第85話 追憶
ついに物語も終盤に差し掛かりました。ここまで長い道のりだったなぁ。
まあ、完結まではまだまだ時間が掛かるでしょうが、何とかここまで来れたんです。無事に完結できるようひたすらに突っ走りますよ!
魏が呉を陥としてから幾ばくかの時が過ぎ、建業の玉座の間を曹魏の仕様に改築する工事も完了した。
最初の内は元の内装と魏の内装が入り混じった状態だったので、全員ここで行う軍議に違和感を感じていたが、今となっては慣れたものである。
現在行っている軍議の議題はこの大陸の各国の動き。と言っても、現在残っている大国と呼べる国は蜀だけだ。後は魏に対抗する力も無い有象無象の弱小勢力のみである。
「主要な反抗勢力は既に蜀に移った。残るは、有象無象の小勢力のみ……という所ね」
「はい。こちらに投降してくる諸侯も増え、現在は制圧計画を見直し中です。提出は今日中に」
「もっとも、残る勢力も我らの軍勢を見ればすぐに降伏してくる事は間違いないでしょうが……」
魏は呉を打ち破り、その領地も手中に収めたのだ。今やこの大陸一の軍事力を誇る強国である魏に戦いを挑む諸侯はほぼ居ないだろう。春蘭の言う通り、これ程の強国の軍勢を前にしては戦いを挑むのは愚策。ならば国を、そして己の身と領地に住む民達を護れる選択肢は降伏か、僅かな希望を蜀に託して流れ着くかのどちらかである。現在の魏と対等に戦える力が無い勢力には、それこそ奇跡でも起きない限り勝てる可能性などありはしない。だからこそ残された諸侯達は降伏か蜀に逃げるという選択肢を選ぶ。それが大半を占めるだろう。
「ええ。大人しく従ってくる者達は、寛大に迎え入れなさい。そうする事で、他の中立の勢力もこちらに従う意志を固めるでしょう」
「従って来た者達には、早急に土地の情報を提出させ統治計画に組み込んでいきます」
「その件は稟に任せるわ。風は蜀への侵攻計画を早急にまとめなさい」
「はーい。前線基地の確保は出来ましたから、制圧が終わった部隊から、そちらに向かわせるようにしますねー」
「桂花や稟と連携を取り、前線基地で遊ばせている勢力が無いように」
「分かりましたー」
「ならば、本日の軍議はこれで終了という事でよろしいですか?」
「呉の旧領統一まであと一歩。そして、残るは蜀一国のみ……。皆の一層の奮闘努力を期待するわ」
「解散!」
春蘭の解散の合図と共に玉座の間に集合していた魏の首脳陣達は散り散りにその場を去っていく。蜀との決戦はまだ先だが、その準備は怠れない。魏にとってこれは最後の戦いとなる。だからこそ来たるべき蜀との決戦の準備は時間をかけて入念にする必要がある。それが今の首脳陣達の主だった仕事なのだ。零治も例外ではないが、彼は本国では警備隊の隊長という役職についているため、どちらかというと街の治安維持が主な仕事なため戦の準備等の仕事はあまり回ってこない。今日も特に報告するような案件も無かったので、さっさと玉座の間を後にしようとしていたのだが、後ろから華琳が彼を呼び止めた。
「……ああ、零治」
「ん? 何だ?」
「午後からちょっと付き合ってくれるかしら?」
「別に構わんが。なんか用事でもあるのか?」
「大した用事ではないわよ」
「そうか。まあいい。午後の時間は空けとく」
………
……
…
「しかし、華琳の用って何なんだ?」
中庭で華琳を待つ零治は考えるが思い当たる節は無い。彼に割り当てられた仕事は順調。特に問題は無い。なにせやってる事が本国に居た頃と変わらない街の治安維持が主なのだ。もしも仕事面で何か問題があるのなら、華琳の性格上軍議の場で指摘していたはず。特に報告するような事も無かったので、その事も言われなかった。となると少なくとも仕事の事に関する用事ではないはず。
しかしいくら考えても見当はつかない。となれば本人に直接訊くしかないだろう。だが時間までまだ少し余裕があるので、零治はいつものようにタバコを吸おうとコートの下に右手を伸ばした。と、その時である。
「っ!? 何だぁ!?」
突如として城内から爆発音が鳴り響き、その衝撃波が城の隅々まで行き渡り辺りを揺るがせた。
零治はひとまず状況を確認しようと周囲を見回す。すると中庭に一角から爆発があったと思われる場所から黒煙が立ち昇っているのが目視できた。
「ん? あの方角は確か……」
「隊長!」
「凪。今の爆発だが……」
「はい。工房の方から聞こえてきましたね」
「まさかとは思うが……」
工房、爆発。この二つの単語から連想される人物は零治の中には一人しか思い当たらなかった。何しろ本国の城でも同じような光景を過去に何度か眼にしているのだ。彼にとっては確信なのだろうが、放置しておくわけにもいかない。何しろ時期が時期なのだ。零治は凪を伴い、現場である工房へと足を運んで行った。
………
……
…
「酷い有様だな……」
「けふっ。けふっ!」
城の庭の隅には工房設備が設けられており、それは籠城戦になった時や技術開発用に矢の生産や武器防具の修理に必要不可欠なものだ。工房の蔵の出入り口からは未だにもうもうと黒煙が噴き出しており、その煙と一緒に真桜が咳き込みながら全身をススだらけにして姿を見せた。
「やっぱりお前の仕業か。真桜……」
「べ、別に好きで爆発させたわけやないで……」
「当たり前だ。城内で好きで爆発を起こすとか、お前はどこの爆弾魔だ。……あーあ。中も滅茶苦茶じゃねぇか」
零治は右手で口元を塞ぎ、左手で仰ぐようにバタバタと煙を振り払って工房内を覗いてみれば中は酷い有様だ。特に炉と窯の損壊が一番酷く、ここが爆発の中心点なのだとすぐに分かった。他には爆発の衝撃で辺りに散らばった工具類。他にも細々とした何かが散らばっているが、先程の爆発で激しく損傷して原形を留めていないため何なのか見当もつかない。
「何があった! 劉備の襲撃か!」
「心配すんな、春蘭。また真桜がやらかしただけだ」
「……そうか。怪我は無いか?」
