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第58話 ブラッド・ディクテイター

珍しく早く仕上がった。いつもこんな調子だと楽なんですがねぇ。

そしてこの回の話は内容が厨ニ病全開の内容。しかし後悔はしていない!

恭佳達は樺憐を黒狼の呪縛から解放し、何とか勝利を収める事が出来た。

実の母との再会に奈々瑠と臥々瑠は樺憐にヒシっと抱き付いて泣き喚いていたが、ようやく落ち着きを取り戻し、樺憐の容体も安定したので恭佳達は樺憐に軽い自己紹介、奈々瑠達との関係、この世界の事、自分達の置かれている状況などの説明を行い情報の共有をする。

一通り話を聞き、樺憐は先程の戦闘時の姿からは想像もつかない、まるで風の姿を彷彿とさせる間延びした口調で声を出して何度も頷いた。



「まあ~。そのような事がぁ。随分と大変な事になっていますのねぇ~」


「…………」


「亜弥。アタシの気のせいかしらね。何か風と話をしているように錯覚しちゃうんだけど……」


「奇遇ですね。私も今、同じ事を考えていた所ですよ、恭佳……」


「ん? お二人ともどうかしたのですかぁ?」


「いえ、何でもないです……」


「ああ。何でもないよ……」



樺憐は首を傾げながら尋ねるが、とりあえず口調については置いておく事にしよう。きっとこれが彼女の持つ個性なのだろう。

話が通じるのなら口調など問題ではない。いま重要なのは樺憐がこちらに協力してくれるかどうかだ。

亜弥は話を先に進めるべく、樺憐に思い切ってその事を尋ねる。



「樺憐。状況が理解できたのならば率直に言います。私達に協力してくれませんか」


「…………」


「貴方ほどの実力者が居れば、この状況の打破も難しくないでしょう。消耗が激しいのならば無理に戦闘には参加しなくてもいいです。どうか私達に力を貸してほしい」


「樺憐。アタシからも頼むよ。こっちの味方になってくれるかい。アンタもこれ以上、黒狼に利用されるのは本意じゃないだろ?」



亜弥と恭佳は揃って頭を下げ、樺憐に協力してほしいと懇願するが、樺憐は何も言わずにただ無言で見つめるのみ。

まさかここで断ったりするのだろうかと思い、奈々瑠と臥々瑠が不安げに見つめながら声をかける。



「母さん……」


「お母さん……」


「ふふ。奈々瑠、臥々瑠。安心なさい」



流石は実の母。奈々瑠達が抱く不安を即座に読み取り、安心させるように優しい笑みを浮かべながら声をかけ、亜弥達に向き直った。



「亜弥さん。恭佳さん。お二人とも頭を上げてください」



樺憐に言われ、亜弥と恭佳は頭を上げ、正面から樺憐と視線を交わす。

しばしの間、奇妙な沈黙が続いたが樺憐が右手を自分の胸に当てながら軽く頭を下げておもむろに口を開いた。



「そのような事を言わずとも、わたくしは初めから協力するつもりですわ。何よりわたくしが居ない間、娘達の面倒を見てくださった方々の頼みを断る道理などありません」


「では!」


「はい。わたくしは今より貴方達の力となります。娘の面倒を見てくださったご恩を、わたくしの身体を使って返させていただきましょう」


「身体で返す? ……何でだろう。アタシ何か別の事を想像しちゃうんだけど」


「恭佳。発想が完全に中年のオヤジですよ……」


「いやでもさぁ、見てみなよ。あの胸。あれ絶対アンタより大きいって」


「…………」



恭佳に言われ、亜弥もマジマジと樺憐の胸に視線を向けてみる。

彼女の姿を見るのはこれが初めてではないが、こうして改めて見ると確かに樺憐の胸は大きい。

たわわに実ったその大きな胸は針で突っついたら風船のように爆発するのではないかと思ってしまうほどである。



「……彼女の姿を見るのは二度目ですが……こうして間近で見てみると確かに大きいですね。零治がメロンに例えていたのも頷けますよ」


「メロンかぁ。零治も上手い事言うもんだわ」


「零治? そうですわ。その零治さんという方はどちらに? その方にも挨拶とお礼を申したいのですがぁ」


「アイツとは今は別行動中なんだよ。恐らく……どこかで戦っているとは思うんだが、あれから随分時間が経ってるしね。もしアイツが無事ならそろそろ戻ってきてもいいはずなんだけど」


「……やはり心配ですね。ちょっと念話を使って連絡を取ってみます」



今の零治は単独で行動しているのだ。そして相手が誰かは不明だが、自分達と同じ世界の出身の人間が相手となればやはり心配ではある。

亜弥はクルリと後ろを向き、右手を自分の耳に軽く当てながらまるでインカムを使って通信するような仕草をしながら零治に連絡を試みる。



「ねえ、奈々瑠。臥々瑠。零治さんってどんな方なのぉ?」


「えっと……とても優しい人です。母さんも気に入ってくれるはずですよ」


「それにすっごく強いし、料理がとっても上手なんだぁ。兄さんが作るご飯はどれも美味しんだよ」


「まあ。それは是非とも一度腕比べをしてみたいわねぇ。早くお会いしたいわぁ」


「やれやれ。ウチの弟はモテモテだね」


「…………」


「亜弥。零治と連絡はついたの?」


「いえ。さっきから何度も通信をしているんですが全く応答が無いんです。どうも嫌な予感がする……」



何度も通信をしても応答が一切無いため、亜弥の心に不安が広がる。

確かの現在の状況を考えれば、零治の身に何かあった可能性は否定できないが、現時点では情報が少なすぎるのだ。つまり亜弥の考えは憶測の域にすぎない。

戦場では常に最悪の事態を想定して動くのが最善だが、だからといってネガティブな思考にばかり走っていては士気の低下にも繋がりかねない。恭佳は亜弥の肩にポンッと手を乗せて明るい笑みを浮かべながら声をかける。



「亜弥。アイツが心配なのはアタシも同じさ。でも、ここでそういう事ばかり考えても仕方ないだろ? 今はアイツの事を信じようじゃないか」


「恭佳……」


「大丈夫だって。零治は強い。アタシの弟なんだよ? その内ひょっこり何食わぬ顔で戻って来るって」


「そう……ですね。すみません、恭佳。どうも私は悪い方ばかりに考えてしまう癖があるのかもしれない」


「気にしなさんな。戦場ではそれが当り前さ。アンタは間違っちゃいないよ」



恭佳の励ましのおかげもあって、亜弥は何とか平静さを保つ事が出来た。

確かに恭佳の言う通り、今は零治の事を信じよう。それが今の自分達にできる事だし、零治が強い事も充分に知っている。

通信に応答しなかったのも、きっと戦闘中でその余裕が無かったのだ。亜弥はそう自分に言い聞かせる。

そう思う事で少しだけ心が軽くなったような気がした。

その時だ。付近の茂みからガサガサと物音がし、周囲の木々に止まっていた小鳥達が空へと羽ばたいていく。

亜弥達の顔に緊張が走り、全員が即座に戦闘態勢に移行し、物音がした方角に鋭い視線を向ける。



「まさか敵なのか……っ!?」


「亜弥。油断するんじゃないよ」


「分かってます。……樺憐。貴方は奈々瑠達と後方へ下がって……」


「いいえ。わたくしなら大丈夫です。一緒に戦わせてください」


「おお~。コイツは頼もしいね。頼りにさせてもらうよ、樺憐」


「ええ。お任せください」



樺憐は軽く拳を打ち鳴らし、一番前へと進み出る。

亜弥も恭佳も樺憐の強さは先程の戦闘で嫌というほど思い知っている。敵となればとても脅威だったが、味方となればこれ程頼もしい事は無い。まさに鬼に金棒、百人力とはこの事だ。

