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第73話 再現、天界の料理

注意。今回の話に出てくるある物は、作者がこれなら上手くいくだろうと勝手に解釈したものです。

なので、現実で真似をしてどのような結果になろうと全て自己責任でお願いいたします。

それは魏軍が呉との初戦を制覇した、翌日の昼下がりの事だった。

前線基地の確保を無事に成し遂げ、次の出撃に備えて英気を養うという意味合いも兼ねて、首脳陣達は一度本国に帰還をしていた。ただし、前線基地の城に兵だけを残し、首脳陣が全員纏まって帰還などすれば呉に城を奪い返されるのは目に見えて分かる。なので一部の首脳陣は城に残し、交代で帰還するという形を取っている。因みに今回帰還しているのは華琳、零治、樺憐、春蘭、秋蘭、季衣、流琉、音無隊三羽鳥と合計で十名なのだが、いつも実体化して存在しているため忘れがちだが、実体化をしていない恭佳は基本的に零治に取り憑いて存在しているため、必然的に彼女もついて来ているので実際は十一名であり、残りのメンバーは全員、前線基地で留守番である。

だが帰還組もただ帰る訳ではない。本国内で何か異変は無かったか、蜀の動きについてなどとある程度の情報の確認などを行ってようやく休めるのだ。それら諸々の作業を終えて時間帯はちょうど昼時。城内の吹き抜けの廊下を歩いている春蘭と秋蘭の姿を確認した季衣が手を振りながらドタバタと騒がしい足音を立てながら駆け寄って来た。



「あ、春蘭様ー、秋蘭様ー!」


「おお、季衣か。どうしたのだ?」


「今、お暇ですか?」


「そうか。もう昼の時間か」


「そうですけど……なんでボクが声をかけたら、お昼だと思うんですか?」


「……いや、分かるだろう。普通」



ようするに春蘭は季衣が昼の誘いに来たと言いたいのだ。確かに季衣は屋台の食べ歩きなどが日課になっているし、基本的に一人で食事をする事は無く、必ずと言っていいほど誰かを一緒に誘っていく。春蘭や秋蘭とも外へ昼を食べに行った事も一度や二度ではない。

そういった過去の経験から、春蘭はこういう事を言ったのだろうが、これではまるで季衣が普段から食べ歩きしかしていないと思っているようにも見て取れた。いくらなんでもこれは失礼というものである。



「姉者……」


「春蘭様……。ボクだって、ご飯ばっかり食べてるわけじゃないんですよ?」


「……そうなのか?」


「もう、秋蘭様! 二人だけでご飯食べに行きましょう!」


「そうだな……」


「お、おい、ちょっと待て! 冗談だ、おい! 季衣ってば!」



プンスカと怒る季衣の後姿を慌てて追いかけながら春蘭は冗談だと言い訳しているが、果たして本当に冗談だったのだろうか。春蘭の性格を考えると、本気でそう思っていたとしか思えない。

まあそれは置いておくとして、春蘭は頬を膨らませて怒っている季衣にあれやこれやと機嫌を取り、何とか置いてきぼりを喰らう事態は避ける事が出来たので、三人は街へ出発をするのであった。


………


……



「……はて」



いざ街に到着し、飲食店が建ち並ぶ通りを歩いている最中、何か気になる事でもあるのか、春蘭は通りを練り歩きながらしきりに首を捻っていた。

こう言っては悪いかもしれないが、非常に珍しい光景である。考えるよりも先に身体が動く春蘭が考える姿など滅多に見られるものではない。



「どうしたんだ、姉者」


「いや。季衣……ふと気付いたんだが、流琉はどうした?」


「流琉ですか? 今日は華琳様と一緒に居ますけど……」


「か、華琳様と……? なぜあ奴と華琳様が……!」


「……姉者。流琉と季衣の仕事、本当に忘れている訳ではないだろうな?」


「…………?」


「春蘭様、ボクと流琉の事、やっぱりご飯食べる係りだと思ってません?」


「は、ははは……まさか。で、今日は流琉が華琳様の護衛役なのか?」


「いえ。華琳様が新しい料理を作るそうで、兄ちゃんと樺憐さんと一緒にその相談役をやっています」


「お……音無……?」


「どうしたんですか? 春蘭様。お顔、真っ赤ですよ?」


「い、いやっ! 何でもないっ!」


「……そうか。風邪が流行っているらしいからな、気を付けてくれよ?」


「ふ、ふん……っ! 風邪など引く奴は、鍛錬が足りていない証拠だ。軟弱者め!」


「ですよねー。ボク、風邪なんか引いた事ないですもん」


「ふふん。もちろん、私もだ!」


「…………」



胸を張ってさも自慢げに風邪を一度も引いたことが無い事を語り合う春蘭と季衣の姿に、何やら意味深な視線を秋蘭は向けていた。

確かに春蘭の言う事にも一理ある。日頃から身体をしっかりと鍛え、規則正しい生活をしていれば風邪を引く事など無いかもしれないが、人間の身体はそこまで万能には出来ていない。人間、どれだけ身体を鍛えて気を付けていようとも、風邪を引く時は引いてしまうのだ。要するにアレである。秋蘭は何とかは風邪を引かないと言いたいのかもしれない。



