第70話 動き出す三国 前編
今年も嫌な季節の夏が到来しましたねぇ。
熱はPCの大敵だし、暑いと思考がちゃんと働いてくれないから困りものですね。
自宅では扇風機だけが頼りですし。
とある日の昼間の事。洛陽の都内の繁華街中央に大きなライブステージが設けられており、舞台の中央では張三姉妹が歌と踊りを披露していた。
この日は都での久しぶりの凱旋ライブなのだ。そのため会場内の観客達の熱狂ぶりはいつも以上に加熱しており、辺りには空気を震わせるほどの歓声が沸き起こっていた。
「みんなーっ! ありがとーーー! 大好きだよーーーっ!」
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
「「「中! 黄! 太! 乙! 中! 黄! 太! 乙! 中! 黄! 太! 乙!」」」
「「「ほぁぁぁー! ほっ、ほぁ、ほぁぁぁぁ!」」」
「それじゃ、次回もよろしくねーっ!」
会場内を包む歓声、鳴り止む事のない拍手が響き渡る中、人和が締め括りの言葉を観客達に送ってライブは終了となり、張三姉妹は満面の笑みを浮かべながら観客達に手を振りつつ舞台袖へと退場していく。
張三姉妹が舞台を去った後も歓声は途切れず、三人の素晴らしい活躍を称える拍手が未だに鳴り響いていた。
………
……
…
凱旋ライブが終了し、張三姉妹が舞台裏に設置している控室に来てみれば、そこには何かの書類の束を片手に持った零治が待っており、三人を出迎えて労いの言葉をかけた。
「よう。お疲れさん。相変わらずの盛況ぶりだったな」
「あら。来てたの」
「今日はどうしたのー? あ、もしかして、私達の活躍が凄いから、何か凄いご馳走でも食べさせてくれるの?」
「へぇ。あんたにしては気が利くじゃない。だったら、ちぃ、あそこがいいなー」
「どこどこ?」
「ほら。あのお城みたいな、凄く立派な所。市場の入り口にどーんと建ってるやつ!」
「えー。あそこ、美味しいけどすっごく高いって言ってたよ?」
「だからコイツの金で行くんじゃない」
「なるほどー!」
「……天和、地和。お前ら二人、いっぺん死んでみるか? アレはアレでなかなか楽しい経験だぞ?」
当の本人をよそに勝手に話を進めている天和と地和に向かって、零治は表情に影を落として氷のように冷たい笑みを浮かべながら冗談とは思えない言葉を口にした。しかも零治は文字通り一度死を経験しているので尚更冗談には聞こえなかった。
因みに天和と地和が口にしていた店は、以前に華琳に連れて行ってもらった店の事である。なので零治もあの店の料理や酒の値段がバカ高い事は知っているし、値段に見合った味を保証してくれるのも理解している。
別に零治はあの店自体に行く事は反対ではないが、二人は零治にたかる事を前提にして話を進めているためこんな事を口にしたのだ。
「れ、零治さん? その表情……怖いんだけど……」
「そ、それに何よ、今の台詞。まるであんた、一度死んだ事があるみたいな口ぶりじゃない」
「安心しろ。ただの冗談だ。……が、お前ら二人が今後も謙虚さというものを身に付けないようであれば……今の話も現実になるかもしれんぞ……」
「零治さん。姉さん達を脅すのはその辺にしておいて。今日は華琳様の指示で来たんでしょう?」
「ああ。コイツは指示ではなく、正式な依頼だがな。軍の慰安に来てほしいとの事だ」
「慰安? こないだ涼州でやったみたいなやつ?」
「あれよりも大規模だ。城下の演習場を会場にするってよ。詳しい事はこの資料に書いてある」
「見せてもらうわ」
人和は零治から資料の束を受け取ると、紙のページをペラペラとめくりながら内容に眼を通していき、それらの全てを頭の中に叩き込み、しきりにうんうんと一人で納得したように何度も頷いたりして見せる。
涼州で行った当時のライブの光景を思い出しながら、天和は零治から聞かされた華琳からの依頼に付いて期待に胸を膨らませながらその事を尋ねてみた。
「ねえねえ。魏の全軍って、こないだの時よりも多いんだよね?」
「ああ。今、どれぐらい居たっけ……? まあ、あの時の倍以上居るのは確実だな」
張三姉妹を抱え込んだ頃はまだそこまで大規模だったわけではない魏も、今ではこの大陸で一番の国力を持つ国と言っても過言ではない。故にその兵力もそれに見合った数字だ。
おまけにその倍以上の兵士の大半は、張三姉妹絡みの志願兵と来ている。ならば慰安イベントに彼女達の応援コンサートが要望の一位になるのも必然である。
「へぇ! ちぃ達、そんな大人数の前で歌えるの?」
「れんほーちゃん。この依頼、受けようよ!」
「……いいわ。報酬も申し分ないし、日取りも調整できる範囲だしね。この条件で引き受けましょうと、華琳様に伝えてくれるかしら?」
「引き受けてくれてどうも」
「で、ご馳走はー?」
「引き受けてあげたんだから、連れてってくれるんでしょ?」
「お姉ちゃん、あの凄く高いお店がいいなぁ。お肉、凄く良い所から取り寄せてるから、びっくりするくらい美味しいんだってー」
「…………」