全員が緊張に満ちた面持ちで茂みに鋭い視線を向けている間も物音はして、音の発生源はどんどんこちらへと近づいてくる。

やがて、その音の原因である人物が、身体の左半分をそばに生えている大木に隠すように茂みの中から姿を現した。



「はぁ、はぁ……」


「れ、零治! 無事だったんですねっ!」


「全く。零治。脅かすんじゃないよ。敵かと思ったじゃないか」


「奈々瑠。臥々瑠。この方が零治さんなのぉ?」


「はい。そうです」


「兄さん。無事でよかったぁ。心配したんだよ」


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


「零治。顔色が悪いですよ。それに酷く息を切らしていますし……何かあったのですか?」


「はぁ、はぁ……。ああ。姉さんを殺した……あの日と同じくらい最悪の……出来事……だな……」



零治は酷く体力を消耗しているらしく、亜弥の問いにも何とか答えはしたが、声が完全にかすれていて話すのがやっとの状態である。

その姿を前に、亜弥達の心に不安がよぎる。そして何より、今の零治の状態から奈々瑠達には誤魔化せない事があったのだ。



「……に、兄さん。身体から血の臭いがするんですけど、どこか怪我でもしたんですか……」


「はぁ、はぁ。……あぁ、そうか。お前らの鼻は……誤魔化せない……よなぁ……」



奈々瑠の指摘に零治は自虐的な笑みを浮かべ、もう一歩前へとその場から進み出る。

身体の左半分は未だに大木に隠れて見えないが、身体を揺するように前へ進み出て零治の右腕が茂みから姿を見せ、その手に握られていた物がすっぽ抜けて無造作に地面へと転がり落ちた。

それを見て亜弥達の顔は一気に青ざめる。零治が持ってきた物、それは……。



「れ、零治。それ……誰の腕なんですか……」



亜弥は恐る恐るの口調で零治に尋ねる。戦場を駆けていた亜弥は切断された人の腕自体は見慣れている。その事に恐怖しているのではない。

問題はその腕の持ち主が誰なのかだ。零治が持ってきた左腕はこの世界の人間の物ではないのだ。

左腕を覆っている黒い布地。これはどう見ても自分達が着ているコートと同じ物だ。つまり、この腕の持ち主は自分達が知っている人物という事になる。その点から亜弥達は不安に駆られてしまい、最悪の事態が頭に浮かんでしまう。



「はぁ、はぁ、はぁ……」


「「「「「っ!?」」」」」



零治は息を切らしながらもう一歩前と進み出る。それにより大木の陰に隠れていた左側が露わになる。

それを見て、亜弥達は戦慄した。本来ならばあるべき物、零治の左腕が肩から二の腕上部は残っているが、そこから先が無くなっているのだ。

これにより亜弥達が思い描いていた最悪の事態は現実のものとなってしまい、そして理解した。

いま目の前の地面に転がり落ちている左腕は零治の物なのだと……。



「れ、零治っ! 貴方……その左腕はどうしたんですか!?」


「はぁ、はぁ……」



零治は亜弥の問いには答えようとせず、というよりその余力が無いのだ。

零治は荒い息を繰り返しながら身体を隠していた大木に背を預け、そのままズルズルと地面にへたり込んでしまい、充分とは言えない応急処置だったため、腕の切断面からは血が溢れだし、零治が座り込んでいる周辺は彼の地で赤く染めあがっていく。

亜弥達はすぐに零治の下まで駆け寄り、その場にしゃがみ込んで不安げな様子で零治の顔を覗き込みながら声をかける。



「零治! 答えてください! 一体なにがあったんですかっ!?」


「見りゃ……分かるだろ……。この通りオレは……左腕を……失っちまった……」


「零治。誰にやられた。誰がアンタをこんな目に遭わせたんだ……」


「はぁ、はぁ……銀狼……に……ほんの一瞬の隙を……突かれて……」


「そう……」



それを聞き終えるなり、恭佳はゆっくりと立ち上がり、ソウルイーターを肩に担いでクルリと背を向け、一人で落ち着いた足取りで歩きだす。

この姿を見れば恭佳が何を考えているかなどすぐに分かる。だが今はそれどころではないのだ。

亜弥が後ろから声を張り上げと恭佳を呼び止める。



「恭佳! どこへ行くつもりですか!?」


「決まってんだろっ! 銀狼の野郎をブッ殺しに行くんだよ! あのクソ野郎! よくもアタシの弟をこんな目に遭わせやがってぇ! ぜってぇ許さねぇ!!」



亜弥に呼び止められるなり、恭佳は後ろに振り返り激しい怒りを露わにしながら森中に響き渡るほどの怒声を上げた。

その怒鳴り声もさることながら表情も凄まじく、まるで鬼のような形相だ。

今の恭佳はそれだけ激しい怒りを銀狼に対して抱いているのだ。確かに身内がこんな目に遭わされれば誰だって怒る。怒らない人間が居るはずがない。

だがこの状況での単独行動は危険すぎるし、何より今の恭佳には冷静さが全く無い。こんな状態の彼女を一人で行かせる訳にはいかないのだ。

亜弥は恭佳が抱く怒りも理解しつつ、何とか踏み止まるように説得を試みた。



「ダメですよ恭佳! この状況での単独行動は危険すぎます!」


「それがどうした! 今のアタシは死人だ! 誰にも殺せやしない! アイツら……劉備軍どもにも思い知らせてやる! このアタシを怒らせる事がどれ程恐ろしい事なのかをねぇ!!」


「確かに貴方の怒りは分かりますよ! ですが今はそれよりも零治の手当をするのが最優先でしょう! 恭佳っ! 貴方は重傷を負っている弟を放っておくつもりなんですか!? どうか冷静になって考え直してください!!」


「くぅぅぅ……っ! あぁっ! クソッ! 分かったわよ!」



恭佳は何とか亜弥の説得に応じて考えを改めはしたが、やはり怒りは収まらないらしく、左手で手近にある樹を思いっ切り殴って内に抱える怒りを紛らわせる。

恭佳の方はとりあえず解決はしたが、一番重要な問題がまだ未解決のままだ。

奈々瑠と臥々瑠が涙目で零治に懸命に声を掛けてはいるが、零治は衰弱していく一方だ。



「兄さん! しっかりしてください! ああっ! こんなに血が……っ! 姉さん、どうすればっ!?」


「とにかく零治の手当てをしなくては。このままでは彼の命が危ない……っ!」



今は零治の傷の手当てをするのが最優先だ。万が一の事を考えて、応急処置のために包帯やガーゼ、消毒用のアルコールなどは持ってきているが、腕の切断となるとその程度では止血ぐらいしか出来ないだろうが、それでもやらないよりはマシだ。本人がその場しのぎの応急処置はしているが、ちゃんとした手当をしないと非常に不味いだろう。



「奈々瑠! 私達が使ってた樹の枝に私のバックパックが引っかけてあります! それを取ってきてくださいっ!」


「は、はいっ!」



亜弥の指示に奈々瑠は即座に動いた。その場から一気に跳躍していき、樹の枝から枝へと飛び移っていきながら上へと素早く登っていく。

自分達が寝るために使っていた枝まで辿り着き、黒い小さなバッグらしき物が引っ掛かっているのは奈々瑠はすぐに見つけ、それを引ったくるように枝から取り外して両手で大事に抱えながらその場から飛び降りて一気に地面まで着地し、亜弥の下まで駆け寄る。



「姉さん! これですね!」


「ええ。上出来です!」



奈々瑠からバックパックを受け取った亜弥はジッパーを開いて中から包帯、ガーゼ、消毒用のアルコールが入った瓶を取り出し、零治の手当てを始める。

まずは零治が腕に巻き付けた包帯代わりに使っているコートの一部を傷に触らないようにそっと外していくが、巻き方が荒かったせいもあり、零治はその際に走る腕の痛みに身をよじって苦悶の表情で呻き声を漏らしながら苦痛を訴えかける。



