第55話 定軍山の攻防戦
ここの話のある部分には元ネタがあります。
恐らく……某FPSシリーズをプレイした方なら分かるかと思います。
そしてもう一つは、ある映画のワンシーンが元ネタです。分かる人は分かるはず。
零治達が定軍山に出発して二日。
ここまでは特に何の出来事も無く、無事に目的地に到着。いま現在、零治は草木が生い茂っている森林内で陣を張り、周辺は兵達に警戒させ、思考を巡らせながら辺りを見回している。
「さて、目的地には到着したが、連中はどう攻めてくるつもりか……」
「零治。この戦い、勝算はあるのですか? 貴方から聞かされた計画の内容を思うと正直不安なのですがね……」
「なんだぁ? 亜弥、ビビッてんのか?」
「そういう訳では。ですが敵の計画には間違いなく諸葛亮が絡んでいるはず。そう考えると不安にもなりますよ」
「心配するな。この地の利を生かす作戦は考えてある。いくらあの諸葛亮でも、この作戦は読めやしねぇさ」
「それって……兵士達が着ている『アレ』ですか?」
亜弥は周囲に立っている兵士達に視線を向けながら言う。
よく見れば兵士達が着ているのはいつもの鎧ではなく、全身に海草を纏ったような奇妙な姿をしていた。
顔も緑色の布地の覆面を纏い、視界が確保できる程度しか切り詰めておらず、遠目で見たら完全に化物か何かにしか見えない。
「ああ。こういう森の中では、アレが一番役に立つ。ホントはステルスローブを用意したかったんだが時間が無かったんでな」
「ギリースーツ。よくもまあこの短期間で人数分用意できましたね」
ギリースーツとは身を隠す必要のある職種のスナイパーやハンターなどが使用している迷彩服である。
これは通常の迷彩服のように布地に地形に合わせた迷彩パターンを施した物ではなく、短冊状の布や糸をジャケットやベストに多数縫い合わせた物、もしくはメッシュ状のジャケットやベストに草木や小枝を貼り付けた物の事である。
因みに周りの兵士達が使用しているのは擬態効果をより高めるために両者の特性を組み合わせた混合タイプである。
「アレは大変だったぜ。前に春蘭達と華琳の服を買いに行った店の店主に頼み込んで作らせたからな」
「……あの店主も随分と物好きなんですね」
「確かにな」
「おーい、零治ー。戻ったよー」
その時、周囲の村へ聞き込みに向かっていた恭佳が奈々瑠と臥々瑠を伴って戻ってきた。
「姉さん。どうだった?」
「特に何も情報は。見慣れない騎馬が数騎うろついてたってぐらいかね」
「そうか。まあいい。既に情報は手に入ってるんだ。これで向こうも動き出すはず……」
「なら、予定通りに行動しても?」
「ああ。そういう訳なんで三人もこのギリースーツに着替えてくれ」
零治は背に抱えていたカバンからギリースーツを三着取出し、恭佳達に向かって無造作に放り投げる。
受け取った恭佳はさっさとそれを着用し始めるが、奈々瑠と臥々瑠はそれを見るなり嫌そうに表情を歪めた。
「兄さん。何でこんな物を着なきゃいけないんですか。私嫌なんですけど……」
「ホントだよ。これじゃあ特撮に出てくる怪人みたいじゃんかぁ……」
「文句を言うな。すぐにそいつのありがたみが分かるさ。この森の中では、そいつを着ていた方が見つかりにくいからな」
ギリースーツを着用する事を渋っている奈々瑠と臥々瑠に零治は苦笑しながら言い聞かせ、二人もしぶしぶながらそれを着た。
準備が整い、零治は満足げに頷く。後は敵が動き出すのを待つのみ。
その時だ、どこからか空を斬る音が鳴り、一本の矢が零治に向かって飛来してきた。
「っ! フンっ!」
素早く反応した零治は叢雲を抜刀し、その矢を弾き飛ばす。
被害は無かったものの、突然の敵襲に兵達には瞬く間に動揺が走った。
「音無様っ!」
「慌てるな! ここまでは予定通りだ! 姉さん! 奈々瑠! 臥々瑠!」
「あいよ!」
「はい!」
「は~い」
「三人は計画通り、兵隊を率いてこいつらを無事に逃がしてやれ。動き方は前に話した通りにやれば問題ない。それが済んだら三人はオレ達と合流だ」
「あいよ。任せときな!」
「オレと亜弥は高台になりそうな樹を探す。合流する時は奈々瑠と臥々瑠の鼻の出番だぞ」
「分かりました。兄さん、気を付けて」
「ああ。お前らもな」
「よし。さあ、みんな。アタシらについてきなさい。アンタら全員を無事に生きて返してやるからね。……奈々瑠。アンタは前方。臥々瑠は後方を警戒しなさい。アタシは中間を警戒するわ」
「分かりました」
「は~い。任せといて~」
ギリースーツを纏った集団は恭佳達の指示に従い、敵の狙撃に遭わぬように姿勢を低くしながら素早く移動を開始。
「さて……亜弥。オレ達も行くぞ」
「了解です」
零治達も姿勢を低くしながら身を潜めるための背の高い樹を探すために素早くその場から移動を開始する。
ここに、史実とは違う定軍山の戦いの幕が開けた。
………
……
…
「姉様ー。捜索部隊が戻ったけど、見つからなかったってー」
「そ、そうか……」
あれからすぐに日も暮れ、辺りは既に夜となる。
劉備側の陣営内で、捜索部隊の報告を蒲公英が翠に聞かせ、その内容に翠はどこか安堵の表情を浮かべた。
「それにしても音無とは。それに他の御遣い達まで……。随分と大物が出て来たわね。これは心してかからないと」
その横で、紫色の長髪のどこか妙齢な女性。胸元が大きく開いたチャイナドレス風の大胆な服を纏う人物、黄忠がこの戦いへの意気込みを見せるが、翠と蒲公英は対照的に浮かない表情だ。
蒲公英が翠の服の裾をクイクイっと引っ張り、黄忠から距離を取って声を潜めながら話をする。
「ねえ。お姉様、どうするの……」
「…………」
「たんぽぽ、音無さんと戦うのやだよぁ。あの人はおば様を助けてくれた恩人なんだよ。たんぽぽ……恩を仇で返すような事したくないよ……」
「そんな事はあたしも分かってる。あたしだって音無とは戦いたくないし、殺したくない……」
