第81話 届かぬ刃と想い
長い休みがあるとずっと書き続けられるから仕上がるのも早いや。
しかし、これがいつまでも続く訳が無いから少し悲しかったりもしますね。
こちらは零治が乗り込んだ星達が使用している船の甲板内だ。今や全ての船が水の鎖で縛りつけられているので、船に慣れていない人間が感じていた不快な揺れは一切起こっていない。船の上でありながらここはまさに、いつも歩き慣れている大地の上と変わらない。
零治に対峙している星、翠、蒲公英の三人は彼の放つ殺気を前にして動く事が全く出来ずにいた。下手な事をすれば間違い無く殺される。その不吉な結末が見えているから動けないのだ。自分達がこのシチュエーションを望んだとはいえ、こうして改めると自分達はとんでもない人物を相手にしようとしているのだと、星達は痛感した。
「どうした? ただ立っていてもオレを倒す事は出来んぞ……」
「言われずともそれぐらい分かりますよ」
「フッ。まあ、翠と蒲公英は分からなくはないさ。こうしてオレと直接闘うのはこれが初めてになるんだからなぁ……」
(くぅっ! 噂では聞いてたが……音無の殺気、半端じゃないぜっ!)
(……これが音無さんの本気なのっ!? たんぽぽ、耐えるだけで精一杯だよ!)
零治が放つ殺気は常人ならとても耐えられるような物ではない。星達のような歴戦の英傑でさえ耐えるだけで精一杯なのだ。まあ、零治から言わせれば耐えているだけでも大したものと言えるのだが。
歴戦の英雄でさえこの有様なのだ。一般の兵達は無謀な闘いを挑むはずが無い。そのはずだった。
「音無っ!」
「ん?」
何者かが声を張り上げて名前を呼ぶので、声がした方向に零治は何気無く視線を向けた。その先に居た者は蜀軍の一人の兵士である。その男は抜刀している剣を片手に、零治に恨み辛みの籠った視線を向けながら一歩、また一歩とこちらに近づいて来ていた。
「……何だ貴様」
「お前に恨みを持つ者さ! 定軍山で……お前に弟を殺された恨みをなぁ!」
「弟だと……?」
これまで零治は敵対していた兵達を大勢殺してきた身だ。その数は計り知れないため、零治もいちいち殺した相手の顔など憶えていない。だがその男はよく見てみると、見覚えのある顔つきをしていたのだ。
そう。定軍山で星との一騎打ちをしている最中に、卑劣にも不意を突いて矢を射かけたあの兵士にだ。
「あぁ。なんか見覚えのある顔をしていると思ったら……そうか。お前、アイツの兄貴か」
「…………」
「ククク。オレが憎いか……?」
「憎くない訳が無い! お前は俺のたった一人の弟を殺したんだぞ!」
「フッ。今は戦争中だ。よくある事だろうが……」
「黙れっ! 弟の敵、討たせてもらうぞ!」
「やってみろ。殺される覚悟があるのならな……」
「音無! 覚悟しろっ! うおおおおおおおっ!!」
「なっ!? よせぇ! お主の力でどうこうできる相手ではないぞ!」
星が手を伸ばして止めるが、兵は彼女の制止の言葉には耳を貸さず、ありったけの恨みを込めて手に持つ剣を水平に構えながら甲板上を一直線に走りだし、零治に向かって突撃をした。
対する零治は別に何もしようとしない。ただ向かってくる兵士に侮蔑の視線を向け、棒立ちしているだけである。その間も兵との距離はすぐに縮まっていき、やがて兵士の剣は零治に届き、彼の腹部に深々と突き刺さり、刃が背を貫通したのだ。
「がはぁ!」
「なっ!? 零治殿っ!」
誰もが驚いただろう。あの零治が無名の一人の兵士の手によって討ち取られたのだ。辺りは静寂に包まれ、船に乗る者全員が、零治と彼に剣を突き立てた兵士の姿を見つめていた。
腹部を刺された事で零治は口から血反吐を吐き、彼の足元は血で紅く染めあがり、両腕から力が無くなってだらんと力無く下ろされ、首も下を向いていた。零治に剣を突き立てた兵士は剣を握ったままの体勢で、肩で激しく息をしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
「…………」
「はぁ、はぁ……や、やった。弟の敵、取ったぞっ!」
「……そう思うか?」
兵が安堵したその瞬間、零治は両眼を開いて首を上げて口の端を吊り上げ、左手を伸ばして兵の首を掴み、軽々と持ち上げたのだ。あまりに突然の出来事に兵は状況が理解できず、剣から手を離してしまいどうする事も出来ない。首には零治の左腕のガントレットの鋭く尖った指先の装甲板が食い込み、薄っすらと血が滲み出ていた。首を絞めつけられているので兵は息をするのがやっとで、苦しさのあまり眼も充血を起こしている。宙ぶらりんの兵士は両手で零治の左手を振り解こうとするが、その程度では振り解けないし、空中で両脚をバタつかせても何の意味も無かった。
「はぁ~……今のは痛かったぜ? ったく。腹に剣をブッ刺しやがって」
「ぐぐ……っ! お、お前……どうして生きて……っ!?」
「これから死ぬ奴がそれを知る必要は無い……」
零治は右手を叢雲の鞘に伸ばし、ゆっくりと引き抜いて刃を兵の前でチラつかせた。鏡のように磨き抜かれている刃には自分の顔が写り込み、辺りに月から受ける反射光を煌めかせた。
零治は腹部に刺さってる剣はそのままにし、右手に持つ叢雲を後ろに引き、兵の腹部に狙いを定めて突きの構えを取った。
「貴様にも……同じ痛みを味あわせてやる。死ね……」
「ごふっ!?」
腹に突き立てられた叢雲の刃は纏っている鎧を貫いてゆっくりと潜り込んでいき、兵は驚愕の眼つきでそれを見つめていたが、そんな事をした所で刃が止まる訳ではない。やがて刃は兵の背を貫通して血で紅く染めあがりながら姿を見せ、切っ先からは彼の血を滴らせ、甲板の板を紅く染めていく。もうこの時点で決着はついているのだが、零治はまだやめはしない。まだ息のある兵士に、完全なる死を与えるつもりでいるのだ。
零治は兵を左手で掴んだまま甲板の上に下ろし、両脚でちゃんと立たせた所で叢雲から手を離し、右手を開いて魔力を集中させてある物を創り上げる。甲板を紅く染め上げた零治と彼の血が混ざっている兵の血が零治の右手に集まりながら円を描き、それは出来上がった。零治の右手の中に創られたのはフリスビーぐらいのサイズをした円形の深紅の刃。チャクラムのような物だった。