「…………何か言いたそうだな、秋蘭」


「いや。別に」


「それより、私は唐突だが急用を思い出した。昼飯は二人で食べてくれ」


「急用は良いが……華琳様の所に行くつもりなら、やめておけよ。姉者」


「どうして分かった!」


「分からいでか」


「流琉だけでなく、音無や樺憐ですら華琳様の新作料理を食べられるというのに……! 我々が食べれんというのは、不公平ではないか!」


「華琳様は、試作中の料理は確かな判断が出来る者にしかお振る舞いにならん。帰った所で、追い返されるのがオチだ。姉者とて知っているだろう?」


「なら、我々が試食係りになれば済む事だろうが!」


「…………」


「…………」


「……な、何だ、その沈黙は」


「いや、だって……」


「……うむ」



春蘭の言いたい事は理解できる。単純に考えれば彼女達が試食係りになっても何の問題も無い。

が、今回はそうもいかない事情があるのだ。何より、料理の腕前が壊滅的な春蘭に華琳が望むような料理の良し悪しを的確に答えられるはずがないし、彼女にはもう一つ華琳が作る試作料理の試食に向かない要因があるのだ。



「なぜお前達二人だけ分かった感じになるのだ! もうちょっと分かりやすい言葉で喋れ!」


「なら訊くが……姉者は、華琳様の料理をどう思う? 旨いか? 不味いか?」


「華琳様が手ずからお作りになった料理が、不味いはずがないだろう!」


「…………ふむ」


「……はぁ」


「華琳様の手料理を不味いなどと言う奴が居たら、叩き斬ってくれるわ!」



もう一つの要因とはこれだ。春蘭は桂花と同じくらいに華琳に対して絶対的な忠誠を誓い、尚且つ溺愛している。確かに華琳の料理の腕前は非の付けどころの無いものであるし、それは誰もが認めている。だが、そんな華琳でも試作料理となれば一度で成功するかと言われれば、まず無いだろう。

仮に華琳が試作料理の失敗作を春蘭に振る舞ったとしても、それを食べる彼女は不味いとは口が裂けても言わないし、言うはずがない。だから春蘭は試食係りとしては当てにできないのである。



「……まあ、頑張ってくれ」


「おう! では戻るぞ!」


「だから、戻っても華琳様、食べさせてなんかくれませんてばぁ!」


「諦めろ、姉者。我が軍広しといえど、料理の事で華琳様に意見できるのは流琉くらいのものだ」


「むぅ……。なら、流琉はいいとしよう。しかしどうして音無なのだ? 奴の料理の腕が確かなのは私も認めるが、あいつは自分で味覚と嗅覚が鈍いと言っていたではないか」


「それはそうなのだが……季衣。華琳様は、天の国の料理を作ろうとしているのだろう?」


「はい。ただ、何を作るかはまだ決まってないらしくて、兄ちゃん凄く悩んでいましたよ」


「そういう事だ。向こうの料理の作り方は音無達でなければ分からんのだ。再現するなら音無達に頼るしかないという事だ」


「ならば樺憐が必要とされているのはなぜだ」


「姉者、知らないのか? 樺憐の料理の腕前は華琳様や流琉も認めているほどなのだぞ?」


「何!? そんな話、聞いた事も無いぞ!」


「春蘭様。この前、呉のお城を陥とした後に食べたご飯を憶えてますか?」


「おお! 憶えているぞ! まさか戦の後にらーめんが食べられるとは思ってもいなかったなぁ! で、あれがどうかしたのか?」


「姉者。あのらーめんを作ったのは樺憐だぞ。それも麺からな」


「なっ!? じ、冗談だろ……?」


「本当だ。何しろ私も作るのを一緒に手伝っていたからな。これで理解できたか?」


「ぐぅぅ……! 音無め……! 華琳様の試作料理が食べられるなんて……羨ましすぎるぞっ!」


………


……



「へ……へーっくしょんっ!」


「兄様。風邪でも引いたんですか?」


「ずずっ……そんなはずはない。誰か噂しているのかもしれんな」


「そんな事はどうでもいいのよ。零治、それよりも何を作るのか早く決めなさい。時間は限られているのよ?」


「分かってるって……」



場所は変わってこちらは本城内にある厨房。顔ぶれは零治、樺憐、華琳、流琉の四人である。

先程の秋蘭の話の通り、彼らは華琳が零治達の世界の料理を再現するとの事で集まっているのだが、その話の要ともいえる零治は厨房内の食材と睨めっこしながらしきりに首を捻り、頭を悩ませていた。



「なあ、華琳。作る料理の材料だが……物質変換魔法で用意したらダメなんだよな?」


「当たり前でしょう。あくまでもこの世界にある食材で作るのが目的だもの。そんな事をした再現の意味が無くなるでしょう」


「……となると作れる物もかなり限定されてくるんだよなぁ」



季衣が言っていた、零治が悩んでいる理由はこれだ。華琳はあくまでもこの世界にある食材だけで零治達の世界の料理を作ろうとしているのだが、これが容易ではない。揚げ物となれば物によっては衣にパン粉が必要だし、パスタ類になれば麺が必要になる。パスタならラーメンの麺を代用するという手もあるが、その時点でそれはパスタではなくパスタもどきだ。食材の問題もそうだが、調味料も同じ問題を抱えているため、零治は今までにない難問を華琳に突き付けられ、頭を抱えてしまう。



「う~ん……揚げ物は衣の問題があるし、パスタは麺や調味料が無いからどうしようもないだろう。……あっ、いっその事、魚を使って刺身……って、よく考えたら醤油はあってもワサビが無いか。それに鮮度の問題もあるしな。うーむ。肉料理なら何とかなりそうかぁ……? でもそれだと焼くだけで終わっちまうよなぁ」


