第78話 危険な海賊達
当初からこういう方向で進める予定にしていたとはいえ、いざ書いてみるとやはりやりすぎかなぁとたまに思っちゃいますね。まあ、今さら変更する気も無いですけど。
零治と亜弥が呉軍の追撃のため二人だけで先行してから、華琳達は自軍の船の消火作業、部隊の再編成、被害状況の確認などとやる事は山積みだ。それに蜀が呉の援軍として到来する事を考えればあまり悠長にしている時間は無い。
「秋蘭。部隊の再編成の状況は?」
「はっ。先程桂花から連絡があり、もう間もなく完了するとの事です」
「そう。稟、我が軍の被害状況は?」
「はい。こちらが事前に打っていた策のおかげで、兵達の損害は軽微です。ただ……」
「ただ、何?」
「はっ。こちらの船に放たれた炎の回り具合が予想以上に早かったため、飛び火した船が多数あります。それに破棄した船も決して少なくないため、結果的に船の数は減ってしまっております」
「まあ、そこは仕方ないわね。兵達の被害が軽微だっただけでも良しとするべきね」
「フフフ。かり~ん。どうやら船の事でお困りのようだねぇ」
何やら聞き覚えのある声がしたのでそちらを見れば、小さな手漕ぎの舟に乗っている恭佳、奈々瑠、臥々瑠の三人。恭佳が舟の舳先に立ち、奈々瑠と臥々瑠は左右に設けられているオールを漕ぎながらゆっくりと舟を前進させ、華琳達が乗船している旗艦の横へとつけた。
「恭佳。今までどこに行ってたのよ?」
「ん~? ちょいと探し物をね」
「……まさかとは思うけど、探し物とは貴方達が乗ってるその舟じゃないでしょうね」
「ああ。そのまさかだよ。黄蓋の部下からコイツを分捕って来たのさ。本当はもっとデカい船が欲しかったんだけど、まあ何とかなるさ」
「何とかなるって……そんな小舟で何をしようというの」
「ふふん。見てな」
不敵な笑みを浮かべながら恭佳は右手を宙にかざしてソウルイーターを呼び出し、右手で握り締めると柄の底の部分で舟底をゴツンと一度叩いた。
するとどうした事か。舟に穴が開いた訳でもないのに、彼女達が使用している舟がいきなり河の中に沈み始めたのだ。
「ちょ、ちょっと恭佳さん!? この舟、沈んでるんですけど!」
「慌てんじゃないよ奈々瑠。別に沈没してる訳じゃないんだ」
奈々瑠と臥々瑠は別に泳ぎは苦手ではないし、目の前には魏の船団があるのだ。仮に泳ぐ事態になっても何の問題も無い。が、穴も開いていないのにいきなり舟が沈むのはどう考えても異常事態だ。
恭佳達が使用している舟は完全に河の中に沈み、恭佳達の脚も膝上ぐらいまで浸かっている。恭佳は眼を閉じて全神経を集中し、戦力増強も兼ねた大魔法を使用したのだ。
「ソウルイーターよ。この世に散りし数多の英霊達を呼び寄せ、我が兵として使役せよ。そして我が船に戦う力を与えよ」
恭佳が何やら呪文のような意味深な言葉を唱えた次の瞬間、彼女達の足元で異変が起きた。
突如として水面から大きな木のポールが二本飛び出したのだ。ポールには大きな黒地の布や太いロープやらが括り付けられており、見た所帆船のマストのようである。異変はさらに続き、恭佳達が水面から浮上し、河の中から姿を見せたのは巨大なガレー船だ。先程の小舟は恭佳の力で大きなガレー船へと創り変えられたが、甲板にはどこから現れたのか人骨の残骸が無数に転がっているのだ。
「おーし。どうやら成功したようじゃないか」
「きょ、恭佳。まさかこれは……船なの……?」
「そうさ。アタシらの世界……ってか、時代の船じゃないけど、この世界より未来の船なのは事実さ」
「なるほど。これは頼もしい船だけど、貴方達三人だけで動かせるの?」
「心配ないよ。そこも考えてるさ。……さあ、野郎ども! 起きなぁ!」
ソウルイーターの柄で甲板をゴツンと一度叩くと、辺りに散乱しているバラバラになった人骨の残骸に変化が起きた。骨はカタカタと音を立てながら震え、脚から順に組み上がっていき、胴体、腕、最後に頭が装着され、まるでプラモデルを組み立てるような勢いで一人の骸骨、スケルトンの兵士が完成したのだ。
周囲に散乱している人骨も同じように組み上がり、甲板の上には大勢のスケルトン兵で埋め尽くされた。
これで船もボロボロに傷んでいて、海のど真ん中を漂流していたら完全に幽霊船である。
「きょ……恭佳……それは一体……っ!?」
「んん? あぁ、コイツらがこの船のクルー……じゃなくて、船員さ。心配しなさんな。華琳達に害は及ぼさないよ。なんたってアタシの兵士なんだから」
「そ、そうなの……」
害は無いと恭佳は言うが、華琳達はやはり不安である。バラバラに崩れ落ちていた人骨が人型に組み上がっただけでなく、二本の脚で立ち、ガレー船の甲板を歩き回っているのだ。頭蓋骨には眼も無いのにちゃんと前が見えているのか、スケルトン兵は障害物を普通に避けて歩くし、事あるごとに嘲笑うかのように歯をカチカチと打ち鳴らす有様。一体でも充分不気味なのに、その数はおよそ四十体ぐらいは居るだろう。
「さーて。奈々瑠、臥々瑠。二人ともこれに着替えな」
一体どこから用意したのか、恭佳は奈々瑠と臥々瑠に四角に折り畳まれた黒い布地の衣類と思われる物を無造作に放り投げたので、二人は慌てて両手でそれをキャッチした。
「わっと!? ……恭佳さん。何ですかこれ?」
「ん~? 黒いTシャツみたいなのと……黒いハンカチ?」
「臥々瑠。そりゃハンカチじゃないよ」
「えっ? じゃあ何なの?」
「説明は着替えながらしてあげるから。ほらほら。下の船倉まで行くよ」
「着替えながらって……恭佳さんも着替えるんですか?」
「まあね。……華琳。ちょ~っと待っててくれよぉ? すぐ戻るからね」
「え、ええ……」
恭佳は奈々瑠と臥々瑠を後ろから押すような形で甲板の床に設置された船倉へと続いている階段まで誘導していき、三人は下に降りて船倉の中へと姿を消した。
船の甲板を埋め尽くしているスケルトン兵はカタカタと骨の音を鳴らしながら歩き回ったり、一部の兵はこちらをジッと見つめたりしているので、恭佳が居なくなった事でこの骸骨の兵士達は自分達に襲いかかって来るのではないかと、華琳を始めとした魏の首脳陣達は不安を感じてしまった。今の彼女達に出来る事は、一刻も早く恭佳達にこの場へ戻って来るよう切に願うだけである。
「恭佳さん。何なんですかこのシャツ。袖の部分がボロボロに破れててみっともないんですけど……」
「それでいいんだよ。アンタらが着てるハーフコートはぁ……一緒に着てても様になるからそれは脱がなくていいかな」
「恭佳姉さ~ん。このハンカチはどうするの~?」
「そりゃハンカチじゃない。バンダナだ。そいつを頭に巻きつけるんだよ」
「え~っと……こう?」
バンダナなど今まで巻いた事が無いので、臥々瑠はとりあえず両端を持って三角形に折り、そのままクルクルと長方形状に折り畳んで鉢巻の様な形にして自分の額に巻きつけたが、恭佳がすぐさまそれを解いて外した。どうも彼女が求める巻き方は違うようだ。