「っ!? ぐぅぅぅっ! あぁ……くぅっ!」


「零治! 動かないでください!」


「無茶……言うなよ……っ! そんな事言うんなら……モルヒネぐらい……用意しろよな……!」


「貴方こそ無茶を言わないでくださいよ……」



何とか腕の包帯代わりの布地は外す事が出来た。そこから露わになった腕の切断面は血で真っ赤になっており、今もなお出血は続いていた。

次にするべきは傷の消毒だ。亜弥は瓶の蓋を開け右手で零治の左腕をそっと持ち上げ、左手に持っている瓶を近づけてくるので、その様に零治は嫌な予感を感じてしまう。



「おい、亜弥。まさかとは思うが……」


「そのまさかですよ。こうするしか方法は無いんで我慢してくださいよ」


「……激痛でのた打ち回るかもしれないんだぞ」


「なら押え役を用意しましょう。……樺憐」


「はい」


「すみませんが零治が暴れないように上半身を押さえつけておいてください」


「承知いたしました」


「恭佳。貴方は下半身を」


「ああ。分かったよ」



亜弥の指示に従い、樺憐は零治の上半身を、恭佳は下半身をしっかりと両手で押さえつける。

これなら零治が暴れても手当の阻害にはならないだろう。

その時になって零治はようやく樺憐の存在に気づき、この状況にもかかわらず疑問を投げかける。



「か、樺憐……? 確かあの時……の……」


「零治さん。初めての顔合わせなのに、このような無礼を働いてしまう事をお許しください。ですが全ては貴方様のためなのです。どうか今しばらくの間は我慢してください」


「……樺憐。アンタってそんなキャラだったっけ?」


「二人とも。無駄話はそこまでです。零治、始めますよ」


「はぁ、はぁ……やれよ……」



その言葉を聞くなり、亜弥は瓶を傾けて中の消毒薬を零治の腕にドバドバとぶっかける。

やり方は非常に乱暴だが、ここまで傷が大きいとなると脱脂綿などを使って傷口に当てていくようなやり方では効率が悪すぎるのだ。

だがここまで一気に消毒液を傷にかけられたら当然しみるし、痛みも半端じゃない。

零治の腕にはまたもや激痛が走り、その痛みに身をよじりながら苦悶の表情になり痛みを何とか堪えようとするが、あまりの激痛に身体をバタつかせようとするが、手当の邪魔にならないように恭佳と樺憐が力の限り零治を押さえつける。



「んん! ぐぅぅぅぅっ! あぁぁ……っ!」


「おい零治! 暴れるんじゃないよ!」


「んあぁぁぁっ! ぐあぁぁぁ……っ!」


「零治さん! どうか堪えてください!」



痛みに堪えきれず、零治は呻き声を出しながら暴れようとするが、亜弥の手当ての作業の邪魔にならないように樺憐と恭佳が全力で零治をの身体を押さえつけて何とか作業を進めていく。

奈々瑠と臥々瑠は後方でその姿を祈るような気持ちで見守っている。



「兄さん……頑張ってください……っ!」


「兄さん! 死なないで! 一緒に……みんなで一緒に生きて帰るんだからねっ!」



二人は健気に零治に生き延びてほしいようにエールを送り、零治もそれを聞いて気力を振り絞り、腕から全身へ駆け巡る気絶しそうな激痛に何とか耐え抜いた。

そこでようやく腕の消毒が終わり、亜弥は腕の断面にガーゼをあてがい、包帯を丁寧に巻いていきながら最後にきつく縛り上げて一応の応急処置を終えた。



「ふぅ……ひとまずこれで大丈夫でしょう。樺憐、恭佳。ありがとございました。もう離しても大丈夫ですよ」



零治の手当ても無事に終了したので、樺憐と恭佳の二人は零治から手を離し、心配そうな表情で零治の顔を覗き込む。

先程まで実に荒っぽい手当が行われていたため、零治の顔には脂汗が浮かび上がっており、全身で荒い息を繰り返していた。

零治は亜弥に恨めしげな視線を向けながら何か言いたそうな顔をしており、亜弥も零治が何を言わんとしているのかを理解しつつあえて尋ねてみた。



「零治。気分はどうですか?」


「はぁ、はぁ……最低の一言に尽きるね……」


「フッ。そんな口が利けるのなら、少なくとも命の危険は無さそうですね」


「言ってくれるじゃねぇか。……ぐっ! いっつぅ……っ!」



手当がすんだといっても、やはり痛みはあるのだ。

零治は苦悶の表情で左肩を押さえ、痛みに耐えながら身をよじった。

ひとまず零治の問題はこれで解決しただろう。だが問題はまだある。これからどうするかだ。



「さて、亜弥。零治はこれで大丈夫だろうけど……まだ問題はあるよ。これからどうするんだい?」


「ええ。問題はそこですね。そのためにもまずは情報の整理が必要です。……零治」


「何だ……」


「今から貴方に幾つか質問しますが……答えられそうですか?」


「余計な気遣いは無用だ。何とか喋る事は出来るからな……」


「結構。なら一つ目の質問です。零治。貴方を襲撃したのが銀狼なのは間違いないのですね?」


「ああ」


「他には誰か居ましたか?」


「いいや。オレの所には奴しか居なかった……」


「なるほど。では二つ目。奴はどうしました。殺したのですか?」


「いや。こっちも逃げる事を優先したから、奴はまだ生きている。だが、銀狼の事なら心配はない。奴はもう戦えないからな……」


「それはどういう意味です?」


「奴は村正の力を使いすぎて自滅した。村正を使うのに必要不可欠な右眼を失ったんだよ。つまり、奴にはもう村正のスキルを使う事が出来ないんだ……」


「なるほど……」


「ケッ! どうせなら右眼だけじゃなく、全身を失って死ねばよかったのにね……」



横で話を聞いていた恭佳は腕を組みながら不満そうに毒づいた。やはり彼女の中の怒りの炎はまだ鎮火していない様子だ。

いや、恭佳だけじゃない。奈々瑠も臥々瑠も今は銀狼に対して激しい憎悪を抱いており、身体をワナワナと震わせながら内に抱える怒りを紛らわせるように下唇を力強く噛んでいた。



「恭佳。話の邪魔をしないでください」


「はいはい。悪かったね」


「全く。まあ気持ちは分かりますがね。……零治。話を続けますが……なら銀狼は生きているという事ですね?」


「ああ。それは間違いない」


「…………」


「亜弥。オレも質問がある」


「何ですか?」


「決まってる。コイツの事だ……」



零治はチラリと樺憐に視線を向ける。

彼が訊きたい事、それはなぜ樺憐がこの場に居て、前は敵だったはずの人物が今は味方なのか。

今の零治はその事に対する疑問で頭の中が一杯なのだ。



「あぁ、彼女の事ですか」


「零治さん。改めて初めまして。わたくしの名は樺憐と申します。以後、お見知りおきを。出来る事ならばもっと穏やかな状況で顔を合わせたかったのですがぁ」



樺憐はゆっくりと丁寧なお辞儀をし、零治に自己紹介をする。

その姿に零治はますます訳が分からなくなった。今の樺憐に敵意が無い事も疑問なのだが、今の彼女の纏っている雰囲気が前に戦った時に見せたモノと完全に違うのだ。

零治が抱く疑問は解決するどころかますます深まるばかりだった。



「おい。どうなってんだ? 亜弥、この女……本当にオレ達が闘ったあの戦闘獣人バイオロイドと同一人物なのか?」


「ええ。間違いなく同一人物ですよ」


「なら何だよ、このギャップは。味方になってる点も疑問だが……雰囲気が全く違うのが一番気になるんだが」


「その事なら答えは単純です。彼女は黒狼に洗脳され、利用されていたのですよ……」


「なるほど。……って、ん? なぜわざわざそんな事を奴はしたんだよ?」


「……戦場の駒として確実に利用するため、でしょうね」


「ケッ! 実にあの男らしい発想だな……」


「ええ。ですがそれだけではないでしょう。もう一つ理由があります。恐らくこちらが本命だと私は推測しています」


「何だよ?」


「零治。驚かないで聞いてください。彼女、樺憐は……奈々瑠と臥々瑠の実の母親なんです」


「……はあっ!?」



亜弥に驚くなと言われていたが、この事実を聞かされて驚かない訳が無いし、驚くなという方が無理な話だ。

話を聞くなり案の定、零治は口をあんぐりと開けて驚きを露わにし、カクカクとロボットのように首を動かして樺憐に視線を向け、恐る恐る尋ねてみた。



「……あ、あのさ、今の話……マジ……?」


「はい。マジですわよ」


「…………」


「零治さん。わたくしが居ない間、娘達の面倒を見てくださった事、本当に感謝しております。ましてや、実の妹のように扱ってくださっていたなんて……何とお礼を申し上げればよいか」


