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第89話 来たる決戦の時

皆さん、本当に、本当に、本当にお待たせしてしまって申し訳ありませんでしたっ!

更新が遅くなるのはいつもの事ですが、まさかほぼ半年も間が空いてしまうとは。まあ、自分が悪いのですが……。

「遂に、この時が来たか……」


「ええ」



零治達の眼前に広がる、銀色に輝く荒野。色の正体は曹魏の全軍。その数は五十万である。

そこに居る兵士達全員が剣を、槍を、鉾を捧げて鉄刃の海原を作り上げている。その海原の中で風になびいて翻るは魏軍の無数の牙門旗。全ての準備は整った。ついに時は来た。蜀との最終決戦を迎えて出撃するその日がやって来たのだ。



「華琳様。全軍、集結いたしました」


「ええ……」



秋蘭からの報告を聞き、華琳は軽く頷いてゆっくりと兵士達の方へ視線を向けた。ここからはいつもと同じ。兵達に出撃の号令をかける。だが、それもこれが最後になるだろう。蜀との決戦。この戦を乗り切れば、大陸に渦巻く戦火の火種は全て消え去るのだ。しかし、この戦は決して容易なものではない。向こうも後が無い以上、死に物狂いで抵抗をしてくる。今までのように最小限の被害で勝利を収める事は出来ない。魏、蜀と共に両軍多くの死傷者が出る事だろう。だからこそ、この号令に華琳は自らの想いを、魂を込めて兵達に聞かせ、宿らせる。それこそが強さに繋がるのだから。



「聞け! 魏の勇士達よ!」



華琳の声と同時に、兵達は己の武器を構え直す。続けざまに金属音が連なり響く後に生まれる光景。それは穂先の揃えられた完璧なる凪の稲原だ。零治達がこの外史に降り立って間もない頃の軍勢は今の十分の一の規模も無かった。魏の将兵達も、零治達もこの光景を見るのはこれが最後になるだろう。

しかし、華琳達と零治達では最後の意味が異なる。蜀との最終決戦を乗り切り大陸が平和になれば大規模な戦は無くなる。だが、盗賊や野盗などの討伐で小規模な戦は今後も起こり得る。それを考えればこの先もう二度と見る事は無いという事にはならないだろうが、少なくともしばらくの間はこの光景は見納めになる。

けれど零治達は違う。この外史で彼らは既に結末が定められている。その結末を迎えた時、零治達は文字通り、この光景を二度と見る事が無くなる。これは彼らだけの秘密なのだ。



「これより我らは国境を越え、劉備率いる蜀への侵攻を開始する!」


(あぁ……何度見ても力強い姿だな)


「越えるべき山道は厳しく、敵は名将の誉れ高い関羽や呂布、孫策となる! そして恐るべき力を持つ天の御遣い達も居る! 激戦となる事は必至でしょう! だが、我らは袁一族を討ち、西涼を制し、赤壁を抜けて大国呉にも勝利した!」


(だがこの姿も、これで見納めとなるか……)


「皆はその激戦を潜り抜けた、一騎当千、万夫不当の勇士達よ! 油断も慢心もしてはならぬ。けれど、恐れを抱く事も無い!」


(まあ、オレ達がこの外史から消えてしまうのは歴史の流れを歪めた罰だというのなら甘んじて受け入れよう。しかし、ただでは消えん)


「この大陸に残る国家は、我が曹魏と劉備の蜀の二国のみ。だが、疲弊しきったこの大陸を救えるのは、西涼でも、孫呉でも、ましてや理想だけの蜀でもない! 我らが曹魏、ただ一国のみ!」


(華琳に……魏の覇王、曹孟徳に勝利を捧げ、彼女に天下を掴ませて消えてやろうじゃないか。それがオレ達、魏の天の御遣いの役目なんだからな)


「今こそ蜀を呑み込んで、我らが大陸の主、大陸の守護者となるのだ! 総員、出立せよ! 我らが威光を、蜀の地の果てにまで輝かせるのだ!」



華琳の声に鋼の稲原は風を受けたように揺らぎ、兵達の喚声は大地を震わせるほど。その声は、遠くの山々にまでいつまでも木霊した。そして兵達は一斉に移動を開始した。目指すは蜀の首都である成都。

大陸の覇権を巡る戦い、この世界の歴史となる三国志の最後の戦いがついに幕を開けた。


………


……



「……フーー……。何度見ても見入ってしまう力強い姿をしていたな。華琳は」


「ああ。しかも今回の号令にはいつも以上の気合いが入ってたねぇ」


「恭佳さん。それは当然ですわ。これが最後の戦になるのですからね」


「はぁ……。零治、どうして貴方はそう平然としていられるんですか」


「何がだ?」



いつものようにタバコを吹かしながら移動している零治の姿を眼にした亜弥は、右手で額を押えながら呆れたように溜息を吐いた。それもそのはず、彼女はずっと考えていたのだ。本国から戻ってきた零治から聞かされた、この世界の真実を。初めは信じられなかったが、話を聞いていく内に亜弥の中で疑問点だった事が次々と解消されていった。ここまで来ると信じるしかない。だがそれは、彼女達にとって残酷な現実でもあった。



「兄さん……平気なんですか? 私達、もうすぐこの世界から消えちゃうんですよ」


「まあ、それは仕方ないんじゃね? オレ達は今までそういう事をしてきて積み重ねてきた。そのツケを払う時が来たんだろ」


「零治。貴方はそれでいいんですか。私達が消えれば、間違いなく華琳達を泣かせる事になるんですよ」


「…………」



亜弥の指摘に零治は何も言えない。だが、彼女の言う通り零治達が自らに定められた結末を迎えた時、華琳達の心に深い哀しみを遺してしまう事になるだろう。この世界から姿を消す。それはある意味では死と同義だ。

零治だって本心ではそんな事をしたいとは思っていない。しかしこれはもうどうしようもないのだ。この外史の自我が歴史の流れを正式な三国志のものと同じにしようとしたが、零治達の介入により歴史の改変はもはや修復不可能なのだ。つまり、彼らの結末も変えようがない。だからといってそれを悲観しても意味は無い。それで状況が改善するのなら誰も苦労はしない。今の零治に出来る事は、華琳達に余計な不安要素を与えない事。それだけなのだ。



「オレだってアイツらを泣かせたくはないさ。だがこれはもうどうしようもない。それに今の状況を悲観してそれで事態が改善する訳でもないだろ」


「それは……そう、ですね……」


「なら、今のオレ達に出来る事は決まってる。蜀との決戦に勝ち、華琳に勝利を捧げる。それでオレ達の役目は終わりさ。その先の未来の事は……アイツらに任せよう」


「兄さんがそう言うんならアタシも頑張るけど。でも……やっぱり悲しいよ。折角みんなと仲良くなれたのに……」


「そうだな。この世界、オレ達の世界と違って色々と不便な点はあったが、居心地は悪くなかったもんな」


「ふーむ……」


「どうした亜弥。まだ何か気になるのか?」



右手を顎に添えて渋面を作っている亜弥。零治からこの世界の真実を聞かされ、彼女が今まで抱いていた疑問がいくつも解消されたが、疑問が解消される事で新たな疑問がまた浮上してきたのだ。謎が新たな謎を呼ぶとはよく言ったものである。



「まあ、気がかりな点はいくつかありますよ」


「何だよ?」


「まず一つ目。零治、憶えてますか? 私達がこの世界に来てまだ日が浅い頃、貴方は華琳達と一緒に街の視察に出かけた事を」


「ああ」


「そして貴方達は視察を終え、帰る間際に占い師に出会った。名は確か管輅でしたね?」


「そうだが?」


「零治。貴方はその時、管輅にこう言われたんですよね。『対局の流れに逆らえば身の破滅』、と……」


「確かにそう言われたが。……亜弥、お前はさっきから何が言いたいんだよ?」


「まだ分からないのですか? 私は管輅が貴方に聞かせた『対局の流れ』とは、この世界の歴史の流れの事を指していると考えているんですよ」


「…………」


「そして流れに逆らえば身の破滅……これは恐らく私達の消滅の事を言っていたのでしょうね」


「という事は、あの管輅って奴はこの世界、外史の事を知っていた。つまり貂蝉達と同じ存在なのか?」


「その可能性は高いでしょう。でなければ貴方にそんな内容の忠告をするはずが無い」


「ふむ。まあ、今更あの管輅の事を気にしても仕方ないだろ。奴が今どこに居るかも分からないし、オレ達の今の状況は覆しようがない。で、他には何が気になってんだよ?」


「…………」



零治の質問に亜弥は渋面を作って沈黙を保った。彼女は話の内容が内容なだけに、これを聞かせるべきなのか悩んでいるのだ。だが話さない訳にもいかないだろう。これは自分達にとって重要な事なのだ。こういう情報は早い段階で共有しておくに越した事はない。ただし、この話は『こちら側』の内容なのだ。だから華琳達には聞かせてはならない点について釘を刺しておく必要はあった。



「零治、私が今から言う話、くれぐれも華琳達には聞かせないでくださいよ」


「……つまり、話の内容は『こちら側』って事か」


「ええ。私が気になっている事は……黒狼の事ですよ」


「なぜそこで奴の名前が出てくるんだ……」


「おい零治。少しは落ち着けよ。名前を聞いただけでそこまで怖い顔する事ないじゃんか」


「姉さん。オレは冷静だ。……で、奴の何が気になるんだよ」


「……まあ、これは零治が憶えているかどうかなのですが」


「何をだよ」


「私達がこの世界に来て華琳達に出会う前に、貴方はこう言ってましたよね。黒狼が『外史』という言葉を口にしていたと……」


「……っ!?」



この世界に来てから月日が経ち、様々な出来事があったので忘却していたが、亜弥の言葉で零治はハッとした表情で思い出した。確かに黒狼は口にしていたのだ。外史という言葉を。つまりあの男はこの世界についても恐らく知っていたという可能性が高い。となると、次は黒狼についてだ。外史について知っているのなら、二通りの可能性がある。一つは以前も同じようにこうして外史の世界に降り立った経験がある。もう一つは、彼が貂蝉達と同じ存在である可能性だ。



「ああ。確かに奴は言っていた。あの時……オレ達が叡智の城ヴァイスハイトで光に包まれて意識を失いかけていた時、確かに『外史』と口にしていた」


「ふむ。となると奴の正体について一つの可能性が出てきますね」


「亜弥。お前まさか、奴が貂蝉と同じ存在だとでも言いたいのか?」


「確信がある訳ではありませんが、その可能性は高いですよ……」


「おい。いくらなんでもそれは考えすぎじゃないか?」


「……いや、零治。アタシも亜弥の考えに同意見だ。確かにその可能性は考えられる」


「姉さんまでなに言いだすんだよ。だいたい根拠はあるのか?」


「ああ。あるよ」



恭佳の中には確かにあった。黒狼の正体が貂蝉や左慈と同じ存在の可能性があるという根拠が。もちろんそれは憶測の域に過ぎないものだが、それでも根拠とするには充分な情報だと彼女は考えている。まさか過去にした行為がこんな形で役に立つとは恭佳自身も思いもしなかった事だろう。



「零治。これはアタシがまだアンタに殺される前の話だけど、アタシはね、黒狼の正体が気になっていて奴の過去を秘密裏に調べていたのさ」


「ふむ。それで?」


「散々調べたけど、奴の過去の情報は一切無かった。まるで過去が初めから存在していないと思えるほどにね……」


「姉さん。まさかとは思うがそれがさっき言った根拠だとでも?」


「そうだよ」


「おいおい。いくら過去の情報が無いからってその考えはどうかと思うぞ。それに関しては黒狼が自分の過去の情報を全て抹消していたから存在していないって線も充分にあり得るじゃないか」


「確かに奴ならそれぐらい造作も無い事だろうさ。だけどな、零治。デカい情報はともかく、小さくて些細な情報まで完璧に消せる奴なんて居ると思うか? アタシは思わない」


「何でそう言い切れる」


「それはこの世に絶対なんて言葉は無いからだ。例えばだけどさ、車の運転をしていて絶対に事故を起こさないと断言できるか? 絶対に事故に巻き込まれないと断言できるか? 事故に遭って絶対に死なないと言い切れるか?」


「それは……無理だな。断言はできない」



そう。この世に絶対などという言葉は無い。恭佳が例に出したように、車の運転をしていて絶対に事故を起こさない、巻き込まれない、死なないと言い切れるはずが無い。仮にその日は何事も無くても翌日はどうだ。翌々日はどうだ。更にその次の日はどうだ。日々の日常とは必ずしも毎回同じ事を繰り返す訳ではない。車の事故も、そういう思い込みが原因で引き起こしたりするのだ。例えば何気なく通っている道。その道には一時停止をしなければならない交差点がある。毎回同じ時間、同じタイミングで通る。それを繰り返していると、いつも通ってる道だ。毎回同じ時間に通ってるが車はいつも来ない。だから一時停止を無視しても大丈夫だと思い込むドライバーも少なからず居る。だがその日に限って運が悪く、偶然にもいつもなら来ないはずの道から車が来た。そして接触事故が起きる。様々な要因が重なり合って様々な出来事がこの世では起こる。それは誰にも予測できない。だからこの世に絶対になどという事はあり得ないのである。



「もちろんこれは一つの可能性の話だ。確定とは言えない。だけど零治、この話、頭の片隅に留めておきなよ」


「分かった……」


「この大事な時に何をぶつくさ無駄話をしているのよ。あんたは」


「ん? ……桂花。今の話……まさか聞いていたんじゃないだろうな」


「聞いてないわよ。そもそもあんたの話に興味なんか無いし」


「それは結構。で、軍師のお前がこんな所まで何の用だ?」


「この先の山道で道が細くなってるから、あんた達に隊列の変更を指示しに来てあげたのよ。わざわざ! わざわざね!」


(大事な事だから二回言ったのか?)