「あぁ、違う違う。貸してみな。アタシがやってあげるから」
恭佳は臥々瑠のバンダナをまず三角形に折り畳み、その形で臥々瑠の額に巻きつけて両端を後頭部でしっかりと結び、最後に残った真ん中の部分を後ろの結び目に押し込んで完成である。俗に言う海賊巻きというやり方である。ご丁寧にバンダナの布地にはドクロマークが描かれている。
「おぉ~。良い感じじゃないの。じゃあ仕上げに……ほい、臥々瑠。これを腰に巻き付けな」
「……何これ? 随分大きなベルトだけど」
「いいから腰につけな」
臥々瑠は言われるがままに恭佳から手渡された茶色い革製の太いベルトを腰に巻きつけた。
ベルトには短剣を収納する鞘が取り付けられており、ご丁寧に短剣も収まっていた。臥々瑠は怪訝そうにその短剣を鞘から引き抜くと、刃が軽く湾曲したナイフが姿を見せる。
「恭佳姉さん。このナイフは? アタシ自前の武器があるんだけど。……って、あれ? 居ない」
「恭佳さんなら奥に行っちゃったけど。……それにしてもアンタのその格好、まるで……」
「ごめんごめん。待たせたね。……おお! 臥々瑠、なかなか似合ってるじゃないの」
「恭佳さんどこに行って……。って! ええっ!? き、恭佳さん!? なんですかその格好はっ!?」
奈々瑠は恭佳の今の姿を見て眼を丸くする。それもそのはず、今の彼女の服装は黒が基調になってるのは変わらないのだが、頭にはドクロのマークが縫いこまれた帽子、俗に言う海賊ハットを被っているのだ。ご丁寧に左眼には眼帯までしているし、着ているコートもいつもの物ではなく、映画などに出てくる海賊の船長が着ているような海賊コートを着ているし、右肩にはどこから連れてきたのかオウムが一羽止まっているのだ。今の恭佳はまさに典型的な海賊船長の姿をしていた。
「あぁ、これね。どう? 似合う?」
「に、似合ってますけど……何でそんな格好を。それにそのオウムはどこから連れてきたんですか……?」
「細かい事は気にしなさんな。それから、今からアタシの事は恭佳さんじゃなく、船長と呼びな」
「な、何でですか……?」
「アタシはねぇ、こういう事は形から入る主義なんだよ」
「……あぁ。だから私達にもこんな格好をさせるんですね……」
「そういう事だ。分かったらさっさと着替えなぁ! もたもたしてっと赤壁の河に叩き落とすよ!」
「はっ、はいぃぃっ!」
恭佳が声を荒げながら船倉の床板をドンッと踏み鳴らすので、奈々瑠は手渡されたシャツとバンダナを電光石火の如く身に纏い、最後にベルトを腰に巻き付けて着替え完了。奈々瑠と臥々瑠は恭佳の手で姉妹の海賊クルーに仕立て上げられ、その姿を前に恭佳は両腕を組んでうんうんと満足げに何度も頷いた。
「よ~しよし。完璧だ。さあ行くよ! 呉の連中をアタシらの手でぶちのめしてやるよ!」
「はい!」
「は~い♪」
「ちっがーーう! 返事は『アイアイサー』だっ!」
「ア、アイアイサー!」
「アイアイサ~♪」
戦力増強のためとはいえ、これは少々悪ノリしすぎのような気がしなくもないが、船と兵力の増強は心強い。まあ、兵士はスケルトン兵なので何が出来るのかは皆目見当もつかないが。
とにかく今は、奈々瑠と臥々瑠は恭佳に合わせてあげようと思い、ドタドタと階段を駆け上がる彼女に続き甲板へと足を運ぶのであった。
「華琳! 待たせたねぇ!」
「き、恭佳……? 何、その格好は……」
「恭佳ぁ? 違う! 今のアタシは船長だ!」
「……き、きや……何ですって?」
聞き慣れない言葉を前に、華琳の頭の上にポンッとはてなマークが浮かび上がる。おまけに今の恭佳の姿。こんな格好を眼にしては驚くなという方が無理な話である。更に後から続いてきた奈々瑠と臥々瑠も恭佳に似たような姿をしているため、華琳を始めとした魏の首脳陣達は眼を丸くして三人の海賊のコスプレ姿を見つめていた。
「奈々瑠、臥々瑠。貴方達までどうしたのよ?」
「すみません、華琳さん。その、恭佳さんは……」
「あぁ~ん……?」
「ひっ! す、すみませんでした、船長っ!」
「分かりゃいいんだよ」
「華琳。アタシ達の事はとりあえず気にしないで。大丈夫だいじょ~ぶ。船長は大まじめだから」
「そ、そう……。と、とりあえずその船の扱いは貴方達に任せましょう……」
「任せなぁ! 野郎ども! 出航の準備だ! とっとと錨を上げろ!」
恭佳がドンッと甲板の床を踏み鳴らすと、全てのスケルトン兵が歯をカチカチと打ち鳴らしながら敬礼をして彼女の指示を受け取り、多くの者達は船倉まで走り、設置されている櫂の漕ぎ手として待機する。
甲板に残った兵の一人はマストポールのてっぺんにある見張り台に移動し、二名は錨の鎖を巻き上げるリールをグルグルと回して錨を上げ始めた。筋肉も無いのに骨だけの身体でどうやって力を入れてるのか不思議でならない。甲板には他にも攻撃兵としてのスケルトン兵が十人ほど居るので、全ての準備は整ったと言えるだろう。最後に恭佳が船の舵を取るための舵櫂を手に取り、高らかに右手を上げた。
「華琳! こっちの準備は整ったよ! さあ、早く指示を出しなぁ!」
「え、ええ……。おほん。これより我が軍は呉軍の追撃を行う! 総員、進軍せよっ!」
華琳の号令の元、魏の船団は一斉に移動を開始し、恭佳の船もそれに続いた。
ガレー船の船体から飛び出している無数の櫂はまるで機械仕掛けのように一糸乱れぬ動きで水を掻き、重量感のある巨大な船体をグングンと前に進めていった。この櫂も船倉内に入った大勢のスケルトン兵が動かしているのだろうが、この大きな櫂を骨だけの身体でどうやって動かしているのか不思議でならない。
おまけにマストのてっぺんに設置されている見張り台にはドクロのマークが描かれた旗が風でバタバタと音を立ててなびいているのだ。加えて恭佳に奈々瑠と臥々瑠の今の姿。完全に海賊船にしか見えないので、魏の船団の中で明らかに浮いた存在となっている。
「……ん? あの、船長」
「あん? どうしたい」
「船長。まさかとは思いますけど……アレって……」
奈々瑠が指を震わせながら指刺している先のある物は、船の両サイドに三基ずつ設置され、移動させるための台車に乗っている黒鋼の筒状の物体。その脇には大量に積み上げられた黒い球体。内心では奈々瑠は予想はついていた。これが海賊船をイメージした船となると、アレは必ずと言っていいほどある物なのだから。
「ああ。大砲に決まってんだろ」
「……撃てるんですか?」
「当たり前だろ。撃てない大砲なんてただの骨董品だよ」
「因みに撃つ相手はやっぱりぃ……」
「呉の連中以外に誰が居るってんだい」
「ですよねぇ……」
「砲手は奈々瑠、臥々瑠。アンタら二人だからね」
「ええっ!? わ、私達がやるんですかぁ!?」
「わ~い♪ 大砲を撃てるなんて超楽しそうじゃ~ん!」
