第66話 Black&White
個々の戦闘の描写は頭の中で動きをイメージしながら書いてるのですが、その動きをいざ文章にしようとするとなかなか言葉が出てこない事があります。
まあそれでも、集団戦闘の描写よりは遥かに楽ですけど。
「ほれ沙和! もっとはよぅ走らんかい! 隊長と姉さんの試合見逃してまうで!」
「はぁ、はぁ……っ! 待ってよ真桜ちゃ~ん。沙和、そんなに早く走れないの~」
あれから医務室でずっと寝込んでいた真桜と沙和はようやく眼を覚まし、医務室内で控えていた救護班の一人に大会の進行具合を尋ね、間もなく零治対亜弥の第五試合が始まると聞かされてこうしてはいられないと思い、医務室を飛び出して会場まで全力ダッシュをしているのだ。
とはいえ、二人は気絶して休んでいた身とはいえど、試合の後からまだ時間は経過していないため、身体には疲労が残っているのだ。
沙和の先を走る真桜はそんな疲労感の様子など一切感じさせないが、もともと体力が低い沙和は既にフラフラの足取りになっており、今にも死にそうな表情をしていた。
城内を全力疾走し、やがて中庭へと続く吹き抜けの廊下が見えて、そして華琳達が使用している専用の客席も見えてきたので、真桜は一直線にそこを目指して更に速度を上げてようやく目的地まで辿り着いた。
「ぜぇ、ぜぇ……っ! あぁ~……しんどっ!」
「あら、真桜。そんなに慌ててどうかしたの? もう起きても平気なのかしら」
「はぁ、はぁ……っ! へ、平気ですわ。って! それより大将! 隊長と姉さんの試合は!? まさか……もう終わってもうたん!?」
「安心なさい。まだ始まってはいないわよ」
「はぁ~。よかったぁ。何とか間に合ったわ」
本日のメインイベントを見逃す事は何とか回避できたようで、真桜は大きな溜息を吐きながら安堵の笑みを浮かべて額の汗を手で拭い取り、そのままヘナヘナと地面に崩れ落ちた。
と、その時、すっかり置いてきぼりにされていた沙和がようやく会場内に辿り着き、フラフラとした足取りで息を切らしながら真桜の所まで歩み寄り、そのままうつ伏せにぶっ倒れてしまった。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……っ! ま、真桜ちゃん。酷いの。沙和の事……置いてっちゃうなんて……」
「なに言っとんねん。どう考えても足の遅い沙和が悪いんやんか」
「うぅ……真桜ちゃんの薄情者ー」
「沙和。大丈夫なの? 水を持ってこさせましょうか?」
「はぁ、はぁ……お、お願いします、なの……」
「あっ、大将。ウチにもお願いします」
「分かったわ。……誰か。二人に水を用意してあげて」
「はっ」
華琳の指示に従い、一人の兵士がその場を後にし、しばらくして冷えた水が入っているであろうと思われる竹製の水筒を二本手に持って戻ってきてそれを真桜と沙和の二人に手渡した。
「李典将軍、于禁将軍。お待たせしました。これをどうぞ」
「おう。ありがとさん。……んっ、んっ」
「ありがとうなのー。……んっ、んっ」
兵士から受け取った竹製の水筒を手にした真桜と沙和の二人は栓を引き抜き、一気に上に傾けて旨そうに喉を鳴らしてあっという間に中の水を全部飲み干した。
「か~っ! 旨い! 生き返ったわ~」
「ぷは~。少しは楽になったのー」
「空になった水筒は私が片づけておきます」
「おう。頼むわ」
「どうもなのー」
喉の渇きも潤い、息も整ったので真桜と沙和は兵士に空になった水筒を手渡し、華琳達が使用している客席の空いているスペースに腰かけ、闘技場内で対峙している零治と亜弥の二人に期待の視線を向けた。
周りを見てみれば、試合を終えた季衣、凪、秋蘭、流琉、奈々瑠と臥々瑠、まだ出番の来ていない春蘭と霞も席に着いており、誰もがこの試合は眼が離せないのだと物語っていた。
因みにこの二人の試合には特別なルールが設けられており、神器の固有スキル、つまり魔法の使用が禁止されている。理由としては勝敗が一瞬でついてしまうと場が盛り下がるかもしれないからとの事。
ただし、亜弥の双龍は本来の形態が弓なため、特例として通常の矢の使用は許可されている。
「さて、この試合だけど……みんなはどう考えているの?」
華琳はグルリと周りの首脳陣達にこの試合がどう動くと考えているのかを尋ねる。
魏の首脳陣達は零治と亜弥の強さは充分に理解している。だが彼女達が理解しているのは単純に『強い』という程度の認識でしかない。
零治と亜弥の二人は元の世界ではどのように戦ってきたのか、集団戦での戦い方、一対一での戦い方、この辺りの事を詳しく理解している訳ではないので、単純な力量による考えしか浮かばないのだ。
そうなってくるとやはり試合の流れの予測もある程度絞られてくる。華琳の問いに最初に答えたのは春蘭だった。