「零治さん。ここはわたくしに任せてもらえないでしょうかぁ?」


「ん? 何かいい考えでもあるのか?」


「それは食材と相談してからですわぁ」



樺憐は前に進み出て、調理台に積み上がっている大量の食材に視線を向けて思考を巡らせた。

ここにある食材は華琳がこのためにわざわざあちらこちらから金に糸目をつけずに用意した物である。取り揃えられた食材は海の幸、山の幸とより取り見取り。これだけの物が取り揃えられていたら、大抵の料理は作れるだろうが、それが零治達の世界の物となれば話は別である。樺憐は食材の山から一つ一つ、吟味するように手に取り、しきりに頷いては山の中に戻し、また別の食材を取り出す。それを繰り返していた。その姿は夕飯の献立を考えながらスーパーに買い物に来ている主婦のようである。



「ふむふむ。キャベツに玉ねぎ……肉も良い物がありますわねぇ。……って、あらぁ? これジャガイモですわねぇ」


(ジャガイモ? この時代の中国にジャガイモなんかあったか?)


「ふむふむ。……んん? これは……」



食材の山から樺憐はある物を見つけ、布袋の中に納まっているそれを鷲掴みして取出し、ジッと見つめ、顔に近づけて香りを確かめ、その一粒を軽く齧って味も確認した。どうも何かのナッツ類のようだが、これで一体どうしようというのか。

樺憐は手に取っているナッツを見つめながら思考をフル回転させる。やがて作る物が決まったのか、満面の笑みを浮かべながら後ろに控えている華琳達の方へと振り返り、口を開いた。



「華琳さん。作る物が決まりましたわよぉ」


「そう。何を作るの?」


「ふふ。コロッケですわぁ」


「ころっけ……? また随分と妙な名前の料理ね」


「コロッケって……おい、樺憐」


「ん? どうかなさいましたかぁ? 零治さん」


「お前、どうやってアレを作るつもりだ。確かにジャガイモはあるが衣はどうするんだ。この世界にパン粉は無いんだぞ……」



そう。コロッケを作るとなれば衣となるパン粉が必須になる。零治はそこを分かっているから揚げ物料理は避けていたのに、樺憐は敢えて揚げ物をチョイスしたのだ。おまけに華琳に作る物が決まったと言った手前、もう後に引く事は出来ないし、失敗も許されない。そういった不安がある零治とは対照的に、樺憐は余裕の笑みを浮かべていた。彼女には妙案があるのだ。その妙案の要である食材を零治達に見せた。



「確かにこの世界にパン粉はありませんわねぇ。ですのでこれを代用するつもりですのよぉ」


「ん? これは……」


「樺憐さん。それ、杏仁ですよね?」



杏仁とは杏の種の中にある核であり、杏仁豆腐の原料となる物である。見た目が似ているせいもあり誤解されがちだが、杏仁とアーモンドは全くの別物である。また、誤解されるもう一つの理由としては、本来杏仁豆腐は薬膳料理なのだが日本では嗜好品、デザートという扱いになっていて、使用する材料も香りや性質が似ているアーモンドエッセンスで作っているのだ。これが杏仁はアーモンドと誤解されている理由ともいえる。



「うふふ。流琉ちゃん、残念。見た目が似ているけど、実はこれ杏仁じゃないのよぉ」


「えっ? そうなんですか?」


「ん? って事は樺憐、まさかそれ……アーモンドなのか……?」


「はい。味と香りも確かめましたから間違いありませんわぁ」


(なんでこの時代の中国にアーモンドがあるんだよ。一体誰が持ち込んだんだ……?)


「樺憐さん。あぁもんどってなんですか? 変な名前ですね」


「まあ簡単に言えば木の実の一種ですわぁ。炒ってこのまま食べる事も出来ますが、色んな料理に利用されたりもしている食材ですのよぉ」


「へぇ~」


「アーモンド談義はどうでもいいんだよ。樺憐、そいつがパン粉の代わりなのか?」


「はい。まあ、これは生ですので炒らないと使い物になりませんがぁ」


「まあいい。作る物も決まったんだ。とにかく始めよう」



果たしてこれで本当に上手く行くのかという不安要素はあるが、無い物ねだりをしても意味は無い。

零治、樺憐、華琳、流琉の四人はエプロンを着用し、コロッケの再現を始めるのであった。


………


……



「で、始めるにしてもどうするつもりなんだ? 樺憐」


「そうですわねぇ。わたくし達はジャガイモの下ごしらえをしますので、零治さんはそのアーモンドの皮むきをお願いしますぅ。それが済んだら軽く炒っといてくださいなぁ」


「それはいいが、皮むきなんかやった事ないぞ」


「そんなに難しくはありませんわぁ。沸騰させたお湯に十秒ほど入れて湯がき、後はザルにあけて両手で揉むように擦れば皮は簡単に取れますわよぉ」


「ん。分かった」



現状では樺憐が一番頼りになるのだ。ならばここは彼女の指示に素直に従うのが妥当だろう。

零治は樺憐の指示に素直に従い、アーモンドの下処理を始める。小さなナッツなのでこれ全部の皮むきを一人でやるのは一苦労だが、自分の世界の料理が再現できる上に食べれる事を考えれば些細なものだ。



「さて、樺憐。私達は何をすればいいのかしら?」


「まずはこのジャガイモを茹でるのですが、その前に表面についている土などをしっかりと洗い落さねばなりませんので、そこからですわぁ」


「分かりました。それじゃあ早速取り掛かりましょう」



なぜこの時代の中国にジャガイモが存在しているのかは疑問ではあるが、そんなのは今に始まった事ではなかった。とりあえずその話は置いておくとして、樺憐、華琳、流琉の三人は洗い場に予め用意しておいた大きめの木桶に井戸水を張り、手にしているジャガイモをその中に漬けてゴシゴシと手で擦りながら入念に洗浄を行う。表面に薄く土がついている程度とはいえ、大量に洗えば当然水もあっという間に濁ってしまう。

