表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/110

第61話 定軍山の大虐殺

この回の話は書いてて楽しかったですね。

人を殺す描写が多々ある回は自然と指が動いてくれる。

私って実は危ない奴なのかも……。

「れ、零治……そんな……っ!」



亜弥は狙撃用に陣取ってた枝の上から星との闘いを監視し、最悪の結末を前にして手に持っている双龍をだらりと下げて力無く呟いた。

当然この光景は恭佳達の眼にもはっきりと捉えられていた。



「あの野郎……不意打ちなんて汚ねぇ手使いやがってぇ!!」


『すみません、恭佳。これは私の責任だ。もっと厳重に監視していればこんな事には……っ!』


『いいや。アンタ一人のせいじゃない。劉備軍を少しでも信用していたアタシら全員の責任だ……』


『恭佳……』


『亜弥。アタシは行くよ。零治の無念、アタシが代わりに晴らすっ!!』


『ええ。今回ばかりは私も止めません。私も……連中に思い知らせてあげますよっ!』



普段は温厚な亜弥だが、今回ばかりは彼女も激しい怒りを募らせており、双龍に矢を番えて劉備軍に鋭い視線を向け、いつでも射撃できるように体勢を整える。

恭佳もソウルイーターを肩に担いでその場からゆっくりと立ち上がり、哀しみに打ちひしがれて涙を流している奈々瑠と臥々瑠に声をかけた。



「奈々瑠、臥々瑠。立ちなさい……」


「うっ……うぅ……っ! 恭佳さん。兄さんは……っ!」


「ひっく……っ! アイツら……アイツらが兄さんを……っ!」


「だからこそ立つのよ。アタシはこのままで終わらせるつもりはない。連中に報いを受けさせる。零治を殺した報いをねぇっ!」


「恭佳……さん。……そうですね。このままでは終わらせません! アイツらには……地獄を見てもらうっ!!」


「……アイツら絶対に許さない! 兄さんを殺したっ! アタシ達から兄さんを奪ったんだ!」



奈々瑠と臥々瑠は内に抱える怒りを力にして立ち上がり、劉備軍への復讐を誓う。

二人にとって零治は最愛の存在だったのだ。生物兵器である自分達をちゃんと人として扱い、家族のように接してくれていた。

戦争なのだから仕方ない事だと言ってしまえばそれまでだが、彼女達にそんな事は関係ない。

どんな理由にせよ、自分達から家族を奪った事に違いはないのだ。ならば、今やるべき事はただ一つ、零治の弔い合戦。ただそれだけである。



「樺憐。アンタも当然来るよね……」


「恭佳さん。申し訳ありません。あの方の力になると言っていながら、このような事に……っ!」



樺憐は己の役目を果たせなかった事に対する罪悪感から、恭佳に向かって土下座をしながら頭を下げ、涙がらに詫びの言葉を述べていた。

恩を返すと言っておきながらこの体たらく。樺憐は無念でならなかった。

恭佳は樺憐の前でしゃがみ込み、そっと肩に手を乗せて樺憐の気持ちをくみ取るように優しく声をかけた。



「樺憐。悔しいかい? アタシは悔しいよ。零治の事を守ると誓っていながら守る事が出来なかった。姉として失格だよ……」


「恭佳さん……」


「だからこそアタシは行くんだ。行って奴らを……劉備軍を全員、アタシらの手でブッ殺してやるんだよっ!!」


「恭佳さん。……ええっ! その通りですわ!」



樺憐も戦う決意を固め、力強くその場から立ち上がり、両手の手甲をガツンと打ち付ける。

今の自分がやるべき事は零治の死を嘆く事ではない。不意打ちという卑劣な手段を用いてきた劉備軍に報いを受けさせ、零治の無念を晴らす事なのだ。

今ここに全員の意志が一つとなった。劉備軍への復讐という決意を固めて。



「零治さんへの恩返し、これが最初で最後になってしまうのは悔しくてなりませんが、わたくしも皆さんと同じ気持ちです。あの方の無念……必ず晴らしてみせますっ!!」


「よしっ! ……行く前に、アンタらに言っておく事がある」



恭佳は全員を見回し、神妙な面持ちで口を開いた。

ここにきて今更なにを言うというのか。樺憐達は互いに顔を見合わせて首を傾げながら疑問に思いながらも、恭佳の方を見据え、彼女が口を開くのを待った。



「……零治だけど……まだ生きてはいる。でも……感じる魔力がとても弱いの。だから死ぬのも時間の問題……」



恭佳はポツリポツリと内に抱える哀しみを堪えながら声を出すが、それでも心は正直な物だ。

恭佳の眼からは大粒の涙が溢れ出ており、身体を小刻みに震わせていた。

今この中で一番哀しいのは間違いなく恭佳だ。恭佳と零治は血の繋がった姉弟であり、彼女にとって零治は残されたたった一人の肉親なのだ。そして目の前で殺されるのを黙って見ている事しか出来なかった。

だからこそ恭佳は零治が死ぬ前に、まだ生きている内にやっておきたい事があるのだ。



「だから最後に……戦う前に……アイツの最期を看取ってあげたいの。零治の事を笑って見送ってあげたいの。アイツが……安心して眠れるように……っ!」


「恭佳さん。……ええ。分かっていますわ」


「はい。私も兄さんの事、笑って見送りたいです。それに……今更無意味かもしれませんけど、この想い……あの人に伝えます」


「アタシも哀しいけど、兄さんに心配はかけたくないよ。だから……笑って見送るよ」


「ありがとう。……よし! なら行くよ!」



その言葉を合図に樺憐達は力強く頷いた。

奈々瑠と臥々瑠は少しでも早く零治の所に駆けつけたいという想いから、身体から黒い靄を発生させて狼へと変身し、その場で哀しげに遠吠えをした。



「うおぉぉぉぉん」


「あおぉぉぉぉん」


「ちょっとアンタら。なにさり気なく狼に変身しているのよ。こっちは脚が二本なのよ。これじゃアタシだけ遅れちゃうじゃん」


「あら。でしたら恭佳さんはわたくしが運んでさしあげますわ」


「はっ? 運ぶってどうやって? ……まさか抱っこするとか言わないだろうねぇ?」


「いやですわ。違いますわよ。見ていてください」



樺憐は恭佳の疑問に対して口元に手を当てながら含み笑いを漏らし、それからすぐに表情を引き締め、全神経を集中させた。

すると、奈々瑠達と同様に全身から黒い靄が溢れ出て樺憐の姿は靄に包まれて見えなくなってしまった。

しばらくして、樺憐を覆っていた靄は風に吹かれたように吹き飛ばされ、その中からは奈々瑠達のサイズを遥かに上回る、馬と同等のサイズをした漆黒の毛並みの巨大な狼が姿を見せたのだ。



「どわあぁぁぁっ!? か、樺憐っ!? な、なんなのその姿は!?」


「何と申されましても……狼以外の何に見えるのですか?」


「いやいやいやいや! どう考えても大きすぎじゃないの! 狼って普通は犬と同じぐらいの大きさじゃん! アンタのその姿、どう見ても馬ぐらいはあるわよっ!」


「まあ確かにちょっと大きいですが……狼に間違いはありませんわよ?」


「……いや、どっちかと言うとフェンリルじゃないの?」



フェンリルとは北欧神話に出てくる、この世の終わりに出現し、世界を火の海にすると言われた狼の姿をした化物の名前である。

神話に出てくる生き物なので実際にどれ程の大きさだったかは不明だが、口を開けば上顎は天にも届くと言われるほど巨大だったそうなので、確かに今の樺憐はフェンリルと呼称するのに相応しい姿をしていると言えるだろう。



「あら。どうしてわたくしのあだ名をご存じですの?」


「えっ? あだ名?」


「はい。わたくし、叡智の城ヴァイスハイトの研究員達から様々なあだ名をつけられていまして。フェンリルもその一つなのですよ」


「そ、そうなんだ。ってか、アンタ他にもあだ名があるの?」


「まあ、色々と」


「…………」


「それよりも恭佳さん。早くわたくしの背に乗ってください。零治さんの最期を看取らなければならないのでしょう?」


「あっ、あぁ。そうだったね。んじゃ、ちょっと失礼するよ」



恭佳は軽やかに跳躍して樺憐の背に跨り、ソウルイーターを肩に担いだ。

狼の姿をした樺憐の身体は見た目以上にフカフカしており、座り心地は抜群だった。



「おおっ! アンタの背中、見た目以上にフカフカだねぇ。最高の座り心地だよ」


「気に入っていただけて光栄ですわ。……恭佳さん。飛ばしますのでしっかりと掴まっていてくださいね」


「あいよ」


「奈々瑠、臥々瑠。先頭はわたくしが」


「はい。お願いします、母さん」


「うん。任せるよ」


「では……行きますわよっ!」



樺憐は恭佳を背に乗せたまま地面を蹴って一気にダッシュし、零治の居る所を目指して定軍山内の森林を駆け抜けていき、奈々瑠と臥々瑠もその後に続いて行った。零治の最期をみんなで看取るために……。


………


……



「ん? ……っ! 黄忠様。何かがこちらに近づいてきますっ!」


「なんですってっ!?」



劉備軍の一人がこちらに近づいてくる三つの影を確認し、その方角を指差しながら鋭く叫んだ。

その一言で劉備軍内には緊張が走り、全員が手に持っている剣や槍、弓を構えていつでも迎え撃てるように迎撃体勢に移行した。

そんな中、金狼はゲイボルクを肩に担いだまま三つの影を見つめながら小さく呟いた。



「……来たか」



金狼はチラリと黄忠に視線を向ける。彼女は周りの兵達や翠、蒲公英に矢継ぎ早に指示を飛ばし、陣形を整えさせ、自身も弓を片手に近づいてくる影に警戒の眼差しを向けていた。

黄忠が一通り指示を出し終えた事を確認した金狼はゆっくりとした足取りで彼女の隣まで足を進め、影が見える方向に視線を向けながら口を開いた。



「黄忠。来たよ。君らに死をもたらす死神達がね……」


「…………」


「今の内にお祈りでもしておいたらどうだい?」


「何の? この戦の勝利への?」


「何を寝惚けた事を言ってるのさ。決まっているだろ? ……苦しまず、楽にあの世に逝けるようにさ」


「金狼。貴方はわたくし達がこの戦で負けると本気で思っているの?」


「思っているんじゃない。確信しているのさ。まあ、すぐに分かるさ。僕の言っていた事がね……」


「…………」



金狼と話をしている間も三つの影はどんどん近づいて来て、やがてそれの姿が確認できた。

茶色の毛並みと黒の毛並みをした二頭の狼、そしてその間には一際大きい巨体をした漆黒の毛並みをした大型の狼、そしてその狼に跨ってソウルイーターを肩に担いだ恭佳が姿を現したのだ。