過去に真桜が開発した投石器を使用していた経験があるので、またあれと同じ事が出来るのだと思い、臥々瑠は揺れ動いている船の甲板の上でピョンピョンと飛び跳ねて大はしゃぎである。だが奈々瑠はそれどころじゃない。飛び道具という点では同じだが、大砲は投石器以上に危険な代物だ。火薬を扱う以上、暴発の危険だってあるし、官渡の戦いみたいに両軍がぶつかる前に射撃を行って相手を潰す訳でもない。いま現在、こちらは呉軍の追撃のために進軍しているのだ。しかも船で。そうなれば必然的に水上戦になるし、赤壁は両側が切り立った崖で挟まれた地形をしているのだ。河としては広いが海みたいに広大という訳でもない。そんな場所で船同士の戦いとなれば当然敵味方が入り混じった激戦となるのは必至。その時にもしも、自分が撃った大砲で味方の船を誤射でもしたらどうなる事か。少なくともついうっかりでは済まされない事態だ。責任感の強い奈々瑠は始める前だというのに、そのプレッシャーから既に掌に汗を浮かび上がらせていた。
「あっ、そうだ。樺憐に連絡しとかないと」
零治の指示を受け単独行動を取ってるのは知っていたが、どこで何をしているのかまでは把握していないのだ。零治と亜弥はこの場に居ない点から、付き合いの長い恭佳は二人は先行してるのだと考えてるが、流石に樺憐の行動までは予測できない。何しろ、基本的に零治の命令で動いているのだから。情報の共有のためにも、今の内に彼女に連絡を取っておく必要があるだろうと思い、恭佳は樺憐に念話で通信を行った。
『樺憐。聞こえる?』
『聞こえますわ。どうかなさいました?』
『アンタ今どこに居るの?』
『水中ですわ』
『水中ぅ? つまり河の中に居る訳?』
『はい』
『何。まさか赤壁をプール代わりにして水泳でもしてんの?』
『水泳は好きですが、そういう目的ではありませんわ』
『なら何』
『零治さんの指示です。水中から呉軍の船を破壊して沈めるためですのよ』
『なるほど。こっちも今、華琳達と一緒にそっちに向かってる所だ。ちょいとアタシが戦力を増強してやったから、その事を零治に伝えといてくれるかい』
『承知しましたわ』
『頼んだよ。なら切るよ。樺憐、気を付けてね』
『はい。恭佳さんも』
ひとまず樺憐にだけだが連絡をしておけば、少なくとも零治にも伝わるはず。ただ肝心の内容を伝えていないため連絡としては不充分かもしれないが、少々いい加減な所が恭佳にはあるためそこまで気が回らなかった。
その時である。華琳が全軍に停止の指示を出したので、恭佳も甲板をドンッと踏み鳴らして一人のスケルトン兵に指示を出し、指示を受けた兵は船倉の漕ぎ手達に停止の合図を出して船を止めさせた。
「華琳、急にどうしたのさ?」
「前方を見なさい。何かが近づいてくるわ……」
「ん~?」
前方を見れば、暗闇にぼんやりと浮かんでいる緋色の光。恐らく篝火の灯りだろう。灯りはゆっくりとだがこちらに近づいており、次第に距離が縮んできたので灯りと月光によって映し出されてきたのは間に鎖を使って二隻の船を連結させた船の影である。
「アレは……船のようだね」
「あの形……黄蓋が使用していた船のようね。という事は零治達が……?」
確かに前方に存在しているのは黄蓋が使用していた物、つまりは零治達が先行するために利用した船だ。
だが戻って来る理由が分からない。既に時間は経過しているのだ。忘れ物とかそんな理由で戻って来るには遅すぎる。となると、アレに乗ってるのは敵の可能性もあるだろう。華琳は全軍にすぐに迎撃できるように指示を出し、全員に緊張が走った。
「……あれ? 船長。止まりましたよ」
「んなの見りゃ分かるよ。でも何だったあんな位置に?」
「んん? 船長、アレ。船に誰か乗ってるよ」
光で照らしだされている程度だし、距離があるため誰なのかまでは視認できないが、確かに船には人が乗っている。それぞれ左右の船に人影が一つずつ存在しているのだ。互いに見合っている人影はしばらくの間微動だにしなかったが、やがてそれぞれが持つ武器を抜刀し、いきなり激しく斬り結び始めた。
一つの影は二本の剣を振り回し、もう一つの影は棒状の得物を振るっているので恐らく槍を使い手だろう。
「そういう事か。……華琳。あの船に乗ってるのはたぶん亜弥だ」
「何ですって。なら……もう一人の影は敵という事になるわね」
「ああ。恐らく金狼だろうね……」
「…………」
「華琳様。いくら亜弥といえど、一人で闘うのは危険すぎます。ここは我らも加勢するべきではないかと」
「やめときな、秋蘭。寧ろ加勢に行く方が危険だよ」
「ふむ。恭佳、その理由は?」
「違う! 船長だっつってんだろうが!」
「……発音しにくいのよ、その言葉」
「なら発音できるように練習しとけってんだ」
「船長。話が先に進みませんから、華琳さん達に説明してあげてくださいよ」
「はいはい。……まあ、理由は単純さ。下手に手を貸すと、こっちがとばっちりを喰らうかもしれないからさ」
「ふむ」
「それに……二人の闘いの邪魔なんかしたら、金狼だって黙っちゃいない。何をされるか分かったものじゃないよ。だからここは亜弥を信じて、あの場はアイツに任せるのが賢明なのさ」
「分かったわ。……我らは引き続きこのまま進軍する! 総員前進せよっ!」
亜弥達の個人的な闘いに対して、華琳達が介入できる余地などありはしない。仮にした所で彼女の足を引っ張るだけだし、金狼からも何をされるか知れたものじゃない。そうなれば亜弥の生存確率を下げるだけでなく、自分達にも被害が及び、最悪の場合は全滅の可能性すらあり得るのだ。
そうなってしまってはここまで来た意味が無くなる。零治達の助言のおかげもあり、蜀と呉の策を打ち破り赤壁の戦いも勝利まであと一歩という所まで来ているのだ。この勝利を確固たるものにするには、亜弥にしか出来ない戦いがあるように、華琳も自分にしか出来ない戦いをするために軍を進め、彼女の事を信じる。それが今の自分達に出来る事なのだ。
亜弥と金狼の激しい闘いのリングと化している船を魏の船団は横切り、その際にチラリと盗み見れば、船上で激しい攻防を繰り広げている亜弥と金狼。互いに闘いの修羅と化し、双龍とゲイボイルクが斬り結ぶたびに激しい剣戟と火花を散らしており、奈々瑠と臥々瑠は不安げな表情となる。
亜弥のお得意戦法は何と言っても射撃戦である。だが場所が場所なため、亜弥も近接戦で応戦せざるを得ない。だからこそ二人は不安なのだ。自慢の射撃を使えない状況で金狼に勝てるのかと。
「奈々瑠、臥々瑠。心配ないさ。亜弥は強い。負けるはずがないさ。だからアンタらもアイツの事を信じて、アタシらはアタシらにしか出来ない事をやるんだよ」
「はい!」
「うん!」
「違う! 返事は『アイアイサー』だっつってんだろうが!」
「……こういう時ぐらい、いつも通りになれないんですか?」
「どんな時でも自分のスタイルを崩さないのがアタシの信条だ!」