「じゃあどうするの?」
「とにかく、何とかして音無と接触するんだ。それで投降するように説得しよう。そうすれば戦わずに済むはずだ……」
「でも……あの人がそれに応じてくれるかな……」
「正直難しいな。だけど、音無との戦いを回避する方法はこれしかない……」
「うん。お姉様。もしも音無さんが説得に応じなかったら……?」
「その時は……戦うしかない。たんぽぽ、お前だっていつかこうなる事は覚悟していたはずだろ」
「……うん。でも……どうして。どうしてなの……っ!」
「…………」
蒲公英は俯きながら、今にも泣き出しそうな悲痛な声で呟く。翠も蒲公英の今の気持ちを理解しているし、自分も同じ気持ちなのだ。
だが自分は兵を率いる将なのだ。それを表に出さないよう何とか気丈に振る舞いながら天を仰ぎ、今日この日を、運命というものを呪った。
なぜ今なのだ。なぜ定軍山に来たのが零治なのだと……。
………
……
…
劉備軍の襲撃から翌日。
零治達は追撃の手を逃れ、森の中にそびえ立つ一際背の高い大木の枝の上を活動の中心点として構え、あれから恭佳達とも無事に合流し、全員揃ってギリースーツを纏い、更には自分達の装備している武器にも擬態用の布をグルグルに巻き付けて一夜を明かしたのだ。
朝日が昇り始めた事で零治は眼を覚まし、眼だけをゆっくりと開けて周囲を見回し、まだ敵の捜索部隊が来ていない事を確認してゆっくりと上体を起こして枝の上に座り込みながら周囲の枝で同じように寝ている亜弥達に声をかけた。
「おい。全員起きろ。朝だぞ」
「……んん。あぁ~……枝の上で寝たから背中が痛いですよ……」
「贅沢抜かすな。安全のためにも地面の上じゃ落ち着いて寝れないだろ」
「だったら交代で見張りを立てりゃいいじゃんか。なんでわざわざこんな樹の枝の上で一夜を明かさなきゃなんないのさ……」
「それをやったら全員がちゃんと休めないからだ。この戦い……全員が万全の状態じゃなきゃ困るんでな」
「あぁ、そうですかい……」
「んん……ふわぁ……。兄さん、おはようございます」
「ああ。おはよう」
「ふわ~……あぁ、よく寝たぁ」
亜弥と恭佳は枝の上で寝たせいで背中が痛いというのに、奈々瑠と臥々瑠は普段通りの様子で眼を覚ました。
その様子を見て、恭佳が不思議そうに尋ねる。
「奈々瑠。臥々瑠。アンタら普通に寝れたの?」
「はい」
「うん」
「……羨ましいわ」
「はいはい。無駄話はそこまでだ。そろそろ奴らも動き出すはずだろうからな。亜弥。この樹のてっぺんから相手の陣は見えるか?」
「確認してきます」
亜弥は首や腕を軽く回して身体を解し、上空を見上げてっぺんに生えている枝の位置を確認し、その場から一気に跳躍して着地し、メガネを外して果てしない荒野を見つめる。
「…………」
亜弥は無言で眼に全神経を集中させ、周辺に視線を走らせる。
それからすぐに劉備軍の陣を発見し、黄忠の姿が確認できた。様子を見た限りでは捜索部隊の編成を行い、指示を出しているようである。亜弥は念話を使ってすぐさまにその事を零治に報告した。
『零治。劉備軍の陣を発見しました。どうやら捜索部隊の編成を行っているようですね』
『指揮官は誰だ?』
『見た事のない人物ですね。……弓を持っている点から考えて、黄忠の可能性が高いかと』
『そうか。捜索部隊の人数は?』
『……ん~。ざっと見て百人ぐらいですかね』
『なら部隊は三つか四つに分けるかもしれんな』
『恐らく』
『分かった。亜弥。戻って来い。こっちも作戦会議だ』
『了解です』
亜弥は手に持っていた眼鏡をかけ、その場から軽く跳躍して何回か他の枝へ枝へと着地を繰り返しながら下へと降りていき、やがて自分が寝る時に利用した枝まで到着して零治達と合流する。
「お待たせしました」
「よし。では作戦の説明……っと言ってもやる事は決まっている。劉備軍の奴らの撃退、ただそれだけだ」
「ふむ。ですが零治、向こうは大軍勢。対するこっちはたったの五人。この状況をどう打開するつもりで? まさか……シ水関の再現でもする気ですか?」
「あの時とは状況が違う。仮にやるにしても、それならギリースーツなんか必要ないだろうが」
「でしょうね。ならどうするんです?」
「捜索部隊の連中を利用し、内部から徐々に瓦解させていく」
「零治。しつも~ん」
恭佳はまるで学校の生徒のように軽く手を上げて、教壇に立つ教師に質問するような口調で零治に質問をした。
この状況でこのノリ。恭佳には自分の危機的状況が理解できていないようにしか見えないが、零治はいつもの事と言わんばかりの様子で恭佳に視線を向ける。
「何だよ?」
「さっきの敵を内部から瓦解させるだけど……まさか捜索部隊に紛れ込んで奇襲でもする気なの?」
「なわけないだろ。そういう意味で言ったんじゃない。奴らの恐怖心を利用するのさ」
「恐怖心?」
零治から告げられた言葉に恭佳達はますます訳が分からなくなり、首を傾げる。
零治は恭佳達を手で制止し、順を追って説明を始めた。
「いいか? 連中は自分達が圧倒的に有利だと思っているはずだ。そしてその状況に指揮官はともかく、兵士達の中には慢心している奴が少なからず居るはず。そこに付け入る隙がある」
「ふむ。零治、貴方の言いたい事は分かりました。で、それがさっきの恐怖心の話とどう結びつくんですか?」
「まあ話は最後まで聞け。……今から捜索に来る敵部隊の兵士を数人でいい。そいつらを殺す。隠密にな。そしてその死体を樹に吊り下げて奴らに見せてやるのさ……」
「……零治。それがアンタの言ってた恐怖心ってやつ?」
「そうだ」
「そんなんで敵がビビるかね? 向こうだって訓練を受けた兵士なんだよ?」
「そうだな。確かに相手が見えていればそこまで恐怖心はわかないかもしれん。だが……こっちはギリースーツを着て擬態しているんだ。つまり、奴らにはオレ達の姿が見えない。見えない敵に対する恐怖心を植え付けるのさ」