「私は音無が勝つかと。亜弥の強さは私も理解していますが、正直あ奴では音無に勝つのは難しいのではないかと思いますが」
「私も姉者に同意見ですね。亜弥は私と同じ遠距離戦を得意とする人物。接近戦に持ち込まれたら音無に軍配が上がるでしょうな」
「ふむ。……だそうだけど、凪、真桜、沙和。貴方達はどう思っているの?」
「私も正直、亜弥様では隊長に勝つのは難しいと思っています」
「せやなぁ。姉さんは確かに強いんやけど、近接戦は隊長には劣るからなぁ」
「うん。亜弥様には悪いけど、沙和も隊長が勝つと思うのー」
現時点では試合の勝敗は零治に偏っている。やはり単純な力量で考えると自然とそういう考えになってしまうだろう。
他のメンツもそう考えているのだろうと思っていたのだが、意外な事に季衣と流琉は亜弥に軍配が上がるかもしれないという意見を述べてきたのだ。
「う~ん。どうかなぁ。ボクは姉ちゃんが勝つと思うけど」
「そうですね。私も季衣と同じ考えです」
「あら。ここで意外な意見が出てきたわね。季衣、流琉。どうして貴方達は亜弥が勝つと思うの?」
「はい。ここだけの話ですけど、ボクと流琉、よく姉ちゃんと一緒に訓練をしていた事があるんですよ」
「それは一対一での?」
「いいえ。私と季衣の二人を同時にです」
「つまり、亜弥は貴方達二人を同時に相手をして闘った事があるの?」
「はい。最初は危ないから一対一にしようって断ったんですけど……」
「姉様。私達に頭まで下げてきちゃったものですから、断れなくなって」
「そう。それで結果は?」
「……姉ちゃんが勝ちました」
季衣の言葉に華琳以外のメンバーは驚きの表情を浮かべた。
無理もない。亜弥は確かに強い。射撃戦に関しても秋蘭よりも間違いなく技量は上だ。だがそれでも、先程の流琉と秋蘭の試合のように、相手が遠距離戦に特化しているからといって近接戦闘型の人間が必ずしも不利になる訳ではないという事を流琉は証明してみせている。
更に言えば、季衣と流琉は魏の中でも突出したパワーファイターなのだ。その二人を同時に相手をして勝ってまでいるという事は亜弥の戦闘力も侮れないという事になる。
「最初はそうでもなかったんですけど。姉様、回を重ねるごとに私と季衣の動きを読みながら近接と射撃を巧く切り替えて立ち回るようになったので、最終的に私達では歯が立たなくなっちゃったんです」
「なるほど。だから二人は亜弥が勝つと思うのね。……霞、貴方はどう思う?」
「う~ん。ウチは正直分からんとしか言えんなぁ。あんま二人の戦いぶりを間近で見た事が無いし。まっ、ウチは意外性に期待して亜弥に一票入れとくわ」
「はぁ……貴重な意見をありがと。……さて、桂花、稟、風。貴方達はどう予測するかしら?」
霞のいい加減な意見を適当に受け流し、華琳は続いて魏の頭脳と言える三軍師に視線を移して意見を尋ねる。
最初に意見を述べたのは桂花だったが、その内容はあまりにも個人的なものなため、意見には程遠い物だったが。
「……私は音無の負ける姿を見れればそれでいいです」
「貴方に訊いた私が愚かだったわ……」
「華琳様っ! それはあんまりです!」
「稟、風。貴方達はどう思う?」
「そうですね……私は亜弥殿が勝つかと」
「ふむ。その理由は?」
「確かに零治殿は強いです。ですがそれは単純な力の話。しかし亜弥殿にはそれに勝る知恵がありますし、零治殿もそれを認めています。力で勝てないのなら知恵を絞り、策を使えばいいだけの話です」
「風はお兄さんが勝つと思いますねー。お姉さんは知恵の働く方なのをお兄さんも良く知っていますから、逆にそれが裏目に出るのではないかと風は考えていますー」
「なるほど。……恭佳、樺憐。二人はどう思うの?」
「ん~? さあねぇ。昔の二人なら間違いなく零治の勝ちだろうね。……本来なら姉としては弟を応援してやるべきなんだろうけど、亜弥はああ見えて努力家だしね。ひょっとしたらひょっとするかもしれないよ?」
「わたくしはまだお会いしてからそれほどの時間を過ごしてませんので、お答えのしようがありませんわねぇ」
「ふむ。奈々瑠と臥々瑠は?」
「どうでしょう。兄さんと姉さんが本気で戦った所は見た事が無いですから、私も母さんと同じでお答えできないですね」
「右に同じ~」
現時点での首脳陣の意見を纏めると、零治と亜弥の勝率は五分五分。
まあ、亜弥が勝つという意見に関しては一部いい加減な意見もあるため頭数に入れていいのかは疑問だが。
さて、首脳陣全員はそれぞれの意見を述べたがただ一人、華琳だけがまだ何も言っていないので、全員の視線が集中し、どちらが勝つと考えているのか聞かせてくれと眼で訴えかけた。
「私? 私の考えはね……」
華琳はゆっくりと眼を閉じ、思考を巡らすかのように長い間を置いて沈黙を保ち、魏の首脳陣達は息を飲んでその姿を見守る。
しばらくして華琳は眼を開き、悪戯っぽい笑みを浮かべながら口を開いたが、そこから出てきた言葉は予想外の物だった。
