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第87話 正史と外史

この話の貂蝉の正史と外史の説明については無印版のセリフを使用したのですが、久々に見返してみると話は真面目な内容なのに、中の人である若本さんのあの独特のイントネーションのせいでとてもまじめな話に見えなかったw

まばらな人々が行き交う街の通りの真ん中を歩いている四人の人影。先頭には貂蝉。その後ろに零治。彼の左右に恭佳と樺憐が控えており、豪勢なメンバーに加えてこの異様な雰囲気。すれ違う人々は何事かと彼らに視線をチラチラと向けていた。零治達はそんな視線を無視して貂蝉の後に続いていたが、全員が全員堅く口を閉ざしていた。それはそうだ。何しろついさっきまで正体不明の男、左慈に襲われていた直後なのだ。おまけに貂蝉はその左慈と知り合いと来ている。世間話なんかするような余裕も無い。いま零治達にとって重要なのはこれから貂蝉の口から何が語られるかである。



「はい。着いたわよん。みんな入って入ってぇ」


「ああ……」



目的地である貂蝉が営む店に到着し、彼が店の戸を開けて零治達を招き入れて零治、恭佳、樺憐の三人は店の中に足を踏み入れ、最後の貂蝉が中に入って店の戸に『閉店』と書き記された木の札をぶら下げて扉を閉め、そのままスタスタと店内フロアの中央まで足を進めて零治達の方へ振り返る。その表情は真剣そのもの。普段見せているふざけた様子は一切感じられない。貂蝉のこの姿を眼にした零治は内心こう思った。コイツは本当に同一人物なのか、と。

零治、恭佳、樺憐の三人が貂蝉に無言の視線を向け、彼が口を開くのをジッと待ち、やがて貂蝉は重々しく口を開いて零治達が知りたい事を語り始めた。



「それじゃあ説明させてもらうわね。まずはあたしについて。あたしはこの世界の住人じゃないの」


「だろうな。それはあの左慈って奴との会話から何となく想像がつく。ならばお前は何者だ? お前もオレ達と同じような境遇の人間なのか?」


「それも違うわね。あたしは住人じゃないというより、この世界に居るはずの住人の名を借りて、この世界に存在するように作られたって言った方が正確ね」


「作られた存在? 誰にだよ?」


「う~ん。強いて言うなら、この世界その物にって所かしら」


「何だそりゃ。まるでこの世界が意思でも持っているかのような口ぶりだな」


「そう考えてもらって構わないわ。それに実際、そういう世界も確かに存在しているもの」


「……そういう世界『も』? おいおい、零治。この筋肉達磨、頭がおかしいんじゃないの? 今の言い方、まるで他にも世界が存在しているかのような言い方じゃないか」



貂蝉は至って真面目に話しているが、内容があまりにも突拍子が無いため恭佳は彼に小馬鹿にしたかのような視線を向け、失礼な言葉を口にした。まあ、恭佳の気持ちは零治も理解できるし、貂蝉の日頃の姿を見ている彼も半信半疑である。話の腰を折られ、貂蝉はまたしても女の子のようにプリプリと怒りを露わにした。



「んまぁ! なんて失礼な事を言う娘なのかしらっ! ちょっと零治ちゃん。貴方のお姉さん口が悪すぎじゃないのんっ!」


「姉さんの口の悪さは置いておくとしてだ。貂蝉、オレも姉さんに同意見だ。いきなりそんな突拍子も無い話を聞かされても信じろという方が無理な話だぞ」


「まあ。零治ちゃんまで失礼ね。あたしは至って真面目に話をしてるのにぃ」


「……お前の日頃の姿のどこをどう見たら真面目と結びつくのか教えてくれよ」


「零治さん。仰りたい事は分かりますが話の腰を折るのはその辺にしておきましょうよ。……仮に貴方の話が本当だとしましょう。では『外史』とは何なのです? 確か正式には採用されていない歴史の事を指す言葉でしたわよね?」


「定義としてはそうね。けれどそういう意味じゃないの。まあそれはおいおい説明していきましょう」



貂蝉は機嫌を直し、気を取り直して話の続きを語り始める。その姿は真剣そのものなのだがやはり服装のせいでとてもそうは見えなかった。真面目な話をしている場面なのにその当人の姿がピンクのビキニパンツ一丁の格好なのだ。傍から見ると完全にギャグである。だがここでツッコむわけにもいかない。今は貂蝉から話を聞く事が重要なのだ。零治達はツッコみたい衝動を抑えつつ彼の話に耳を傾けた。



