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第54話 運命の分岐点

またまた長い間待たせてしまってすみません。

最近どうもスランプに陥ってるらしく、中々に執筆が進まないもので……。

その日の朝に行われた軍議の内容は、華琳が涼州を手に入れてから最も警戒すべき相手である劉備の領土に放っていた間諜が持ち帰ってきた報告から始まった。



「……そう。劉備は益州の周りを次々と取り込んでいるのね」


「はい。荊州も大半は我々が抑えていますし、益州の一部も先日の反撃で手に入れましたが……それが諸侯の反感を買ったようです。黄忠や厳顔、魏延といった主要な将は劉備に降ったと」


「黄忠もか……」



秋蘭の報告から出てきたその名に反応した零治は誰に言うのでもなく呟いた。



「黄忠がどうかしたの? 零治」


「確かに黄忠は弓の名手として名高いが……他の厳顔達と比べて、殊に警戒すべき相手という訳でもないと思うぞ?」


「いや、何でもない。続きを頼む」



零治は春蘭の言葉を適当にお茶を濁して誤魔化し、続きを促した。

その時、亜弥が念話を使って零治に話しかけてくる。



『零治……』


『ああ。分かってる。これで劉備の側には五虎将が全て揃ったという事だな……』


『おまけに呂布や他にも名将が揃ってるようですし、ここから先の戦いは今まで通りにはいかないでしょうね……。出来る事なら、華琳に情報を与えたい所なんですが』


『やめておけ。オレ達の世界の歴史の記録が当てにならないのは実証済みだし、華琳に話す事は禁止されている。……とりあえず軍議を聞いておくぞ。まだ続きがあるようだしな』


「それで、いま劉備達は? 私達に奪われた領を取り返そうとはしていないようだけれど……」


「南蛮の連中と戦っているとの事です。既に何度か大きな激突があり、そのたびに劉備の側が南蛮を打ち破っているとか」


「……何度も? それほど南蛮の将は層が厚いというの?」



普通に考えればそうなるが、秋蘭は華琳の問いに対して首を横に振り、続きを話す。



「いえ。正確に言えば、南蛮王と名乗る首領格の人物が居るのですが……それを捕まえるたびに、劉備の命で逃がしているのだとか……」


「……はぁ? 何だそれは」



聞かされた内容に春蘭は全く理解できず、その疑問を横に控えている桂花に投げかける。



「私に訊かれても困るわよ」


「そういう戦略なんですか?」



と、続いて流琉が桂花に尋ねる。



「だから私に訊かないでよ!」


「だって、桂花ちゃんは軍師……」


「あんたも軍師でしょ!」


「なら風、お前なら分かるのか? 桂花では分からんのだそうだが」


「……ぐー」


「寝るなっ!」



風は春蘭の疑問には答えようとせず、お決まりでもある居眠りを決め込もうとしたが、すかさず稟がツッコみを入れて叩き起こした。



「……おおっ!? 都合が悪いので思わず寝てしまいました」


「……狸寝入りと自分からバラす馬鹿がどこに居るのよ」


「ふふっ。……零治、貴方はどう思う?」


「華琳様! どうしてこんな奴に……!」


「…………」



零治は足元を見ながら華琳の問いかけに考える仕草をするが、既に彼の中では答えは出ている。

劉備が抱いている理想を考えれば、彼女の行動も零治は理解はできるが認めてはいない。

零治にとって劉備の理想は幻想でしかないのだ。

自分が言っても聞き入れようとせず、その矛盾に気づこうともしない。だから涼州の戦いで翠蓮を救出し、教育係として劉備の所に逃がしたのだが、今の話を聞いた限りでは翠蓮の教育も上手くいっていないのだろう。



(あの女は周りの連中も含めて妙な所で頑固な面があるからな。やはり翠蓮も手を焼いているのかもしれんな……)