「ふふっ。内緒」
華琳が出した答えに首脳陣達は盛大にズッコケてしまう。
あれだけ人に言わせておいて自分だけ答えをはぐらかすのはズルい気がしなくもないが、華琳らしといえば華琳らしい。
その時、ようやく試合を始める合図の笛の音が鳴り響き、全員の視線が闘技場に立つ零治と亜弥の二人に向けられた。
「亜弥。大会とはいえ勝負は勝負だ。手加減はしないぜ」
「分かっています。今まで訓練でボコボコにされた積年の恨み、この場で晴らさせてもらいますよ」
亜弥にも意地はあるし、この試合、相手が相手なのだ。手を抜いて勝てるほど容易ではない。
だからこそ亜弥は始めから全力で挑む事を示すかのように、零治に買ってもらった眼鏡を外し、懐から取り出した木製の眼鏡ケースに収め、それをコートの下に忍べ、腰の左右に下げている鞘から双龍を引き抜く。
「フッ。面白い。やってみろよ」
「双方構え……始めっ!」
審判の合図と共についに始まった魏の天の御遣い同士による零治と亜弥の試合。
全力を出した闘いが出来ないとはいえど、魏では最強と謳われている人物同士の試合なのだ。
激しい攻防戦が展開されるのは容易に想像が出来る。試合は既に始まっているというのに、零治も亜弥も構えたまま全く動こうとしなかったが……やがて零治が先手を打ち、居合の構えを維持しながら亜弥に向かって突撃を繰り出した。
「フッ!」
「ハッ!」
そしてそれに呼応するように、亜弥も双剣形態の双龍を両手に持ちながら零治同様に低姿勢を維持しながら突撃し、双方の距離が目前まで縮まった所で零治は神速とも言える一撃必殺の居合を、亜弥もそれに負けぬ速度で交差させて構えていた双龍を一気に振り抜いた。
「フンっ!」
「せあっ!」
互いに放った一閃は刃に陽光を煌めかせながら空を斬り、瞬時にしてぶつかり、辺りに軽快な金属音を鳴り響かせる。
双方はそのまま鍔迫り合いへと持ち込むが、ここまでの展開は零治も亜弥も想定済みである。
ここからどう拮抗を崩し、試合の流れを自分の優勢に持って行くかが勝負の決め所となるのだ。
互いに持つ神器の刃がすれ合い、接触面から火花が散る中、ここからどう動くべきなのか零治も亜弥も睨み合いながら思考を巡らせていた。
相手が亜弥とはいえ油断は出来ない。下手に動けば自分が不利になる可能性もある。だからこそ零治は慎重になり、この先の行動を熟慮していたのだが逆にそれが仇となり、亜弥に先手を打たれてしまったのだ。
「はあっ!」
「っ!?」
鍔迫り合いの状態を崩すべく、亜弥は両手の双龍を一気に振り抜き、そこから瞬時に刃の向きを反転させて零治の叢雲に刃を打ち込み上空へと跳ね上げたのだ。
叢雲を弾き飛ばされはしなかったものの、今の一撃で零治は無防備な姿を晒してしまい、亜弥は畳み掛けるように更なる追い打ちを仕掛けてきた。
亜弥は即座に双龍の柄同士を連結させて薙刀上の形態に変化させ、上空に掲げながらヘリのローターのように高速回転させながら右脚を軸にして身体を一回転させて歩幅一歩分前に前進して零治との間合いをさらに詰め、正面に向き直る瞬間と同時に横薙ぎの一閃を放ったのだ。
「せやぁ!」
「っ! くぅ……っ!」
流石にこの状態からの反撃は無理なので、零治は咄嗟に叢雲の刃を寝かせて水平に持ちながら正面にかざし、左手は刃の先端部付近に添えて防御の構えを取り、何とかその一撃を防ぐ事は出来たが思いのほか衝撃が強すぎたため、一気に後方へと押し返されてしまうが両脚に力を入れて踏み止まり場外負けを辛うじて避ける事は出来た。
今まで行われた試合の流れを激流の川に喩えるならば、現在の試合は互いの一太刀一太刀が穏やかな流れの水流下で引き起こる波紋のよう、そんな風に感じさせられる攻防戦である。
先程までの試合では一つ一つの攻防戦で観客達は歓声を上げていたというのに、零治と亜弥の流麗な動きをしたせめぎ合いを前にして言葉を失い、息を飲みながら二人の戦いに釘付けとなっていた。
無論それは華琳達も変わらない。しんと静まり返っている会場内で起こった亜弥の優勢へと流れている試合の展開を前にして、春蘭など思わず声を出してしまうほどの衝撃を受けていた。
「おおっ! 亜弥が音無を押しているぞ!」
「これは……この試合、先の展開が分からなくなりましたね、華琳様」
自分の予測が覆された展開に秋蘭も楽しげな表情を浮かべ、華琳も秋蘭の言葉に満足げに頷きながら意外な展開を前にして、先の読めなくなった試合がここからどう動くのかについて期待に胸を膨らませている。
「ええ。亜弥も意外にやるじゃないの。これはもしかしたら、季衣達の予測が当たるかもしれないわね。……あら?」
闘技場内に眼を向ければ、零治は亜弥の攻撃を防いだ状態のまま微動だにしないので、観客達はどうしたのだと言いたげに零治に注目していた。