中央に立つ巨大な狼を前にして劉備軍の兵士達は持っている武器を落としそうになったり、恐怖のあまり腰を抜かす者が続出。星、黄忠、翠、蒲公英の四人も突然現れた巨大な狼の姿に唖然とし、言葉を失っていた。

恭佳達は内に抱える怒りを押さえつけ、黄忠達を無視して零治の所まで歩み寄っていく。



「はぁ……はぁっ! ぐぅっ! がっ……か……っ!」


「零治……」



恭佳は目の前で痛みに苦しんでいる零治の姿に胸を締め付けられそうな衝動に駆られるも、何とかそれに耐えて樺憐の背から降り、足を進めていき、そばにしゃがみ込んでいる星にソウルイーターを突き付けながら声をかけた。



「おい。アンタ、趙雲だっけ? 悪いけど弟に大事な話があるんだ。アンタは向こうに行ってろ……」


「弟? 貴方は……零治殿の姉なのか?」



恭佳は星の言葉を聞くなり鬼のような形相でソウルイーターを振りおろし、星の首筋の直前で刃を止め、怒りで身体を震わせながら低い声でもう一度声をかけた。



「おい。一度しか言わないからよーく聞くんだ。アタシは今もの凄く機嫌が悪いんだ。もう一度アタシの弟の名前を気安く呼びやがったら……お前から殺すぞ……」


「…………」


「分かったら言われた通りにしろ……」


「承知しました……」



星は重々しく頷き、穂先を砕かれた龍牙を拾い上げて足早にその場を離れ、黄忠達と合流する。

黄忠達は恭佳達の動向に警戒の眼差しを向けるだけに留まり、攻撃を仕掛けて来ようとはしない。

その事に恭佳は少しだけ安堵するが、油断はしない。劉備軍の兵が零治にした事を考えれば当然の事。

もしもまた同じ事をしてきたら、恭佳は即座に行動に移すつもりでいるのだから。

恭佳は劉備軍に意識を傾けつつ零治の前でゆっくりとしゃがみ込み、樺憐達も姿を元に戻し、恭佳に習って同じようにしゃがみ込んで零治の顔を覗き込んだ。



「お、お前ら……よく……来てくれた……な。はぁ……ぐぅ……っ!」


「兄さん。大丈夫……じゃないよね。……ひっく。アタシ……アタシ……っ!」


「臥々瑠。ゴメンなぁ。オレ……ここまで……みたいだ……」


「アタシこそごめん。最後くらい、兄さんを安心させようと……ひっくっ! 思って……笑って……みおぐる……はずだっだのに……うぅっ! 全然……笑えないよぉ……っ!」



いざ事態に直面してみれば、早くも臥々瑠は泣き出してしまい、嗚咽交じりの声で喋り、所々はちゃんと喋る事さえ出来ていない。臥々瑠はそれだけ哀しいのだ。

零治は臥々瑠の気持ちを理解しつつ、力を振り絞って頭に左手を伸ばし、優しく撫で回した。



「いいんだ。無理……するな。泣きたきゃ……泣けば……いい。ぐっ……がはぁっ!」



一言喋るたびに零治の喉には激しい痛みが走り、口からは多量の血が溢れ出てくる。

だがそれでも零治は喋る事をやめない。命の灯火が消える前に、恭佳達に最期の言葉を残さねばならないのだ。零治は次に奈々瑠に視線を移した。



「奈々……瑠……」


「兄さん……私……私……っ!」


「悪いなぁ。オレ……またお前を……泣かせちまったなぁ。本当にオレって……ぐっ! 最低の兄……だな……」


「あの時の事を言ってるんですか? 私、もう気にしてませよ。……兄さん、私……」



奈々瑠は零治の顔を正面から見据えながら口を開くが、躊躇いが生じてしまい言葉に詰まってしまう。

その間も零治は苦しそうに激しく息を繰り返し、口からは血が容赦なく溢れ出ていた。

奈々瑠はその姿を眼にし、頭を激しく左右に振って躊躇いを振り払い自分に言い聞かせた。

無意味だと分かっていても言わねばならないのだ。この想いを。いま伝えねば、一生後悔する事になるだろうからと。



「兄さん。私、貴方に伝えなきゃいけない事があるんです。聞いてくれますか?」


「はぁ……はぁ……っ! な、何だ? い……言って……みろよ……」


「兄さん。私……私……貴方の事が……ずっと……ずっと好きだったんですっ! 一人の……男性として……っ!」


「っ!? はぁ……がぁっ! 奈々瑠……お前……」



奈々瑠からの告白を受け、零治は衝撃を受けた。そしてその時、随分前に亜弥に言われた事を思い出したのだ。奈々瑠が見せた異変は心の病。そして想い人という言葉を。



「あぁ……亜弥が……言ってた……事は……こういう事……だったのか……」


「兄さん……」


「すまないな、奈々瑠。お前の想いには……応えれそうにない。オレは……もう……」


「それ以上は言わないでください! 余計に哀しくなります……っ!」


「あぁ……悪いな。空気……読めなくて……」


「兄さん……んぅ……」



奈々瑠は涙を流しながら優しく零治に囁きかけ、そっと顔を近づけて零治と口づけを交わした。

零治の口は血で染めあがっているため、奈々瑠の口の中には鉄の味が広がっていく。

ひとしきり零治との口づけを堪能した後、奈々瑠はゆっくりと顔を離して右手の指を自分の唇に当てて愛おしげに撫でた。



「私の……ファーストキスですよ。兄さん……」


「最低のキスじゃ……ないのか。血の味しか……しなかった……だろ……?」


「そんな事……ありません……っ! 私にとっては最高の……キスです……っ! うぅ……っ!」


「そうか……そりゃよかった……ぐぅ! がはぁっ! ……はぁ、はぁ。か、樺憐……」


「はい」


「お前に……最初で……最後の命令を……下す事になる。頼める……か?」


「何なりと」


「これから姉さん達の力に……なってやってくれ。そして……姉さん達と一緒に……奴らを……っ! あぁっぐぅ……っ!」



まだ続きがあるのに痛みが喋る事を邪魔して零治の言葉を遮るが、樺憐には充分に伝わったようで、樺憐は零治の胸にそっと右手を乗せ、首を縦に振った。



「零治さん。もう充分です。貴方様の言いたい事、わたくしにはちゃんと伝わりましたわ」


「そ……そう……か。なら……頼むぞ……」


「イエス……マスター……っ!」


「はぁ……はぁ……。姉さん……」


「零治。アタシの前に、亜弥にも最期の言葉、伝えておきなよ……」


「そう……だな……」



零治は亜弥がこの場に居ない事にようやく気付き、最後の魔力を振り絞って亜弥への念話を行う。

回線はすぐに繋がり、亜弥の頭の中には零治の力無い声が響いた。



『亜弥……』


『零治……』


『悪いな。オレ……ヘマ……しちまった。ははっ。やっぱあの時……お前の言う通りにしとく……べきだったのかもな……』


『今更なにを。……私こそすみません。私がついていながら、貴方を護る事が出来なかった……っ!』


『気にするな。どうせ……いつかは……こうなると決まって……いたんだ。今がその時ってだけ……さ』


『例えそうだとしても、これはあまりにも酷すぎる……っ!』


『もういいんだ。自分を責めるな。……亜弥。オレが言いたい事……分かる……よな?』


『分かってます。劉備軍は例外無く皆殺しにしますよ。星も含めてね……』


『ならいい。切るぞ……』


『はい……』



亜弥も何を伝えたいのかを理解していたようで、零治は安堵の笑みを浮かべて通信を切り、最後に恭佳に視線を向けて口を開いた。



「姉さん。ゴメン。オレ……姉さんを哀しませる事……しちまった……っ!」


「いいんだよ。アタシは気にしてないから。アタシこそゴメンよ。アンタの事……守れなかった……っ!」


「姉さん。今はまだ……泣く時じゃない。姉さんには……やってもらう事が……あるんだ。はぁ……はぁ……っ!」



もはや零治も限界が近いようだ。だがそれでも残された最後の力を振り絞って恭佳に左手を伸ばし、恭佳は零治の左手を両手で優しく握りしめ、両眼から大粒の涙を零しながら穏やかな笑みを浮かべて口を開く。



「何だい? 言ってごらん」


「奴らを……劉備軍を……生かして……返すなっ! 誰一人残さず……全員……皆殺しに……して……くれ……っ!」


「……ああっ! お姉ちゃんに任せておきなよっ!」


「頼ん……だよ。姉……さ……ん……」



零治は恭佳達に全てを伝えた。その使命感から解放されたように零治は穏やかな笑みを浮かべながらゆっくりと眼を閉じ、左手は恭佳の手の中から滑り落ち、力無く地面の上に横たわった。零治は……逝ってしまったのだ。



「零治……っ!」


「零治さん……っ!」


「兄……さん。……あぁ……うわああああああっ!!」


「兄さん! 兄さん! わあああああああ!!」



零治の死に直面し、恭佳と樺憐は俯きながら哀しみを堪えるように身体を震わせて涙を流し、奈々瑠と臥々瑠は零治の亡骸に抱き付いて大声で泣き喚き、遠くで零治の姿を見ていた亜弥も静かに泣いていた。

劉備軍内で事の成り行きを見守っていた星は零治の死を前にして、地面の上に力無く崩れ落ち、両手で地面に爪を立て、下唇を力強く噛んでいた。



「零治殿……っ! くっ! 私は……っ!」


「…………」


「どうだい黄忠? これが僕が言っていた矛盾の答えさ……」


「金狼……」


「君にだって幼い娘が居るよね? つまりはこういう事さ。目の前で最愛の人を殺されたら誰だってああやって哀しみに打ちひしがれる。そして一生笑う事など出来なくなるのさ。君だって愛娘が目の前で殺されたそうなるだろ……?」