「零治。どうしたの?」


「ん? あぁ、すまん。……で、劉備の行動についてだったか?」


「そうよ」


「大方、オレ達みたいに力だけで屈服させたくないんだろ? 実にあの女らしいやり方だ……」


「何だそれは。戦で負けた方が勝った方の言う事を聞くのは、当たり前ではないか」


「奴はその当たり前が嫌なんだよ」


「…………?」



零治の言葉に春蘭は何がだと言わんばかりに首を傾げる。



「ふむ……言いたい事は分からんでもないが」


「分かるのか!?」



自分は分からないのに、妹である秋蘭は分かったような様子なので春蘭は驚きを露わにした。

その話を横で聞いていた稟は眼鏡のつるに手をかけながら呆れたように呟く。



「……全くの理想論ですね。南蛮のような相手に通じるとは思えません」


「それを何とかしたいのでしょう。あの子は」


「だと思うぞ……」


「……ふーむ?」



周りは劉備の行動について納得してはいるが、ただ一人、春蘭だけが未だに理解できず、顎に手を当てて何度も首を捻りながら唸り声を出していた。

とりあえず春蘭は放置しておく事にして、軍議を進めるべく、桂花が華琳に意見を述べた。



「しかし華琳様。劉備が南蛮と戦っているというのなら、これはまたとない好機かと……」


「これ以上劉備が勢力を大きくする前に、こちらから攻め込んでしまうのが得策だと思われます」



と、稟も桂花の意見に同意する。

こちらも恭佳が加わった事で戦力は増強されているが、それは劉備軍も同じである。

向こうは益州の名立たる諸侯の協力を得ている上、正体不明の戦闘獣人バイオロイドまで加わっているのだ。

こちらが万全の状態でなかったとはいえ、以前に劉備がこちらに攻め込んできた時も苦戦を強いられたのだ。これ以上劉備が力を付ければ厄介な事この上ないだろう。

華琳は二人の言いたい事を理解しつつ、秋蘭に報告の続きを促した。



「……まあ、劉備の側の話ばかり聞いて判断しても仕方ないわ。南方の孫策はどうなっているの? そちらの間諜も戻っているのでしょう」


「現状、孫策に大きな動きはありません。袁術に奪われていた江東の自領を制圧した後、周辺に居る袁家筋の豪族達を平定すべく戦っているようです」


「それはまだ時間がかかりそう」


「いえ。孫策の陣営も江東の将を加える事で、かなり戦力を増しています。団結も強く、兵の士気も高いため、平定が終わるのも時間の問題かと」


「ならば、どちらも背後は隙だらけ、という事ね。どちらを先に倒すべきかしら?」



華琳は三軍師を見回して尋ねる。そして桂花が最初に意見を述べた。



「劉備かと。あれの思想は我々にとって妄想でしかありませんが、庶人達には甘い蜜。危険すぎます」


「孫策ですかねぇ……。今の勢いを維持したままこちらを攻められるくらいなら、これ以上勢いが付く前に叩いておいた方が良いのではないかとー」



と、風は孫策を倒すべきだと意見する。

どちらの意見も一理ある。話を聞いていた零治は劉備を倒すべきだと思っているが、まだ一人なにも言っていない人物が居たのでそちらに視線を向けていた。



「……稟はどう思う?」



稟は眼鏡のつるに手を当てながら眼を閉じ、考えるそぶりをしている。

ここで稟が劉備、あるいは孫策を攻めるべきだと言えば基本方針は固まるだろう。

だが、稟の口から出てきた意見は全く異なる物だった。



「動くべきではありません」


「何?」



まさかこの状況で動かないという意見が出てくるとは。

秋蘭は怪訝な表情になる。この状況で動かないという事は二人の陣営の動きを静観するという事になる。

稟の考えが全く理解できない春蘭が声を上げて反論した。



「どういう事だ? ぼやぼやしていては、連中の元に優秀な将ばかりが集まってしまうではないか!」


「あら、春蘭。ならば我が国の将は、劉備や孫策らの将にも劣る、不甲斐ない輩ばかりだと言うの?」


「そんな事はありません! 我が軍の兵は歩兵に至るまで一騎当千、劉備や孫策の兵に勝りこそすれ、決して劣るものでは!」


「ならば問題ないでしょう。稟、続けなさい」


「劉備も孫策も、南蛮や豪族と戦いながら、こちらの動きをずっと見つめています。故に、背を向けた瞬間に牙を剥いてくるのはどちらも同じ」


「ある程度は仕方ないな。残した戦力で防衛戦を張れば……決着が着くまで保つのではないか?」


「それでは意味がありません」



春蘭の意見に稟は首を横に振ってそれを否定し、言葉を続ける。



「もし劉備と孫策が通謀し、攻められた方が持久戦に徹している間に残る一方がこちらに総攻撃を仕掛けてきたとすれば……今の我が国に、その戦略を打ち破るすべはありません」


(ふむ。ボクシングでニ対一の変則戦をしていて、一方に殴りかかれば、もう一方にとってはこちらは完全に隙だらけ。そこからぶん殴られてノックアウトって訳か。まあ実際にそんな試合があるわけじゃないが……さて、華琳はどう言うのかな?)