その零治はというと、何かの痛みを堪えるように小刻みに身体を震わせながら歯を食いしばっていたが、我慢できなくなったのか叢雲を手から落としてしまい、片膝を地面について崩れ落ち、忌々しげに右手で左腕のBDとの繋ぎ目の部分を強く握りしめた。
亜弥の一撃が予想以上に強力だったため、受け止めた衝撃が左腕の繋ぎ目を刺激し、いつも以上の激痛が走ってしまったのだ。
「ぬぅ……っ! くぅぅっ……!」
「っ!? 零治っ!」
「くっ……来るな。平気だ……っ!」
亜弥が駆け寄ろうとしてきたが、零治は右手で制止し、痛みも収まりだしたので叢雲を拾い上げてゆっくりと立ち上がり、額に浮かんでいた脂汗を左手の甲を使ってぬぐい取って体勢を立て直し、叢雲を大きく後ろに引いて突撃の構えを取るが左手は鞘に添えるだけに留めた。
「音無様。大丈夫なのですか?」
「ああ。心配は無用だ……」
「分かりました。では、試合再開!」
零治の変調のせいで試合は一時中断されていたが、その本人が大丈夫だと言い張る以上は試合を止める理由が無いため、審判は右手を上空に掲げ試合の再会を声高らかに宣言する。
それと同時に今度は零治が反撃に転じ、叢雲を持つ右手を捻り、刃を立てながら亜弥に向かって一直線に高速の突撃を再度繰り出したのだ。
「つあああああっ!!」
「っ!?」
一瞬にして二人の距離は縮まり、零治は裂帛の気合いと共に高速の袈裟斬りを放つが、亜弥は先程の零治と同様に双龍の刃を寝かせて正面にかざし、刃先付近に左手を添えてその一撃を受け止めるが、勢いまでは殺し切れずにそのまま後方まで一気に押しやらてしまい、何とか両脚を使って踏ん張り、踏み止まる事は出来たが場外ギリギリの所で競り合いを余儀なくされてしまった。
亜弥は先程の零治の様子がどうしても気になるので、今の様子を維持しながら声には出さず、念話を使って零治との会話を試みた。
『零治』
『ああ? 試合中だぞ。どうしたってんだ』
『今、左腕を押えてましたが大丈夫なんですか』
『ちょっと痛んだだけだ。心配ない。それより今は試合に集中しろ。手加減も無用だからな……』
『分かりました。なら……遠慮はしませんよっ!』
いつまでも鍔迫り合いに付き合うつもりなど無く、亜弥は迫り来る零治は力任せに押し返し、よろめいて怯んでいる一瞬の隙を見逃さず、胴に目掛けて横薙ぎの一太刀を打ち込もうとしたが零治は素早くバックステップをして距離を取ったのでその一撃は空振りしてしまった。
亜弥の攻撃を回避した零治は一度距離を取り、叢雲を鞘に納めて居合の構えを取ってもう一度突撃を仕掛けようと考えたが、またもや左腕の繋ぎ目にズキリと鋭い痛みが走り、零治は忌々しげに表情を歪めた。
(ぐっ! ちょっと動かしただけでコレかよ。今日はやけに痛みやがるぜ……っ!)
左腕に走る痛みのせいで零治は一瞬動きを鈍らせてしまい、これを好機と見た亜弥は即座に行動を開始。
亜弥は双龍を一度分離させて一方の向きを反転させ、再度連結させて弓形態に変更して素早く弦を張り、それと同時に一本の矢を創り上げ、双龍に番えながら一瞬にして狙いを定め、零治に向かって矢を放ったのだ。
「ちぃっ!」
放たれた矢は空を斬り、零治に向かって一直線に飛来してきた。
零治は忌々しげに舌打ちをし、抜刀した叢雲を振り上げて飛来してきた矢を弾き飛ばし、弾かれた矢はガラス細工のように粉々に砕け散り、光の粒子となって風に流されるように消滅した。
だが、一発外れたからといって亜弥の猛攻が止まる訳ではない。
亜弥は次から次へと矢を連射し、零治の動きを封じ込めにかかったのだ。
対する零治はここまで連射されると迂闊に動く事も出来ないので、今の立ち位置から亜弥の放った矢を防ぐ事を余儀なくされ、一発一発正確に叩き落して何とか凌いではいるが、それをするごとに左腕から鋭い痛みが全身に駆け巡って来るのだ。
(くっ! 動くたんびに痛みやがるっ! 出来るだけ左腕は動かさないようにしないと)
零治は出来るだけ左腕に負荷をかけないためにと思い、亜弥の放つ矢を叩き落しながらジリジリと左半身の向きを後方へとずらしていき、左腕はダラリと下げてなるべく動かさないようにしてひたすらに右手に持つ叢雲を振り回しながら亜弥の矢を防ぎ続ける。
「…………」
だが、そんな不自然な動きをすれば観客達の眼は誤魔化せても華琳達の眼までは誤魔化せない。
最初は何かの作戦があるのだろうと思って華琳は頬杖をつきながら零治の動きを観察していたのだが、その零治は本当に亜弥の矢を防ぐだけに留まり、華琳を始めとした武人組はその動きを不審に思い始めたのだ。
「……妙ね」
「華琳様もやはり感じておりましたか……」
「その様子だと、春蘭と秋蘭も感じているのね」
「はい」
「どうかしたんですかー? 沙和には普通の試合にしか見えないのですけれどー」
「沙和、よう見てみぃや。今の隊長、明らかに動きがおかしいやんか」