零治は右手に収まってるチャクラムにチラリと視線を向け、ゆっくりと右手を上げて兵の額の辺りまで持ち上げたのだ。
「零治殿! もう勝負はついています! それ以上する必要は……っ!」
「いいや。コイツはまだ生きている。つまり勝負はついていない。殺し合いってのはな……相手が死ぬまで勝敗はつかないんだよ」
零治は無情の言葉を星に言い放ち、右手で兵の額に張り手を放つように腕を突きだし、彼の頭にチャクラムを突き立てたのだ。押し込まれたチャクラムの刃は兵の頭を貫通して血を飛び散らせながら中に収まり、その姿はまるで頭に緊箍児をはめられた孫悟空のようである。
零治は叢雲を兵の腹から引き抜き、左手をパッと離し、拘束を解かれた兵の亡骸はゆっくりと仰向けに倒れていき、甲板の上に身を横たえるとその衝撃でチャクラムで真っ二つにされた頭頂部がゴロンと転がり落ちて深紅のチャクラムもカランと乾いた音を立てて転がり落ち、そこから兵の頭の中身、つまりスライスされた脳の断面が姿を見せ、そこから血を溢れさせたのだ。
あまりにも惨たらしい殺し方を眼にした兵達は胃の中の物がこみあげてきて、その場や河に嘔吐してしまう者が続出した。
「おいおい。この程度で吐くとは……。星、お前んとこの兵は鍛錬が足りないんじゃないか?」
「……零治殿。そこまで……そこまでする必要があったのですか……っ!」
「何を甘い事を抜かしていやがる。殺し合いの場という特殊な環境下に居る以上、人ってのは綺麗な死に方なんか出来やしない。お前だってこうなるかもしれないんだぞ。違うか? 星……」
「そ、それは……」
零治の指摘に星は何も言えないし、翠と蒲公英も言い返す事など出来やしない。戦場に立てばそこにあるのは生と死のみ。強者が生き残り弱者は命を落とす、弱肉強食の不平等な世界。だが死は等しく全ての者に対して起こり得る。そういう意味ではある種、平等な世界だ。しかしその死も人によって様々。必ずしも戦場に立つ全ての人間が綺麗な死を迎えられるわけではない。殺し合いの場では、人によっては『ある』要素が深く絡みつき、相手を惨たらしく殺したりもする。その要素とは、怒り、哀しみ、憎しみなどが生み出す復讐心、やられたらやり返してやりたいという考え方から生まれる報復心などだ。
「戦場に例外など存在しない。あるのは生と死の二つに一つの結末のみだ。オレ達も戦場に立つ以上、いつ何時死ぬか分からない。死ぬのが嫌なら、初めから戦場に立たなければいい。覚悟無き者が足を踏み入れて良い世界ではないんだ……」
「…………」
「そして、この殺し合いに終わりは無い。誰かが殺されれば、遺された者が復讐心や報復心に駆られ自分から大切な存在を奪った者を殺す。ここからそれが永遠に繰り返される。復讐の連鎖の始まりだ……」
「……確かに貴方の仰る通りです。戦いとは終わりが無いのかもしれませぬ」
「ほぉ~。お前も少しは学習したみたいじゃないか。感心だな」
「ですが……」
「ん?」
「ですがそれでも、私は信じたい。桃香様ならばきっと、争いの無い平和な世を作るという理想を実現できると」
星はこれまでの出来事を通し、零治が指摘する劉備が目指す理想の影については既に理解している。だがそれでも、いつか必ず彼女が目指す理想は実現できるという信じる気持ち、そしてそのために力を貸したい想いに変わりは無い。
主を想う気持ち、それは零治にも理解はできる。だが彼から言わせれば劉備の目指す理想は所詮幻想でしかない。未来で生きてきた零治はこれまでの過去の歴史も人並みに知っている。だからこそ星の今の言葉には失望せざるを得なかった。人類はこれまで同じ事を繰り返している。彼の知る歴史がそれを証明しているのだから。
「お前はやはり愚かだ。世界はこの大陸だけではない。広い世界には多種多様な人種、文明、社会が存在している。その違いは必ずしも相容れるとは限らない。人は知らないものを恐れ、なかなか受け入れる事が出来ない。そしてその擦れ違いは軋轢を生み、やがてそれは争い……戦争へと発展する。人はこれを繰り返してきた事をオレはよく知ってるんだ……」
「ならばその連鎖……私達が断ち斬り、争いの無い世は必ず作れる事を証明して見せましょう!」
「出来るものならやってみろ。人はこの終わる事の無い連鎖から抜け出す事など出来やしない。争いが、争いのための道具がある限り、人が人で在り続ける限りこの連鎖に終わりは来ない! 永遠にな!」
違いがあるから争いが生まれる。互いに譲れないものがあるから人は戦う。それは零治や星も同じだ。互いが仕える王の目指す理想の実現への道を切り拓くために戦場に身を投じる。例え間違いだと言われようとも、己が信じるもののために戦う。零治達のこの闘いも、避けられぬ宿命なのだ。
「さて、今度こそ……っと、その前にだ」
「ん?」
今度こそ本当に闘いを始めようと互いが動こうとしたその時だった。零治は何かやる事を思い出したように右手に持っていた叢雲を甲板に突き立て、両手を腹部に刺さったままの剣の柄に伸ばして掴み、思い切り力を入れて引っ張りだし、引き抜き始めたのだ。
「ぬっ! くぅぅ……っ!」
刃が動くたびに腹部に鋭い痛みが駆け巡り、傷口からは血が滴り落ちて零治の足元を紅く染めていく。零治は苦悶の表情を浮かべつつも剣を少しずつ引き抜き、背中を貫通している切っ先部分が見えなくなった手応えを感じた所で一気に引き抜き、その勢いで上に振り上げた事で傷口から噴き出した血が弧を描き、周囲に飛び散って辺りを真っ赤に染め上げた。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
零治は肩で激しく息をしながら腹部の傷を軽く右手で触れると、掌は血で真っ赤になっている。傷が大きいためBDの治癒能力でもまだ治っていないようだ。左手に持つ剣を零治は忌々しげに河へ投げ捨てる。
事の成り行きを見守っていた星達は唖然としていた。普通ならば腹に剣を刺されただけで即死はしなくても、間違いなく死ぬはずである。なのに零治は死ぬどころか腹に剣を刺したまま普通に会話をし、手足もちゃんと動かしていた。その上いま目の前で腹に刺さっている剣を自分の手で引き抜きまでした。傷口からは大量の血まで流しているのだ。普通の人間ならこんな真似をすれば間違いなく出血と痛みでショック死をしてもおかしくない。だが零治は死なない。痛みもBDが抑制できるのだが、零治はそれを断っているので痛みは感じている。だがそれでも死なない。彼は両腕を身体に巻きつけ、全身を駆け巡る痛みを堪えるかのように俯き、身体を震わせていた。