「そ、それは……」


「そして、ああなった連中が次に取る行動も当然わかるよねぇ? 目の前で大切な人を、家族を奪われて、奪った奴が目の前に居て黙っていられるわけないよねぇ……?」


「わ、わたくしは……そんな事……っ!」


「しないとでも言う気かい? ハハハ! 無理無理。こういう状況に直面した人間に理性なんか全く働かないんだ。あるのは復讐心、ただそれだけさ……」


「…………」



金狼の言葉は黄忠の胸に深々と突き刺さり、金狼の言いたい事はすぐに理解できた。

黄忠には幼い娘が一人いる。夫には先立たれてしまい、以来女手一つで育てている大切な存在だ。

もしもその愛娘が、理不尽な暴力により目の前で殺されたら当然黙っている事など出来るはずがない。

だが金狼が言いたいのはこれだけではないのだ。今の黄忠に追い打ちをかけるように金狼は口の端を吊り上げながら耳元で囁きかけた。



「そして一番の問題点はね……劉備が『全ての人が笑える国』を作ると抜かしていながら、ああやって死んでいった他国の者達、その周りに居る取り残された者達を含めていない点だ」


「っ!? 桃香様がそのような事をするはず……っ!」


「本人にそのつもりはなくてもしているんだよ、あの女は。そして関羽や張飛、諸葛亮などといった周りの連中も問題だらけだ。賢しい諸葛亮がこの事に気付かないはずがない。なのにそれを教えようとせず、劉備の理想の実現に躍起になってる……」


「…………」


「結局あの女は全ての人を笑わせると言っておきながら、自国の人しか笑わせていないのさ。ひょっとして劉備は、自分の理想に共感しない者以外は受け入れないつもりなのかな? 全てと言っておきながらこうして人々を振るいにかけているのかもね。自らの理想郷に受け入れるのに相応しい人物だけを残すために……」


「…………」


「こんな事を繰り返していれば、劉備と北郷は他国の人々から恨みを買い、最終的には殺されるだけだね。そして君らもそうなる。この定軍山で身を以って知る事になる……」


「…………」



金狼の言葉を前にして、黄忠は何も言えなくなり、ただ呆然と立ち尽くして零治の亡骸の前で哀しみに打ちひしがれている恭佳達を見ている事しか出来なかった。

確かに金狼の言っている事は理解できるし、自分も今日この日まで戦い続け、多くの人々の命を奪ってきた。だがそれは劉備の理想の実現のためであり、決してやましい気持ちがあっての行動ではないのだ。

黄忠はその事を踏まえて反論しようと口を開きかけたが、それを見透かした金狼が更なる追い打ちをかけてきた。



「言っておくが、『戦争だから仕方のない事』、なんて言い訳は通用しないよ。それが通じるのは……戦争に直接関わり、ちゃんと割り切っている人間だけだ。一般の人間は君らが思っているほど単純じゃないんだよ……」


「っ!?」


「まっ、僕の言いたい事が理解できたのなら、今の内にどうするべきかを決めるんだね。今ならまだ……逃げる事も出来るかもしれないよ?」


「…………」



金狼の提案に黄忠は思考を巡らせる。星との一騎打ち前、零治は言っていた。他の奴らも自分と同じぐらい強い、シ水関の再現も可能だと。

それを考えれば、いつまでもここに留まるのは得策ではないだろう。もちろん敵に背を向ければ、当然追撃が来るだろう。だが、今の戦力で正面とぶつかっても待っているのは全滅だけだ。

ならば取るべき行動は、被害を少しでも抑える事。黄忠は撤退する決心を固め、兵達に指示を出そうとしたその時だった。

撤退の算段をぶち壊しにしてしまう事を、一部の兵士達がしてしまったのだ。



「おい。もしかして……音無の奴、完全に死んだのか?」


「だろうな。……やったぞ。俺達、仲間の仇を討ったんだな!」


「ああ! 俺達の勝利だ! 劉備様の天下も夢じゃないんだっ!」


「あっ。……黄忠。何で部下に黙るように指示を出していなかったのさ」


「えっ? 彼らがどうかしたの?」


「どうかしたのじゃないよ。アイツら、影狼の仲間達の顔を見てみなよ」


「ん? ……っ!?」



金狼が顎をしゃくって前を見ろと促すので、黄忠は零治の亡骸を取り囲んでいる恭佳達に視線を向け、背筋に悪寒が走った。

零治の死を喜んでいる兵達の言葉に恭佳達は過敏に反応し、激しい憎悪を募らせながらこちらを睨み付けていたのだ。



「あ~あ。そこのバカな連中のせいで、逃げる事も不可能になったね。奴らの怒りの炎に油を……いや、爆薬を放り込んでしまったからね……」


「…………」


「さあ、黄忠。覚悟はいいかい? 始まるよ。地獄の殺戮劇がね……」



金狼のその一言を合図に、恭佳達はゆっくりと立ち上がり、劉備軍の兵士達、ただその一点を見つめていた。

恭佳はソウルイーターを肩に担いで一歩、また一歩と前に進み出て零治の死を喜ぶ兵達に声をかけた。



「おい。そこのクソ野郎ども。アタシの弟が死んだ事がそんなに嬉しいのか。ああっ!!」


「「「っ!?」」」



恭佳の怒声に三人の兵達はビクリと肩を震わせ、瞬時に黙り込み、青ざめた表情で恭佳の姿を見つめる。

恭佳は兵達に一瞥くれてやった後、チラリと黄忠に視線を向けて口を開いた。



「テメェ。この隊の指揮官、黄忠だったっけか?」


「…………」


「これがアンタらの……劉備のやり方かい。罠を仕掛け、人の不意を突いて勝利を収める。大層な理想を掲げていながら、やる事は随分と汚いじゃないか。ええ……?」


「…………」


「たった今アタシの弟は死んだ。もう帰ってこない。アタシらはもう二度と笑う事も出来ない……」


「っ!」


「貴様ら…………生きて帰れると思うなよっ!!」



恭佳はソウルイーターを握る右手の力を一層強め、それに呼応するように隠されていた鋸刃が姿を現す。

奈々瑠と臥々瑠も憎しみに満ちた眼で劉備軍を見つめ、怒りで身体を震わせながら闘気を高め、ブツブツと誰に言うのでもなく呟いていた。



「アイツらが兄さんを殺した。兄さんをアタシ達から奪った。兄さんを…………殺したぁ!!」


「アンタら……全員…………ブッ殺してやるぅぅぅぅっ!!」


「「うわああああああっ!!」」



奈々瑠と臥々瑠は天を仰ぎながら鋭い咆哮を上げ、凄まじい闘気を放ちながら辺りに突風を巻き起こした。

奈々瑠には更なる異変が加わり、激しい爆音と共に青白く発光する高圧電流を身に纏い髪の毛もそれに反応するように逆立っていた。

奈々瑠と臥々瑠は血の涙を流しながらその場から姿を消し、次の瞬間には劉備軍の兵達の前に姿を現したのだ。



「なっ!?」


「このクソ野郎! 死ねぇぇぇぇっ!!」


「ぎゃあああっ!!」



電流を纏った奈々瑠の鉄拳が一人の兵士の腹部に叩き込まれ、殴られた兵士は内臓が破裂し、高圧電流が全身に流され断末魔と共に血反吐を吐き、感電しながら人形のように遥か彼方へと吹っ飛ばされてしまった。

奈々瑠はそこから人垣の中央に突撃し、血涙を流しながら喚き散らし、一人、また一人と兵士に鉄拳を叩き込み、次から次へと殺していく。零治を殺された事に対する恨みを籠めながら。



「返せぇ! 返せぇ! 返せぇ! 兄さんを返せぇ!! うあああああああっ!!」


「ひっ! ひぃぃっ! た、助けてくれーっ!!」



辺りはたちまち阿鼻叫喚の地となり、劉備軍の兵士達は武器を投げ捨てて逃げ惑う。

だが恭佳達がそれを許すはずがない。誰一人として生かして返すつもりなど無いのだ。

奈々瑠の猛攻を目の前にして逃げ出す兵士達の前には臥々瑠が立ちはだかった。



「お前ら……逃げられと思うな! 全員ここで死ねぇぇぇぇっ!!」



臥々瑠は鬼のような形相で鋭く叫び、右手で鵜丸を抜刀すると同時に一気に振り抜き、刀身から噴き出した超高圧の水で兵士達の首を一気に刎ね飛ばし、首を斬り飛ばされ兵士達は断末魔を上げる事さえ許されず、力無く地面に崩れ落ち、切断面からは噴水のような勢いで血が吹き出し、辺りの地面を深紅に染め上げていく。



「ひ、ひいぃぃっ! こんな化物に敵うはずがないっ! 逃げろーーっ!!」


「あら。どこへ行くつもりですの? 貴方達の行先は既に決まっていましてよ……」


「うわあああっ! こ、こっちにもっ!!」



臥々瑠に行く手を遮られ、別方向へと逃げ出そうとした兵士達の前には樺憐が立ちふさがった。

樺憐は手甲を打ち鳴らし、指の骨をボキボキと鳴らしながらゆっくりと近づき、兵士達に鋭い視線の睨みを利かせた。



「貴方達下郎の行く先……それは地獄ですわ!!」



樺憐は身に纏っている手甲と具足のブースターユニットを即座に起動させ、溜め込んでいた魔力を一気に噴射して兵士達との距離を瞬時に詰め、その中の一人の顔面に向かって豪速の鉄拳を叩き込んだ。



「砕け散りなさいっ!!」



樺憐の拳をもろに受けてしまった兵士はいとも簡単に吹き飛ばされ、更に殴りつけられた頭部は衝撃に耐えきれず、まるでスイカのように粉々に粉砕され、辺りに血と肉片、砕けた脳みそを撒き散らした。

そこから更に樺憐は周囲の兵に猛攻を仕掛け、一人の兵士には胸部に向かって貫手ぬきてを打ち込んで心臓を抉り取って握り潰し、また別の兵士には胴体に向かって回し蹴りを叩き込み、蹴られた兵士の身体はくの字に折れ曲がり、無数の骨が砕ける音が鳴り響き、遥か彼方へと吹っ飛ばされてしまった。

しかしそれでも数人の兵士は何とか樺憐の追撃から逃れ、その場から一目散に逃げ出す。

だがどこへ逃げようが助かる術はない。それを思い知らせるかの如く、逃げ出した兵士の背に向かって亜弥が放った青白く光り輝く矢が襲い掛かり、全員の首筋に見事に命中し、彼らは断末魔を上げる事さえ許されずに地面に崩れ落ち、息絶えたのだ。



