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第64話 休日という名の監禁

何と言いますかねぇ……修正作業を自分でやると言っていながら中々できないありまさま。

最新話を書くとそっちに集中しちゃいがちですし、難しいですわ。

定軍山の激闘から一夜が開ける。

外からは小鳥のさえずり声が聞こえ、窓からは陽の光が差し込み、朝になったのだと部屋の主に知らせる。

脳が徐々に覚醒し始めた零治は両眼を薄っすらと開け、チラリと窓に視線を走らせて右手で眼をゴシゴシと擦り、気怠そうにムクリとベッドから上体を起こした。



「…………」



零治はチラリと自分の左腕に無言で忌々しげに視線を向けた。

あれからコートの下に着ているシャツにもBDの力を使って袖には手を加えており、袖の再生だけでなく革製のベルトを創って五重に縛り付けて拘束具を取り付けているのだ。

もちろんコレは左腕の事を隠す意味合いも兼ねている。零治は華琳達にこの事は絶対に教えないつもりでいるのだ。

ならばこの先の生活は常に細心の注意を払わねばならない。人目に触れさせないためにもおいそれと服を脱ぐ事も出来ないし、部屋に居る時も常に注意しておく必要があるだろう。

そんな事を考えている時、零治の左腕の繋ぎ目にズキンと鋭い痛みが走り、零治は忌々しげに繋ぎ目を右手で強く押さえつけた。



「グッ! クソっ。まだ痛みがあるな。完全に定着していないのか……」



その時、部屋の扉がコンコンと二回ノックされた。

零治は扉に鋭い視線を向けて素早く掛け布団を使って左腕を隠し、一度大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けて間を置き、扉の向こう側に居る来客に向かって声をかけた。



「誰だ?」


「零治。私です」


「その声は亜弥か。開いてるぞ。入れよ」


「失礼しますよ」


「おはよう、零治」



部屋に来たのは亜弥と恭佳の二人だった。

他は誰も居ない様子。その事に零治は内心安堵した。今の状況下で零治は城の者とは出来るだけ顔は合わせたくないと考えているのだから。

昨日の今日なため、恭佳は心配そうに零治の顔を覗きこんで様子を尋ねる。



「零治。身体の具合はどう?」


「まだ腕に痛みはあるが大丈夫だと思う」


「そう。よかった」


「で、二人はなんの用で来たんだ? 朝議の時間にはまだ早いと思うが」


「ええ。その朝議の事で華琳から伝言を預かっていましてね」


「何だよ?」


「零治。貴方は今日一日、身体を休める事に専念すること。今日の朝議にも参加しなくていい、だそうです」


「要するに今日は仕事をせずに大人しくしていろって事かよ」


「因みに城内なら構いませんが、城の外を出歩く事は認めないそうです」


「……それって監禁と言わねぇか?」


「定軍山でアレだけの無茶をしたんですから、コレも罰の一環として受け入れるんですね」


「分かりましたよ。今日は部屋でジッとしてるよ」


「なんか欲しい物があったらアタシに言いなよ。調達してきてやるから」


「はいはい。とりあえずオレは寝かせてもらうよ。定軍山の件が堪えてるからあまり動きたくないんでな」


「よろしい。……では、私達はそろそろ行くとしましょうか。恭佳、行きますよ」


「はいよ~。それじゃあね、零治。暇があったら後で様子を見に来るからね」


「ああ」



要件を伝え終えたので、亜弥と恭佳は朝議に参加するために零治の部屋を後にし、玉座の間へと足を運んでいった。

華琳の命で強制的に休みを取らされてしまった零治はそれに素直に従うべく、ベッドに寝転がって布団にくるまり、再び眠りについた。


………


……



それから約二時間後。

二度寝から眼が覚めた零治は薄っすらと両眼を開き、首を動かして窓を見やれば太陽は既に登りきっており、これ以上惰眠を貪るのもアレと思い、気怠そうに上体を起こして大きく伸びをした。



「ふわぁ~……。いい加減起きるかね。とはいえ、外出は禁止されてるし何してりゃいいんだろうな?」



華琳の命で強制的に休みを取らされている上に、城内から外に出る事も禁止されてしまっているのだ。

となると零治は今日一日、城内で過ごすしか選択肢は無いのだが、問題は城内で何をして過ごすかである。

零治は亜弥と違って読書家ではないから本を進んで読む気にはなれない。かと言って負傷している身である以上は身体を動かすような事、例えば戦闘の訓練とかも出来ないだろう。

仮にそれをやって誰かに見られ、華琳に報告をされたら雷が落ちるのは眼に見えて分かる。

考えれば考えるほどやれる事が無いという事を零治は思い知り、どうしたものかと頭を悩ませていた時、腹の虫がぐぅ~っと音を立て、自分が空腹であるという事に気付いた。



「ん。そういやまだ飯を食ってなかったな。しかしどうするか。左腕にはまだ痛みが残ってるから、自分で作るのは厳しいよなぁ。仕方ない。今日くらいは他人が作った飯で我慢するかな」



とりあえず城でどう過ごすのかを考えるのは後回しにし、まずは食事をする事にして零治はベッドから下りようとする。

その時、部屋の扉がコンコンとノックされ、誰かが訪ねてきたので零治は掛布団で左腕を隠し、扉に向かって声をかける。



「誰だ?」


「零治さん。わたくしです」


(樺憐か。って、ん? オレへの呼称が普通だったな。ひょっとして他にも誰か居るのか?)