「まずは零治ちゃん。貴方達が居た世界やご主人様が居た世界、そしてこの世界、更に他の世界……そう言った世界の事を外史と言っているんだけれど、もう一つ、外史と対を為す概念である正史というものがあるの。つまり、大まかに言うと世界には正史と外史、二つの種類があるって事」



一体なんの意味があっての行動なのか、貂蝉はグッと親指を立てて晴れ晴れとしたスマイルを浮かべながら白い歯をキラリと光り輝かせるが、零治達は眼をパチクリとさせて彼を見つめる。

話を聞けば聞くほどますます訳が分からなくなるだけだった。唯一理解できるのは世界が二種類存在しているという事ぐらいだ。更に先程の貂蝉の言葉で、零治には一つの疑問があった。話の本筋から脱線してしまうが、彼はその疑問を貂蝉に投げかけた。



「おい、貂蝉。左慈との会話でも出てきたが、その『ご主人様』って誰の事を言ってんだ?」


「やぁねぇ。零治ちゃんも何度か会ってるはずよん? 北郷一刀ちゃんの事に決まってるじゃなぁい♪」


「……一刀がお前のご主人様……?」


「そうよん」


「お前……アイツとどういう関係なんだ……?」


「あら。漢女の口からそんな恥ずかしい事まで言わせる気なのん?」


「……言わなくていいし、聞きたくもない」



今この瞬間、一刀は間違いなく零治に激しい誤解をされてしまった事だろう。ただでさえ零治の中で一刀の評価は低いのに、貂蝉のおかげでその評価は奈落の底まで落ちてしまいもはや修繕は不可能だろう。

本人の居ない所で解くのも難しい誤解をされてしまう一刀も中々に気の毒である。まあその点は置いておくとして、貂蝉の話を聞いた限りでは彼も無関係ではないという事は零治も理解できたので、貂蝉に話の続きを促す。



「話が逸れたな。貂蝉続きを頼む。……念のために言っておくが、正史と外史についての事であってお前と一刀の関係じゃないからな」


「分かってるわよん。……なら続けるけど、正史と外史。正史というの現実の世界。人が居て生活しているけれど、世界は一つだし、世界を繋ぐ道なんて絶対に発生しない」


「ふむ」


「魔法も無いし、龍なんて生き物も居ない。だけどそこに住む人々はそんなものは存在しないって言い切れる、物語を作り、そして見る側の世界。存在し、その存在が存在するという抽象的で、普遍的な概念に充ち満ちた世界の事よ」


「なるほど。だが貂蝉、今の説明、オレ達の世界には該当しない項目が一つあるぞ」


「あら、そうなの。それは何?」


「オレ達の世界には、魔法は存在している。流石に龍は居ないがな」


「そう。それが『貴方達の』現実世界という事なのね」


「ん? それはどういう意味だ?」


「つまりね、現実にはいくつもの種類があるって事」



貂蝉の説明に零治達は頭がこんがらがりそうになった。先程は正史と外史、この二種類の世界が大まかに言うと存在していると言っていたのに、今度は現実にはいくつもの種類が言い出すと来た。

同じような世界、つまり平行世界、パラレルワールドという概念なら零治達もある程度は分かるが、貂蝉の説明の内容はそれとは違うものである。もう話について行ける自信すら無かったが、そんな零治達の心境などお構いなしに貂蝉は続きを話し出した。



「今、この外史で一つの物語の主人公として、零治ちゃん達が捉えてる現実世界。そしてそんな零治ちゃん達を眺めている人達が居る、正史の現実世界っていうね」


「なら外史というのは?」


「外史というのは、正史の中で発生した想念によって観念的に作られた世界の事。簡単に言うと、正史の中で誰かが何らかの物語を作ったとしましょう」


「物語を作る? そりゃあれか? 小説家が小説を書くとかそういうのか?」


「そうよ。その作られた世界が、まず一つ目の外史となるの。そして、その物語を面白いと思い、その物語を支持する人達が、その物語についてあれこれと考え続ける。つまりその物語に想念を寄せるのね。その想念によって違う外史が生まれるの」