「あぁ、行軍速度がさっきより遅くなっているのはそのせいですか」


「となれば奇襲を受ける可能性が高いから、凪達を貸してほしいって訳か」


「ふんっ。あんたのおつむでもそのくらいは理解できているみたいね。なら話が早いわ。あんたはさっさと凪達に隊を率いて偵察に出るように指示しておきなさい」



散々悪態をついた後、桂花はさっさと踵を返して後方の華琳率いる本隊へと帰って行く。零治とのやり取りを横で見ていた奈々瑠と臥々瑠はギリギリと歯ぎしりをしながら彼女の後姿を睨み付け、今にも掴み掛りそうな勢いだったが何とか自制心を働かせて踏み止まっていたが、我慢できない様子だ。



「あの女ぁ……相変わらず生意気な口利いてぇ! 私達の気も知らないで!」


「今のはマジでムカついた! 奈々瑠、消える前にアイツ一発ブン殴っておこうよ!」


「奈々瑠、臥々瑠。やめなさい。あれが桂花ちゃんの平常運転なんだから目くじら立てても疲れるだけよぉ?」


「樺憐の言う通りだ。お前らの気持ちは嬉しいが、その怒りは桂花にじゃなく、敵にぶつけろ」


「むぅ……分かりました」


「兄さんがそう言うんなら我慢するよ。ムカつくけどね……」


「はぁ。全く。……亜弥、聞いての通りだ。悪いが凪、真桜、沙和の三人に偵察に出るように通達しといてくれ」


「分かりました」


「樺憐。お前も一緒に行って来てくれ。こういう時こそお前の並外れた五感が頼りになる」


「承知しましたわ」



この先の山道は道が細く、おまけに深い森もあれば道の両脇が切り立った崖に挟まれた場所もある。しかもその両方が通り道という始末だ。華琳が率いている今の魏軍の最大の弱点、それは大人数の大部隊であるが故に小回りが利かない点。つまり奇襲に弱いのだ。崖に挟まれた道では弓兵部隊の良い的だし、視界の悪い森の中でも乱戦になれば苦戦を強いられる。蜀の側も必死である以上、こういう地の利点を最大限まで活かせる戦法を多用してくるだろう。なればこそ、偵察は必要不可欠。そこに並外れた五感の持ち主である最強の戦闘獣人バイオロイドの樺憐を加えておけば多少の事なら問題無く対処できるだろう。

亜弥から指示を受けて兵を引きつれた凪達を伴い、樺憐は山道の偵察に出向くのだった。


………


……



「今の所は何も無しか……」



差し掛かった山道は平野の時よりもグッと細くなっている。獣道というほど人の手が行き届いてない訳ではないが、案の定草木が生い茂っているので視界は悪い。こんな場所で奇襲を受ければ大軍であるこちらは的確な対処が難しい立場に置かれるのは間違いないだろう。



「逆に静かなのが怖いわね。凪達の偵察はどうなっているのかしら?」


「定時の連絡でも、異常無しだそうですー。左右からの奇襲は、無いと見て良いのではないかと」


「なら……この道の出口かしら」


「恐らくは」



華琳の指摘に稟は静かに頷く。何度も言うが、華琳達が進んでいる道はとても細いのだ。この先の出口は開けた場所だろうが、細い道を進軍している中で出口に辿り着いても後がつっかえているので全軍を展開し終えるのにどれだけの時間を要するか分かったものじゃない。つまりその間は隙だらけ。敵から格好の的にされてしまうだろう。



「華琳。ここは両方の可能性も考えられるのでは? 兵達で出口を塞ぎ、後方から弓兵による一斉射撃とか」


「確かに。亜弥の言う事も充分にあり得るわね。ただ、この段階で一当て二当てしておいた方が、こちらの消耗的には都合が良いと思うのだけれどね……」


「常に警戒していては精神的消耗が半端じゃないからな……」



こういう緊迫した場面では常に気を引き締め、一定の緊張を保つのは大事な事だ。しかし零治が言うように、常に気を張り詰めたままでは当然精神的疲労は大きいし、その状態で戦闘になれば兵達も普段の実力を発揮できなくなる。ただでさえこの場所は地形が悪く、こちらが不利な立場なのだ。そういう意味でもこの辺りで相手に一撃くれてやる事で兵の緊張も少しは解れ、次の攻撃の警戒にも無駄な力を入れる事は無くなるかもしれない。そのためこの辺りで戦闘があった方が華琳達としても都合が良いのだ。



「自分ら、悪い方悪い方へ策を考えるのやめへん? 空気悪ぅなるで」



横から口を挟んできたのは偵察から戻ってきた霞である。彼女は性格上、こういう重っ苦しい空気が大嫌いなのだ。だからといって敵との戦闘を間近に控えている中でバカみたいに陽気に振舞うほど霞は愚かではない。ただ、彼女としては悪い事ばかり考えて空気を悪くするよりは普段通りにしていればよいと言いたいのだ。確かにネガティブな思考に走るよりかは普段通りに振舞っていた方が士気も維持できる。霞の言いたい事も理解はできるが、そうも言っていられないのが軍師というもの。稟が苦笑しながら眼鏡の位置を直し、霞にその事を言い聞かせた。



「そういうものですよ。軍師の仕事というのは」


「常に最悪の状況を考えるのが軍師の仕事よ。その対処法も考えなければならないのだし。……で、どうだった? 偵察は」


「ま、言うててなんやけど、華琳の予想通りや。上からの兵はおらんかったけどな」


「なら、出口を?」


「せや。道が広うなっとる所に、大軍がお待ちかねや。このまま進んだら、道を出た瞬間に滅多打ちやで」


「少数しか展開できないこちらを、大軍で迎え撃つ策か……教本にも載らない程の基本だけれど、それだけに厳しいわね」


「……やはり基本には基本で抗するしかないかと」


「でしょうね。皆を集めなさい」



敵軍が出口で集結してこちらを待ち構えているのならば、このまま何の対応策も無しに進むのは愚の骨頂。

こちらもそれ相応の対策を練って挑まねばならない。しかも状況はこちらが圧倒的に不利。おまけに成都まではまだまだ遠い。初っ端から無駄な被害を出しては蜀との決戦どころの話ではない。華琳が望む戦いは、成都まで可能な限り無傷で辿り着く事。出発して早々、魏軍は難しい局面を乗り切る試練を課せられた。


………


……




「敵が隘路の出口に布陣している?」


「そう。こちらは隘路を出た少数しか動員できず、向こうは広場に展開して全軍が使える形よ。何か打開策はある?」


「地形を使った待ち伏せの、基本中の基本ですね」


「……敵将は?」


「将旗には馬と甘の文字……。恐らく馬超と甘寧でしょう。後は馬岱達数名の将が補佐に付いているようですね」



秋蘭の問いに稟が答え、聞かされた情報から明らかになる相手方の武将達。翠と蒲公英は騎馬部隊の扱いに長けた名将だ。甘寧もその身軽さと兵の運営術から騎馬部隊に匹敵する実力者である。双方共に突撃にも強い相手。突破するのは容易ではないだろう。だが、稟が偵察から得た情報はこれだけではなかった。



「それともう一つ。気になる情報があるのです」


「気になる情報? 何なの」


「はっ。実は隘路に布陣している敵陣に翻る馬の字が書かれた牙門旗ですが……全部で三つあるのです」


「何ですって?」



稟から聞かされた新たな情報を耳にした華琳は眉をひそめる。馬の字が書かれた牙門旗が全部で三つ存在している。この話を聞いた瞬間、胸の鼓動が高鳴るのが自分でも感じられる。そう。この先の敵陣内には馬騰、つまり翠蓮も来ているのだ。そして現時点では、翠蓮が生存している事実を知っているのは華琳だけなので、この情報に他の首脳陣達は困惑の表情を浮かべた。



「んん~? おい、秋蘭。涼州を平定した後、劉備の所に馬超と馬岱以外に馬家の者は流れ着いていたか?」


「いや。私はそんな話は聞いた事が無いぞ。そういう姉者はどうなんだ?」


「私も知らんな」


「……となれば、考えられる可能性は一つだけ」



周りが新たな情報を耳にしてあれやこれやと仮説を立てている中、華琳が両腕を組んで不敵な笑みを浮かべながら口を開き、首脳陣達の視線が彼女に集中した。今の華琳の姿を眼にし、春蘭や秋蘭はいつものように頭を抱えたくなる気分だ。なぜならいま彼女が見せている姿はいつもの悪い癖が出ているという事を理解しているからだ。桂花、稟、風の三軍師も今の華琳の姿を見て、馬の字が書かれた牙門旗がなぜ三つあるのか、確信は得ていないがおおよその見当がついた。



「敵陣に翻る馬の字が書かれた三つの牙門旗。三人目の馬家の人間の正体は……恐らく馬騰でしょうね」


「馬騰!? 華琳様! まさか馬騰が生きていると仰るのですか!?」


「そうよ、春蘭。秋蘭、涼州を攻略した後、馬騰は結局見つからなかったのよね?」


「はっ。城内、及び城外共にくまなく捜索しましたが見当たりませんでした」


「ふむ。ならば、やはり馬超達と共に益州まで逃亡し、そのまま劉備の所に流れ着いたと考えるのが自然でしょうね」


「で、ですが華琳様。馬騰は不治の病を患っていたのですよ。仮に劉備の所まで辿り着けたとしても、戦場に姿を見せるのは考えられないかと。私が使者として降伏の交渉に向かった時もかなり無理をしていた様子でしたし……」


「そうね。でも、この大陸にはどんな病も治せて、零治を死の淵から救った凄腕の医者が居たわよね?」



華琳の言葉に、魏の首脳陣達はハッとした表情で顔を上げた。華佗の事は今でも印象に残っている。何といっても本人が治せない病など無いと豪語し、かつて殆ど瀕死だった零治を鍼一本で救ってみせたのだ。確かに華佗ほどの腕前の医者ならば、不治の病すらも治せても何ら不思議とは思わない。



「で、では華琳様は、涼州を逃れた馬騰はあの華佗という医者に病を治してもらい、戦場に舞い戻って来たと仰るのですか!」


「ええ。あの華佗という名の医者は我が軍の軍医ではなく、各地を旅している放浪の医者。劉備の元に向かっている所に偶然居合わせ、馬騰の病を治療した。といった感じではないかしら」 



華佗が馬騰こと翠蓮の病を治療したのは紛れも無い事実。しかし、いま華琳が述べた内容は零治から聞かされた真実を元に彼女が作り上げたでっち上げだ。これは華琳なりの零治への気遣いだ。こうでも言っておかないと、察しの良い者ならば彼に疑惑の眼を向ける可能性は大いにあり得る。零治のおかげでこうして翠蓮との再戦の機会が巡って来たのだから台無しにされたくはない。何より今は蜀との決戦を控えた大事な戦の真っ最中。こんな時に自軍内で余計な騒ぎを起こしても良い事など何一つ無いのだから。



「まあ、これはあくまで私の推測。だけど可能性としてはあり得る。だから馬騰が居る事を想定して作戦を立てる必要があるわ。本当に彼女が居るのなら、馬騰の騎馬術は馬超や馬岱の比ではないわよ」


「兵を道の両脇に潜ませて、こちらからも奇襲をかけるというのはどうですか?」


「ふむ。流琉のそれはまず一案ね。桂花、山育ちで身の軽い者を選別して」


「了解です。凪達も偵察に残っていますから、彼女達も使います」


「後は……」


「…………」



全員が目の前の障害にどう対処するかあれやこれやと知恵を捻っている中、珍しく春蘭が両腕を汲んで眼を瞑りながら思考を巡らせていた。いや、思考を巡らせているのではない。単純に理解できないのだ。なぜ周りのメンツがこうも頭を悩ませているのかを。なぜなら、春蘭の中ではどう行動するべきかの答えが既に出ているのだから。その姿が気になった零治は彼女に声をかけた。



「どうした、春蘭。何か言いたそうだな」


「……皆、どうしてそんなに悩んでおるのだ?」


「……何が言いたいの?」


「何か妙案があるのですかー?」


「隙間が無ければ作ればよいではないか」


「な……! 貴方ね!」


「それが作れないから困っているのですよー」



春蘭が出していた結論がこれだ。道が無いのならば切り拓けばいい。実にシンプルな答えだ。

しかし口にするのは簡単だが実行するとなると決して容易ではない。状況はこちらが圧倒的に不利。狭い出口から少しずつ展開してくる部隊を率いて、出口の先で待ち受けている蜀と呉の同盟軍の大軍勢を相手にせねばならないのだ。どう考えても無茶である。だが、春蘭は魏の、そして華琳の勝利のためにその無茶も平気でやってのける人物であり、過去に何度もそうやって危機を乗り越えてきた。だからこそ、華琳もすぐに結論が出せたのだろう。



「……そうね。春蘭」


「はっ」


「出来る?」


「御意」


「おい。それだけかよ」


「華琳様が私を信じてお命じくださったのだ。それに、正面からのぶつかり合いでこの夏候元譲が負ける事などあるものか。……違うか?」


「…………はぁ~」



春蘭の自信満々の姿に桂花は頭を抱えながら大きく溜息を吐いた。これこそが良くも悪くも春蘭の強さなのだろう。敢えて無謀とも言える危険を冒して道を切り拓く。魏武の大剣の通り名はこういう面があるからこそ付いてきたのかもしれない。だが、軍師である桂花から言わせればこれは無茶でしかない。敵の策に乗り、真正面から突撃するなど愚の骨頂以外の何物でもないのだ。しかし華琳が春蘭に命じた以上はもうやるしかない。賽は投げられたのだ。



「そういう事よ。後続は春蘭が隙を作ったら、その間にすぐに展開、間断無く攻撃を開始なさい。とにかく、迅速さが勝負よ」


「はっ!」


………


……



「敵軍が停止しただって?」


「はい。どうやら陣形を組み替えているようですが……どうしますか?」



場所は変わってこちらは隘路に大軍勢で布陣している蜀と呉の同盟軍の陣内。偵察に出ているのは何も華琳達魏軍だけではない。こっちも当然ながら相手の出方を窺うべく偵察は出している。

そしてその偵察に出向いていたのは呉の周泰だ。彼女ほどの実力ならば相手の様子を探るなど造作も無い事。周泰の報告を聞くなり、翠蓮と甘寧は眉をひそめていたが、どうするかは考えるまでも無かった。



「待機だ」


「ああ。待機だな」


「えっ? 母様、突撃しないのか?」


「馬鹿。あたしらの騎馬隊があんな狭い道に突っ込んでもしょうがないだろうが」


「そうですねぇ。翠蓮さん達の騎馬隊は、狭い道には不向きですもんね」



と、こちらの軍師として控えている呉の陸遜も翠蓮の意見に同意した。騎馬隊の突撃力は歩兵だけで編成された部隊の比ではない。しかしそれは障害物の無い開けた場所ならばの話だ。いま華琳達が控えている場所は狭い山道。おまけに周囲には草木が生い茂っていて視界も悪い。そんな場所に突撃しても騎馬隊ならではの機動力が活かしきれないし、正面からの攻撃ならいざ知らず、物陰から側面に対して攻撃を受ければただでは済まない。寧ろ背丈が高くなる分、弓兵の的になりやすいのだ。特に秋蘭や亜弥のように射撃戦に特化した人物ならば遠距離から狙撃するのも造作も無いだろう。だからこそ、今は堪えてジッと待つべきなのだ。