「なるほど。でも兄さん。それだと押しが弱い気がするのですが」
「ああ。だから二重に手を打つ。それが……これさ」
零治は手近の枝にぶら下げていた小さなカバンを手に取り、開いて中身を亜弥達に見せる。
カバンの中には両手に収まるほどのサイズの何やら平べったい金属のケースらしき物が無数に入っており、ケースの周りには地面に打ち込むためのフックがついた細いワイヤーが何本も伸びていた。
「兄さん。何なのそれ?」
「お手製の爆弾さ。地雷型のな……」
「……周りに伸びてるワイヤー。零治。まさかそれはクレイモアなんですか?」
「ああ。このワイヤーが一本でも抜けたら起爆する仕組みになっている。爆発すれば中に大量に詰めているベアリング玉が敵に襲い掛かるって訳さ」
「零治。アンタも随分とえげつないねぇ」
「フン! 『全ての人が笑える国を作る』なんて理想を掲げていながら、こんな汚い罠を仕組む連中にはうってつけじゃないか」
「はいはい。貴方が劉備を嫌っているのは分かりましたから続きをお願いします。零治。その地雷、どう使うんですか?」
「ああ。……捜索部隊の連中だが、部隊内から突然誰かが消えたら普通はどうする?」
と、零治が亜弥達に質問を投げかける。
亜弥達は互いに顔を見合わせながら考えるが、答えるまでも無い。そんな事が起これば周囲を捜すはずだ。実に分かりきっているのだが、奈々瑠がおずおずと手を上げながらその事を口にしてみた。
「えっと……普通、どこに居るか捜しますよね?」
「ああ。そこでコイツの出番が来るわけだ」
「なるほど。確かにそれならいけるかもしれませんね」
零治の考えに納得した亜弥は腕を組んで頷いた。
部隊内から人が一人姿を消し、周囲を捜してそこから地雷が爆発して死傷者が出れば、恐怖におののく者や取り乱す者は少なからず出るはず。敵の姿が見えないのなら尚更だろう。
「やる事は難しくない。まずは捜索部隊を尾行しながら適当な場所で二、三人殺し素早く死体を隠す。その間に連中が通った道の適当な場所に地雷を仕掛ければいい。後は向こうから勝手に崩れてくれるはずだ」
零治の言葉に各々は無言で力強く頷く。
ここからはどんな些細なミスも許されない。何より、こちらが迷彩服を使って擬態している事がバレてしまえば、敵はその事を前提にして捜索を行うはずであろう。そうなれば全てが台無しになってしまうのだから。
「亜弥。連中の動きをチェックしてくれ」
「やれやれ。また登れと? 人使いが荒いですね」
「いいから早く行け」
「分かってますって」
亜弥ヒョイっと肩を竦め、先程と同様にその場から一気に跳躍して、てっぺんに生えている枝の上に着地し、メガネを外して黄忠達が展開している陣の方角に視線を向ける。
タイミングのいい事に、ちょうど捜索部隊が出撃を始めたのか、こちらに向かってくる百人ぐらいの人数で編成された兵士達の姿が確認できた。
亜弥はメガネをかけ、再び下へと降りていき、零治達と合流する。
「零治。奴らが動き始めましたよ。捜索部隊がこちらに向かっています」
「ならばこちらも行動開始だ。擬態しているとはいえ、鉢合わせするとまずい。樹を使って移動するぞ」
零治達も捜索部隊を迎え撃つべく行動を開始。
樹の枝から別の樹の枝へと飛び移りながら移動し、その姿はまるで忍者のようである。
しばらくの間、零治達は樹木が生い茂る森の中を跳躍しながら奥へと突き進んでいたその時であった。
奈々瑠と臥々瑠の耳が異変を感知し、すぐさま零治達を呼び止める。
「っ!? 兄さん! 足音が聞こえました! こっちに近づいてきますっ!」
「奴らか!」
「間違いないよ。足音の数は一人や二人じゃないもん……」
「よし。全員この場で待機だ。いいか。絶対に動くなよ。巧く周りの景色に溶け込むんだ……」
亜弥達は零治を中心にして周囲の樹の枝に散開して、出来るだけ葉っぱが多く生えている位置を陣取り、巧く樹の一部に擬態する。
それからすぐに、奈々瑠達の指摘通り、その場に劉備軍の捜索部隊が現れた。
零治達は息を殺し、その場から微動だにせずに敵の動きに視線を向け、声に耳を傾ける。
「よし。まずはこの辺りから調べるぞ」
「はっ!」
「ここからは隊を四つに分ける。お前達は北を、お前達は南、お前達は東。残りの者は私と西を捜索する。成果が得られなかった場合、半刻後にここに集合だ。いいな?」
「はっ!」
「よし。では総員奮励努力せよ!」
捜索部隊の指揮官の指示に従い、兵達は二十人編成で部隊を四つに分け、それぞれ東西南北へと足を進めていく。
兵士達の気配が無くなったので、亜弥が口を開いて零治に指示を仰いだ。
「さて。零治、私達はどうするんですか?」
「オレ達も分散するぞ。オレは奈々瑠と西の連中、亜弥は臥々瑠と東の連中を殺れ。どう行動するかはそっちの判断に任せる」
「ん? 零治。アタシは?」
「姉さんはここで待機だ」
「はあ? アタシはここでお留守番なのぉ?」
「姉さん。奴らの話を聞いていなかったのか? 半刻後にここに集合するって言ってただろ? それに死体を樹に吊り下げる要員が必要なんでな」
「はいはい。分かりましたよ。アタシはここで一人寂しくお留守番してますよ……」
「全く。……亜弥。コイツの扱いにはくれぐれも注意しろよ」
「分かってます……」
亜弥は零治の言葉に重く頷いて、お手製の地雷を数個受け取り、そっと懐へ忍べる。
「よし。作戦開始だ……」
零治の号令と共に亜弥と臥々瑠は東側へ、零治と奈々瑠は西側へと素早く移動し、恭佳をその場に残して行動を開始した。
………
……
…
「兄さん。どうします? このまま後ろを付けるんですか?」
「いや。奴らが通りそうな道を選定して迂回しながら先回りするぞ。奈々瑠、ついて来い」
「はい」
零治と奈々瑠は途中で進行方向を横に変えて捜索部隊から距離を取り、樹の枝を飛び移りながら迂回していき先回りをする。