「……どこがおかしいのー? 沙和には亜弥様の矢を防いでいるようにしか見えないのー」
「確かにそう見えるが、今の隊長は左腕を全く動かそうとしていない。それにただでさえ不利な状況なのに、わざわざ左半身の向きを後ろにずらして動きにくい状況を自分で作っているんだ。あれではまるで……左腕を庇っているかのような動き方だ」
凪の言葉で華琳達の零治の左腕への不審感は高まりだし、魏のメンツは未だに現状の体勢を維持したまま亜弥の矢を防ぎ続けている零治の姿を無言で観察する。
その最中に、今度は霞が指摘したある出来事が原因で零治の左腕への不審感がますます高くなってしまったのだ。
「そういや零治の奴、亜弥の最初の一撃を防いだ直後に左腕を押えとったよな……」
「……もしかして兄ちゃん、左腕を怪我してるのかな?」
「それなら初めから参加しないか、試合を棄権すると思うけど。兄様、もしかしてやせ我慢を……?」
(まずいわね。みんな零治の動きを不審に思い始めているわ。何とかしないと……)
この流れは非常に良くないだろう。横で話を聞いていた恭佳は零治と亜弥の試合に眼を向けつつ、ごく自然体を装いながらこの事を報せるべく、零治に念話を送ったのだ。
『零治』
『ああ? 何だよ姉さん。今は試合中だぞ。話なら後にしてくれ』
『それどころじゃないんだよ! ……零治、アンタ今、左腕を庇いながら動いてるだろ』
『しょうがねぇだろ。動くたびにズキズキと痛むんだよ……』
『そのせいで華琳達がアンタに不審感を抱き始めてるんだよ』
『何っ!?』
『零治。冷たい言い方をしちゃうけど、今は何とかその痛みを堪えて一芝居打つんだ。このままじゃ華琳に試合を止められる可能性もあるんだよ……』
『…………』
『それだけじゃない。最悪の場合、腕を調べられるかもしれない。そうなったらBDの事を隠すどころの話じゃなくなる……』
『……あぁもう。分かったよ。何とかするさ』
『ああ。男なら決めた事は最後まで貫き通しなよ。アンタはアタシの弟なんだからね!』
恭佳は最後に自分なりのエールを零治に送り、そこで通信を切った。
恭佳の言う通り、BDの事は華琳達には教えず、最後まで隠し通すと決めたのは自分自身なのだ。
それに本当に試合を止められ、左腕を調べられそうになったら誤魔化しは通用しないだろうし、拒めばかえって怪しまれるだけだ。前に定軍山であれだけの事をしたのだから尚更だ。
今の零治に選択肢などありはしない。手段を選ばず、何がなんでも隠し通すしか方法は無いのだ。
(ったく。普段はアレなくせに、こういう時は一丁前に姉さん面しやがるんだからよ。だがまあ、姉さんの言う通りか。……そうさ。このくらいの痛みが何だってんだ! 隠すと決めたのは他ならぬオレ自身だ! やってやろうじゃねぇか!)
零治は改めて気合を入れ直して己を奮い立たせ、亜弥の矢を防ぎながら体勢を立て直し、様子見に徹しながら機を窺った。
亜弥の連射はまだ続いている。だがこの連射もいつまでも続く訳ではない。必ず一瞬、一瞬だけ途切れる時が訪れる。
亜弥は矢筒を背負っている訳ではなく、自身の魔力を消費し、手に連射分の矢を数本生成してそれを立て続けに放ち、次の矢を生成するのだが、矢を連射し続けていると魔力切れを起こして双龍に張っている弦が維持できなくなりかねないため、連射時は時折双龍の弦の状態をチェックする癖が亜弥にはあるのだ。
その時こそが亜弥の連射が途切れる瞬間であり、零治は防御に専念しながらその時が来るのをずっと待ち続ける。そしてついにその時が来た。亜弥が攻撃の手を止め、一瞬だけ双龍の弦をチラ見したのだ。
動くなら今しかない。零治はこの瞬間を見逃す事無く、雄叫びを上げながら亜弥に向かって一直線にダッシュしたのだ。
「うおおおおお!!」
「っ!?」
零治が自分に向かって一直線に突撃してきたので、亜弥はすぐさま新たな矢を三本生成し、素早く零治に狙いを定め速射を行った。
銃の三点バースト射撃のように一定間隔で放たれた矢は空を斬りながら零治に向かって飛来していく。
しかし零治はそれに怯む事も無く、叢雲を右手の中で縦にクルクルと回転させながら自分の目線の高さまで持ち上げて右から左へと横へ水平に移動させながらその矢を全て弾き飛ばしたのだ。
「なっ!? 貴方は曲芸師ですか!」
「この程度の芸当で曲芸師呼ばわりされる憶えはないぜっ!」
「くっ!」
亜弥はもう一度三本の矢を生成し、再度零治に三連射撃を行う。
だが結果は変わらなかった。零治は右手を捻りながら先程と同様に掌の中で叢雲を回転させながら目線の高さまで腕を持ち上げ、左から右へと横にスライドさせながら全ての矢を弾き飛ばす。
今の所順調ではあるが、やはりそう都合よくもいかないらしく、零治の左腕には鋭い痛みが走り続けてくるのだ。
(ぐっ! このくらい……何でもねぇ! この程度で怯むかよ!)