「零治さん。入ってもよろしいでしょうかぁ?」


「待て。樺憐、お前一人か?」


「いいえ。奈々瑠と臥々瑠も一緒に居ますわよ」


「……入っていいぞ」


「失礼いたします。零治さん、おはようございます。よく眠れましたかぁ?」


「兄さん。おはようございます」


「兄さん。おはよ~」



部屋の戸が開け放たれ、下に支えの脚が四方の角についている長方形のお盆を両手に持った樺憐、その後ろから奈々瑠と臥々瑠が部屋に足を踏み入れ、順に零治に挨拶を交わした。

幸いな事に部屋を訪ねてきたのは左腕の事情を知っている者達のみだった。

定軍山で死なずに済んだのは間違いなくBDのおかげなのだが、そのせいで今では日常生活でもこうやって神経を尖らせなければならない始末だ。こんな事をずっと続けていたら精神的に参ってしまいかねないが、今更後戻りなど出来やしない。

零治はあの時、自らこの道を選択したのだ。ならばこの程度の事で音を上げる訳にはいかないと自分に言い聞かせ、樺憐が手に持っているお盆が眼に止まった。



「ん? 樺憐。それは何だ?」


「これは零治さんの朝食ですわぁ」


「オレの朝飯?」


「はい。腕によりをかけて作りましたのよぉ。どうぞ、召し上がってください」



と、樺憐は言いながら零治の膝元に朝食が用意されたお盆をそっと置いた。

お盆の上にはお椀に盛られた白飯。ご丁寧におかわり用の白飯が入ってると思われる小さい土鍋も用意されており、溶き卵入りのスープ、回鍋肉、端の小皿には搾菜と朝食としては充分の物が用意されていた。



「これは助かるが、お前らはいいのか? 見た所オレの分しかないみたいだが」


「私達は母さんと一緒に先に食べてますので気にせず食べてくださいよ」


「そうそう。お母さんの作ったご飯はとっても美味しいよ~♪」


「そうか。では、いただきます」



零治は右手に箸、左手に白飯のお椀を持ち、回鍋肉の皿に箸を伸ばして摘まみ取り、それを口の中に放り込んで白飯を掻き込んで噛み締めながら樺憐の手料理を味わった。



「あむ。……モグモグ」


「どうでしょう。お口に合いますでしょうかぁ?」


(……う、旨すぎる)



口にした回鍋肉の作りは完璧の一言に尽きる味だった。

野菜には適度にシャキシャキとした歯応えがあり、程よい辛さの味つけは食欲を促進させてくれるので箸がどんどん進み、溶き卵入りのスープに搾菜も箸休めとして丁度良く、まさに完璧な朝食と言えた。

それに加えて樺憐の料理の腕前に零治は圧倒され、自分がまだまだ未熟だという事も痛感させられた。



(ヤベェ。これ下手したらオレが作るのより旨いんじゃねぇか? いや絶対旨いって。ハハ、なんか自信無くしそうだわ。しかしホント旨いわぁ)


「零治さん。どうなさいました? さっきから黙ったままですが……もしやお口に合いませんでしたかぁ?」


「えっ!? あっ、あぁ、いやすまん。お前の料理があまりにも旨すぎたからつい黙っちまってな」


「まあ。ご謙遜を。零治さんも相当の腕前だと娘達から聞いていますわよぉ? 今度ぜひ味比べをしましょうねぇ」


「おいおい。お前ら、樺憐にオレの事どんな風に教えたんだよ?」


「えっ? 別に特別な事は教えてませんよ?」


「うん。それに作るご飯が美味しいのは事実じゃん」


「うふふ。零治さん、期待していますわよぉ?」


「はぁ。やれやれ。華琳がもう一人居るみたいだぜ。……あぐあぐ」



樺憐に期待の眼差しを向けられ、妙なプレッシャーを感じる零治はヒョイッと肩を竦めて嘆息した。

まあそれはひとまず置いておき、とりあえず食事を済ませようと思い、零治は樺憐が用意してくれた朝食残りをガツガツと口の中に掻き込み、あっという間に全てを平らげた。



「ふぅ。ご馳走様でした」


「はい。お粗末様でした」



樺憐は軽く会釈をしてカチャカチャと食べ終えた食器を纏め、お盆を回収して厨房に戻すために零治の部屋を立ち去ろうとしたが、何かを思い出したように足を止め零治の方へと振り返った。



「そうだ。零治さん、食後のコーヒーはいかがですかぁ?」


「コーヒー……って! ええっ!? コーヒーあるのかっ!?」


「はい。砂糖はこの世界にも元々ありますし、カップにドリッパーに豆、そして紙フィルター。ミルク以外は全て揃えておりますわよぉ」


「……どうやって用意したんだ?」


「わたくしも魔法が使えますのでぇ。物質変換魔法でご用意いたしましたのよぉ」


「スゲェな。じゃあ頼んでもいいか? ブラックで」


「承知しましたわぁ。すぐにお持ちいたしますねぇ」



樺憐は会釈をして零治の部屋を後にし、それと入れ替わるようにトテトテと臥々瑠がベッドまで近づき、敷布団に両手をつきながら零治の顔を覗き込んでみれば、コーヒーが飲めるという話を耳にして零治は上機嫌に表情を綻ばせていた。



「いやぁ、ついにここでもコーヒーが飲めるのかぁ。やっぱアレを飲まないと朝起きたって気がしないんだよなぁ。楽しみだぜ」


「ブラックのどこがいいのさ? ただ苦いだけじゃんか」


「フッ。臥々瑠、お前はまだまだ舌がお子ちゃまだな」


「……もしかしなくてもアタシの事バカにしてるよね」


「事実を言っただけだぜ?」


「アタシだって一応飲めるもん……」


「苦みが消えるほど砂糖を大量に入れた上に、ウィンナー・コーヒーにしないと飲めない奴が偉そうに言うな」



ウィンナー・コーヒーとは、オーストリア発祥のコーヒーの飲み方の一つである。

因みにウィンナー、もしくはヴィーナーとも言うが、これは『ウィーン風の』という意味がある。

日本での特徴としては、濃く入れたコーヒーにホイップクリームを浮かべた物、またはカップにホイップクリームを入れて熱いコーヒーを注いだ物が一般的である。アメリカやイギリスでは、エスプレッソにホイップクリームを乗せた物が当てはまる。因みに零治が言ってるのは日本風の物の方である。