「う~ん……ここに兄さんが居たら、『空気を読めない奴』って言いそうだけど……」
「アイツは今この場には居ないだろ。んな事より、アンタらも配置につきな! 呉の連中と接敵したらすぐに大砲をブチ込んでやるからなぁ!」
「ア、アイアイサー!」
「アイアイサ~♪」
………
……
…
同時刻。蜀軍が援軍として到来し、それは零治が星達が使用している船に向かった直後の事である。
呉の旗艦に留まり、孫策が率いる首脳陣達を前に対峙している樺憐。だが彼女は別に構えなどしてはいない。ただその場に立っているだけだ。しかし、今の樺憐には全く隙が見当たらないため、孫策達はそこから一歩も動く事が出来ないのだ。
「どうしましたの? ただ立っていても状況は好転などしてくれませんわよ……」
(参ったわね。この女……確かに祭の言う通りただ者じゃないわ。立っているだけなのに隙が全然見当たらないじゃない)
「やれやれ。歴戦の猛者が雁首揃えてこの体たらくですか。これではわたくしがわざわざ来るまでもありませんでしたわね……」
「なんだと……」
樺憐の挑発的な言葉に反応したのは甘寧である。彼女はどういう訳かいつも鈴を身に付けており、戦場でも鈴が鳴らすその音色ですぐに甘寧だと分かり、いつしか彼女は鈴の甘寧と恐れられる存在となっている。
その身軽さを駆使して一瞬にして敵を仕留める様はまるで忍者のようであり、孫権の身辺警護も彼女の役目。少なくとも甘寧には武将としての確かな実力があり、自覚もしている。いつもは冷静に行動する彼女だが、たった一人で乗り込んできている樺憐の今の言葉は流石に聞き捨てならないのだ。
「思春! 挑発に乗るでない!」
「しかし黄蓋殿!」
「あらあら。腕に自信があるのでしたら、遠慮無くかかって来てよろしいのですわよ? わたくしが即刻退場させてあげますので」
「っ! なめるなぁ!」
「思春! よせぇ!」
我慢の限界を感じた甘寧は姿勢を低くして甲板を一直線に駆け抜け、樺憐に向かって突撃を繰り出した。
黄蓋が手を伸ばして制止するが、今の甘寧に彼女の言葉は届かない。樺憐との距離が目前まで縮まった所で甘寧は腰の後ろに下げている曲刀、鈴音に右手を伸ばして逆手に抜刀し、樺憐に跳びかかるような姿勢でその場から姿を消した。
樺憐は甘寧の素早さを眼にし、ほぅと感嘆の声を出すだけで慌てる様子などどこにも無い。それどころか応戦の体勢すら取らず、捜そうとすらしないのだ。そして次の瞬間、甘寧が鈴音を振りかぶりながら樺憐の背後の空中に現れ、彼女の首筋に狙いを定める。
「その首、貰い受けるっ!」
「ふふ……」
甘寧が後ろに現れても、樺憐は見向きもせず余裕の笑みを浮かべていた。彼女の実力なら、この程度の事で慌てる要素などどこにも無いのだ。だがその間も状況は刻一刻と進行しているし、樺憐もこのまま何もしないつもりなど毛頭無い。
甘寧が鈴音の刃を煌めかせ、今まさに樺憐の首筋めがけて振りおろし、彼女の首を斬り落としてやろうとした次の瞬間だった。樺憐も甘寧と同様にその場から姿を瞬時に消して見せたのだ。
「なっ!?」
甘寧も、そして他の者達も唖然とした。樺憐の異常な身体能力を前にして。
確かに甘寧のスピードは眼を見張るものがある。常人なら先程の動きも消えたようにしか見えないだろう。だが、人間がその場から文字通りに姿を消すなんて真似など出来る訳が無い。現に甘寧の先程の動きも、樺憐に跳びかかるという予備動作があった。アレは消えたのではなく、正確には身体の身軽さを最大限まで発揮して、常人の動体視力では捉えきれない速度で跳躍して樺憐の背後に回り込んだだけなのだ。
しかし、樺憐の今の動きには予備動作などどこにも無かった。甘寧が背後に現れても微動だにせず、余裕の笑みを浮かべて棒立ちしていただけ。だが次の瞬間には文字通りその場から消えていた。一体どうやったらそんな芸当が出来るのか、この世界の人間には理解できない光景である。
「人の身でありながらその動きは称賛に値しますが、その程度でわたくしの背後は取れませんわよ」
樺憐も甘寧と同じく、空中に姿を現した。その位置は右側面である。しかも彼女は既に右腕を後ろに引いており、鉄拳を放つ態勢に入っているのだ。最悪なタイミングである事に、甘寧は樺憐の首筋に狙いを定め、身体を捻りながら剣を振り下ろす体勢を取っているのだ。今の彼女は樺憐から見ると身体が完全にがら空きの状態なのである。
「何っ!? 貴様いつの間にっ!」
「吹っ飛びなさい……」
樺憐が放った拳は音速の壁すら破れるのではないかと思えるような速度である。しかも今は空中に居る身。躱す事など不可能だ。甘寧は咄嗟に右手に持っている剣を盾のように身体にかざし、刃を寝かせて左手を剣の腹に添えて防御の体勢を取った。
樺憐の拳は甘寧の剣に直撃し、鈍い金属音を打ち鳴らして火花を散らし、何とか直撃は免れたが、その程度では彼女の鉄拳を完全に止める事など出来はしない。甘寧の両腕の骨はミシミシと軋んで悲鳴を上げ、腕には鈍痛が駆け巡った。
「くぅ……っ! うああああああ!!」
樺憐の一撃に耐えきれず、鈴音の刃は砕け散り、その衝撃と共に甘寧は風に吹かれた枯葉のように船外に勢いよく吹っ飛ばされ、放物線を描きながら落下していき、激しい水柱を立てて赤壁の河の水面に全身を叩き付けられた。樺憐は甘寧を殴り飛ばして甲板の上に音も無く軽やかに着地し、右手でバサリと髪を掻き上げた。
まさに一瞬の出来事だった。そして呉の首脳陣達の眼は信じられないと語っている。ものの数秒で甘寧が倒されてしまうなどとは思ってもいなかった。彼女の実力は呉の人間なら誰もが理解している。その強さを評価され、孫権の身辺警護まで任されている程の人物なのだ。目の前で起こった出来事に対するその衝撃は計り知れない物である。
「まずは一人ですわね」
「思春! おのれ貴様ぁ!!」
「蓮華! やめなさい!」
「しかし姉様! このまま黙っていられる事など私には!」
「分かっているわ。だけであの女は思春を一撃で倒すほどの実力があるのよ。貴方が行っても手も足も出ないわ」
「くっ……!」
「大丈夫よ。この借りは私がきっちり返すから。だから今は堪えて」
「……はい」
孫策の説得もあって、孫権は何とか内に湧き出る怒りを抑えつけ、無謀な行動を取る事は無かった。
孫権も武の鍛錬は日頃から積んでいるし、甘寧から特訓も受けてはいる。しかし彼女は個の武も、兵を運営した戦に関しても経験が浅いため、孫尚香ほどじゃないにしても未熟であるのは変わらない。
甘寧を一撃で倒すような人物の相手に孫権が挑んでも結果は同じ。いや、最悪の場合は死ぬ可能性すらあるのだ。そうなれば呉の未来にも暗雲が立ち込めてしまう。それだけは何が何でも避けねばならないのだ。
「さて……あの思春を一撃で倒すなんて、やるじゃないの」
「そうでもありませんわよ。あの者の咄嗟の行動でわたくしの予定は狂わされてしまいましたので」
「何ですって?」