「おいおい。あの樺憐って戦闘獣人バイオロイド、あんなデタラメな強さを誇っているのか? やれやれ。今日はサプライズが多い日だな。死んだはずの初代影狼は生きているし、樺憐はなぜか向こうの味方になっているし、戦闘獣人の姉妹は何か妙な力を発動しているし、白狼は安全地帯から狙撃してくるし……こりゃかなり不味いな」


「金狼! 何を呑気な事を言っているの! 早く兵を纏めて逃げないと! このままでは彼らの命が危ないわっ!」


「だから何だい? 黄忠。僕は言ったはずだよ。こうなった時、君らを助けないとね……」


「なっ!?」


「こんな事態になったのは君らの責任だ。ならば後始末も自分達の手でやるのが筋だろ?」


「金狼。貴方という人は……っ!」


「おい。今は僕に構うより、自分と周りの心配をしたらどうなんだい? ほら……」


「このクズ野郎がぁ! くたばりやがれぇぇぇぇっ!!」


「ぐぎゃああああっ!!」



すぐ横に視線を向ければ、恭佳が怒声を上げながらソウルイーターの鋸刃を高速回転させ、兵士の一人を斬り付けていた。

鋸刃を押し当てられている兵士の身体はじわじわと削り取られ、その場には肉片と血しぶきが飛び散り、兵士は激痛によるショックで既に息絶えているが恭佳の怒りの炎は収まらない。

相手は既に死んでいるというのに、恭佳は未だに斬り続け、刃が完全に身体を貫通した所で一気に斜めに振り抜き、兵士の身体を真っ二つに斬り裂いたのだ。斬り裂かれた兵士の身体はゆっくりと左右に倒れ、切断面からは内臓の一部が姿を見せ、辺りに血の海を作り上げていた。



「オラァ! 次にこうなりたい奴は誰だぁ! このアタシを怒らせたんだ! 楽に死ねると思うなぁ!!」



恭佳は鬼の形相で周りの兵士達に向かって怒鳴り散らす。ソウルイーターの刃には先程殺した兵士の血、そして臓物の一部がベッタリとくっついていて見る者を恐怖のどん底に落とす姿、まさに死神と呼称するのに相応しい姿をしていた。その時、恭佳の眼が黄忠へと向けられた。



「っ!?」


「黄忠ぅ……次は貴様だぁ!!」



恭佳は鋭い咆哮を上げながらソウルイーターを振り上げて黄忠に向かって突撃する。

黄忠は咄嗟に弓に矢を番え速射を行ったが、放たれた矢は恭佳の身体をすり抜け、足止めにすらならなかった。



「なっ!? 矢がすり抜けた!?」


「無駄だぁ! 今のアタシは死んでいるんだよ! 誰にも殺せやしない! 既に死んだ者を殺せる手段などありはしないっ!」


「くっ!」


「黄忠様! ここは我らが引き受けますっ! 貴方様は他の者達と共にお逃げくださいっ!」



その時、逃げずに戦うつもりでいる黄忠の部下である兵士達が武器を片手に黄忠と恭佳の間に割って入り、壁として立ちはだかった。彼は捨て身の覚悟で自らの命を投げ出すつもりなのだ。



「なっ!? 貴方達っ!」


「黄忠様! どうか逃げてください! 我々が少しでも時間を稼ぎます! 早くっ!!」


「おお~。これは感心。自らの身を投げ出して盾になるつもりか。だけど……時間稼ぎになるのか、これ?」


「金狼! 貴方はまたそうやって!」


「おいおい。今はそれよりも逃げる事を考えなよ。部下の行いを無駄にするつもりかい?」


「黄忠様! 早くお逃げくだ……がっ!?」


「っ!?」



黄忠を護るべく、壁となって恭佳の前に立ちはだかっていた兵士の一人が血反吐を吐いた。

その兵士の身体には、ランスモードに移行したソウルイーターの刃が飛び出しており、それを手にしていた恭佳は刃を刺している兵士に向かって、表情に影を落とした見下すような眼をしていた。



「貴様ら……この程度でアタシを止められると思っているの……? 雑魚風情がぁ! 身の程を弁えな!!」



恭佳は怒声を上げながらまたもやソウルイーターの鋸刃を起動させ、高速回転を起こす鋸刃は兵士の身体を内部からズタズタに斬り刻み、辺りに血と肉片を飛び散らせ、その場にはチェーンソー特有の嫌な音と肉が斬り裂かれる生々しい音が響き渡る。

兵士は口から大量の血を吐きながらガクガクと身体を震わせ、驚愕の表情で斬り裂かれていく自身の身体を見つめていた。そして……。



「死ねぇぇぇぇぇっ!!」



恭佳は叫びながらソウルイーターを横に振り抜いて兵士の身体を一文字に斬り裂き、上半身は宙を舞って黄忠の足元まで飛ばされ、残った下半身は地面に両脚をついてしっかりと立っており、切断面からは血が溢れ、グチャグチャに破壊された内臓と背骨の断面が姿を見せていた。



「黄忠様っ! 早く行ってくださいっ!!」


「……ごめんなさい。貴方達の想い、決して無駄にはしないわ!」


「お気をつけて。……金狼様! 黄忠様をお頼み申しますっ!」


「やれやれ。また仕事が増えちゃったよ。まあいい。頼まれた以上は、最低限の事はしてやるさ。……黄忠。行くよ」


「ええっ!」



兵士達に託された想いを胸に、黄忠は金狼共にその場から撤退を開始した。

恭佳はその後ろ姿を睨み付けながら忌々しげに鼻を鳴らしたが、すぐに視線を目の前の兵士達に移した。

今の彼女にとって、黄忠は別に今すぐに殺す必要は無いのだ。この場に居る劉備軍の人間はどの道、皆殺しにするつもりなのだ。ならば今は無理の黄忠の後を追わずに、まずは目の前の兵士達から殺す事にしようと恭佳は決めた。



「ふん! まあいいさ。どの道あの女も殺す。寿命がちょっと延びただけにすぎない。ならまずは……」



恭佳はそこで言葉を区切り、ソウルイーターの刃を槍から元の鎌の形態に戻し、肩に担いで鋸刃を唸らせながら目の前に立ちはだかる兵士達に近づいていき、そして鋭く叫んだ。



「貴様らから殺してやるよ!!」


「奴を絶対に黄忠様の所に行かせるな! 総員、突撃ーーーっ!!」


「「「うおおおおおおっ!!」」」



兵士の一人が激を飛ばし、他の兵達も雄叫びを上げて奮起し、各々の武器を掲げながら恭佳に向かって突撃を仕掛けた。自らの命を投げ出し、黄忠が逃げる時間を稼ぐために……。


………


……



「くっ! たんぽぽぉ! おいたんぽぽ! どこに居るんだ! 返事をしろぉ!!」



別の場所でも凄まじい混乱が続いており、周りからは兵士達の悲鳴が響き渡る乱戦の中、一人はぐれてしまった蒲公英を翠は捜しており、大声で蒲公英と叫び続けていた。

その時、前方に見覚えのある人影が見えた。蒲公英だ。翠は即座に走りだし、彼女の下まで駆け寄った。



「たんぽぽっ!」


「っ! お姉様! 無事だったんだね!」


「ああ。お前も無事でよかった。……って、そうだ! たんぽぽ! お前、星を見なかったかっ!?」


「星姉様? 見てないけど……まさか一緒じゃなかったの!?」


「ああ。この混乱のせいで一気に離されちまって合流できなかったんだ……」


「まさか星姉様、もう……」


「馬鹿! なに不吉な事考えてんだっ! あいつがそう簡単に死ぬ訳ないだろ! とにかく捜すぞ!」


「う、うん!」



翠と蒲公英は激しい混乱が続く戦場を駆け抜けながら星の捜索を行い、その際に戦う意志が残っている兵士達と合流して捜索の範囲を広げるが一向に星の姿は見当たらない。

だがそれでも翠は諦めない。何が何でも星を必ず連れて帰らねばならないのだから。



「お姉様。どうして……どうしてこんな事に……っ!」


「…………」


「音無さんのお姉さん、凄く怒ってた。やっぱり……憎いんだよね。たんぽぽ達の事が……」


「実の弟が目の前で殺されたんだ。あたしだってあいつと同じ立場だったら、きっと同じ事をしているだろうな……」


「…………」


「あいつらの気持ちは分かる。でも、あたしらもこんな所で死ぬつもりはない! 何が何でも生きて帰るぞ!!」


「うん!」


「翠ちゃん! たんぽぽちゃん!」



その時、部下の奮戦のおかげで何とか恭佳の追撃を振り切る事が出来た黄忠と金狼が合流。

黄忠の無事が確認でき事で、翠と蒲公英の二人は安堵の笑みを浮かべて胸を撫で下ろした。



「紫苑! 無事だったんだな!」


「ええ。何とかね……」


「よかったぁ。……って、そうだ! 紫苑さん! 星姉様を見なかったっ!?」


「趙雲なら無事だよ。ほら」



蒲公英の疑問に金狼が答え、左手で星の右手を引っ張るようにこの場に連れてきた星の姿を見るように二人に促した。

星はというと、虚ろな眼つきで明後日の方向を見つめ、穂先を砕かれた龍牙を片手にうわ言のように一人でブツブツと何かを呟いていた。



「私のせいだ。私のせいだ。私のせいで零治殿は死んでしまった……。私のせいでこのような事態に……」


「……おい。星の奴、どうしちまったんだよ」


「影狼の死がよっぽど衝撃的だったんだろ? 見つけた時からずっとこの調子さ。全く。連れて帰るこっちの身にもなってもらいたいね……」


「星ちゃん……」


「星……」


「星姉様……」



今の星の心は後悔の一色に染めあがっていた。直接手を下したのは自分ではないが、零治の死に対して無関係とは言えないだろう。

あの時、零治に一騎打ちを申し出ていなければ別の結末の可能性があったかもしれない。

零治の要求通り、大人しく定軍山から引き揚げていれば穏便に事を済ませることだって出来たかもしれない。互いがこれ以上傷つき合う事も起こらなかったかもしれない。

今の星の頭の中にはただそれだけが浮かび、零治に対して詫びを述べるようにブツブツと独り言を言いながら自分をひたすらに責め続けていた。

その時だった。周囲を警戒していた十数人の兵達が轟音と共に吹き飛ばされ、砂煙の中から青白く光る高圧電流を身に纏った奈々瑠が姿を現したのだ。



「見つけたぞ! 覚悟しろ貴様らぁ!!」


「なっ!? もうこんな所にまでっ!」


「ブッ殺してやる! くたばれぇぇぇぇっ!」



奈々瑠の怒りに呼応するように纏ってる電流はさらに激しさを増し、両腕の拳にも凄まじい光を放つ電流が集まり、奈々瑠は地面を蹴って拳を振り上げながら黄忠達に襲い掛かった。