「そういう事だ。突撃戦で負ける気は無いが、狭い場所だと後の離脱とか色々と面倒なんだよ。どっちかといえば、こういう場所は甘寧や周泰の得意分野だろ?」


「ええ。それに、相手も必要以上にこちらを警戒していたので、一兵の兵を動かさずとも自ら疲弊してくれていましたよ」


「登り詰めたら登り詰めたで、落ちないようにするのが大変だからねぇ。落ちる所が無いと楽だって教えてやりたいね」


「……それは、我が主への皮肉ですか?」


「おいおい。そんな怖い顔するなよ。今のは自分に対して言ったのさ」


「……そうですか」


「桃香じゃないが、同じ曹操と戦う者同士、ピリピリせず協力していこうじゃないか」


「……母様、ちょっといいか」


「ん? 何だよ、翠」


「ここじゃちょっと。……出来れば人に聞かれたくないんだ」


「はいはい。……陸遜。悪いけどちょっと席を外すよ」


「は~い」


「たんぽぽ。お前も来い」


「あっ、はーい」



翠は翠蓮だけでなく蒲公英まで呼びつける。人に聞かれたくない時点で個人的な話なのだという事は分かるが、蒲公英まで話に加わらせるとなるとその内容もかなり限定されてくるだろう。蜀では既に知っている人物が数人居るが、ここには呉の関係者も居る。蜀の関係者は翠蓮、翠、蒲公英の三人以外には居ない。となると、翠の話とは零治に関する事になるのだろう。それならば事情を知らない呉の関係者に聞かれるのはよろしくないだろう。場合によっては、魏との内通の疑惑を持たれ、折角成立した同盟関係も破棄される可能性すら考えられるのだから。



「この辺なら大丈夫かな」


「翠。あんまきょろきょろするなよ。呉の連中に変な疑惑を持たれるだろ。で? 話って何だよ?」


「決まってるだろ。音無の事だよ」


「…………」


「このまま戦えば、母様は音無との約束を反故にする事になるんだぞ。それでもいいのかよ」


「翠。勘違いするな。あたしは零治との約束を反故にするつもりはない。まあ、ここまで追い詰められちゃあ、今更約束もへったくれもないけどな」


「だったらどうして……」


「決まってるだろ。西涼を取り戻すためさ。零治との約束を反故にするつもりはないが、だからって西涼をこのまま曹操に奪われたままでいるつもりも無い」


「それは分かるけど……でもそれをやったら」


「翠。零治はあたしに桃香の事を王として教育してくれと確かに頼んだ。だけど西涼を奪い返すなとは一言も言ってなかっただろ?」


「……おば様。確かにあの時、音無さんはそんな事一言も言ってなかったけどさぁ」


「何だよ蒲公英。言いたい事があるんならはっきり言わないか」


「それってただの屁理屈じゃないの?」


「やかましい。屁理屈だろうが何だろうがあたしはやるよ。それとも、お前達二人は西涼を曹操に奪われたままでもいいって言うのか?」


「そ、それは……」



良いはずがなかった。あの地は翠蓮だけでなく、翠と蒲公英にとっても生まれ故郷。沢山の思い出がある場所だ。故郷を奪われたままでいいはずがない。一度は魏軍に敗れて城を追われた身だが、零治の手引きのおかげもあって母である翠蓮と共に逃げ延びる事が出来た。それだけじゃなく、翠蓮の病も零治のおかげで完治し、今では昔のように戦場を共に駆け抜ける事も出来ている。だがどうせなら今のままではなく、西涼をもう一度この手に取り戻し、一からやり直したい。そういう想いは確かに翠と蒲公英の中にもあるのだ。



「それは……いいわけないじゃないか」


「うん。たんぽぽも西涼を取り戻したいって思ってるよ……」


「ならやるべき事は分かるな。それに零治はあの時こう言ったはずだろ。『次に戦場であった時、オレは容赦はしない』とな」



確かに零治は翠蓮を助け、益州までの逃亡の手引きをした別れ際にそう言った。真名を預けた中とはいえ、互いは完全なる敵同士なのだ。戦場に私情を持ち込めば待っているのは己の破滅、死あるのみだ。

零治は翠と蒲公英にそうならないよう忠告を残した。それと同時にこれは二度は助けないという意思表示。予め宣戦布告をしたのだ。ならばどうするべきか。取るべき道は一つだけだ。

翠と蒲公英も一廉の武人。武人として生きる以上、いつ死んでもおかしくはない。だからその覚悟はある。だが、志半ばにてその命を散らすのは本意ではない。生き残るために戦う。戦って戦ってこの乱世の世を生き抜かねばならないのだ。



「赤壁で零治とお前達の闘いぶりを見たが……あいつはまだ全力を出し切ってはいないはずだ」


「ああ。あたしもそれは同感だよ。少なくとも、黒狼との闘いを除けばあれが音無の本気とは到底思えない」


「そうだ。この戦が魏、あたしら蜀と呉の最終決戦になる。となれば奴も恐らく本気で来るはず。翠、蒲公英。これ以上は言わなくても分かるな……」


「……分かってる。あたしも武人としての覚悟を決めて戦うよ。こんな所で死にたくはないからな」


「うん。たんぽぽもやるよ。生き残るために戦う!」


「ふふ。二人とも良い面構えになったね。それだけの覚悟があるんならあたしはこれ以上は何も言わない。ほら。さっさと戻るよ。いつ魏の連中が動くか分からないからね」



こちらにはもう後が無い。この場で最終決戦が行われるわけではないが、この戦が双方にとって最後の戦いとなるのは間違いない。そのため魏も全兵力を投入して事に当たるから今までのようにはいかない。ならばこちらも死に物狂いで戦わねば確実に命を落とす事になるだろう。向こうは手加減などしてくれはしないのだ。翠と蒲公英は零治と交わした約束が気がかりだが、ここまで追い詰められているのにそれをいつまでも気にしていては命がいくつあっても足りやしない。二人も武人としての覚悟を決めたようなので、翠蓮は満足げに頷き、翠と蒲公英を引きつれて元の配置へと戻って行った。


………


……



「いやぁ、すまんすまん。陸遜、待たせちまったね」


「いいえ。お気になさらず。まだ魏も動きは見せていませんので」


「そうか。……さて、曹操。この状況、お前はどうやって覆す」



まだ姿を見せぬ魏軍が身を潜めているであろう森に視線を向けながら翠蓮は不敵な笑みを浮かべ、独りごつ。涼州での戦は全指揮を翠に任せていたので彼女にとって、華琳率いる魏軍との戦いはこれが初となる。

状況はこちらが圧倒的に有利だろうが、翠蓮はその事で油断するほど愚かではない。彼女だけに限らず、他の者達も決して気は抜かない。初めから敗けるつもりなど無いが、兵力差では向こうが圧倒的に勝っているし、零治を筆頭に魏の御遣いも全員揃っているのだ。もしも零治達が先陣を切ってこの場に姿を見せたら蜀と呉の連合軍のこの作戦も巧くいく保証は無い。全ては向こうの出方次第で決まるのだ。

翠蓮はいつでも動けるように愛馬の手綱を強く握り締め、一定の緊張感を保つ。辺りがしんと静まり返り、荒野の乾いた風が吹き付ける中、ついに事態が動き出した。



「おば様! 曹操の軍勢が突撃してきたって!」


「……え? この大本営にですか!?」



蒲公英から聞かされた情報に周泰の表情は信じられないと語っていた。こちらは隘路の前に全兵力を上げて布陣している。対して魏軍が現れるであろう山道の出入り口はとても狭く、少数しか部隊を展開できない。つまり下手に姿を見せれば袋叩きにされて痛手を負わされてしまう。普通ならばそんな無茶な真似はしない。しかし、この情報が事実であると物語るように前線からは大量の砂塵が既に舞い上がり始めている。

相手が常識外れな行動に出ていようが、早く手を打たねば折角の作戦も台無しだ。甘寧が声を張り上げ相手の将を確認する。



「旗はっ!?」


「夏候! 魏武の猪が来たみたい!」


「ほぉ~。魏の暴れん坊が出てきたか。ならこの無茶な出方も納得だ。面白い……。総員、迎撃態勢を取れ! 相手の一撃、何としてでも受け止めるぞ! 夏候惇はこのあたしが直々に相手をしてやる!」


「えっ!? 母様! それはいくらなんでも無茶だよ!」


「やかましい! 他に奴と正面切って戦える奴なんか居ねぇだろ! 行くぞお前らぁ! しっかりついてきなぁ!」



強者を前にして武人としての血が騒ぎだし、完全にスイッチが入ってしまった翠蓮は翠の制止にも耳を貸さず、愛馬の腹を蹴る。腹を蹴られた馬は首を持ち上げて棒立ちになり、いななき声を上げながら空中で前足を動かして掻くような動作をし、猛然とダッシュをしてその場を走り去って行き、翠蓮の部下達もその後に続いて行った。



「あっ! ちょっとおば様っ!?」


「追いかけるぞたんぽぽ! 母様一人に無茶をさせる訳にはいかない!」


「う、うんっ!」



翠蓮の強さは翠も蒲公英も身に染みて理解している。不治の病が完治して戦場に復帰してからも、ブランクを感じさせないほどの強さを今でも誇っている。だが今回の相手はそこいらの武将とは質が違う。魏武の大剣と謳われる夏候元譲こと春蘭だ。かつて西涼での戦でも、こちらが有利だったはずなのに魏軍が張り巡らせていた策により状況は引っくり返され、春蘭と霞に完膚無きにまで叩きのめされているのだ。またあの時と同じような事になるのではないかという不吉な予感を翠と蒲公英は感じ、二人も馬を走らせて翠蓮の後を急いで追いかけた。


………


……



「敵軍突出ーっ!」


「ふんっ。蜀の精兵といえどたかがこの程度か!」



自分達の出現を目の当たりにし、最前線に展開している蜀軍の部隊の一部の兵に動揺が走り、慌てふためいているその様を見た春蘭は鼻で笑い、余裕の笑みを浮かべる。確かに向こうも兵達の鍛錬は欠かさず行っていた事だろう。だがそれはこちらも同じ。いや、練度に関してはこちらが上だとさえ自負している。それをこの一戦で証明し、蜀と呉の連合軍の出鼻をくじく。ここからが春蘭の手腕の見せ所となる。



「春蘭様! 味方の後続が展開を始めました!」


「良い動きだな。季衣、我が隊の状況はどうだ」


「すぐにでも行けますよ! どうします?」


「華琳様の指示が来るだろう。それまで、敵陣を押し込むぞ! もう少々展開できる程度の隙間は作らせてもらおう!」


「総員、突撃用意!」



味方の後続部隊も展開を開始しているが、まだ不充分だ。ここまで来たからには徹底的に敵部隊を押し返し、少しでも多くの味方部隊が展開できるように隙間を広げるのが上策であり、先陣を切った春蘭達の役目なのだ。何より相手側はこちらの突出を予測していなかったため動揺してまだ迎撃態勢に移行していない。この好機を逃す手は無かった。魏軍の中核である春蘭率いる精鋭部隊は蜀の軍勢に向かって雄叫びを上げながら一斉に突撃を開始する。

慌てふためく蜀の兵達も部隊長の叱咤のおかげもあってすぐに冷静さを取り戻し、隊列を立て直して魏の軍勢を迎え撃つべく迎撃態勢に移行して双方の軍勢が大激突。辺りに響き渡るは無数の剣戟。兵達の雄叫びと断末魔。これぞ戦場という舞台でのみ奏でられる不協和音。春蘭率いる突撃部隊が蜀の前線部隊と激突していたその時、突如として互いの兵達がぶつかり合う最前線内で多数の断末魔が聞こえてきたのだ。その断末魔の持ち主である兵は魏の所属。つまり、春蘭と季衣の部隊内からである。



「ぐわぁ!」


「ぎゃあっ!?」


「っ! 夏候惇将軍! 前方から我が軍に突撃してくる騎馬隊が!」


「何っ!?」



まだこちらとは接敵してはいないため相手の正体は不明だが、副官が指差す先では味方部隊の兵達が突撃を仕掛けてきた騎馬隊の猛攻を受け、次々とその命を戦場に散らしていく。春蘭はまず敵の正体を知るために前方に眼を凝らした。初めはよく見えなかったが、舞い上がる砂塵の中に翻る牙門旗を一つ見つけた。旗に記されている字は『馬』である。



「馬の牙門旗が一つ……まさか馬騰かっ!」


「見つけたぞ! 夏候惇ーーっ!」



魏と蜀の兵達がぶつかり合う最前線から愛馬を乗りこなし、雄叫びを上げながら一人突出してきたのは翠蓮である。彼女は一方には翠の銀閃の穂先が、もう一方には蒲公英の影閃の穂先が取り付けられた薙刀のような愛槍、双刃閃を宙に掲げて右手でグルグルと激しく回転させながら馬の速度を上げ春蘭に迫り来た。



「馬騰! 本当に生きていたとはっ!」


「春蘭様!」


「季衣! 馬騰の相手は私がする! お前は兵を率いて引き続き敵部隊を押し返してやれっ!」


「分かりましたっ! 春蘭様! お気を付けて!」


「うむ! お前もなっ!」



今この場に居るメンバーの中で翠蓮と正面からまともにぶつかり合えるのは春蘭くらいだろう。力勝負なら季衣も引けは取らないかもしれないだろうが、相手は騎馬術に長けた翠蓮だ。となると小回りの利かない大型の得物を扱う季衣では不利でしかない。何より向こうは自分をご指名なのだ。ならば相手の要望に応じてやるのも武人というもの。翠蓮が本当に生きている事実を知った事には驚いたがそれだけだ。やる事は変わらないし、この程度の事で怯んでいては魏武の大剣の名が泣く。春蘭も愛刀の七星餓狼を振り上げながら馬の腹を蹴り、一気に走らせて翠蓮に向かって一直線に突撃をした。



「馬騰ーーっ!」



春蘭と翠蓮、双方は互いの軍勢の兵が入り乱れる荒野の中を一直線に駆け抜けていく。二人とも揃って周囲の兵士達には眼もくれず、馬を最高速度で走らせて距離が充分に縮まり己の間合いに相手を捉え、春蘭と翠蓮の二人は同時に各々が持つ得物を振るい、一閃を放った。



「くっ!」


「ぬぅっ!」



春蘭と翠蓮の放った一撃は互いの得物の中心点を捉え、ガツンと鈍い金属音を打ち鳴らして火花を散らし、双方はそのまま力による押し合い、競り合いへと持ち込んだ。魏の中でもトップクラスの力を誇る春蘭は力比べで負けるつもりなど無いが、驚くべき事に翠蓮も彼女に引けを取らない程の力を持っていた。

一時期は不治の病を患い戦場を退いた身。将として戦場に復帰してそれ程まだ時間は経っていないのにブランクなど一切感じさせない様子で春蘭に肉薄し、不敵の笑みを浮かべていた。



「ふっ。流石は魏の暴れん坊。大した力の持ち主じゃないか」


「そういう貴様もな、馬騰。しかし、まさか本当に生きていたとはな……」


「生憎だったね。あたしはそう簡単にくたばるような玉じゃないんだよ」


「……その様子だと、患っていた病も完治していると見て間違いないようだな」


「ああ。お前らが涼州に攻め入った時に色々とあってね。今じゃこうして完全復活って訳さ」



翠蓮のその言葉に嘘偽りは無い。現にこうして春蘭に肉薄して一歩も退こうとしていない。いや、それどころか逆に春蘭が少しずつではあるが押されているのだ。しかし、彼女にも華琳から受けた命を全うしようとする意志、武人としての誇りと意地を懸けて何とか踏みとどまってはいるがそれもいつまで保つかは分からない。互いの得物がギリギリと擦れ合いながら火花を散らし、春蘭は馬上から落ちまいと何とか踏ん張って見せる。



(くっ! この力、完全復活という言葉もあながち嘘ではなさそうだな。このまま押し返されては折角開けた隙間を塞がれてしまう。何としても踏み止まらねばっ!)