「……ならばどうするつもり? 相手が袁紹や袁術のように同盟を組んで、仲良く一緒に攻めてくるのを待つ?」


「はい」


「え、それって大丈夫なんですか?」



流琉が不安げに尋ねた。またもや意外な意見。まさか同盟を組む事に期待しているとは。

相手が袁紹や袁術のような考え無しに行動する野心の塊だったら、確かにその方が事は楽に運べる。

実際に官渡の戦いはそのおかげで楽勝だったのだ。だが今回は相手が違う。

あの二人は同盟を組んでも互いの足を引っ張り合うような真似をするほど愚かではないし、優秀な軍師だって取り揃えている。間違いなく苦戦を強いられる事になるだろう。

そういう意味合いから秋蘭がその事を稟に投げかけてみる。



「稟。あの二人は袁紹達のように馬鹿ではないぞ? 諸葛亮や周瑜も居るし、わざわざ官渡に集まって互いの足を引っ張り合うような事はせんだろう」


「……そこまでは流石に。ですが、同盟を組んで、足並みを揃えてくれる事には期待しています」


「……何かおかしいぞ、その理屈は!」


「どこがですかー?」


「ど……どこがだ!」


「春蘭。自分で言っておきながらオレに訊くな……」


「姉者の言う通りだ。通謀する事を恐れながら、同盟を組んで足並みを揃える事に期待するとは……矛盾しているのではないか?」


「そう、それだ!」


「…………」


「音無! 何だその眼は!」


「別に……」


「私が期待しているのは、劉備と孫策が同盟し、攻撃の機を互いに牽制してくれる事です」


「……そういう意味か。分かった」



どうやら今の言葉で秋蘭は稟が何を言わんとしているのかを理解したらしく、納得したように頷いた。



「わ、分かったのか!?」


「うむ。姉者には後で説明してやる」


「う……うむ」


「現状、我らの総兵力は、劉備と孫策を合わせたものとほぼ同等です」


「ならば、足並みを揃えてきた劉備と孫策を同時に相手にして互角に戦えるという訳か」



納得したように春蘭は頷くが、華琳が首を横に振ってそれを否定する。互角では意味が無いのだ。

その場合、勝率は五分五分という事になる。勝つ可能性はあるが負ける可能性もある。

今の華琳が望んでいるのは、確実に勝てる状況の戦なのだ。



「……互角では駄目よ。そんな博打に賭け金を払う気は無いわ」


「その通りです。ですが、資源や職人の数、そして兵の増強の度合いに関しては……張三姉妹の活動もあって我らの国が群を抜いています」


「アイツら頑張ってるもんなぁ」


「なるほど。その成長が二面作戦を展開して充分な量に達した段階を持って両国に一気に攻め込むのか」


「既に装備類は充分な数を確保しています。後はそれを使う人材の確保と、早急な育成が終わりさえすれば……」


「結構。桂花、風。貴方達の意見は?」


「二面作戦の研究は、官渡以前から継続して行っています。今まで実行する機械は賊の討伐程度にしかありませんでしたが……諸葛亮や周瑜に負けるものではないと、証明させていただきます」


「劉備と孫策を同時に攻めれば、互いの連携を絶つ事も出来ますしねー。どちらかに的を絞り、後背を憂いながら戦うよりも良策かと」


「それに関しては私も同意見よ。春蘭、軍部の意見はどうかしら?」


「我々にできる事は、桂花達の指示を完璧にこなせるよう、兵の練度を上げる事ですな」


「その通り。ならば今後の大方針は、劉備と孫策の二面作戦という事にするわ。いいわね」


「御意。……それと華琳様。実は劉備軍の兵達が国境付近をうろついてるとの報告が入っておりまして」


「そう。場所は?」


「定軍山です」


(定軍山っ!?)



秋蘭の報告を横で聞いていた亜弥がピクリと眉を動かして反応した。

三国志の歴史をよく知っている亜弥は、その定軍山で何が起こったのかも知っている。



(どういう事です。『定軍山の戦い』は赤壁よりも後の話のはず……。いや、こんなのは今に始まった事ではない。やはり私達の歴史の記録は当てに出来ないという事か。とにかく……何とかしないとっ!)