「くっ!」



まだ奈々瑠との距離がある内にと思い、黄忠は即座に弓に矢を番えて速射を行った。

放たれた矢は空を斬り、奈々瑠に向かって一直線に飛来するので、奈々瑠は咄嗟にブレーキをかけ、両腕をクロスさせて防御の構えを取った。

しかし、その矢は届かなかった。奈々瑠まであと少しという所で横から割って入ってきた樺憐が素早く右手を伸ばし、矢を掴み取ったのだ。

樺憐は鋭い視線で黄忠を睨み付け、掴み取った矢をへし折った。



「わたくしの娘に何をしやがりますの……」


「なっ!? また新手が!」


「黄忠様! ここは我らが! うおおおおおっ!!」



生き残っていた一人の兵士が剣を片手に裂帛の気合いと共に捨て身の特攻を樺憐に仕掛けた。

だが、そんな事をしても焼け石に水。時間稼ぎにすらならないという事をすぐに思い知らされた。



「雑魚に用はありませんわよ。死になさい……」


「がはぁ!?」



樺憐は挑みかかってきた兵士に侮蔑の視線を向けながら無情の言葉を言い放ち、左手で眼にも止まらな速さの裏拳を顔面に叩き込んだ。

兵士の顎の骨は砕け、歯も折れてしまい口の中から血と共に数本飛び出し、まるで枯葉のように吹っ飛ばされて頭から地面に叩き付けられてしまい、そのまま息絶えてしまった。



「おいおい。一撃とは恐ろしい女だなぁ。こりゃいよいよ僕らも腹を括る必要がありそうだな……」


「そうだよ、金狼。アンタらは全員ここで死ぬんだよ……」



今度は反対側から身体中を返り血で赤く染め上げた臥々瑠が姿を現し、彼女の両手には殺した劉備軍の兵士の死体が握られており、黄忠達に見せるためにわざわざここまで引っ張ってきたのだ。

次に恭佳が合流してきて、ソウルイーターを肩に担ぎながらこちらに歩み寄り、左手には斬り落とした兵士の頭が握られており、無造作に黄忠の足元に放り投げた。



「ようやく追いついたよ。黄忠……」


「くっ!」


「将軍達を護れぇ! 総員かかれーーーーっ!!」


「「「おおおおおおっ!!」」」



警護としてついていた数十人の兵達は雄叫びを上げながら奮起し、一斉に恭佳達に突撃を仕掛けた。

だが恭佳達は何もしようとしない。突っ込んでくる兵士達にただ侮蔑の視線を向けるだけだった。

そう。黄忠達も含め、彼らはある事を失念していたのだ。敵がもう一人居るという事を。



「ぎゃっ!」


「ぐはっ!」


「がはっ!?」



そしてその事はすぐに思い知らされた。定軍山の一際背の高い大木の枝を狙撃ポイントとして陣取っている亜弥が放った無数の光の矢が兵士達に襲い掛かり、寸分違わぬ正確さで全員の首筋を撃ち抜いたのだ。

あれだけ居た数十人の兵士達が一瞬にして倒されたため、黄忠達は驚愕してしまう。

もう味方の兵も残り少ない。ここまで来ると自分の身も自分の手で守る必要になってきた。



「なっ!? これは……っ!?」


「白狼の矢だね。しかし大したものだ。全員の首筋を見事に射抜いているね。それだけアイツも怒っているって事か……」


「その通りさ、金狼。貴様らに逃げ場は無いし、味方も居ない。残っているのは貴様らだけだ……」



恭佳はソウルイーターを肩に担ぎ、凄まじい殺気を放ちながら一歩、また一歩と黄忠達との距離を詰め。



「追い詰めましたわよ、下郎ども。簡単には死なせませんわよ……」



樺憐は手甲を打ち鳴らし、表情に影を落として指の骨を鳴らしながら近づき。



「兄さんを殺した報い、今こそ受けてもらいますよ……」



高圧電流を身に纏い、頭髪を逆立て、血涙を未だに流し続けている奈々瑠も母に習って指の骨を鳴らしながら威圧的な視線を黄忠達に向けながら近寄り。



「覚悟しなよ。兄さんが受けた苦しみをお前らにも……ううん。それ以上の苦しみを味あわせてやるからな……っ!」



臥々瑠は引きずって来た兵士の死体を離して頭部を踏み潰し、獣のように荒い息を繰り返しながら血の足跡をその場に残し、詰め寄ってくる。

進退ここに窮まれり。恭佳達に四方を囲まれ、黄忠達は逃げ場を失う。

こうなっては生きて帰るには恭佳達と戦い、活路を見出す以外に選択肢は無い。

黄忠、翠、蒲公英の三人は戦う覚悟を決め、各々の武器を構えた。



「金狼! 貴方は星ちゃんの警護をお願い!」


「はあ? そりゃ構わないけどさ……まさか君ら、コイツらと戦う気なの?」


「ああっ! あたしらはここで死ぬつもりはない! 何が何でも生き残るっ!」


「やれやれ。どこまでも愚かな連中だね。君らの実力で今の奴らに敵うと本気で思っているのかい?」


「危険なのは分かってるよ。でも……たんぽぽ達にも意地があるんだよ!」


「下らないね。そんな事をしても待っているのは犬死だけだよ……? まあいいさ。足掻くだけ足掻いてみなよ。結果は分かりきってるけどね……」


「将軍様っ! 我々も戦いますっ!」



黄忠達を護るという役目を最期まで果たそうと、生き残っている十数人の兵士達も武器を構えて意気込むが、一人だけ金狼の背に隠れるようにガタガタと身体を震わせながら恭佳達の姿に圧倒されている者が居た。その者は、零治に矢を放った兵士だった。



「おい。他の連中は玉砕覚悟で奴らに挑もうとしているのに、君は何もしないつもりなのか……」


「ひっ! わ、私は……っ!」


「そもそもこんな事態になった一番の原因は誰にあると思っているんだ。他ならぬ君自身だろ。ならば責任を取るんだ。この場でな……」


「わ、私は……私はまだ死にたくない……っ!」


「ほぉ~。そうかい。なら僕が代わりに君を殺してやってもいいんだよ……?」



金狼は星から左手を離し、そのまま兵士の胸ぐらを掴んで表情に影を落としながら詰め寄った。

とても味方にする事とは思えないが、金狼が言ってる事は間違っていない。

こんな事態になった一番の責任は間違いなくこの男にあるのだ。なのにここぞという時に限って何もしようとしないのは決して許される事ではないのだ。



「さあ、早く選べよ。奴らに玉砕覚悟で挑んで殺されるか、この場で僕に殺されるか、好きな方を選べよ……」


「ひぃぃ! わ、私は……っ!」



金狼の提示した選択肢の結末はどちらも死あるのみ。恭佳達に挑んで無残な死を迎えるか、あるいはこの場で金狼に殺されるか。どちらも選びたくない。兵士は何も言えず、ただ恐怖心で身体を震わせるのみ。

金狼が兵士と問答をしている中、ついに事態は動いた。

黄忠は弓を片手にチラリと樺憐の方に視線を向け、彼女は思った。奈々瑠に放った矢をいとも簡単に掴み取ったのだ。樺憐に射撃は無駄、恭佳にも通用しない。奈々瑠は樺憐のそばに居る。撃つだけ同じ結果にしかならないだろう。

ならばこの場で攻撃するべき対象は……。



「はっ!」



黄忠は素早く臥々瑠に狙いを定め、速射を行った。放たれた矢は空を斬り、一直線に臥々瑠の眉間に飛来する。

だが臥々瑠は何もしようとしない。いや、する必要が無いのだ。なぜなら……。



「なっ!? 撃ち落とされた!?」



黄忠の放った矢は亜弥の手により撃ち落とされ、臥々瑠のは届かなかったのだ。

ならばと思い、黄忠は臥々瑠に向かって三連射を行ったが結果は変わらない。全て亜弥に撃ち落とされ、臥々瑠には傷一つ付ける事が出来なかった。

そこから更に亜弥は黄忠に向かって連射を行い、動きの封じ込めにかかった。

黄忠は飛来してくる矢を持っている弓で叩き落して何とか凌ぎはするが、これでは攻撃に転じる事など不可能だ。



「くっ! なんて正確な射撃なの! これでは身動きが……っ!」


「黄忠。貴様の好きにはさせないっ!」



狙撃地点から射撃を行いながら亜弥は鋭く叫んだ。もちろんここまで離れていては声など聞こえやしないが、今の亜弥にそんな事は関係ない。

大切な友の零治を目の前で殺されたのだ。怒り心頭の亜弥は放つ矢にありったけの恨み辛みを籠め、内に抱える怒りを吐き出すように叫びながら射撃を行い続けた。

そしてそこからさらに追い打ちをかけるように恭佳が一気に距離を詰めて来て、ソウルイーターを振り上げながら襲い掛かって来たのだ。



「黄忠! 今度こそ死ねぇぇぇぇっ!!」


「っ!?」



周囲の兵は樺憐達に任せ、狙いを黄忠ただ一点に絞った恭佳はソウルイーターの鋸刃を唸らせながら彼女の首筋に目掛けて刃を一気に振りおろした。



「紫苑っ!」



しかし、刃が届く寸前で間に翠が割って入り、銀閃の柄の部分を使って恭佳の凶刃を辛うじて受け止めたのだ。

恭佳は翠を押し退けようと両腕に更に力を入れ、鋸刃を高速回転させる。

おかげで辺りにはチェーンソー特有の唸り音と金属がガリガリと削れる音、そして激しい火花を接触面から散らしていた。



「馬超か。久しぶりじゃないか……」


「…………」


「アンタは直接的な関係が無いとはいえ……母親を助けてやったというのにその恩を仇で返すとは良い度胸だっ! これが貴様らの言う正義って奴なのか! ああっ!!」


「くっ! 言い訳はしないよ。あんたの怒りはもっともだ。償えるものなら償いたいさ……」


「だったら今ここで死になぁ! 死んで零治に詫びろやぁ!!」


「悪いがそういう訳にはいかないんだよ! あたしらは何が何でも生き残る! 生きて帰るんだよっ!」


「そうはいかない! 悪いが貴様らを生きてこの定軍山から返す訳にはいかないんだ! 邪魔立てする気なら……馬超! 貴様から殺してやるよ!!」


「くぅ……っ!」



黄忠を護るため、翠は懸命に恭佳の凶刃を押し返そうとするが、力は恭佳の方が勝っておりジワジワと後方に押され始める。

翠は両脚に更に力を入れて何とか踏み止まるが、その時に翠の槍、銀閃が限界を迎えてしまい、柄の中心点から真っ二つに折れてしまったのだ。



「なっ!?」


「馬超! 零治を殺した罪、その命で償えぇぇぇっ!!」


「翠ちゃんっ!」


「お姉様っ!」


(くそっ! ここまでなのかよ……っ!)