「母様っ!」


「おおっ! 翠! 蒲公英! 良い所に来たな!」


「ちぃっ! 馬超と馬岱まで来たか!」



ただでさえ押され気味の状況だというのに、ここに来てタイミングの悪い事に翠と蒲公英までもが合流してきたのだ。春蘭の実力なら翠と蒲公英の二人ならまだ何とかなるかもしれないだろうが、翠蓮も加えた三人同時となると流石の彼女でも厳しい。だがこの難局を乗り越えねば魏軍は先へ進めないのだ。ならばどうするべきか。やる事は一つしかない。



「翠! 蒲公英! お前らも手伝え! ここで夏候惇を討てば流れは一気にこっちに傾くぞ!」


「分かった! 覚悟しろよ、夏候惇っ!」


「西涼での借り、返させてもらうからねっ!」


「ふんっ! やれるものならやってみるがいい。この頸、貴様ら如きに獲らせんぞ!」



口ではこう言っているが、春蘭本人もこの状況を切り抜けるのは厳しいと認識している。決して馬上での戦いに不慣れな訳ではないのだが、馬の扱い方に関してはどう考えても翠蓮達の方が技量は上だ。その点は認めざるを得ない。それでも一対一ならまだ何とかなるかもしれないが、三対一となれば話は別だ。流れを向こうに持って行かせないためにも翠と蒲公英の最初の一撃を凌げるかどうかが勝敗の分かれ目となる。

翠蓮の後方から馬を飛ばして迫り来る翠と蒲公英は左右に展開し、そのまま春蘭の側面に向かって突撃を繰り出す。春蘭の動きは翠蓮が封じている。攻めるなら側面からというのは間違いではない。だが彼女としては好都合。これなら凌ぐのは容易いのだ。



「ふんっ。そのような単調な攻め方でこの私を倒せるなどと思うなよ。……はあっ!」


「うおっ!?」



この状況を打破するべく、春蘭はまず剣を持つ右腕に力を入れて競り合いをしている翠蓮を一気に後ろへ押し返して体勢を整える。次に左右から迫り来る翠と蒲公英に視線を移した。二人の突撃速度は全く同じ。左右から同時に攻撃をしようという魂胆なのだろうが、春蘭もここでみすみす討たれるつもりなどありはしない。彼女は左手で馬の手綱を握り締めながら右手に持つ剣を左に大きく振りかぶった。



「でやああああっ!」


「なっ!?」


「きゃあっ!」



春蘭は裂帛の気合と共に剣を一気に右に振り抜き、翠と蒲公英の持つ槍の穂先に見事当ててみせ、その衝撃で二人は怯みながら後ろに押し返されて出鼻を挫かれた。この隙きに春蘭は素早く馬を反転させて距離を取り体勢を立て直そうとするが、翠蓮達もそう安々といいようにはさせない。彼女は翠と蒲公英を引き連れて三人同時に馬を走らせ、春蘭に向かって突撃を繰り出した。



「今のはちょっと驚いたが、あの程度でこのあたしらを押し返せると思うなよっ! 翠! 蒲公英! 今度はしくじるなよっ!」


「分かってる!」


「たんぽぽに任せといて!」



翠蓮達は始めは三人揃って正面から突撃をしていたが、翠と蒲公英がまたもや左右に散開し、それぞれ三方から突撃を繰り出す。が、よく見ると三人共巧みに馬をコントロールして速度の微調整を行い、春蘭と接触するタイミングをずらしているのだ。今度は同時にではなく波状攻撃をするつもりなのだろう。



「夏侯惇! 覚悟ーーっ!」


「ふんっ! 甘いわっ!」



まず最初に右手から蒲公英がすれ違いざまに影閃を水平に振り抜いて春蘭に一撃を浴びせたが、武人としての実力差が大きいため、それを受ける彼女は剣の刃を寝かせて難なく受け流すが、蒲公英はそのまま横を素通りしていったので反撃をするには至らなかった。そしてその矢先に今度は左側から翠が迫り来たのだ。



「今ので終わりだと思うなよ夏侯惇っ!」


「くぅっ!」



翠も蒲公英と同じようにすれ違いざまに銀閃を振り抜いて春蘭に一撃を浴びせ反撃を受けないようにそのまま素通りしていった。春蘭は翠の一撃も剣を振り上げて軌道を逸し、凌ぎはするがその一撃は蒲公英のよりも重い。錦馬超と呼ばれているその実力は伊達ではないという事だ。その時のよろめきから生まれた僅かな隙きを突くかの如く、続けざまに翠蓮が正面から迫り来る。



「どうした夏侯惇! ふらついてるぞぉ!」


「ぐっ!」



正面から迫り来た翠蓮も双刃閃を水平に振り抜き、前後に付いた二つの穂先を利用して二連続の斬撃を続けざまに浴びせてくるが、春蘭は何とかそれも剣の刃を寝かせて凌いでみせるもやはり反撃ができない。

しかも馬上では地面の上と違って安定性も悪い。重い一撃を浴びせられそれを凌ぐだけでもかなりの衝撃が全身を駆け巡り、バランスを崩しそうになってしまうしスタミナの消費も大きい。おまけに翠蓮達は充分な距離を取って馬を反転させ、先程と同じ戦法で突撃を仕掛けてきたのだこのままではジリ貧になってこちらが保たないだろう。



「ちぃっ! 忌々しいが効率的な戦法だな。やはり馬術の戦い方は向こうが上か……っ!」


「今更言っても遅いよ! 夏侯惇! これで終わりにさせてもらうよっ!」


「そうはさせない! でええええいっ!」


「なっ! きゃあっ!?」



春蘭の左側から先程と同じように突撃を仕掛けて迫り来ていた蒲公英の目の前に突如として飛来してきた巨大な鉄球。馬を急停止させたので直撃こそしなかったが、鉄球は地面に叩き付けられて轟音を響かせて砂を巻き上げ、その衝撃で蒲公英が乗っている馬は驚いて首を持ち上げて棒立ちになっていな鳴き声を上げた。



「春蘭様! 大丈夫ですかっ!」


「おおっ! 季衣か! すまんな。おかげで助かったぞ」


「ちっ! 許褚まで来やがったか……」


「翠。うろたえるな。確かにあの鉄球は厄介だが、当たらなければ問題無いんだ。お前らぁ! もう一度行くぞっ!」


「はいっ!」


「うんっ!」



予想外のイレギュラーが発生したが、翠蓮達のやる事に変更はない。何より季衣の扱う岩打武反魔は威力こそ折り紙付きだが、その大きさ故にどうしても動きが遅くなりがちなのだ。当たれば致命傷だが馬術に長けたこちらにはそれ以上に勝る機動力がある。これを活かした戦法を活用し続ければ問題にはならない。

それどころか翠蓮達から言わせればこれはまたとないチャンス。ここで二人を討てば魏に対して大きな痛手を追わせる事が出来るだろう。三人は体勢を立て直し、もう一度三方から突撃を繰り出した。



「季衣! お前は下がっていろ! 馬術に長けた馬騰達が相手ではお前の大振りの攻撃を当てるのは無理だっ!」


「大丈夫です! ボクだって何も考えずに春蘭様の援護に来た訳じゃないんですよ!」


「何?」



どうも季衣には妙案があるらしく、余裕の笑みを浮かべながら三方から迫り来る翠蓮達を見据えていた。

いつでも応戦できるよう構えこそしているが、全く動こうとしないのだ。三方から迫りくる一番手の蒲公英との距離が徐々に縮まっていく。季衣の得物のけん玉の鉄球は鎖で繋がれているためリーチもそこそこある。だから当てるのは無理でも相手の動きを妨害するための牽制ぐらいは充分にできるのにそれすらしようとしない。もしかしたら三方から敵が迫ってきているのでどう動くか悩んでいるという事も考えられなくはないが、実はそうではない。季衣は動こうとしないのではない。待っているのだ。自分なりに考えた、この状況を打破するための協力者を。そして、蒲公英が接触してこようとしたその時、その人物は来た。



「えっ? って! きゃあっ!」


「うおっ!」


「なっ!?」



突如として蒲公英に向かって水平に高速回転する棒状の物体が飛来し、円の軌道を描きながら蒲公英、翠蓮、翠と順に襲いかかり、高速回転するそれはブーメランのように投げつけた人物が居ると思われる後方へと戻っていく。それを投げた人物は右手を前方にかざし、完璧なタイミングでキャッチして右腕を振り抜き、右手でクルクルと数回回転させてブンっと振り抜いて前方の翠蓮達に無言の殺意ある視線を向けた。



「…………」


「……っ!? 母様、あの影って」


「ああ。どうやらお出ましのようだね」


「音無さん……」



距離はあるが風でなびいている赤い頭髪、黒のロングコートに全身黒ずくめの特徴的なその姿を見間違えるはずなどない。翠蓮達に飛来してきた棒状の物体の正体は零治の愛刀である叢雲。そしてそれを投げつけブーメランのように飛ばすなんて芸当は零治以外に出来るはずがないのだ。



「ほほぉ。あいつもあたしらに馬術で闘いを挑むつもりか……」


「……んん? なあ、母様。あの影……馬にしちゃ変じゃないか?」


「うん。たんぽぽもそう思う。随分毛が風でなびいてるけど……あんなに毛深い種の馬なんて居るのかな?」



零治の姿は辛うじて認識できるが、彼がまたがっていると思われる馬のシルエット。だがその影に翠蓮達は違和感を感じられずにはいられなかった。馬にはたてがみがあるので頭部周辺の毛が風でなびくのはまだ分かる。だが零治が乗っている馬は頭部周辺どころか全身の体毛が風でなびいているのだ。そんな種の馬が存在しているなんて話は翠蓮達は聞いた事が無い。それもそのはず、零治がまたがっているのは馬ではない。馬なんかよりも獰猛で恐ろしい生き物に彼はいま乗っているのだ。



「まさかこんな形でお前と一緒に戦場に立つとはな」


「うふふ。零治さん、わたくしの背中の乗り心地はいかかでしょうか?」


「ああ。姉さんの言ってた通り、確かに快適だ。馬なんかよりもずっと良いぜ」


「それは良うございましたわ。でしたら次は、夜のわたくしを乗りこなしてみますか?」


「……おい」


「それともわたくしが貴方様に乗ってあげましょうか? ベッドの上で」


「お前はこんな時になに言ってんだ。全然笑えんぞ」


「やれやれ。零治さんは堅物ですわね」


「おふざけはここまでだ。樺憐、オレ達も行くぞ」


「承知しましたわ。スキルが使えないなどの制限はかかりますが、この状態でもファングは装備できますので、わたくしはこの姿のまま闘うといたしましょう」


「ああ。ここで劉備軍に眼にものを見せてやるぞ」


「はい。なら……行きますわよっ!」



樺憐が地面を蹴ってダッシュしたので零治は慣性の法則で振り落とされないように出来るだけ姿勢を低くし、左手で樺憐の身体を掴んで踏ん張る。今の樺憐は狼の姿をしているが馬のように手綱や鐙とかそういった装備品があるわけではない。だから振り落とされないためには彼女の身体にしがみ付く以外に方法が無いので、この辺の制限のおかげで今まで乗ってきた馬と勝手が違うし、あまり力を入れては樺憐の体毛をむしり取ってしまう事にもなりかねない。だがそれでも普通の馬を使うよりこっちの方が零治は遥かに楽に思える。これほど頼りになるパートナーは存在しないだろうし、相手に恐怖心を与えるのにもうってつけだ。

距離が縮まり、巨大な狼にまたがった零治の姿を見るなり、劉備軍内の兵士達にはさっそく動揺が走り始め、隊列も乱れだしてしまった。



「ひっ!? うわああああっ! 音無だぁ! 音無が来たぞーーっ!」


「それに何だよあれ!? 馬かと思ったら巨大な狼に乗ってるじゃないか!」


「冗談じゃない! 俺は逃げるぞ! こんな所で殺されるのはご免だーーっ!」


「おい逃げるな! 我々には後が無いんだぞっ! 弓兵隊、前へ! 音無にありったけの矢を射かけるのだぁ!」


「「「はっ!」」」



まだ完全に零治と接敵していない今しか攻撃を出来るチャンスは無い。接近戦では勝ち目は無いが射撃戦に持ち込めたらまだ可能性はある。それに今の零治は馬並みの巨体をした狼に姿を変えてる樺憐に乗ってるおかげで的が大きくなってるのだ。弓兵から見ればこれほど格好の標的は居ない。例え零治を仕留めるまでには至らなくても、ありったけの矢を浴びせれば足止めぐらいは出来るはず。部隊長に指示された弓兵達は己にそう言い聞かせて矢を番えた弓の弦を引き絞り、素早く零治に狙いを定めて弦から指を離して矢を放った。だが対する零治もこれぐらいの事は予測済みだし、単純だが対応策も考えてある。それを実行するべく彼はBDの力を発動し、右眼は深紅と黒のツートンカラーに変色した。