纏っているギリースーツのおかげで視界が狭まっているというのに、二人ともそんな様子を全く感じさせないほどの身のこなしで枝から枝へと軽やかに跳躍していき、どんどん先へと進んでいく。
しばらくして零治は進行方向を変えて奈々瑠もそれの後に続く。そのまま進めば、やがて人が通るのには適した開けた林道へと辿り着いた。
まだ捜索部隊は来ていない様子なので、零治は枝から飛び降りて地面に着地し、奈々瑠も軽やかに着地する。
「どうやらまだ来ていない様子だな」
「兄さん。ここからどうするんですか?」
「この辺は茂みが生い茂っている。ここなら徒歩での尾行もしやすいだろう。しばらく後を付けて頃合いを見計らい、殺しにかかるぞ……」
「分かりました。……っ!?」
奈々瑠は何かの異変を察知したのか、緊張した様子で素早く後方に振り返った。
「どうした?」
「兄さん! 奴らが来ました! 近いです!」
「マジか! 隠れるぞ!」
「か、隠れるってどこにですかっ!?」
「そこの茂みだ! ここに伏せろ! 早くっ!」
「は、はいっ!」
零治と奈々瑠は素早く茂みの中に飛び込んで四つん這いの姿勢でその場に伏せて息を殺し、身を潜める。
だが、いま二人が居る位置は人が通れそうな道との距離が目と鼻の先だ。
そのため奈々瑠は不安に駆られてしまい、恐る恐るの口調で声を潜めながら零治に話しかける。
「に、兄さん! これ大丈夫なんですかっ!? 道との距離が近すぎますよっ!」
「落ち着け。こっちはギリースーツを着ているんだ。絶対に見つかりやしない……」
「で、ですが……っ!」
「っ! 静かにしろ! 来たぞ!」
「っ!?」
奈々瑠は恐る恐ると視線を足音がする方角へと向ける。
その先には誰も居ないが、すぐに大人数の足音が聞こえ始め、そこから足音の正体である捜索部隊の兵士達が姿を現した。
鎧姿の兵士達は険しい表情で剣や槍を片手に周囲へと視線を走らせながら、どんどんこちらへと近づいてくる。
「兄さん……っ!」
「大丈夫だ。このままジッとしてやり過ごせばいいだけだ。どうしても動かなければならない時は、相手の動きの先を読み、ゆっくりと確実に動け。素早い動作は避けろ。いいか。敵から絶対に眼を離すなよ……」
「…………」
奈々瑠は零治の言葉に従い、敵に眼だけをしっかりと向けて動きを観察し、息を殺しながら微動だにせずに周囲の景色に溶け込む。
その間も兵士達は零治達の目の前を通過していき、誰一人その場に居る零治と奈々瑠に気づく事なく全員がその場を通り過ぎて行った。
周囲に兵士達の気配が無くなった事が確認できたので、零治はゆっくりとその場から立ち上がり安堵の溜息を洩らした。
「ふぅ……。上手くやり過ごせたな。……ん?」
「…………」
敵は既にこの場を通り過ぎているというのに、奈々瑠は未だに地面に伏せて微動だにせずにいる。
零治は過去にこういう経験を何度もしてきたので慣れていたが、奈々瑠は全く経験が無かっためその緊張からガチガチに固まってしまっていた。
「おい。奈々瑠。もう大丈夫だぞ。早く立てよ」
「……ほ、本当に大丈夫なんですか……?」
「心配いらねぇよ。周囲に人の気配は無い。早くしろよ。このままじゃ敵を見失っちまう」
「はぁ~……こ、怖かったぁ……」
ようやく奈々瑠の緊張が解かれ、安堵の溜息を吐いてゆっくりとその場から立ち上る。
慣れない隠密行動に付き合わされたため、奈々瑠は恨めしげな視線を零治に向けた。
「兄さん。もう二度とこんな無茶には付き合わせないでください。心臓に悪すぎです……」
「そりゃ悪かったな。それよりオレ達も移動するぞ」
「はい」
「ここからは徒歩で行く。低姿勢を維持しながら茂みに紛れて移動だ。奈々瑠はオレの後ろに続け。行くぞ……」
零治と奈々瑠は中腰の姿勢を維持しながら茂みの中に紛れ込んで敵部隊の追跡を開始。
いくら擬態して行動しているとはいえ油断はできない。
ここからは慎重、かつ迅速に行動せねばならないのだ。零治と奈々瑠は逸る気持ちを抑えながら茂みの中を進み続け、やがて先程の敵部隊の姿をその視界内に捉えた。
「奈々瑠。見えたぞ……」
「はい。こちらも確認しました。……少し遠くないですか? もう少し近づいた方がいいのでは?」
「いや、今は様子を見ながら遠すぎず近すぎずの微妙な距離を保ちながら尾行を続ける。焦りは禁物だ」
「分かりました」
零治と奈々瑠は敵に気づかれないように細心の注意を払いながら微妙な距離を保ち、相手が隙を見せるのをひたすらに待ちながら尾行を続ける。
その移動中の最中の事だ。敵部隊の隊長のすぐ後ろに続いている一人の兵士が何やらモジモジとし始め、軽く手を上げながら情けない声を出して隊長に声をかけた。
「た、隊長……」
「ん? どうした?」
「その……少し行軍を止めてもらえませんか? 用足しがしたくて……」
「全く。お前という奴は……。分かった。……他には居ないか?」
「あ、じゃあ俺も一緒に」
「なら早く済ませて来い。敵は待ってはくれんのだからな」
「はい」
捜索部隊は一時的に行軍を停止し、その中の二人の兵士が道を逸れて用足しのために茂みの奥へと進んでいく。
そして零治はこれを好機と判断し、即座に行動を開始する事にした。
「ちょうどいい。奈々瑠。あの二人を殺るぞ……」
「はい……」
零治と奈々瑠は用足しに向かった二人の兵士に狙いを定め、茂みの奥へとゆっくりと進んでいく。
低姿勢を維持しながらゆっくりと進んでいたので逃す恐れもあったが、その場に辿り着けば、二人の兵士はちょうど用を済ませた直後らしく、今は二人して軽い雑談をしていた。
「ふぅ……。今回の作戦、こうも上手くいくとはな」
「ああ。おまけにこれは好機だ。ここであの音無を仕留める事が出来れば、魏は勢いを失う。俺は絶対にこの戦いで手柄を立ててやるぜ。このまま兵卒で終わるつもりなんかねぇからな」