槍を真っ二つに折られてしまい、完全に無防備な姿を晒してしまった翠に向かって、恭佳はここぞとばかりにソウルイーターを大きく振りかぶり、鋸刃を唸らせながら翠の首筋に目掛けて一気に振りおろした。

誰もが翠の死を予感し、翠本人も死を覚悟して思わず両眼を瞑った。だが……。



「なっ!?」


「……えっ!?」


「…………」



誰もが眼を疑った。恭佳と翠の間にある人物が割って入り、恭佳の刃を受け止めていたのだ。

その人物は……何と金狼である。

金狼はゲイボルクの柄を使って恭佳のソウルイータ-の凶刃を受け止め、無言で正面から恭佳の顔を見据えていた。



「珍しい事もあるものだね。金狼、アンタが人助けをするなんて、一体どういう心境の変化だい……」


「…………」


「まさか……アンタがアタシら全員の相手をしてくれるの……?」


「僕はそこまでバカじゃないよ。今の君らを僕一人で相手なんか出来るはずないだろ」


「なら何の目的があってこんな真似をしているのさ……」


「何。君らと話……取引がしたいのさ」


「取引だと?」


「ああ。そうさ」


「……貴様。何を企んでいる」


「そう警戒しないでよ。ホントにただ取引がしたいだけさ。僕だけじゃ君らには敵わない。だから自分の身を守る意味合いも兼ねて話がしたいのさ。初代影狼殿。どうか武器を収めて僕の話を聞いてくれよ。君らにとっても悪い話じゃないからさ」


「…………」



恭佳は金狼を睨み付け、競り合いを続けたまま思考を巡らせた。

金狼は猫被りが得意な腹黒い人物だという事を恭佳はよく知っている。だからこそ疑っていたのだ。この話に裏があるのではないかと。

だがそんな性格の金狼が自ら動き、翠の身を護ったのだ。この点から、金狼は本当に話がしたいのだろうと恭佳は思い、ソウルイーターの鋸刃を停止させ、刃を引いた。



「おっ? もしかして僕の話を聞く気になってくれたのかな?」


「ああ。……ただし、おかしな真似をしたら速攻でブッ殺すからな」


「分かってるさ。相変わらず怖い女だなぁ」


「おい。それもう一度言ったらマジで殺すぞ……」


「分かったからそう睨まないでくれよ。……ねえ。白狼にも連絡して、狙撃しないように伝えてくれよ。それと周りの連中も止めてくれないか?」


「いいとも。……樺憐、奈々瑠、臥々瑠。聞いての通りだ。その辺でやめてあげな」


「恭佳さん。この男の言う事を信用するおつもりなのですか……」


「心配すんな。妙な動きをしたらアタシが即殺す。だからもうやめてやりな。その代わり、油断はしないようにね。何せ零治の不意を突いてきたクズどもの集まりだからね……」


「承知しましたわ。……奈々瑠、臥々瑠。さあ、お母さんの所にいらっしゃい」


「……分かりました」


「チッ! 命拾いしたね……」



奈々瑠と臥々瑠は未だに収まらない怒りを何とか抑えつけ、劉備軍の生き残りの兵達に恨み辛みを籠めた鋭い視線を向けながら樺憐の所まで歩み寄り、恭佳の背後に控え、金狼及び劉備軍の兵士達の動きを監視する。

続いて恭佳は右の耳に右手を当て、亜弥に念話の通信を行い、事のいきさつの説明を始めた。



『亜弥。聞こえるかい?』


『ええ。どうしたのですか、恭佳。なぜ攻撃の手を止めたのです』


『金狼がアタシらに取引を持ちかけてきたのさ』


『取引?』


『ああ』


『……怪しいですね。裏があるのでは?』


『アタシもその点は同感だよ。でも聞くだけ聞いてみようと思ってね。アンタも一度、攻撃の手を止めてくれ』


『いいでしょう。その代わり……』


『ああ。コイツらの監視は怠らないようにね……』


『分かってます。妙な素振りを見せたら、即刻死んでもらいますから』


『頼むよ』



亜弥との打ち合わせも完了し、恭佳は通信を切ってソウルイーターを肩に担ぎ金狼に向き直る。

それと同時に一度劉備軍の兵士達を見回した。彼らも武器を構えたままこちらに警戒の眼差しを向けてはいるが、攻撃してくる気配は無い。今の所はだが。

少なくとも今の彼らはこちらに危害を加える気は無さそうなので、恭佳は金狼に向かって口を開いた。



「で? アンタの言う取引ってのはどういう内容なんだい……」


「ああ。……初代影狼殿。君らが僕らをここ、定軍山から生かして返したくない理由は恐らく二つあるんじゃないかな?」


「ほお~。言ってみなよ」



恭佳はワザとらしく感心したような素振りを見せ、金狼に先を促した。

普段の金狼ならここで静かに怒りを見せるか、皮肉めいた毒を吐いたりする所なのだろうが状況が状況だ。金狼はお得意の猫被りでそれを表には出さず、左手の人差し指を立てて恭佳達が戦う理由を述べた。



「まず一つ目。これはまあ、個人的な恨み。影狼を殺された事に対する復讐。違うかい?」


「……ああ。否定はしないよ」


「だよね。で、二つ目だけど……君らにとってはこっちが本命。影狼が死んだという事実の隠蔽。僕らにこの情報を持ち帰らせ、外部に漏らされたくない。そうだろ?」


「…………」


「この情報が他国……特に呉に知られたら、魏は非常に不味い立場になるよね。これ以上は言わなくても分かるだろ……?」


「そうだねぇ。……で、それがアンタの取引の内容とどう関係してくるって言うのさ?」


「まあそう慌てるなよ。……これは僕からの提案なんだけどさ……このまま僕らを見逃してほしいのさ」


「金狼……アンタは取引の意味を分かってないみたいだねぇ。そんな事をしてアタシらに何の得があるというんだい? こっちに何一つ利益が無いようじゃ取引として成立しないんだよ……」


「それぐらい分かってるさ。勿論タダでとは言わない。僕らを見逃してくれたら、影狼の件は黙っててあげるよ。誰にも言わないと誓うさ」


「……それをどうやって信じろというのさ」


「そこは信じてくれと言うしかないな。他の連中に関しては……幸い事実を知る者は君らのおかげもあってごく少数だ。この程度の数なら僕一人でも監視は出来る。口外しようものなら僕が口封じをするからさ……」


「…………」


「それに見逃してくれるための土産も用意してある。それが……コイツさ」


「へっ? って、うわっ!?」



と、金狼は自分の背に隠れていた、零治に矢を放った兵士の腕を掴んで引きずりだし、そのまま背中をドンっと強く押して恭佳達の方へと押しやった。

押された衝撃で兵士はつんのめって転びそうになったが、踏み止まって何とか転ばずにはすんだが、状況が今一つ理解できない兵士は、金狼と恭佳達の顔を交互に見比べ、やがて自分の置かれている状況が理解できたのか顔を青ざめさせた。



「おい。コイツが土産なのか……?」


「ああ。影狼の死の原因はコイツが放った矢だろ? 僕らを見逃してくれる代わりにコイツは君らにくれてやるよ。煮るなり焼くなり好きにすればいいさ」


「金狼! 貴方……自己保身のために彼を見捨てるつもりなの!?」


「黙りなよ黄忠。コイツ一人の命で僕ら全員が助かるんだよ? 安い物じゃないか」



それまで事の成り行きを見守っていた黄忠は声を張り上げて反論したが、金狼は涼しげな顔で返した。

自分の行いを何とも思っていない。それどころかこうするのが当然のような態度ですらある。

その様子に流石の翠と蒲公英も黙っていられないのか、黄忠と同様に声を荒げて反論してきた。



「おい! お前……人の命を何だと思っていやがるんだ!? 人間は金とは違うんだぞ!!」


「そうだよ! いくら自分が助かるためとはいえ……こんなの酷すぎるよ!!」


「酷い? じゃあ逆に訊くけど、コイツが影狼を殺したのは酷くないのかい?」


「っ!? そ、それは……」


「それに僕一人でコイツら全員の相手は出来ない。僕の実力じゃ、初代影狼一人の相手で精一杯なのさ」


「…………」


「ならばコイツらを怒らせた一番の原因であるこの男に人柱になってもらわないとね。これが一番最善の方法なんだよ。一人を犠牲にする事で残り全員が助かるんだ。それとも……君らもここで死にたいのかな……?」



金狼は周囲の兵達に視線を向けるが、全員が視線を逸らし、何も言おうとしない。

所詮は人の子。人間誰しも我が身が一番大事なのだ。ならばどうするべきかなど考えるまでも無かった。

一方、取引の材料として持ち出された兵士は金狼の脚にすがり付き、涙ぐみながら死にたくないと訴えかけてきた。



「き、金狼様! どうかお助けください! わ、私は……私はこんな所で死にたくはないんですっ!!」


「だからどうした。それはここに居る全員が同じ考えさ。もちろん僕もね。でも……君は別に死んでもいいんじゃないの? あの影狼を討ち取ったおかげで劉備の役には充分立ったんだ。なら次は僕らの役に立ってくれよ。それが兵士の役目だろ?」


「い、嫌だぁ! 私は……私はまだやりたい事が沢山あるんだぁ!!」


「同じ事を言わせるな。それは誰しもが思う事だ。いいか? この世は等価交換で成り立つ世界だ。何かを得るためには代償を支払わなきゃいけない。買い物と同じさ。人間は生活の必需品を得るためには金を店側に払う必要があるだろ?」