「ク……クク……」
「零治殿! どうなさったのですか!?」
「おい、音無っ!」
「音無さん!?」
「ク……クックック……ハッハッハ……」
「零治殿……?」
「ハハハ……ハッハッハ! 痛みだ……痛みを感じる。まだオレは……『人』としての全てを失ってはいないようだなぁ!」
左手で額を押えながら天を仰ぎ、零治は嬉しそうに高笑いをしていた。誰もが眼を疑う光景だ。剣を腹に刺され、死ぬ事なく剣を突き立てた兵を殺し、自分の手でその剣を引き抜き感じる痛みに喜びを憶える。常軌を逸脱しているとしか思えない。定軍山での出来事を目の当たりにしていたとはいえ、星、翠、蒲公英、黄忠の四人はやはり信じられないし、その後翠達を通して定軍山での出来事を聞いていた翠蓮も目の前の光景には驚きを隠せなかった。
(翠と蒲公英の話は本当だったのか。零治、あんたの身に一体何があったんだい……)
「どういう事じゃ。あの男……なぜ生きているのだ」
「だから言ったでしょう、桔梗。あの男は危険なのよ……」
「……まさかあの男は不死身だとでもいうのか」
「ハハハ! ハーッハッハッハ!」
「……零治殿。貴方はやはり……変わってしまったのですね。定軍山で貴方をそこまで歪めてしまうような出来事が起こったというのですか」
「ククク。そうかもな。あの日を境に、確かにオレは変わった。だが全てが変わった訳じゃない。元の世界に居た頃のオレ……そこは何一つ変わってはいない。さあ、始めようぜ。お前達が望んだ死合をなぁ……」
零治は甲板から叢雲を引きに抜き、対峙する星、翠、蒲公英の三人に向かって歩きながら右手の中で叢雲を弄ぶ様にクルクルと回転させてブンッと振りおろし、刀身に付着している血液を振るい落として鞘にしまう。
左手を鞘と柄の境目に添えながらゆっくりと歩いてくる零治が一歩足を踏み出すたびに、星達は一歩、また一歩と後ろに下がってしまい、完全な逃げ腰になっていたので後ろで黄忠達と闘いを傍観している翠蓮がヤジを飛ばしてきたのだ。
「おらぁ! 翠! 蒲公英ぉ! なに逃げ腰になってんだぁ! お前らそれでも馬家の人間かぁ! ちったぁ攻めないか!」
「無茶言うなよ母様! 相手は音無なんだぞ!」
「そうだよ! 下手な事したら、たんぽぽ達殺されちゃうよ!」
「ククク。だが翠蓮の言う事は尤もだな。逃げていてもオレを倒す事は出来んぞ……?」
「確かにその通りですな。ですが、貴方を相手にしていてはこちらも慎重にならざるを得ないのですよ」
「そうかい。そっちが来ないのなら、こちらから行かせてもらうとしようか……」
「っ!?」
零治は右手を叢雲の柄に伸ばして手をかけ、腰を落としながら低姿勢で突撃を仕掛けた。いま星達は立ち位置的に、一番前に星が、その左斜め後ろに翠が、更にその右斜め後ろに蒲公英と、三人を線で結ぶと丁度三角形の形になるように並んで立っているのだ。零治は三人の立ち位置の中心に出来ている人ひとり分の空間内に突っ込み、星、翠、蒲公英の立ち位置の丁度真ん中に差し掛かった所で叢雲を抜刀して振り抜き、一太刀を浴びせながら突っ切って行った。この時零治は一振りで星、翠、蒲公英の三人を纏めて斬るつもりだったのだが、実際はそうはならなかった。彼が叢雲を振るったその瞬間、その太刀筋の軌道上に全部で六つの斬撃が出現し、それぞれ二つずつ星達三人に襲い掛かったのだ。
「なっ!?」
「くぅっ!」
「きゃあっ!」
星達三人は本能的危機を察知したのか、咄嗟に得物を水平に持ちながら自分の正面にかざして防御の構えを取った瞬間、柄の部分にそれぞれ二つの斬撃が斬りかかり、軽快な金属音を鳴らして火花を散らした。
零治は蒲公英の背後に回った瞬間、右脚を軸にして反転しながら突撃の勢いを殺して身体を止め、ゆっくりと立ち上がりながら叢雲を鞘に納めて怪訝な表情で三人を見つめていた。
「んん? 妙だな。一太刀しか浴びせてないのに、なぜ金属音が六回も聞こえたんだ?」
『ヒヒヒ。それは俺様がちょいとばっかし手を加えてやったからさ』
『お前の仕業か。一体何しやがったんだ』
『な~に。ちょっとお前の過去の記憶を拝見させてもらってな』
『お前、本の癖に覗きが趣味なのかよ……』
『おい。俺様を覗き魔みたいに言うんじゃねぇよ。で、話を戻すがよ、相棒。お前、よくさっきみたいな一撃必殺の居合を多用しているだろ?』
『ああ』
『だからそいつの強化にために、太刀筋の周りに俺様が真空刃のような斬撃を加えてやったのさ。まあ、言うなれば村正の次元斬の簡易版のような感じだな』
『なるほど。それで金属音が複数回聞こえたのか』
『そういう事だ。斬撃の数を増やしたければいつでも言いな』
先程の斬撃にはBDが絡んでいた。それだけの事だったのだ。零治からすれば別に驚くほどの事ではないのだが、事情を知らないこの世界の人間から言わせれば完全に常識外れの出来事である。星、翠、蒲公英の三人はもしやと思いながらそれぞれが持つ槍の柄の部分に眼を向けてみた。長年使い古された得物には無数の細かい傷などがついているが、その中に一際目立つ真新しい二つの傷。先程の零治の斬撃によってつけられた傷が眼に飛び込んできたのだ。
「これは……っ! やはり今の一撃は……」
「……星。お前のにもあるのか。真新しい二つの傷が」
「ああ。確かにある」
「たんぽぽ。お前は?」
「あるよ。ここに二つ……」
「という事は、やっぱり……」
「ああ。零治殿の先程の一撃……見た目は一振りしかなかったが、彼はあの一瞬で六回も剣を振るったのだろう……」
「どこまで人間離れしてるんだよ。あいつは……。こんな芸当、恋でも出来ないぞ」
「だろうな。だがあの方が常識外れなのは今に始まった事ではない。この闘い……私は何が何でも勝つ!」
「ククク。星、勇気と無謀を履き違えてるんじゃないか? オレはこの世界の常識が通じる人間じゃないんだぜ……?」
「…………」
「まあいい。お前があれからどこまで腕を上げたのか、退屈凌ぎに確かめさせてもらうか……」
(来るっ!)