「彼女は先程、素早く防御に転じましたからね。巧くわたくしの一撃の衝撃を完全ではないにしても逃がされてしまいましたわ。わたくしはあの崖の岩肌に叩き付けるつもりで殴りましたのに、飛距離を半分に落とされてしまいしたからね」
甘寧が殴り飛ばされた方角を見れば、確かにその先には切り立った崖の岩肌が存在している。だがここからだと距離は約五十メートル前後はある。どう考えても届く距離とは思えない。しかし現に、樺憐は先程甘寧を半分ほどの距離とはいえ、実際に彼女を殴り飛ばして見せたのだ。あれだけの芸当をやってのけた人物である。樺憐が言っている事も、あながち嘘ではないのかもしれないと孫策は考えた。そしてこれから、それ程の実力者を今から自分達でどうにかしなければならないという事も。
その時である。援軍として到来した蜀の船団、その旗艦から一つの人影がこちらの船に飛来してきたのだ。
「…………」
「あれ? 貴方……呂布じゃな。どうしてここに?」
「…………恋も手伝う」
「これは頼もしい援軍の到来じゃないの」
「おやおや。久しぶりに戦いがいのある強者が現れてくれましたわね。退屈せずに済みそうですわ」
「呂布。分かっているだろうけど、あの女はただ者じゃないわ。気を抜いちゃ駄目よ……」
「…………」
呂布は無言で孫策の言葉に同意するようにコクンと頷いた。呂布は普段から口数が少ないため何を考えているのか分からないが、意思疎通はちゃんと出来るし、戦いに関しても相手の力量を見抜く能力もしっかりと備えている。
ただ、彼女の場合は武人ならではの強者との戦いを望む欲求が人一倍強いため、戦闘狂の面もある。まあ、それは孫策も同じなのだが。だからこそ呂布はここに来たのかもしれない。樺憐という強者との戦いを望んで。樺憐は相変わらず余裕の笑みを絶やさないが、呂布が現れた事で我流格闘術の構えを取った。
つまり、彼女も本気で戦うつもりでいるのだ。呂布を前にしては先程までの余裕は持てない。そんな事をしていては自分が返り討ちに合うだけ。樺憐も呂布がそれ程の実力者だと即座に理解したのだ。おまけに彼女はいま一人。この状況下で歴戦の猛者や兵士達を相手するのは一苦労だが、樺憐はそれを苦には思ってなどいない。この困難を一人で打破できる実力がある事を零治に認められ、それを期待しているから託されたのだと考えてる。ならば忠誠を誓った主の期待に応えるのが、己の役目なのだと樺憐は自分に言い聞かせ、いざ動こうとしたその時だった。呉軍の一人の兵士が前方を指さし、何かを発見したのである。
「っ!? 周瑜様! あれを!」
「分かっている。曹操の本隊がついに来たか。まずいな。こちらの船は動かせぬというのに……っ!」
「孫策さん! 周瑜さん! 曹操さんの船団は私達が引き受けます!」
「劉備殿! 済まないが頼むぞっ!」
現状では動ける船は劉備軍の船以外に無い。自分達の船は零治の手によって河に縛り付けられているのだ。それも水の鎖という絶対に破壊が不可能な物によって。劉備軍も水上戦には不慣れだが、それは相手も同じ。そういう意味では同じ土俵に立った戦いになるのだろうが、そうなるはずがないのだ。なぜなら、赤壁の河は今や零治の支配下に置かれているのだから。
「ん? 劉備の奴、こっちの船団とやり合うつもりか。……って、何でウチの船団にガレー船が一隻混じってんだ? 姉さんの仕業か……?」
「零治殿! 我らとの闘いを前にしてよそ見はいけませんなっ!」
零治は劉備が率いる蜀の船団の移動を察知したので、劉備と一刀が乗船しているであろうと思われる旗艦に視線を向けていたので、星はここぞとばかりに零治に向かって一直線に突撃をして高速の突きである一撃を放ったが……。
「フンっ」
「っ!」
零治は軽く鼻を鳴らし、視線を劉備の旗艦に向けたまま左手で裏拳を放ち、星の持つ龍牙の穂先に拳を打ち込んで突きの軌道を逸らし、ガツンと鈍い金属音と共に火花が散り、その衝撃と共に星は大きく後ろに後退させられてしまった。
零治はゆっくりと左腕を下ろし、改めて目の前に対峙する星、翠、蒲公英の三人に眼を向けた。
「星。何を勘違いしている。オレはよそ見などしていない。お前らの動きなど、見る必要も無いから向こうを見ていただけだ……」
「言ってくれますな。我ら三人では貴方の相手は務まらないとでも?」
「ああ。オレから言わせれば、この闘いは準備運動にもならん……」
「…………」
「そもそも今のお前らは揺れる船の上で足元もおぼつかないだろうが。そんな状態でオレに勝つつもりでいるのか……?」
「それはお前も同じだろ。音無」
「別にオレはこのままでも構わんが……そうだな。どうせついでだ。この足場を安定させてやろうじゃないか……」
表情に影を落とし、月明かりを受けて蒼色の瞳がやたらと強調され、口の端を吊り上げているので零治の表情はとても冷たく、星、翠、蒲公英の三人は背筋に悪寒が走った。
零治は右手を上空に掲げ、指をパチンと打ち鳴らした。全てはこの戦いに勝つため。例え相手が水上戦に慣れていない劉備軍であろうと、有利に動かせるつもりなど無いのだ。
指の音に反応した赤壁の河は、劉備軍の船の両脇でボコボコと音を立て、激しい水柱を上げながら水の鎖が飛び出し、船体の両脇に突き刺さり、全ての船を河の上に縛り付けたのだ。無論、星達が使用している船も例外ではない。
「ククク。どうだ? これで足場は安定しただろ……?」
「お、音無さん。やっぱり……あの時に、普通じゃなくなっちゃったの……」
「蒲公英。オレは元から普通じゃない。ただ、定軍山でそれに拍車がかかっただけだ。さあ、続きと行こうぜ。勝負はまだ始まったばかりなんだからな……」
………
……
…
突然の出来事に劉備軍は慌てふためき、船を縛っている水の鎖を外そうと呉軍同様に斧を持たせた兵士に破壊を命じてやらせるが、液体である鎖を断ち斬る事など出来るはずも無く、途方に暮れてしまう。
だが驚いているの華琳達も同じだ。いきなり目の前で河の中から水で出来た巨大な鎖が飛び出し、劉備率いる蜀軍の船の船体の両側面に深々と突き刺さり、河の上に縛り付けたのだ。そして呉の船団も観察してみれば、同じように水の鎖で固定されて身動きが出来ない状態になっている。この時になってようやく彼女は理解した。これこそがBDが提案した呉から地の利を奪う策なのだと。
「水の鎖とは。随分と手の込んだ策を用意してくれたわね、血は」
「はっはぁ! こりゃいいねぇ! 奴らはもうただの的じゃないか! 華琳! アタシらの船は連中に突撃させてもらうよ!」
「良いでしょう。恭佳、存分に暴れなさい」
「そう来なくっちゃあ! おい野郎ども! 突撃だ! 速度を上げろぉ!」
恭佳は舵を片手にドンッと甲板を踏み鳴らして漕ぎ手のスケルトン達に指示を出し、船倉のスケルトン兵は櫂を動かす手の速度を速める。それにより恭佳の指揮するガレー船はグングン速度が上がり、呉と蜀の船団へと一直線に突っ込んで行った。