「いや、その事は気にしなくていいさ。オレも……家族が出来たみたいで楽しかったからさ……」


「貴方様のおかげで娘達はこうして成長できましたし、何より……また娘達の顔を見る事が出来た。零治さん……本当にありがとうございます~」


「なっ!?」



樺憐が零治に感謝の意を表すために取った行動、それは抱擁。

左腕の傷に触れないように樺憐は両腕を零治の背に回して正面から優しく抱きしめてきた。

樺憐の大胆行動に他のメンバーは全員眼を丸くして言葉を失ってしまう。というのも、樺憐の今の行動のせいで零治の身体に彼女のある部位が押しつけられているのだ。



「あ、あー……か、樺憐……?」


「何でしょうかぁ?」


「その……礼はもういいから……離れてくれないか……?」


「あらぁ。零治さん、わたくしの抱擁はお気に召しませんでしたかぁ?」


「い、いや……そうじゃなくて……だな……」



零治はぎこちない口調で樺憐に離れるように頼むが、樺憐はなぜと言わんばかりに首を傾げる。

零治も今の状況で樺憐の胸が押しつけられているのは分かっているし、周りには亜弥達も居るのだ。

周りから向けられる視線が痛いから早いとこ樺憐に離れてほしいのだが、相変わらずくっついたままだ。

樺憐のこの行動は素なのかそれとも演技なのか、もしも演技なら彼女は相当の悪女という事になる。

このままではいつまで経っても話が先に進まないので、見かねた恭佳が間に割って入り、樺憐の両肩をガッシリと掴んで強引に零治から引き剥がしに入った。



「はいはい。アンタが零治に感謝しているのは充分理解できたから、そろそろ離れなよ」


「あん。……恭佳さん、そんな乱暴にしないでくださいよ~」


「樺憐。アンタは女、零治は男。スキンシップがしたいんならもう少し刺激の少ない方法を選びなよ。アンタは只でさえ肌の露出が多い上にデカい胸まで持ってるんだからさ……」


「はい? 何の事を言ってるのですかぁ?」



樺憐は恭佳の言っている意味が理解できないのか、不思議そうに首を傾げる。

会ったばかりなため素なのか演技なのか判断が難しい。が、今はその事は後回しだ。

情報の整理も一通り済んだ事だし、今後の方針をどうするかを決めるべく、恭佳は樺憐を掴んだまま亜弥に視線を向け、その事を尋ねる。



「で、亜弥。今後の行動方針はどうするつもりだい?」


「ええ。その事なんですが……」



亜弥はそこで言葉を区切り、全員をグルリと見回す。

この先どう動くべきか。当初の予定では劉備軍を撃退するはずだったが、状況が変わった。

銀狼達がこの場に現れたのも想定外だったが、一番の予想外の出来事は零治の負傷。しかも左腕を失うほどの重傷を負っている身だ。

こんな状態の零治を加えて劉備軍と戦うのも危険だが、一番の危険は向こうに銀狼以外の誰かが居るかもしれないという可能性だ。その点を考えると、これ以上この場、定軍山に留まるのは危険でしかない。

ならばどう動くべきか、亜弥は出した結論を皆に伝える。



「当初の予定は劉備軍の撃退でしたが……状況が変わりました。『こちら側』の人間がこの場に現れたのも想定外でしたが、零治の負傷は予想外だった……」



誰も何も言わない。亜弥はまだ全てを語っていないのだ。

特に誰も意見を述べる様子が無いので、亜弥は言葉を続けた。



「負傷した状態の零治を連れて連中と戦うのは危険すぎます。ですので、ここは零治の身の安全を最優先とし、私はこの場から撤退するべきだと思います」



亜弥の言う事は尤もだ。

この戦い、戦力の一番の要は零治なのだ。だがその零治は負傷。しかもただ傷を負ったのではなく、左腕を失うほどの重傷だ。片腕で戦場に立つのがどれ程危険なのかは全員が理解している。

ならばここは亜弥の言う通りにするのが賢明なのだろうが、恭佳は首を横に振り反対の意を表す。



「亜弥。悪いけどアタシは反対だ……」


「恭佳!? 貴方……自分が何を言っているのか分かっているのですか!?」


「あぁ、分かってるさ。亜弥、アンタの言う事も理解している。それでもアタシは反対だね……」



恭佳はあくまでも反対の姿勢を崩さない。なぜ反対なのか、それは顔に出ていた。

恭佳は零治の事に対する復讐を劉備軍にするつもりなのだ。亜弥も恭佳の気持ちは理解している。

彼女にとって零治は残された、たった一人の肉親なのだ。大事な存在である弟がこんな目に遭わされて黙っていられるはずがない。

しかし私怨で戦うのは只の危険行為だ。亜弥は恭佳に考えを改めてもらうように説得を試みた。



「恭佳! 冷静になってください! この状況で奴らと戦うのは危険すぎます! ここは堪えて撤退しましょう!」


「撤退だぁ? ふざけんじゃないよ! 亜弥! アンタは零治がこんな目に遭わされても平気だって言うの!? ここまでやられて引き下がれって言うのか! 冗談じゃないっ! アタシは残る! 残って銀狼を……いや、銀狼だけじゃない。劉備軍も全員、アタシの手で八つ裂きにしてやるっ!!」


「私だって奴らに仕返しはしてやりたいですよ! ですが危険すぎるんです! もともと不利な状況下での戦いだったんですよ! 今の状況で零治を護りながら戦うのは危険すぎます! 恭佳、考え直してください! 彼が……零治が死んだら元も子もないでしょう! 貴方は零治が死んでもいいというのですかっ!?」


「そ、それは……」



亜弥の鋭い指摘で恭佳は口を噤んでしまう。

確かに今の状況を考えれば、零治が死ぬ可能性は高い。亜弥の応急処置のおかげで一命は取り留めたものの、これはあくまでその場しのぎだ。一刻も早く医者に見せなければ危険なのは事実だ。

恭佳はこのまま敵に背を向けるのは悔しいが、零治が死ぬ事など望んでいない。

恭佳は考えを改め、亜弥の考えに従おうと思い始めたその時だった。意外な人物が恭佳に助け舟を出したのだ。



「はぁ、はぁ……亜弥。悪いがオレも姉さんの意見に賛成だ。撤退はしない……」


「零治!? 貴方まで何を言い出すんですか! 気は確かですかっ!?」



意外や意外。恭佳の意見に同意したのはなんと零治本人だ。負傷している身でありながら撤退を拒否するなど正気を疑わざるを得ない。だが零治はヤケになっている様子はない。その顔は冷静そのもの。

何か考えがあって言っているのだろうが、仮にそうだとしても今回ばかりは流石の亜弥も同意は出来ない。亜弥は声を張り上げて零治にも考えを改めてもらうように説得に入る。



「零治! 考え直してください! 自分がどれだけ危険な事を言ってるのか分からない訳ないでしょう!?」


「ああ。分かっているさ。だがな、このままじゃ銀狼を通じて、遅かれ早かれオレの事は奴らに知られちまう……」


「分かってますよそれぐらい! だからそうなる前に撤退するべきだと私は言って……っ!」


「そうじゃない。亜弥、オレが危惧しているのはそこじゃないんだ……」


「なら何です」


「オレが一番恐れているのは、奴らがこの情報を持ち帰り、蜀だけじゃなく……呉の連中にも知られてしまう可能性を危険視しているんだ……」


「零治……」


「もしもこの事が呉にまで知られたら、蜀と呉が同盟を結び、一気に攻め込んで来る可能性も否定できない。それだけは何が何でも避けなければならない。だから……撤退はしないっ! ここで奴らを……銀狼諸共劉備軍どもを皆殺しにするっ!」


「…………」



零治の言う事は亜弥も理解できた。

彼の言うように、流石に一気に攻め込んで来る可能性は低いだろうが、蜀と呉が同盟を結び今まで以上に攻勢に出てくる可能性は高いかもしれない。この二国にとって零治の存在はそれほど脅威なのだ。

更に言えば、劉備の所には黒狼が居る。もしも本当にこの事が知られれば、零治が危惧している事が現実になる可能性は高いが、やはりそれでも亜弥は首を縦には振れない。何とか零治に考え直してもらうように懸命に説得を続ける。



「貴方の言いたい事は分かります。ですが私はそれでも賛成は出来ない! 確かに蜀と呉が同盟を結び攻勢に出る可能性はあるかもしれないが……この二国が同盟を結ぶのは史実で既に決まっている事だっ! ならばわざわざ危険を冒す価値があるとは私にはとても思えない!」


「兄さん! 姉さんの言う通りです! 確かにこの二つの国が同盟を結んだらそれはそれで脅威です。でも……そうなったら私達が今まで以上に頑張れば済む話じゃないですかっ! お願いです! ここは姉さんの言う通りにして撤退しましょう!」