「樺憐! 構うな! このまま突っ込め!」


「お任せを! 零治さん、速度を上げますので振り落とされないように注意してくだいよっ!」


「分かってるっ! BD!」


『何だ?』


血ノ剣ブラッド・ソードだが、掌から生やすんじゃなく、一振りの剣として創ることは可能か!」


『初めて力を使った時に説明しただろ? 血ノ剣はお前の身体の一部なんだ。お前が望む形をイメージすれば剣は必ずそれに応えてくれる。自分の力を信じろよ』


「それだけ分かれば充分だっ!」



零治は右手に持つ叢雲をポイっと左手に向かって放り投げてキャッチし、樺憐の背中から振り落とされないように両脚に力を入れて彼女の身体にしがみつきながら右手を開いて眼を瞑り、意識を集中した。

望む形をイメージすれば良いとBDは説明していたが、剣にも様々な形状やサイズをした物があり多種多様だ。この状況下で大振りの剣など創っても邪魔にしかならない。今の零治が望む物は、素早く振り回せて小回りが利く重すぎず軽すぎずとバランスの取れた剣。本人にとっては叢雲と同じような日本刀が理想なはずなのに、なぜか頭に真っ先に浮かんだのは全く別物だった。その浮かび上がった剣のイメージはすぐに鮮明になり、それを体現するかのように右掌から剣の柄が肉を突き破って飛び出したのだ。



「…………」



零治は無言でチラリと右手に視線を向ければ、自分の血をボタボタと滴らせながら深紅のカラーリングの剣の柄が飛び出していた。形状から見て西洋風の剣だと思われる。鍔の形状はアルファベットのHのような形で、刀首はひし形になっていてオリジナルには鍔の中央と刀首にエメラルドを思わせるひし形をしたグリーンの石の装飾品が施されていたが流石にそこまでは再現されておらず何も無かった。まあ、ともかく必要な物は出来上がったのだ。後は使うのみ。零治は右手を開いたまま眼線の高さまで宙に掲げると、掌の中に収まっている剣の柄がバネ仕掛けが働いたかのように空中に飛び出してクルクルと回転しながら落下し、彼は叢雲を右手に持ち替え、左手を目の前でブンっと左に振り抜き、落ちてきた全体が深紅のカラーリングをした剣をキャッチしてみせた。



『おい、相棒。何でその剣を創った……』


「分からねぇよ。真っ先に浮かんだのがコイツだったからな」


『ったく。よりによって魔王剣ディスキャリバーの紛い物とはな……』


「フッ。ならコイツは、さしずめ偽・魔王剣フェイクディスキャリバーと言ったところか」


『そいつの呼称なんざどうでもいいんだよ。言っとくが再現できてるのは見た目だけだ。過剰な期待はすんなよ……』


「さっきからやけに不機嫌そうだが、お前はよっぽどコイツが嫌いらしいな」


『嫌いなんてもんじゃねぇ。そいつの存在が許せねぇのさ……』


「なるほど。その話は気になるが、今は後回しだ。まずは……こいつらを黙らせねぇとなぁ!」



偽・魔王剣を手にし、二刀流に切り替えた零治は両手に持つ剣を目の前で振り回し、放物線を描きながら降り注いでくる矢の雨を全て叩き落とす。その矢の雨を突っ切ってる樺憐も身体を左右にずらしたり、首を振ったりして巧みに躱してみせ、自分達に矢を射かけてくる弓兵部隊との距離をどんどん詰めていった。



「零治さん! しっかり掴まっていてくださいな! 連中に一発お見舞いしてあげますわっ!」


「ああっ! 遠慮なくやってやりな!」


「うおおおおおんっ!」



樺憐は気高い孤狼を彷彿とさせる雄々しい遠吠えをしながら弓兵部隊との距離を一気に詰めるために更に加速し、とうとうその速度に弓兵の放つ矢は彼女を全く捉える事ができなくなってしまった。それは即ち詰み。打つ手無しという事なのだ。それでも諦めまいと弓兵達は懸命に矢を撃ち続けるが、その全てが当たるどころかかすりもしない。そして遂に、零治と樺憐に接敵を許してしまい、樺憐は眼前に立ちはだかる弓兵部体に一撃くれてやるために、零治を背に乗せているにも関わらずその巨体を駆使して棹立ちになり、右前足を大きく振り上げたのだ。



「グアアアアアっ!」



喋ると正体が露見するからそれを避けての事なのだろうか。樺憐は腹の底に響くような咆哮を上げ、その口から覗く無数の鋭い牙を覗かせながら振り上げていた右足に全体重をかけ、目の前に展開している弓兵部隊を叩き潰すように一気に振り下ろした。



「ぎゃああああっ!」



樺憐が振り下ろした右前足は一人の弓兵を捉え、当然その者は今の姿の彼女の体重に耐えきれるはずもなく、全身の骨がボキボキと嫌な音を立てながら折れて踏み潰されてしまい、身体中から血を吹き出して絶命した。

更に樺憐が放った今の一撃の衝撃は地中にも伝わり、いま踏み潰した兵士の位置を中心点に周囲の地面がひび割れて衝撃波が吹き上げ、多くの兵達を吹っ飛ばした。そこから追い打ちをかけるように樺憐は続けざまに左前足を振り上げて一歩前に踏み出しながら振り下ろし、一人の兵士を踏み潰してはその周囲の地面を衝撃で破壊して周りに居た弓兵達を吹っ飛ばす。あっという間の出来事だ。たったの二撃で蜀の弓兵隊は壊滅的な打撃を受け、生き残ったのは僅か数名。実に鮮やかな手際だ。



「樺憐! もう充分だ! 翠蓮達の所に向かえっ! 赤壁以来の挨拶と行こうじゃないか!」


「承知しましたわ!」



この状況でいま一番の障害になっているのは間違いなく翠蓮、翠、蒲公英の三人だ。加えて彼女達が率いている騎馬部隊も厄介である。指揮官が翠と蒲公英の二人だけならまだ春蘭だけでもどうにかなるかもしれない。だが翠蓮まで居るとなれば話は別だ。現に彼女は翠蓮達の連携攻撃に押され気味だったのだ。ここで春蘭が倒れてしまっては彼女の決死の突撃が無駄になってしまう。しかしそうはさせない。そのために零治は来たのだ。とはいっても彼も馬術で翠蓮達に敵うとは思っていない。だからこそ樺憐を連れてきたのだ。

この世界の馬にも勝る最強の狼を。勝つために手段は選ばないし、向こうも春蘭を複数で寄ってたかって攻撃していたのだ。卑怯などとは言わせない。今こそこの戦局の流れを確実に魏へと持っていくため、樺憐は零治の指示に従い雄々しい遠吠えをしながら荒野を駆け抜け、彼女の背に乗っている零治も叢雲と偽・魔王剣を振りかぶりながら狙いを翠蓮に定め一直線に突撃をした。



「なっ!? お姉さま! 音無さんが乗ってるあれって……っ!」


「間違いない。定軍山で見た狼だ!」


「へぇ~。零治の奴、あんな狼を飼ってたのかい。狙いはあたしか……面白い。勝負だぁ!」


「なっ! 母様っ!?」



武人としての血が騒ぎ、ボルテージが最高潮に達してしまった翠蓮は春蘭から零治へと狙いを切り替え、愛馬の腹を蹴って同じく突撃を繰り出した。もちろん彼女の頭の中に危険の二文字などあるはずがない。

なんやかんやで翠蓮も赤壁での零治と星、翠、蒲公英との闘いぶりを見ていていつか勝負をしてみたいという願望を抱いていたのだ。その機会がいま巡ってきた。ならばどうするべきか。翠蓮の答えは一つ。受けて立つだけである。しかしこの状況、翠と蒲公英は放ってはおけず彼女達も馬の腹を蹴って翠蓮の後を急いで追いかけた。翠蓮の強さを二人はよく知っているが、零治の強さを肌で感じた翠と蒲公英は彼女を一人で闘わせるのは危険だと判断している。出来れば接敵前に止めたいのが本音だがそれは無理そうだ。もう翠蓮と零治の距離は目と鼻の先まで縮まってしまったのだから。



「零治っ! あたしの一撃、あんたに受けきれるかぁ!」


「それはこっちのセリフだ! 翠蓮! 覚悟してもらうぞっ!」


「っしゃおらああああっ!」


「おおおおおっ!」



互いに相手を自分の間合いに捉え、零治は右手に持つ叢雲を、翠蓮は双刃閃を同時に振るって双方渾身の力を込めた一撃を放った。翠蓮は零治の刃を双刃閃の柄の中心部を利用して受け止め、そのまま春蘭の時と同様に競り合いへと持ち込む。この状況が心底嬉しい翠蓮は戦闘狂などが見せる狂気を孕んだ笑みを浮かべていた。その姿に零治は困惑の表情を浮かべずにはいられなかった。何がそんなに嬉しいのだと翠蓮に眼で問いかけてみた。



「ははぁ。あんたもそんな表情するんだねぇ。いや~。珍しいものも見れたし、やはり来て正解だったね」


「翠蓮。何がそんなに嬉しんだ。今のアンタの姿、オレには理解できんぞ……」


「何が嬉しいかだって? そんなの決まってんだろ! あんた程の強者を目の前にして武人としての血が騒がずにいられるかよ! こうして直接刃を交える事が出来て嬉しくないはずがないだろっ!」


「全く。星といいアンタといい、オレは面倒な人種に好かれる体質でもしてんのか? ……はぁ。悪いがオレはアンタのお遊びに付き合うつもりなど無い。今のオレにとって……お前らは障害でしかないんだよ」



こういう再会は出来ればしたくなかったのが零治の正直な本音だった。だが今は戦時下。それに最前線に立つ以上、こういった出来事は逆に避ける事が出来ない。何より、貂蝉からこの世界の、そして自分達に下された結末を聞かされた時、どうするかはもう決めたのだ。華琳に勝利を捧げてこの三国志の時代に終止符を打つ。そのためならば、相手が翠蓮だろうと容赦するつもりは無いのだ。

いま零治の攻撃を翠蓮は前後に穂先が付いた双刃閃という特殊な槍を使用して受け止めている。武器として扱われたらこの世界の人間にとっては充分な脅威だ。だが、穂先が二つあるだけで一本の槍である点に変わりはない。つまり翠蓮の得物は一つしか無いのだ。対するこちらはBDの力で創り上げた偽・魔王剣を左手に持っている。右手の叢雲で彼女の双刃閃は競り合いに持ち込んで封じてある。今の翠蓮は完全に無防備。零治はここぞとばかりに偽・魔王剣を後ろに引き、彼女に向かって振り抜く。その刃は確実に翠蓮を捉えていたが届く事はなかった。



「させないっ!」


「っとぉ! ほぉ~。コイツを止めるとは……少しは腕を上げたようだな。蒲公英」



あと少しという所で翠蓮に刃が届きそうだったのだが、横から割って入った蒲公英が影閃を馬上から右手で目一杯突き出して零治の偽・魔王剣を受け止めてみせたのだ。零治は首を少し左に向け、蒲公英に感心したような表情を見せる。しかし、今の零治はBDの力を発動して眼の色が深紅と黒のツートンカラーをしているため、その異様な姿に蒲公英は一瞬怯みそうになったがすぐに気合を入れ直して踏みとどまった。

現状では零治達の闘いは平行線のまま。互いに競り合いをするために得物を使用しているため手詰まりの状態だ。だが、翠蓮達にはまだ出来る事があった。まだ一人、戦闘に参加していない人物が居るのだから。



「音無! 覚悟ぉ!」


「来たか、翠。まっ、そう来る事は予測していたが、さてどう対処するかな……」


「零治さん! この二人を押し返してください! あの女の対処はわたくしにお任せをっ!」


「ええっ!? 狼が喋った!?」


「馬鹿! 蒲公英! いま下手に力を緩めたら……っ!」


「フンッ!」


「うおっ!?」


「きゃあっ!」



定軍山でみた時、大きさこそ異常だが普通の狼だと思っていたし、間近で変身を解く所を見たわけでもないので正体が樺憐だという事も知らなかった。そう認識していた狼がいきなり言葉を発したので蒲公英は驚きを露わにし、ほんの僅かだが影閃に籠めていた力を一瞬緩めてしまう。当然零治はその隙きを見逃すはずが無く、両手に持っている剣に更なる力を加えて振り抜き、翠蓮と蒲公英の二人を同時に押し返してみせた。そしてその動きに呼応するように樺憐は右側面から突撃してくる翠に狙いを定め、姿勢を低くして全身に力を溜め、左に身体をグンッと引いて翠が接触するタイミングに合わせて右に身体を突き出し、体当たりを放ったのだ。



「うおっとっ!?」



零治の動きに不穏な気配を感じ取った翠は一瞬早く馬の手綱を引いて咄嗟に急停止をしたので樺憐の体当たりの直撃は免れたが、眼前に樺憐の巨体が迫り来た事で馬は驚き、その場でいな鳴き声を上げながら竿立ちになって前足を数回動かして空中で掻く動作をしたので、翠はすぐに馬を落ち着かせて素早く反転し、零治から反撃を受けないように距離を取って様子見に徹した。



「フフフ。翠、今の咄嗟の判断は良かったぞ。あと少し止まるのが遅かったら、お前は馬ごと吹っ飛ばされていた所だったからな」


「そりゃどうも。あんたこそ恐れ入るよ。その馬鹿でかい狼をまるで馬みたいに乗りこなしてるんだからな」


「かぁ~! やっぱり敵にしておくには惜しい男だねぇ。零治、今からでもこっちに鞍替えしないか?」


「アンタといい孫策といい、どいつもこいつも人を引き抜こうとしやがって。何がアンタをそうさせるんだ?」


「そいつは愚問だね。あんたほど腕の立つ人間を見て手元に置いておきたくないと思う奴が居ると思うか?」


「……そうやってオレとの闘いを避けようって魂胆か」


「ふふ。腕が立つだけじゃない。頭も切れる。まあ、それについては否定しないさ」


「…………」


「零治、あんたとの約束を反故にするわけじゃないが、あたしだけじゃ桃香の教育は難しい。だからあんたもこっちに来て手伝いなよ。ほら。これであんたの悩みも万事解決だろ?」