「無茶をしますね! 貴方って人はっ!」
「うるせぇ! オレにだって意地ぐらいあるぞ! 大会とはいえ恥はかきたくないんでなぁ!」
「器の小さい男ですね! こういう時ぐらい私に花を持たせてもいいじゃないですか!」
「…………」
零治は身体を張った演技で普段通りの様子を振る舞い、その姿を前にして華琳達も先程まで抱いていた不審感も無くなり、何とか試合を止められるという最悪の事態は回避する事が出来た。
順調な試合、実際は順調ではないが今の所、特に何の問題も無く試合は進行しているが、樺憐は浮かない表情で零治と亜弥の試合を観戦していて、不意に席を立ちあがりその場を立ち去ろうとしたのだ。
「ん? 樺憐、どこに行くんだい? まだ試合は終わってないよ」
「ご心配なく恭佳さん。忘れ物を取りに行くだけですわ……」
「そう? ならいいけど。折角の試合の結末を見逃さないようにね」
「分かっております。そうなる前に戻ってきますので……」
背を向けたまま恭佳との受け答えを終え、樺憐は会場を後にし、そのまま城内へと足を運んで行った。
零治と亜弥の試合を眼にし、樺憐の脳裏にはある出来事が浮かび上がり、嫌な予感を感じてしまったので自室へと足を運んでいるのだ。自らが使用している神器を取りに……。
(我が主に限ってそのような事は起こらないとは思いたい。でも万が一という事もあり得る。もしも予感が的中してしまった場合……止められるのはわたくししか居ない……っ!)
………
……
…
樺憐が会場を去ってからも、零治と亜弥の試合の状況は刻一刻と進んでおり、亜弥は必死に矢の連射を行って零治を足止めしようとはするが、何度やっても零治は全ての矢を弾き飛ばしながら距離を詰めてきて、ついに互いの間合いは眼と鼻の先まで縮まり、零治は両手で叢雲の柄をしっかりと握りしめながら大きく後ろに引いて腰を落とし、亜弥の首筋に狙いを定めながら斜め下から上へと高速の突きを放った。
「うらぁ!」
「っ!? くぅ……っ!」
零治から放たれる尋常じゃない殺気を感じ取った亜弥は即座に反応し、上体を捻りながら身体を左に逸らし、紙一重でその一撃を何とか躱すが零治の猛攻は止まらない。
突きを躱される事を想定内に入れていた零治は叢雲の刃を寝かせ、そのまま右に向かって横薙ぎの一太刀を浴びせてきたのだ。
「おっと!?」
だが亜弥も持ち前の反応速度でその一撃も身を屈めて紙一重で躱し、そのまま前方に転がり込んで立ち位置を変えると同時に跳躍して零治との距離を取り、空中で零治に狙いを定めながら予め生成していた三本の矢を立て続けに放った。
「零治! 試合とはいえ危ないでしょうがっ!」
「やかましい! そもそもオレとお前の試合に……安全なんて言葉があると思ってんのかぁ!」
零治は寝惚けた事を抜かすなと言わんばかりのセリフを怒鳴りながら亜弥に向かって言い放ち、亜弥が放ってきた三本の矢を叢雲を縦に回転させながら腕を目線の高さまで持ち上げ、右から左へと平行にスライドさせて全て弾き飛ばしてみせる。
零治も攻め手には回るものの、亜弥が距離を取り射撃に専念しているためお互いに決定打に欠ける試合となってしまっていた。
「ちょこまか逃げ回りやがって……いい加減負けろやぁ!」
「そこで『はいそうですか』と従うほど私も往生際は良くないですよ! 賞金には興味ありませんけど、恥だけはかきたくありませんからねぇ!」
「いいや! 勝つのはオレだぁ! 手詰まりになってるお前に……勝利は無ぇ!」
いい加減堂々巡りの試合にウンザリしている零治は、ケリを着けるべく地面を蹴ってダッシュをし、叢雲をクルクルと掌の中で回転させながら鞘に納め、居合の構えを取りながら亜弥に向かって今まで以上の速度で突撃する。
亜弥は現在位置から右脚を思いっきり伸ばし、左脚は曲げてゆっくりと腰を落として低姿勢で三本の矢を生成し、速射を行ったがやはりすべて零治に弾かれてしまう。
こうなっては今まで以上の射撃を行うか、近接戦で零治を迎え撃つ以外に亜弥には選択肢は無かった。
「くっ! ならば…………これならどうですかぁ!!」
もはや四の五の言っている場合ではないのだ。今の射撃が無理なら、それ以上の攻撃をするしかない。
亜弥は低姿勢を維持したまま、五本の矢を一気に生成し、双龍を水平に構えながら五本の矢を纏めて番え、迫り来る零治に狙いを定め、そしてその矢を全て一気に発射してみせたのだ。
矢は扇状に広がりながら広範囲に飛来し、距離が近すぎたため零治は咄嗟に右足の踵を使ってブレーキをかけ、素早く右手を叢雲の鞘に伸ばし、抜刀して薙ぎ払うように振り抜きながら矢を叩き落してみせた。
「甘いんだよぉ!」