「…………」


「で、今の話と照らし合わせるとだ……君は影狼を討ち取り、『偉大な偉業を成した』という功績を得た。でも君はまだそれに対する代償を支払っていないんだよ。それどころか、それに見合う代償すら持っていない……」


「…………」


「まあこの場合は、君の力で生き残る。つまり君一人で奴らと闘い、奴らも影狼同様に討ち取ればいいのさ。要するに君が得た功績に対して支払うべき代償は君自身。君の『命』さ。それ以外に釣り合いが取れる物が君には無い。今の君は借金を抱えてるようなものなんだよ。だからさぁ……」



金狼はそこで言葉を区切り、脚に泣きながらすがり付いている兵士の頭に右手を伸ばし、口の端を吊り上げながら押し退け、引き剥がした。そして……。



「自分の借金はちゃんと自分で返済しなよ……。それが負債者の責務だろ! 僕達まで巻き込むな!」



もう面倒事はご免だと言わんばかりに金狼は声を張り上げ、無情にもすがり付いてくる兵を乱暴に恭佳達の方へと蹴り飛ばしたのだ。

蹴られた兵士はすぐに起き上がり、恭佳達と眼を合わせるなり腰を抜かし、そのままズリズリと後ずさって素早く立ち上がり、味方が居る方へと悲鳴を上げながら走り出した。



「うわああああっ! 嫌だぁぁぁぁぁっ!」


「おい。なに戻って来てるんだ。それ以上こっちに来るんじゃない……」



金狼は今までずっと我慢をしていたが、それも限界を迎えてしまった。

このままではいつまで経っても話が先に進まないので、金狼は最終手段を使ったのだ。



「ぎゃっ! き、金狼様……っ!?」


「もう君には付き合いきれないんだよ。いい加減に諦めろよ。……爆ぜろ。ゲイボルク」



金狼は泣き喚くように叫びながらこちらに走ってくる兵士の右脚の脛にゲイボルクを突き立て、二度と動けないようにするためにスキルを発動したのだ。

金狼の言葉に呼応するようにゲイボルクの穂先から細長い針が四方八方へと飛び出し、兵士の脚を内部からズタズタに破壊したのだ。破壊が完了すると同時に飛び出した針は瞬時に引っ込み、金狼はゲイボルクの穂先を脚から引き抜いた。

その傷口からはおびただしい量の血が吹き出し、兵は右脚を押えながら地面をのた打ち回り、悲痛な叫び声を上げ続けた。



「ぎゃああああっ! あ、脚がぁ! 私の脚がぁっ!」


「全く。素直に僕の言う通りにしていれば、そんな目にも遭わずに済んだのにな……」



黄忠達は目の前の光景に唖然としてしまう。生き残るためとはいえ、まさかここまでするとは。

人間としての正気を疑うような行動としか言えない。だが金狼にとってこれはごく普通の行動なのだ。

痛みで未だに喚いている兵を無視し、金狼は恭佳との交渉を再開した。



「いやぁ、手間取らせてすまないね。で、どうだろうか? 初代影狼殿。これで一つ手を打ってくれないか?」


「……ふん! まあ悪くない話だが……コイツ一人の命じゃアタシらは納得できないね」


「おいおい。あれだけ殺しておいてまだ足りないって言うのかい。いくらなんでも欲張りすぎやしないか?」


「ああん?」


「分かったよ。なら、もう一人追加すれば納得してくれるかい?」


「それは誰を差し出すかによるね……」


「ふむ。そうだなぁ……」



金狼はクルリと後方に振り返り、生き残った兵達の顔を見回す。その際、兵達は素早く金狼から視線を逸らし、自分が選ばれないように心の中で神に祈った。

金狼は兵達の反応は無視し、もう一人の生贄の選別を続けている。その時だった。

未だに地面の上にへたり込んで虚ろな視線で宙を見上げている星の姿が眼に止まったのだ。

金狼はニヤリと意味深な笑みを浮かべ、つかつかと星の所まで歩み寄り、左手を素早く彼女の右腕に伸ばして引っ張り上げて立たせ、そのまま恭佳達の方へと連れて行ったのだ。



「なっ!? 金狼! 貴方まさか……っ!?」


「黄忠。君は口を挟むな。……初代影狼殿。この女も追加しよう。これで手を打ってくれないか?」


「…………」


「この女、趙雲は蜀にとっても重要な存在だ。なんたって五虎将の一人なんだからね。だけど見ての通りこんな状態だ。もう戦力としての価値は無いに等しい……」


「ほぉ~。そうなのかい……」


「ああ。何よりコイツは影狼の死に責任を感じているし、この女もあの出来事に無関係とは言えない。そちらへの手土産としては申し分ないと思うけど?」


「ふざけんなよ! 金狼! お前は星まで見殺しにするつもりなのか!?」


「金狼! 今すぐに星ちゃんを解放しなさい! これ以上の勝手な真似は許さないわよ!」


「そうだよ! こんなのあんまりだよ! それにあれは星姉様のせいじゃないんだからっ!!」



後ろで事の成り行きを見守っていた黄忠達は声を張り上げて金狼にやめるように告げる。

金狼はクルリと後方へ振り返り、意味深な笑みを浮かべていた。

金狼は黄忠達がこのように反応するのは予測済みだった。だからこそ奥の手を使ってきたのだ。



「そうかい。なら、本人の意志を確認しようじゃないか」


「なんですって?」


「なあ、趙雲。君はどう思う? 僕らのためにここで死んでくれないかい?」


「……ああ。構わぬ」



耳元で囁いてくる金狼の言葉に、星は力無く答えた。

その姿に黄忠達は驚愕した。まさか金狼の言葉に従うなんて思ってもいなかったのだ。

黄忠達は声を張り上げて星に声をかけ、考え直すように懇願した。



「星ちゃん! 何を言っているの!? 馬鹿な考えを起こすのはやめなさい!」


「良いのだ、紫苑。このような事態に陥ったのには私にも責任があるのだ。それにあの時言ったではないか。全ての責任は私が取ると……」


「なに馬鹿な事言ってんだよ、星! あれはお前のせいじゃないだろっ!!」


「そうだよ! 確かに星姉様も無関係とは言えないけど……それでも星姉様に責任は……っ!」


「翠。蒲公英。もう良いのだ。どんな形にせよ、あの方との勝負に私が卑劣な勝利を収めてしまったという事実に変わりは無い。それに金狼の言う通り、私はもうこの先、主と桃香様のお役に立つ事も出来そうにない。ならばこの命、お主らを生かすために使わせてもらう……」


「ククク。だそうだよ。本人がここまで言ってるんだ。ならば彼女の意志は尊重してあげないとねぇ……」



黄忠達の説得も虚しく終わり、金狼は口の端を吊り上げてその姿を嘲笑い、恭佳に向き直る。

金狼は星の右腕を掴んだまま口を開き、恭佳に返答の方を問いかけた。



「初代影狼殿。どうだい? これで僕らを見逃してくれるかな?」


「……いいだろう。だが忘れるなよ。もしも零治の事を外部に漏らしたら……その時は劉備諸共貴様らを全員殺し、蜀を滅ぼしてやるからな」


「ああ。肝に銘じておくよ。……それじゃあ趙雲。最後の役目をそこのクズと一緒に果たしてくれよ?」


「ああ……」



星は龍牙を無造作に地面に投げ捨て、ゆっくりとした足取りで恭佳達の方へと歩み寄る。

距離が充分に縮まった所で星は足を止め、その場で土下座をして大きく頭を下げ、恭佳に謝罪の言葉を述べ始めた。



「音無殿。このたびは貴方の弟君の事、深くお詫びを申し上げます」


「…………」


「謝った所であの方が生き返るはずもないし、許されない事も重々承知しております。そして、貴方達の怒りも……」


「…………」


「ですが……ですが紫苑……黄忠達の事はどうか見逃してやってください。そのためならこの命、惜しくなどありませぬ。貴方が抱える怒りは我が身に全てぶつけてください!」


「……いい覚悟だ。その覚悟に免じて、お前だけは痛みを感じないように一瞬で殺してやるよ。そして約束通り、他の連中は見逃してやる」


「感謝いたします」



星はゆっくりと頭を上げ、土下座をしたまま恭佳を正面から見据える。

その顔には吹っ切れた様子があり、星の表情は真剣そのもの。彼女は本気で犠牲になるつもりでいるのだ。黄忠達を生きてこの地から逃がすために。

覚悟が決まった星は最後は武人らしくしようと、恭佳に向かって力強く声を発した。



「さあ! 一思いにやってくだされ!」


「ああ。そこを動くんじゃないぞ……」



恭佳はソウルイーターを両手で大きく振りかぶり、星の首筋に狙いを定めた。

今まさに、恭佳が星の首を刎ね飛ばそうとした時に金狼が口を挟んできたため、恭佳は寸での所でその手を止める。



「あぁ、ごめん。最後に一つだけ。そいつの首だけど……持ち帰ってもいいかな? 劉備と北郷に趙雲が死んだ事を分からせないといけないからさ」


「好きにしな……」


「どうも。なら続きをどうぞ」



金狼は恭佳に続きを促し、まるで兵達の訓練する様を見るかの様子で星の処刑を観察する。

その姿を眼にした黄忠、翠、蒲公英の表情はとても険しいものに変わっており、今にでも金狼に掴み掛りそうな勢いだった。

三人の視線に気付いた金狼はチラリと横目で黄忠達を見つめ、口を開いた。



「何だい? そんなに僕のやり方に不満があるのなら、他の最善策を今この場で提示してみなよ。まあ、無理だろうけどね……」


「くっ!」


「この野郎……っ!」


「…………」



黄忠達は金狼の鋭い指摘の前に何も言えず、ただ怒りで身体を震わせながら見ている事しか出来なかった。

もうどうしようもない。今はただ、星が目の前で殺される様を黙って見ている事しか出来ないのだから。

恭佳は今度こそと思い、改めてソウルイーターを振りかぶり、その刃を陽光で煌めかせ、星に最期の言葉を尋ねた。



「趙雲。何か言い遺す事はあるか……」


「ありませぬ」


「そうか。ならば……アタシらの怒りをその一身に受け、仲間達のために死ねぇ!!」



恭佳は怒声を上げてありったけの恨み辛みを籠めてソウルイーターを星に向かって一気に振りおろした。

星は自身に迫りくる凶刃から眼を逸らさず、ゆっくりと眼を閉じて心の中で零治に語りかけた。



(零治殿。私も今そちらに参ります。そして、そこで先程の勝負の続きをいたしましょう。心行くまで)