零治の先程の脅しの言葉が頭から抜け落ちてるのか、天和と地和はまたしても例の高級店の話を持ちかけてきた。
零治もここに来る前に、この二人がこういった話をし出すのは予測していたので保険は用意しているが、願わくばこれは使いたくないのが本音である。零治は最後の希望であり、三姉妹の唯一の常識人でもある人和にチラリと視線を向ける。
「そうね。私も興味あるんだけど……?」
(オレの希望は脆くも儚く崩れ去ったか……)
「なら決まりね。連れてってくれないと、さっきの話は……」
ここに来て地和が不敵な笑みを浮かべながら最後のダメ押しをかける。この三人、特に天和と地和の我儘は今に始まった事ではないし、何より彼女達の機嫌を損ねてしまえば折角の慰安コンサートもパーになるだけだ。そうなれば華琳からお叱りを受けるのは考えるまでもない。ならばどうするべきかも決まっている。
零治は内なる怒りを紛らわすようにコートの下からタバコの箱とライターを取出し、タバコを一本取りだして火を点け、張三姉妹を睨み付けながら乱暴に煙を吹かした。
「フーー……っ! 華琳に感謝するんだな。アイツのお情けが無かったら、あの時にオレが三人ともあの場で殺していた所だ……」
「な、何よ。またちぃ達を脅そうってわけ」
「そういう訳じゃない。だが……あまり調子に乗っていると、二度とオレに対してそんなふざけた事が抜かせないような恐ろしい目に遭うぞ、とだけ忠告しといてやる。……ったく。ほらよ」
零治は懐から掌に収まるサイズの布で出来た袋を取出し、それを無造作に人和に向かって放り投げた。
人和は慌てて両手を伸ばしてそれをキャッチし、両手に収まった袋からはジャラっと金属同士がぶつかり合う音が鳴り響き、袋その物にもズッシリとした重みがあったので、人和はまさかと思い、袋の口を縛っている紐を解いて中を覗き込んでみれば、袋の中には大量の五銖銭が収まっていたので、張三姉妹は驚きを露わにした。
「それだけありゃ、お前ら三人があの店でたらふく食ってもお釣りが来るだろうよ。多分な」
「ええっ!? れ、零治さん。このお金……一体どこから持って来たのっ!?」
「ひょっとして、これも華琳様が?」
「いいや。それはオレ個人の金だ」
「ちょっ!? 何よそれ! アンタ、ちぃ達よりもお金持ちだったの!?」
「この世界じゃオレは金の使い道が全然無いんだよ。だから節約とかしなくても自然と貯まるって訳さ」
「……羨ましいわね。そういう所、姉さん達にも見習ってほしいわ」
今は華琳のお膝元での活動をしているため、資金面では苦労こそしてはいないが、その前は人和が張三姉妹の金庫番であり、それは今も変わらない。
天和と地和は昔から金使いが荒かったので、資金繰りをしている人和にとってこれは頭痛の種であり、今は華琳の援助のおかげで資金面には苦労しないためなのを良い事に、天和と地和の金使いの荒さには拍車がかかっていたので、人和にとっては独立してからの活動の不安要素でもあった。
「何よ。そんなにお金持ってるんなら、ちぃ達を脅すような事も言わなくていいじゃないの」
「自分で稼いだ金をお前ら三人の我儘のために使う羽目になったらムカつくに決まってんだろうが」
「零治さん。ありがとう。このお礼はいつか必ずするわ。ほら、姉さん達もちゃんとお礼を言わないと」
「うん。零治さん、今度お返しとして、特別に零治さんだけに歌ってあげるからねぇ」
「一応、礼は言っといてあげる。ありがと……」
「フッ。まあ、お返しの件は期待しないで待っておくさ」
「お釣りも後でちゃんと返しに行くから」
「不要だ。その金はお前らにくれてやる」
「そんなっ! いくらなんでもそれは悪いわ!」
「何でだ? 遠慮するなんてらしくないぞ?」
いつも冷静で物静かな人和が声を張り上げて零治の申し出を拒否したので、零治は意外そうな顔をして人和の表情を観察した。
別に零治にとってこの行為には特別な意味は無いが、人和は理解しているのだ。零治から受け取ったこのお金にどれ程の重みが宿っているのかを。
「だって……このお金は、零治さんが命を懸けて戦っていた事の証だもの。流石に受け取れないわ」
「……お前らが魏の軍のために一役買ってる事は理解している。その金はそれに対するオレ個人からの礼だ。そう思って受け取っとけ」
「ならせめて、零治さんも一緒にお店に行きましょう」
「そうだよー。私達三人でお釣りが出るんなら、零治さん一人増えても余裕って事だよねー」
「……アンタのおかげで今のちぃ達があるから、その事は感謝している。だから一緒に来てもいいわよ?」
「フッ。ありがたい申し出だが、オレは遠慮させてもらう」
「えー。どうして? 私達と一緒にご飯食べたくないのぉ?」
「そうじゃない。オレはあの店に、前に一度華琳に連れて行ってもらった事があるんだよ。正直もう一度行きたいとは思わん」
「何で? あっ。もしかして、料理が不味かったとか?」
「いや、あの店の料理は不味くはなかった……はずだ」
「はずだ?」
零治の言葉の意味が理解できない張三姉妹は揃って首を傾げ、不思議そうな表情で零治の事を見つめる。