「そうだよ! アタシも反対! 兄さんを傷つけられたのは確かに悔しい。でも……兄さんが死ぬのはもっと嫌だ! だからここはみんなで逃げようよ!」



ここに来て奈々瑠と臥々瑠も亜弥の意見に同意し、零治に撤退するように求めてきた。

となると残るは樺憐だ。まだ彼女は何も言っていない。ここで彼女がどう意見するかで状況は決まるかもしれない。一同の視線が樺憐に集中する。



「あ、あらぁ。困りましたわねぇ。わたくしこういうのは苦手なのですがぁ」


「樺憐。貴方からも言ってやってください。恩人を死なせるのは本意ではないでしょう」


「樺憐。オレに恩を感じているのなら、今それを返す時だ。お前の力でこの戦いに終止符を打つんだ」


「…………」



樺憐は亜弥、零治と交互に視線を向けて思考を巡らせる。どちらに従うべきか。亜弥か、零治か。

奈々瑠と臥々瑠も樺憐に亜弥の意見に賛成してくれと懇願するように視線を向ける。

あまり時間は無い。早急に結論を出す必要がある。やがて結論が出たのか、樺憐は表情を引き締め、亜弥に視線を向け、頭を下げた。



「……亜弥さん。申し訳ありません」


「樺憐? ……まさかっ!?」


「はい。わたくしは零治さんに従います。わたくしの全てはこの方のためにあるのですから」


「母さんっ!」


「お母さん!」


「奈々瑠、臥々瑠。大丈夫よ。零治さんはわたくしがこの身に変えても護ってみせるわ。だって、貴方達の大切なお兄ちゃんですもの」


「はぁ。まさか樺憐がここまで零治に入れ込んでいたとは。会ったばかりの人に対してどうしてここまで出来るんだ。私には理解できない……」



亜弥は樺憐の性格から考えてこちらに同意してくれると期待していたのに、その期待は見事なまでに裏切られてしまった。

おまけに樺憐の今の言動。これではまるで零治に絶対的な忠誠を誓っているような口ぶりだ。

亜弥は樺憐の行動について行けず、ただただ頭を抱えながら俯く事しか出来なかった。



「さ~て。多数決だと現時点では平行線のままだね」


「そうだな。誰かこっちに同意しろよ。それで事は丸く収まるんだ……」


「私がそうするとでも……?」


「私も賛成できません……」


「アタシも反対……」



亜弥、奈々瑠、臥々瑠の三人は口を揃えてこれを拒否。このままではいつまで経っても話は纏まらないだろう。

多数決で決めるとなるとあと一人、あと一人誰かがどちらかの意見に賛成する必要があるが、二組の話は綺麗に賛成派と反対派に分かれてしまっている。この状況ではいつまで経っても話は終わらない。

零治はその事を誰に言うのでもなく、一人で呟いた。



「フッ。あと一人いれば話は纏まるのにな……」



とは言っても、この場には自分達以外に誰も居ない。居るとすれば敵である劉備軍だけ。そのはずだった。だが……。



『なら……俺様がその一人になってやろうかぁ?』


「っ!? 誰だ!」



突如として零治の耳に男と思われる奇怪な声が響いてきたので、零治は鋭く叫び、辺りに警戒の視線を向ける。

が、亜弥達は何事かと言わんばかりに零治に不思議そうな視線を向ける。



「零治。どうしたんですか?」


「……今、声が聞こえなかったか?」


「声? おいおい零治。ここにはアタシら以外に居ないじゃないか。大丈夫?」


「……空耳か?」


『いいや。空耳なんかじゃないぜ。クックック……』


「っ! ほら! いま聞こえただろっ!」



またもや零治の耳に先程の謎の声が聞こえ、亜弥達に向かって鋭く叫ぶが、亜弥達は困惑の表情で顔を見合わせる。

この様子を見た限りでは、今の声は零治以外に聞こえていないという事になる。



「あの……兄さん、本当に大丈夫ですか? 私達には何も聞こえなかったんですが……」


「うん。アタシも。兄さん、やっぱり疲れてるんじゃ……」


「どういう事だ。オレには聞こえてなぜ亜弥達には聞こえないんだ……」


『聞こえなくて当然さ。お前の頭の中に直接話しかけてるんだからなぁ。念話ってやつさ』


「っ!? またか! どこに居る! 姿を見せろ!!」



またもや零治は鋭く叫びながら険しい表情で辺りに視線を走らせた。

事情を理解していない亜弥達から見ると、今の零治は錯乱しているようにも見受けられる。

おまけにこの状況で意味も無く叫ぶなど愚の骨頂。敵に見つけてくれと言っているようなものである。



「零治、落ち着いてください! ここには私達以外に誰も居ないから意味も無く叫ばないでください! 敵に見つかったらどうするんですか!?」


「いいや! 間違いなく居る! おまけに……『念話』って単語を使ってきやがった! これは相手が『こちら側』の人間って証拠だ!」


「なんですってっ!?」


「っ! 奈々瑠! 臥々瑠! 周囲に誰かいるかいっ!?」



零治の言葉に全員に緊張が走り、亜弥達は武器を構えて零治を守るように円陣を組み、周囲に警戒の眼差しを向ける。

恭佳の言葉に従い、奈々瑠と臥々瑠は周辺に耳を澄ませ、鼻をスンスンと鳴らして匂いを嗅ぎ分けて自分達以外に誰かいないか調べるが、何も感知できなかった。



「……誰も居ませんね」


「確かなの……?」


「うん。周囲には人の気配も無いし、匂いもしない。物音もしないし……やっぱり誰も居ないよ」


「いや、冷静に考えたら、仮に零治に聞こえてきた声が念話なら、近くに居るとは限らないはず……」


「いいや。声の主は間違いなく近くに居る。こっちの事情を知っているような口ぶりだったからな……」


『クックック。捜すだけ無駄だぜ。そもそも俺様は“人”じゃないからな』


「何……?」


「零治! また聞こえたんですか!?」


「ああ。奴は……自分を人じゃないと言ってるが……どういう意味だ?」


『知りたいか? ならば教えてやるよ。もともと俺様はお前の目の前に居るしな』


「目の前だと?」


『ああ。……そこに居る、お前に尻尾を振ってる犬っころ。そいつが俺様を“所持”しているぜ』


「樺憐が?」


「はい? わたくしがどうかしましたかぁ?」


「亜弥、姉さん。樺憐を調べてくれ」


「零治。いきなりどうしたのよ?」


「声の主の正体が何なのかは分からんが……そいつは樺憐が『所持』していると言ってるんだ」


「所持? まるで自分が物みたいな言い草ですね」


「まっ、このままじゃ気味が悪いし、言う通りにしてみるか。……樺憐。ちょっと失礼するよ」



考えても埒が明かないので、ここはひとまず零治の言う通りにして、樺憐の身体検査をする事にした。

樺憐に異常が無いか、亜弥と恭佳は慎重に身体を触ったり、衣服のポケットの中を調べたりするが特に何も無かった。

が、後ろから樺憐の身体を調べていた亜弥がある物を見つけたのだ。



「ん? ……これは?」


「亜弥。何かあったの?」


「ええ。恭佳。これを見てください」



恭佳も樺憐の背後に回って、亜弥が指差す腰の部位を見てみる。

戦闘中は夢中で気付かなかったが、樺憐の穿いている短パンの背には十字の形をした革ベルトが括り付けられており、そのベルトの中には血のように真っ赤な表紙をした一冊のぶ厚い本が収められていた。