「お前、功を焦ると早死にするぞ。相手はあの音無なんだぞ」
「へっ! 状況はこっちが圧倒的に有利なんだ。今の俺は誰にも負ける気がしないね」
「……だがその慢心が命取りとなる。こんな風にな……」
「その通りです……」
「っ!? 何だおま……うっ!」
「むぐぅ!」
二人の兵が雑談してる間に零治と奈々瑠はゆっくりと背後まで忍び寄り、左手で素早く口を塞ぎ、右手で左側頭部をしっかりと掴む。
「じゃあな。三下……」
零治は無慈悲な別れの言葉を継げ、兵士の首の骨をへし折り、首を折られた兵は断末魔を上げる事すら許されずそのまま地面に崩れ落ちる。
奈々瑠も零治に倣って押さえている兵の首の骨をへし折り、その場には骨が折れる嫌な音だけが鳴り、兵は地面に崩れ落ちて物言わぬ屍と化した。
「ふんっ! 雑魚の分際でデカい口抜かしやがって……」
「兄さん。もしかして怒ってるんですか……?」
「怒ってない。……それよりも奈々瑠。お前はこの死体を茂みの中に一旦隠せ。その間にオレは地雷を仕掛ける」
「分かりました」
奈々瑠は零治の指示に従い、死体の両脚を掴んでそのままズルズルと引きずって手近にある茂みの中に死体を隠し、引きずった跡を素早く消す。
その間に零治は二人の兵士が通ったと思われる道の脇にお手製の地雷を一個、また一個、さらに一個と合計三個仕掛けてその上に草を被せてカムフラージュをして素早く下がり、死体を隠した茂みの中に隠れて様子を窺う。
「兄さん。移動しないんですか?」
「まだだ。このまま様子を窺うぞ」
………
……
…
「遅いなぁ。何をしているんだ、あの二人は」
用足しに向かった二人の兵士がいつまで経っても戻る気配が無いので隊を率いている部隊長は苛立ちを籠めて呟いた。
もうしばらく待とうかとも思ったが、時間も惜しいので近くに居る二人の兵士に声をかける。
「おい。そこの二人。ちょっと様子を見て来い」
「はっ」
指示を受けた二人の兵士はすぐに茂みの奥へと足を踏み入れる。その先に危険な罠が待ち受けているとも知らずに。
「おーい。いつまで待たせる気だぁ? 隊長がお怒りだぞー」
「……居ないな。もう少し奥に進んでみるか?」
「ああ」
姿が見当たらないので二人の兵はもう少し奥へと進む事にして、獣道を更に進んでいくがその先には危険な物が仕掛けられていた。
茂みの傍を歩いていた兵士が地雷から伸びている一本のワイヤーに足を引っかけてしまい、そのまま引っ張られてワイヤーは地雷から引き抜けてしまう。そして……。
「ぎゃあ!!」
「ぐわぁっ!!」
ワイヤーが引き抜かれた事により地雷の起爆装置が作動し、辺りの轟音を轟かせながらベアリング玉を撒き散らし、爆発に巻き込まれた二人の兵士はまるで人形のように吹っ飛ばされてしまい、地面の上に叩き付けられてそのまま息絶える。
「おおっ! 流石はオレのお手製の地雷だ。威力は抜群だなぁ」
地雷の効果が予想以上にあったので、茂みの中から様子を窺っていた零治は満足げに頷いていた。
「兄さん。少しやりすぎなのでは……」
「爆弾ってのはあれぐらいがちょうどいいんだよ。それより見とけよ。ここから更に面白くなるぜ」
兵士達が姿を見せた道へと視線をやれば、爆音を聞き付けた兵士達が次々と雪崩れ込み、何事かと周囲を警戒しながら獣道へと足を踏み入れてきた。
「何だ今の爆発音はっ!?」
「おい! 大丈夫か!? 返事をしろ!」
「……っ!? 隊長! あそこに!」
一人の兵士が開けた場所を指さした。その先にあったのは先程の爆発で息絶えた二人の兵士だ。
部隊長は数人の兵士を伴いながら先へと進んでいく。
「おい! しっかりしろ! 何があったっ!?」
部隊長は声をかけるが既に死んでいる者から返事など帰ってくるはずもない。
しかし彼はまだ二人が死んでいるとは思っていないので、そのまま不用心に更に近づいていく。
その結果、部隊長の足に地雷のワイヤーが引っ掛かり、そして引き抜かれた。
「ぐはぁ!!」
地雷は起爆してまたもや辺りに轟音を轟かせながらベアリング玉を撒き散らし、それに巻き込まれた兵士達は地面や樹に身体を叩き付けられ息絶える。
「ぎゃっ!」
「ぐはっ!」
おまけに飛び散ったベアリング玉がその後方に控えていた別の兵士達に命中し、負傷者まで出てしまう状況に陥ってしまう。部隊内には混乱が広がり、隊としての機能を失い始めていた。
「こ、これは敵の罠かっ!?」
「くっそー! どこに居やがる! 姿を見せろぉっ!」
仲間を殺された事に対する怒りから、一人の兵士が剣を片手に怒鳴り散らしながらズンズンと奥へと足を進めていく。だがその先には……。
「待て! 迂闊に動くな! 戻って来い!」
「ぎゃあぁっ!」
止める間もなく、不用意に奥へと足を踏み入れた兵士は案の定、零治が仕掛けた地雷に引っかかってしまい、爆風で吹き飛ばされて息絶えた。
その光景を見ていた生き残った兵士達には見えない敵に対する恐怖心が生まれ、腰を抜かす者や固まって動けなくなる者が続出した。
「て、敵は……俺達の動きを読んでいたのか……っ!?」
「ひ……ひいぃぃ! じょ、冗談じゃない! 俺は逃げるぞ! こんな所で殺されるのはご免だぁっ!」
「っ! 待て! お前達! 戻って来い! くそっ!」
何とか正気を保っていた一人の兵士が散り散りになって逃げていく兵士達の後を追い、その場には零治の罠にはまって息絶えた死体だけが取り残される。
辺りに敵の気配が無くなったので、零治と奈々瑠はゆっくりと茂みの中から姿を現した。
「いやー。阿鼻叫喚とはまさにこの事を言うんだろうなぁ」
「……どれぐらい死んだんですかね」
「……んー。ざっと見ても十五ぐらいか。結果としては上々だな」
「ですね」
「さて。オレ達も戻るぞ。さっき殺った奴と、ここからもう一人ぐらい連れて行く」
「なら合計四人ですか?」
「ああ。行くぞ。仕上げにかかるとしよう……」