そもそも零治があの店に行きたがらない理由は料理の良し悪しではない。何より、高級店を謳っている店で出される料理が不味かったら大問題だし、有名所の豪商が商談に利用する訳がない。それに華琳も黙ってはいないだろう。
零治は右手で頭をバリバリと掻きながら苦笑し、店に行きたがらない理由を張三姉妹に打ち明けた。
「華琳に連れて行ってもらったあの日、オレは店の雰囲気に圧倒されてな。料理の味も全く憶えてないんだ。ってか、料理の味を楽しむ余裕すら無かったし、全然落ち着かなくて居心地も悪かった。オレが行きたくない理由はこういう事さ」
「えー。そんなの慣れちゃえばどうって事ないよー」
「無理だな。あの店はオレには場違いすぎる。……何より、オレは日の光に当たって生きられる人間じゃないからな」
「いや、いま思いっきり日の光に当たってるじゃない」
「ちぃ姉さん。零治さんはそういう意味で言ったんじゃないと思う」
「まっ、そういう訳だ。あの店はお前ら三人で楽しみな。向こうに警備隊の連中を数人待機させてあるから、道中の護衛はそいつらに頼むと良い。じゃ、用は済んだからオレは帰らせてもらうぜ」
「あっ、ちょっと」
地和が手を伸ばして引き止めるが、零治は背を向けてタバコの煙を吹かしながら右手をヒラヒラと振り、さっさとその場を立ち去ってしまった。
残された張三姉妹は人和の手に収まっている零治から手渡されたお金の入った袋を持ったまま、どうしたものかと互いに顔を見合わせた。いつも彼女達は食事のために零治に店に連れて行ってもらった時の支払いは全て城の経費で賄っていたのだ。だが今回は違う。いま彼女達が受け取ったお金は零治個人の物なのだ。そして、張三姉妹も零治が魏ではどういう立場なのかも知っている。街では警備隊の隊長を務めているが、戦になれば彼も戦場に立ち、死の危険と隣り合わせの最前線で戦う一人の将なのだ。
即ち、このお金は零治が命懸けで手にした血と汗の結晶。故に張三姉妹はこのお金を無償で受け取り、使っても良いのかと躊躇っているのだ。
「ねえ。ちーほうちゃん、れんほうちゃん。これ……どうしよう?」
「どうするって言われても……アイツはもう行っちゃったし」
「……受け取りましょう」
「う~ん。零治さんは良いって言ってたけど……でもいいのかなぁ。私達だけで使っても」
「仕方ないわよ。零治さんはもう行っちゃってるし。あの人の性格を考えると、今から返しに行っても素直に受け取るとは思えないもの。だから別の方法で返すわ。それも、私達でしか出来ない方法で」
「ちぃ達でしか出来ない方法……あっ!」
「そういう事」
眼鏡を指で押し上げる動作をしながらクールスマイルを浮かべている人和の言葉に、天和と地和は合点がいった。零治から受け取ったお金は零治が命を懸けて戦う事で稼いだ物である。だが張三姉妹は戦いは専門外である。だから同じように零治には出来ない自分達でしか出来ない方法、つまり今まで通り歌と踊りを人々に披露してお金を稼ぎ、そして零治にお返しする。これでおあいこという訳だ。
「そうだねぇ。何も零治さんと同じ方法でお金を返す必要なんてない。私達は、私達でしか出来ない方法で返せば良いだけなんだよねぇ」
「ええ。それにお金を直接返すのが駄目なら、別の形でお返しをすればいいだけ。いくら零治さんでも、そういう事を無下には出来ないだろうしね」
「なるほど。ふふ。そうと決まったら、今夜の慰安、頑張るわよっ!」
「「「おーっ!」」」
基本方針も纏まり、張三姉妹はこの先に控えている慰安コンサートと零治へのお返しのためのお金を稼ぐべく、右手を握り締めながら宙に掲げ、声を揃えてその決意を新たにした。
………
……
…
「……という訳で、兵士達の要望通り、張三姉妹の慰安公演は予定通りに行えるぜ」
「良くやったわね。なら、零治はそのまま調整に入ってちょうだい。時間も無いから、手が足りない所は他の部署に協力を要請しても構わないわ」
「了解だ。会場の設営は、工兵達に訓練も兼ねてやらせる方向で進めさせてもらう」
「後は指示を出すだけよ。これで兵の士気も充分。ようやく孫呉攻略の準備が整いましたね、華琳様」
「ええ……」
桂花の言葉に華琳は感慨深げに頷いた。ここまでの道のりは決して容易ではなかった。紆余曲折を経て、ようやくここまで辿り着いたのだ。呉を討ち果たせば、残るは劉備の蜀のみである。
もちろんこの先に控えている戦はこれまで以上の激戦は必至だ。だが、その先にはこの大陸の未来が待っているのだ。華琳が描いているこの大陸の未来のためにも、これまでの道程で散って逝った仲間達のためにも、ここまで来た以上は負ける訳にはいかない。呉との戦を乗り切れば、魏、蜀、呉の三国の拮抗状態は崩れ、魏の勝利へも大きく近づけるのだから。
「あの、華琳様……」
「なぁに、季衣」
「この間の軍議で、劉備の所と孫策の所、同時に攻めるって、言ってませんでした?」
「ウチもそう聞いてたんですけど……あれから方針、変わったんですか?」
「そういえば季衣と真桜は、あのあと西に遠征に出ていたわね……」