星はあの世での零治との一騎打ちの続きに心を馳せながら己の死を覚悟した。

恭佳の放った凶刃は一点の曇りも無く、星の首筋に迫りくる。

だがその時、何者かが声を張り上げて恭佳を止めたのだ。



「やめろぉ!!」



その一声で辺りの空気が凍りついた。恭佳も星も、他の者達も驚愕の顔をしているが声がした方向へ向こうとしない。

信じられないからだ。今の声は幻聴だと自分に言い聞かせているからだ。なぜなら、いま聞こえた声は……零治の物だったからだ。

恭佳達はあり得ない、きっと幻聴に決まっている。そう自分に言い聞かせながら恐る恐る顔を横に動かし、声がした方向へと視線を向けたのだ。そしてその先には……。



「はぁ、はぁ、はぁ……っ! ね……姉さん。もういい。やめてやれ……」


「っ!? れ……零治っ!?」



その視線の先には、死んだはずの零治が激しく息を切らしながら立っていたのだ。

その場に居る人間全員は目の前の光景が信じられず、手で自分の眼を擦って、改めて零治が立っている場所を見た。

だがその先にはちゃんと零治の姿があり、幻ではなさそうである。彼の背には血の足跡が残されており、ここまで自力で歩いて来た事を物語っていた。

まさか自分達だけに見えているのではないかと思い、恭佳は即座に亜弥に念話を行い、この事を報告した。



『あ、亜弥……。アンタも……見えてるかい……?』


『え、ええ。見えてますよ。零治が……生きている!? まさか幻なのか……』


『亜弥。零治が死んだ場所はどうなっている!?』



恭佳の疑問に対して亜弥はすぐに行動し、視線を素早く零治が死んだ場所へと向けた。

だが、そこに零治の姿は無かった。あるのは彼が残した血だまり、そしてそこからどこかへと伸びている血の足跡だった。

これにより亜弥の考えは確信へと変わる。いま恭佳達の前に立っているのは間違いなく零治本人なのだと。



『何もありませんね。零治の姿も。あるのは彼の血で出来た血だまり、それと血の足跡だけですね』


『じゃ、じゃあ……っ!』


『ええ! そこに居るのは間違いなく零治本人です! ……ただ、どうやって生き延びたのかがさっぱり分からないのですが……』


『そんなのは後で本人に訊けばいいんだよっ! アタシは……アタシは嬉しいよ。零治が……生きていてくれて……っ!』


『ええ。そうですね』



状況はいまいち分からないが、一つだけ分かっている事がある。

零治が生きている事。それが分かってるだけで今の恭佳達には充分なのだ。

未だに状況が信じられないが、恭佳はソウルイーターを下ろし、ゆっくりと零治の方へと近づいていく。



「れ、零治。これ……夢じゃないよね? 幻じゃないよね……?」


「あ、ああ。足もちゃんとあるだろ? この通り……オレは生きてる……よ」


「零治……零治ぃぃぃぃぃっ!!」



恭佳は脇目も振らずに走りだし、大粒の涙を流しながら零治の胸に飛び込んでガッシリと抱き付いて来た。

それに続き、奈々瑠と臥々瑠も涙を流しながら零治の下に走りだし、樺憐もその後に続いた。

奈々瑠と臥々瑠も零治の脚にすがり付いて泣き喚き、樺憐も笑みを浮かべながらポロポロと涙の雫を零していた。

零治は右手で恭佳の背をさすり、左手で奈々瑠と臥々瑠の頭を交互に撫で回し、樺憐の頬も優しく撫でつけた。



「姉さん。もう分かったから、そろそろ離れてくれ。それに……この矢も……抜いてくれると助かる……」


「えっ? ……あっ! ご、ごめん! 気付かなかったよ。待ってな。すぐに取ってやるからね」



見れば零治はこうして生きてはいるが、彼の言う通り死の原因でもある矢が首に刺さったままなのだ。

恭佳は零治の首を貫通している矢の矢羽の方をそっと折り、次に反対側の鏃の部分を両手で掴み、なるべく痛まないようにゆっくりと引き抜き、零治の首に刺さっていた矢の摘出を完了した。

ようやく矢を首から摘出できたおかげで違和感が無くなり、BDの力のおかげで傷口も瞬時に塞がり、零治は首をさすって恭佳に礼を述べた。



「あぁ……やっと首が楽になったよ。ありがとう、姉さん」


「いや、こっちこそすぐに気付いてやれなくて悪かったよ。……にしても零治、アンタどうやって生き返ったのよ?」


「それについては後で説明してやるよ。今のオレにはやる事があるんだ……」



零治はチラリと脚の傷を押えながら地面をのた打ち回っている、自分に矢を放った兵士と星の方にユラユラと身体を揺すりながらゆっくりとした足取りで近づいていく。

その姿はまさに生前の姿で間違いない。その光景を前にして流石の金狼も内心でうろたえてしまい、今の状況に対して様々な疑問が浮上してきた。



(どうなっているんだ!? 確かにあの時、影狼の奴は死んだはずだぞ! どうして生きているんだ!? まさかこれも……奴が見せたあの異様な魔法が関係しているのか!?)


「はぁ……はぁ……っ!」


「れ、零治……殿……これは夢か……?」


「はぁ、はぁ……生憎と夢ではない。星。自らを犠牲にして仲間を生かそうとするその精神、敬意を表するに値する。だが……貴様は違うな」


「ひぃ! お、音無……なんで……何で生きて……っ!?」



零治の視線を受けた兵士は右脚を押えながらズリズリと後方へ後ずさり、恐怖に慄いた。

見れば今の零治はあの時同様に、BDの力が発動した状態なのか、またもや両眼の色が変色していたのだ。

そしてその力を示すかのように左手を兵士に向かって伸ばし、自分に対して矢を放った事に対する恨み言を言うように呪いの言葉を送った。



「不意打ちも立派な戦術の一つだが、貴様の行いは卑劣極まりない。今この瞬間、貴様は自らの血によって殺されるのだ。オレに手を出した報い……受けるがいい」


「ひっ! ひぃぃぃっ! た、助けて……っ!」


「……胸ヲ砕ク血ノ剣ブラッドソード・チェストブレイク……」


「っ!? ぐっ! がっ! あぁっぐぅ……っ!」



兵士は突然、自分の胸を両手で押さえつけながら身をよじり、苦しみの声を漏らし始めた。

一体何が起こったのだと周りの人間は唖然とした表情で兵士の姿を見やる。

その間も兵士の苦しみは収まる所を知らず、彼は胸に走る激痛に地面をのた打ち回り、呻き声をだし続け、次第に痛みは激しさを増し、兵士の口からは血が溢れだしたのだ。



「ぐぅぅっ! がぁっ! ごふっ! あぁ……ぐああああああっ!!」



兵士が吐血を起こしだしたと思いきや、彼はいきなり背を地面から浮かせて悲痛な叫び声を上げた。

そして次の瞬間、兵士の胸から零治が手に生やした物と全く同じ形状の剣が飛び出し、身に纏っている鎧を貫通したのだ。そして兵士は内側から胸を剣で刺し貫かれそのまま息絶えてしまった。

あまりにも非現実的な光景を前にして、黄忠達は恐怖に慄き、思わず数歩後方へと本能的に後ずさる。



「なっ!? む、胸から剣が……っ!?」


(おいおい。あの魔法、他者に対しても使えるのか。しかも攻撃手段として。影狼の奴……かなり厄介な存在になっているなぁ)


「はぁ……はぁ……。黄忠。貴様らもこうなりたくなかったら、生き残った兵を纏めて大人しくこの場を立ち去れ……」


「…………」


「黄忠。ここは影狼の言う通りにした方が賢明だ。ただでさえこっちの被害が甚大な上に、これ以上奴らに何かしたら本当に生きて帰れなくなるよ……」


「……分かっているわ」



黄忠は他の者達にも指示を出し、零治達への警戒を行いながら兵達と共に引き揚げ始める。

そして零治もクルリと背を向け、その場を後にしようとするが、背後から星が声をかけてきたので、背を向けたまま足を止めた。



「れ、零治殿。貴方は……一体何者なのです……」


「星。悪い事は言わん。長生きしたければ、これ以上オレに関わろうとするのはよせ。もうオレは……お前達とは違う存在なのだからな……」



零治は背を向けたまま星に意味深な言葉を残し、恭佳達と共に黄忠達の動向に警戒しながら定軍山を去っていく。

星はその場から立ち上がって穂先の折れた龍牙を拾い上げ、乾いた風が吹き付ける中、ただ呆然と零治の背を見ている事しか出来なかった。

作者「なっ? 死んでなかったでしょ?」


零治「確かに生きてはいるが……オレ一回死んでるじゃねぇか」


恭佳「それになんで生きてるかも不明のままじゃん」


作者「すまん。そこの説明は次回になる」


亜弥「安定の先送りですね、分かります」


作者「やかましい……」


樺憐「そういえば貴方に言いたい事がありますのよ」


作者「何?」


樺憐「貴方……59話の後書きでわたくしを登場させていませんでしたよねぇ」


奈々瑠「あっ。言われてみれば確かに」


作者「すまん。あれは素で忘れてたわ」


臥々瑠「忘れてたって……それが生みの親が言うセリフ?」


樺憐「……やはりこの男、一度鉄拳制裁をする必要がありそうですわねぇ」


作者「お、怒んなよ! 大丈夫だって! これからは忘れないし、その埋め合わせもこの先の話でちゃんとするからっ!」


樺憐「ならいいでしょう」


奈々瑠「……私も言いたい事がありますよ」


作者「告白の件なら受け付けないぞ?」


奈々瑠「まさにそれですよ! どうしてくれるんですか!? これもう後戻りが出来ないじゃないですか!!」


零治「だよなぁ。まさか勢いで言わせたとかか?」


作者「いやまあそれも多少はあったが、あそこで告白しないのは逆に不自然だろ?」


亜弥「確かに」


恭佳「ならこれでカップル成立かい?」


臥々瑠「となるとアタシ達の扱いも変わるの?」


作者「心配すんな。そこは何とかしてみせるから」


奈々瑠「……不安だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