「ううっ、ウチの心配してくれるんは秋蘭様だけやぁ……。隊長と凪は、部屋が滅茶苦茶になったのばっかり気にして、ウチの事なんか全然心配してくれへんし……」
「修理費はお主の給金から引いておくからな。特に心配する事も無い」
「ちょ……っ! 踏んだり蹴ったりやぁ~……」
工房の爆発で散々な目に遭ったというのに、ここに来て修理費は自腹の宣告を受けるという追い打ち。地獄から更に地獄へ。真桜は地面に両膝を突いてガックリと項垂れた。
気の毒だがこれは仕方ない事だ。故意ではないにしても、爆発の原因は真桜にある。ならば工房の修理費は自分で払う。これは当然の事である。
「で? 真桜、今度は何をやらかしたんだ」
「姐さんに頼まれてな。偃月刀を作り直してたんやけど」
「……おい。その話、亜弥から聞いたが、以前頑丈に作り直したはずだろ。それに角の本数がどうとかで揉めてたとも聞いたぞ」
「もうその話は別にええやん。……で、話を戻すけどな。姐さん、活躍は凄いけど、使い方はもっと荒いねん。それでもっと丈夫なんが欲しい言われてな」
「それで失敗してさっきの爆発か」
「まあ、得物が頑丈であることに越した事はないからな。蜀との決戦も間近だし、出来る事なら私の太刀も誂えてほしいくらいだ」
「寸法や意匠は前に調べてありますから、作れって言われりゃいくらでも作りますけど」
「本当か!?」
「いつの間に調べたんだよ……」
「そりゃ、気になったもんは機会があればいくらでも……」
「……他の皆の武器も?」
「まあ、大体は」
「……おい。まさかオレの叢雲もか?」
「あぁ、隊長の剣も試しに見た目だけ再現してみよう思うたんやけど無理やったわ。明らかにその剣、こっちの剣と作り方が違うからなぁ」
「だろうな……」
零治が使用している叢雲の外観は完全に日本刀だ。刀身は細くしなやかで斬れ味も一級品。こちらの世界の大振りの剣とは大違いだ。この世界の剣は斬るというより、重量を利用して叩き潰しながら断ち斬るという感じなので、使う金属も基本一種類だ。対して日本刀は完全に鋭い刃で斬り裂くように作られていて、使う金属の種類も複数ある。刀身は細いのにこの世界の刀剣よりも頑丈に出来ている点は魏のメンツにとっていつも疑問だった。まあ、零治の剣は神器なので明らかに普通ではないが、その点を除いても日本刀が頑丈に出来ているのには、作り方が根本的に違うからに他ならない。
金属とは本来、硬ければ硬いほど脆い。つまり弾性が無いと衝撃に弱く、折れやすくなるのだ。しかし刃の部分は硬さが無ければ斬れ味は当然悪くなる。剣を作る難しさはここにあると言えるだろう。
中でも日本刀は四方詰め鍛えなど、炭素含有量の異なる複数の鉄片を熱して叩き融合させる方法を使い、弾性と斬れ味を両立させている。日本刀が世界最強の刀剣と言われる所以はまさにここにあるのだ。
「ふむ……ならぜひ頼むとしよう」
「それはええねんけど、肝心の炉がなぁ……。作業用じゃなくて研究用の炉やからこれ一個しかないし」
本来ならこの程度の頼み、問題は無いのだが、春蘭の注文に対して真桜の表情は渋かった。工房内には炉が二つあり、彼女がいま言っていた作業用の炉は完全に大破しているため使い物にならない。もう一つの研究用の炉は無傷ではないが幸い大破はしていない。だが、これは別の目的用なので春蘭の注文に応える事が出来ないのだ。どっちにしろ炉自体が大掛かりな設備だ。とても一日二日で直せるような状態ではない。
「直すとして、どのくらい時間が掛かる?」
「何だと? 決戦に間に合わんのなら、新しい武器など意味が無いではないか」
「いや、炉その物を直すのはそうかからんけど……直すだけじゃ意味が無いねん」
「そもそもどうして爆発したんだ?」
皆が思っている疑問を凪が投げかけた。真桜が何かの絡繰りを作成していて爆発を起こす事故自体は本国でも過去に何度かやらかしていた。だが彼女は決して手先が不器用な訳ではない。寧ろ器用な方だ。その器用さのおかげで赤壁でも、その前の劉備軍の襲撃の戦いでも勝ち抜く事が出来たのだ。真桜も理由も無く失敗などしたりはしない。特に今回の失敗の原因は、国としての質の問題が絡んでいるのだ。
「中の温度を上げすぎたんや。で、炉の限度を超えてぼーんと」
「なら、直した所で……」
「せや。同じ条件にしたら、またぼーんや。呉の機材も悪ぅはないんやけど、やっぱりお城の炉に比べたらなぁ……」
魏の設備は華琳がそういう開発に熱心な点もあり、大陸でも有数な設備なのだ。もちろんどの国もこの辺りは蔑ろにはしない。武器装備の開発や修理は国を護る意味でも重要となる。いざ戦になっても、こういう設備が無ければ戦う事すらできないのだ。そのためによい設備を投入するに越した事はないが、それには莫大な費用がかかる。維持費だってバカにならない。現代で言うなら車と同じだ。良い物を使おうとすればそれだけ金が必要になる。この辺りは国土の広さと人の出入りが重要視される。商人が店を開き、商売をして自国に住む民達が物を買えば国に金を落とす。それが国費へと繋がり国を発展させる。国土の広さがこういう所にも差を生む。無論、統治者がちゃんとした政治をしていればの話だが。
「真桜。それなら向こうの炉をこっちに取り寄せたらどうだ?」
「無茶言わんといて。材料の選定から技師の呼び寄せ、機材一式組み付けまで、どんだけ手間がかかると思うとんの。そこまでするくらいなら、ウチが城に戻った方がなんぼか早いわ」
「なら、戻ってくれば良い」
「…………ええの?」
「おい、秋蘭。蜀の攻略が迫っているのにそんな時間あるわけないだろ?」
零治の言う通り、蜀の攻略は今日明日に始まる話ではないが、呉の統治も終了目前の所まで来ているのだ。
予定ではそこから間髪入れずに蜀に侵攻する事になっている。ましてや建業から本国まで戻るとなると当然時間はかかる。今の魏にそこまで時間的余裕は無いはずである。
「華琳様が午後から国元にお戻りになる。その護衛として付いて行けば良い」
「…………はっ?」
「どうした、音無」