これは定軍山の件のすぐ後の事だった。西涼の平定のため、季衣と真桜の二人は西へ遠征に出向いていたのだ。馬騰という大きな支えを失いはしたが、この地はもともと一つの国というより規模の小さい諸侯達が集まった同盟国家のような存在なのだ。
馬騰が居なくなった事で前ほどの勢いは無くなりはしたが、それでも涼州の諸侯達は馬騰に代わって先頭に立つ人物を新たに用意し、何度も小規模ではあるが決起をしたりしていたのだ。
規模が小さいとはいえ、このような問題も放置できないのでその平定に季衣と真桜の二人を華琳は向かわせたのだ。長期の遠征だったため、二人が帰還したのはつい先日。そして魏の行動方針が変わったのもこの間である。
「他に分からない者は居る?」
と、華琳はグルリと玉座の間に集まっている首脳陣達を見回した。
行動方針が変わってからまだそこまで日は経過していない。いくらなんでも忘れる者など居やしないだろう。だが一人、一人だけ忘れていそうな人物に思い当たる節が首脳陣達にはあるので、その者に全員の視線が集中した。
「な、なんで私を見るんだっ!?」
「いえ、別に……」
と、流琉は視線を逸らして春蘭の疑問には答えず、適当にその場を誤魔化した。
流琉にとって春蘭は上官である人物だ。そんな人に向かって、絶対に行動方針が変わった事、そして方針を変えた理由も忘れているはずだなんて、口が裂けたって言えやしない。
「なら春蘭、二人に説明してあげてちょうだい」
「はっ。……二人とも、この前の定軍山の件は憶えているな?」
「はい。兄ちゃん達を助けに行った、あの時ですね」
「うむ。あの一件で劉備達蜀の側はこちらを必要以上に警戒するようになったらしくてな。ならばこの機を逃さず、呉を一気に攻め落としてしまえと……そう決まったのだ。分かったか?」
「分かりました!」
首脳陣達は驚きの表情を、玉座に腰かけている華琳も意外そうな表情で春蘭を見つめていた。
それもそのはず、あの春蘭が行動方針を変えた理由をスラスラと季衣に言い聞かせたのだから。
「だから、なんでお前達そこで驚くんだ!」
「いやぁ、別に……」
「ちゃんと憶えていたなんて意外……なんて事は思ってないわよ……」
「思ってたんだな! そう思ってたんだな!」
桂花の小馬鹿にしたような態度を前にし、春蘭は顔を真っ赤にしてその場で地団太を踏む。
まあ、春蘭の怒りも理解できなくはないが、これもやはり日頃の行いから来るというものである。
普段から状況を考えずに突っ走ったりせず冷静に行動し、己の考えをちゃんと言葉にして相手に伝える事が出来ていれば周りからこんな風に驚かれる事だってないのだから。
「まあ、そういう事よ。蜀の動きが鈍っている間に、私達は呉を攻め落とす。この戦い、とにかく時間が勝負よ。皆、互いに連携して迅速に行動してちょうだい」
「次の議題は……季衣、西方遠征の報告をしてちょうだい」
「はい。えっと、遠征そのもの問題無かったです。規模の小さい小競り合いが何度もありましたけど……」
桂花に促され、季衣は一歩前に進み出て華琳に西方での遠征についての内容を報告。
これも特に目立った問題も無く、西方の平定は無事に完了したようなので本日の軍議も終了し、来たるべき呉への進軍の準備などを進めていく内に時間はあっという間に経過していき、数日が経過していった。
………
……
…
それから数日後の夜。丁度今は張三姉妹による慰安コンサートが行われている真っ最中であり、軽快な音楽に合わせて彼女達の歌声が、そして会場内を埋め尽くしているファンである魏の兵士達の歓声が城壁にまで冷たい夜風と一緒に届き、城壁の上から遠目にその光景を眺めている零治のコートがバサバサとなびいた。今回の慰安コンサートの優先順位は普段自由に動けない遠征組が上なので、零治は見張りの交代要員に回されているが、本人としては一人の方が落ち着くのでこの方がありがたくもあった。
不意に視線を横にずらせば、その先には季衣との真桜の姿が見え、折角の張三姉妹による慰安コンサートが間近で見られるから普段の二人なら直接会場に足を運んでいるはずなのに、今日に限ってそれをしようとしないし、城壁からも会場の様子を見ようともしないので、気になった零治は二人の所まで歩み寄り、声をかけた。
「どうした。二人して何を黄昏てるんだ?」
「あ、なんや隊長かぁ~」
「張三姉妹の慰安公演は始まってるぞ? なんで行かないんだ」
「あー。もうそんな時間かぁ……」
「この間の軍議の時から二人とも元気が無いが……自分達が居ない間に方針が変わったのを気にしてんのか?」
「そんなんじゃないよー」
「ウチもそこまで細かい事気にする女とちゃうで。……それにそれを言うたら隊長こそ元気が無いやん。隊長こそ張三姉妹の公演に行けばええのに」
「あぁ、オレのは大した事じゃねぇよ。それに、オレはこうして見張りをしている方が性に合ってる」
「何や。お姉さん達に相談してみ?」
「誰がお姉さんだ」
一丁前に年上のお姉さんぶる真桜に、零治は苦笑しながら額に向かってデコピンを一発喰らわし、真桜の額からはペチンと情けない音が鳴り響いた。