零治と奈々瑠はその辺に転がっている兵の死体を適当に選び、それぞれ両肩に死体を担ぎ、重さを感じさせない軽快な足取りで跳躍して樹の枝に飛び移り、そのまま枝から枝へと飛び移りながら恭佳が待機している場所を目指し、その場を後にした。
………
……
…
「…………」
場所は変わってこちらは恭佳が待機している森林内。
待機を命じられた恭佳は何をするのでもなく、太めの樹の枝の上に寝そべって空を見上げながら退屈そうに時間を過ごしていた。
「はぁ~。暇だ。いつまでこうしてりゃいいんだか……」
誰に言うのでもなく恭佳は呟く。
いま現在は特にする事など無い。かと言ってこの場を離れる訳にもいかない。
今の恭佳に出来る事は、零治達が戻って来るのをただ待つだけ。
時間的にはまださほど経過していないのだが、何もしていないため恭佳は非常に時間を長く感じていた。
それからすぐに、零治と奈々瑠がその場に戻ってきた。
「姉さん。戻ったぜ」
「遅い!」
「遅いって……まだそんなに時間は経ってないだろ……」
「いやぁ。何もしてないからえらく時間を長く感じちゃってさぁ……」
「さいですか。そんな姉さんに仕事だ。この死体を樹に吊り下げてくれよ」
「はいはい……って、零治。ロープはあるの?」
「無い。その代わりバックパックの中にワイヤーが入ってる。そいつを使ってくれ」
「はいよ」
恭佳は零治が背負っている小さなカバンから長いワイヤーを四本取出し、一方を兵士の死体の両脚に、もう一方は周囲にそびえ立つ樹の枝にグルグルに巻き付けてしっかりと固定し、それを確認したらそのまま死体を無造作に下へと落とし、巻き付けられたワイヤーがピンッと張り、死体は宙をぶら下がりユラユラと振り子のように揺れ動いている。
「……中々にエグイ光景だね。まるでホラー映画のワンシーンみたいだわ」
「だが、効果は覿面だろ?」
「だね」
「戻りました……って、中々に凄まじい光景ですね、コレ……」
「おぉ、亜弥。戻ったか」
丁度いいタイミングで亜弥と臥々瑠が合流し、二人もそれぞれ倒した兵士の死体を二人担いでその場に戻ってきたので、捜索部隊の生き残りが戻るよりも早くに作業を終えるために素早く死体にワイヤーを巻きつめて樹の枝に吊り下げる。
周囲の樹の枝に吊り下げられた兵の死体達は風で揺られるようにユラユラと揺れ動き、見る者の恐怖心を煽るような光景がその場に繰り広げられる。その様に零治は枝の上で腕を組んで満足げに頷く。
「よーし。これだけやりゃ効果は抜群だろうな」
「でしょうね。見てるこっちまで気分が悪くなりそうですよ……」
「……ん? 兄さん。奴らが戻ってきましたよ」
「おっ。丁度いいタイミングだな。ならオレ達は下の茂みに隠れるぞ」
「えっ? 兄さん。ここに居ちゃダメなの?」
「臥々瑠。今この辺の樹には敵の死体がぶら下がってるんだぞ。生き残りがコイツを見たら連中は何をすると思う?」
「……あぁ、そうだね。上を見上げるだろうね」
「そういう事だ。大丈夫かもしれんが用心に越した事はない。分かったら早くしろ」
零治達は素早く樹の上から飛び降りて地面の上に着地し、そのまま全員纏まって近くの茂みの中に身を潜め、敵が戻って来るのをジッと待つ。
それから待つこと数分。西側から零治達が襲撃した部隊の生き残りの一人が半ば錯乱した様子で戻ってくる。
「はぁ、はぁ、はぁ! まさかこんな事にな……。っ!? ひ……ひいぃぃぃぃっ!!」
樹の枝に吊り下がって揺れ動いている同胞の骸を眼にした兵士は悲鳴を上げながら腰を抜かして地面の上にへたり込んでしまい、恐怖のあまり失禁してしまう。
その悲鳴を聞き付け、後を追っていた兵士も合流してきた。
「おい! 何だ今の悲鳴は! 一体なにが……こ……これは……っ!」
合流した兵士も目の前の光景に言葉を失ってしまい、驚愕の表情で辺りを見回す。
右を見ても左を見てもあるのは樹に吊り下げられた仲間の死体、死体、死体だ。
そこへ東からも慌てて逃げてくるような様子で一人の兵士がその場に駆け込んでくる。
「ぜぇ! ぜぇ! こ、ここまでくれば……。っ!? あ、あ、あぁ……っ! こいつは……俺の隊の……っ!」
「……ん? おーい。そっちはどうだったぁ? こっちは特に何も……。っ!」
「おお。そっちも戻っていたのか。こっちには居なかったぞ。そっちは……。っ!? な、何だこれは……っ!?」
そこから更に北と南の捜索に向かっていた無傷の部隊も合流し、何事かと近寄って見てみれば眼に入ってきたのは殺された仲間が樹に吊り下げられた異様な光景だ。
特に西と東の生き残りの兵士達は精神的ダメージが大きく、思考が停止してしまう者や恐怖のあまり卒倒して気絶してしまう者などが続出してしまう。
「おい! 一体何があったんだ!? こいつらはお前の所の隊の者だろ! 他の奴らはどうしたんだっ!?」
「……多分、音無の仕業だ」
「何だと!?」
「俺達の調べた西側には罠が仕掛けてあったんだ。生き残ったのは我々だけだ。隊長は罠にかかって……」
「……嘘だろ。こっちも罠でやられた。生き残ったのは我ら五人だけだぞ……」
「くっ! 西と東の隊は罠で壊滅的打撃。無傷の隊は我らだけか……」
「おい。どうする? このまま纏まってもう少し調べるか?」
「いや。危険すぎる。この様子では他の場所にも罠が仕掛けられてる可能性があるし、何よりこいつらを連れて帰らないとまずいだろうな……」
一人の兵士が、恐怖のあまりその場にうずくまっている仲間達に視線を向ける。
彼らにはもう兵士として役目を果たせる気力は残っていないだろう。何よりこの状況で不用意に動き回るのは危険でしかない。
「隊長はもう居ない。やむを得んから、俺が隊を指揮する。一度本陣に引き揚げるぞ。それと……この事も報告しなくてはな……」
「そうだな……」
「総員撤収だ! 本陣に引き揚げるぞ! 動けそうにない奴には誰か手を貸してやれ! 周囲への警戒を怠るなよ!」