本場のオーストリアではエスプレッソに温かいミルクを加え、メランジェというミルクの泡を乗せた物が一般的であり、日本風のホイップクリームを浮かべた物と違い砂糖も加味されていないので、ミルクの濃厚な風味とテクスチャを味わうのも特徴である。

余談だが、ウィンナーが名前についてるからと言って、コーヒーにウインナーソーセージを入れる訳ではない。

またこれはオーストリアの首都、ウィーンから名付いている物ではあるが、本場ではウィンナー・コーヒーという呼称は通じないし、特別な呼称も存在していない。本場ではあくまでもこれはコーヒーの飲み方の一つにすぎないのである。



「コーヒーには違いないじゃん」


「お前の場合コーヒー特有の苦みがしないから、その時点でそれは完全に別の飲み物だ」


「ブ~。子供扱いして」


「お前はまだ充分子供だろうが」


「ブ~。……ていっ!」



子供扱いされた事に腹を立てた臥々瑠は頬を膨らませ、仕返しと言わんばかりに零治にデコピンを喰らわせてきた。

しかも、よりにもよって左腕の繋ぎ目にだ。



「あいでっ! おい! まだ痛ぇから触んなよ」


「あっ。やっぱりまだ痛いんだ?」


「お前ぇ……分かっててやりやがったな。コイツお仕置きしてやる!」



零治は素早く臥々瑠の首根っこに両手を伸ばして引き寄せ、両手の拳を握りしめて拳骨を作り、臥々瑠の米神に押し当てて手首を捻じる動作をし、グリグリと臥々瑠の頭を攻め立てた。



「いだだだだだっ! ご、ごめん! 兄さんさっきの事は謝るから頭をグリグリしないで~!!」


「んん~? 今なにか言ったかぁ? 全然聞こえんなぁ」



臥々瑠はギブアップと言わんばかりに零治の腕をペチペチと叩いてやめるように訴えかけるが、零治は臥々瑠の悲痛な叫びをどこ吹く風と受け流し、ワザとらしく聞こえない素振りをしながら容赦なく臥々瑠の頭をグリグリとし続ける。

おまけに今の零治は左手には装甲板でガチガチに固められた手袋を着用しているのだ。その痛みは素手よりも数倍痛い。

部屋には臥々瑠の悲痛な悲鳴が響き渡り、しばらくして見かねた奈々瑠が間に割って入り、仲裁に出てきた。



「兄さん。臥々瑠も充分に反省してますし、もうその辺で許してあげてくださいよ」


「ん? そうだな。この辺で勘弁してやるか」



奈々瑠の仲裁のおかげもあって、ようやく零治がグリグリ攻撃をやめて解放してくれたので臥々瑠はフラフラとその場から立ち上がってベッドから離れ、両手で頭の米神を押えてさすりながら零治に恨めしげな視線を向けてきた。



「うぅ~……頭が割れるかと思った。酷いよ兄さん。謝ったのに全然やめてくれないんだもん……」


「悪かったな。ってか、アレはお前が一番悪いんだろうが。怪我人の傷を痛むと分かってて触るんだからよ」


「だって兄さんが子供扱いするんだもん……」


「ああん? またお仕置きされたいらしいな」


「もう。二人ともいい加減にしてください。売り言葉に買い言葉って諺を知らないんですか?」


「はいはい」


「は~い」



またもや二人は喧嘩しそうになったので、奈々瑠が呆れ果てた表情で嘆息してやめるように言い聞かせたので、零治と臥々瑠はその言葉に素直に従い、何とか喧嘩の再発の防止は出来た。

喧嘩の回避ができたと思いきや、何を思ったのか臥々瑠はトテトテと零治のベッドまで歩み寄り、零治の右側にゴロンと寝転がってきたのだ。



「兄さ~ん。ここで寝かせてもらうよ~」


「おい。お前はオレが怪我してると分かった上で割り込んできてるのか……」


「元気そうだから別にいいじゃんか」


「お前はここへ何をしに来たんだ……?」


「……昼寝?」


「まだ朝だ。どきやがれこの野郎!」


「や~だ~!」



零治は臥々瑠をベッドから下ろそうと両手を使って強引に押し退けようとするが、臥々瑠はベッドの木枠にしがみ付いてテコでも動かないと言わんばかりに抵抗し、二人は喧嘩とまでは行かないが押し問答を繰り広げ始めたので、またもや奈々瑠が仲裁に入る事にした。



「兄さん。ここは臥々瑠の我儘を聞いてあげてくれませんか? この子、昨夜は兄さんの事が心配でなかなか眠れなかったんですよ」


「そうは言うがな、お前ら仕事があるんじゃないのか?」


「華琳さんが気を遣って今日は休みにしてくれました。あっ、因みに母さんも本格的に働くのは明日以降ですので」


「あっ、そうなの。じゃあ好きにしてくれ……」


「わ~い♪」



華琳が休みを与えたのなら零治は何も言えないし、臥々瑠のこの様子では何を言っても無駄だ。

また以前のように騒がしい休日を過ごす事になるのは確定のようだが、願わくばあの時よりは平穏に過ごしたいと零治は切に願った。



「…………」


「…………」


「ふ~ん♪ ふふ~ん♪」



零治と奈々瑠はその場で押し黙ってしまう中、臥々瑠は上機嫌に鼻歌など歌いながら零治のベッドの上でゴロゴロと寝転がりながら心地よさそうに過ごしている。

零治は奈々瑠とどう接していいか悩んでいるのだ。定軍山で瀕死の重傷を負わされ、死ぬ間際の自分に奈々瑠は決死の思いで今まで内に抱えていた自分に対する想いを打ち明けてきたのだ。