「華琳が国元に戻る? 向こうで何かあったのか?」
「そうか……もうそんな季節か……」
零治の言葉を聞くと、珍しく春蘭が感慨深げに呟いた。季節という単語が出てきたので、華琳が国元に戻る用事は時期が関係しているという事になるだろう。だがこれだけの情報ではやはり何の用事なのか皆目見当もつかない。まあ、観光地巡りや食事に行くという訳じゃない事は確かだ。建業から本国に戻るのはちょっとの規模ではないし、自分の国で観光地を回る意味も分からない。そもそもあの華琳が自分の国のそういう所を知らないはずが無い。何より蜀との決戦を控えている中でそんな悠長な事をしている時間も無いのだ。
「音無は華琳様に同行すると聞いていたが……違うのか?」
「ん? いや、午後から用事があるから付き合ってくれとは聞かされていたが……」
「詳しく聞いていないのなら、後で華琳様自らがお話になるのだろう。我々から言うべきではないな」
「そういう訳だ。他にも国元に用のある者が護衛として付く事になっているから、真桜も一緒に行けばよい。ただし、滞在期間はそれほど取れんぞ?」
「かまへんよー。お城の炉が使えるなら、怖いもん無しや! 考えはまとまっとるし、こんなもん物の数やない!」
「秋蘭。因みに滞在期間はどれぐらいまで行けるんだ?」
「……二日、長くても三日が限度だ。こちらに戻って来る時間も考慮するとそれ以上は無理だぞ」
「分かった。なら、オレも出発する前に亜弥達に声をかけてみる事にしよう」
………
……
…
零治は最初は半信半疑だったが、華琳の用事は本当に本国へ戻る事だった。もしもあの時、秋蘭から話を聞かされていなかったら財布ぐらいしか持ち歩かない近場へのお出かけスタイルになっていた所だ。
まあ、今の零治にはBDがあるため叢雲無しでも充分に闘えるが、やはり長年付き合ってきたパートナーが無いと落ち着かない。なので叢雲はしっかりと装備してきている。
因みに亜弥、奈々瑠、臥々瑠は万が一に備えて建業で留守番をするのでこの場には居ない。樺憐は零治と華琳の警護の名目で付いて来ているし、恭佳も自分の置かれている零治との関係上必然的に付いて来る事になった。
「そういや、沙和。お前なんの用事で向こうに戻るんだよ?」
「もうすぐ新作の発表なの!」
「新作……?」
警備隊の一員でありながら、沙和は仕事に対してあまり積極的とは言えない。彼女の上官という立場になってから既に幾ばくかの時が経過している。だから零治は沙和がおしゃれをして自分を磨く事に余念が無い女の子なのだと把握している。なので零治は沙和が言う新作が何を指しているのかすぐに理解できた。
「服か……」
「それを買いに行ける機会があるのに見逃すなんて……絶対に、絶対に出来ないの!」
(いつも思うが、この情熱をもう少しぐらい仕事にも向けてほしいもんだよなぁ……)
「流琉ちゃんと季衣ちゃんも帰るの?」
「うん。春蘭様が、たまには故郷に帰ってきなさいって」
「私も、秋蘭様に」
「それがええやろ。二人ともたまには家族の顔でも見て、ゆっくりしてきたらええ」
「真桜。そうは言うけどさ、アンタらはどうなの? たまには親に顔を見せに行ったらいいんじゃないの?」
「だよな。お前らもそんなに歳変わらねぇだろ」
「隊長、恭佳様。ウチら、もうそんな歳ちゃうで?」
「そうなの。だから凪ちゃんも帰らないって」
(ふーん。コイツらも一応ちゃんと自立はしてるんだな。警備隊の仕事はアレだけどよ)
「あっ。ひょっとして隊長。この世界に来て長いから、親の顔が恋しくなったん?」
「あっ! 真桜! 零治にその話は……っ!」
恭佳が止めようとしたがもう遅い。何気なく真桜が口にした言葉。知らない事だから仕方ないのだが、零治の前で親の話は禁句だった。彼は四年前に両親を失っている。直接殺された所を目撃した訳ではないが、零治にとってこれは忌まわしい過去だ。だが、この出来事があったからこそ今の彼があるのは何とも皮肉な話である。
「姉さん。オレは気にしていない。それに真桜達には聞かせてなかったから仕方ないさ」
「ん? どうしたん? ウチ、何か変なこと言うたか?」
「いいや。……実はな、真桜……オレと姉さんに両親はもう居ないんだよ」
「へっ? 居ないって……どういう意味なん?」
「言葉通りの意味だ。オレ達の両親は……元居た世界で四年前に死んだんだよ」
「えっ!?」
零治から聞かされた言葉に全員が唖然とした。彼の両親が元居た世界で他界している。そんな話は初耳である。まあ、これは零治が自分の事を周りに語らないから仕方ない面もある。
知らなかった事とはいえ、真桜は訊いてはならない事を訊いてしまったような気がしてならなかった。子にとって親とは唯一無二の存在。決して代わりはきかない。その存在を失えば心に深い傷を残す。真桜の何気ない一言をきっかけに、辺りには気まずい沈黙が広がり、先程までみんな楽しそうに雑談を交わして歩いていたのに急に黙りこんでしまう。
「おい。急に黙るなよ。空気が重いじゃねぇか」
「いや、だって……。その、隊長……ごめん。ウチ、知らんかったとはいえ無神経な事言うてしもうて」
「オレは気にしてないとさっき言っただろ。それにもう四年も前の事だからな。昔ほど引きずっちゃいねぇよ。……だからって忘れた訳でもないがな……」
「……兄ちゃん。もしかして兄ちゃんの両親って……殺されちゃったの?」
「ちょっと! 季衣っ! 兄様になんて事を……っ!」
「あっ! ご、ごめん! つい……」
季衣は別に悪気があってこんな事を訊いた訳ではない。純粋に気になったから訊いたのだ。零治は真桜に気にしていないと言っていた時は表情はそのままだった。だが最後に、忘れた訳じゃないと言っていた時、その表情に影を落としていたのだ。この世界の人間は人の死に対して敏感だ。零治の見せた表情から、両親の死が普通の死に方でなかったのはすぐに分かる。病や寿命による自然死ならこんな表情はしない。つまり、彼の両親は理不尽な死を迎えたのではないかと季衣は感じ取ったのだ。