零治が叢雲の柄に右手をかけ、居合の構えを取ったので星達三人は身構えたが、彼が動こうとしたその瞬間、腹の底に響くような複数の轟音が辺りに轟き、船に乗船している者全員の視線が音が響いた方角に集中した。何事かと思い音がした方角を見てみれば、恭佳が指揮するガレー船の大砲が火を噴き、蜀と呉の船を次々と撃沈しているのだ。
「おーおー。姉さんのやつ派手にやらかしてるなぁ。大砲をあんなに乱発しやがって。……しかし撃ち漏らしが多いな。一体誰が砲手をやってんだか」
確かに恭佳が指揮しているガレー船が撃っている大砲は敵の船を沈めてはいるが、撃ち漏らしの方が目立っていて、河のあちこちに大きな水柱が立っているのだ。まあ、敵の船団は水の鎖で全て縛り付けているので、大きな被害に繋がる反撃をされる心配は無いだろうと零治は思っていたからあまり心配はしていない。所が、その撃ち漏らしのせいで零治に災難が降りかかったのだ。ガレー船から放たれた一発の弾が運の悪い事にこちらに飛来してきた。幸いな事に着弾はしなかったが目と鼻の先で大砲の弾は落下し、大きな水柱が目の前に立ったので零治は思わず身構え、頭から水を被ってしまったのだ。
「何しやがんだぁ! 危ねぇだろうが! このクソ姉貴ぃ!」
距離があるため怒鳴ってもどうせ聞こえはしないが、こんな危ない目に遭わされては零治も黙ってはいられない。例え相手が実の姉でもだ。弾は直撃はしなかったが、もし当たっていたらどうなっていた事か。
想像しただけで背筋が凍りつきそうな事態だ。そういう意味では、水を被るだけで済んだのは不幸中の幸いと言えるだろう。
「あぁ、クッソォ! ずぶ濡れじゃねぇか。タバコはぁ……おおっ! よかった無事だ」
「隙ありっ!」
思わぬイレギュラーが発生したおかげで零治に僅かな隙が生まれ、これを好機と見た星は真っ先に突撃し、彼に向かって高速の突きの一撃を放ったのだ。正攻法が駄目なら隙を突くしかない。戦法としては正しい行動だ。ただし、これが零治にとって隙になるのならばの話だが。
「フッ。……たあっ!」
「くっ……!」
零治は叢雲を弧を描くように振り上げながら跳躍し、星の龍牙を弾き返して後ろに向かって側転するように身体を横に一回転させて間合いを広げ、船の縁の上に着地して叢雲を鞘にしまい、ゆっくりと星達に向き直った。
「悪くない一撃だったが、あんなのはオレにとって隙の内に入らんぞ……」
「そのようですな。相変わらずとんでもない動きをするお方だ」
「魏の御遣い……噂以上の強さじゃな」
「確かに。あたしも零治の武を直接見るのはこれが初めてだけど、惚れ惚れするような動きをしているじゃないか。やっぱり敵にしておくのは惜しい男だねぇ」
「はぁ。この二人は敵を前にして何を言っているのかしら……」
厳顔と翠蓮は昔から生粋の武人なため、やはり零治の動きには眼を見張るものがある。その闘いぶりをべた褒めしてるので、黄忠は額に手を当てながら呆れたように溜息を吐いて俯いた。確かに零治の強さについては黄忠も一人の武人である以上、認めざるを得ない。しかし彼にはそれ以上に死ぬ事が無いというこの世の理たる事象に逆らう事の出来る存在なのだ。普通に考えればやはり危険である。だがあまり細かい事を気にしない主義の厳顔と翠蓮はそんな事など気にも留めず、本気の殺し合いをしている零治達の命のやり取りを観戦しながらあれやこれやと答弁を行っていた。
「見た所、歳もお館様と近そうだな。とても同年代とは思えぬ」
「ああ。一刀も悪い奴じゃないんだけど、腕っ節の方はからっきしだからねぇ。おまけにあたしらの事も化物じみてるなんて言いやがるし」
「全くだ。儂らから言わせれば、お館様の方が弱すぎるのじゃ」
「……星。一刀は蜀でどういう扱いを受けてるんだ」
「はい? ……別にこれといって変わったような事は何も」
「なら翠蓮達がお前らの主をボロクソに言っているのはどういう事だ?」
「あぁ。我らの主は少々……というか、私達から言わせればかなり弱いお方でしてな」
「……だろうな」
「この戦時下です。我らもいつも主をお護りする事が出来るとは限りません。ですので、たまにですが私達が鍛錬をしてあげているのですが……」
「それ以上は言わなくていい。今のでオチはよ~く分かった」
一刀もこの世界では天の世界から降り立った天の御遣いの一人として数えられている。その点は零治達と同じだが、国での立場は完全に違うだろう。零治達はあくまで客将の扱いだ。指揮官としての位も与えられているので一定の権限は持っているが、立場的には魏の首脳陣達の中でも下の方の扱いになっている。
それとは逆に一刀は蜀で周りからご主人様だの主だのお館様だのと呼ばれており、国の舵取りを任されている立場。つまりは劉備と同じ王である。となれば他国の刺客に狙われる可能性もあり得る。そういった点から最低限身を護れるぐらいの実力を身に付けてもらいたいがために、一刀は周りの家臣、要するに関羽を筆頭に歴戦の英雄達が直々に稽古をつけてあげているという事だ。
だが、一刀は元居た世界では普通の高校生だ。ただの一般人だった人間にこの世界の武人から稽古をされても、ついて行けという方が無理な話だ。翠蓮達の一刀に対するボロクソな言い草、星の言葉から彼が蜀でどんな目に遭っているのかは容易に想像できた。
「しかしだ、星……」
「何ですか?」
「後で翠蓮達に言っておけ。オレを一刀と同列視して比較するな、とな……」
「これはこれは。どうやら気に障ったようですな」
「当然だ。そもそもオレと一刀は生きていた世界が違うんだよ。比較すること自体が間違いなんだ……」
「でしょうな。それは貴方の闘いぶりを見ていれば分かります」
「ならオレに闘いを挑む事がどれ程の愚行か分からないはずが無いだろう。それでもまだ続けたいのか……」
「無論です」
「そうか。ならば見せてやろう。人ならざる者の闘いというものをな……」
零治は両手を開いて腕を顔の前で交差させながら眼を閉じて意識を集中し、しばらくして両腕を左右に振り抜き、両手の平の肉を突き破って血を飛び散らせながら血ノ剣が姿を見せたのだ。
左手はガントレットの装甲で覆われているが、装甲板の隙間から刀身を生やし、右手と同じように問題無く同じ形状の刃が生えていた。そしてこれは零治がBDの力を発動したという事。それを証明するように、彼の両眼は紅と黒のツートンカラーに変色していたのだ。星達は零治のこの姿を眼にするのは二度目だが、やはり恐怖を感じざるを得ない。星は今の零治の姿を前にし、本能的な危機を察知して大きくバックステップして彼から距離を離した。零治はその星の反応を面白がるように、定軍山の時と同様に悪意ある笑みを浮かべて喉を鳴らした。