「何これ? 本?」


「これは……魔導書のようですね。樺憐、ちょっと失礼しますよ」



気になった亜弥はカチャカチャとベルトを外して魔導書を取り出す。

血のように真っ赤な表紙の魔導書はそれだけでも充分不気味だが、表紙には黒字で魔方陣など色々と書き込まれておりそのせいで不気味さに拍車がかかっていた。



「うっへぇ~。アタシも魔導書は見た事があるけど……コイツは今まで見て来た奴の中でも一番気味が悪いねぇ」


「…………」



亜弥は険しい表情で魔導書を見つめ、角度を変えたり指でふちをなぞったりしてまるで鑑定するかのように慎重に調べる。

そして、表紙に書かれている題字と思われる奇妙な形の文字に眼を通してみた。



「ブラッド……ディクテイター。っ! まさかこれは……っ!?」


「亜弥。その魔導書が何なのか知ってるのか?」


「ええ。零治、貴方も一度くらい聞いた事があるのでは。『血の魔導書ブラッド・ディクテイター』という名を……」


「あぁ、知ってるさ。最強にして最凶。この世に破壊と混沌をもたらすとさえ言われた魔導書の事だろ? 中二くさい売り文句だよな。で、アレがどうしたんだ?」


「…………」


「おい。まさか……」


「そのまさかです。これがその血の魔導書なんですよ……」


「おいおい。題字がそうだからって中身が本物とは限らないだろ?」


『クックック。その女が言ってる事は本当さ。正真正銘、本物の血の魔導書だ』


「っ!?」



またもや零治の頭の中に奇怪な男の声が響き渡った。

そして亜弥が持っている魔導書を本物と断言までしている。声の主の今までの言動の内容を結びつけると、『樺憐が所持している』、『人ではない』だった。

樺憐を調べた結果、その魔導書が出てきた。そこから得られる結論、それは……。



「まさか……声の正体はお前なのか……?」


『ご名答。その通りだ』


「……なぜオレだけに話しかけるんだ」


『お前に興味がある。なかなか良い魔力の持ち主だし、何より……敵に対するその執念。俺様を使うのには申し分ない存在だ……』


「…………」


『俺様の力を手に入れたらこの状況を打破するなど容易い。それに……その左腕も治せるぞ』


「何っ!?」


『どうするかはお前が決めろ。強制はしない。俺様を使うも使わないも、お前の自由だ……』



魔導書はそこで話すのをやめ、沈黙を保つ。

どうするべきか。今の話が本当なら零治の左腕は治るし、新たな力も手に入る。

この魔道書の力がどれ程のものなのかは見当もつかないが、自分の知る限りでは強大なのは間違いないだろう。その力を使えば黒狼とも互角に、あるいは上回る事も出来るかもしれないし、蜀と呉への抑止力にもなるかもしれない。ならば選ぶべき選択肢は……。



「零治。貴方に話しかけていた声の主はこの魔道書で間違いないのですか?」


「ああ。恐らくな……」


「魔導書にまで話しかけられるなんて……零治、アンタ一度お祓いでもしてもらった方がいいんじゃないの? どうせロクな話じゃなかったんだろ?」


「かもな。だが……そいつの話によると、オレの腕も治せるみたいだ……」


「っ!? 兄さん! それ本当なんですか!?」


「分からん。だが……その魔導書は治せると言っていた」


「兄さん! だったらその魔導書の言う通りにしようよ! 腕が治るんでしょ!?」



零治から聞かされた会話の内容に奈々瑠と臥々瑠の瞳に希望の光が宿る。

切断された腕が治る。今の二人にとってこれ程嬉しい報せは無いだろう。

亜弥と恭佳も少々不安な所はあるが、腕が治る点は素直に喜べた。

だが一人、樺憐だけは首を横に振り、反対の意を示した。



「わたくしは賛成できませんわ……」


「母さん! どうしてそんな事をっ!?」


「そうだよ! 兄さんの腕が治るんだよ! どうして反対なの!?」


「……気に入らないのです。そのゴミ書物が……。わたくしはそれの危険性を嫌というほど知っていますから」


「樺憐。何を知っているのですか?」


「まだわたくしが封印される前の事。わたくしの戦闘力のテスト行った際、相手の神器使いはその魔導書も所持していました。そしてその方は……魔導書の力の暴走に負け、亡くなったのです……」


「なっ!?」


「もっとも、その方を直接殺したのはわたくしですが。ですが後悔はしていません。アレが一番最善の方法でしたし、その方のためでもありました……」


「では樺憐。貴方が封印されていた本当の理由は……」


「はい。表向きには驚異的な戦闘力の危険性という事になっていましたが、本当の理由は……凶悪な魔道書の力さえも上回る程のわたくしの力を当時の研究者達が危険視したからです……」


「…………」


「零治さん。どうか考え直してください。その魔導書は危険なのです。貴方様の持つ神器と魔導書、この二つの組み合わせにわたくしは不吉な予感を感じてしまうのです」


「どういう事だ?」


「あの時の模擬戦で亡くなられた方が使っていた神器は……叢雲なのです」



樺憐から告げられた驚きの事実。当時の模擬戦で死亡した神器使いの使用していた神器が零治と同じ叢雲とは。

この話を聞かされ、亜弥達も驚きを隠せない。偶然とはいえ、この組み合わせはある種の運命の巡り合わせなのかもしれない。そして当事者だったからこそ樺憐は感じてしまうのだろう。また同じ悲劇が起こるのではないかと。



「零治さん。もう一度言います。考え直してください。このようなゴミ書物に頼らずとも、この先はわたくしが貴方様の力となります。ですから……」


「……樺憐。お前の気持ちは嬉しい。だが、その頼みは聞けないな」


「零治さん……」


「オレはまだ戦場から退く訳にはいかないんだ。そのためなら……オレは何でもやってやる。例えそれに死の危険が付きまとうとしてもだ」


「……分かりました。零治さんがそう決めたのなら、わたくしはこれ以上なにも言いません」


「悪いな。オレの事を想って言ってくれたのに。……おい。話は纏まったぞ。お前の事は何て呼べばいいんだ?」


『好きなように呼ぶがいいさ。……俺様の周りに居た連中は“あか”と呼んでる奴が大勢いたが』


「なぜあかと?」


『血の色は赤だろ? それに見た目のせいもあるしな。後は……俺様の力を使う時の姿が原因かもな』


「……安直な呼び名だな」


『人間が考える呼称なんざそんなものよ。それに俺様にとって呼び名など大した問題じゃない。重要なのはお前に俺様を使う意志があるかどうかだ……』


「決まっている。この状況を打破できる程の力、何よりオレの腕が治るのなら答えは一つだけだ。オレは……お前の力を欲するっ!」


『良い答えだ。流石は俺様が見込んだ男。ならば力を与えてやろう。まずは……その左腕を治さないとな』


「…………」


『なに。別に難しくはない。お前は切断されたその左腕を膝の上にでも乗せていればいい』


「分かった」



零治は魔導書の指示に従い、地面に転がり落ちている自分の左腕を拾い上げ、伸ばし切っている両脚の膝の上に乗せる。そして魔導書は次の指示を零治に出した。



『よし次だ。俺様をお前の腕の側に置け。どこでも構わん。とにかく腕の近くだぞ』


「ああ。……亜弥。その魔導書をオレの左腕の側に置いてくれ」


「分かりました」



亜弥は内心この魔導書の言う事を信じていいのかと疑問を抱いていたが、零治がやると決めた以上は止める事など出来やしないし、何より零治の左腕が治せるという点に関しては亜弥も嬉しく思う。

自分達がいま置かれいる状況を考えれば、零治の戦線離脱は大きな痛手になるし、下手をすれば零治は片腕でも戦い続けると言い出しかねない。

いくら零治が強いと言っても叢雲のスキルを使い続けるのは無理があるし、仮にそれをやらないにしてもこの世界には歴戦の猛者達が集い、戦乱が渦巻く危険な世界なのだ。そんな中で片腕の零治を戦わせるのは亜弥も本意ではないのだ。そんな思いを内に抱えながら亜弥は零治の左腕が乗っている脚の上の空いているスペースに魔導書を乗せた。



「で、ここからは?」


『お前はそのままじっとしていろ。ここからは俺様の仕事だからな』


「一体どうするつもりだ」


『な~に。お前の左腕と融合し、魔導書その物に変えるのさ。そしてお前の腕と結合して元に戻す。腕が元に戻るだけじゃない。いちいち本の状態の俺様を持ち歩く必要も無くなるんだ。実に合理的だろ?』


「なに?」


『お喋りは終わりだ。始めるぞ……』



魔導書のその言葉を境に周囲の空気が一変する。

急に辺りは薄暗くなり、風が吹き付け始めたと思った矢先に魔導書が赤黒い光を放ちながら不気味な雰囲気を醸し出す。

そこから突然魔導書がひとりでに開き、中の無数のページがパラパラと風に吹かれながらめくれて中間地点に差し掛かった所で動きが止まる。

零治は魔導書の中に眼を向けるが、奇妙な事に中のページには何も書き記されておらず、まっさらな状態だ。コイツは本当に魔導書なのかと零治は内心疑問を抱くが、そこから更なる異変が起こる。