一人の兵士が隊長に代わって部隊を纏め、指示を飛ばして本陣への撤収を開始。
恐怖で動けなくなっている者は無傷の兵士の手を借りて何とか立ち上がり、フラフラとした足取りで後へと続いていく。
やがてその場には誰も居なくなり、零治達は茂みの中から姿を現した。
「いやぁ。今の兵士達の面、最高じゃねぇか。こりゃ予想以上の効果が期待できそうだな」
「その点は喜ぶべきなのでしょうが……零治。少しやりすぎなのでは?」
「戦いにやりすぎもクソもあるか。それよりも次の手だ。夜に備えるぞ」
「何。また同じ手を使うの? 零治。言っとくけどもうお留守番はご免だからね」
「いいや。次は違う。恐らく奴らは次は人数を増やし、捜索範囲も広げるはずだ。だから広範囲に地雷を仕掛けておくぞ。姉さんにもやってもらうからな」
「やれやれ。仕事をくれるのはいいけど、地味すぎだね」
「文句を言うな。オレは西、亜弥は東、姉さんは南、奈々瑠と臥々瑠は北に仕掛けろ。全ての地雷を仕掛け終えたらここに戻る。いいな?」
零治から地雷を複数個受け取り、各々は無言で頷く。
そしてすぐに行動を開始し、それぞれ受け持つ方角へと樹の枝へと跳躍して飛び移りながら進んでいく。
そしてその日の夜が訪れる。
………
……
…
「…………」
あれから零治達は地雷を周囲に仕掛けた後、すぐに戻ってきて活動の中心点として利用している大木まで後退し、先日同様に樹の枝の上で睡眠を取っている。
その時、どこからか爆発音が聞こえ、それに混じって人の悲鳴らしきものも一緒に聞こえてきた。
「フッ。また誰か引っかかったみたいだな」
「今の音の方角……たぶん私達の仕掛けた地雷でしょうね」
「にへへ~。アタシ達の罠に引っかかったんだぁ。気分いいや」
「零治。これじゃうるさくて眠れないんですけど……」
「子守唄だと思えば寝れるさ」
「零治。アンタいつからそんな悪趣味な男になったのよ? お姉さんは悲しいよ……」
恭佳が零治の悪趣味としか思えない言葉に嘆いていたその時、またもや爆発音が鳴り響き、それと同時に複数人分の悲鳴も一緒に聞こえてくる。
「おお~。今のは結構近かったなぁ。多分オレの仕掛けたヤツだな」
零治は辺りに響く爆音を楽しみながら夜空を見上げ、そのまま眠りへとつく。
そして翌日も同様の作戦を展開し、劉備軍の戦力を削ぎながら恐怖心を相手側に植え付け、次第に兵士達は恐怖に慄いて捜索を拒否する者が現れ始め、徐々に劉備軍の部隊は士気が低下し始める。
その攻防戦が二日にわたって続いた。
………
……
…
「…………」
その日の朝方。部隊を指揮している黄忠は浮かな表情で顎に手を添えながら考え事をしていた。
その姿が気になった翠が彼女に声をかける。
「なあ、紫苑。兵達の様子はどうだった?」
「あまり……いえ、かなり悪いわね。捜索を拒否する者が後を絶たないわ……」
「……やっぱり、音無の罠が原因か」
「ええ。兵達の間に森で何があったのかは既に伝わってるし、死者も多数出ているわ。そのおかげで士気は下がりっぱなし。完全にこちらの出鼻をくじかれてしまったわ。何とかしないとまずいわね。このままじゃ脱走する者も出てくる可能性すらあるわ。それに、昨日戻った兵の一人が気になる事も言っていたし……」
「気になる事?」
「ええ。何でも、あの森には化物が潜んでいるとか……」
「化物? 何だよそれ?」
「わたくしも分からないわ。詳しく訊こうとしても、その者はそれ以上なにも喋ろうとしないから」
(まずいなぁ。何とかして音無に接触しようと思っていたのに、森の中が危険となると迂闊には入れないな。それに、その化物とやらも気になるし……)
「ん? 翠ちゃん。どうかしたの?」
「あぁ、いや。何でもない。……それより、今日はどうするんだ?」
「ええ。音無の居場所が分からない以上は引き続き捜索を続けるしかないわ。ただ問題は……」
「誰を行かせるか、だな……」
「ええ。……とにかく、捜索部隊の方はわたくしが何とかするわ。翠ちゃん達はいつも通り待機でお願いね」
「ああ。分かった」
翠は黄忠の言葉に頷き、その内容を伝えるべく蒲公英の方へと足を運んでいく。
「お姉様。どうだった?」
「かなり不味い状況だな。兵達の士気は下がりっぱなし。おかげで紫苑の奴、捜索部隊の編成に頭を悩ませていたよ」
「……ねえ。今なら音無さんに接触できそうじゃない?」
「いや、駄目だ。危険すぎる。音無の奴、森の至る所に罠を張り巡らせているみたいだから、不用意に近づけばあたしらも兵達と同じ末路を辿る事になるぞ。それにあの森には、どうも音無以外にも危険な何かが潜んでいるみたいなんだ……」
「じゃあどうするの?」
「……不謹慎かもしれないが、この状況が長引けば、もしかしたらこっちが撤退する可能性もある。接触が無理なら、そっちの可能性に賭けるしかない」
「そっか。うん、そうだね。そうなれば、音無さんとは戦わなくて済むもんね」
「ああ」
「……あれ?」
「どうした、たんぽぽ」
「お姉様。あそこに居るの、星姉様じゃない?」
「……本当だ。何かあったんだろうか? たんぽぽ。行ってみるぞ」
「はーい」
気になった翠と蒲公英は星の居る方へと足を進める。
この場に来た星は黄忠と何やら話をしている様子だ。
「星」
「ん? おお。翠、蒲公英。お主らも無事だったか」
「まあな。で、お前は何しにここへ来たんだよ?」
「お主達が捜索に手を焼いてるとの報が入ってな。こうして馳せ参じたのだが……」
「そう。それなら話しが早いわ。星ちゃん。悪いのだけれど、貴方の隊の兵で捜索部隊を編成させてもらえるかしら。わたくしの隊の兵に捜索はもう無理に等しい状態なのよ……」
「……そうしてやりたい所なのだが、捜索は『彼ら』が行うそうだ」
「彼ら? 星姉様。それって誰なの?」
蒲公英の疑問に答えるように星は横に移動し、その後ろに控え横一列に立つ三人の人物を見せる。