「例えばどんな?」


「例えば……そうね。零治ちゃん達なら分かると思うけれど、三国志の世界があるでしょう? 武将達が皆、男性として描かれている三国志世界の事」


「ああ。この世界とは違う、正当な三国志の世界の事だろ?」


「そう。そしてその物語を見て、その世界を好きになった人が考えるの。曹操と夏候惇は愛し合っている仲なのかもとか、孫策と周瑜の仲の良さは、実は裏では……とか。そういう想念が、正史とは違う次元で外史という、人々の想念に沿った世界を作ってしまうの。形而上的な世界をね」



孫策と周瑜の例え話はともかくとして、曹操と夏候惇の内容はこの世界だと完全に該当する話である。初めてこの世界に来て華琳、つまり曹操に出合い、そして彼女が同性愛者だという事実を知った時、零治は心底驚いた。しかも彼女だけではなく春蘭と秋蘭、つまりは夏候惇と夏侯淵にもそっちの気があり、彼はますます困惑したものだ。どうしてこうなったのかと。三国志の世界で歴史上の登場人物の性別が反転しているだけでなく、あの曹操や夏候惇、夏侯淵が同性愛者。実に理解に苦しむような世界だったが貂蝉の今の話を聞いて零治は納得した。貂蝉の話通りなら、この世界の曹操達がそういう風になったのは、この外史を生み出した想念の中にそういう展開が面白いと考えていた人の想念が混ざっていたからなのだろうと。



「んん~? 零治、つまりどういう事?」


「全く。姉さん、二次創作って言葉は知ってるよな?」


「それぐらい知ってるよ。ベースとなる作品、つまり原作を利用して独自の展開をする創作物。派生作品の事だろ?」


「ああ。貂蝉がいま言った話は、それに限りなく近い事なんだよ」


「その通り。零治ちゃん、冴えてるわねぇ。実に分かりやすい例えだわ」


「お前に褒められても全く嬉しくないな……」


「またそういう事言ってぇ。……話はまだ終わってないから続けてもいいかしらん?」


「ああ」


「外史が生まれる経緯をもっと分かりやすく説明すると、物語の登場人物が、本当は自分達と同じように生きていて、その世界で生活している。色々な思いを抱えて行動している……そんな世界を観念的に作り出してしまうって事」


「ふ~ん。要するにその正史の世界の人々の好き勝手な妄想が寄り集まって外史という世界を形作り、カオスな内容の世界が生まれるって訳かい」


「う~ん。ちょっと言い方は乱暴だけど、あながち間違いとも言えないわねぇ」


「だろ? 例えばだけどさ、ある世界に住む曹操は、夏候惇の事が大っ嫌いかもしれない。だけどそれとは違う似た世界では、曹操は夏候惇の事が大好きかもしれない。そういう世界もあるかもしれないって訳なんだろ?」


「そうよ。零治ちゃん、貴方のお姉さん口は悪いけど頭は良いのね」


「……零治。このハゲ頭ぶん殴ってもいいか?」



別に貂蝉は恭佳の事をバカにしたわけではない。寧ろ褒めているのだ。なのに彼女は貂蝉の言い方が気にくわないのか、眼を細めながら貂蝉を睨み付け、指の骨をボキボキと鳴らして今にも殴りかかりそうな勢いである。



「姉さん、やめとけよ。こんな筋肉の塊なんかぶん殴ったら、逆に手の骨が粉々に砕けるかもしれないぜ?」


「んまぁ! 零治ちゃんったら酷いっ! こんな美人に向かって何て言い草なのかしらっ!」


「零治さん。ですから話の腰を折るのはやめましょう? 話が先に進まないではありませんか。まだ外史の全貌を聞き終えていないのですから」


「おっと。悪かったな。貂蝉、続きを頼む」


「全く。姉弟揃って口が悪いんだからん。……恭佳ちゃんがいま言ったように、正史の中で作られたそういう一つの物語から、枝分かれして広がっていく世界を外史と定義しているのよ。私達はね」


「おい。何さり気なく人の名前呼んでんだ」


「細かい事は気にしないのん。……だけどその世界は脆弱で儚いもの。基盤となる物語が人々に忘れ去られると、その外史は消えて無くなってしまう」


「何……?」



貂蝉の口から告げられた穏やかではない言葉。外史が消える。いま居るこの世界も一つの外史と解釈して間違いないだろう。その世界が消滅する。それはつまり、この世界に住む人々も、華琳も、彼女が身を粉にして築き上げてきたこの街並みも、華琳がどれだけ過酷な道を歩んできたのか、その証もすべて消滅してしまうという事になるのだ。