まっさらなはずのページが血のようなどす黒い色に染まり始め、完全に染めあがったと思ったら今度はページの中から無数の手の形をした影のようなものが伸びだし、その手は零治の左腕に絡みつき魔導書の方へと引き寄せていく。

その異様な光景に亜弥達は言葉を失い、本当に大丈夫なのかと不安に駆られてしまう。



「お、おい! これホントに大丈夫なのっ!? アタシ見ていて不安なんだけど!」


「落ち着け! 姉さん、ここまで来たらもう後には戻れない。それに……どの道オレにはこの選択肢を選ぶしかないんだ!」



亜弥達はうろたえているというのに、零治はこの異様な光景を前にしても気丈に振る舞う。

だが内心では零治も一抹の不安は感じていた。しかしそれでも零治はそれを表には決して出さない。

なぜなら、この先も万全の状態で戦い続けるにはこの魔導書に全てを賭けるしかないのだ。

ならばこの先にどんな事が待ち受けていようとも、それら全てを受け止める覚悟で当たらなければならないのだ。

周りの心配をよそに、魔導書の方は零治の左腕を引き寄せた途端に腕と共に宙へと浮き上がり、放たれる赤黒い光は更に強くなり、魔導書と零治の腕の周りには物質変換魔法を使用する時に浮かび上がるあの奇妙な形状の文字の円が何重にも浮かび上がり、クルクルと高速で回転を起こす。

やがて魔導書の方はさらさらと砂ように粒子へと変化していき、零治の左腕へと吸い寄せられていき、腕は墨で塗りつぶしたかのように真っ黒になって赤黒い光に包まれ見えなくなり、光の球体へと形を変える。



「おい。本当にこれでオレの腕は元に戻るんだろうな……」


『ああ。安心しろ。約束は守るさ。……さて、仕上げといくか。少し痛むが我慢しろよ』


「フッ。痛みにはもう慣れたさ」


『良い返事だ。では行くぞ』


「来いっ!」



零治の言葉に呼応するように、目の前に浮かぶ赤黒い色の光の球体からまたもや手の形状の影が何本も伸び始め、手の形をしていた部分が鋭く尖ったスパイクへと形を変え、それらの全てが零治の左腕の切断面に深々と突き刺さって来たのだ。

肉に刃物が突き刺さるような嫌な音が鳴り、辺りに血しぶきが飛び散り、腕に走る激痛に零治は天を仰ぎながら悲痛な叫び声を上げる。



「ぐあああああああっ!!」


「零治っ!」



その姿に恭佳は見るに堪えかねて思わず駆け寄ろうとするが、零治は恭佳に鋭い視線を向け近寄らないように制止する。



「くっ、来るな……っ!」


「何を言ってるのよ! これ以上は見てられないよっ! 零治! 今すぐにやめるんだ! このままじゃアンタ……ホントに死んじまうよっ!!」


「姉さん。オレは死なないっ! オレを信じろ。オレは……こんな所で終わるような奴じゃない……っ!」



その間も状況は刻一刻と進んでいき、零治の腕に突き刺さっている黒い影はウネウネと地面をのたくる蛇のように蠢いており、宙に浮かぶ光の球体を腕の切断面まで引き寄せていく。

断面まで充分に引き寄せられた球体はそこで更に光の強さが増し、辺りに電流のような細長い糸状の赤黒い光を放ち始めた。



「ぐっ……くぅ……っ! ああああああああっ!!」



それに伴う痛みのせいなのか、零治は左肩を右手で思いっ切り押さえつけながら苦悶の表情で痛みに耐えようとするが、あまりにも激しい痛みに耐えかねて天を仰ぎながらまたもや悲痛の叫び声を上げる。

その瞬間だった。魔力が臨界点にまで達したのか、光の球体が爆発を起こしたのだ。

爆発した事で球体に溜め込まれていた魔力は衝撃波と共に辺りに轟音を鳴り響かせながら零治を中心点にして円形に広がっていき、周囲の木々は激しく揺らされ、その場は赤黒い光で覆われてしまい、亜弥達は思わず手を顔の前にかざしてその光を防いだ。

しばらくしてその衝撃は収まり、辺りも静かになったので亜弥達は手を下して零治の方に視線を向ける。

その先にあったものは……。



「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」



激しく息を切らしながら大木に背を預けて地面にへたり込んでいる零治の姿だ。

そして肝心の左腕だが、確かに繋がってはいる。だがその腕はお世辞にも人の物とは言えない物だ。

左腕その物はまるで炭化したのかと思うぐらい真っ黒になっており、周りには血管を思わせるような赤い筋が無数に走って発光していて、掌に関しては異常なまでに巨大化しており、女性の胴体だったら鷲掴みできるほどの大きさをしている。

指先は鋭く尖っていて、指もまるで金属板のように角ばっていて、零治の左腕は完全に異形の腕と化していた。



「れ、零治……そ、その腕は……一体……っ!?」


「はぁ、はぁ。……おい。何だこの腕は……。これじゃ完全に化物じゃねぇか! 何が元に戻すだ! 貴様ぁ! オレを騙しやがったのかっ!!」


『落ち着け。それは魔導書の力が解放されてるからそんな見た目をしているだけだ。力を抑えれば元の形になるさ』


「本当か……?」


『ああ。腕を元の大きさに戻したいように意識を集中してみろ。俺様も手伝ってやるからよ』


「…………」



零治は異形と化している左腕を無言で見つめながら意識を集中。

するとすぐに腕に変化が起こり、腕の周りから魔導書が内包していると思われる赤色の魔力が光の粒となって無数に飛び出し、風に揺られるように宙へと舞飛んでいく。

次に起きた変化は、腕から黒い霧のような物が発生し、それも光の粒同様に風に乗って飛んでいくように宙へと浮かび上がり、零治の左腕を覆っている黒い靄は突風に吹かれたように一気に消し飛んだ。

消し飛んだ靄の中から現れた物は、周囲に赤い筋が走った黒色の左腕だが、よく見てみると掌の大きさは確かに元のサイズに戻っていた。



「おい。掌は確かに元通りになってるが……色が黒のままじゃねぇか。これじゃ元に戻したとは言えねぇぞ……」


『無茶言うな。それが限界だ。今の俺様はお前の左腕と融合しているんだぞ。そのぐらいの変化は我慢しろよな』


「だったら隠す物ぐらい用意しろ。これじゃ外を出歩く事も出来やしねぇ……」


『しょうがねぇな。ならそのコートの袖を再生するか。少し趣向も凝らしてやるとしようじゃないか』


「……おかしな真似するんじゃねぇぞ」


『安心しろ。そこまで目立つような格好にはしねぇって』



魔導書は零治の言葉を適当に受け流し、内包している魔力を集中させる。

すると、左腕に走る無数の赤い筋が発光を起こし、零治が纏っているコートの左腕の袖の残りの部分に異変が起こったのだ。

残っている袖の先端部分に腕を治す時に出現した奇妙な形の文字を連ねた赤色の光のリングが一つだけまたもや現れ、そこから高速回転を始めた。

すると、そこから黒色の布地らしき物が徐々に伸びていき袖の修復が始まる。

やがて完全に元に戻ったかと思いきや、続いて袖の周りに黒い革ベルトが五本出現し、袖に巻き付いて左腕をギリギリときつく締め付け、バックルに通してしっかりと固定。赤色の文字のリングはそこで消滅し、それと入れ替わりに赤色の装甲板で固められたグローブが何もない空間から出現し、零治の足元に無造作に落ちてきた。