「流琉。オレは気にしていない。……それにしても季衣。よく分かったな。オレの両親が殺された事を」
「うん。その……兄ちゃんの顔を見て、何となくそう思ったんだけど……」
「あぁ、顔に出てたか。まあ、そういう事だ。オレの両親は殺された。四年前にな……」
「何があったの。零治……」
「何だ華琳。お前も気になるのか?」
「まあね。ただ、話が話だから、無理に話せとは言わないけど」
「いや、構わんさ。最近起きた事じゃないしな」
確かにこの出来事は四年前に起きた事。零治にとってこれはもう昔の話なのだ。本人が口にしたように、もう昔ほど引きずってはいない。だが忘れた訳でもない。何よりこれは忘れてはならない記憶なのだ。
この忌まわしい過去の出来事はまだ清算されていない。零治にとってこの出来事は、何が何でも決着をつけなければならない事なのだ。勿論それには元の世界に戻る必要があるが、今の彼にとってそれは後回しだ。
今は華琳達にこの話を聞かせねばならない。あまり気分のいい事ではないが、自分で話すと言い出した以上は話さねばならないだろう。零治は忌まわしい過去の記憶を掘り返し、空を見上げながら遠い眼をして語り始めた。
「あれはそう……オレの世界で戦争が起きて、しばらくしてからの事だ。戦火がオレが住んでいる地域にまで飛び火してきたから、両親と一緒に避難区域に向かっていたんだったな……」
「つまり、そこまで敵軍が迫ってきていたの?」
「いいや。歩兵はまだそこまで迫ってはいなかった。オレ達の世界とこの世界じゃ戦い方が大きく違っているんだ。歩兵が来ていなくても、逃げないと死ぬ可能性があったんでな」
この辺りはやはり文明と技術の差が顕著に表れるだろう。こちらと違い、零治の世界は現代寄りの近代的な世界なのに、魔法が存在している変わった世界だ。この魔法の存在があったからこそ、一度は滅んだ零治達の世界は蘇り、魔法の技術を様々な面で応用して発展していった。兵器も例外ではない。
銃や爆弾、攻撃用の無人機の開発も行われていた。叡智の城からの恩恵を受けて蘇った世界が、世界を蘇らせた存在が原因で再び疲弊し、滅びの一途を辿るとは何とも皮肉な話だ。だが、これも人の業ゆえ。いつの世、いつの時代も自分が優位に立ちたいと思う野心家は大勢居る。だからこそ人は争うのだろう。
「話を戻すぞ。……で、避難区域まであと少しの所だった。その時にオレは、背後から誰かに殴られ気を失った」
「背後から殴られた? 一体どうして……」
「分からん。少なくともオレが狙いだったわけじゃないだろう。でなければ、今こうして生きているはずが無いからな……」
「零治。もしかして貴方のご両親は……その時に……?」
「ああ。気が付いたらオレの両親は眼の前で倒れてた。初めはなぜ倒れていたのか理解できなかった。激しい雨が打ち付ける中、オレは一歩一歩近づいた。距離が縮まると父さんと母さんの周辺の水溜りが赤く染まっている事に気づき、それが血だと理解した。オレは二人を起こそうと思い、しゃがんで身体に触れた……」
これ以上は聞くに堪えない話だ。もうこの時点で零治の両親の結末は既に分かっていた。歩きながらの会話だが、零治以外全員が前を向く事も、零治を見る事も出来ず、ただ俯きながら歩いていた。そして何も言えなかった。口を挟んだ所でどうにもならない。これは零治の過去の話なのだ。それで話の結末が変わるわけではない。出来るとすればせいぜい零治の話を止めるぐらいだが、何を言って止めればいいのか誰も思いつかない。だから、否が応でも話の続きを聞かざるを得なかった。
「父さんと母さんの身体を揺すっても何の反応も無かった。何度も何度も揺すっても声一つ出さなかった。そしてオレは……二人の身体が冷たくなっている事に気づき、もしやと思って首筋に触れた。脈は無かった。その時になってようやく、オレは二人が死んでいる事に気づいたんだ。その後の事は……よく憶えてない……」
「丁度その時にアタシが駆け付けたんだよ。零治、アンタは父さんと母さんの死を知った直後に錯乱して意識を失ったんだ」
「……あぁ、そういえばそんな気がする。移動した覚えが無いのに、気が付いたらなぜか西軍の医療施設のベッドで寝てたもんな。オレ……」
「恭佳。貴方もその場に居たの?」
「ああ。ただ、正確にはアタシは零治達が来る予定の避難区域に居てね。零治達に避難するよう連絡したのもアタシだ。だけど、いつまで経っても来ないから心配になって迎えに行ったけど……アタシが駆け付けた時には、もう……」
「なぜ父さんと母さんが殺されたのか理由なんてどうでもいい。だが……二人を殺った犯人は必ず見つけだす。そして墓前で謝罪をさせて……オレがこの手でそいつを殺してやる……っ!」
この時の零治の険しい表情に、誰もが恐怖を覚えた。影を落とした表情の奥から覗いている澄んだ蒼い瞳の奥には激しい憎悪と復讐心が入り混じった炎を燃え上がらせ、忌々しげに歯ぎしりもしていた。
身近な人が命を落とすのはこの世界では日常茶飯事だ。だがそれでも、親友や身内を理不尽な暴力で失えば誰もがこういう感情を抱く。そういう意味では零治の今の心境を華琳達も理解はできるが、この近寄りがたい雰囲気はどうにかしてほしいものである。
「零治。喋らせた私が言うのもなんだけど、貴方の気持ちは分かったからその怒りを鎮めなさい。みんな怖がってるわよ」
「……ああ。悪かった」
華琳の一声のおかげで零治はすぐにいつもの状態に戻り、先程まであった険しい表情も消え、内に燃え盛っていた憎悪の炎も鎮火した。零治が放っていた近寄りがたい雰囲気は無くなったが、流石に今しがた聞かされた話の内容が内容なだけに、辺りには気まずい沈黙が広がる。
その場に居る全員が何とかこの空気を変えたい思いから必死に頭を働かせて別の話題を探した。だがそう都合よくは出てこない。みんなの様子を前にし、華琳が進んでフォローに出る事にした。
「流琉、季衣。確か二人の家は荊州との間だったわね」