現代世界みたく水道が無いため、水が濁ったら一旦作業の手を止めて、その水は捨てて新たな水を桶に張り、再び洗浄を行う。中々に手間のかかる作業だがこればかりはどうしようもない。

一人だと時間がかかっていただろうが、人手が三人居るだけあってその作業も滞りなく終了し、どこから用意したのかも分からない大量のジャガイモは全て綺麗になった。



「はい。終了ですわねぇ」


「次はどうするの?」


「次は茹でて火を通しますわぁ。流琉ちゃん、お鍋の用意をお願いしますわぁ」


「分かりました」


「あぁ、樺憐。そのジャガイモ、何個か茹でずに残しといてくれ。オレがもう一品作るのに使うからよ」


「あら。何をお作りになるんですかぁ?」


「な~に。そんな大した物じゃないさ」


「樺憐さん。お鍋はこの寸胴鍋で構いませんか?」


「は~い。それで結構ですわぁ」



大きな寸胴鍋をかまどの上にセットし、中に先程洗ったジャガイモを放り込み、水を流し込んで充分に浸った所で火を点火した。後はジャガイモが茹で上がるのを待つだけだが、その間なにもしないのは少々時間の無駄だと樺憐は考えていた。勿論ジャガイモだけを使ったシンプルなコロッケもあるが、それでは味気無いので、樺憐はもう一工夫加えるつもりでいるのだ。



「さて、次は何をするのかしら?」


「次はこの玉ねぎと肉の下ごしらえですわ。流琉ちゃん、この牛肉を挽き肉状になるまで細かく刻んでくれますかぁ」


「はい。任せてください」


「華琳さんはわたくしと玉ねぎのみじん切りを」


「ええ。分かったわ」



流琉には牛肉の、樺憐と華琳は玉ねぎのみじん切りを始める。この時点で分かる通り、樺憐が作ろうとしているコロッケはジャガイモ、挽き肉、玉ねぎの入った馴染のある物。それこそ肉屋やコンビニなどでも手軽に買えるコロッケだ。

樺憐、華琳、流琉の三人は手際よくそれぞれが受け持つ材料を刻んでいき、そんなこんなな内にジャガイモを茹でている鍋もボコボコと音を立てて沸騰していたので樺憐はこの場を華琳達に任せ、ジャガイモの具合を確認するべく、お玉を使って一個取出し、手近にあった竹串を手に取ってそれをジャガイモに突き刺してみた。



「……ふむ。こっちもいいみたいですわねぇ」


「樺憐。アーモンドの方も仕上がったぞ」


「こっちも終わったわよ」



ジャガイモは竹串がスゥッと刺さったので火は充分に通っているようである。樺憐はかまどから鍋を下ろし、洗い場に大きなざるを用意してその中にジャガイモをあける。茹で上がったイモからは湯気が立ち上り、いかに熱いのかを物語っていた。

その間にアーモンド、肉と玉ねぎの下ごしらえも完了した。後は調理をするだけである。



「さて、いよいよ調理に取り掛かりますが、まずはジャガイモの皮をむかなければならないのですがぁ……この通り熱いですからねぇ。かと言って水で冷やすわけにも参りませんしぃ」


「なら皮むきはオレがやろう。左手はこの通りガントレットの装甲板で覆われてるからな。この程度の熱なら火傷はしないはずだ」


「では、ジャガイモは零治さんにお任せしますわぁ」


「ああ」



零治は左手で熱々のジャガイモを掴み取っても顔色一つ変えず、右手の包丁を軽く押し当て、ジャガイモを縦にクルクルと回転させて表面の皮に切れ込みを入れ、次に切れ込みに包丁の刃を立てて表面の皮を軽くめくり、そのまま右手の親指と包丁の腹の部分の間にめくれた皮を挟んでシールを剥がす要領で手際良くジャガイモの皮を極力薄くむいていく。

この分ならジャガイモの方は問題なさそうなので、樺憐は華琳、流琉と共にアーモンド、挽き肉と玉ねぎの仕上げに取り掛かる事にした。



「では、華琳さんには肉と玉ねぎを炒めるのをお願いしてもよろしいでしょうかぁ?」


「任せてちょうだい」


「まずは挽き肉だけを炒めるのですが、これはただ火を通すのではなく、肉から出る脂が透明になるまで炒めてくださいねぇ」


「分かったわ」


「それが済んだら肉は皿にでも出して粗熱を取っておいてください。その間に玉ねぎを飴色になるまで炒めてください」


「ええ」


「さて、わたくしと流琉ちゃんはその間にアーモンドの方を仕上げますわよぉ」


「はい。……でも、仕上げるといっても具体的にどうするんですか?」


「そんな難しい事はしませんわぁ。こうやって包丁の腹を使って潰して細かく砕くだけですわよぉ」



樺憐は流琉に手本を見せるように、ザルの中に納まっている皮がむかれたアーモンドを数個取出し、まな板の上に転がして包丁の腹の部分を押し当て、上に添えている左手にグッと力を込めて圧力をかける。