だが零治は死ぬ事など無く、こうしてあの戦いを生き延び、無事に生還している。

零治も自分がこうなる事など予測はしていなかったし、出来るはずもない。

だからこそ零治は頭を悩ませてしまったのだ。自分はこの先、奈々瑠に対してどう接していけばいいのだと。自分に課している戒めの内容を考えれば尚更である。



「兄さん」


「っ!? な、何だ……?」


「兄さん。いま貴方が何を考えているのかは分かります。私に対してどう接すればいいのか、その事で悩んでいるのでしょう?」


(ああ。図星だよ……)


「貴方が自らに課している戒めの事は姉さんから聞かされているので知っています。だから悩むお気持ちは私にも理解できますよ」


「…………」


「ですから、そう結論を急ぐ必要などありません。それに兄さんが私に対してどんな答えを出したとしても、私達の今の関係が終わる訳ではないのですから」


「…………」


「だから兄さんは今まで通りに接してくればいいんです。まあ、私としては出来れば今以上の関係を築きたいというのが正直な本音ですけどね」


「奈々瑠……」


「焦らずに時間を掛けて考えてくださいね。私としては……良い返事を聞かせてくれると期待していますよ」



と、奈々瑠はさり気なく零治にプレッシャーを与えるような事を言い聞かせ、前の休日の時と同じように本棚から適当に本を一冊取り出して椅子に腰かけ、落ち着いた様子で読書を始めた。

奈々瑠は簡単に言ってはいたが、零治にとってこれは簡単に解決できるような問題ではないのだ。

かといってそうすぐに結論が出る訳も無いので、零治は大きく息を吐いてベッドに寝転がり、天井を見上げながら時間を掛けてゆっくり考えようと自分に言い聞かせるのだった。

そしてその時、部屋の戸が開け放たれ、樺憐が丁度いいタイミングで戻ってきたのだ。



「零治さん。お待たせいたしましたぁ。コーヒーをお持ちしましたよ」


「おっ。待ってましたぁ」



待ちわびた表情で零治はベッドから上体を起こし、樺憐が持つ小さめのお盆の上に乗っている白色のコーヒーカップを手に取った。

中には黒色の液体が入っており、入れた直後なので湯気が立ち上っており、部屋にはコーヒーならではの香ばしい香りが広がっていき、久々に嗅いだコーヒーの香りに零治は感無量の表情になった。



「あぁ……この香り。何ヶ月ぶりのコーヒーだろうか」


「ふふふ。零治さん、熱いので気を付けてくださいねぇ」


「ああ。……ずずっ」



零治はカップを口元に近づけてフーフーと息を吹きかけて表面の温度を軽く冷まし、中に入っている熱々のコーヒーを啜り飲んだ。

口の中にはコーヒーのほろ苦い風味、酸味が程よいバランスで広がっていき、久々に飲んだコーヒーの味を前にして零治は表情を綻ばせた。



「あぁ~、旨い。やっぱ朝はコーヒーを飲まないと始まらないよなぁ。樺憐、良い仕事をしてくれたな」


「お気に召していただいて何よりですわ」


「ずず。……なあ、樺憐。このコーヒーは普通のブレンドコーヒーか?」


「はい。もし他の種類をお望みでしたらご用意いたしますよ?」


「マジかっ!? なら頼んでもいいか?」


「はい。お任せください」



ブレンドコーヒーだけでも充分凄いというのに、まさか他の種類のコーヒーも用意できるとは。

現代の味とも言えるコーヒーが好きな零治にとってこれは実に嬉しい話である。

零治は樺憐の魔法の技量にも驚きつつ、期待に胸を膨らませながら樺憐が入れてくれたコーヒーの味を堪能する。



「所で零治さん。一つお訊きしたい事があるのですが、よろしいでしょうかぁ?」


「ん? 何が聞きたいんだ? 言ってみろよ。……ずず」



樺憐が急に改まって質問をしてきたので、零治は何気なくカップに入っているコーヒーを啜りながら樺憐に視線を移し、質問の先を促した。

が、樺憐の口から出てきた質問の内容はある意味とんでもない内容だったのだ。



「零治さんは奈々瑠といつ籍を入れるのですかぁ?」


「っ!? ぶふぅ!!」


「あらあら。布団が」


「わっ!? 兄さん汚いじゃん!」



何を訊いてくるのかと思いきや、まさかよりにもよって奈々瑠との関係とは。

樺憐にブッ飛んだ質問をされるや否や、零治は口に含んでいたコーヒーを盛大に吹き出してしまい、掛布団は薄茶色に染まり、たちまちコーヒーの匂いがその場に広がる。

まあ、樺憐の質問は理解できなくもない。定軍山の件で奈々瑠が零治に恋心を抱いていた事を知った。

世間一般でも母親が愛娘が誰かと交際している事を知れば気にかけ、相手の事を知ろうとしたりは普通するだろう。まあ、中には下手に感知しようとはせず、本人が紹介してくれるのを待つ母親もいるだろうが。

だが樺憐の場合は話が飛躍しすぎている。だから零治はコーヒーを吹き出してしまったのだ。

零治は口からボタボタとコーヒーを滴らせながらカップを片手にカチンコチンに硬直してしまい、樺憐に視線を向けたまま眼が点になっていた。



「あっ……あー、樺憐? 今……なんつった……?」


「零治さん。まずは布団をどうにかしませんと。早く洗濯しないと染みになってしまいますわよ?」


「……そ、それもそうか。臥々瑠、悪いがコイツを侍女に渡して、新しい掛布団を持ってきてくれ」


「え~? 何でアタシが~……」


「頼むよ。オレは樺憐と大人の話をしなきゃならんのでな……」


「ブ~。分かったよもう。はぁ、面倒だなぁ」



臥々瑠は口をへの字にして文句をブー垂れながらベッドから下り、掛布団をぐしゃぐしゃに丸めて両手で抱え持ち、上体を軽く後ろに反らしながらトテトテと歩いて部屋の扉を開けてそのまま外に出て行ったが、荷物を抱えていたせいもあり扉は開けっ放しだったので奈々瑠が溜息を吐いて椅子から立ち上がり、そっと扉を閉めた。