その者達は無言で佇み、黄忠達に視線を向けていた。
「…………」
「なっ!?」
「お、お前は……っ!」
「えぇっ!? ど、どうしてここに!?」
「フフフ……」
星が連れてきた人物に黄忠達は驚きを露わにした。
その反応を楽しむかのように、中央に立つ人物は口の端を吊り上げ、邪悪な笑みを浮かべた。
………
……
…
「……妙ですね。今日は劉備軍に動きが無い。もしやこちらの作戦の効果が?」
亜弥はいつものように活動の拠点として利用している大木のてっぺんから劉備軍の本陣内を観察するが、今日は捜索部隊の編成などといった目立った動きが一切ない。
これ以上調べても時間の無駄と判断し、亜弥は零治達と合流する事にした。
「……戻ったか。亜弥、奴らの様子は?」
「それが妙な事に今日は何の動きも見せていないんです」
「何? 捜索部隊の編成はしていないのか?」
「はい。その様子も全くありませんでした」
「んん? って事はさ、零治の作戦が成功したんじゃないの?」
「それならいいんだが……。ならなぜ未だにこの場に留まってるんだ。まさか……指揮官自らが来るつもりなのか……?」
「分かりません……」
「兄さん。もしかしたら昨日、姿を見られたから敵は警戒してるんじゃないの?」
そう。実は昨日、零治は敵の一人にギリースーツ姿を見られてしまったのだ。
見られたと言ってもそれはほんの一瞬だけだ。しかし、それにより敵がこちらの手の内を読み、警戒して行動している可能性は否定できない。
「確かに見られはしたが……そいつ、オレの姿を見るなり化物だとか騒ぎながら錯乱して逃げたしなぁ……」
「化物。……確かに今の私達ってこの世界の人達から見れば化物ですよね。はぁ……」
その事がショックなのか奈々瑠は悲しそうに嘆息した。
確かにギリースーツを着た人の姿は傍から見れば異様な姿である。全身に草を生やしたような姿だし、顔もほとんど見えないのだ。事情を知らない第三者、ましてやこの世界の人間が見れば化物と勘違いするのも無理はない。
「まあその話は置いといてだ……今日の敵の行動は気にはなるな。オレが調べてくる」
「一人でですか? 零治、それは危険すぎでは」
「大丈夫だ。この姿なら見つかりはしない。亜弥達はここで待機していてくれ。何か分かったら念話を使って連絡する」
「分かりました」
零治はギリースーツ姿で枝から飛び降りて地面に着地し、茂みの中に潜り込み低姿勢を維持しながら移動を開始した。
そして目指すは、敵本陣の方角。迷彩服姿といえど、単独で向かうのが危険なのは零治も承知している。
しかし、相手に動きが無い以上はこちらから近づいて調べるしかないのだ。
零治は見つからないように細心の注意を払いながら茂みの中を突き進んでいった。
………
……
…
「…………」
あれから零治はしばらくの間、森の中を突き進んだが、ここまで来る間も誰一人として人に出くわさず、人の気配が全く感じられないので零治も不信感を抱く。
「妙だな。ここまで来ても人の気配が全く無いとは。やはり作戦の効果か? それならそれで良いんだが。……っ!?」
その時、零治は周囲の空気が明らかに変化した事を感じ取り、思わず身構えて緊張に満ちた表情で辺りに視線を走らせる。
(この感じ……殺気だ。それも明確な。間違いなくオレに向けられているな……)
零治は周囲に視線を走らせるが特に攻撃を仕掛けてくる様子はない。
その時だ。零治の目の前に生い茂っている茂みから物音がし、周囲の木々に止まっていた小鳥が反応して空に羽ばたいた。
(居る……)
これは間違いなく敵の襲撃だ。
零治はすぐに念話を使って亜弥に連絡を取った。
『亜弥』
『どうしました?』
『気をつけろ。敵だ……』
『なんですって!? 数は!』
『恐らく一人だ。それにこの感じ……間違いなく“こちら側”の人間だ……』
『こちら側って……まさかっ!? ……なっ!?』
『亜弥! どうした! 応答しろ!』
零治は呼びかけるが亜弥からの応答はない。
それからも何度も呼びかけるが、やはり返事は返ってこなかった。
「クソ! 通信が途切れたか。こうなったら戻って。……っ!?」
その時、零治は不穏な気配を感じ取り咄嗟に身を屈ませる。
次の瞬間、零治の居場所に鋭い斬撃の光の筋が一本走り、後ろにあった大木を斬り裂き、大木はそのまま倒れて地面を揺るがし、辺りに轟音を轟かせた。
「フフフ。よく躱したなぁ。影狼……」
茂みの中から抜き身の剣を片手に、右眼を朱色に発光させながら襲撃者がゆっくりと姿を現す。
そしてその人物は零治もよく知る者だった。
「クックック……」
「銀狼……」
「さあ……始めようぜ! あの時の続きをなぁ!!」
「チッ! 嘘から出た誠ってか。やるしかないか……っ!」
零治は忌々しげに舌打ちをして纏っているギリースーツを脱ぎ捨て、全身黒ずくめのコート姿に変え、叢雲に巻き付けている迷彩用の布地も一気に剥ぎ取り銀狼と対峙する。
劉備達が襲撃したあの時はうやむやな形で終わってしまった狼同士の殺し合いが、今再び始まろうとしていた……。
零治「よう。スランプからは脱出できたのか?」
作者「微妙。まあ、割とマシにはなってるけど」
亜弥「それは良かったですね。で、修正の方は?」
作者「すまん。そっちはまだ手つかずなんだ……」
恭佳「はあ? アンタ自分で言っておいて何してんのさ」
作者「分かってるよ。ただどうしようか悩んでるんだよ」
奈々瑠「何をです? 修正用の内容がなかなか思いつかないとかですか?」
作者「確かにそれもあるが……最新話を書きながら同時進行するか、一方に集中するべきか悩んでるんだよ」
臥々瑠「あぁ、なるほどね。まあ好きにやればいいんじゃないの?」
作者「やっぱそれがいいのかね」
零治「まっ、どっちでも構わんが、くれぐれも投げ出すなよ?」
作者「言われなくても分かってら……」