亜弥は思案を巡らせ、とりあえず念話を使い、零治に相談する事にした。



『零治っ!』


『ん? どうした?』


『零治。今の話、聞きましたよね』


『ああ。定軍山がどうとかって』


『……貴方はあそこで何が起こったか知ってますか』


『ん~……聞き覚えはあるんだが……すまん。ド忘れしちまったらしい』


『全く。……零治。落ち着いて聞いてください。定軍山は……黄忠が夏侯淵を討ち取った場所なんですよ』


『何っ!? 確かなのか……』


『ええ。もしもいま進んでる話で、秋蘭が定軍山に出撃する事になったら、彼女は間違いなく死にます……』


『なら何とかして止める必要があるな』


『はい。問題はどうやって止めるかですよ。華琳に私達の歴史の話をする事は禁じられてますし……』


『安心しろ。オレに考えがある』



何やら零治には妙案があるらしく、余裕の笑みを浮かべながら話を進めている華琳に視線を向ける。

様子から話の方も纏まりつつあるようである。



「では、秋蘭。定軍山には貴方が向かいなさい。孫策の所に向かった霞もそろそろ帰ってくる頃合いだとは思うけど、時間も惜しいわ」


「承知いたしました」


『っ!? 零治っ!』


『分かってるっ!』



まさに自分達が知る歴史の史実通りに事が進もうとしたその時に、零治が軽く手を上げながら華琳達の会話に口を挟んだ。



「華琳」


「どうしたの?」


「いや。定軍山がどうとかって話だが……何かあったのか?」


「貴方……話を聞いていなかったの?」


「すまん。考え事をしていたんでな」


「はぁ。全く……」



華琳は呆れたように嘆息し、頭を押さえながら軽く首を横に振って、零治に向き直って改めて説明をした。



「間諜からの報告で、定軍山付近で劉備軍の兵がうろついてるそうなのよ。で、秋蘭にその偵察を頼んだわけ。分かった?」


「ああ」


「なら秋蘭。さっそく準備をして……」


「華琳」


「今度は何……」



またもや話が遮られたので、華琳は苛立ち交じりの視線を零治に向けた。

もちろん零治も華琳がこういう反応をするのは予測済みだ。

しかし、ここで臆する訳にはいかない。何と言っても秋蘭の生死がかかってるのだから。



「華琳。その定軍山の件だが、少し待ってほしい」


「どういう事なの」


「……何か引っかかるんだ。偵察に向かうのならもう少し調査を行うべきだ」


「あんた何を言ってるのよ。間諜がその情報を持ち帰ったから調べるんじゃないの。また定軍山付近に間諜を放てと言うの?」



と、桂花が横から口を挟んできた。

今の零治の言葉の意味を普通に考えれば、確かにそういう事になる。

だが零治の考えは違うらしく、首を横に振って言葉を続ける。



「間諜じゃダメだ。どれだけ上手く擬態しても、軍属の人間特有の気配ってのは分かる奴には分かるんだよ。行かせるだけ無駄だ」


「ならば、どうやって調べろと言うの。貴方には何かいい考えがあるのかしら、零治」


「ああ。オレにはお抱えの情報屋が居てな。そいつに調べさせる」


「情報屋? ……零治。そいつは貴方の部下なの?」


「いいや。そいつは軍人じゃない。裏社会の人間だ」



裏社会の人間。その言葉が何を意味しているのかはその場に居る全員がすぐに理解した。

つまり零治は、軍の人間を使わず、部外者である一般の人間に調査を頼むつもりでいるのだ。



「はあっ!? 音無! 貴様は我が軍の行動方針を決めるための調査を、そんなどこの馬の骨とも分からぬ輩に任せるつもりなのかっ!?」


「春蘭。黙りなさい」


「しかし華琳様! 今回ばかりは!」


「言いたい事は分かるわ。でもそれは、零治の話を聞いてからでも遅くは無いはずよ」


「……分かりました」



華琳の言葉に春蘭は渋々従い、華琳は零治に向き直り続きを促した。



「零治。その情報屋とやら、信用できるの?」


「ああ。金さえ払えば、仕事はキッチリとしてくれるぜ」


「それのどこが信用できるのよ。それって言い換えると、こちらが払った額よりも高額の金を支払ったら裏切る可能性があるって事じゃないの」


「フッ。桂花。お前、軍師としては優秀だが、そっち方面の事には疎いみたいだな」


「何ですってぇっ!?」


「はいはい。桂花、少し落ち着きなさい」


「ですが華琳様っ! 音無の奴、いま明らかに私の事を馬鹿にしてましたよ!」


「はぁ。零治。貴方もあまり桂花をいじるのはやめなさい。話が先に進まないでしょう?」


「悪かったよ」


「分かればいいのよ。で、さっき貴方が桂花に言った言葉だけど、どういう意味なの?」