「あ、はい。まあ、一日もあればお城まで行けますけど」
「流琉と季衣は、行軍の途中で拾う事にしましょう。領内に入ってからは本国の親衛隊も来るし、そこまで護衛もいらないはずよ。早く戻って、家族に挨拶していらっしゃい」
「はい! ありがとうございます!」
「なら、あの……兄様」
「何だ?」
「都で買っておいてほしい物があるんですが……いいですか?」
華琳が話題を切り替えてくれたおかげで場の空気もマシになり、流琉も自分から零治に話しかける事が出来た。まあ、華琳がフォローを入れる前に彼はいつもの様子に戻っていたから話しかけても何ら問題は無かったのだろうが、零治の口から語られた過去の話の内容とその直後の場の空気の重さではそれも難しい。
話しかけづらい状況に直面すると、人とはなかなか相手に対して口を開く事が出来ないものなのだ。そういう意味でもやはり、場の空気がいかに大事なのかと痛感させられる。
「そりゃ構わんが何が欲しいんだ? ひょっとして沙和みたいに新しい服とかか?」
「服なら私が選んできてあげるの!」
「それとも、新しい絡繰りがええか?」
服は分からなくはないが、流琉が絡繰りの類を欲しがるとは考えにくい。確かに零治の世界にはハンドミキサーやフードプロセッサーなどといった調理器具、つまりこの世界の言葉で言う絡繰りに当てはまる物は存在している。だがこれはあくまで零治の世界ならの話である。
こちらの世界の技術力ではそういった調理器具の開発は無理だろうし、流琉本人も料理をする上でそういった物が欲しいと思うほど困ってはいない。彼女が欲しい物は料理関連の物だが道具類ではなく、材料類である。流琉は沙和と真桜の勢いにたじろぎながら両手を軽く振り、自分が欲しい物を口にした。
「い、いえ、調味料の類なんですけど……。都に戻った後に買おうと思っていたので」
「調味料か。数は多いのか?」
「……結構多いです」
「なら一覧表を用意しといてくれるか。滞在期間中に行きつけの店を片っ端から当たって買っといてやるよ」
「分かりました。お願いしますね」
………
……
…
それから零治達は本国の警備隊と合流し、故郷に帰る季衣と流琉の二人を送り出してそのまま本国の城へと帰還を果たす。城までの道中、警戒していた襲撃など一度も無かった。流石は華琳のお膝元である。今やこの大陸で一番の大国となった魏。しかも本国内に居る華琳に対して襲撃を行える力を残されている勢力は殆ど居ない。出来るとすれば蜀ぐらいだろうが、向こうにもそれ程の余裕があるとは思えない。魏に従う意向を示さない諸侯達が集ってきているとはいえ、蜀にも後は無いのだ。向こうも魏との決戦に備え力を蓄える事に専念してるはずなのだから。
「久しぶりだな。こっちの城も」
「呉の遠征に行って以来、前線基地の確保の後に戻ったくらいですものね」
そこは見慣れた本国の城の中庭だ。だがここの風景を眼にするのは本当に久々であり、零治と華琳は感慨深げに呟いた。呉への進軍を開始してから戻ってきたのは前線基地を確保し、休息の日以来。それっきり一度も戻ってきていないのだ。
零治もこの世界に来てからかなりの月日が経過している。自分が生まれ育った地ではないから故郷に戻って来たという表現は変だが、自分の居場所に戻ってきたのでやはり感覚的には故郷に帰って来た感じに近いと言える。
「さーて。そんじゃ、華琳様。ウチは工房におりますよって、何かあったら呼んでくださいな」
「ええ。霞と春蘭の新しい武具、頼むわよ」
「お任せを!」
真桜はグッとガッツポーズを作って一目散に工房の方へと駆け抜けていった。こちらの城に設置してある炉の質なら呉の城で引き起こしてしまった爆発が起きる心配など無い。武具の新調、改造もお茶の子さいさいである。後は滞在期間中にどれだけ良いものに仕上げれるか、それだけの話なのだ。
「私も街に行ってきますー」
「あぁ、沙和。街に行くんならついでに詰め所に寄って、何か異常が無かったか見てきてくれよ」
「帰ってきてまで仕事って、やーなのー……」
「いや、普段仕事してねぇんだからそれぐらいやれよ。そもそも遊びで戻ってきたわけじゃないんだぞ」
「遊びじゃないの! 大事な事なの! 沙和にとって天下分け目の大決戦なの!」
「女ってのはつくづく分からん生き物だな。そこまで大袈裟な事なのか……?」
今の沙和が見せている覇気、零治はこれまでこんな姿の彼女は見た事が無い。新兵の訓練の時はこれに近い姿を見せるが、アレは完全に別人だ。殆ど二重人格と言っても良いかもしれない。
日頃の警邏で見せている姿はここまで大マジメではない。沙和のやる気がいつも自分の趣味に向きがちなのは零治も既に知ってはいたが、彼には到底理解できない感覚である。
「そうよ。女にとって身を飾る事は、武人が武器にこだわる事、軍師が兵法書を選ぶ事と同じ。良い物が見つかると良いわね」
「ありがとうなの! 華琳様にも似合いそうな服があったら、買ってくるの!」
本国の街で新作の服を買いに出かけるのは呉の遠征以来なのだ。呉を討ち破り、蜀への進軍の準備を行い、そしてそのまま侵攻するものなのだろうと沙和は当初思っていたのだ。だから新作の服を買うのも半ば諦めていた。しかし今回の華琳が国元へ戻るという話を耳にし、この機会を逃す手は無かった。
久々に本国へ戻ってきたという想いもあって、今の沙和は活き活きとしており、急ぎ足で中庭を駆け抜けて街へと向かっていった。
「零治さん。わたくしも街へ行ってもよろしいでしょうかぁ?」
「そりゃ別に構わんが。何だ? お前も服でも買いに行きたいのか?」
「はい。奈々瑠と臥々瑠に似合いそうな服を見繕おうかと思いましてぇ。年頃の女の子なのですからたまには違う服を着せてあげたいですわぁ」
「……親であるお前が全く同じ格好をしていてはそのセリフも説得力に欠けるぞ」
「あら。わたくしは構いませんわぁ。この服装も気に入ってますものぉ」
「それを言ったらアイツらもそうだぞ。動きやすいからあの服装気に入ってるみたいなんだが。……まあいいさ。行ってきな」