「敵の船を近づけるな! 弓矢で応戦せよ!」
「はっ!」
先陣を切っていた蜀軍の二隻の突撃船は動く事が出来ないので、指揮官は弓兵達に指示を出し、彼らは弓を片手に舳先に一斉に集まり、矢を放って応戦をする。
放たれた無数の矢は空を斬りながら放物線を描いて恭佳の船に降り注ぐが、その程度の攻撃で止める事など出来るはずも無かった。
「怯むんじゃねぇぞ! あの二隻の船の間に突っ込めぇ! 奈々瑠、臥々瑠! 大砲の準備だ!」
「アイアイサ~♪」
「って! 船長! 私達、大砲の使い方なんて分かりませんよっ!?」
「ったく。しょうがないねぇ。おいお前ら! 二人に手本を見せてやりな!」
恭佳の指示の元、四名のスケルトン兵が歯をカチカチと打ち鳴らしながらビシッと敬礼をして従い、それぞれ左右に設置されている三基の大砲の中央へ二人ずつ配置に着く。
四名のスケルトン兵はまず、大砲の後ろに括り付けられているロープを引っ張って大砲を後ろに下げて船内に砲身を引き込み、一人は大砲の口径に合わせた太い清掃用のロープを中に突っ込んで砲の内部を清掃し、清掃が済んだらもう一人が予め持っていた発射用の炸薬と弾を砲身の中に装填した。
装填が完了し、二人のスケルトン兵は台車の前方左右に括り付けられている滑車付きのロープを引っ張って大砲を前進させて所定位置に戻し、最後に砲身の角度を微調整して劉備軍の船に狙いを定め、右手を大きく宙に挙げて恭佳に合図を送った。
「よーし! 撃てーーーーっ!!」
砲手のスケルトン兵は火を点けた縄を巻きつけた棒を大砲の着火点に近づけ、内部の炸薬に点火をする。
着火された炸薬は一気に燃焼して内部で爆発を起こし、砲身から火を噴いて耳の鼓膜が破けそうなほどの大きな轟音を轟かせて弾を発射し、放たれた弾は放物線を描きながら一直線に劉備軍の船に飛来して木造の船体に直撃してバキバキと木を破壊する音を立てながら大きな穴を開ける。大破した訳ではないので船体は折れてないが、船倉部に直撃した弾はそのまま貫通して船体の両側面に大穴を開けたので、河の水が穴からどんどん浸水して二隻の船はゆっくりと沈んでいく。
劉備軍の兵達は慌てふためきながら脱出用の小型の舟を河に下ろしてそちらに乗船し、使用していた船を放棄した。
「よっしゃあ! まずは二隻撃沈だぁ!」
「凄い音……。鼓膜が破れるかと思った」
「うぅ~。まだ耳鳴りがする~……」
「なに情けない事言ってんだ! 今のでやり方は分かったろっ! オラ! 二人もとっとと動け! この調子で敵の船をガンガン沈めるよ!」
「アイアイサー!」
「アイアイサ~♪」
先陣を切ってる恭佳の船は敵陣のど真ん中に突撃し、奈々瑠と臥々瑠もクルーのスケルトン兵と協力してせっせと大砲に弾を装填して射撃を行うが、やはり投石器とは勝手が違うため発射角度の微調整が甘かったりするせいもあってか、呉と蜀の船を撃沈は出来ているのだが撃ち漏らしの方が目立っており、それにより敵の反撃にも遭ってしまっていた。
「くぅ……! おのれぇ! 総員、あの船を優先的に攻撃しろ! 火矢を放つのだ! 他の者は脱出用の小舟を使って直接乗り込むのだ!」
「はっ!」
「こちらも劉備軍に続け! 奴らに江東の水軍の恐ろしさを教えてやるのだっ!」
関羽と周瑜の指示の元、蜀と呉の両軍の兵士達は一斉に動き出し、弓兵達は火矢を弓に番えて恭佳の船に射撃を行い、他の歩兵達は脱出用の小型の舟を使用して恭佳の船に接近を行う。
敵陣のど真ん中に居るため、弓兵が放った矢は四方八方から飛来し、恭佳、奈々瑠、臥々瑠の三人。それに甲板に居るスケルトン兵達も矢を叩き落しはするが数が多すぎるため、甲板上にはすぐに火の手が上がってしまい、そこへ追い打ちをかけるように蜀と呉の兵達が接近用に使用している小舟が各方面から近づいてきたのだ。
「おい! 消火班! さっさと火を消さねぇか! 他の奴らは弓矢で接近してくる奴らを撃ち殺してやれ!」
「サッサト火ヲ消セ。サッサト火ヲ消セ」
恭佳の指示に従い、甲板に居る十数名のスケルトン兵は歯を打ち鳴らしながら敬礼をし、迎撃班と消火班に分かれて一斉に行動を開始した。おまけに彼女の肩に止まってるオウムも真似をして兵達を煽っている。
消火班はロープを括り付けた木のバケツを河に落として水を掬い上げ、甲板上にそれをぶちまけて火の消火をせっせと行い、迎撃班は骨の弓と骨を削って作った矢で接近してくる小舟に射撃を行い応戦した。手近な船から狙って射撃をし、確実に兵の数は減らせているが、それでも焼け石に水だ。小舟が止まる事は無い。
「船長! 私達も戦います!」
「まだだ! アンタらは引き続き手近な船に大砲をブチ込んでやれ!」
「アイアイサー!」
「アイアイサ~♪」
「そこのお前! 下の連中を呼んで来い! すぐに奴らが来る! 連中にお前らの恐ろしさを教えてやる時だよ!」
一人のスケルトン兵は歯をカチカチと鳴らしながら敬礼をし、漕ぎ手の兵達を呼ぶために船倉へ繋がっている階段を駆け下りていった。その間に奈々瑠と臥々瑠は大砲の射撃手順を素早く行っていき、慎重に狙いを定めて弾を発射し、一隻ずつ確実に敵船を撃沈していく。が、やはりまだ角度の微調整が巧く出来ないため、一発の弾が運悪く、零治が乗り込んだ星達が使用している船の付近まで飛来したのだ。
幸いな事に着弾はしなかったが、船の傍にいきなり鉄の弾が飛んできて河に落下し、大きな水柱を立てたので零治は思わず身構えてしまい、そのまま水しぶきを頭から被った。
「何しやがんだぁ! 危ねぇだろうが! このクソ姉貴ぃ!」
「っ!?」
「ん? 船長。どうかしたのぉ?」
「いや……今なんか嫌な寒気を感じて……」
「ふ~ん」
「臥々瑠。とりあえず、あの船は狙わないでおこう。なんか嫌な予感がするから……」
「アイアイサ~♪」
ひとまずこれで零治に飛び火する事は無いだろう。まあ、あの船に零治が乗り込んでいる事を恭佳が知っている訳ではないのだが、血の繋がった姉弟だからこそ何かしらの理由で零治の存在を感じ取り、先程の怒声も受信したのかもしれない。
が、これだけでは終わらず、今度は奈々瑠が撃った大砲の弾が呉の旗艦、つまり樺憐が乗り込んでいる船の付近まで飛来してしまい、着弾こそしなかったが目と鼻の先まで弾は飛んで落下し、零治の時と同様に大きな水柱を立て、しぶきが樺憐にかかったのだ。
「何をしますの恭佳さん! こんな事をされては温厚なわたくしでも流石に本気で怒りますわよ!」
「っ!?」
「ん? 船長、どうかしたんですか?」
「いや……なんかまた寒気がして……」
「風邪ですか?」
「奈々瑠。あの船も狙うのはよそう。嫌な予感がするから……」
「アイアイサー!」
またもや恭佳は嫌な予感を感じたので呉の旗艦を狙わないようにし、ひとまずは味方への誤射の危機は回避できた。しかしここまで来るとなると、先程恭佳が感じた予感も零治との血の繋がりによるものというよりは、ある種、自分に対しての何かしらの本能的な危機を察知したのかもしれない。