『ほれ。手袋も用意してやったぞ。優しい気遣いだろ?』


「……手袋はありがたいが、この袖のベルトは何の意味がある。これじゃアンバランスだろうが」


『そのベルトは俺様の魔力を抑えつける拘束具の役割があるんだよ』


「なぜそんな真似をする?」


『お前はまだ自分の意思で俺様の魔力を抑えつける事が出来ないだろ? でないといきなり暴走して自滅……なんて事も充分にあり得るからな』


「……一応、礼は言っておく」


『そうとも。感謝しろよ。で? 腕の具合はどうだ?」


「…………」



零治は無言で左腕を見たまま軽く曲げ伸ばしを繰り返したり、手を握ったり開いたりを数回繰り返し、異常が無いかを確認。

動かす時の感覚はちゃんと伝わる。自分の意思でちゃんと動かせる。見た目はアレだが、どうやら本当に元に戻ったようだ。



「ちゃんと動かせるな。感覚も問題ないし、行けそうだ……」



腕の方が問題ない事は確認できたので、零治はその場からよろよろとおぼつかない足取りで立ち上がり、地面に落ちていたグローブを拾上げて左手に着用し、付属している金属製のストッパーらしきもので脱げないようにしっかりと固定する。

それまで事の成り行きを見守っていた亜弥達がゆっくりと近づいて来て腕の事を尋ねてきた。



「零治。腕の方は……どうなんですか?」


「ああ。おかげさまですっかり元通り……とはいかないが、大丈夫そうだ。心配かけたな」


「はぁ~。一時はどうなる事かと思ったけど、本当に良かったよ。アンタの腕が治ってさ……」


「不安な思いをさせて悪かったな、姉さん。……お前達にも心配かけちまったな」


「いいんです。兄さんが無事ならそれで良いんですから……」


「うん。ホント……よかったよ。腕が治って……ひっく……っ!」


「おいおい。何も泣くこたぁねぇだろ」


「零治さん。みんなそれだけ貴方様が心配だったのですよ。わたくしも含めて」


「ああ。分かってるさ」


『……おい。和気あいあいはその辺にしとけよ、相棒』


「相棒?」


『これからは俺様が一緒になって戦うんだぜ。なら相棒と呼ぶのは当然だろ?』


「勝手にしろ……」



魔導書の言葉だけぞんざいに受け流し、零治は亜弥達を見回す。

腕の問題は解決したが、まだ戦いは終わっていない。ここからどうするか。

もちろん零治の中での答えは既に出ている。このまま劉備軍を一気に叩き潰す、それだけだ。



「さて。腕の方は解決した。みんな、行くぞ……」


「零治。結局考えを改める気は無いのですね……」


「悪いがオレはこのまま引き下がるつもりは無い。それにこの魔導書……BDも姉さんの意見に同意している。多数決ではこちらの勝ちだぞ」


『BD? 何だその呼び名は?』


「お前の名称は『ブラッド・ディクテイター』だろ? だからそれぞれのつづりの頭文字を組み合わせて『BD』って訳さ」


『…………』


「気に入らんか?」


『いいや。悪くないな。気に入ったぜ、相棒』



声だけしか聞こえないためいまいち判断が難しいが、少なくとも魔導書、もといBDの喋り方を聞く限りでは気分は良さそうである。

今まで周りからはあかとしか呼ばれていなかったため、零治の付けた新たな呼び名に新鮮さを感じているのかもしれない。



「全く。魔導書を頭数に入れた多数決なんて聞いた事ありませんよ。零治。あくまでも戦うつもりなんですね……」


「ああ」


「はぁ……分かりました。ならば私達も従いましょう。……ただし!」



零治の考えに同意した亜弥だが、何か言いたい事があるのか、力強く声を発して右手の人差し指をピッと立てて零治を正面から見据える。



「何だ。まだ何かあるのか?」


「ただし……私が危険と判断した場合は、撤退してもらいます。いいですね?」


「分かってるさ。……なら行こうぜ。奴らとのケリをつけにな……」



零治は両サイドに奈々瑠と臥々瑠を従えてコートを翻し、樹木が生い茂る森の中を歩き出し、劉備軍が構えている本陣の方角へと足を進める。

亜弥、恭佳、樺憐の三人も後へと続き、周囲への警戒を行いながら足を進めていく。

その最中に亜弥の頭に一つの疑問が浮かんだので、零治達に聞かれないように小声で樺憐に話しかける。



「樺憐。ちょっといいですか?」


「何でしょう?」


「貴方、念話は使えますか?」


「はい。使えますよ」


「恭佳。貴方も付き合ってください。ここから先は念話で会話を行います」


「あいよ」



小声で話すのなら別に問題は無いかもしれないが、話の内容を聞く限りでは恐らく零治に聞かれたくないのだろう。

零治一人なら小声の会話で問題ないかもしれないが、目の前には奈々瑠と臥々瑠の二人が居る。

流石にこの二人の耳は誤魔化し切れそうにないので、亜弥はわざわざ念話を使うという選択肢を選んだのだ。



『樺憐。聞こえますか?』


『はい。問題ありませんわ』


『恭佳は?』


『こっちも問題ないよ。で、亜弥。なぜこんな回りくどい方法を?』


『零治一人なら小声でも大丈夫だと思いますが、前方には奈々瑠達が居ますので』


『なるほど』


『樺憐。貴方に訊きたい事があるのですが構いませんか?』


『はい』


『貴方が持っていたあの血の魔導書……どこで手に入れたのです。アレは貴方が元の世界で所持していたのですか?』


『いいえ。アレはわたくしとは別の区画に封印されていましたわ』


『となると、あの魔導書もこの世界に転移してきたという事になるね』


『ええ。そして樺憐が所持していた訳ではない魔導書が樺憐の手元にあった。つまり誰かが彼女に持たせたという事になる。その人物は……』


『……恐らく黒狼だろうね』


『ええ。私もそう考えています。しかしなぜこんな事をしたのか。奴があの魔導書の事を知らないはずはないと思うのですが……』


『さあね。そこは本人に訊いてみなきゃ分からんだろうね。……まっ、今はその事は後回しだ。まずはこの戦いを乗り切る事に集中しないとね』


『そうですね。……樺憐。貴方もお願いします。何としても零治を護り抜いてくださいね』


『お任せください。あの方はわたくしが全力で護りますわ』



樺憐が持っていた魔導書を与えた人物、亜弥と恭佳の間ではそれが黒狼なのは間違いないだろうと結論付けられる。

なぜ黒狼がわざわざそんな事をしたのか、それは疑問だが今はその事を議論する時ではないだろう。

いま自分達が成すべき事はこの戦いを乗り切る事。ただそれだけだ。定軍山の戦いも、いよいよ大詰めを迎えようとしていた。

作者「なっ? ちゃ、ちゃんと収拾はついたでしょ? 腕も元に戻ったし、めでたしめでたしでしょ!」


恭佳「確かに腕は繋がったけど……元には戻ってないじゃないかぁ!!」


作者「お、怒らないでくれよ! これもこの先の話の大事な要素なんだから!」


恭佳「本当だろうねぇ……? ただ面白半分でその場の勢いでやった訳じゃないんだろうね……」


作者「た、確かにオレ、たまにそういうのやっちゃうけどこれは断じて違うから!!」


恭佳「…………」


零治「姉さん。もうその辺で許してやれよ。こうしてオレの腕は元通りになったんだしさ」


恭佳「零治。アンタはそれでいいの? そんな怪物みたいな腕になって……」


零治「結構気に入ってるが?」


亜弥「い、意外ですね。貴方も恭佳と一緒に怒ると私は思っていたのですが……」


零治「ん~? まあ、見た目はアレだが、これなら戦闘の幅がかなり増えそうだし、いろいろと出来そうで楽しそうじゃないか」


作者「あぁ、それは期待してくれた構わんぞ。マジでいろいろやるつもりだから」


奈々瑠「……あまり派手な事はしな方がいいのでは? ただでさえやりすぎな気がしますし」


作者「悪いがそれは無理な相談だな」


臥々瑠「あ~あ。また作者が暴走して話がとんでもない事になるような気がするよ……」


樺憐「あら。でしたらその時はわたくしが止めてあげますわ」


零治「さりげなく登場するなよ、樺憐。で? どうやって止めるつもりなんだ?」


樺憐「無論、わたくしの拳でですわ」


作者「おかしいなぁ。オレ非戦闘時の樺憐はおしとやかな女性をイメージしてキャラ付したはずなのに、何でこんなバイオレンスなセリフが出てくるんだろうか……?」


樺憐「あら。そんなの決まってますわ。全ては零治さんのためですもの」


作者「いかんなぁ。これはこの先の話のアレのせいかもしれん」


零治「おい。『アレ』って何だよ……? 気になるだろ」


作者「まあ、それはこの先のお楽しみという事にしときな」


零治「……また嫌な予感がするぜ」

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