包丁とまな板の間からはビキッとアーモンドが砕ける音が鳴り、包丁を退かせばそこにはだいたい三つか四つに砕けたアーモンドの破片が無造作に転がっていた。



「これではまだ大きすぎますから、これを更に細かく砕きますのよぉ」


「なるほど」


「だいたい胡麻と同じぐらいか、それより少し大きめなのが理想的ですわねぇ」


「分かりました。それじゃあ早速始めますね」


「はい。砕いたアーモンドはこの皿に移してくださいねぇ」



樺憐と流琉は適当な数のアーモンドをまな板の上に転がし、それを包丁の腹で押し潰して細かく砕いていき、ある程度の量が出来上がった所で予め用意していた受け皿の上に移し、次のアーモンドを用意して同じように砕いていく。非常に地味な作業の繰り返しではあるが、これはこの世界でコロッケを作る上では必要な工程なのである。二人とも黙々と作業を行っていたので時間はあっという間に経過していき、零治と華琳の方もある程度仕上がってきた。



「樺憐。ジャガイモの皮むきがもうすぐ終わるが、このジャガイモはもう切って潰してもいいんだな?」


「はい。お願いしますわぁ」


「樺憐、こっちも玉ねぎの方がいい具合に仕上がったのだけれど、ここからはどうするの?」


「先程炒めた挽き肉を加えて、塩と胡椒で味を調えてサッと炒めてください。出来上がりましたら受け皿に取って冷ますようにしてくださいなぁ」


「分かったわ」



今の所は順調。何の問題も無く、作業は滞りなく進んでいる。アーモンドを砕く作業はもう終わりそうだし、ジャガイモの方も問題は無し。肉と玉ねぎの方ももう間もなく出来上がりだ。

必要な物は全て揃った。後はコロッケの形にして揚げるだけ。完成も間近である。



「さて、必要な物は全て揃いましたわぁ。後は仕上げです。華琳さん、このジャガイモに砂糖、酒、醤油を加えて軽く混ぜ合わせて味を馴染ませてください」


「ええ」



樺憐の指示に従い、華琳はボウル状の器の中に納まっているジャガイモのペーストに砂糖、酒、醤油を適量加え、木べらで全体に味が馴染むように混ぜ合わせていく。加えた酒は紹興酒になるがまあ大して違和感は出ないだろう。後はみりんもあれば完璧だと樺憐は考えているが、ここにはそんな物は無い。無い物はどうしようもないので、ある物だけで何とかする以外に道は無いのだ。



「次はどうするの?」


「先程炒めた肉と玉ねぎを加えて全体的に混ぜ合わせて、後は味見をして調整するだけですわぁ」


「樺憐、悪いがこの場は任せるぞ。オレはあのジャガイモでもう一品作りたい物があるからな」


「はい。お任せください」



今の状況なら自分一人が抜けても何の問題も無いと零治は判断し、この場を樺憐に任せて予め避けてもらっていた湯がいていないジャガイモの調理に取り掛かった。

といっても、零治が作ろうとしている物はそこまで手の込んだ物ではなく、ジャガイモをまずは縦半分にカットし、次にそのジャガイモを更にくし形に均等にカットしていった。



「樺憐、悪いけど味見をお願いできるかしら?」


「はい」



いい具合にコロッケのタネも仕上がったようなので、コロッケの味の程度を理解している樺憐は味見をするべく、右手の人差し指を使って軽くタネを掬い取って口に運んだ。

口にしたジャガイモのペーストの味付けはいい塩梅で、これならソース無しで食べても充分に味を楽しめる仕上がり具合である。



「いい塩梅ですわぁ。タネも丁度いい具合に冷めてますし、これなら本調理に入っても問題無いですわねぇ」


「そう。ここからどうするの?」


「まずはこのタネをこちらの容器に全て移し、木べらを使って平らに伸ばしてください」



と、樺憐が用意したのは深さが五センチぐらいある長方形の容器。いわゆる角バットである。

とはいっても、現代みたくアルミやステンレス製ではないが。鉄ならあるがそんな物で角バットなんか作ったら重いし、料理に使用していたら錆びて最終的には使い物にならなくなる。なので樺憐が用意したのは木製である。

華琳は樺憐の指示通り、木べらを使ってボウルの中に収まっているコロッケのタネを全て移し、山になっているタネをへらでバット全体に伸ばしていった。



「はい。それで結構ですわぁ。次に人数分に分けるようにタネに線を入れます。これはわたくしがやりましょう」


「お願いするわ」



樺憐は華琳からへらを受け取り、まずはタネの中央端にへらを刺しこみそのまま横に一本線を引く。

次に縦に線を入れて人数分に分けれるように等間隔で一本、また一本と線を引いていく。



「え~っと、零治さんにわたくし、華琳さんと流琉ちゃんの分とぉ」


「お~っと。かれ~ん? アタシの分を忘れないでくれよ?」


「今頃になって出てきやがって。樺憐、姉さんの分は不要だぞ。何一つ手伝いをしてない奴に食わせる必要なんかないからな」


「そうつれないこと言うなよ、零治~。アタシが手伝いなんかしたって邪魔にしかならないんだからさぁ」


「全く。そんなんだから姉さんはいつまで経っても料理の腕が上達しないんだよ。……はぁ。樺憐、姉さんの分もだ」


「は~い。では一人二つずつですわねぇ」



縦線を合計四本引き、タネは十等分に分けられ、人数分に分ける作業はこれで終了だ。

後はやる事は難しくは無い。タネをコロッケの形に整えて揚げるだけである。



「まずはわたくしが手本をお見せしますわぁ。華琳さんと流琉ちゃんはわたくしの後に続いてくださいな」



樺憐は華琳と流琉の二人に手本を見せるべく、へらでコロッケ一つ分のタネをすくい取り、手に取って団子を作る要領で形を大まかに整え、平らな楕円形の形に仕上げていく。



「このようにタネを平らな楕円形にしてください。その代り、この時点では綺麗にする必要はありません。大まかな形にすればよろしいのでぇ」


「ええ」


「分かりました」



樺憐に習い、華琳と流琉の二人もへらでコロッケのタネをすくい取り、形状を大まかな楕円形に仕上げていき、十等分に分けられたタネはラフな形ではあるが、あっという間にコロッケの形へと仕上げられまな板の上は一杯になった。