「金で動く人間は二種類存在していてな。『小銭で動き、裏切る者』、『大金で動き、裏切らない者』ってな。その情報屋は後者だ。だから信用できる」


「なるほど」


「それにそいつはオレの事を上客として抱えている。向こうもオレを裏切るような真似をすればどうなるか、よく分かっているからな……」


「…………」



華琳は顎に手を当てながら宙を睨み、思考を巡らせる。

しばらくして考えが纏まったようで、零治に視線を戻して口を開いた。



「いいでしょう。零治、貴方の案を採用するわ」


「華琳様っ!?」


「春蘭。これは決定事項よ。零治がここまで言うのなら、信用しても問題は無いはずよ」


「……はっ」


「それで零治。調査の期間はどのくらい必要なの?」


「……今からそいつと話をしてくる。向こうに行って調査をして帰ってくるまでの期間も考慮して……たぶん三日か四日もあれば充分だろうな。見合った額の金さえ掴ませたらどんな無理難題でもやってのけるような奴だからな」


「ならば、期限は四日とする。四日経っても情報が得られなかった場合は、予定通り秋蘭を調査に向かわせるわ。いいわね?」


「分かった。なら、オレはそいつの所に今から行ってくる」



軍議も終わり、その日の仕事は亜弥に任せて、零治は一人で街へと出向き、お抱えの情報屋に会いに行くために足を運んで行った。


………


……



「…………」



ちょうど昼時の時間帯なため、洛陽の繁華街は通りを行く人々で賑わいを見せ、周りに軒並み連ねている店からは店員が通り行く人々に様々な商品を売り込む声が飛び交っていた。

零治は無言で人混みの中を縫うように歩いて行き、街の西地区へと足を進め、あからさまに危険な雰囲気を放っている細い裏の路地へと入っていった。

この西地区は元々ガラの悪い輩が多い区画でかなり荒んでいる。以前に零治と亜弥がこの地区を二人で巡回していた時に起きた乱闘騒ぎのおかげで周辺のゴロツキ達は大人しくなり、騒ぎを起こすような事も無くなりはしたし、昔に比べればかなりマシになった方である。

最近は表だって行動するような事も少なくなり、こうして裏にある暗い路地裏を溜まり場にしたりしている程度なため、零治もそこまでは咎めたりはしなかった。

しばらくの間、零治が路地裏を歩いてた時だ。前方に座り込んでいた数人のゴロツキ達がその場から立ち上がり、リーダー格と思われる一際背が高い大柄で、筋肉質な身体つきをしたスキンヘッドの大男が両手の指をポキポキと鳴らしながら集団の中から進み出て零治の行く手を遮った。



「よお。兄ちゃん。この先に進みたいのなら、通行料を払ってもらうぜ。へっへっへ」


「……ほお。このオレにそんなふざけた事を抜かすとは。貴様も随分と偉くなったものだなぁ。あぁ? ハゲ頭が……」


「んだと? ……って! あ、あんたはっ!?」



暗がりだったせいもあり、大男は相手が誰なのか分からなかったが、聞き覚えのある声を耳にして、眼を凝らして注意深く見てその正体が分かった瞬間に驚きの声を出す。

そして、先程までの強気な態度とは打って変わり、周りの取り巻きも含め、ヘコヘコと頭を下げて機嫌取りを始めた。



「こ、これは、音無の旦那じゃないですかぁ。す、すいやせん。旦那だって分かってたらこんな事しなかったんですが……」


「言い訳はいい。貴様、オレの眼が届かない所でまだこんな事をしていたのか。どうやらもう一度お仕置きしてもらいたいらしいな……」


「と、とんでもねぇ! 今日のはたまたまですってっ! なあ! そうだろお前らっ!」


「へ、へいっ! あっしらは旦那に盾突くほど馬鹿じゃありやせんよ!」


「そ、そうですとも! 俺らは旦那と喧嘩するつもりなんかこれっぽっちもありませんって!」



取り巻きの三下達もリーダーの言葉に同意しながらヘコヘコと零治に向かって頭を下げる。

この様子から察するに、過去の乱闘騒ぎで彼らは零治に相当痛い目に遭わされたのだろう。



「ふんっ! まあいい。今日は特別に眼を瞑ってやる。だが……今度また何かやらかしたら、ウチの警備隊を総動員してここいら一帯を手入れしてやるからそのつもりでいろよ……」


「へ、へい! ……所で旦那。今日は何でまたここへ?」


「狐に用があって来た。奴は居るのか?」


「へい。いつもの場所に居やすよ」


「そうか」


「……なんでしたら案内しましょうか?」


「不要だ。道は分かってるからな……」



零治はスキンヘッドの申し出を断り、顎をしゃくって道を開けろとゴロツキ達に促し、彼らは素早く二手に分かれて零治に道を譲って頭を下げた。これではどちらがここのボスなのか分からない光景である。