まあとりあえずその事は置いておくとしよう。零治と樺憐への誤射の危機は回避できたが、こちらの危機はまだ回避できてはいない。未だに船は火矢の雨に晒されているし、小舟を使用して蜀と呉の兵達が接近もしてきているのだ。スケルトン兵が弓で応戦して兵の数は減らせているが、数が多すぎるためついに隣接を許してしまい、乗り込むための鉤縄が両側面の縁に取り付けられ、兵達がよじ登って来たのだ。
「船長! 敵が乗り込んできますよ!」
「分かってる! こっちはアタシが引き受けるから、アンタら二人は大砲に専念してろ!」
「アイアイサー!」
「アイアイサ~!」
「さて……。ケッ! こんなもん斬っちまえば良いだけだろうが! この!」
「うわああああっ!」
恭佳がソウルイーターで切断したロープをよじ登っていたのは、運の悪い事に泳ぎに慣れていない蜀の兵士である。万が一に備えて軽装備で来ているので溺れる心配は無いが、泳ぎの経験が無いのだろうか。落下した兵士は河の中でバタバタ暴れながらアップアップしているだけで、仲間の手を借りて舟に引き上げてもらう事で難を逃れた。
周りのスケルトン兵も恭佳に習い、ファルシオンを抜刀して鉤縄を切断し、敵の侵入を阻めてはいるが、またしても火矢が原因で甲板に火の手が上がったのだ。
「消火班! 早く火を消せ! アタシの自慢の船を燃やされてたまるかよ!」
「早ク火ヲ消セ。早ク火ヲ消セ」
スケルトン兵を率いて奮戦はするものの、まだ船倉内の兵達が来ないため数の暴力に晒されてしまい、状況は次第に劣勢に傾き始めた。初めは何とか敵の侵入を凌いでいたのだが、船の消火に人員を割いているため対処が追い付かず、ついに敵に侵入を許してしまったのだ。
「一番乗りは貰った! 覚悟しろ!」
「おぉ、いいとも。乗船賃はテメェの命だ!」
「ぐわぁ!」
恭佳の船に一番に乗り込み、剣を片手に威勢良く挑みかかってきた蜀の兵士を恭佳はソウルイーターを片手で軽々と振り上げ一閃して返り討ちにし、兵士は身体から鮮血を吹き出しながら甲板に崩れ落ちて息絶えた。
しかしこれで終わる訳が無い。一人の侵入を許してしまい、そちらの対処に当たれば下の敵の対処が疎かになってしまう。そのため更なる敵が続々と船に乗り込んできたのだ。
「奴を討ち取ればこの船は終わりだ! 全員かかれーーーーっ!」
「「「おおおおおおっ!」」」
一際目立つ格好をしているので、乗り込んできた兵士達は群がる蟻のように恭佳に一斉に突撃をしてきた。
乗り込んできた兵の人数は五人だがここから更に来るのは容易に想像が出来る。おまけにこの場は船の甲板の上なのだ。ガレー船とはいえ大人数で乱戦出来るほどの広さは無い。武人としての質はこちらが上だが、狭い空間で多数の兵を一度に相手をするとなると、いかに恭佳といえど危険の可能性は否定できなかった。
何しろこの船を創り上げるために魔力を多く消費しているのだ。いつまで自分の身体を維持していられるのか見当もつかない。
「船長! 今度こそ私達も!」
「構うな! こいつらはアタシが引き受ける! アンタらは自分の仕事に集中しろ!」
「でも船長! 今は大砲を撃ってる場合じゃ!」
「心配ない! まだこっちは全員で出迎えてる訳じゃないんでねぇ! おいお前らぁ! 奈々瑠と臥々瑠の警護につけ!」
恭佳の指示に従い、甲板上のスケルトン兵達は五人組に分かれて、奈々瑠と臥々瑠の周りで陣形を組んでファルシオンを片手に護衛として控えた。これで彼女達に被害が及ぶ事は無いだろう。
この時になってようやく乗り込んできた蜀と呉の兵は気付いたのだ。この船がどれほど異常なのかを。
「ひっ!? 何だコイツら! 骸骨が動いてる……っ!」
「ええい! 怯むなぁ! 相手が何であろうと蹴散らしてやれ! それに、たったの十人程度の骸骨で何が出来るというのだ!」
「十人ねぇ。……これを見ても同じセリフが言えるかぁ!」
恭佳が甲板の床をドンッと踏み鳴らすと、それを合図に船倉内に待機していた残りのスケルトン兵が一斉に雪崩れ込んできて、剣を振り上げながら侵入者である蜀と呉の兵達に襲い掛かって来たのだ。
これによりこちらの兵数は一気に膨れ上がり、船の上は一瞬にして阿鼻叫喚の地と化した。
「うわああああっ! まだこんなに居たのかよぉ!」
「ひいいいいいっ! 俺は逃げるぞ! こんな化物どもの相手なんか真っ平だ!」
「あはははは! どこへ行く気だい、お客さぁん? 無賃乗船は認めないよぉ? 言っただろ……テメェらの命で船賃払えってなぁ!」
恭佳は声高らかに笑い飛ばしながらソウルイーターを振り回し、その凶刃を受けて一人、また一人と蜀と呉の兵士は身体から鮮血を散らしながら倒れていき、スケルトン兵達もそれに続いて乗り込んできた兵達を逆襲して次々と蹴散らしていき、甲板には彼らの血で紅く染め上がっていく。
何とか難を逃れた兵達は河へと飛び込み、バシャバシャと派手な水音を立てながら小舟へと逃げ延び、群がる蟻のように集まっていた兵達は即刻舟を反転させて退避し始めたが、恭佳がそれを黙って見逃がすはずがなかった。
「はっはぁ! 逃がすと思ってんのかぁ! ここは既にアタシの土俵なんだよっ!」
恭佳が右手に持つソウルイーターで船の甲板をゴツンと叩けば、逃げていく兵達の小舟の周辺で水がボコボコと音を立てながら泡立ち、そこからゆっくりと浮上してきたのは恭佳が使用している物と同型のガレー船である。全部で四隻。無論、クルーである大勢のスケルトン兵も一緒に用意してある。
バラバラになって無造作に転がり落ちている骨は独りでに組み上がっていき、カチカチと歯を打ち鳴らしながらファルシオンや弓を片手に立ち上がって船は骸骨の兵士達で埋め尽くされた。
「弓兵隊! そいつらを生かして返すなぁ! 全員撃ち殺してやれぇ!」
弓兵のスケルトン達は船の縁へと一斉に集まり、骨の弓に矢を番えて散り散りに逃げて行く小舟に狙いを定め、弦から指を離して一斉射撃を行う。放たれた骨の矢は一直線に小舟に雨あられの如く飛来し、乗船している兵達の頭や胴体、四肢に直撃し、兵達は断末魔の悲鳴を上げながら次々と崩れ落ちていき、河に落ちる者も続出。
逃げ場も無いため兵士達はあっという間に全滅し、舟には降り注いだ無数の矢があちこちに突き刺さっており、矢が刺さって息絶えた兵も残っていてその様はまるでハリネズミのようである。漕ぎ手を失った小舟は行く当ても無く赤壁の河を彷徨い、命を散らした兵達の血で紅い道筋を描いていた。
「どうだぁ! アタシの船に挑むとこうなるのさ! さあ、お前らぁ! 進軍の準備だ! アタシらで残りの敵船も蹴散らしてやるよ!」