部屋の扉もちゃんと閉められた事だし、周囲に人の気配は無い。今なら誰にも話の内容を知られる心配はないだろう。

零治はワザとらしく咳払いをして気持ちを落ち着けながら手拭を使って口周りのコーヒーを拭き取り、改めて樺憐に向き直り、話の続きを始めた。



「で、え~っと、何の話だったっけ……?」


「いえ、ですから、奈々瑠とはいつ籍を入れるのかを知りたいのですがぁ」


「……樺憐。なぜいきなりそんな事を訊く訳?」


「あら。零治さんと奈々瑠はお付き合いをしているのでしょう? ならば結婚はいつをご予定しているのかは母親として当然気になるではありませんかぁ」


「いくらなんでも話が飛躍しすぎじゃないか……?」


「そんな事ありませんわぁ。わたくし、零治さんでしたら娘達の事を安心して任せられますものぉ」


「いや、だってオレ、定軍山のあの件で奈々瑠がオレに恋愛感情を抱いている事を初めて知ったんだぞ。まだ付き合ってすらいないんだが。って、ん? 娘……『達』……? 樺憐、まさかとは思うが……」


「はい。どうせなら臥々瑠も一緒に引き取ってくださいなぁ。その方があの子も幸せでしょうし」


「いや、そんな犬や猫じゃないんだから。ってか、重婚は法的にも道徳的観点からも見て色々と問題だろうが……」


「あら。母親であるわたくしが認めれば何の問題もありませんし、この世界はわたくし達の世界とは違いますから法も関係ありませんわぁ」


「いやそういう問題じゃなくて……奈々瑠。お前も黙ってないで何とか言えよ。お前の母親だろうが」



それまで終始無言のまま横で話を聞いている奈々瑠に零治は助けを求めるかのように話を振る。

何だかんだで奈々瑠は人並みの常識を持ち合わせた常識人ではあるが、昨夜のハーレム計画の話を聞いているため内心不安ではあるが、今この部屋には他に人が居ないのだ。

となれば助けを求める人間は奈々瑠以外に居ない。その話題の中心人物の一人である奈々瑠はというと、零治と眼を合わせるなり、頬を赤らめて俯き、両手の人差し指をツンツンと突き合わせながらますます話をややこしくしかねない事を口にしたのだ。



「私……兄さんとなら喜んで結婚しますけど。って言うか、兄さん以外の人とは一緒になりたくないです」


(おいぃぃっ! 奈々瑠~っ! お前までなに言ってんだっ!? ってか話をややこしくするんじゃねぇっ!)


「あらぁ。これなら孫の顔を見れる日もそう遠くはないかもしれませんねぇ」


「孫って……おい樺憐。オレはまだ奈々瑠と結婚するとは一言も……」


「あぁ、母さん。良い響きですねぇ。兄さんと結婚したら子供も沢山作りますからね」


「なあ。人の話聞いてくれよ……」



今の樺憐と奈々瑠に零治の声は届いておらず、二人揃って未来像を頭に浮かべながら妄想の世界に浸りきっていた。

今の奈々瑠と樺憐のこの様子では何を言っても無駄だろうし、かと言って奈々瑠の想いを突っぱねるような事を口にしたら二人を悲しませる事態になるのは容易に想像が出来る。

強制的に取らされたものとはいえ、折角の休日にそんな真似をして二人との関係を崩すような事は零治もしたくないし、望んでもいない。

その時だった。あまり好ましくないタイミングで新しい掛布団を両手に抱えた臥々瑠が戻ってきたのだ。



「ただいま~。兄さ~ん。新しい布団を持ってきたよ~」


「あっ、ああ。悪いな……」


「はい、どうぞ~」



零治は臥々瑠から新しい掛布団を受け取り、それを膝の上にかけて一方をベッドに合わせて脚の方へと伸ばしていき、もう一方の端を両手で掴んで引っ張り上げてベッドに横になった。

その時になって臥々瑠はようやく奈々瑠と樺憐の様子が変な事に気付いたので、怪訝な表情になった。



「ねえ。奈々瑠とお母さんどうしたの? なんか様子が変なんだけど」


「なんでもねぇ。気にするな。……臥々瑠、オレは今日一日、何もする気がしないからこのまま寝させてもらう。部屋には居ても構わんが、もしも誰かが来ても余程の事じゃない限りは起こすなよ」