零治はゴロツキ達の前を素通りし、そのまま奥へと進んでいった。


………


……



薄暗い裏路地をひたすらに進んでいくと、しばらくして開けた空地へとたどり着く。

さほど広さも無い空き地にはゴロツキ達が住みかとして使用していると思われる掘っ建て小屋が点々と建っており、その周囲には椅子代わりに使っている木箱やらなんやらが散乱している。

そして、一番奥に建っている小屋の前に置かれている木箱に腰かけている茶色のフードつきのボロ布を纏った三十代半ばの中年男性の前まで零治は足を進め、口を開いた。



「狐。やはりここに居たか」


「ん? おぉ。これはこれは。音無さんじゃないですか。私に何か用ですか?」


「用が無きゃわざわざこんな所までオレが来るわけないだろうが……」


「ははは。そりゃそうだ。まあ、どうぞ。お掛けになってくださいな」


「ああ」



狐と呼ばれる人物の言葉に従い、零治は狐の座っている木箱の横に設けられているもう一つの木箱に腰かける。

因みに当然ながらこの人物の名前、『狐』は本名ではなく偽名であり、零治も、そしてこの西地区に住みついている者達も狐の本名を知らない。

狐は随分前からこの洛陽の街の西地区を活動拠点として利用しており、情報屋を生業として生計を立てているらしい。



「で? 音無さんがわざわざここまで出向いて来たという事は、仕事の依頼ですかな?」


「そうだ。それも重要な仕事だ。失敗は許されんぞ……」


「おお。これは責任重大ですなぁ。ではお聞かせ願いますかな」


「ああ。……狐。お前、定軍山は知っているか?」


「定軍山? 定軍山とは益州にある、あの定軍山の事ですか?」


「そうだ」


「もちろん知ってますとも。で、その定軍山がどうかしたのですか?」


「今朝な、その定軍山周辺を劉備軍の兵がうろついてるとの情報が入って来てな……」


「ふむ」


「その事をお前に調べてもらいたいんだ」


「いや、そりゃ調べろと言うのなら調べますが……音無さん。私が言うのもなんですが、そこまで分かっているのなら、むしろそこは『そちら側』の人間がするべき事なのでは?」


「お前の言いたい事は分かる。だが、これはウチの人間にやらせては意味が無いのだ。お前も知っての通り、軍属の人間が纏う気配は、分かる奴には分かるからな」


「……罠の可能性を疑っているのですね」


「ああ……」


「なるほど。それなら確かに、軍属の人間を調査に向かわせても時間の無駄。私みたいな者にしか出来ない仕事ですね……」


「…………」


「しかし……その仕事、下手したら私も命の危険に晒される恐れがありますねぇ……」


「…………」



狐はワザとらしく依頼を渋るようなそぶりを見せるが、零治はこれが演技だと分かっている。

この男がこういう素振りを見せる時の意味は、依頼主に誠意を見せろと促しているのだ。

零治はウンザリしたような表情で懐から掌に収まるサイズの布袋を取出し、無造作に狐の膝の上に放り投げた。



「おっ?」



狐の膝の上に落ちた布袋は、ジャラっと重い音が鳴った。

その眼に期待の色を浮かべながら狐は袋を手に取った。持ってみれば袋からはジャラジャラと金属同士がぶつかり合う音が鳴り響き、袋その物にもズッシリとした重みがある。

これだけで充分に分かる。この袋の中には相当の額の金が入っているのだと。



「それは前金だ」


「前金?」


「ああ。依頼を引き受け、無事に情報を持ち帰ったら、それと同額の金をもう一度払ってやる」


「これはこれは。音無さん、随分と太っ腹ですなぁ」


「世辞はいい。それより仕事を受けるのか受けないのかハッキリしろ。受けないのなら金は返してもらうぞ……」


「…………」



狐はフッと笑みを浮かべながら袋を懐に忍べる。商談成立という事だ。



「音無さん。私が貴方ほどの上客の依頼を断る訳ないでしょうが。引き受けさせていただきますとも」


「だったらいちいち依頼を渋るようなワザとらしい素振りをするな。付き合うこっちは疲れるだけだ……」


「これはすみませんね。しかしこれは仕事柄、染み付いてしまった癖なもので。気を悪くしないでくださいよ」


「あぁ、そうかい。だったらさっさと仕事に取り掛かれよ。期限は四日だぞ」


「四日ぁ!? 今から出発して四日で戻って来いと言うのですか!?」


「前金でそれだけ払ってやったんだ。受け取った以上は、貴様も誠意とやらをオレに示してみろよ……」


「これは痛い所を突いてきますなぁ。……はぁ。分かりました。ならさっそく取り掛かりましょう」


「頼むぞ。期待を裏切るなよ……」


「分かってますとも。貴方を怒らせたら、私もどんな目に遭わされるか分かりませんのでね。では、四日後にまた……」


「ああ」



狐はおもむろにその場から立ち上がり、まるで零治のようにその場から跳躍して家屋の屋根の上に着地して、素早い足取りで屋根から屋根へと飛び移り、あっという間にその姿をくらました。