「ククク。やはり怖いのか? この姿は……」
「…………」
「なぜ怖がる? この闘いはお前が望んだ事だろう……?」
そう。星は零治との闘いを望んでわざわざ彼を挑発し、警告も無視してこちらの船まで呼び寄せたのだ。星だけじゃない。翠も蒲公英も己の意志でこの闘いを望んだ。命を落とす危険が伴うのを百も承知でだ。
三人ともそれぞれの思惑があり、零治に勝つつもりでいるのだ。例え負けが決まった闘いだとしても逃げる訳にはいかない。武人として戦場に立つ以上、いつ迎えるかも分からない死は常に覚悟しておく必要がある。もちろん星達も初めから死ぬつもりなど無いが、戦場ではいつ何が起こるか分からない。自分達が死ねば遺された者達には深い哀しみを背負わせてしまう事になるだろう。だが彼女達にも武人としての意地と誇りがあり、それを懸けて闘わねばならない時がある。今がその時なのだ。
「そうでしたな。これは私達が自分で望んだ事だ。……零治殿、私はもう貴方を恐れませぬ!」
「ほぉ~。少しはマシな面構えになったじゃないか。そうでなきゃ来た意味が無い……」
「……たんぽぽ。あたしらも行くぞ!」
「お姉様……」
「確かに音無は強い。でも……あいつの言う通り、この闘いはあたしらが望んだ事だ」
「…………」
「それにさ、ここだけの話、初めは嫌だったけど、今のあたしは音無と直接闘ってみたいと思っている。あたしの技がどこまで通用するのか、あいつの実力がどれ程のものなのか確かめてみたいんだ」
「たんぽぽはそんな危ない橋、絶対に渡りたくないんだけど……」
翠は改めて覚悟を決め、零治と闘う決意をしたのに蒲公英は未だに逃げ腰だ。というのも、彼女も今では蜀で兵を率いている一廉の将ではあるが、言っては悪いが蒲公英は蜀の中でもその実力は下の方になる。
決して弱い訳ではないのだが、かといって星や翠のように突出した力があるかと言われればそうでもない。戦の経験が浅いという訳ではないのだが、蒲公英自身も自分の実力について自覚があるため零治のような強者を前にするとどうしても逃げ腰になってしまうのだ。だがこのまま逃げ出せば黙っていない人物が居るので、翠はその人物の名を出して蒲公英の尻を叩いてみる事にした。
「たんぽぽ。ここで逃げ出せば、後で母様から何をされるか分からないぞ」
「ひっ!?」
「まあ、運が良ければ拳骨十発程度かもな」
「うぅ……殺されるくらいならおば様に殴られる方がマシな気がする……」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでお前も闘え! 星とあたしは闘うのに、お前だけ逃げるつもりなのか!」
「わ、分かったよ! もう!」
「漫才は済んだのか……」
翠と蒲公英のやり取りを傍観していた零治の視線は冷ややかな物だ。とても殺し合いの場でするような会話には見えないから彼の反応も理解できる。が、その零治も恭佳を相手に同じような事をしているのであまり人の事を言える立場ではないが。まあ、結果的に翠と蒲公英もやる気を出したので、これで零治も心置きなく闘えるというものだ。もっとも、零治は相手のやる気があろうが無かろうが容赦はしない性格をしているので、どちらにせよやる事は一切変わらないが。
「ああ! 待たせたな音無! 今度こそ本気でやらせてもらうぜっ!」
「たんぽぽは不本意だけどね……」
「フッ。まあ、お前らがやる気を出したのは大いに結構だが……場を和ますような会話をしたからといって、オレが手加減なんかすると思うなよ」
「あたしらはそこまでお気楽じゃねぇ! さあ! 遠慮なくどこからでもかかってきやがれ!」
(たんぽぽは出来れば手加減してほしいよ……)
「フフ。さて、お前らがやる気を出したようなので続きと行こうか。せいぜい死なないように頑張ってみな……」
零治は船の縁からスタッと下りて、ゆっくりとした速度で星達に向かって歩きだし、両手を軽くブンッと振り抜いて血ノ剣の刀身に付着している血を振るい落とし、甲板の床板に紅のラインを描いた。
対する星、翠、蒲公英の三人は零治が接近してきても今度は怯まず、彼がどう動くのかを注視しながらいつでも迎え撃つ事が出来る体勢を維持していた。零治は三人を試すために敢えてゆっくりと歩いていたのだが、この様子ならやる気があるのは確かなようだ。
「なるほど。口だけではないみたいだな。なら……お遊びは抜きで行くぜ!」
零治は亜弥が双龍を使ってよくやっているように、両腕を交差させながら低姿勢で突撃を繰り出す。最初に狙いを定めたのは、一番前に居る星と翠である。零治は二人を自分の間合いに捉えた所で両腕を交差させたまま前に突きだし、星と翠の間に入った所で左右に一気に振り抜いた。
「っ! なんのっ!」
「くぅっ!」
星は龍牙の二股に分かれている穂先を利用して引っかけるように零治の刃を受け止め、翠も十文字の形状をしている銀閃の穂先で巧く血ノ剣の刃を引っかけて何とか受け止める事に成功し、二人は力を入れて血ノ剣の刃先を下に向けて零治の動きを封じ込めた。
零治は二人が自分の攻撃をこうもたやすく受け止めた事に驚き、それと同時に関心もした。いま放った一撃は決して手加減などしていなかったのだ。この世界では本気を出した自分と対等に闘える人間など居ないと今まで思っていたが、そうでもないという事を思い知り、少しだけだが零治も気分が高揚してきた。
「ほぉ~。よく止められたな。これなら退屈せずに済みそうだ……」
「当然です。我らも今まで何もしていなかった訳ではないのですからな!」
「たんぽぽ! 今だ! 音無に一発お見舞いしていやれ!」
「ええっ!? た、たんぽぽがやるのぉ!?」
「この状況でいま動けるのはお前だけだろ! 早くしろぉ!」
「で、でもぉ……」
半ば強引に翠に参戦させられたようなものなので、蒲公英にはまだ躊躇いがあり、どこか逃げ腰気味である。翠にとってもそうだが、蒲公英にとっても零治は恩人なのだ。覚悟は決めていたつもりではあるが、いざその場面に直面してみると、実際に闘うのはやはり気が引ける。零治は別にそんな事など気にしてはいないのだが、今の蒲公英の無様な姿を眼にした翠蓮が後ろから怒鳴り散らしてきたのだ。