発想としては悪くなかったが、射撃である事には変わらないため、零治にとっては対処するなど造作もない事だった。
が、今回は纏めていっぺんに放ったため、五本中四本の矢は叩き落せたが最後の一本がよりにもよって左腕をかすめ、コートの袖に巻き付いている拘束具のベルトを一本切断してしまったのだ。
『ちょっ!? 相棒! お前なんて事しやがるんだっ!』
『ああ? 何の事だ?』
『何の事だじゃねぇ! 無茶しやがるから拘束具が一本千切れちまったじゃねぇか!』
『……ひょっとしてヤバいのか』
『ヤバいなんてもんじゃねぇ。ただでさえギリギリの状態で抑え付けていたんだぞ……っ!』
『何をだ……』
『俺様の中にある強大な魔力もそうだが……俺様を手にした使い手は数多く居る。だが全員が使いこなせずに死んだ。己が運命を呪いながらな……』
『…………』
『その結果、そいつらの残留思念が俺様には宿っていて、一つの人格として形を成している。それも凶暴な。この拘束具はそいつを抑える役目もあったんだぞっ!』
『なにっ!?』
『一度表に出ると俺様でもなかなか手が付けられない奴だ。マジでヤバいぞ……』
「……っ!? ぐっ! あぁ……っ!」
『相棒!?』
突如、胸に締め付けられるような激痛が走り、零治は苦悶の表情で呻き声を漏らしながら叢雲を落としてしまい、右手で胸を押さえつけながら地面に片膝を突いた。
それと同時に、左腕からはまるで煙のように赤黒い色をした魔力が溢れ出て、左腕にも今までとは比べ物にならない激痛が走り、全身を駆け巡って来たのだ。
「零治っ!」
「く、来るな……っ! 亜弥……ここから……離れろ……っ! 今すぐに!」
「零治、何を言って……」
『クソ! この野郎……テメェは引っ込んでろ! 主人格は俺様だぞ! 勝手な真似をするんじぇねぇ!』
「っ!? ぐああああああああっ!!」
身体中を駆け巡る痛みに耐えきれなくなった零治は悲痛な叫び声を上げながら天を仰ぎ、血の魔導書から溢れ出る魔力が臨界点に達し、爆発したかのような勢いで吹き出し、その勢いに耐えきれなくなった拘束具のベルトは全て引き千切れて吹き飛び、零治を中心点にして大爆発を引き起こして辺りに衝撃波と共に膨大な魔力が円を描きながら客席に居る華琳達にも襲い掛かって来たのだ。
「くっ! 恭佳! 一体零治の身に何が起こったの!?」
「分からないよ! 分かっているのは……何か良くない事が起こったって事ぐらいだよ!」
魏の首脳陣と観客達は顔に手をかざし、衝撃波と共に吹き付けてくる砂埃を遮りながら眼を細め、闘技場に視線を向けるが今の爆発で辺りは大量の砂煙が舞い上がっているせいで視界は遮られ、何が起こっているのか皆目見当もつかなかった。
しばらくして辺りは静まり返り、会場に吹き付けてくる風のおかげで砂煙も少しずつ晴れて視界はクリアになり、闘技場内に巻き起こる砂煙の中からぼんやりと一つの人影が浮かび上がってきた。
だが、その人影のシルエットにはおかしな点があったのだ。その者の左腕、特に手の部分が異常なほど巨大化しており、女性の胴体だったら鷲掴みできるのではないかと思うほどの大きさをしていたのだ。
その時、その場に突風が吹き付け、闘技場内に巻き起こっている砂煙を吹き飛ばしたおかげで人影の正体が露わになった。その正体は……。
「……っ!? れ、零治! 貴方……その腕は一体……!?」
「…………」
人影の正体は零治だったが、その姿を見て華琳達は戦慄した。
今の零治の左腕は、初めてBDを手にした時の異形の形をしていたのだ。
異常なほど巨大化した掌。炭化しているのではないかと思ってしまうほどに真っ黒になった腕その物。
血管を思わせるように全体に走る赤く発光を起こす筋。金属板のように角ばった指に鋭く尖った指先。
おまけに零治の両眼もBDの力を発動した時のように白眼の部分は黒、瞳は深紅に変色を起こしていた。
事態は最悪の状況、しかも亜弥が懸念していた事が現実の物となってしまったのだ。
もう見られた以上は隠すのは不可能だが、今はそれよりもこの状況をどうにかしなければならないだろう。
「なんて事だ。私の予感が的中してしまった……っ! いや、今はそれよりも零治を止めないと!」
「…………」
零治は黙ったまま無表情で周囲を興味深げにきょろきょろと見回し、地面に落ちている叢雲が眼に留まったのでそれを右手で拾い上げ、鞘へと納める。
次に異形の形へと変化している左手を目線の高さまで持ち上げ、握ったり開いたりしながら感触を確かめるような事をし、その直後に左手に更なる異変が起きた。