ここまでくれば完成は目前。後は衣をつけて形を整え、揚げるだけである。



「は~い。準備完了ですわねぇ。後は衣をつけて油で揚げるだけですわぁ」


「樺憐さん。その衣ですけど……もしかして、あのあぁもんどって木の実を使うんですか?」


「その通りですわ。本来は別の食材を使用するのですが、この世界では作れるか難しい物ですのでアーモンドを代用品として使うのですわぁ。では、始めましょうかぁ」



ここからは一気に仕上げるだけで難しい作業は何一つ無い。樺憐は小さなボウルに卵を一個割り入れ、菜箸で素早くかき混ぜと溶き卵を作り上げる。

次に別の皿に小麦粉を適量取出し、パン粉の代用品である細かく砕いたアーモンドも用意し、全ての準備は整った。



「まずはこのタネに小麦粉、溶き卵、アーモンドの順で衣をつけていきます。小麦粉はつけたら余分な粉は軽くはたいて落としてくださいねぇ」



樺憐は成形したタネを一つ手に取り、皿の上に出している小麦粉を全体にまぶし、余計な粉は形を崩さないように軽くはたき落して次に溶き卵に浸して卵を全体に絡ませる。最後にアーモンドの粉の上にタネを置いて転がすように全体にアーモンドを付着させる。

ここでようやく形の整えに入り、衣をつけ終えたタネをまな板の上に置き、へらを使って左手で少しづづ回転させながら端の形を整え、綺麗な楕円形へと仕上げ、まだ揚げてはいないが完璧なコロッケの形へと仕上がった。



「衣をつけ終えたらこのようにへらを使って形を綺麗に整えます。これが済んだら後は油で揚げれば出来上がりですわぁ」


「樺憐、油の方はオレが準備しておいてやるよ」


「お願いしますわぁ。はい、では華琳さんと流琉ちゃんも今みたいに仕上げてくださいなぁ」


「分かったわ」


「はい」



さほど難しい作業でもないので、華琳も流琉も樺憐と同様にタネに手際よく衣をつけていき、へらを使用して形を綺麗に成形していき、十等分にされたタネは全てコロッケの形へ仕上げられ、全部のタネが形になった頃には零治が予め揚げ物用の鍋に張ってくれた油も充分に熱されて温度が上がっており、いつでも揚げる事が出来る状態に整っていた。



「ふむ。油も良い具合のようですし、この大きさの鍋なら五個ぐらいまとめて揚げれそうですわねぇ」


「なら、揚げるのは私がやるわ。揚げ時間はどのぐらいなの?」


「タネには既に火が通っているので長時間揚げる必要はありませんわぁ。表面がキツネ色になれば充分ですわよぉ」


「そう。他に何か注意する点はあるの?」


「そうですわねぇ。揚げている間は不必要につつかないようにしてください。場合によっては破裂して中身が飛び出して台無しになってしまいますからぁ」


「分かったわ。なら、早速始めましょう」



華琳は菜箸でコロッケを一つずつ丁寧に掴み取り、熱せられた油が張ってある鍋の中にそっと沈めていく。

その場にはジュワァッと食材が油で揚げられる音とごま油の香ばしい匂いが広がり、これだけで食欲がそそられる。主に恭佳のだが。

油の中の放り込まれたコロッケはあっという間にこんがりとしたキツネ色にカラッと揚がり、華琳は菜箸で表面が崩れないようにそっと掴み取り、軽く二、三回上下に振って余分な油を切り、予め用意していた取り皿の上に乗せていき、残りの揚げていないコロッケを次々と鍋の中に沈めていった。

その作業の最中、隣で何かの調理をしている零治の姿を華琳はチラッと盗み見た。どうも同じ揚げ物を調理しているようだが一体何を作っているのか華琳は非常に気になった。



「零治、貴方は何を作っているの? 見た所、同じ揚げ物のようだけれど」


「確かに揚げ物だが、そんな大した物じゃないぞ」


「兄様、それは作るのは難しかったりするんですか?」


「いいや。作り方は単純だから、料理の基本が出来てる奴なら誰にでも作れるぞ。……ん? 姉さん、つまみ食いなんかしやがったら追い出すからな」


「チッ。ばれたか」


「そんな事しなくたってもうすぐ出来上がる。追い出されて飯抜きにされたくなかったら大人しく待ってろ」


「はいはい」



ただでさえ自分は特殊な存在なため食事は欠かせない上、まともに料理が出来ない身なのだ。ここで本当に追い出されて食事抜きにされたら今日の昼を食べる事が出来なくなってしまう。いや、そうなったら街まで出かけて外で済ませればいい話なのだが。

だが実は恭佳も元居た世界での食べ物に飢えており、中華料理も嫌いではないが若干ながら飽きてきているのだ。だからこそここは我慢し、何が何でもコロッケにありつきたいのが今の彼女の本音である。



