曹魏の新たな歴史、この一戦にあり! 命を惜しむな! 名誉を……そして、我らの歴史に名を刻まれぬ事を惜しめ!」
「この戦い、遙か千年の彼方まで語り継がれるであろう!」
「曹魏の牙門旗の下、最後の戦いを行う! 各員奮励努力せよ!」
春蘭、秋蘭、華琳の号令の下、曹魏の兵達が剣を、槍を、弓を宙に掲げて大地をも揺るがすと思える程の雄叫びを上げた。全軍の士気は最高潮。もちろんこれだけで百パーセント勝てる保証など無い。どれだけの死者が出るのか想像もつかない激戦になるであろう。だが、華琳は負ける戦はしない主義だ。確実に勝利を手にするために、力と知恵を駆使してこの決戦に臨む。しかし、それは劉備軍も同じだ。
「……愛紗ちゃん、お願い!」
「御意! 曹操の野望を食い止められる者は、もはや我ら蜀しかおらぬ! 敵は強大! されど我らの団結をもってすれば、打ち破れぬ物は何も無い!」
「全軍戦闘準備! 我らが子孫に永久の平安をもたらすために!」
「劉旗の下、私達は私達の理想のために戦う! みんな、頑張って!」
関羽、星、劉備の三人による号令の下、蜀軍の兵士達は故郷である祖国を護るために己を奮い立たせ、華琳が率いている魏軍に負けるとも劣らない雄叫びを上げながら各々が持つ武器を宙に掲げる。いよいよ熾烈を極める戦いが始まる時が来た。いや、既に始まっているのだ。劉備軍はもう後が無い所まで追い詰められている。だから勝つためなら手段は選ばない。選ぶ余裕も無いのだ。周瑜が諸葛亮と事前に話していたように、相手の虚を突いて敵軍を打ち崩す。そして相手に虚が無いのなら作るまで。劉備軍のその作戦にいち早く気づいた流琉が前方を指差しながら声を上げた。
「華琳様! 敵の第一陣が、舌戦の合間にこちらの陣内に……!」
「勝つためには手段を選ばぬか。劉備め!」
「それだけ向こうも必死という事よ。相手が搦め手で来るのなら……分かっているわね、春蘭!」
「はっ! 我らが曹魏に小賢しい罠など効かぬ! 覇王の威をもって打ち砕くのみ!」
今までだってそうだった。相手がどのような小細工を使ってこようと、その全てを全軍の力をもって叩き潰してきたのだ。今回もそうして終わらせる。無論この戦いは今までの規模の比ではない。向こうも死に物狂いであらゆる手段を使って勝とうとするだろう。だから何が起こるのか予測も出来ない。しかしそれでもやり遂げる。それがこの大陸に覇を唱える、覇王曹孟徳の振る舞いなのだ。
「関羽! 兵の配置を軍師殿の計画通りに!」
「分かった! たんぽぽ、焔耶! 甘寧達の攻めで浮き足立った兵を一気呵成に叩きのめせ!」
「なんでこいつと……!」
「桃香様のためでしょ! 行くよ脳筋!」
「後でしばくー!」
蒲公英と魏延は出会った時から犬猿の仲なのでいつも喧嘩が絶えない日々を送っていたが、この緊迫した場面でもいつものように不満を見せたり罵ったりするのは将としてどうなのだろうか。いや、寧ろ逆にいつも通りだからこそこういう状況でも普段の実力を発揮できるのかもしれない。そういう意味では初手で流れをこちらへ引き込む事が出来るという期待も持てるかもしれないだろう。
「華琳! 下がるぞ!」
「分かっているわ!」
「桃香! 北郷! 巻き込まれるわよ!」
「分かってる! 桃香、城内まで後退するぞっ!」
「うん!」
「「総員、突撃ーーーーーーっ!」」
軍の司令塔である大将がいつまでもこの場に留まるのは良くない。華琳は零治と共に本陣へ、劉備と一刀は孫策に連れられて城内へと後退していく。それと入れ替わるように春蘭と関羽が同時に突撃の号令をかけ、双方の兵士達は雄叫びを上げながら舞い上げる砂塵と共に一斉に突撃を開始。三国志の時代が終幕を迎えるための最終決戦の火蓋がいま切って落とされた。
………
……
…
「フッ。始まったようだな……」
成都城前の荒野が埋め尽くされるほどの兵達が叫びながら決死の戦いに挑むのだ。その雄叫びは城内の人間にも当然届く。開戦の合図である叫び声を耳にした黒狼は冷笑しながら城壁に眼を向けていた。劉備と初めて出会ってから今日まで付き合って来たがそれももう終わりだ。黒狼にとって、『この』決戦などどうでもいいのである。
「さーて、僕達の出番はいつ来るのかな?」
「ケッ! 諸葛亮が言うには、影狼達が出てくるまでは待機してろだとよ。毎度毎度ウンザリだぜ」
「……ククク。銀狼、そんなに影狼と闘いたいのか……?」
「当たり前だ。あの野郎とは定軍山以来一度も殺り合ってねぇんだぜ」
「そうか。……金狼、貴様はどうだ?」
「決まってる。白狼には赤壁での借りがあるんだ。それを返せないようじゃ僕の気は収まらないよ。出来る事なら今すぐにでも曹魏の本陣に殴り込みに行きたいくらいだね」
「クックック。なるほどな。……行くぞ。二人とも付いて来い」
「えっ? あっ、ちょっと。黒狼」