左手の甲の中心部に横線の筋が一本走り、まるで人間の瞼のようにゆっくりと開き、中から充血して血走った深紅の瞳をした巨大な眼球が姿を見せたのだ。
手の甲から姿を見せた眼球はきょろきょろと周囲を見回し、華琳達に視線を移すと、眼の端を吊り上げてニヤリと笑うような仕草をして見せた。
「ひっ! か、華琳様……何なんですかあれ……っ!? 兄ちゃんの左手から眼が……っ!」
「…………」
零治の異様な姿を前にし、季衣や流琉は完全に怯えきって華琳にしがみつき、恐怖でガタガタと身体を小刻みに震わせていた。
華琳もそうだが、他の首脳陣達も青ざめた表情で零治を見つめ、言葉を失っていた。
零治が常識離れをした人物だという事は既に理解していたが、これはそれだけで片づけられるような光景ではない。今の零治は誰がどう見ても化物としか表現のしようがないのだ。
「なんてこった。亜弥の言っていた事が最悪の形で現実になっちまうなんて……っ!」
「恭佳! 説明なさい! 零治の身に何が起こったの!?」
「それについては後でちゃんと説明する。だから華琳……アンタ達はみんなと一緒に城の中に逃げろ」
「逃げろって……貴方達はどうするつもりなの!」
「アタシは亜弥と一緒に零治を止める。早く行け! このままじゃ零治はアンタ達に襲い掛かるかもしれないんだよ!」
「……恭佳さん。その必要はありませんわ」
聞き覚えのある声が耳に入り、そちらに視線を向ければワイルドファングを装備して完全武装した樺憐の姿があったのだ。
この姿から樺憐が何をしに来たかなど考えるまでもない。彼女は今の零治と闘うつもりでこの場に居るのだ。
「樺憐! アンタまさか……っ!?」
「ご心配なく。恭佳さんが考えているような事はしません。あの方は……零治さんはわたくしが必ず助けます」
樺憐から聞かされた過去の出来事の話を思い出し、恭佳は嫌な予感を覚えてしまうが樺憐にはそんな事を起こす気などないし、起こさせるつもりもない。
樺憐は同じ悲劇を繰り返させないためにここに居るのだ。樺憐はガツンとファングの手甲を打ち鳴らして気合を入れ、闘技場へと落ち着いた足取りで進み出て魔導書の力に取り憑かれている零治と対峙する。
「亜弥さん。危険ですので貴方も後ろに下がっていてください。零治さんはわたくしが必ず助け出してみせますわ」
「樺憐……分かりました。お願いします」
自分が何も出来ないのは悔しいが、ここは樺憐の言う通りにした方が賢明だろう。
少なくとも樺憐はBDの所有者との戦闘経験がある。ならば対処法も理解している人物だろう。
亜弥は樺憐の言葉に素直に従い、審判と共に後方へ下がり、華琳達を護るように客席の前に立ち、恭佳、奈々瑠と臥々瑠も有事の際に動けるように客席の前に立ち、華琳達を含めた観客達の護衛に徹しながら闘技場内で対峙する零治と樺憐の動向を見守った。
「まさかこのような形で闘う事になるとは思いませんでしたわ……」
「…………」
「愛しき飼い主様。今この時だけは貴方様に働くご無礼をお許しくださいませ。わたくしは貴方様をお助けするために……全力で叩きのめします!」
左手は軽く握りしめながら後ろに引き、右手は肘を軽く曲げながら開いた状態で前方に突出し、我流格闘術の構えを取り、樺憐は気合を入れて戦闘態勢に入る。
何の因果か、樺憐にとってこの対決は遥か昔に行った戦闘テストと全く同じ状況なのだ。
叢雲とBDを有し、魔導書の力に負けて暴走を起こし、最終的には樺憐がその人物を殺した。それがあの時の結末だった。
だが今回は違う。樺憐は零治を殺すためにではなく、救うために闘いを挑むのだ。
今この瞬間、遥か先の未来で行われた闘いの再戦が幕を開けたのだった。
零治「おい。バラすの早すぎねぇか?」
作者「BDの事か?」
亜弥「そうですよ。しかもこんな形でバラすなんて」
作者「だから樺憐さんという最終兵器を投下したんじゃないか」
恭佳「まさかこのためにこの話を持ってきたの?」
作者「まあね。後は拘束具のデザイン変更のため」
奈々瑠「デザイン変更?」
作者「ああ。これは当初から計画しててね。BDの事もこういう形でバラす事にしていたのさ」
臥々瑠「ちなみにさ、拘束具のデザインはどうするの?」
作者「それはお楽しみという事で。……では樺憐さん、次回での活躍を期待していますよ?」
樺憐「できれば零治さんを殴るような事はしたくないのですが……」
作者「おいおい。それじゃ話が進まないから我儘は言わないでよね」
零治「……よく考えたら前にも同じような目に遭ってたな、オレ」
恭佳「あぁ、叢雲に取り憑かれたときね」
亜弥「しかし今回は相手が相手。零治、死なないでくださいね?」
零治「不吉なこと言うなよ……」