「そういう事か。翠、蒲公英。お前らも似たような理由で、赤壁でオレに勝負を挑んだんだな。オレを負かして蜀に引き入れるために……」



零治の問に翠と蒲公英は無言で頷く。二人にとって零治は母である翠蓮の命を救ってくれた恩人。それは今でも変わらない。闘いたくないという想いがある点も確かにある。しかし彼は魏に身を置いている。となれば闘いを完全に避ける事は出来ない。蒲公英はともかく、翠の場合は武人としての興味心もあったが、あの時二人は星と協力して零治を負かし、こちらの陣営に何とか引き入れる。そうする事でこの先の零治との闘いを避ける、そういった考えがあって無謀とも言える勝負を挑んだのだ。



「良くも悪くもこれが劉備という人物の影響なのか。……翠蓮。悪いがその取引には応じられないな」


「…………」


「蜀にはオレにとって倒すべき敵、黒狼が居る。それ以外にも敗ける事が出来ない理由が今のオレにはある。お前らが敗けたくないようにな!」


「ふっ。残念だが、それでこそあたしが認めた男だ。ならば零治……力ずくで連れて帰るとしようじゃないか!」


「生憎だったな。それは無理だと思うぜ。見ろよ」



零治の後方に視線を向ければ、春蘭と季衣の奮闘、更には零治の到来により充分な時間稼ぎができ、魏の全部隊が隘路を抜けて展開が完了した。対する蜀と呉の同盟軍は全兵力でここに居るわけではない。完全に形成は逆転してしまい、いま正面からぶつかりあえば間違い無くこちらが袋叩きに遭う事になるだろう。



「母様っ!」


「ちっ! こりゃどうしようもないな。これ以上ここに居たらあたしらが危ない。翠、蒲公英! 兵を纏めて引き揚げるよっ!」


「分かった!」


「うん!」


「零治! 曹操に伝えときなっ! 西涼は必ず取り戻す! 首を洗って待ってろってなぁ!」



折角の零治との勝負を前にして余計な邪魔が入り、翠蓮は苛立ち混じりに声を荒げ、華琳に対する宣戦布告のセリフを残して馬を反転させ、翠達と共に兵を束ねて撤退を開始した。地の利を活かした作戦も完全に破綻してしまったので呉軍の兵も撤退を開始。蜀との戦の初戦、まずは大きな被害を受ける事も無く勝利を収める事が出来た。



「おい翠蓮。そのセリフはオレじゃなく華琳に直接……って、もう聞こえないか」


「おい。音無」


「ん? どうした。春蘭」


「貴様、これはどういう事なのか説明しろ」


「何をだよ? お前の援護に来た理由か? それともこの狼の事か?」


「とぼけるなっ! 貴様、なぜ馬騰と知り合いなのだ! 奴は貴様の真名を、そして貴様は馬騰の真名を口にしていたではないかっ!」


「…………」



刃を交えての会話だったが、先程の翠蓮とのやり取りは誰がどう見ても見知った間柄にしか見えないだろう。しかも真名まで口にしていたのだ。今日始めて会ったなんて言い訳は通用しない。が、今は蜀との決戦という大事な戦の最中なのだ。余計な事を言って自軍内に不要な混乱を招くのはよろしくない。それに零治も何も考えていないわけではないのだ。こうなった時のための彼なりに考えた言い訳、それを凄まじい剣幕で詰め寄っている春蘭に淡々と言い聞かせた。



「春蘭。今そんな事を知ってどうするってんだ? 別にどうでもいいだろ?」


「なっ!? 貴様ぁ! どうでも良いわけがないからこうして問い詰めているのが分からんのかっ!」


「お前が今やるべき事はオレと馬騰の関係を問いただす事か? 違うだろ。蜀との決戦に勝ち、華琳に天下を掴ませる事だろうが」


「そ、それは……」


「馬騰との関係は蜀との決戦が片付いたら必ず話す。だから今は何も訊かず、黙ってやるべき事に専念しろ」


「……いいだろう。だが忘れるなよ。蜀との決戦が終わったら必ず説明はしてもらうからな」


「ああ」


「よし。季衣! 兵を纏めろ! 追撃部隊を編成してこのまま連中を追うぞっ! 霞の隊にも加わるように伝令を飛ばせっ!」


「あぁ……ったく。華琳の予想通りだな。春蘭、こっちも本隊と合流だ。さっさと引き揚げるぞ」


「なんだとぅ! 今なら敵将の一人や二人、容易く討ち取れるというのに……!」


「文句ならオレじゃなく、この決定を下した華琳か桂花達にでも言え。オレに言われてもどうにもならん」


「むぅ……」



華琳が下した決定とはいえ、納得のいかない春蘭は口をへの字にしながらも季衣と共に部隊の兵を纏め、本隊に合流するために引き揚げ始めるので、零治も樺憐と共に後に続く。もう敵は居ないので零治は樺憐の背中から降りようとしたのだが、本人がこれを拒否する。なぜなのか理由を訊いたら、もうしばらくの間この姿で自分を背中に乗せていたいかららしい。樺憐のこの答えに零治は理解できないが断る理由も無いので彼女の望みを享受し、春蘭達と共に華琳が待つ本隊へと引き揚げていった。


………


……



華琳が下した決定だけあって春蘭は不満をブツクサと口にしながらも本隊に合流はしてくれた。が、それまでの道中、同行していた零治に散々文句をブーたれていたので横で聞かされていた本人は心底疲れ果てた顔をしている。おまけに今も文句を聞かされ続けているのだ。



「だからそれは無茶だと何度言えば分かるんだお前は……」


「なんだとぅ? 霞の機動力なら、撤退したばかりのあ奴らに追い付く事など、造作もなかろう!」


「追い付くまでならな」


「……むぅ」


「ここまで万全な体勢を整えていた連中の事だ。逃げた先には別働隊が待ち受けているに決まっている」



と、秋蘭が未だに納得のいかない春蘭に補足を付け加えた。蜀と呉の同盟軍にはもう後が無いのだ。先程退けた部隊も全軍が集結していたわけではない。こちらを撃退するためにはあらゆる手段を使ってくるだろう。例えば秋蘭がいま言ったように、先遣部隊がこちらを引き付け、所定のポイントで待ち伏せをしている別働隊で横槍を入れて潰しにかかるとか。しかし、それでも納得のできない春蘭はまだ反論を繰り返す。



「そんなものは行ってみなければ分からんだろうが……!」


「お前なぁ、ただでさえさっきの強引な突撃でこっちも消耗してるんだぞ。大きな犠牲は出てないが、ここは一度様子見をするべきなんだよ」


「華琳様は……音無! 貴様のような臆病風に吹かれたりはせん!」


「無謀な突撃で犬死するくらいなら、臆病風に吹かれて機を窺った方がマシだと思わない?」


「か……華琳様……!」


「作戦会議は終わったのですか?」


「ええ。後で説明するわ」



ついさっきまで華琳は桂花達と共に次の作戦を練り上げていた。この先の地形も今さっき抜けてきた細い山道が点々と続いているため、向こうはまたしても隘路で待ち伏せをする可能性は充分にある。今回は春蘭と季衣の無茶な突撃と零治の奮戦のおかげもあって何とか切り抜けられたが、戦場で同じ手がそう何度も都合よく相手に通用するはずがない。何よりこのやり方はこちらの消耗が大きいし下手をすれば甚大な被害を受ける危険性を孕んでいるのだ。今の華琳が望む作戦は、こちらの被害と危険を極力押さえる作戦だ。でなければ蜀の首都である成都に辿り着くまで保たないのだから。



「華琳様……!」


「私の意見も秋蘭や零治と同じよ。逃げる先の無い蜀は、これから死に物狂いで牙を剥いてくる。それを全て制するためには、こんな入口で大きな消耗を出す訳にはいかないの。……分かってくれるわよね?」


「……は。承知いたしました」



渋々ながらもようやく春蘭も納得はしてくれたが、まだ煮え切らない様子が窺えた。本人としては今まで通り、このまま勢いに乗じて突撃し、先遣部隊を叩き潰して相手に大きな打撃を与えたいのが本音なのだ。

もちろん華琳も春蘭の気持ちは理解できたし、彼女と同じくモヤモヤとした煮え切らない気持ちを抱えてる人物が他にも居るのだ。だからこそその者達のためのストレス発散の手段を用意してあげてるのだ。



「ただ、煮え切らない春蘭の気持ちも分からないではないわ。これから夕食に必要な食料の調達部隊を出すのだけれど……指揮を取ってくれるかしら?」


「糧食に余裕が無いのですか?」


「節約と気晴らしの一環。……貴方以外にも、割り切れていない子達が居るようだからね」


「……はぁ」


「春蘭様、一緒に行きましょうよ! この時期なら猪や鹿も沢山居ますよっ!」


「……熊や虎は居るか?」


「たぶん、居ると思いますけど……」


「なら、そやつらをぶちのめして、この憂さを晴らしてくれる! 季衣、付いてこいっ!」


「はーいっ!」



戦中の覇気を身に纏い、剣を振り上げながらドタドタと派手な足音を立てながら季衣を連れて春蘭は森の中へと駆け抜けていった。その後姿を無言で見つめていた零治は、春蘭の気持ちの切り替えっぷりに内心呆れながら抑揚の無い声で呟いた。



「はぁ。可哀想に」


「可哀想? 何が? 春蘭に付き合わされてる季衣が?」


「いいや。春蘭の憂さ晴らしの標的にされてる熊や虎が」


「ふふ。確かにね」



熊はまだ食肉として利用する事は可能だが、虎はどう考えても無理だ。食料の備蓄が底を突き、余程追い詰められていなければ自分から進んで食べようなどとは考えないだろう。それに春蘭の頭の辞書には手加減という単語が存在していない。今の彼女は先程の戦で不完全燃焼を起こしているのだ。となれば、熊や虎を相手に全力でぶつかる事は必至。それを考えると零治の言う通り、憂さ晴らしの標的にされる熊や虎が非常に気の毒に思えた。



「所で華琳様。今夜の宿営の展開についてですが……」


「ここにしましょう」


「オレも華琳の意見に賛成だな。このまま進むのは危険だし、かといって下がればまたこの場を陣取られちまうからな。そうなったら折角の苦労が水の泡だ」


「その通り。今は機を窺ってここに立ち止まるべき、という事よ」


「なら、工兵に命じて宿営を展開させます。ただし、見張りはいつもの三倍に増やしておきます……よろしいですか?」


「それでいいわ。後、流琉を呼んできて」


「流琉? 何か作戦でもあるのか?」


「違うわよ」


「……?」



何かの作戦があって流琉の名を出したのかと思えば華淋は違うと言う。その姿に秋蘭はでは何のために呼ぶのかと不思議そうに首を傾げながら華淋に眼で問いかけた。別に華淋は宿営の展開の手伝いをさせるために流琉に呼ぶのではない。しかし、今夜の事で彼女の力をどうしても借りなければならない事案がある。華琳はそれを言い聞かせた。



「春蘭と季衣がとびきりの肉を狩ってきてくれるのだもの。叶うなら、腕の良い料理人の調理で食べたいじゃない?」


「なるほど。そりゃ同感だ。……って、ん? つー事はもしかして」


「ええ。零治。貴方と樺憐にも調理を担当してもらうわよ?」


「やれやれ。はいはい。分かりましたよ。どうせならオレだって飯は旨い物が食いたいからな」


………


……



「…………追撃は無かったか」


「は。それなりに相手を引き付けたと思っていたのですが……申し訳ありません」



場所は変わってこちらは孫権率いる蜀と呉の同盟軍の別働隊の待機ポイント。先程華琳達が奪い取った開け場所の先にある細い山道を抜けた先にある同じような開けた広場だ。当初の予定では翠蓮達が隘路から出てきた少数の魏軍に突撃し、大きな痛手を負わせる。万が一それが失敗した場合は巧く魏軍を引き付けて孫権の別働隊と合流して反撃するという二段構えの作戦を用意していた。まさに秋蘭の読み通りだった。

が、結果は見ての通り失敗である。甘寧が孫権にその事を頭を下げて謝罪しているが、彼女も作戦がそう都合よく上手くいくとは思ってなどいなかった。でなければ最初からここまで追い詰められたりなどしないのだから。



「構わないわ。ここは、相手が一枚上手だったと見るべきでしょう。曹操と直接まみえるのは初めてだけど……姉様が言った通り、油断できない相手のようね」


「母様、どうする? この間合なら、夜襲も掛けられると思うんだけど?」


「駄目だ。ここで退くような相手だ。夜の警戒は今以上に気を配るだろうし、逆に待ち伏せされてる可能性もある。それにこっちも『奴』に痛手を負わされちまったんだ。下手な真似はしない方が良い……」


「ん? 馬騰殿。奴とは誰の事ですか?」


「あぁ……黒き閃光、と言えば分かるかい? 孫権」


「っ!? やはり、あの男も……」


「ああ。赤壁で左眼を失ったっていうのに、その強さに衰えは一切無かった。奴との闘いは楽しかったが、あれじゃ命が幾つあっても足りやしない。今こうして生きているのが不思議なくらいだよ」


「そうですか。いま明命が間諜からの報告を受けている所ですので、今後の方針はそれを聞いてから決めるとしましょう」


「蓮華様」


「おお、明命。戻ったか。間諜が持ち帰った情報はどのようなものだったの?」


「はっ。報告によりますと、曹操が周囲に大量の兵を放ったそうです」


「……兵を? どういう事かしら」


「分かりません。手に手に槍や弓を持ち、完全武装で殺気を散らしていたとか。見つかった瞬間、打ち殺されるかと思ったそうです」



周泰からの報告を耳にし、孫権は不思議そうに首を傾げた。普通に考えれば周辺の捜索のために兵を放ったと思えるが、翠蓮達の部隊は別に散り散りに撤退をしたわけではない。それに孫権率いる別働隊が待機しているポイントまでは一本道だから周囲に兵を大量に放つ必要性があるのか孫権は疑問に感じた。戦場での経験が浅い彼女は自分なりに考えてはみたが、答えは出てこなかった。