「貂蝉。今の言葉はどういう意味だ……」


「言葉通りの意味よ。人々の記憶から喪失すれば、想念も無くなり、外史のある世界は支えられなくなって、その外史は消え去ってしまう」


「…………」


「もしくは人々が違う物語に興味を持ち、今まで支持していた物語を忘れてしまって、その世界の存在が成立しなくなる……ってね」


「……ったく。人間ってのはつくづく勝手な生き物だな」


「零治ちゃん。そんなに悲観しないの。そのためにあたし達が居るのよ。その外史を潰そうとする、もしくは定型として形を与えて観念的に正史とリンクさせ、その概念を固定する。それがあたし達神仙とか英傑とか、そういう名前を持たされた者の役目なのよ。この外史では、という注釈つきでね」


「なら、お前と左慈の会話の内容から察するに、あの左慈って男は『外史』を潰す存在という事か……」


「そう。そしてあたしはその対極に位置するアンチテーゼ。外史を守護する存在よん」


「それは言わなくても分かる。貂蝉、次はあの左慈についてだ。奴がどういう存在なのかは今の話で理解できたが、オレを狙ってきた理由はなんだ? やはりこの外史が関係しているのか」


「その通りよ。さっきも言ったように外史には物語、つまりストーリーが存在しているわ。そしてそのストーリーに沿って動く登場人物、要はこの外史に住んでいる人々が居る。それと一番重要な存在、物語の中心人物である主人公が居なければ外史の存在理由は成り立たなくなるわ」


「つまり、その主人公がオレだと言いたいのか」


「そういう事」



まだ全てが信じられている訳ではないが、貂蝉の話通りなら確かに辻褄は合う。彼が言っていたように自分達が元居た世界、自分にとっては正史だが第三者から見ると外史と捉える事も出来る世界、更に他の正史の世界の人々の想念が集まってこの世界を形成した。だが、世界だけ形作って物語があっても話を引っ張っていく中心人物、つまり主人公の存在が無ければ成立しない。なんの因果か、自分がこの外史を形成した想念を寄せた人々に選ばれたのか。それともこの世界その物に選ばれたのか。だがそれは今はどうでもいい事である。重要なのは自分の存在がこの世界の存亡に繋がっているという事。

しかしその時、零治はある事を思い出した。貂蝉と左慈が顔を合わせていた時、左慈が気になる事を口にしていたのだ。



「ん? おい貂蝉」


「な~に?」


「あの時、左慈は『もう一つのファクター』を始末すると言っていたな。まさかそのファクターってのは……」


「ええ。ご主人様の事よ」


「奴を逃がして良かったのか。一刀に左慈から身を護る術があるとは思えんぞ」


「その点は大丈夫よん♪ 知り合いに連絡してご主人様を護るように頼んであるからん」


「知り合い? 誰だよ?」


「あたしの師匠よ」


「お前の師匠……?」



貂蝉の口から出てきた意外な言葉に、零治、恭佳、樺憐の三人は眼をパチクリとさせて彼を見つめた。

貂蝉の実力を直接見た訳ではないが、あれだけの実力者である左慈が彼の姿を見るなりあっさりと引き揚げたのだ。それにこの筋肉質な身体。ボディビルダーみたいな見た目重視の筋肉とはわけが違う。だから貂蝉にもそれ相応の実力があると見積もっても間違いはないだろう。ただ問題は、彼を育て上げた師匠とやらがどういう人物なのかである。ましてや貂蝉がこの姿にこの性格なのだ。あまり考えたくないのが本音である。



「お前……師匠なんか居たのか……?」


「やぁねぇ、零治ちゃん。当たり前じゃないの。あたしだって初めから強かったわけじゃないのよん?」


「……参考までに訊いておきたいんだが、どんな奴なんだ……?」


「まあ、あたしみたいな人と思ってもらって構わないわよ」


「要するに同類って事じゃねぇか。今回ばかりは一刀に同情するぜ……」


「まっ! 零治ちゃん! それはどういう意味よんっ!?」


「好きなように捉えろ。話を戻すが、一刀の方は問題無いと解釈していいんだな?」


「ええ。彼になら安心してご主人様を任せられるわよん」


「そうか。ならこの世界が今すぐ消える心配は無いようだな。左慈については、専門家であるお前に任せるよ。姉さん、樺憐。行こうぜ」



この世界について、貂蝉の正体、左慈の事について。全てを完全に理解した訳ではないが、ある程度の事は分かったのだ。この世界、外史が消滅の危機と常に隣り合わせなのは気がかりだが、貂蝉の話を聞いた限りでは自分の力ではどうする事も出来ない。全ては正史の人々の想念次第なのだ。次に左慈の存在。この男の動向も気になるが、自分達で対処するより専門家である貂蝉に任せておくのが賢明だろう。何より、零治達には左慈に構っていられるほどの余裕は無い。今は蜀との戦に勝ち抜く事こそが大事なのだから。