「は~い。行ってまいりますわぁ」
樺憐も沙和の後を追うようにゆっくりとした足取りでその場を去り、街へと足を運んで行った。年頃の娘を二人も抱えている親としてはたまには違う服を着せてやりたい。そういう想いはあるのだろう。
だが現代で生きていた人に似合いそうな服が三国志の時代で手に入るとは考えにくいが、案外何とかなるかもしれない。というのも、この世界の人間の服装、特に沙和の普段の服装はどう見ても三国志の時代の物とは思えないほど現代寄りの服なのだ。本国でなら意外な掘り出し物があるかもしれないだろう。
「華琳。お前は服とかは気にならないのか?」
「……平和になればね。それまでは、沙和や秋蘭に選んでもらう物で充分よ」
「気になるなら行ってくりゃいいだろ」
「今日は服を選んでいる暇は無いわ。零治は荷物を置いたら、私と一緒に来てちょうだい。いいわね?」
「そりゃいいが……華琳。オレと姉さんの関係は理解しているよな?」
「ええ」
「今は実体化していないからこの場には居ないが、間違いなく姉さんも一緒に来る事になるがそれは問題ないのか?」
「構わないわ」
「分かった。ならここで待ってるよ」
………
……
…
荷物を置いて来るといっても零治はそもそも自分にとって必要最低限の物しか持ってきていないかったので、置く物自体が手元に無いのだ。ただタバコのストックが少なくなっていたのでそれを補充するために部屋に行ってきたが、それもそこまで時間を要する程の用事ではない。中庭に戻ってきた時間も五分もかかってないだろう。まあ、時計なんか持ってないので正確な時間は分からないが。
で、零治と恭佳の二人は華琳が戻って来るまでの時間を潰すために二人揃ってタバコを吸っていた。
「フーー……」
「……華琳の奴、遅いねぇ」
「すぐ戻って来るだろ」
「こんな事なら、亜弥に頼んで物質変換魔法で創らせたトランプでも持って来るべきだったね」
「んなもん持ってきて何しようってんだ。ってか、亜弥になに創らせてんだよ」
「んー? 決まってんじゃん。昼飯代を賭けてアンタとポーカーでもしようかと思ってさ」
「アホか。そんなくだらねぇ理由で姉さんのポーカーに付き合えるか」
「あーっ! 零治さんだーっ!」
「ん?」
聞き覚えのある明るい声が中庭に響いたので、零治と恭佳の二人はそちらへと視線を向けた。
視線の先に居たのは張三姉妹である。そして声の主は長女の天和だ。よく考えると彼女達と顔を合わせるのも久々だろう。最後に合ったのは呉へ遠征に向かう直前、兵達の士気向上のための慰安ライブの打ち合わせの時以来だ。
「よう。三人とも久しぶりだな。どうしたんだよこんな所で?」
「あんたこそどうしたのよ。華琳様から役立たずって放り出されたの?」
「お前相変わらず口の悪い女だな、地和。華琳が用があってこっちに戻って来たからそのお供だ」
「華琳様もお戻りなの?」
「ああ。……華琳の用って、人和の報告を聞く事……じゃないよなぁ?」
「報告はこの間、建業での特別興行の時に済ませたわよ。不明な点はその都度連絡が来てたし……わざわざこちらに戻って来る意味は無いはずだけれど?」
「だよなぁ」
ここまで来ると本当に分からない。華琳の用事が何なのか。単なる買い物ならわざわざ本国まで戻る必要性は無いだろう。沙和みたいに、こちらでしか手に入らない物があるというのなら話は別だが、あの華琳がこの大事な時期にそんな理由で戻って来るとは考えにくい。確かに彼女は良い物は金に糸目をつけず手にしたりするだろうが、華琳という一人の女性として行動するか、或いは王として行動するか。蜀との決戦を間近に控えたこの時期なら華琳は間違いなく後者を選択する。考えれば考えるほど彼女の目的が零治には分からなかった。
「ねえ、零治さーん。この綺麗なお姉さん、誰ー?」
天和が零治の隣に立ち、茶色い巻紙とストローのように細く、長さが百二十ミリもあるのが特徴的なタバコのジョーカーを口に咥えて煙を吹かしている恭佳に興味津々の視線を向けていた。
恭佳は死神の記憶も共有しているので張三姉妹のこと自体は知っていたが、直接顔を合わせるのは実はこれが初めてなのだ。零治も張三姉妹とは基本的に仕事の話が主で個人的な会話はあまりしていない。何より天和と地和の我儘にいつも振り回されてそんな会話をする気にもなれなかったのだ。
「あぁ、そういえばお前らは知らなかったんだな。紹介する。彼女はオレの姉、音無恭佳だ」
「よろしくな」
と、恭佳はタバコを咥えたまま軽く右手を上げて張三姉妹に挨拶するが、天和、地和、人和の三人は眼を点にしてパチクリとさせ、零治と恭佳を交互に見つめた。何度も何度も。実に無意味な行為だ。ここまで来ると完全にコントのワンシーンにしか見えない。三人のリアクションを前にし、恭佳は不思議そうに首を傾げた。
「零治。この三人、コントも芸風に取り入れてるの?」
「いや。そんな話は聞いた事が無いが。……おい。お前らさっきから何してんだよ?」
「ええっ!? あんた姉弟が居たのっ!?」
零治に声をかけられてようやく我に返り、地和は驚きを露わにした。その姿はかつて華琳達に恭佳を初めて紹介した時と全く同じ反応だ。確かに話に聞かされていなかったし、張三姉妹はそもそも零治に実の姉が居る事も、ましてやこの世界に来ているとさえ思っていなかったのだ。だから驚きたい気持ちは分かるが、これは誰がどう見てもオーバーリアクションとしか思えない。
「何をそんなに驚いている。オレに姉が居る事がそんなに不思議か?」
「驚くに決まってるじゃない! それ以前にどうして今まで黙ってたのよ!」
「別に黙っていた訳じゃないが。それに訊かれなかったんでな」
「いや、それはそうだけど……」
「ちー姉さん。もうその辺でいいでしょう。確かに驚きはしたけど、零治さんも隠していたわけじゃないんだし。……それにしても」