彼が何者なのかは分からないが、先程の様子から相当の手練れだという事は理解できる。



「さて、調査はこれで問題ないとして、後は秋蘭の方か。他の誰かが出撃すれば解決するが、代わりに向かった奴が死ぬ可能性も否定できない。となると……オレが行くしかないな。なら、下準備が必要だし、オレが出撃できるように仕向ける必要もあるな……」



用を済ませ、零治はブツブツと自問自答しながら定軍山の件の解決策を模索しつつ、城へと引き上げていった。


………


……



それから三日後の昼間。

零治はいつものように一人で街の警邏をし、一通り担当区域の巡回を終えたので茶店で小休止を取っている時、西地区に住むゴロツキの一人が接触をしてきた。



「旦那。ここに居ましたか」


「ん? ……お前は。どうした。オレに何か用か?」


「へい。実は、狐が今しがた戻って来ましてね。すぐに旦那にお会いしたいと」


「ほお。予定よりも一日早く戻って来るとは、大した奴だ。奴はいつもの場所か?」


「へい。そこで待っていると」


「分かった。なら、仕事が終わったら会いに行くと伝えとけ。恐らく夜には行けるはずだ」


「へい」



零治は話しを終えるなり早々に会計を済ませ、仕事を再開して残りの担当区域の巡回。

それから城に戻り他の者達の報告を聞き、それらの全てを報告書としてまとめる。

本来なら夜遅くまでかかる作業量だと言うのに、幸運な事に今日は特に目立った事件などが一切無かったせいで報告書の作成にもあまり時間を取られなかったので夕方までに終わらせる事が出来た。

零治はそれを華琳に提出し、一度部屋に戻って狐に渡す金の入った布袋を懐に納め、前に会った西地区の奥地へと出発した。


………


……



狐の指定した場所に辿り着けば、呼びつけた本人は以前と変わらず木箱の上に腰かけ、焚き火の前で俯きながら微動だにしていなかったが、人の気配を感じ取るなりそちらに視線を向け、零治の姿を確認すると嬉しそうに表情を綻ばせた。



「おお! 音無さん。お待ちしてましたよ」


「遅くなってすまんな、狐」


「いやいや。私は気にしてませんよ。まあどうぞ。お掛けになってください」


「ああ」



前と同じように零治は狐の隣に設けられている木箱に腰かける。

時間も惜しいので、零治は率直に話を切り出した。



「狐。お前が戻って来たという事は、情報の方は手に入ったんだな?」


「ええ。もちろんですとも」


「そうか。ならば聞かせてもらおうか」


「はい。……結論から言います。定軍山の件はやはり罠ようですね」


「やはりそうか……。相手の規模はどの程度なんだ?」


「流石にそこまでは。ですが、周辺の村を出入りしていた兵士達の話によれば、かなりの規模の部隊を定軍山周辺に配置しているとか……」


「なら偵察規模の部隊じゃ話にならんな……」


「ええ」


「指揮官は誰だ?」


「黄忠、趙雲、馬超、馬岱だそうです」


(星、それに翠と蒲公英も居るのか……)



零治は願わくば親しくない人間が指揮官であってほしいと思っていたが、現実は甘くはないし、零治もそれは理解している。

戦争をしている以上はこうなる事は分かりきっていたのだ。相手が誰であろうと、敵対するようならば容赦はしない。零治は自分にそう言い聞かせた。



「他には情報は無いか?」


「いえ。もう特に何も」


「そうか。しかしよく情報が手に入ったな。連中は情報の隠蔽工作をしていなかったのか?」


「いいえ。隠ぺいはしていましたよ。ですが、それ故に気が緩んでいる輩は必ず一人や二人は居ます。周りに誰も居ないと思い込んで、雑談している数人の兵士がベラベラと喋っているのを聞かせていただきましたんでね」