「おい蒲公英ぉ! さっきからなに情けない姿晒してんだ! このあたしに恥をかかせるきかぁ!?」
「でもおば様! そんな事言ったってぇ……」
「蒲公英。これ以上、馬家の名に泥を塗る真似をするのなら……後でこのあたしが直々にあんたをみっちりしごいてあげるよ……?」
「ひぃっ!?」
指の骨をポキポキと鳴らしながらこちらを睨み付けてくる翠蓮の姿を前にし、蒲公英は顔を青ざめさせながら冷や汗を流し、ビクリと肩を震わせた。翠蓮はかつて患っていた不治の病のせいで戦場を一度退いた身だが、今では現役として完全に復帰している。ブランクがあるというのにその強さは全く衰えてはいない。蒲公英は物心ついた頃から翠と一緒に翠蓮からみっちり鍛錬をされてきたのだ。その人物にまたしごかれるのは、ある意味零治と闘うのよりもずっと恐怖と言えるだろう。行くも地獄退くも地獄。零治と闘うのは確かに怖いが、それ以上に翠蓮にしごかれる方が蒲公英は怖いと思ってる。ならばどうするべきか。やる事は一つだけである。
「分かったよ! もう! どうなっても知らないからねっ! でやああああっ!」
半ばやけくそ気味の様子で蒲公英は影閃を水平に構え、甲板上を駆け抜けて零治に向かって突撃をした。
零治は星と翠の手により血ノ剣を逆に利用されて動きを封じられているため、今の状況なら彼女の実力でも勝機は充分にある。蒲公英は零治を間合いに捉えた所で影閃を両腕で後ろに引き、あらん限りの力を振り絞って高速の突きを放った。
「フッ。戦法としては悪くない。だが考えが甘いな。手が使えなくても……脚はまだ使えるぞ! オラァ!」
「きゃあっ!」
零治は右脚をしなる鞭のように振り上げて蹴りを放ち、蒲公英の影閃の穂先に打ち込んで軌道を逸らした。蒲公英はその衝撃でバランスを崩して転倒してしまい、零治は続いて両手の血ノ剣をいったん引っ込めて星と翠の拘束を解いた。
いきなりその場にあったはずの刃が無くなったので、星と翠の二人も力の均衡を崩されてよろめいてしまい、零治はこの隙を利用してその場で後ろに跳躍して船の縁に着地し、もう一度両手に血ノ剣を生やしたのだ。
「攻め方は良かったが詰めが甘いな。……次は捌き切れるかぁ!」
零治は両脚を曲げて力を溜め、グンッと伸ばして星達に跳びかかるようにその場から跳躍して両腕を思い切り伸ばし、身体を独楽のように回転させながら刃を振り回して三人に襲い掛かる。
「くぅ!」
「ぐっ!」
「うわわっ!」
星と翠は咄嗟に得物を正面にかざして防御の構えを取り、蒲公英も素早くその場から立ち上がって影閃を正面にかざして防御の体勢に入った。迫り来る零治の刃はガリガリと三人の得物の柄の部分を削りながら火花を散らし、三人の間を抜けた所で零治は甲板の上に着地し、両脚に力を入れて回転の勢いを殺して止まりながら星達に向き直った。
「まだまだ行くぜぇ!」
零治の猛攻は留まる事を知らず、今度は翠に狙いを定めて甲板上をダッシュし、距離が中間ぐらいに差し掛かった所で前転するように翠の頭上に跳躍し、予め交差させていた両腕を煽ぐよう血ノ剣を振り抜いて、扇状の軌道を描きながら斬撃を浴びせにかかった。
「くぅ……っ!」
翠は素早く銀閃を頭上に掲げて柄の部分を利用し、その斬撃を辛うじて防ぐ事が出来た。翠の前方に着地した零治は彼女を無視し、視界内に捉えている星に狙いを切り替え、両腕を交差させて構えながら再び甲板上をダッシュした。
星は零治を迎え撃つべく、カウンターを狙った突きがいつでも放てるように体勢を整えるが、零治が取った行動は彼女の予想を裏切った。零治は星を間合いに捉えて両腕を伸ばして水平に構えながら脚を軸にして身体を回転させながら滑るように前進し、無数の斬撃を浴びせにかかったのだ。
「ぬぅっ!」
零治のこのような攻撃を前にしては、流石の星もカウンターを狙うのは危険と判断し、咄嗟に龍牙の柄を利用してその斬撃を受け流し、互いの得物がぶつかり合い激しい火花を散らした。
零治は星の横を通り抜けた所で両脚に力を入れてブレーキをかけ、星達に向き直るが反撃の機会など一切与えず、更なる攻撃を仕掛ける。
「よく防いだな。その点は褒めてやるが……防戦に徹してもこのオレは倒せんぞっ!」
零治は血ノ剣を蛇腹状のチェーンブレードに変形させ、その場で跳躍して身体を水平に寝かせて腕を伸ばし、またしても回転による連続攻撃を放ったのだ。星達との距離は離れているが血ノ剣は蛇腹剣に変形しており、刀身内部に仕込んであるワイヤーのおかげでリーチは倍以上に伸びているし、剣その物も刃物でありながらまるで鞭のようにしなやかに動いているのだ。星を間合いに捉えている刃は甲板の板を叩き付けながら斬り傷をつけ、彼女に襲い掛かったが、星はバックステップで後ろの下がりながら何とかその攻撃も躱す事ができ、甲板に着地した零治は星の動きに感心した。
「ほぉ~。よく避けたな。だが……それもいつまで続くかなぁ!」
零治はもう一度その場で同じように跳躍しながら身体を回転させ、先程と同じ回転力を利用してチェーンブレードを振り回す連続攻撃を仕掛けた。初めて目の当たりにすると同時にあまりにも人間離れした零治の闘い方を前に、星達はどう対処していいのか頭を悩ませた。ブレードの速度は眼で追えないほどの速さではないが、蛇腹状の剣はしなる鞭のように軌道が変則的でリーチもとても長いのだ。下手に突っ込めば自分が痛い目を見るのはすぐに分かる事である。
「くぅ! これでは反撃をする暇すら無いっ! どうすればいいのだ!」
「星。あたしが音無の着地の瞬間を狙ってあいつの動きを止める。お前はその隙を突いて攻撃を仕掛けろ」
「翠……。承知した。頼むぞ!」
「おう!」
確かに零治の猛攻を前にしてはカウンターを狙うのは難しい。しかし、今の彼の攻撃には着地の瞬間に必ず隙が生まれる。仕掛けるならそこしかなかった。翠は零治の刃に注意しながら機会をジッと待ち、やがて彼の空中での高度が下がり、脚を広げて着地の体勢に入ったので行動に出た。
「今だっ! でやああああ!」
「っ!?」
甲板に着地した瞬間に翠が銀閃をこちらに突きつけながら突撃をしていたので、零治は面食らってしまうが冷静に対処し、右手を振りかぶりながらそちらの血ノ剣を元の形状に戻し、迫り来る穂先に狙いを定め、振りかぶっていた右手を一気に振り抜いて翠の銀閃を弾いた。しかもその衝撃は腕全体に伝わるほど強かったので、軌道を逸らされるどころか銀閃その物が両手からすっぽ抜けてしまったのだ。
「なっ!? しまった!」