「晩ご飯のために、猪でも捕りに出たんじゃないのかなぁ? 曹操って猪が好きそうだしー」


「……戦場でか? そんな非常識な」



蒲公英が出した冗談交じりの見解に、甘寧が呆れたように嘆息したが、実はこれが正解だったりするから笑えなかったりもする。加えて言うと、周泰が報告を受けた間諜が見た兵は、春蘭直属の兵士達なのだ。

殺気を散らしていた理由は春蘭と同じ。先程の戦闘で不完全燃焼を起こし、その鬱憤を猪や鹿にぶつけてやるつもりでいるためだったからである。



「こちらの偵察を潰す気だったのでしょうか?」


「それは曹操に聞いてみなければ分からないわね。いずれにしても、ここは退きましょう。夜襲も掛けられずにここで待っているだけでは、体力を無駄に削がれるだけよ」


「そうだね。やれやれ。決戦は次に持ち越しか……」


………


……



「あと一箇所……?」


「はい。ここから成都までの地形で検討した所、大きな軍を配置できそうなのは、あと一箇所……綿竹の南方にある平原しか無いでしょう」



場所は戻ってこちらは魏軍が構築した宿営地。魏の首脳陣達は床几に腰掛けて円陣を組んで今後の行軍の方針についての会議をしていて、稟から聞かされた情報を耳にした秋蘭は顔をしかめる。因みに零治、樺憐、季衣、流琉の四人は春蘭達が昼間仕留めてきた猪の調理をしているためこの場には参加していない。



「そこで決戦になるという事か?」


「いいえ。蜀は前回の呉との同盟でも殆ど戦力を動かしていないわ。兵数には余裕があるのでしょう」



大きな軍を配置できる箇所があと一つだというのならばそこが決戦の舞台になるのかと春蘭は思ったが、桂花がこれを否定。単純に考えれば春蘭の意見どおりそこが決戦の場となるかもしれないが、桂花がいま言ったように前回の同盟、つまり赤壁の戦いで蜀は全ての軍を動員していなかった。これまでの動きを見た限りではまだ兵力には余裕がある。しかしもう後は無い。だからあらゆる戦術を駆使し、こちらを消耗させて最終的には撃退するつもりで挑んでくるだろう。故に桂花は稟が提示した場所が決戦の舞台になるとは思えないし、稟も桂花の言葉に同意した。



「私も桂花殿に同意見です。それに、あの諸葛亮や周瑜がそこまで楽観に過ぎるとは思えません。ですから、もう一度の会戦と、その間の小刻みな攻撃でこちらの戦力を削った後、成都で最終決戦に持ち込むつもりではないかと……」


「稟ちゃんの言う通りですねー。それに劉備の下には諸葛亮と五虎将に加え、呂布、呉の孫策や周瑜も加わっています。ですから、将を小分けにしても充分な数の部隊が作れる事になりますからー」


「ちょい待ち。っちゅう事は、涼州の時の諸侯どもの連続攻撃を相手にしつつ、もう一度呉を倒した後、蜀との決戦に即座に挑む……って感じなんか?」


「その通りです。ただし、今回は全て正規軍が相手ですから……涼州の時のような張三姉妹を使った奇策は効果が無いでしょう」


「厳しいな……」


「……大丈夫なんか? それ」


「反董卓連合の時は、こっちも大戦力やったけど」



三軍師から告げられる厳しい局面の数々。それを聞かされ秋蘭、霞、真桜と首脳陣達の顔に不安の色が浮かび、それは他の者達全員にも伝染して士気が下がるのが目に見えて分かった。今日の昼間の戦闘もなかなか手を焼かされる場面だったが、この先に待ち受ける戦いはそれよりも遥かに厳しいものである。その場の空気が重くなる中、ただ一人眼を閉じて沈黙を保ち、何やら不穏な空気を纏っている者が居た。



「…………」


「ん? 華琳。どうかしましたか?」


「今、溜め息をついたり弱音を吐いたりした者」


「……おいおい。華琳。どうしたってんだよ? そんな怖い顔して」


「前に出なさい。ここで私が手ずから首を刎ねてあげましょう」


「ちょっ!? 華琳さん!?」



華琳のあまりの豹変ぶりに首脳陣達は顔を青ざめさせ、息を呑んだ。今の彼女は口調こそ冷静だが、その眼には明らかに殺気が宿っていた。こんな状況で華琳が場を和ませるような冗談を口にするはずがないし、仮に今の言葉が冗談だとしても笑えるわけがない。つまり、いま彼女が言った事は本気なのだ。華琳は絶を手にしながらグルリと首脳陣達を見回し、いま言った言葉の意味を続けざまに言い聞かせた。



「城を発つ時、言ったはずよ。この先は厳しい戦いの連続になると」


「…………」


「苦戦する状況を認めるのは将として必要な事。けれど、諦めの溜め息を吐く事は許さない。ましてや、兵の前で将がそれをすれば……どうなるか分からない皆ではないでしょう?」



華琳の鋭い指摘に首脳陣達は何も言えない。確かにその通りである。兵にとって指揮官である将の存在感はとても大きい。指揮官が諦めの様子を兵に見せたら、それは当然全兵士に伝わって蔓延し、部隊その物が機能しなくなる。ましてや今回の戦はこの大陸の覇権を巡った最終決戦。決して敗北する事は許されないのだ。今の華琳にとって諦めの空気を放つ将兵は敗北へと繋がる危険分子として認識されている。ここで何か下手な事を言えば間違い無く血を見る事になるだろう。その場に一触即発の空気が張り詰める中、場の空気を変えてくれた人物が登場した。



「失礼しまーす! 流琉特製、猪の丸焼きが出来ましたよー♪」


「みんなお腹すきましたよねっ! けど、流琉の料理はとっても美味しいですから、元気出ますよ!」



やってきたのは先程まで昼間仕留めた猪の調理をしていた季衣、流琉、樺憐の三人だった。流石に状況が状況なので手の込んだ料理ではなく単なる丸焼きだ。皮を剥がれ、長さが三メートル程ある竹に四本の足をロープで縛られ逆さ吊りにされて焼かれたその姿は豪快極まりない。季衣は予め用意していた木の支柱を円陣を組んでる首脳陣達のど真ん中に等間隔でセットし、流琉と樺憐が続いて猪の丸焼きを括り付けた竹の棒をその支柱の上にゆっくりと乗せて準備は完了した。



「……貴方達、見ないと思ったら……料理?」


「はい! 腹が減っては戦は出来ぬ! 前に春蘭様から教わりました!」


「それに華琳さん。この猪を調理する代わりに軍議に参加しなくていいと言ったではありませんかぁ」


「……ふ、ふふ……。あはははははっ!」


「か、華琳様……!?」



いきなり天を仰ぎ、華琳は声高らかに笑いだしたので、首脳陣達は何事かと眼を丸くして華琳に視線を向けた。樺憐に言われた言葉を聞き、華琳は思い出した。だから笑いだしたのだ。確かに軍議を始める前、季衣、流琉、零治、樺憐の四人には猪の調理を命じて軍議には参加しなくていいと言っていた。どんな料理にするにしても猪を丸々一頭調理するとなれば当然時間が掛かる。軍議もどれだけの時間を要して終わるか分からないのだ。軍議が終わってからでは調理をする時間が無い場合もあるし、かといって次に持ち越していては余計な荷物になる。それに放っておいて猪が腐敗をしてダメになっては元も子もない。だからすぐに調理をするように命じていたが華琳はその事をすっかり忘れていた。普段の彼女ならこんなミスをしたりはしない。それだけ余裕を持ってなかったという事を華琳は痛感した。



「ごめんなさい。ふふっ……今の報告で余裕を無くしていたのは、どうやら私の方ね」


「何かあったんですか?」


「いや、なんでもない。……ですよね、華琳様」


「ええ。では、折角の流琉達の料理よ。皆でいただきましょう」


「はいっ!」



流琉達の登場で先程まであった一触即発の空気はどこかへ消し飛び、全員がいつもの調子を取り戻した。心にゆとりが無かったあの状況では、良い作戦など出てきやしなかっただろう。いや、それどころか余裕を無くしていた華琳が誰かの首を本当に刎ね、流血沙汰になっていた可能性すらあったのだ。そういう意味でも、今回の出来事は流琉の大手柄だ。



「桂花。この後の策、流琉の料理で腹ごしらえを済ませてから、もう一度考えなさい。余裕を持たずに考えた策では、恐らくこの戦い、乗り切れないわ」


「はっ。最上の作戦を提示させていただきます」


「流琉! ちゃんと人数分はあるんやろな!」


「はい。おかわりは早い者勝ちですけど……」


「だったら急いで食べるのー!」


「こら沙和。美味しい料理なら、ちゃんと味わってだな……」



生の肉を調理した料理だけあって全員の眼の色が変わる。糧食にも肉類はあるにはあるのだが、それは保存の効く干し肉の類だ。これにも味はあるのだが干し肉だから当然脂っ気はこれっぽっちも無い。つまり味気ないから食べ応えが無いのだ。特に長期間の戦いとなるとどうしても干し肉ではなく、生から調理した肉類が食べたくなるのだ。主に前線で戦う武人組が。流琉はその姿に苦笑しながら樺憐と一緒に慣れた手つきで猪の肉を包丁で切り分け、即席で用意した皿代わりの笹の葉に乗せて全員に手渡していった。

肉を受け取るなり、武人組、主に霞、真桜、沙和などは我先にとかぶりつき、肉のおかわりを巡る食の戦いを繰り広げていた。その姿に華琳は含み笑いを漏らしながら肉を受け取り、いざ食べようとしたその時だった。一人この場に居ない人物が居る事に気づき、キョロキョロと辺りを見回した。



「あら? 季衣、零治はどうしたの? 確か一緒だったはずよね」


「兄ちゃんですか? 何かやる事があるって言って先に宿舎に戻っちゃいましたよ」


「そうなの。……なら、零治にも肉を届けてあげる必要があるわね。流琉、彼の分も用意してもらえるかしら」


「はい。どうぞ」


「ありがとう。それじゃ、私はこれを零治に届けてくるから、皆は存分に料理を楽しんで英気を養いなさい」



流琉から零治の分の肉を受け取ると、華琳は自分の分と一緒にそれを手にして優雅な足取りでその場を後にし、零治が居ると思われる宿舎の方へと足を運んでいった。自分はそこまで大食いではないから流琉から手渡された量の肉でも充分に足りるが、もしかしたら零治はおかわりを欲しがり、これでは足らないかもしれない。だがまあ、そうなったらそうなったでその時は自分のを分けてあげればいいと華琳は考えながら足を進めていった。そんな華琳の姿をよそに、桂花、稟、風の三軍師はともかくとして武人組の一部の人間、主に春蘭、季衣、霞、凪、真桜、沙和、臥々瑠などはおかわりを勝ち取るために受け取った肉をガツガツと食べ続けていて、料理を作った流琉としても見ていて楽しい光景で自然と笑みがこぼれていた。が、その中に食の細い人物が居たのだ。亜弥である。



「ふぅ……ごちそうさまでした」


「あれ? 姉様。もう良いんですか? まだ半分残ってますよ」


「ええ。どうも疲れてるせいか、あまり食欲が無いんですよ」


「そうなんですか。なら早く休んだ方が良いかもしれませんね。無理は身体に良くないですから」


「そうさせてもらいます。……恭佳、食べかけですけど私の分要りますか?」


「ああ。捨てるのは勿体ないしね。アタシが代わりに食ってやるよ」


「ではどうぞ。……なら、私は一足先に休ませてもらいますね」



亜弥は食べかけの肉を恭佳に手渡すとおもむろに床几から立ち上がり、いつもと変わらない足取りで宿舎へと足を運んでいったが、その後姿を見ていた恭佳と樺憐は気づいていた。ほんの少しだが、足元がふらついているのだ。これは間違い無く管輅が残した予言の影響。この外史の自我は、零治だけでなく亜弥の身体も少しづつ蝕み始めているという事なのだろう。



『恭佳さん。亜弥さんですが……』


『ああ。間違い無く体調が悪くなりだしているな。樺憐、アンタは平気なの?』


『わたくしは今の所は大丈夫ですわ。そういう恭佳さんはどうなのですか?』


『アタシも今は平気だ。だけど、アタシらもいつ調子が狂いだすか分からないから楽観視は出来ない。樺憐、後で奈々瑠と臥々瑠の体調も確認しておきなよ。いくらアタシらが強いと言っても、万全じゃない状態でこの世界の歴戦の猛者の相手をするとなればどうなるか分からないからね……』


『承知しておりますわ。ですが最悪の場合は無理をしてでも戦う必要になりそうですわね。今わたくし達が前線から退けば、間違い無く華琳さん達に余計な動揺を与えてしまいますから……』


『ああ。だから出来るだけ平静を装っておかないとね。少なくとも、蜀との戦いが終わるまでの間は、この事を華琳達に教えるわけにはいかないんだから……』



こうなる事は覚悟していたが、早くも亜弥にも影響が出始めているので、流石に恭佳と樺憐も不安を抱かずにはいられない。いくら自分達が常識外れの強さを誇っていても、万全じゃない状態で戦うのは危険だ。最悪の場合は命を落としかねない。だが、ここまで来た以上この先は無理をしてでも戦わねばならないだろう。貂蝉から真実を告げられ、亜弥達にも話を聞かせたときから決めていた事なのだから。

そう決意を新たにしながら恭佳は自分の肉にかじりつきながらチラリと奈々瑠と臥々瑠に視線を向ける。見た所、二人とも今は体調が悪い様子は無く、普通に食事をしていた。臥々瑠に至ってはいつもの食欲を発揮しながら肉にかじりついて文句をブーたれてるぐらいだ。



「ガツガツ。……うぅ~。美味しいんだけど味が物足りない。焼肉のタレが欲しい~。あと白ご飯も~」


「贅沢言うんじゃないのよ、アンタは。こんな状況で肉が食べれるだけでもありがたいと思いなさいよ。……そんなに不満ならアンタの分、私が代わりに食べてあげるわよ?」


「いくら奈々瑠でもあげないよ~だ。それに食べないとは一言も言ってないじゃん」


(見た感じ奈々瑠と臥々瑠はまだ大丈夫そうだね。でも安心は出来ないか。やれやれ。体調不良を隠しながらいつも通り戦う……最後の最後でとんだ無茶をする羽目になっちまったよ)