人和は左手を眼鏡のフレームにかけながら恭佳の姿をまじまじと見つめた。頭のてっぺんから足のつま先まで見ては一人で納得したかのように何度も頷いていた。その様子を見ていた恭佳はまたもや不思議そうに首を傾げ、彼女に声をかける。
「何だよさっきから人の事ジロジロと見てさ。アタシの顔になんかついてるの?」
「いえ。流石は姉弟。よく似ているなと思ったの」
「そりゃどうも」
「ねえ。零治さんも髪を伸ばせばお姉さんと瓜二つになって見分けがつかなくなるんじゃない?」
「天和。オレと姉さんだと身長に差があるし性別が違うだろ。だいたいそんな事をして何の意味がある?」
「えー? 姉弟なら必ずする事じゃないのぉ?」
「しねぇよ」
「零治さん。私も訊きたい事があるのだけれど」
「何だよ?」
「その左眼、眼帯をしているけど……怪我でもしたの」
人和が訊いてきたのは左眼に着けている眼帯の事だ。これは左腕と違い隠しようがないから訊かれるのは仕方ないだろう。まあ、訊かれたからといってどうこうなる訳じゃない。彼女達には重要な部分だけを隠し、自分の身に起きた事を嘘を付け加えて説明すれば良い。それだけの話なのだ。
「あぁ、これか。赤壁の戦いでヘマをした。それだけの事さ」
「……治るの?」
「幸い眼球の部分は無事だ。しばらくすれば眼帯も外せるさ」
「そう。良かった」
「何だ。心配してくれてるのかよ?」
「もちろん。零治さんは私達の世話役だけじゃなく、場合によっては護衛も任せる必要があるもの。貴方が戦えない身体になったら困るからね」
「フッ。素直じゃない女だな」
人和が零治の身を案じる理由は仕事面の内容だったが、個人的にも心配している。なんだかんだで彼には世話になっているのだ。ドライな性格をしているためこんな素っ気無い事を口にしているが、それが人和の性格なのだと零治も理解しているので、別に悪い気分はしなかった。
「あら、三人とも。戻っていたの」
「華琳様、お久しぶりです。ほら、姉さん達も挨拶して」
「お久しぶりですー」
「こちらへは何の御用で?」
人和は華琳の姿を見るなり恭しくお辞儀をして挨拶の言葉を述べ、天和と地和も彼女に続いて華琳にお辞儀をし、挨拶をする。張三姉妹にとって華琳は命の恩人であり活動のための費用を提供してくれる大事なスポンサーなのだ。それと同時に華琳は一国の王。王の前で礼節を欠くのは決してやってはならない事なのだ。
「野暮用よ。それより、活動は順調なようね」
「はい。今は北方や西涼を中心に回っていますが、どちらも相応の成果が上がっているかと」
「みんなちぃの虜にしちゃうんだから!」
「えー。みんな、お姉ちゃんを応援してくれてるんだよー?」
「ふふっ、頼もしいわね。……近い内に建業だけでなく、江東への巡業も依頼すると思うけれど、良いわね?」
「お任せを。ただ、このままでは護衛や雑用の手が足りないかもしれませんが……」
「そちらの確保は当面、人和に任せるわ。私に逆らう真似さえしないのなら、後の報告をくれるだけで構わないわ」
「ありがとうございます」
「華琳様ー。その次は蜀ですか?」
天和が眼を輝かせて華琳に尋ねた。魏が領地を拡大するという事は、張三姉妹の活動範囲が広がる事に直結する。華琳のお膝元での活動とはいえ、三人が夢見ていた大陸全土を回って歌と踊りを披露する。それが叶う目前まで来ている。そしてそれが済んだら、今度は自分達の力で更なる高みを目指す。それが今の張三姉妹の目標なのだ。
「そうよ。そちらの決着が着いたら……貴方達には蜀も回ってもらうわよ」
「やった。楽しみにしてますね!」
「なら、その件はまた連絡させるわ。零治、恭佳。来てちょうだい」
「はいよ」
「ああ。三人とも。それじゃあな」
「ええ」
「あんたも頑張りなさいよー!」
「またねー!」
華琳はようやく用事を済ませるためにその場を歩き始め、零治と恭佳の二人も後に続き、張三姉妹が手を振りながら見送る中、彼らは戻って来て間もない城を後にした。
………
……
…
華琳と共に城を発ち、零治達が向かった先は城の近くに存在している森だ。この森のこと自体は零治も知ってはいるが、聞いた限りでは何の変哲もない普通の森である。華琳の後をついて歩いている零治と恭佳はますます分からなくなる。華琳がこの森に用があるのは理解できているが、何の目的があって来ているのかまでは流石に分からなかった。
「おい、華琳」
「何?」
「こんな森に何の用があるんだよ? それに時期が時期だ。少々危険だと思うんだが」
「あら。我が軍最強の将が二人もついていながら、随分と弱気な発言ね」
「別にそういうつもりで言った訳じゃ……」
「まっ、心配無いだろ? 仮に刺客が居たとしても、アタシらの姿を見てまでそんな気を起こす奴なんて、よっぽど任務に忠実な奴か命知らずのバカだけだよ」
「その通り。それにこんな所まで刺客は来たりしないわよ」
今この森を歩いているのは華琳、零治、恭佳の三人だけ。魏は今やこの大陸で一番の大国だ。普通に考えれば他国の刺客に狙われてもおかしくはないが、この地は魏のど真ん中にある。仮に他国が刺客を放つにしても、その刺客がここまで辿り着けるのかも疑問である。そういう意味では、この場では護衛の兵が居なくても安全には違いないのかもしれない。
「さあ、着いたわよ」
「着いたって…………何だよここは?」
あまり人の手が行き届いていない獣道を道なりに進んでいて、零治達は目的地に到着する。
零治と恭佳は辺りをキョロキョロと見渡してみるが、周りにあるのは雑木の群れが立ち並ぶだけ。特に珍しい物があるようにも見えなかった。
「そうね。普通は気付かないわよね……」
華琳はフッと小さな笑みをこぼし、視線を獣道の脇に落としていた。零治と恭佳も彼女の視線の先を追ってみると、そこにはある物が存在していた。だがそれは、普通に歩いていたら決して気付く事はない物。下草に覆われた小さな石がポツンと顔を出していたのだ。
「これは……ひょっとして墓石か?」
「ええ。橋玄様の墓よ」
「橋玄様。……って! 華琳が様付けするって何者だよ!?」