「今のは良い攻めだったが……詰めが甘かったなっ! 終わりだ、翠!」
「翠!? くっ! 間に合ってくれ!」
零治は翠の胸部に狙いを定め、右手を大きく後ろの引きながら突きの体勢に入ったので星は甲板上を駆け抜け、翠の救出に向かう。しかしとても間に合うような距離ではない。誰もが翠の死を目の当たりにすると思い、思わず眼を瞑った。だが、星より先に甲板を駆け抜けていた蒲公英が割り込み翠を助けたのだ。
「お姉様っ! 伏せてっ!」
「っ! たんぽぽ! くっ!」
「ええいっ!」
翠の後ろに隠れるように甲板を駆け抜けていた蒲公英が声を張り上げたので、彼女は素早く身を屈めた。それと同時に蒲公英は零治に向かって影閃で突きを放ったので、零治は左手を振り抜いて蛇腹状のままの血ノ剣を影閃の穂先に絡め、蒲公英の突きを止めたのだ。
「今のは危なかったな。翠を遮蔽物として利用するとは……少しは考えたな」
「くっ! 星姉様!」
「おう!」
「っ!? チィっ!」
仕掛けるなら今しかなかった。翠と蒲公英が作ってくれたこの僅かな機会を無駄にしないためにもと思い、星は甲板の上を一気に駆け抜け、零治に向かって突撃を仕掛けた。翠、蒲公英と続いて星による波状攻撃を前にし、零治は忌々しげに舌打ちをして左手を振り上げて蒲公英の影閃に絡めている刃を振り解き、元の形状の血ノ剣に戻し、臨戦態勢に入った。
「たんぽぽ! 下がるぞ!」
「うんっ!」
星の邪魔にならぬよう、翠と蒲公英は後ろの跳躍して零治との距離を開け、それと入れ替わるように星が二人の間を駆け抜け、龍牙の穂先を後ろに引きながら一気に零治との間合いを詰める。まさに、二人の一騎打ちである。
「零治殿! 我が一撃、受けてもらいますぞっ!」
「正面から突っ込むしか能の無い女が何を抜かしやがる! 死ねっ!」
「ふっ。甘いですぞ!」
「何っ!?」
零治は右手の血ノ剣を、弧を描くように星に向かって振り上げたが、彼女は見よう見まねで零治の回転移動を披露し、身体を左にずらしてその斬撃を躱してみせた。定軍山の時といい今回の闘いといい、ほんの少し見ただけで完璧とはいかなくても零治の培って身に付けた技術を真似するのは決して簡単な事ではない。これもひとえに彼女の持つ武人としての才能のなせる業という事なのだろう。
「はああっ!」
「ぐあっ!?」
「っ! 零治殿っ!?」
身体を正面に向きなおしてそのまま勢いをつけながら、零治の左側面に目がけて弧を描くように振り上げた龍牙の穂先は彼の左眼を深々と斬りつけ、大きな斬り傷を残して傷口からはダラダラと血を流している。
零治は左手の血ノ剣を引っ込めてよろよろと後ろに数歩よろめきながら左手で眼を押え、その場で片膝をついた。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
肩で激しく息を切らしながら零治は左眼に走る激痛に耐え、ゆっくりと左手を離してみた。掌を覆っているガントレットの装甲板は彼の血でどす黒く染めあがって濡れており、左眼は開けたくても開ける事も出来ない。BDの力で治すにしてもしばらくは使い物にならないだろう。よりにもよって眼を潰されるとは。戦士としては大きな痛手である。だが零治はその状況を楽しむかのように笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がり、星に視線を向けたのだ。
「フ……フフ。星、腕を上げたな。オレの左眼を潰すとは……やるじゃないか」
「あ、あぁ……れ、零治殿……。わ、私は……私はなんて事をしてしまったんだ……っ!」
「なぜそんな顔をする? お前はオレに一撃をくれてやったんだぞ。もっと誇ったらどうなんだ?」
この世界の人間にとって、これほど誇れる事は無いはずだ。魏に降り立った天の御遣いの一人であり、それと同時に魏の御遣いの中でも最強と謳われる零治に一太刀浴びせただけでなく、左眼を潰すほどの痛手を負わせたという偉業を星は成し遂げたのだ。なのに彼女の顔に喜びは無い。それどころか逆に絶望に染め上がり、自分がしてしまった事を後悔するように身体を震わせていたのだ。
「定軍山の時といい、今回といい……オレの技をことごとく真似して見せるとは。お前は大した女だよ、星」
「ですが……ですが貴方の左眼は……っ!」
「それがどうした? お前はオレに勝つ事を望んでいたんだろう? そのためにオレに痛手を負わせる事が出来たんだ。もっと喜べよ」
「確かに私は勝利を望んでいました。ですが……私は貴方の左眼を潰す事など望んではいなかった!」
「戦場では何が起こるか分からない。定軍山でオレにそう言ったのはお前だぞ。オレは少々お前の事を甘く見ていたようだな。この左眼は、その事に対する罰として甘んじて受け入れるさ」
「零治殿……」
「さあ、続けようぜ。殺し合いはどちらかが死ぬまで終わらないんだ。構えろよ、星。お前の刃は、まだ本当の意味では届いてないぞ……」
勝負はまだ終わってないのだ。片眼を潰され遠近感が掴めないのは戦士として大きな痛手だが、零治はそんな事など気にしない。寧ろこれくらいのハンデを背負っていた方が闘いを楽しめるというものだ。
対する星はそんな心境ではない。確かに零治との闘いを望み、勝ちたいという想いはあった。だがここまでするつもりなど無かったのだ。ただ勝てればいい。それだけを望んでいたのに、彼に一太刀を浴びせた結果が左眼を潰す事に繋がってしまった。しかし、嘆いた所で状況が変わるわけではないし、零治の言う通り、殺し合いとはどちらかが死ぬまで終わる事は無い。このまま何もしなければ自分が殺されるだけだ。星もこのままむざむざ殺されるつもりなど毛頭無い。己を何とか鼓舞して零治との闘いの決着をつけるべく、龍牙を構え直し、いざ闘おうとしたその時だった。突如として近くから深紅に発光する三日月状の形状をした魔力の塊の斬撃が四つ魏軍の本隊に向かって飛来し、恭佳が創り上げたガレー船を四隻沈めたので、星達は思わず身を屈めてしまった。
「っ! 何だっ!?」
「おい! なんだよ今のは! 何が起こったんだよ!?」
「たんぽぽが知る訳ないじゃん!」
「……今の攻撃……そうか。ようやく奴が来たんだな」
零治はゆっくりと船の縁に向かって歩きだし、暗闇に包まれた赤壁の河をグルリと見回した。頼りになる灯りは周囲に点在している船に灯されている篝火と月明かりだけだ。この明るさでは何かを探すのは非常に難しいだろうが、探しものはすぐに見つかった。