本人は大した力は入れてないのに、真桜はここぞとばかりに悪ノリをして両手で額を押えながら痛がり、ワザとらしく後ろに数歩よろめいて見せたのだ。
「あいだっ!? 隊長、ツッコミはもうちょい優しくしてぇな」
「そこまで力は入れてない。ワザとらしいからやめろ。……何なら次は左手でやってもいいんだぜ?」
と、零治は不敵な笑みを浮かべながら自分の目線の高さまで左腕を持ち上げ、指をワキワキと動かして周りを覆っているガントレットをカチャカチャと鳴らし、深紅の装甲板が月明かりに照らし出され、禍々しい輝きを放った。
「か、勘弁してや。そっちのデコピンは冗談抜きでホンマに痛そうやき……」
「フッ。冗談さ。……オレが言ったら二人も話せよ? 街の西の大通りの入り口付近にバカ高い酒家があるのは知ってるだろ?」
「市場の入り口にある、あのおっきいの?」
「そう。あの店だ」
「あそこかぁ……。もの凄い豪商とかが商談に使うてるて聞いた事あるけど……一度食べてみよう思うて値段訊いたんやけど、ひっくり返ったで?」
「だろうなぁ」
「隊長はええよなぁ。前に大将に連れてってもらった上に奢ってくれたんやろ? で、あの店がどうしたんや?」
「この公演の出演の代わりに、張三姉妹をあの店に行かせる羽目になってな。手痛い出費を喰らったんだよ……」
「うっそ! 経費で落ちんかったん?」
「……それも考えたんだが、流石に額が額だからな。全額自腹さ」
「うわぁ……それはきっついなぁ」
「まっ、半ば諦めてたからそこまで気にしてはいないがな。……で、お前らはどうしたんだ? オレが話したら二人も話す約束だぜ?」
「うん……」
「言うんか?」
真桜の言葉に季衣は無言で重々しく頷いた。この様子から、二人が抱えている悩みがかなり深刻な内容なのだろうというのはすぐに理解できた。
零治はズボンのポケットに右手を突っ込みながら季衣と真桜の二人を正面から見据え、冷たい夜風が吹き付ける中、二人が悩みを打ち明けるのを静かに待ち、やがて季衣が重い口を開いた。
「兄ちゃん。華琳様には内緒だよ?」
「ん? 華琳に知られるとマズイ内容なのか?」
「そういう訳じゃないけど……。兄ちゃん。ボク達、定軍山の後、涼州に行ったでしょう?」
「ああ。向こうの平定の任務とかでな。何だ。それが大変だったのか?」
涼州連合の戦法は機動力の高い騎馬で編成した騎馬隊が主流である。それに対して季衣も真桜も大型の得物を振り回して戦うタイプなので相性が悪いと言えば悪い。
そういう意味では平定に苦労したと考えられなくはないが、どうもそういう事ではないらしく、真桜が首を横に振って零治の言葉を否定した。
「や、それ自体はどこも馬騰の戦の時で消耗しとったから、そんな大変やなかったんやけど……」
「……街の様子がね、あの時ほど活気が無かったんだ」
「…………」
「ウチら、こうやって無理やり領地を併合していくのって、ええ事なんかなぁ……って」
「ボク達の村は黄巾党や盗賊で困ってたから、華琳様が治めてくれて凄く良くなったけど……。西涼の人って、特に困ってなかったんだよね……?」
「そりゃ、黄巾党の頃や袁紹の所に比べりゃ、華琳様の政治の方がええで? けど、それを無理に押し付けるのも、どうなんやろって思うたんよ」
「……なるほど」
季衣と真桜の二人の悩みを聞き、零治は抑揚の無い声を出して頷いた。
二人の言いたい事は理解できる。華琳はここまで己の領地を拡大する際に多くの血を流してきた。もちろん敵国を降し、自らの領土として取り入れた後はちゃんとした政治で治め、その地に住む民達からは不満の声は上がっていないし、場所によっては華琳の政治のおかげで暮らしが豊かになった所だってある。
だが全てがそうなるとは限らない。そのいい例が西涼である。あの地を治めていた馬騰、つまり翠蓮は悪政など敷いてはいなかったし、民達からも特に不満は出ていなかった。そんな時に華琳は背後の安全圏の確保という戦略的面から戦を仕掛けたのだ。当然ながらその前には降伏するために使者として春蘭と風を向かわせたが交渉は決裂し、戦う事になった。そして何より、華琳が自ら他国に進軍したのはこの時が初めてなのである。
戦には勝利したものの、再起を図ろうと生き残った諸侯達が決起する点から不満を持つ者は少なからず居る訳だ。そしてその平定のために遠征に向かった季衣と真桜はその光景を目の当たりにし、今のような悩みを抱えているという訳だ。
「このままじゃ戦えないか?」
「戦うよ。華琳様のためなら……」
「でもなぁ、何か前ほど割り切れんっちゅうか」
「なら、華琳と一度話をしたらどうだ?」
「華琳様と?」
「ああ。オレからアイツに、そういう席を用意してもらうように言っといてやるよ。華琳と直接話すのが不安なら、秋蘭か風にでも相談してみろよ」
「ほんま?」
「いいの?」
「良いも悪いも、そんな迷いを抱えた状態で戦場に立てば間違いなく死ぬぞ。オレは元居た世界で、そういう奴を大勢見てきてるからな……。オレはお前達にそうはなってほしくない」
「隊長……」