「待たせたわね、恭佳。出来上がったわよ」


「おおっ! 待ってましたぁ!」



待ちに待ったコロッケがようやく完成し、華琳が持っている大皿には揚げたてのコロッケが綺麗な円形に並べられており、恭佳が座っている卓の中央に皿が置かれ、立ち上る湯気と共に漂ってくる揚げ物ならではの揚げたばかりの特有の香りが食欲をいたく刺激し、恭佳は今にもコロッケにかぶりつきそうな様子を見せていた。



「はいよ。こっちも出来たぜ」


「ん? おおっ! こいつはぁ!」


「零治。これは何なの?」


「見た所、じゃがいもでしたっけ? あれをくし形に切った物みたいですけど」


「ああ。それをただ油で揚げただけ。フライドポテトって言うんだ」


「ふらいど……ぽてと……? 貴方の世界は食材の名前もそうだけど、奇妙な名前の料理が多いわね」


「そりゃ馴染の無い言葉だからそう感じるだけだ。別に変な名前じゃないぞ」


「細かい事はどうでもいいんだよ。それより早く食おうじゃないか。せっかくの料理が冷めちまうよ」


「そうですわねぇ。では早速」



各々はまずコロッケの皿に箸を伸ばし、華琳と流琉は初めて眼にする料理にどこか楽しみ気な表情を浮かべながら、零治達は久しぶりに元の世界では普通に食べれていたコロッケに感慨深げな表情を浮かべていた。

まあ、零治達から言わせればこれはコロッケではなくコロッケもどきなのだが。しかしながらそれでも見た目はほとんど普通のコロッケと大差ない。後は味だ。零治達は可能な限りの事を尽くして再現したコロッケの味に期待しながら噛り付いた。



「あむ」


「はむ」


「あぐ……むぐむぐ。……おおっ! こいつは旨い!」


「確かに。アーモンドの衣も油でカラッと揚がってるから、サクサクした食感があって全然違和感が無い」


「ふふ。そうでしょう。それに味もいけますでしょう?」


「へぇ~。面白い食感の料理ね。味も悪くないし、気に入ったわ」


「そうですね。表面はサクサクしてて中はホクホク。やっぱり兄様の世界の料理は面白いですね」



最初はどうなる事かと零治は内心不安だったが、樺憐のサポートのおかげもあって再現料理は上手くいったようで何よりだと思った。華琳も流琉も恭佳もコロッケの味に表情を綻ばせていたので今回の再現料理は大成功と言えるだろう。



「樺憐。今日は助かったよ。お前が居なかったらどうなっていた事か」


「礼には及びませんわぁ。わたくしは零治さんの手助けをしただけですもの」


「それでも礼を言わせてくれ。お前のおかげで今日は本当に助かったよ。感謝する」


「いえいえ。こちらこそ零治さんとの共同作業はとても楽しゅうございましたわぁ」


「やはりお前には料理でも敵わないな。今回みたいな発想、オレじゃとても思いつかなかっただろうよ」


「そんな事はありませんわぁ。零治さんのように、妥協せずに徹底してこだわるのは素晴らしい事です」


「そうかぁ?」


「はい。ただ、この世界ではどうしても限界はあります。ですので、零治さんはもう少し妥協する柔軟な発想力を身に付けないといけませんわねぇ」


「そうだな。肝に銘じとくよ」


「零治」


「ん? 何だ?」


「このふらいどぽてと……だったかしら? これも悪くないわね」


「はい。ただ油で揚げただけなのに、ころっけとはまた違った味わいがあっていいですね。手軽に作れるからおやつにもぴったりですね」


「そりゃありがとよ」


「零治。アンタに言いたい事があるんだが……」


「ん? 何だよ姉さん。急に改まって」



何やら不機嫌そうな様子の恭佳は右手に摘まんでいるポテトを口の中に放り込み、ムシャムシャと咀嚼して脇に構えてあった湯呑に入ってる水をグイッと煽って口の中のポテトを流し込み、湯呑を叩き付けるように乱暴に卓の上に置き、ビッと零治を指さした。



「アンタねぇ……なんでフライドポテトなんか作ったんだい!」


「……いきなりどうしたんだ? 姉さん、フライドポテト好きだろ?」


「あぁ、好きだよ! 大好きさ! だけどさぁ……こんな物出されたらビールが呑みたくなるじゃないかぁ!」


「そういう事か」


「零治! 今すぐビールをここに用意しなっ!」


「無茶言うな……」


「兄様。びぃるって何ですか? 恭佳さんの口ぶりから飲み物だって事は分かるんですけど」


「オレの世界にある酒の一種だよ」


「零治。そのお酒、この世界で作る事は可能なの?」


「いや、絶対に無理だぞ。再現なんか不可能だからな」



これはいくらなんで無理がありすぎである。ジンの製造でさえ上手くいっていないのに、ビールなど余計に造るのが不可能だと目に見えて分かる事である。

材料の問題もそうだが、ビールを造るとなれば炭酸の充填が必要不可欠となる。これはビールの原料以上に用意するのが不可能に近いレベルだ。もっとも、昔のビール。それだけに限らず酒類は製造過程で天然の炭酸ガスが発生しているので充填の必要性は無いが、現代のビールは製造過程が少々異なり、後から充填する必要がある。

そもそも炭酸ガスは石油化学プラントなどから排出された物を回収し、洗浄、精製を繰り返して生産されているのだ。因みに清涼飲料水などに使用されている炭酸ガスも石油由来の物を回収して使用している。もうこの時点でビールの製造がいかに不可能かが分かるというものである。