「あっ、は~い」



奈々瑠と樺憐に対して今の零治にできる事といえば、何も無い。強いて言うなら放置しておくぐらいだ。

なので零治は二人の事はとりあえず放っておき、奈々瑠との結婚話に関しても今は考えずに休む事を優先し、布団にくるまってそのまま眠りについたのだった。


………


……



「……んっ、んん……うん……?」



まるで水中内に居るような奇妙な浮遊感覚を感じた零治はボンヤリと眼を開き、気怠そうにムクリと上体を起こして辺りを見渡してみる。

そこには何も無く、周りは靄でもかかっているように薄っすらと霞んでおり、ただ辺り一面に漆黒の闇が広がるだけの空間。宇宙と表現するのが一番しっくりくるかもしれない。



「何だ……ここは?」


「ココハ、夢ト現実ノ狭間ノ世界……」


「っ!? 誰だ!」



零治の独り言の問いに答えるように、どこからともなく中性的な声音の奇妙な声が響いた。

零治は周囲に警戒の眼差しを向けながら鋭く叫ぶが、周りには誰も居ないし人の気配らしきものも無い。

ただ何も無い空間が広がるだけだった。だが、周辺をじっくりと観察していた零治の視線がある一点に止まったのだ。



「…………」



零治は無言で視線の先の空間を見つめるが、何も存在しない。

あるのは霞がかった暗闇が広がるだけ。いや、そのはずだった。

よく見てみると零治の視線の先には人影らしき物……正確に言えば、人の形状らしき物をした靄の塊が立っていたのだ。



「ホオ。ヨク我ノ姿ヲ見ツケタナ。流石ハ我ノ主ダ」


「主? 樺憐……ではないな」



自分の事を主と呼称するので零治は目の前に立つ人のような物の正体を樺憐ではないかと考えるが、喋り方が違うし、先程この者はここが夢と現実の狭間の世界と称している。

つまりこの場所は精神が関係した世界という事になるだろう。となると樺憐の可能性は低いし、考えられるとすればかつて取り憑いていた死神の可能性も捨てきれないが、アレの正体は恭佳だったし、消滅もしたため恐らく違うだろう。

散々考えたが、零治は目の前に立つ人物の正体に全く心当たりが無かった。



「フフフ。コウシテ直接言葉ヲ交ワスノハ初メテニナルカラ、ヤハリ分カラヌカ」


「お前はオレを知っているのか?」


「アア。ヨク知ッテイルトモ。主ガ我ヲ初メテ手ニ取ッタアノ日モ、我ノ久シキ出陣ノ日モシッカリトナ」


「んん~……?」



目の前に立つ人物の妙な言い回しを耳にし、零治はますます訳が分からなくなり首を傾げる。

出陣の日はいつなのかはともかく意味は分かるとして、初めて手に取ったという言い回しが引っ掛かるのだ。

これでは自分が『物』であるかのような言い方だ。そういう意味ではBDが該当するが喋り方からして絶対に違う。

その時だった。零治が初めて手に取って戦場を共に駆けてきたパートナーがもう一つ存在している事を思い出したのだ。零治は半信半疑の視線を向けながら目の前に立つ人物にその事を尋ねてみる。



「まさか……お前は叢雲なのか……?」


「如何ニモ」


「……オレに何の用だ」


「フム。マズハ、アノ時ノ戦ノ件ノ詫ビヲ言イタクテナ」


「それはひょっとして、前に劉備軍が攻め込んで来た時の事か?」


「知ッテイタノカ……」


「まあな。その辺の事は姉さんから聞かせてもらったからな」


「ナラバ話ガ早イ。主ヨ、アノ時ハ勝手ナ真似ヲシテスマナカッタ。ソノ結果、主ノ命マデ危険ニ晒シテシマッタ」


「もういい。過ぎた事だ。オレは気にしていない」


「ソウカ」


「で? わざわざそれを言うためにオレをこんな場所まで連れて来たのか?」


「……イヤ、他ニモ理由ハアル」


「何だよ?」


「…………」



叢雲はそこで不意に口を噤み、黙り込んでしまったので会話が途切れてしまう。

零治は目の前に立つ人影らしきもの、叢雲を正面から見据えながらその様子を窺う。

といっても、目の前に居る叢雲は人の形をしてはいるが、黒い靄のような物の塊にすぎない。

そのせいで表情が分からない、と言うか顔が無いため何を考えているのかも分からないのだ。

零治は辛抱強く叢雲が口を開くのを待っていたが、いつまで経っても何も言おうとしないので、零治は口調に苛立ちを交えながら叢雲に呼びかけた。



「おい。黙ってちゃ分からないだろ。お前はオレに何を言いたいんだよ」


「ウム。主ヨ、悪イ事ハ言ワン。アレトハ手ヲ切レ」


「……アレって何の事だよ?」


「ソノ左腕ニ寄生シテイル忌ムベキ存在トダ……」


「BDの事か。それは一体どういう意味だ」


「文字通リノ意味ダ。ソノ魔導書ノ力ハ危険スギル……」


「……それは無理な相談だな。それをやったらオレは死んじまうんだぜ」


「アレハ奴ガ抜カシタ嘘ダゾ」


「何っ!?」



叢雲から告げられた衝撃の新事実。

自分が死んだ事が嘘。いや、正確に言えば死んだ事は事実なのだが、具体的に言えばBDとの融合を解くと死ぬという事が嘘になるのだ。

一体どういうつもりでそんな嘘をついたのか。零治の頭の中にはただその事だけが浮かび上がり、思考が上手く働いてくれなかった。



「何で奴はそんな事を……」


「気ニナルノナラ本人ニ直接確カメルノダナ。……血ノ魔導書。貴様モコノ世界ニハ連レテキテイル。隠レテイナイデ出テ来イ」


「……このクソが。余計な事を言いやがって」



叢雲に対して毒づきながらBDは観念したように零治の横に姿を現す。

見ればそこの居るBDは零治と全く同じ姿をしているが、違う点もあった。

と言ってもそれはほんのわずかな差。眼の色が魔導書の力を発動した時の色であるだけで、それ以外、服装、姿形は完全に零治と全く同じである。

零治は自分の横に立つBDに訝しげな視線を向けながら叢雲の言葉の真偽を問いただした。



「おい。BD……叢雲がいま言った言葉、事実なのか……」


「…………」


「質問に答えろ。場合によっては……オレは左腕をもう一度切断するぞ。今度は自分の意志でな……」


「分かった分かった。答えてやるからそれだけはやめろよな。……なぁに。別に深い意味は無いさ」


「どういう事だ……」


「見限られたくなかったのさ。ようやく外の世界に出られて、こうして新しい使い手にも出会えた。なのにこの前の戦いであのざまだろ? 自分で最強と謳っていながら主を死なせてしまったんだ。それで役立たずと切り捨てられたくないから、ついつい嘘をついちまってな」