「兄ちゃん……」
「もしも……どうしても戦うのが辛いと言うのなら、無理に戦おうとはせず、汚れ役は全部オレに押し付けたって構わないんだぜ? オレはその辺の事はキッチリ割り切ってるからよ」
「いや、そんな事したら今度は隊長が危ない目に遭うだけやん」
「そうだよ。そんな事するくらいならボク達も一緒に戦うって」
「フッ。そうしたいんなら、まずはその悩みを解決しろ。いいな?」
と、その時だった。張三姉妹が歌うコンサート会場から大きな歓声が沸き起こり、その声は城壁の上に居る零治達の耳にも届いた。
三姉妹が歌い終えた事から起こった拍手と歓声である。だがこれで終わりではない。コンサートはまだ始まったばかりなのだ。それを示すかのように舞台に立つ張三姉妹の口から、次の曲への前振りの台詞がマイクを通して響き渡ってきたのだ。
「ほら。今は難しい事は考えてないで、お前らも張三姉妹の公演を楽しんでこい」
「……うん! 真桜ちゃん、行こう!」
「隊長! おおきに!」
零治の気遣いのおかげもあって、季衣と真桜の二人には先程までの悩みを抱えた表情は完全に消え去り、気持ちを切り替える事が出来た。
季衣と真桜の二人は張三姉妹の慰安コンサートを見逃すまいと思い、城壁の上を一目散に駆け抜け、まだ始まったばかりのコンサートを楽しむために会場へと向かうのだった。
………
……
…
その日の翌日。ここは呉の首都である建業に建てられている城。そして、その城内の玉座の間に集うは江東の小覇王と謳われる孫策を始め、孫権、孫尚香。呉の頭脳である周瑜、その弟子の陸遜と呂蒙。
そして孫権、孫尚香の身辺警護の役割も担っている勇将の甘寧と周泰、及び呉の古株でもある黄蓋と呉の首脳陣達が全員集い、華琳率いる魏の動きの情報を手に入れ、その事についての軍議を行っており、魏の動きを知るなり孫策は眉をひそめながら低い声で呟いた。
「……そう。ついに動き出したのね」
「本気でしょうか? 今までこちらをほとんど眼中に入れていないようでしたが……」
と、甘寧が信じられないような口ぶりをする。
確かに華琳は今まで呉の動きを警戒こそしていたが、攻め入るような行動は一切していなかった。もちろんそれは戦略的面から優先順位が今まで下の方だったせいもあったが、理由はそれだけではない。
華琳の思惑を読み取っている周瑜が首を横に振って甘寧の言葉を否定した。
「間違いなく本気だろうな。……眼中に無いどころか、私達が南部を統べるまで待ってくれていただけだろう」
「儂らが南部を統一した所で、その上前をはねるつもりか。効率が良いと言えばそれまでだが……あまり褒められた方法ではないの」
と、生粋の武人でもある黄蓋は華琳のやり口に対して、いささか気に入らない様子を見せた。
黄蓋はもともと正面からの正々堂々としたぶつかり合いの戦を好む性格をしているので、彼女の言い分も分からなくはないが、これも立派な戦術の一つである。
何より華琳の今回の行動について孫策は思い当たる節があり、苦笑いを浮かべながら当時の事を振り返ってみた。
「まあ、曹操としては、多すぎたお釣りを取り立てに来ただけなんでしょ。確かに官渡で夏候惇から貰ったお釣りはちょっと多かったわ」
「まさか姉様……!」
「冗談よ、蓮華。父祖から受け継いだこの江東の地、ようやく袁術から取り戻したというのに……むざむざくれてやるものですか」
「……はい」
「だから蓮華、小蓮。この戦いは袁術と戦った時以来の大きな戦になるわ。あの時二人は居なかったけれど……覚悟は良いわね?」
「あったりまえでしょ! シャオに任せてよ!」
「もちろんです。必ずやこの手で曹操を……」
孫策の言葉に孫権、孫尚香は力強く頷く。二人も孫策同様に、祖国である江東を守りたいという想いは同じだ。袁術からこの地を取り戻す戦には参加できていなかったが、長年の悲願がようやく果たされて今に至っているのだ。ならばやるべき事は一つ。相手が何者であろうとも、祖国を脅かすのであれば命に代えても守り抜くだけである。
「冥琳。曹魏の大軍団を退け、我が呉が大陸に覇を唱えるための策は揃っている?」
「無論だ。今まで孫呉とこの周公瑾を放っておいた事、後悔させられるほどにな」
と、呉の頭脳である名軍師、周瑜は右手の中指で眼鏡をクイッと上に押し上げて位置を整える仕草をしながら不敵な笑みを浮かべる。
敵は大軍ではあるが、呉を守り抜くという想いがある限り、兵力の差で臆する事などありはしない。首脳陣達の姿に孫策は満足げに頷いていたが、ある人物が思いもよらぬ事をここに来て口にしたのだ。
「……ふむ。机の上でただ思いつくだけなら、それこそ袁術も万策を思いつこうて」
「……何だと?」
「祭……様?」
その人物は黄蓋である。彼女は呉に仕える武将の中でも古株、それこそ今は亡き先代王であり、孫策、孫権、孫尚香の実の母でもある孫堅の代から仕えている身なので呉への想いも人一倍強い人物だ。
そして今までこの場に居る首脳陣達の成長を見守り続け、厚い信頼も置いている。周瑜もその一人だ。