零治の視線の先に一つの人影があり、その人物の右手には剣が握られていて、月明かりで紅い反射光を煌めかせながら大きく振りかぶったのだ。
「お前ら。命が惜しかったらそのまま伏せておくんだな」
「何ですと? 零治殿、それはどういう意味です」
「すぐに分か――。っとぉ!」
ほんの少し星達に注意が向いている間に、こちらに向かって一つの斬撃が飛来してきたので、零治は素早く身を屈めて難を逃れたが、今の一撃のせいで船体の縁の一部が綺麗に斬り裂かれてしまい、宙を舞っている木の塊は水面に落下して大きな水しぶきを上げ、そのまま河の底へと沈んで行った。
あと少し反応が遅かったら自分の身体も船体の一部同様に真っ二つに斬り裂かれて宙を舞っていた所だろう。ひとまず安全だとは思うので、零治はその場からゆっくりと立ち上がり、斬撃が飛来してきた方角をもう一度確認した。先程の人影は今の騒ぎに乗じて移動してきたようで、その者との距離は十数メートルだ。そしてその人物の正体も明らかとなった。黒狼である。
「黒狼。ようやくお出ましか……」
「クックック……」
黒狼は冷たい笑みを浮かべながら喉を鳴らし、左手でクイクイッと内側に煽ぐ動作をして零治に船から降りてくるように挑発をした。黒狼のこの行為に零治はどう応じるか。それは言うまでもない。彼にとって倒すべき相手がいま目の前に居るのだ。黒狼の挑発に乗らない訳が無かった。
零治は斬り裂かれた縁の端まで足を進め、河に飛び降りる前に星達の方に視線を向け、口を開いた。
「星、翠、蒲公英。残念だが勝負はお預けだな……」
「なっ!? 何を言うのですか! まだ勝負は終わっていませんぞ!」
「確かに終わってはいないが、オレにとって本命の相手がご指名なんでな。それに……今のお前では、もうまともな勝負など期待できまい……」
「そ、それは……」
「次に会う時までに、もっと己を鍛え上げろ。でなきゃ話にならん。それまでそこの特等席で見ていろ。オレと黒狼の殺し合いをな……」
零治の言葉は星の胸に深々と突き刺さり、彼女は龍牙を落として甲板に両膝を突いて愕然とし、己の未熟さを、そして零治を失望させてしまった事を痛感した。星は零治に対して特別な感情を抱いている。だから彼の左眼を潰してしまった時もその心が乱れてしまい、これ以上まともな勝負が期待できないと指摘されてしまったのだ。
零治は星のその姿を尻目にして河の上に飛び降り、船を後にした。
「私は……私はなんと未熟なんだ……っ! 私が弱いせいで零治殿を……あの方を失望させてしまった……っ!」
「星」
未だに愕然としながら己の未熟さを嘆いている星の肩に手を置き、声をかけてきたのは翠蓮だった。
星は顔を上げ、翠蓮の方を振り向くと、彼女の眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。その涙は何を語っているのか。己の未熟さに対する悔しさからか、あるいは零治を失望させてしまった事に対するものからか。それとも両方なのか。
「星、なぜ泣いてるんだ?」
「それは……私が……私があまりにも未熟で弱いからです。翠蓮殿……」
「そうだね。今のあんたは弱い。そのせいで零治を失望させちまったね」
「…………」
「ならばどうするべきか。星、あんたが取るべき行動は一つだけ。自分をもっと鍛えて、強くなるんだ。今度は零治を失望させないくらいにな」
「翠蓮殿。……はいっ! 私は今一度、己を鍛え上げます! 次こそはあの方を失望させないために!」
星は翠蓮の言葉に力強く頷き、その場から立ち上がって決意を新たにした。そう。自分が弱いのならその弱さを克服するために鍛錬を積み、強くなるしか道は無いのだ。今までもそうしてきた。それが自分の、そして武人の生き方なのだから。
「はぁ~。たんぽぽ、今度ばかりは本当に死ぬかと思ったよ……」
「同感だな。音無と直接闘うのはこれが初めてだったが……本当に強いよ。あいつ。あたしももっと自分を鍛えないとな」
「ええっ!? お姉様、音無さんに本気で勝つつもりなの!?」
「当たり前だろ! やられっぱなしじゃ武人として恥なだけだろうが!」
「ええ~。たんぽぽはそんなつもりないから遠慮しとくねー」
「ほぉ~。蒲公英。あんたがそんな根性無しだったとはねぇ……」
「っ!? お、おば様……あ、あの、さっきのはそういう意味じゃなくって……っ!」
「言い訳は無用だよ。蒲公英……成都に戻ったら、あたしがみっちりしごいてやるから覚悟しときなぁ!」
「ひいいっ!」
「ふふ。翠蓮殿、今はその辺で許してあげましょう。そろそろ始まりますよ。零治殿と黒狼の闘いが……」
「おっと。そいつを見逃すわけにはいかないからね。翠、蒲公英。あんたらもちゃんとその眼に焼き付けるんだよ」
「はい」
「うぅ……正直たんぽぽはあまり見たくないんだけど」
星、翠蓮、翠、蒲公英の四人は斬り裂かれた船の縁の前に立ち、眼前に広がる広大な水面の上に立つ二つの人影、零治と黒狼を見守り、間もなく始まるであろう二人の激闘を静かに待った。彼女達だけではない。同乗している黄忠と厳顔、周囲の兵達は勿論の事、黒狼が先程恭佳の指揮するガレー船を四隻沈めた斬撃を放った時、赤壁の戦いはいつの間にか止まっていたのだ。理由は一つだけ。魏、蜀、呉と三国の人間全員が、二人の天の御遣いが激突する闘いをこの眼に焼き付けるために他ならなかった。
零治「おい。珍しく早いな。何かあったのか?」
作者「全てはGWのおかげさ」
亜弥「GW? あぁ、アー○○○○アに搭載されてる光ニューロAIの事ですね」
作者「そのGWじゃない」
恭佳「あぁ、分かった。屈強な四人の男達がチェーンソー付きのアサルトライフルで暴れまくるアレだね」
作者「それはGoW」
奈々瑠「なら……Get to workの略ですか?」
作者「それじゃGWから遠ざかるでしょうが……」
臥々瑠「……ぎっくり腰を患ってGW?」
作者「うん。もはやGW関係無いよねそれ」
樺憐「みんなして酷い冗談を言いますわねぇ。GWと言ったらアレに決まっているじゃありませんかぁ」
作者「ではお答えください。GWとは?」
樺憐「はい。GWとは、GAME&WATCHの略ですわぁ」
作者「いや、全然違うじゃん。世間一般では今はゴールデンウィークなの! そのおかげで早く出来上がったから更新したの!」
零治「あぁ、そういやそうだったな。だからこんなくだらないネタも入れたんだな」
作者「くだらなくて悪かったな……」