いきなり付いてくるように言われ、金狼と銀狼は訳が分からぬまま黒狼に従ってその後に続いた。彼はスタスタと中庭から吹き抜けの廊下へと足を進め、そのまま城の中へと入って行く。黒狼が描いている舞台の最後の演出の準備が整った今、これ以上この場に留まる意味など彼には無いのだ。
「おいおい黒狼。城の中に何の用があるんだよ?」
「全くだね。忘れ物を取りに行くわけでもあるまいし。あまり勝手な事をしていると、また関羽がうるさいよ?」
「もうこれ以上この世界の茶番に付き合う必要など無い……」
「えっ? それって劉備達の決戦を放棄するって事なのかい?」
「どの道、蜀に勝ち目など無い。敗北の確定している戦いに付き合っても時間の無駄だ。それに、この地は影狼達との最後の闘いに相応しくない。だから場所を変えるのだ……」
「場所を変えるだぁ? 今更どこに行く気だよ?」
「付いて来れば分かる……」
相変わらず黒狼は金狼と銀狼の疑問に対して、確信となる部分については語らない。これについてはいつもの事だが、今回は説明する必要など無いし、時間が惜しいのだ。金狼と銀狼の疑問も目的地に行けば解消される。それだけなのだ。ひとしきり城内を練り歩くと、目的の場所へと続く大きくてしっかりとした造りの扉の前に到着したので、黒狼は両手でその扉を押して開け放ち、中へと入って行く。彼が辿り着いた先は玉座の間だった。
「着いたぞ……」
「着いたぞって……ここって玉座の間じゃねぇか」
「一体何しにこんな場所に僕達を連れてきたのさ。……まさかとは思うけど、この状況で蜀を乗っ取って新たな王として君臨するつもりなのかい」
「なぜこのくだらん世界の王にならねばならんのだ。そんなモノに興味は無い。ここなら人目が避けられるから来ただけに過ぎん……」
「人目を避ける? なぜさ?」
「ここから私達の目的地へ直接行くのだ。影狼達との最後の血戦を飾るのに相応しい、誰にも邪魔をされない舞台……全てが始まった『あの場所』へとな……」
口の端を吊り上げながら黒狼は意味深な言葉を発し、右手を正面に突き出して指をパチンと打ち鳴らした。誰も居ないため、しんと静まり返った広い空間の玉座の間には、その軽快な音がよく反響して鳴り渡った。その直後、床のど真ん中に深紅に光り輝きながら禍々しい雰囲気を放つ、大きな魔法陣がゆっくりと回転しながら浮かび上がったのだ。
「ありゃあ……魔法陣か?」
「……黒狼。アレってまさか、転送魔法陣なのか」
「そうだ。そしてあの魔法陣の転送先が、我々の目的地でもある。行くぞ……」
「行くぞって……黒狼。オレ達はこれで問題なくても、影狼達はどうするつもりなんだよ」
「それについても問題無い。ちゃんと奴らをその気にさせ、否が応でも私達の所へ行かざるを得なくなるシナリオは考えてあるさ……」
「ふーん。まあいいや。僕としては、行き先が誰の邪魔も入らない場所なら願ったり叶ったりだね。赤壁では黄蓋が余計な事をしてくれたからね」
「無駄話は終わりだ。行くぞ。向こうに着いたら色々と準備が必要になるからな……」
黒狼、金狼、銀狼の三人は玉座の間の床のど真ん中に浮かび上がっている魔法陣の上に足を踏み入れてその場に留まった。三人の存在を感知した魔法陣は光の輝きが強くなり、クルクルと高速回転をし始める。そして次の瞬間、魔法陣の上に立っていた黒狼達の姿は一瞬にしてその場から姿を消し、それと同時に魔法陣その物も床から消滅して玉座の間には再び静寂が訪れた。歴戦の勇者達が命を賭して挑む決戦が開始された中、この大陸に降り立った天の御遣いの一人として数えられている黒狼は己の目的を果たすべく、静かに動き出したのだった。
作者「いやぁ、遂に原作の最終決戦まで話が来たぜ」
零治「当初はここまで来るとすら思っていなかったがな」
作者「サラッと酷い事言うなよ……」
亜弥「でもまあ、まだ完結はしてませんが、原作シナリオ終盤まで来たのは素晴らしい事ですよ」
恭佳「とはいえ、まだ終わったわけじゃないしねぇ。まだまだ色々とやる予定なんだろ?」
作者「まあね。オレも当初は話数の数字がここまで膨れ上がるとは思ってもいなかったぜ」
奈々瑠「へぇ~。それじゃあ、当初はどのぐらいで終わると予想していたんですか?」
作者「80~90話前後で終わるんじゃないかと思ってた」
臥々瑠「今回の話で94話目だよね。この調子だと何話ぐらいまで行くんだろ?」
作者「確実に100話超えるな」
樺憐「あらあらぁ。そうなると修正作業も大変になりますわねぇ」
作者「……お願い。今はそれは言わないで。考えただけでも憂鬱になるから」
零治「おい。現実逃避してんじゃねぇよ」
亜弥「やれやれ。この茶番にももうしばらく付き合わなきゃならないのですね」
恭佳「まっ、いいじゃないの。くだらないけど楽しいしさ」
奈々瑠「はい。確かにくだらないけど楽しいですよね」
臥々瑠「うんうん。作者なりに頑張ってるもんねぇ」
樺憐「ええ。このくだらなさが作者さんの原点ですからねぇ」
作者「……ねえ。それって褒めてるの?」