「……本当にそれだけか」


「本当さ。また薄暗い本棚に押し込められて封印されるのは真っ平だからな。俺様はまだまだこの外の世界を堪能したいんだからよ」


「…………」


「信じてくれよ相棒。嘘をついた事は謝るからよ。それにほら、お前の身体は死んだ訳じゃないから、ゾンビみたいな存在になった訳でもないから悪い事ばかりじゃないだろ?」


「まあな。……一つ確認したいが……ならオレが不死身の身体になったって話は……」


「あぁ、それは本当だ。またあんな事になっても、俺様の力でいくらでも復活は可能さ」


「…………」



零治はBDの表情を窺いながらその真偽を読み取るが、目の前に立つBDは自分と全く同じ姿形をしているため、本当の事を言っているのか、あるいは嘘をついているのか判断に苦しんだ。

信頼とは得るのは非常に時間がかかるが、失うのは一瞬だ。そのため零治は今のBDを信用していいのかと疑問を抱くが、今こうして生きているのは間違いなくBDのおかげなのだ。

なので零治は助けてくれた恩に免じてひとまず信用してやる事にした。



「いいだろう。お前には実際、命を助けてもらっている。今回は特別に眼を瞑ってやるよ」


「おっ。流石は相棒。話せるねぇ」


「ただし……またやったら今度は本当に腕を斬り落とすからな」


「分かってるさ。……しかし叢雲よぉ。テメェ久しぶりに顔を見せたと思ったら、随分と勝手な事してくれたじゃねぇか」


「我ハ事実ヲ言ッタダケニスギン……」


「ケッ! えらく反抗的じゃねぇか。生みの親に対してよぉ」


「貴様ヲ親ナドト思ッタ事ハ一度タリトモ無イナシ、何ヨリ我ハ貴様ガ嫌イナノデナ……」


(BDが叢雲の生みの親? コイツらどういう関係なんだ?)