………


……



「……そう。翠蓮さん達は無事?」


「ええ。今、朱里や周瑜達が次の作戦をどうするか検討中よ」



場所は変わってここは蜀の首都である成都の城の城壁。そこで話をしているのは劉備と反董卓連合時に彼女が保護した、かつて董卓軍で軍師を務めていた賈駆である。董卓もそうだが賈駆も正体を隠すため、現在はかつての身分を捨てて劉備と一刀の世話役の侍女という扱いになっているのだが、その服装がどうみてもメイド服なのだ。これは明らかに一刀の趣味としか考えられない。元軍師とはいえ、メイド服姿で軍事的な話を王である劉備としている姿はどこからどう見てもシュールな光景である。



「ごめんね、詠ちゃんにも手伝ってもらっちゃって……蜀の将軍でも、軍師でもないのにね」


「気にしないで。ボクは桃香達のために戦ってるんじゃないから。ボク達の事が曹操に知られる訳にはいかないから……手伝ってるだけよ」


「うん。それでいいよ。月ちゃんは……」


「仕事は月も楽しんでやってるみたいだから、ボクが言う事じゃないわ。嫌がってるようだったら、許さないけどね」


「そっか……。あっ! そうだ、詠ちゃん。ご主人様の様子はどうだった?」


「さっき様子を見てきたけど、今は月が看病してるから心配は無いわ。熱も無いようだったし、たぶん疲労で倒れたんじゃないの? ……正直ボクはアイツの事より、月があの変態と二人っきりの状況の方が心配だわ」


「あはは。詠ちゃんは相変わらずだね。……ご主人様、大丈夫かなぁ」



劉備は城の方を見ながら一刀の身を案じ、心配そうに呟いた。実は数時間前、一刀は城内で原因不明の立ち眩みに襲われ、そのまま倒れてしまい意識を失ってしまったのだ。そしてついさっき意識も回復したがとても起き上がれるような状態ではないので、今は董卓が付きっきりで看病してあげているというわけだ。

賈駆は疲労が原因ではないのかと劉備に言っていたが、もちろん原因は疲労なんかではない。零治達がこの外史の自我に存在を拒絶されているように、一刀もその存在を拒絶されている。そしてその影響が遂に一刀の身体も蝕み始めてきているのだ。



「桃香」


「ど……どうしたの? 雪蓮さん」


「っ!」


「あら、内緒のお話中だった?」



背後から声をかけられたので、振り返ればその先に居たのは孫策である。彼女の姿を見るなり、劉備はギョッとして賈駆なんか思わず身構えてしまうほどだった。彼女達が孫策を警戒している理由は言わずもがな、董卓と賈駆の正体についてである。孫策も反董卓連合軍には参加していた。そしてあの戦いの真実を知っている者は当事者を含めてもほんの一部だけ。仮に孫策がそれを知っていたとしても、正体が知られたら態度を変えないという保証はどこにも無い。だから賈駆は必要以上に彼女の事を警戒しているのだろう。

とりあえず劉備は賈駆の事には触れないように話をすすめるべく、孫策を正面から見据えながらおもむろに口を開いた。



「大丈夫です。……どうかしたんですか?」


「ええ。次の戦いの件だけど……やっぱり、蓮華の帰りを待つのは性に合わないわ。私が出る」


「なら、私達も……」


「桃香が出る必要は無いわ。蜀の主は、本隊と共にこの成都で戦勝の報を待っていればいい。……そうよね、賈駆」


「……ボクの事……!」


「袁術って、朝廷にツテが結構あったのよね。あれはその使い方を知らなかったみたいだけど……。その辺りからちょっと探れば、割と簡単に……ね」



この辺りの事はやはり王としての器量の差が物を言うのだろう。劉備も王として頑張ってはいるかもしれないが、正直まだまだ半人前のレベル。周りの支えがあって何とかやっていけてるのだ。もちろん王も一人の人間。全知全能の神などではない。だから全ての事を一人で出来るわけがないから、劉備のやり方も間違いではないのだ。それに情報の隠蔽、遮断は主に軍師がやるべき仕事。あの諸葛亮や鳳統がそれを疎かにするはずがない。となると、隠蔽のタイミングが悪かったか、見落としがあったかなどだろう。それに正体は既に知られているのだ。今さら隠しても意味が無いし、見たところ孫策は別に敵対心を抱いている様子は無かった。だから賈駆はおもむろに口を開いて話を進めた。



「……じゃあ、周瑜達も……?」


「官渡に通じるあの戦があったからこそ、私達は袁術から江東を取り戻せたのよ。それに、貴方や董卓の正体を知って態度を変えるような子は……孫家の名誉の誓ってもいい。我が呉には居ないわ」


「だったら……」


「ええ。叶うなら、今すぐ冥琳達の軍議に参加してほしい。あの連合軍と十常侍を相手に戦い抜いた貴方の知恵、私達に貸してちょうだい」


「……分かった」



魏に敗れた身とはいえ、呉の統治者だった孫策がここまで言って頭まで下げてくれたのだ。断る理由など無かった。賈駆にとって、魏に勝利する事は自分達の居場所を護ると同時に董卓の存在を華琳に知られずに済む事。つまり、親友の命を守る事に繋がるのだ。そのためなら協力を惜しむつもりはないから、賈駆は孫策の申し出を了承して軽く頷いた。



「……まあ、それを言ったら、曹操にもだいぶ借りがあったんだけどね」


「雪蓮さん……」



確かに孫策は華琳に対して大きな借りがあった。当時、彼女はまだ袁術から江東の地を奪われていた身だった。そしてその孫策達も袁術の配下の扱い。そして官渡の戦では、魏軍との戦闘で当然ながら考え無しの袁紹、袁術の連合軍はあっという間に劣勢に立たされ、一足先に逃げる算段を企てた袁術に殿の役目を命じられた。事実上の捨て駒扱いだ。その時に刃を交えていた相手が春蘭と零治。ただし、零治はあの時春蘭から手を出さぬように言われていたので彼は何もしていない。あの時、春蘭が己の沽券のためとはいえ孫策を見逃していなかったら、袁術から江東を取り戻す機会は巡ってこなかったかもしれない。あるいはまだまだ先の話になっていたかもしれなかっただろう。その点に関しては孫策は機会を与えてくれた華琳には感謝しているが、それはそれ。これはこれだ。



「けど、もうその借りも帳消しよ。次は私が曹操を倒して、もう一度孫呉を取り戻す。……ごめんなさいね、私の都合ばかりで兵を借りちゃって」


「……ううん。その分、私達も雪蓮さん達の力を借りてますから。……一緒に力を合わせて頑張りましょう!」


………


……



「零治。流琉の料理を持ってきてあげたわよ。この私が自らね。感謝しなさいよ?」



場所は戻ってこちらは魏の宿営内。華琳が両手に猪の丸焼きを切り分けた肉を乗せた笹の葉の即席の皿を両手に持ち、零治が居ると思われる宿舎の扉の前で声をかけるが返事は無かった。組み立て式の宿舎だから中に声が届いていないという事はない。宿舎その物も兵士達専用、指揮官及び首脳陣達専用と分けられているので別の宿舎に間違えて来てしまった線も無いはずだ。



「零治? 聞こえないの? ……入るわよ」



返事が無いので華琳は仕方なく、両手に持つ肉を左腕で抱え込み、落とさないようにそっと右手を扉のノブに伸ばして宿舎の扉を開け放った。中は簡素な作りで零治達専用なのであまり広くもない。せいぜい二、三人が限度だろう。床にはゴザが敷いてあり、奥の角には何かの作業用の小さな台と床几が一つ置いてあるだけだ。そして宿舎の使用者である零治はその作業台のすぐ手前の床の上で仰向けに寝そべっていた。



「零治……寝てるの?」


「……ん……あぁ……。ん~? 華琳……?」



華琳の声に反応して零治は気怠そうにムクリと上体を起こし、右手でゴシゴシと眼を擦った。どうやら本当に寝ていたらしい。彼はその場で両腕を宙に思いっきり伸ばして伸びをし、身体を軽く解して首だけを動かして華琳に視線を向けたが、その眼はまだ少し寝ぼけ気味だった。



「ふわぁ~……。どうしたんだ? 何かあったのか?」


「いえ。流琉の料理ができたから持ってきてあげたのだけれど……その様子だと寝ていたみたいね。起こして悪かったわね」


「いや、寝るつもりじゃなかったんだ。仕上げは流琉達に任せて個人的な用件を片付けていてな。一区切り付いたから休憩がてら横になってたんだが、どうやらそのまま寝ちまったらしい」


「そういえば、季衣が何かやる事があると言っていたわね。一体何をしていたの?」


「ちょっとした工作だ。そんな大した事じゃないさ」


「工作?」



零治の言葉が気になり、華琳はチラリと彼の傍にある作業台に眼を向けた。宿舎の中は壁に設置されてる蝋燭台で最低限の灯りしか無いので少々薄暗いが、その僅かな光も受けてキラキラと反射光を煌めかせている深紅の細かい何かが作業台の上に散らばっていたのだ。華琳はそれが気になり、近づいて両手に持つ肉を台の脇に置いて、深紅に輝いている何かの破片を一粒摘み取ってマジマジと見つめた。



「……何これ? 最初は石かと思っていたんだけど、どうやら金属の破片のようね。これを加工していたの?」


「ああ」


「金属の加工って……この先の戦いのための小道具でも作っていたの?」


「そんな大袈裟な物じゃない。もっと個人的な物さ」


「個人的な物? 何よ?」


「悪いがいくら華琳でもこれ以上は教えられないな。物が出来たら話してやるよ」


「あら。今日はいつにも増して口が堅いじゃないの」


「さてな。そんな事より早くその肉を食わせてくれよ。何も食わずに作業してたから腹減ってんだ」


「はいはい。そんなに焦らなくても肉は逃げないわよ」



焼き上がった猪の肉を前にし、せがんで来る零治の姿はまるで夕飯を待ちきれない子供のように華琳は思え、内心苦笑しながら彼の分の肉を手渡し、自分の分の肉を持って零治の向い側に座り込み、揃って少し遅めの夕食を堪能し始めた。流石に状況が状況なので箸などは無く、手掴みで食べる事になるが戦中の食事なのだ。そんな事は二人とも気にはしない。華琳は切り分けられた肉を更に小さく千切って上品に食べて流琉の料理の味を楽しんでいるが、それとは対象的に零治は肉を右手で鷲掴みにして豪快にがっついていた。味わって食べているとは思うが、お世辞にも褒められた食べ方とは言えないだろう。



「零治。もう少し行儀よく食べれないの」


「手掴みで食ってる時点で行儀もへったくれもないだろ。それに肉はこうやって食う方が旨いんだよ」


「また適当な事を言って。そんな話聞いた事無いわよ」



零治の適当な言い訳を前に、華琳は呆れ混じりの苦笑顔をするが、言われてみると確かに何となくだがいつも食べている肉料理より不思議と美味しいと感じたのだ。いま食べてる猪の肉は単純に焼いただけ。後から軽く塩を振りかけただけのシンプルな料理だ。華琳がいつも口にしている高級料理とは程遠い物だが、これにはこれの趣があって悪くはないと思えた。



「あぁ、そうだ。華琳」


「何?」


「昼間の戦闘でだが……馬騰に会ったぜ」


「そう。彼女の様子はどうだった?」


「流石は華佗が治療しただけの事はある。戦場を退いたのがウソのような戦いぶりだった。奴の相手は少し疲れたぜ……」


「ふふ。それでこそ倒しがいがあるというもの。でなければつまらないじゃない」


「それと伝言も預かってる。『西涼は必ず取り戻す。首を洗って待ってろ』だとよ」


「面白いじゃない。この頸、そう簡単に獲れはしないという事をこれからの戦で思い知らせてやるわ。……零治」


「ん?」


「ここまで来たからには必ず勝つわよ。貴方の命、もうしばらく私に預けてね」


「言われなくてもそのつもりさ。蜀との決戦、必ず勝利を収め、お前に天下を掴ませてやる」



ここまで長い道のりだった。まだ終着点は見えてないが、この大陸に渦巻く戦乱の世も終りを迎える時が近づいている。この戦いに終止符を打ち、幕を下ろすのが自分の役目だと零治は言い聞かせてるが、それは決して容易ではない。この外史の自我の拒絶、その影響が日に日に強くなっており、今の彼はこうして喋るのも辛いのだ。華琳がここを訪れるまで寝ていたのもそのせいである。だが、この事を知られる訳にはいかない。少なくとも蜀との決戦に決着をつけるまでは。まだまだ続く蜀との戦い、何が何でも乗り切らねばならない。自分達の不調とも闘いながら。零治達にとって二つの意味がある戦いはまだ始まったばかりなのだ。

零治「やっと更新かよ。一体今まで何してやがったんだ……」


作者「いや、今回ばかりは謝らざるを得ん。ホントすんません……」


恭佳「はい。恒例の言い訳タイムの始まり始まり~」


亜弥「恭佳。昔話じゃないんですから」


奈々瑠「で? 今回ここまで遅くなった原因は?」


作者「いやぁ、元旦に念願のPS4を買いましてねぇ。ついでにソフトも四本ほどまとめ買いしてさぁ」


臥々瑠「あっ、もう分かっちゃった。つまり今までゲーム漬けだったわけね」


作者「おい。まるで四六時中ゲームしてるような言い方しないでくれない。しかもその月にはバイオ7も発売しちゃうし、翌月にはスパロボVが出るし、更に翌月にはモンハンXXも出るしで大変だったのよ」


樺憐「ふむふむ。ですが、それでも少しずつ書く事くらいは出来たのでは?」


作者「理屈ではそうなんだけど、ここしばらくの間家庭用ハードのゲームとはご無沙汰だったからねぇ。買ったその日からタガが外れて全然手付かずだった」


零治「要するに、今まで遊ぶ事を優先した結果ここまで遅れたわけだろ」


作者「はい。仰る通りです。ホントすみませんでした……」


恭佳「やれやれ。こんな調子で大丈夫なの? この作品完結させたら修正作業もやるんだろ?」


作者「まあ、頑張ってやるよ。オレも投げ出すような真似だけは絶対しないつもりだから」


亜弥「さて、まだまだいろいろと言いたい事はありますが、あまり長くなってもアレですので今回はこの辺で」


奈々瑠「で、その『次』ってのは一体いつの話になるんでしょうね?」


臥々瑠「また半年後じゃない?」


樺憐「いえいえ。もしかしたら来年になるかもしれないわよぉ?」


作者「来年は言い過ぎでしょ。流石にオレもそこまで読者様を待たせる気はないからね……」

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