零治達は話は済んだが、しかし貂蝉はまだだ。彼はまだ零治達に伝えねばならない事があるのだ。



「待ちなさい、零治ちゃん。まだ貴方には話さなければならない事があるの」


「これ以上何があるってんだ。正史と外史についてはある程度は分かった。消滅の危機と隣り合わせなのは気になるが、お前の話を聞いた限りじゃオレ達ではどうする事も出来ないだろ? もう話す事など無いと思うが?」


「……話とはその消滅の事なのよ」


「聞かせろ……」



他愛も無い話だったら、零治は貂蝉を無視してそのまま店を立ち去るつもりでいた。だが彼の口から出てきた内容はこの外史の消滅について。貂蝉の表情は真剣そのもの。場を和ませる冗談という訳ではなさそうだ。零治は店の出入り口の扉のノブから手を離し、貂蝉の方へゆっくりと振り返り、正面から見据えて話の先を促した。



「この外史について、良い報せと悪い報せがあるの。どっちから聞きたい?」


「どうせ両方聞くんだ。どっちでも構わん」


「なら良い方からね。結論から言うわ。この外史が消滅する心配は無いわよ」


「そうなのか? それは良い事だが、なぜ断言できる?」


「全ては貴方のおかげなのよ。零治ちゃん」


「ああん? オレが何をしたって言うんだよ?」


「貴方はこの世界で眼を見張るほどの活躍をしてきたわ。貴方だけじゃない。亜弥ちゃん、奈々瑠ちゃんと臥々瑠ちゃん、恭佳ちゃんと樺憐ちゃんも含めて主人公として申し分ないくらいにね。零治ちゃん達のその活躍ぶりが正史の人々の想念をより多く集め、この外史は自らの意思で定型を持ち、根を張って正史とリンクしたのよ」


「つまり、人々に忘却される事も無く、オレと一刀の身に何か起こらない限り消えないって事か」


「ええ。そうよ」


「いやぁ~。アタシらの活躍のおかげで消えないのか。そう考えるとなんか照れるねぇ」


「ふむ。確かにこれは良い報せですわね。ですがわたくし、そこまで目立つような事はした覚えが無いのですが」


「いや、今まで充分にしてきただろうが」



貂蝉から聞かされた良い話は、零治達にとってとても喜ばしい内容だった。自分と一刀の身に何か起こらない限りは消える心配は無い。一番気がかりな問題が既に解決しているのならば、零治達は蜀との決戦にも専念できるし、一刀の方も貂蝉が師匠に護るように頼んでいるから何の問題も無いだろう。

話を聞いて零治達は安堵の笑みを浮かべていたが、貂蝉の表情は浮かないものだった。まだ悪い報せが残っているのだから。



「零治ちゃん。喜んでいる所を悪いんだけれど、まだ悪い報せが残っているわよ」


「……あぁ、そうだったな。で、悪い報せというのは?」


「ええ。零治ちゃん、ちょっと話は変わるんだけど、貴方最近、自分の身体に何か変調は無かった?」


「何だよ急に?」


「いいからあたしの質問に答えて。これは大事な事なのよ」


「…………」



貂蝉の顔からこの質問は余程重要な事なのだろうと零治も理解できた。彼は両腕を組みながら軽く宙を見上げ、今までの事を思い返してみる。自分の過去の記憶を掘り返していくうちに、零治は答えに辿り着いた。