戦力を更に増強し、前進しながら周囲の敵船を片っ端から蹴散らしていく恭佳率いる船団。彼女の快進撃は誰にも止める事が出来ない。火矢を放っても足止めにすらならないし、直接乗り込んでもスケルトン兵にすら歯が立たない始末である。一方的な戦いが展開する中、孫策が乗船している呉の旗艦から一つの人影がこちらへと飛来してきて、その人物は恭佳の船に軽やかに着地をした。
「随分と派手に暴れていますわね」
「ん? おぉ、樺憐。そっちは片付いたの?」
「いえ、実は……というか、恭佳さん。その格好はなんですの?」
「違う! 今のアタシは船長だっ!」
「キャプテン? こんな時に何を言ってますの? 奈々瑠、臥々瑠。二人も何か言って……って、貴方達まで何をしていますの」
奈々瑠と臥々瑠の今の姿を見て樺憐は眼を疑った。それもそのはず、今の二人は恭佳同様に海賊のコスプレをしているのだ。とはいっても、恭佳本人は大まじめだし、奈々瑠と臥々瑠も最初は合わせるだけだったのだがなんやかんやで今ではノリノリである。まあ、これはどちらかというと臥々瑠だけが該当するのだが。
とりあえず奈々瑠は顔を赤くし、照れくさく後頭部を掻きながら樺憐に事情を説明する。このままでは戦闘中なのにコスプレで遊んでいると思われかねないからだ。
「何と言いますか……この船が海賊船をモデルにしてるから、私達も船長にこんな格好をさせられて……」
「なるほど。恭佳さんをキャプテンと呼んでいるのもそれが理由であると?」
「うん。船長曰く、こういう事は形から入る主義なんだって」
「…………」
「やっぱり……変ですよね……」
普通に考えれば、奈々瑠の言う通り今の彼女達の服装は変としか言いようがない。船を扱う世界なら海賊自体は居ても何ら不思議はないが、三国志の時代にこんな格好をした海賊など居る訳が無いし、実際にこんな服装の海賊が実在していたのかも疑問ではある。現代に生きる人間から見ればただのコスプレパーティーをしているようにしか見えないが、樺憐から出てきた言葉は思いもよらぬものだった。
「いいえ。よく似合っているわぁ」
「はい……? 似合っている?」
「ええ。写真に撮って記念に残しておきたいわぁ。あぁ、映像記録も悪くないわねぇ。カメラがあればすぐにでも撮影してあげるのにぃ」
「にへへ~♪ お母さんに似合ってるって言われちゃった。嬉し~♪」
「船長。わたくしの分はありませんのぉ? わたくしも娘達とお揃いになりたいですわぁ」
「あん? 要るんならそりゃ用意してあげるけど」
(もしかして母さんって……親バカだったの……?)
もしかしなくても間違いなく樺憐は親バカだろう。まあ、気持ちは分からなくもない。元居た世界では幼少時に長い間引き離され、母娘の時間を過ごし始めたのもこの世界に来てからであるため、奈々瑠と臥々瑠の成長記録などといった思い出と言える物が手元には無いのだ。本当は平穏な時間での思い出が一番理想的なのだろうが、この世界の今の情勢ではそれは無理である。樺憐にとっては、どんな状況であろうとも娘達との思い出を少しでも多く残しておきたいのが本音なのかもしれない。
「ん? そういや樺憐。アタシになんか言う事があったんじゃないの?」
「はい? ……あぁ、すっかり忘れていましたわ」
「いや、戦闘中なんだから忘れんなよ。で、何の用?」
「ええ。実は……。っ! 皆さん伏せてっ!」
樺憐は鋭く叫びながら奈々瑠と臥々瑠を両腕に抱きかかえて二人の頭を押えながら身を屈めたので、恭佳もただ事ではないと思い、頭を右手で庇いながら素早く身を屈めた。
そして次の瞬間、禍々しく深紅に発光する三日月状の形状をした魔力の塊の鋭い斬撃が恭佳の率いる船団に飛来し、彼女が新たに創り上げた四隻のガレー船を真っ二つに斬り裂いて一瞬にして沈めてしまったのだ。
「クッソォ! 誰だぁ! アタシの自慢の船を沈めやがったのはどこのどいつだぁ!」
「アレですわ。わたくしはこの嫌な存在を感じ取りましたので、その事を報せたかったのですが……一足遅かったようですわね……」
「なるほど。こんな芸当が出来る奴なんて、アタシは一人しか思い当たらないよ……」
このような人間離れした芸当、恭佳達の中で出来る人物に思い当たる節はある。一人は零治。彼もBDの力を借りれば出来るだろうが、こちらに攻撃してきたという事は敵意ある人物という事になる。ならば考えられる人物は一人しか居ない。恭佳達は周囲を警戒しつつ、船の縁から身を乗り出して赤壁の河に視線を走らせてその者を捜した。やがて、それらしき人影を発見したのだ。
その人影は零治と同様に水面の上を立っており、位置は零治が乗り込んだ星達が使用している船の右手、ここからだと数十メートル離れた位置に居た。その者の右手には剣が握られており、星達が使用している船に狙いを定めながら大きく振りかぶり、剣を素早く振り抜くと同時に先程と同じ形状の斬撃を放ち、船の一部を斬り裂いたのだ。斬り裂かれた船体の一部は宙を舞い、派手な水しぶきを立てて水中へと沈んでいった。
「味方の船だろうがお構い無しか。実にあの男らしいね……」
「あの人影……やっぱり正体は……」
「黒狼以外考えられないよね……」
「あの男……わたくしを利用してくれた礼をする必要がありますわね……」
「樺憐。それはやめときな」
「船長。なぜ止めますの。わたくしでは勝てぬとでも?」
「確かにアンタの実力なら奴とも互角に闘えるだろうね。でも……奴が望んでいる相手はアンタじゃない。零治だ……」
「…………」
「気持ちは分かるよ。だけど今は堪えろ。アンタが内に抱えてる恨みは零治が代わりに晴らしてくれるさ」
「……分かりましたわ。わたくしも、娘達を泣かせるような真似をしたくはありませんので」
自分を利用してくれた張本人を前にして何も出来ないのは悔しいが、相手が黒狼となればいくら樺憐の実力でも無傷では済まないだろう。最悪の場合は殺される可能性すら考えられる。せっかく母娘の再会を果たせたのに、そんな悲惨な未来など樺憐は望んでいない。だからこそ今は堪えて、全てを零治に託して船からこれから始まるであろう二人の狼の激闘を見守る事にした。
恭佳達の視線の先には、黒狼が破壊した星達が使用している船から一つの人影が飛び降り、水面の上に降り立つ。今この瞬間、零治と黒狼の因縁の対決が再び繰り広げられる時が来たのだ。
零治「お前、これはやりすぎじゃねぇのか?」
作者「そうかぁ? オリキャラチート路線なんだし普通じゃね?」
亜弥「まあ、そうなんですけどね」
恭佳「だからって幽霊船紛いの船を出すかぁ? アンタ某海賊映画の観すぎじゃないの?」
作者「あぁ、あの映画は確かに面白かったなぁ。二作目以降は観てないけど」
奈々瑠「いつもの事ですけど、今回の話、私は結構楽しかったですよ」
臥々瑠「コスプレまでやらされるとは思ってなかったけどね」
樺憐「……わたくしもやりたかったですわぁ。娘達とお揃いのコスプレ」
作者「いや、樺憐さん。この話、コスプレパーティーが目的じゃないんですからね……?」