加えて言うと、仮にビールが造れたとしてもこの世界の容器では製造過程で発生する炭酸ガスの圧力に耐え切れないだろうから、どちらにしても無理だろう。



「クッソォ……ビールが呑みたい……」


「諦めるんだな、姉さん。それにまだ昼だ。酒が呑みたいんなら夜まで我慢しろよな」


「あぁ……せめてケチャップがあればまだ我慢できるのに」


「ケチャップ? 恭佳さん、ポテトにケチャップなんかつけて食べるんですかぁ?」


「ん? 樺憐、その眼は何? 別に変じゃないだろ?」


「いえ、別に変とは思ってませんけど……普通は塩をかけて食べるのでは?」


「確かにそうだけど、ずっと塩味だと飽きちゃうんだよ。そういう時はケチャップをつけて食うんだよ。これが旨くてねぇ」


「ケチャップをつけて食おうがそれは姉さんの勝手だがな……小分けする前に皿に盛られているポテトの山にドバドバかけるのはやめろよ。アレは見ていて気分が悪くなるだけだし、全部ケチャップ味になっちまうからな」


「……ポテトにマヨネーズをつけて食ってる奴には言われたくないね」


「オレは姉さんと違って自分が食べる分にしかつけないぞ」


「零治さん。フライドポテトにマヨネーズって……サラダじゃないのですよ……?」


「おいおい。樺憐、ポテトにマヨネーズをつけて食う食文化はちゃんとあるんだぜ?」



日本では馴染が無いが、零治の言うフライドポテトにマヨネーズをつけて食べる食文化は確かにある。

フライドポテトの発祥はアメリカだと思われがちだが、実はベルギーのワロン地域、ナミュール州の住人が牛脂で細かく切ったジャガイモを揚げたのが起源とする料理なのだ。

当然マヨネーズをつけて食べる文化もベルギーが発祥なのだが、つけるのは市販の普通のマヨネーズではなく、マヨネーズに唐辛子をペースト状にしたハリッサと呼ばれる調味料、油、レモン汁を混ぜ合わせたピリ辛のソースをつけて食べるのが一般的である。

まあ、市販の普通のマヨネーズも合わなくはないだろうが、人によっては油っぽさが増して胃もたれを起こすかもしれないので、好みは分かれるかもしれない。



「なに言ってんだい。零治、アンタの食い方は邪道だよ邪道」


「ケチャップで食う方が邪道だね」


「あらら。お二人とも何やら変なスイッチが入ってしまったようですわねぇ」


「樺憐さん。兄様と恭佳さんが言ってる、ま、まよねぇずとけ……けちゃぷ? でしたっけ?」


「ケチャップですわ」


「あぁ、そうそれです。それって一体なんなんですか?」


「わたくし達の世界では一般的な調味料の一種ですわぁ」


「樺憐、それはこの世界で作る事は出来る?」


「う~ん、ケチャップは材料の問題があるから難しいですわねぇ。マヨネーズは作ろうと思えば作れるかもしれませんが……油が必要ですので」


「胡麻油じゃだめなの?」


「胡麻油は胡麻の香りが強いので、これで作ると違和感があるのですわぁ。なので香りが強くない油が理想的なのですわよ」


「そう。なら、また人を使って探させましょう」


「……華琳さん。本気で作るおつもりなのですか?」


「当然よ。零治と恭佳がここまで熱弁を振るってる天の国の調味料、気にならない訳が無いでしょう? 樺憐、その時はまた貴方を頼らせてもらうわよ」


「まあ……努力はしますわ」



華琳の飽くなき探究心、これは素晴らしい事だと樺憐は心底感心した。

だがそれと同時に疑問も当然浮上してきた。マヨネーズなど作ってどうするのかと。この世界ではせいぜい野菜とゆで卵につけて食べるぐらいしか使い道が無いはず。それに保存の問題もあるが、その時はその時だと自分に言い聞かせ、未だに討論を繰り返している零治と恭佳をよそに、華琳、流琉と一緒にコロッケとフライドポテトを食べるのだった。

零治「おい。あのコロッケもどきは本当に作れるのか?」


作者「さあ? 作った事がないので」


亜弥「随分無責任な発言ですね。そもそもアーモンドが衣の代わりになったりするんですか?」


作者「これは某料理漫画で伊勢えびのフライを作る時に出た話を使わせてもらったからなぁ。でもまあ、アーモンドって癖とか無いし案外いけんじゃね?」


奈々瑠「伊勢えびのフライの衣にアーモンド……あっ、ひょっとして○華○番ですか?」


作者「そうそう」


臥々瑠「ってかさ、料理漫画とかに出てくる料理って実際に作れる物なの?」


作者「意外と作れる物はあるぞ。まあ、一部の物は材料費とかで詰んじゃうけど」


恭佳「○華○番のはまだ可能だろ? 鉄○○○ャ○なんか絶対に無理だろ」


樺憐「アレはやはり……ダチョウの肉に蛆を仕込んだのが一番衝撃的でしたわねぇ」


作者「料理自体は旨そうだと思うんだが……まあ、アレは絶対再現不可能だな。個人的にラー油炒飯は食ってみたいと思ったなぁ」


恭佳「もう一つアンタに言いたい事がある」


作者「何?」


恭佳「なんだってアタシと零治をケチャラーとマヨラーなんかにしやがったんだ……」


作者「いや、フライドポテトにつけるぐらいでケチャラーとかマヨラーにはならないと思うんだけど。どっちも実際にある食文化なんだし」


零治「ってか、旨いのかよ? アレ」


作者「ケチャップはオレもよくやるぞ。マヨネーズも割といける。ただつけすぎにはご注意を」

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