随分間が開いているため最近と言っていいかは微妙だが、貂蝉の質問の内容である身体の変調について思い当たる節があったのだ。



「……あぁ、そういや定軍山と赤壁に向かう途中の長江で原因不明の立ち眩みがあったな。それに近頃、妙に疲れやすくなった気がする」


「やっぱり……」


「何だよ。まさかこれが悪い報せだとでも言うつもりか?」


「正確には違うけれど、あたしが今から言おうとしている悪い報せと大きく関係しているのは間違いないわよ」


「何だよ。もったいぶらずにさっさと言え」


「零治ちゃん。さっきも言ったけれど、この外史は自らの意思で正史とリンクをした。つまり、この外史は自我を持っているのよ」


「それがオレの体調不良とどう関係してるというんだ」


「率直に言うとね……零治ちゃん。この世界に降り立ったと言われる天の御遣いは例外無く全員、この外史から存在を拒絶されているのよ」


「何? なぜそんな事になってんだよ」


「零治ちゃん。貴方は三国志についてどの程度知っているの?」


「まあ、人並みに基本的な事なら分かるが」


「なら、貴方達が身を置いている『魏』が、正当な三国志ではどういう歴史の道を歩んで来たかしら」


「どういうって、そりゃあ。…………っ!? あぁ、そうか。そういう事か……」


「どうやら理解できたようね」



貂蝉が何を言わんとしているのか零治は理解できた。理解してしまった。自分達がとんでもない事をしでかしていた事に。この世界の魏は、三国志の時代に突入してからも勝利を収め続けてきた。零治達の介入により、定軍山では秋蘭の死を回避し、赤壁でも勝利を収めてそのまま孫呉を討ち破り、残すは蜀のみという所まで来ている。だがこれは、正しい歴史の流れではないのだ。本来ならば定軍山で秋蘭こと夏侯淵は戦死するはずだった。赤壁で魏は蜀と呉の連合軍に敗れて大敗を喫し、撤退を余儀なくされるはずだった。

だがこの世界の魏ではそのどちらも回避されている。零治達の介入により、歴史の流れが歪められたのだから。



「オレ達が三国志の歴史の歯車を狂わせた。それがこの世界に拒絶される理由という事か……」


「そう。でもさっきも説明したように、外史とは正史の人々の想念によって作られた別世界。その世界に物語のストーリーは存在していても、正しい歴史の流れまで重要視されていないはず。だけどこの外史は自我を持ち、正史とリンクした事によりこの外史の歴史の流れも正当な三国志と同じ流れにしようと考え始めたの」


「だがそうはならなかった。オレ達というイレギュラーが存在していたから」


「その通り。それによりこの外史は零治ちゃん達が歴史の歯車を狂わせる存在だと認識し、次に貴方達をこの世界から排除しようと試みたの」


「それがあの原因不明の立ち眩みって訳か……」


「ええ。同じ御遣い同士を直接闘わせ、巧い具合に共倒れさせようとしていたのだけれど、この外史の物語も既に終盤。それも失敗に終わった。この外史の終端が決まった今となっては、もう零治ちゃん達を排除しても意味は無い。だけどこの外史は零治ちゃん達の存在を認めようとしないの。だから消すつもりでいるのよ。この外史に存在する天の御遣い全員をね……」


「そうなったら……オレ達はどうなる」


「文字通りこの外史から姿を消す事になるわ。その後、零治ちゃん達がどうなるのかはあたしにも分からない。元居た世界に戻るのか、それとも別の外史に飛ばされるのか、はたまた次元の狭間を永遠に彷徨う事になるのか。現時点ではあたしには何とも言えないわ」


「…………」



貂蝉から明かされた真実を前にし、零治達は言葉も出なかった。華琳には拾われた恩があったから、敵国である劉備率いる蜀に黒狼達が居たから、劉備みたいな甘い考えを持ち、現実に眼を向けようとしない輩に華琳が負けるよう事態を引き起こしたくなかったから、何より、この世界は一種のパラレルワールドだと今まで思い込んでいた。だから歴史を改変するような事をしても問題は無いと思っていた。そういった安易な考えがこんな状況を作り出してしまったのだろう。だが、零治の中に後悔という感情は無かった。それには今更どうする事も出来ないという点もあるが、今日この日まで自分達は華琳に拾ってくれた恩を返す意味合いも兼ねて、彼女にこの大陸で天下を取らせる。そのために戦い続けてきたのだ。ならば取るべき行動は一つ。この先、自分達にどのような結末が待ち受けていようともこれまで通り、今まで歩んできた道を突き進むのみなのだ。