なのにここに来てその周瑜にケンカを売るような言葉を言い放ち、周瑜は眉根を吊り上げながら黄蓋を鋭く睨み付け、他の者達も眼を白黒させていた。
玉座の間には気まずい空気が立ち込めている中、黄蓋は更に周瑜に向かってケンカ売るような事を言い始めたのだ。
「いかな権謀術数を用いようと、一万の兵で百万の大軍団は迎え撃てぬ……そういう事だ。軍師殿」
「聞き捨てならんな。その百万の兵を一万の兵で迎え撃てるようにするのが我ら軍師の仕事……私はそう思っていたのだが?」
「…………」
「それに、曹操軍には隙も多い。兵は水辺の戦いに慣れておらず、南部特有の病に抗う術も持ち合わせてはおらぬだろう。そこを突けば多少の戦力差など……」
「それはあくまで理想であろう。実際に百万の軍勢を眼にすれば、威に圧されて自然と膝を折るのが人の常というものだ。それに魏にはあの男……黒き閃光が居る事を忘れてはいないか? 奴の前ではそれこそ策など無意味でしかないぞ」
「祭。言いすぎよ。慎みなさい!」
「小蓮様の言葉でも、そうはいかん。儂は堅殿から孫家の事を託されているのだ。儂が生きておる間に孫家の血筋が絶えたとあっては……あの世で堅殿に顔向けが出来んのでな」
「何だと……?」
「策殿。此度の相手はあまりに強大。袁術如きと同じように考えていると、痛い目どころでは済みませんぞ?」
「なら祭はどうすればいいって言うの?」
「……降伏なさいませ」
ここの来て黄蓋が孫策に対して進言してきた内容は、なんと降伏である。
孫堅の代から仕え、この呉を守り通してきた黄蓋からは考えられないセリフだった。
いや、今まで守ってきたからこそ、状況を見てこういう事を言っていることも考えられる。だが、この地で生まれ育った孫権や孫尚香から言わせれば降伏などもっての外である。
孫権、孫尚香は凄まじい剣幕で黄蓋に詰め寄り、その真偽を問うかのように怒鳴り散らし始めた。
「何ですってー! 祭! どういうつもりよ!」
「祭! いくらなんでも言葉が過ぎるぞ!」
「江東の太守を条件に出す程度なら、曹操も嫌とは言いますまい。そうすれば孫家の血筋も、この地の安寧も保たれるでしょう」
「……ふぅ。文台様の代から仕えている宿将も、老いぼれたものだな」
「……何じゃと?」
今度はそれまで黄蓋の言い分を無言で聞いていた周瑜が、やれやれと言わんばかりに嘆息して首を横に振り、黄蓋に対して挑発的な言葉を言い放った。
当然ながら黄蓋はこの言葉にすぐに反応し、周瑜に対してジロリと横目で鋭く睨み付ける。確かに古株であるが故、この中では一番の年長者ではあるが、まだ現役を引退した訳でもないのに老いぼれ呼ばわりされれば黙ってはいられないし、そう言ってきた相手が年下となれば尚更である。
周瑜からすれば先程まで言いたい放題言われた事に対する嫌味なのだろうが、売り言葉に買い言葉とはよく言ったもの。いつも冷静な周瑜も珍しく熱くなっており、更に言葉を続けた。
「戦わずして王の座を譲り渡すくらいなら、乱世に名乗り出る事などするべきではない。初めから曹操の陣営にでも何でも加わっておけばいい」
「ふん。戦のいろはも分からぬひよっこが……」
「何と言われようと、今の私は呉の総司令官として孫策から全軍を預けられた身。あまり無礼な事ばかり言うようなら……」
「ははは。力ずくで来るか……? 面白い。総司令官の肩書如きで、この黄蓋を黙らせる事が出来ると思うなよ!」
「……ね、姉様ぁ」
まさに一触即発。周瑜と黄蓋の視線の間には火花が散り、今にも取っ組み合いをし始めかねないほど緊張が高まり、孫策を除いた他の首脳陣達はその様子をハラハラとしながら見守る。
しかし、この状況をいつまでも放っておくわけにはいかないが、止められるとしたら孫策以外に勤まらないだろう。孫尚香は二人の仲裁をお願いしてという意味合いも込めて、玉座に腰かけている孫策の服の裾をクイクイッと軽く引っ張った。
当然ながら孫策もいつまでも黙って見ておくつもりなどない。孫策は笑みを浮かべながら孫尚香の頭を軽く撫でまわし、それからすぐに表情を引き締めて睨み合いを未だに続けている周瑜と黄蓋に視線を移した。
「……祭、冥琳」
「はっ」
「はい」
「戦を挑まれた以上、私の中に戦わずして負けを認めるという選択肢は無いわ。戦いの中に死ぬのであれば、それが私の定めなのでしょう」
「…………」
「しかし、もし私が志半ばで倒れたなら、その遺志は蓮華が継いでくれる。蓮華の後は小蓮がね。だから……私が死んでも、孫家が途絶えたりはしない」
「姉様!」
「小蓮でも冥琳でも祭でもなく、次は貴方が私の想いを継ぐのよ? いいわね、蓮華」
「……ふむ。後継人を決めていただけるのは、儂としても重畳なのだが」
「黄蓋殿! 何と言う不敬を……!」
と、黄蓋の言葉を耳にするなり、甘寧が今にも掴み掛りそうな勢いで詰め寄った。
甘寧からしてみれば、黄蓋の今の言い回しは孫策が死んでも問題ないという風に取れたのだ。
確かに言葉が足りない部分はあっただろうが、黄蓋は孫策の死を望んでなどいないし、そういう意味でも言った訳ではないのだ。