「主ヨ。今カラデモ遅クハナイ。考エ直セ。コイツハドンナ理由ニセヨ、主ヲ騙シテイタノダゾ」


「……お前の言いたい事は理解できる。だがそれは出来ないな。オレはこの世界で生き延びるために、何よりあの男を……黒狼を倒すために手段を選ぶつもりはない」


「ソウカ。主ガソウ決メタノナラ我ハコレ以上ハ何モ言ワヌ。我モアノ男ヲ……魔王剣ディスキャリバーノ使イ手ヲ倒シタイ気持チハ同ジダカラナ」


「魔王剣っ!? おい叢雲! いま魔王剣っつったな! あの神器もこの世界に来ているのかっ!?」



一体どうしたというのか、今までの態度とは打って変わり、BDは叢雲が何気なく口にした黒狼が使用している神器、魔王剣の名に過剰なまでに反応し、大声を出した。

零治はBDに怪訝な表情を向けてどうしたのだと眼で語りかけるが、BDは目の前に立つ叢雲に視線が釘付けとなっているので零治の疑問には答えてくれなかった。



「…………」


「答えろ、叢雲。アレもこの世界に来ているんだな……」


「アア」


「……そうか。あの紛い物めが。まだこの世に存在していやがったとはな」


「おい。さっきからどうしたんだ? BD、魔王剣がそんなに気になるのかよ」


「いずれ話してやるさ。今は気にするな。これは俺様の問題だからな……」


「あぁ、そうかい」



今のBDの表情を見て零治は何となくだが、魔王剣に過剰なまでに反応している理由にある程度の予想はついた。

自分の姿を真似ているとはいえ、その表情はとても険しい物だ。この姿を見れば何かしらの深い因縁があるのは容易に想像がつく。

それと同時に零治はこうも思った。昔の自分もきっとこんな顔をしていたのだろうな、と。



「主ヨ。コノ世界ノ維持モソロソロ限界ダ。モウ眠リカラ目覚メタ方ガ良イカモナ」


「そうか」


「コノヨウナ形トハイエ、会エテ嬉シカッタゾ。マタ機会ガアレバ語リ合オウデハナイカ」


「フッ。気が向いたらな」


「血ノ魔導書。我ノ主ニオカシナ真似ヲシタラ、タダデハ済マサヌゾ」


「へっ! やれるもんならやってみなってんだ」


「デハナ、主。アマリ無理ヲセヌヨウニナ」



叢雲のその言葉と同時に、零治の意識は次第に遠のいていき、夢の世界とも解釈できる宇宙にも似たこの奇妙な空間でゆっくりと倒れ込み、再び深い眠りへとついた。


………


……



「……うぅ……う~ん……」



夢から覚めた零治は情けない呻き声を出しながら右手で頭を押さえ、気怠そうにベッドからムクリと上体を起こし、何気なく自室の窓に視線を向ける。

部屋は明かりが灯されているおかげで明るいが、窓の外は真っ暗である。つまり、零治はあれからずっと眠り、時刻は既に夜になっている訳だ。



「何だよ。オレあの後ずっと寝たままだったのかよ。……ん? じゃあ何で部屋の明かりが点いてるんだ?」


「やっと起きたのね」



部屋から聞き覚えのある声がしたので、そちらに視線を向けてみればそこには普段零治が書類仕事をしている机とセットになっている椅子に腰かけた華琳の姿があったのだ。

この時、掛布団で左手が隠れているのは不幸中の幸いと言えるだろう。



「……華琳。まさかずっと居たのか」


「ええ。貴方の監視も兼ねてここで仕事をさせてもらってたわ。まあ、監視は不要だったみたいだけど。なかなか可愛い寝顔をしていたわよ」


「監視って……今のオレはそこまで信用ないのかよ」


「ええ。無いわよ」



笑顔で華琳はキッパリと言い放った。

定軍山の件で嘘をついたのは紛れもない事実だが、だからといって笑顔で返すとは。

その姿を眼にした零治はワザとらしく頭をガックリと落とした。



「笑顔で言うセリフとは思えんな……」


「ふふ。冗談よ」


「冗談には聞こえんかったぞ。……あぁ~。頭が痛ぇ……」


「まだ具合が悪いの?」


「いや……ちょっと変な夢を見ただけだ。内容までは憶えてないがな」



もちろんこれは嘘だ。今の零治には先程の叢雲とのやり取りの記憶はしっかりと残っている。

だがこんな話、華琳に出来る訳もないし、変に夢の内容を追及されるても困る。

だから零治はこうして嘘でその場を誤魔化した訳なのだ。



「あら。それは残念ね。どんな内容だったのか知りたかったのに」


「知ってどうする。アホらしい。……あぁ、そういや朝飯以外に何も食ってなかったから腹減ったぜ」


「そんな事だろうと思ったわ。これを用意しといて正解だったわね」



華琳はやれやれと言わんばかりに苦笑して肩をヒョイッと竦め、零治が仕事時に使用している机の上に置いていた脚付きの木製のお盆を手に取り、それを零治の膝元まで運んであげた。

お盆には蓋がされた小さめの土鍋とレンゲ、水の入った湯呑が用意されている。どうやらこれが夕飯になるようだが、果たして何なんだろうか。



「これは?」


「私が作ったのよ。時間が無かったから大した物じゃないけどね」


「開けてもいいか?」


「ええ」



土鍋の蓋を開けてみれば湯気が立ち上り、中を覗き込んで見えた物は卵にとじられ煮込まれた白飯。

つまりこれは卵粥という事だ。病人食としてはうってつけと言えるだろう。



「粥ですかい。オレ別に風邪を引いてる訳じゃないんだが」


「何よ。不満なら食べなくてもいいのよ……」


「いやいや。我らが君主様が作ってくれたんだから食べますとも」



ブスッとした表情で華琳はソッポを向いてしまうので、零治はワザとらしいセリフで機嫌を取りながらレンゲに手を伸ばしたが手に取る事は出来なかった。

零治が手に取るよりも早く、華琳が素早く手を伸ばしてレンゲを奪い取ったからだ。



「あの、華琳さん? 粥は熱いから素手では食べれないんですが……」


「……私が食べさせてあげるわ」


「はっ?」


「はい。あ~ん」


「…………」



華琳は卵粥の表面をレンゲで軽くすくい取り、そしてご丁寧にフーフーと息まで吹きかけて粥の熱を冷まし、頬を赤くしながら零治の口元まで差し出してきたのだ。

これは俗に言う、女の子にあ~んしてもらうシチュエーション。世の男性なら一度はしてもらいたいと思うであろう憧れのシチュエーションの一つだ。

しかし零治はそんな憧れなど抱いてやしない。華琳の行動が理解できず、口を閉ざしたまま華琳とレンゲに収まっている粥を交互に見る事しか出来なかった。



「早く口を開けなさいよ」


「いや……自分で食えますし、流石にこれは恥ずかしい気が……」


「ここには私以外に誰も居ないでしょう。はい。あ~ん」


「……あ~ん」



華琳はあくまでも食べさせるという姿勢を崩そうとしないので、零治は観念したように口を軽く開く。

ようやく零治が口を開けてくれたので、華琳はここぞとばかりにレンゲを口に入れ、零治が口を閉じたのでそのままレンゲをゆっくりと引き抜き、零治は口の中に残された卵粥を租借する。



「……美味しい?」


「うん。旨いですよ……」



と、零治は華琳の質問に棒読みの口調で答えるが、この状況のせいで粥の味など全く分かりやしない。

その様子に華琳は一瞬怪訝な表情を見せたがそれはすぐに消え、上機嫌な様子でもう一度粥をレンゲですくい取り、フーフーと息を吹きかけて熱を冷まし、またもや零治の口元まで差し出してきたのだ。どうやら一回で終わりという訳ではなさそうである。



「あの……またですか?」


「当然よ。はい。あ~ん」


「因みに自分で食うという選択肢は……?」


「だ~め♪」


「とほほほ……」



どうやら最後まで華琳に付き合うしか選択肢は無いようで、零治は情けない声を出しながら項垂れるも、華琳は厚意でしてくれているのだと自分に言い聞かせ、最後まで付き合ってあげて華琳お手製の卵粥を完食するのだった。

零治「おっ。最新話が来たって事は、修正作業は終わったんだな?」


作者「ゴメン。まだ最初の数話しか出来てない」


亜弥「はっ? なら何で新しい話の投稿をしたんです」


作者「まあ……修正の内容がなかなか思いつかないのもあるが、あんまり読者様を待たせるのも悪い気がしてさ」


恭佳「別に大丈夫なんじゃないの? 過去の話の後書きで伝えてるんだし」


作者「いやそうなんだけど、やっぱストーリーの進展を待ってくれてる読者様を考えるとどうしても気にしちゃうんだわ……」


奈々瑠「だから最新話の投稿を優先した訳ですか?」


作者「まあね。修正内容が浮かばないから、最新話を書き始めたらそっちに力が入っちゃって」


臥々瑠「あっ。これいつものパターンだね」


樺憐「そう言ってる割には、この話の投稿も随分と間が開いてますわねぇ?」


作者「この話も途中で詰まってなかなか手が動いてくれなくてな。ようやく完成したんだわ」


零治「で、修正作業もそんな調子だと」


作者「そっ」


亜弥「なら知り合いにでも相談とかすればいいじゃないですか」


恭佳「だねぇ。もしかしたら意外な発見とかあるかもよ?」


作者「それは確かにありだけど……何かそういう考えは実行に抵抗があるのよねぇ」


奈々瑠「何でそこで抵抗があるんですか……」


臥々瑠「ね~。別にプロって訳でもないのにさ」


樺憐「この方は妙なとこで頑固ですものねぇ」

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