「貂蝉。オレ達は後どのぐらい保つんだ……」


「少なくともこの外史が終幕を迎えるまでは消えないはずよ。その代わり、貴方達の身に起こっている体調不良はより一層酷くなると思うわ。その点は憶えておいてね」


「それだけ分かれば充分だ。例えこの先にどんな結末が待ち受けていようが、この外史がオレ達の存在をどれだけ否定しようが、オレ達はオレ達の道を突き進むだけだ」


「おうよ! 零治、アタシも最後まで付き合ってやるぜ! 例え地獄の果てでもな!」


「もとよりわたくしもそのつもりですわ。この拳で零治さんと華琳さんの前に立ちはだかる障害、全て打ち砕いてみせましょう。相手が何者であろうとも」


「それが貴方達の答えなのね。いいでしょう。ならばご主人様の事はこっちに任せておいて。貴方達は貴方達の戦いに集中なさい」


「言われずともそうするさ。……貂蝉、帰る前に訊きたい事がある」


「あら。どうしたの?」


「お前はさっき、この外史はこの世界に存在する天の御遣い『全員』を消すと言っていたな」


「ええ」


「それには一刀も含まれているのか」


「ええ。あたしとしては残念だけれど、ご主人様も含まれているわ」


「だがなぜだ。アイツは別に歴史を改変すような事はしていないはずだぞ」


「そう。それこそがご主人様がこの外史に拒絶される理由なのよ」


「……あぁ、なるほどな」



貂蝉から聞かされた言葉から、零治は少し考えて納得したように頷いた。確かに一刀は零治と違い、正当な三国志の歴史の流れに介入するような事はしていなかった。だがこの外史が持つ自我はそこを問題視していたのだ。歴史の流れを歪める存在である零治が魏に居るように、蜀にはその逆の効果が僅かながらに期待できるかもしれない一刀が存在していた。しかし結果は見ての通りだ。この世界の歴史の流れはもはや修繕不可能な所まで来ている。だからこの外史の自我は一刀の存在も不要とみなし、拒絶しているのだ。



「この外史はご主人様なら零治ちゃん達の歴史改変の流れを食い止める事が出来るかもしれないと、淡い期待を抱いていたのね。だけど結果は……」


「歴史の流れはもう修繕不可能なレベルまで改変されている。だからこの外史は役立たずの一刀を不要とみなしたって訳か」


「まあ。零治ちゃん、あんまりご主人様の事悪く言っちゃダメよ。アレでご主人様ってやればできる人なんだからん」


「アイツが過去にどれだけの功績を上げたかは知らんが、それは所詮過去の話だ。それを今に生かせて結果が出せているのならいざ知らず、それすら出来ていないのなら奴は役立たず以外の何者でもない。世の中ってのはな、結果が全てなんだよ」


「やれやれ。零治ちゃんはご主人様に対して随分と厳しいのねぇ」


「この世界でああいう奴を甘やかしてもいい事など何一つ無いぞ。……長居しすぎたな。貂蝉、今度こそオレ達は帰らせてもらうぜ」



貂蝉の口から告げられた悪い報せは零治達にとってあまりにも残酷な現実だった。だが彼らは悲観などしないし、するつもりも無い。悲観すれば今の状況が変わるわけではないのだ。何より蜀との決戦を間近に控えている今、そういう感情を抱けば間違い無く自分の足元をすくわれる。そうなっては今までの戦いが全て無駄になってしまう。華琳の恩に報いるためにも、それだけは絶対に引き起こしてはいけないのだ。

零治はそういう想いを胸に抱きながら恭佳と樺憐を伴いながら店の出入り口のドアの取っ手に手をかけ、貂蝉に背を向けたまま口を開いた。



「貂蝉。最後にもう一つだけ聞かせてほしい事がある」


「何?」


「この外史の終端の先に……未来はあるのか?」


「ええ。多くの人々の想念が集まったおかげで、無数の未来が存在しているわよ。ただ、そこに零治ちゃん達が居る未来があるかどうかはあたしにも分からないわ……」


「…………」


「でもこれだけは言える。未来での曹操ちゃんは笑っていたわ。この世界の平和のために前を向いてね」


「……それが聞けただけで充分だ。じゃあな、貂蝉。もう二度と会う事も無いだろうよ」



零治は最後まで背を向けたまま貂蝉に素っ気無い別れの言葉を告げ、ドアを開けて恭佳達共に外に出てパタンと扉を閉め、店から去って行った。一人店に取り残された貂蝉は出入り口のドアを見つめたままどこか寂しげな笑みを浮かべながら物思いにふける。貂蝉は先程の零治の後姿に、ある人物の姿を重ね合わせて見ていたのだ。