黄蓋は年長者としての威厳を保ちながら甘寧の鋭い視線を軽く受け流し、厳しい口調で言い聞かせた。
「別に死ねと言うておるのではないわ。後継者が決まっておれば、無用な諍いも後継者争いも起きぬ。それを喜んでいただけだ、馬鹿者め!」
「……ぐっ!」
「なら、祭……」
「しかし、それはあくまでも後継者の問題が解決したのみ。儂とて、策殿に死んでほしゅうない……」
「……そう。分かったわ」
「姉様!?」
「もしそこまで祭が抗戦に反対と言うのなら、貴方には蓮華と小蓮の警護を命じるわ。いいわね?」
「それは、儂を一線より外すと……そういう事ですかな?」
「履き違えないで。蓮華と小蓮を守るという事は、呉の未来を守るという大切な役目よ……どう?」
「……承知いたしました。それが御大将のお考えとあれば。……失礼する」
黄蓋はどこか納得のいかない様子を見せたが、孫策の命には素直に従い、姿勢を正して一礼して踵を返し、普段となんら変わらぬ足取りで玉座の間を立ち去っていった。
この場に集まっている呉の首脳陣達は黄蓋に声をかける事もなく、その後ろ姿を黙って見送る事しか出来ず、黄蓋が立ち去り他の者達は怪訝な表情で互いに顔を見合わせながら彼女が見せたらしくない姿について思考を巡らせた。
「……行っちゃいましたねぇ」
「どうしたのでしょう、あの祭様が……」
と、三国志の時代でありながらなぜか存在している単眼鏡を右眼にかけ、大胆に胸元が開き裾も極端に短いがそれに反して袖はダボダボという随分とアンバランスな着物のような衣服を身に纏った呂蒙が、日頃の黄蓋の姿を思い浮かべながら彼女が見せた先程の様子について思考を巡らせた。
長年呉に仕えてきた黄蓋はまさに剛健実直。酒と戦をこよなく愛し、正々堂々とした正面からのぶつかり合いを好む性格をした人物であり、どんな逆境にも決して臆する事が無い武人の鏡である。
なのに今回に限って消極的な意見を述べたり、付き合いの長い周瑜に対してもケンカ腰の態度を取るなどと普段の黄蓋からは想像もつかない姿を前にし、皆が皆、唖然としており玉座の間はざわめきを見せた。
「いつもなら、祭が無茶な事を言って、それを冥琳が注意するよね……?」
「貴方らしくないわよ冥琳。一体どうしたの?」
「……どうもせんよ」
「ふーん……」
「…………」
周瑜はどうもしないと言い、いつもと変わらぬ何食わぬ顔をして平静を装ってはいるが、付き合いの長い孫策の眼は誤魔化せない。
当然ながら周瑜もその事は理解しており、孫策と視線を交わして今は何も訊かないでくれと、無言の圧力をかけた。今の周瑜は誰にも胸の内に抱えている真意を語る訳にはいかないのだ。それが例え、親友である孫策が相手でもだ。
「分かったわ。今は何も問わない」
「すまん……」
「……いいわ。今日の軍議は解散にしましょう。皆、今回の戦は今までになく大きなものになるわ。くれぐれも準備を怠らないようにね」
「御意!」
「了解でありますー」
「冥琳は、明日の軍議までに作戦をまとめておいて。私は待つけど、曹操は待ってはくれないわよ。いいわね?」
「……ああ」
これ以上は話も前進しないようなので軍議は解散となり、周瑜も孫策の言葉に頷きながら内心では安堵の笑みを浮かべていた。
孫策に言われた通り作戦は数日前からまとめ始めているし、何よりその一部は既に実行に移しているのだ。
周瑜があらん限りの知恵を絞って考え、孫呉の存亡という命運を懸けた策は着々と進められていた。
魏、蜀、呉と、この大陸の覇権を巡るを争いも大きな山場を迎え、三国はそれぞれが抱える大望を胸にしながら静かに、静かに動き始めるのだった。
零治「今回はオレ以外出番は無しか」
作者「いや、この話は流石に全員を登場させるのは無理があったから。でも大丈夫。次はちゃんと出番用意するから」
亜弥「まあ、こんなの今に始まった事じゃないですしね」
恭佳「そういや修正作業は終わったの?」
作者「……すんません。あれから全く手付かずです」
奈々瑠「はぁ……ここも相変わらずのようですね」
臥々瑠「ホント有言実行が出来ないダメ作者だね……」
作者「失踪してないだけマシだろ?」
樺憐「まあ、確かにその点は評価してもよろしいかもしれないですわねぇ」
零治「そういや、ふと思ったんだが」
作者「何?」
亜弥「拠点パートに張三姉妹を持ってこないのはなぜなんです?」
恭佳「そうそう。この三人、ストーリーパート以外に出番が無いじゃん」
作者「いや、過去に考えたりもしたんだけど……あの三人を使ったオリジナルの拠点パートはぶっちゃけ全く思いつかないんだわ」
奈々瑠「なぜです? キャラに癖があるせいですか?」
作者「確かに癖もあるけど……原作での拠点パートがほら、アレだったから」
臥々瑠「あぁ、何かアイ○○っぽいよね」
作者「そうそう。そうなってくると、我らが主人公である音無さんは、『音無P』とか『零治P』なんて呼ばれる事になりかねないしな」
樺憐「それはそれで面白そうな気がしなくもありませんわねぇ」
零治「勘弁してくれ。オレはプロデューサー業なんかやりたくないんでな」