「私がまだ駆け出しの役人だった頃、春蘭達と一緒にとてもお世話になった方よ」
「……その割には随分粗末な墓だね」
地面の上から姿を覗かせている墓石は、お世辞にも墓標とは言えない小さな石のかけらである。
それは子供が飼っていた金魚や昆虫の類の亡骸を、自宅の庭に穴を掘って埋めてやり、その辺の石や枯れ枝、或いは割り箸で作った十字架などを突き立てて作った墓と殆ど変わらない物である。
「派手な事の嫌いな方だったの。何度か、私の所で働いてほしいとお願いにも行ったのだけど……結局、最後まで首を縦に振ってはもらえなかったわ」
「なら、今日はその橋玄って人の命日なのか?」
「……亡くなられたと連絡を受けたのは、もう随分前の事よ。今まで忙しすぎて、挨拶にも来られなかったのだけれど……」
「そんなそぶり、全く見せてなかったな」
「恩師とはいえ、他人の死だもの。曹魏の運命を左右するというならまだしも、完全な私用だったしね」
華琳はそう言って両手を合わせて眼を閉じ、恩師である橋玄の墓に黙祷を捧げたので、零治と恭佳も彼女に倣って両手を合わせて眼を閉じ、同じく黙祷を捧げた。
その間、辺りはとても静かである。時折吹き付けてくるそよ風が周囲の草木を揺らし、ガサガサと小さな音が鳴り渡るぐらいだ。しばらくして華琳は手を離して眼を開き、零治と恭佳もそれに続いた。そして華琳は不意に口を開き、随分と懐かしい話を語り始めたのだ。
「……ねえ零治。憶えている? 貴方と私が初めて会った頃、占い師の話を聞いた事があったのを」
「占い師……? あぁ、街の視察に行ったあの時の事か」
あの時を境に、様々な偶然が重なりあって色々な事が起きた。視察を終え、集合場所に来てみれば零治、春蘭、秋蘭の三人がなぜか全く同じ竹カゴを買っていたり。しかもそのカゴは凪、真桜、沙和の三人が売りに来た物だった。おまけに零治は真桜が担当してた売り場に当たり、彼女が持ってきていた全自動カゴ編み装置などという怪しげな絡繰りの実演に付き合わされ散々な目に遭ったのだ。
それが今じゃ凪、真桜、沙和の三人は零治の部下になり、警備隊として共に街の治安を維持し、戦になれば肩を並べて戦っているのだ。世の中の縁とは実に不思議な所で繋がりがあると思える。
「あの時の占い師も……実を言うと、橋玄様から紹介されていたの」
「あの占い師……管輅の事、知ってたのかっ!?」
「ええ。視察の本来の目的は、管輅に会う事だったの。……皆には言っていなかったけれどね」
「そうだったのか……」
あの出来事以降、華琳は占いなど頼った事は無い。だが管輅の占いだけは評価を聞くどころか礼まで払っていたのだ。まあ、正確に言うとあの時礼を払ったのは零治になるのだが。しかしながら、自分で出したわけではないにしてもわざわざ礼を出すという事は、それだけ恩師である橋玄の影響が大きいのかもしれないのだろう。
「今では管輅の言う通り、乱世の奸雄よ。なるほど、言い得て妙だったわね」
「当たるもんなんだな……」
「この世界の占い師、侮れないねぇ」
「確か、零治も何か言われていなかった?」
「オレ?」
零治は両腕を汲んで宙を見上げながら当時の記憶を掘り返し、管輅に言われた事を思い返してみる。もともと占いなど信じない主義のなので、いつもの零治なら何かを言われても右から左へ筒抜けのはずだった。
だがどういう訳か、あの時管輅に言われた言葉だけは頭の片隅に引っかかっていて、自分でも不思議に思うほどすんなりと思いだしたのだ。そして管輅にはこう言われたのだ。
大局の示すまま、流れに従い、逆らわぬようにしなされ。さもなくば、待ち受けるは身の破滅と。
「…………」
「零治、どうしたの?」
「ん? あぁ、すまん。……う~む。何か言われた憶えはあるんだが、内容までは憶えてないな。オレは占いは信じない主義なんでな」
「そう」
「まっ、忘れたって事は所詮その程度の内容だったって事さ。気にする必要も無い」
「そうね。なら、橋玄様にも今の私の事を報告できたし、戻りましょうか」
「分かった。……華琳。橋玄様はお前の事を褒めてくれそうか?」
「それが分かるのは私が死んで、橋玄様にもう一度お会いできた時になるでしょうね。……まだまだ先になりそうだわ」
「フッ。気の長い話だな」
零治と恭佳は肩をヒョイッと竦めながら華琳の後を追い、来た道を戻り始めた。
その間、零治は管輅に言われた言葉を思い返してみた。華琳には忘れたと言って誤魔化したが、何か引っかかっていたのだ。しかし、占いなど信じない主義なのですぐに零治は考えるのをやめ、自分にこう言い聞かせた。所詮は占い師の戯言。気にする必要など無いと。
だが、管輅が残したこの忠告の内容は零治を、いや、彼だけではない。この大陸に降り立った天の御遣い全員を少しずつ蝕んでいる事を零治はまだ知る由も無かったのだ……。
零治「この話が来たという事は、本編のメインストーリーもついに終盤か」
亜弥「ええ。次はいよいよ蜀との決戦ですね」
作者「なんだけど、次は間に拠点パートを挟むんだがそこで一波乱あるぞ」
恭佳「へぇ~。今度は何をやらかすつもりなのさ?」
作者「まあ、それは次回のお楽しみって事にしてくれよ」
奈々瑠「……どうせまた下らない事なんじゃないんですか」
臥々瑠「だねぇ。過去にそういう話をいろいろと書いてきたし」
作者「お前らってマジで失礼だよな。それに今度は真面目な話だぞ?」
樺憐「拠点パートで真面目な話?」
零治「お前、拠点パートでそんな話書いてたか?」
作者「いや! 書いてたでしょ!」
亜弥「確かに書いてたりもしましたが……完全にギャグ抜きの拠点パートは記憶にありませんよ」
作者「拠点パートでギャグは大事な要素だろっ!」
恭佳「それは否定しないけど、ギャグが入ったら真面目な話とは言えないだろ?」
作者「大筋がシリアスなら真面目な話でいいんだよ。原作の拠点パートもそんな感じなんだから」
零治「つまり結局いつもと変わらないって事じゃねぇか……」