「もう二度と会う事も無い、か……。ホント零治ちゃんって、黒狼ちゃんとよく似ているわね」


………


……



城までの帰り道、日も沈み切って時刻は完全な夜。おかげで吹き付けてくる夜風はいつも以上に冷たかった。零治達がそう感じているのは実際に風が冷たいだけでなく、貂蝉から告げられた話のせいで心も冷え切っているからなのかもしれない。



「この話、建業に戻ったら亜弥達にも聞かせる必要があるな」


「そうだね。で、零治。この先どうするつもりなんだい?」


「どうするとは?」


「わたくし達の事ですわよ。今からでも何とかこの世界に留まる方法を探してみませんか?」


「今さらそんな事をしても無駄だ。貂蝉の話通り、オレ達の身体の異変がこの外史その物の仕業だというのなら、止める方法は一つしかない」


「何だよ?」


「オレ達が、いや……魏が劉備に、蜀に敗北するしかない。まあそれも無意味だろうな。この世界の三国志の歴史の歪みは修繕が不可能な域にまで達しているんだ……」



零治の言葉に恭佳と樺憐は何も言えなかった。この世界の歴史の流れがもう修復できないのは紛れも無い事実。何より三国志の時代も終わりが間近に迫っている。つまり、この外史の物語も終幕が近いのだ。

仮に魏が蜀に敗北する事でこの世界に留まる事が出来たとしても、物語の中心人物である零治と一刀の身に万が一の事があれば、それこそこの世界その物が消えてしまいかねない。それでは本末転倒である。何より、零治は絶対に蜀に、劉備に負けたくない理由があるのだ。



「それに、魏が劉備に敗北する事などあってはならない。それはオレ達が黒狼達に敗北するのと同じ事だ」


「そう……だね」


「ですわね。零治さん、申し訳ありません。貴方様のお気持ちを理解せず無神経な事を言ってしまって……」


「気にするな。二人の気持ちはオレも分かっている。だから……オレもやれる事はやるつもりだ」


「何をする気だい?」


「決まっている。この世界に、オレ達が確かに生きていたという『証』を遺すのさ。例えこの外史の自我がオレ達の存在を否定しても、オレ達が存在していたという証までは否定させやしない。蜀との決戦に勝ち、この世界にオレ達が居たという『歴史』を刻み込んでやる」



今この瞬間も、零治達は確かにこの世界に存在しているのだ。だがこの世界が持つ自我は、零治達の存在を認めようとせずに排除しようとしている。貂蝉から告げられた終幕を迎えた時、この世界から姿を文字通り消してしまうのも避けられぬ定めなのだろう。だが、この世界に存在を否定されても、存在していたという証までは零治達も否定はさせない。どうせ消えるなら、この世界に存在していたという証を、歴史を遺して消えてやろうではないか。相手が世界その物であろうと負けるつもりはない。それが今の零治の考えだ。

そして彼は確かに、この世界に大きな歴史の記憶を遺す事になる。そのきっかけとなる闘いが、今この瞬間も別の場所で繰り広げられていたのだから。

作者「さあさあ。この先、この外史はどんな展開を見せるのかな~?」


零治「おい。それを作るのがお前の役目だろ」


亜弥「そして、私達の結末は原作のエンディング通り、一刀と同じという訳ですか」


作者「ああ。これは当初から決めていた事なんでね」


恭佳「あんでだよ? ファンなら普通はあの結末を変えたいと思うんじゃないの?」


作者「確かに普通はそうするかもな。だが、あの終わり方こそが魏ルートの魅力だとオレは思ってる」


奈々瑠「なるほど。確かにあれは悲しい終わり方ですけど、あのエンディングのおかげで様々な『外史』が生み出されてますからね」


臥々瑠「ほえ? 外史って恋姫の中だけの概念じゃないの?」


樺憐「臥々瑠。奈々瑠がいま言った外史とは、作者の世界に存在している世界の事よ」


臥々瑠「う~ん?」


零治「要するに、魏アフター系統の内容のSSの事さ」


作者「そうそう。実際、恋姫のSSって魏ルートのその後の話がかなり多いんだよね」


零治「この外史も、ちったぁ正史の人の想念が集まってそんな風になれるんかね?」


作者「そこまで思い上がってはいないが、少しでも多くの想念が集まるように頑張ってやらぁね」


亜弥「おや。珍しく張り切ってらっしゃる」


恭佳「だね。明日には世界が終わるんじゃない?」


作者「ちょっと。最後の最後で台無しにしないでよ……」

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