「なるほど。どこにでもそういうバカは居るものなんだな。……ご苦労だったな、狐。ほら。約束の報酬だ」



零治は懐から布袋を取出し、狐の膝の上に無造作に放り投げる。

膝の上に落ちた袋からはジャラっと金属同士がぶつかり合う音が鳴り響き、前に渡した金と同等の金額が入っている事がすぐに分かった。



「おお! ありがとうございます」



狐は感極まりの表情で袋を手に取り、それを懐へと忍べた。

得るものを得て、渡すべき物は渡した。これ以上この場に用が無い零治は早々に引き上げる事にした。



「それじゃあな。オレは帰らせてもらうぜ」


「はい。音無さん、今後ともごひいきに。こういった高額の仕事ならいつでも大歓迎ですよ?」


「今回は特別だっただけだ。あまり過剰な期待はしない事だな……」


………


……



城に戻り、零治は華琳に定軍山に関する情報が得られたとの報告をしたので、急きょ首脳陣だけを集めた軍議を行う事となり、即座に玉座の間には魏の主要のメンツが集められる事となる。



「それで、零治。例の情報屋が持って帰ってきた情報の内容はどんなものだったの?」


「…………」



零治は華琳を正面から見据えながら考えを悟られないようにし、思考を巡らせる。

得た情報をありのままに伝えるのも手ではあるが、それをやれば華琳は無視をするか全軍を出撃させ叩き潰しに入るだろう。

もちろん後者になれば相手に打撃を与える事は出来るだろうが、そうなれば劉備軍はこちらを必要以上に警戒するようになり動きやすくはなるだろうが、相手の動向が掴みにくくなる恐れがある。

零治はその事は避けたいと思っているし、何より自分が出撃するように仕向ける必要があるのだ。

となれば華琳にはありのまま全てを伝えるのではなく、少し……ほんの少しだけ出まかせを言い、自分が出撃するように仕向けなければならないだろう。そして、劉備軍にはその状況を作るための格好の材料が存在しているのだ。



「零治。どうしたの?」


「ん? あぁ、すまん。何でもない。……さて、お抱えの情報屋の話によればだ……」



零治はそこで言葉を区切り、首脳陣達をグルリと見回し、華琳達は零治が続きを話すのを黙って待つ。

しばしの間を置いて、零治はおもむろに口を開いた。



「定軍山……恐らくただの偵察だと思う」


「恐らく? 零治、それはどういう意味なの?」


「情報屋の話によると……定軍山付近の村を黒狼、金狼か銀狼の誰かが何度も出入りをしているらしい」


「っ!?」



零治から告げられた情報の内容に首脳陣達の顔に緊張が走った。そして零治はこの様子に内心ほくそ笑む。

この様子なら首脳陣達は零治の話を間違いなく信じているのだから。



「零治。その情報は確かなの?」


「いや。話を聞いただけで姿までは見ていないそうだ。まだ確定とは言えない」


「そう」


「華琳様。どうなさいますか?」


「…………」



傍らに控える秋蘭が声をかける間も華琳は思考を巡らせる。

どうするべきか。この情報がこちらを釣るための餌、罠の可能性は否定できない。だからこそ華琳は悩んだ。

その考えを読み取った零治は、自分が出撃するよう仕向けるためのダメ押しにかかった。



「華琳。何を迷っている。誰を調査に向かわせるかなど考えるまでも無いだろう」


「零治。貴方まさか……」


「ああ。定軍山にはオレ達が向かう。調べるのならそれしか選択肢はないだろ」


「ちょっとあんた! 華琳様が決断を下してもいないのに何を勝手な事をっ!」


「桂花。静かに」


「ですが華琳様! 近頃の音無は勝手が過ぎます!」


「それは私も否定はしないわ。でも、私も答えは出ているわ。零治……」


「ああ」


「定軍山には貴方と亜弥、恭佳、奈々瑠と臥々瑠の五人が向かいなさい。兵の人選、人数などは貴方の判断に任せるわ」


「感謝するよ。少人数の方が動きやすいんでな。出撃は明日でも構わんか?」


「ええ」


「なら、さっそく準備に取り掛かるとする。もう行ってもいいか?」


「構わないわ。誰か何か言いたい事とかはある?」



華琳は首脳陣達をグルリと見回し、声をかけるが誰も何も言おうとはしない。

いや、本音はみんな言いたい事はあるのだが華琳が決定を下した以上は何を言っても状況は覆らないし、確定情報ではないが相手が相手なのだ。

黒狼達と互角に戦える人物はこの陣営内には零治達以外に居ない。ならば定軍山の調査に向かうのも適任者は零治達以外に考えられないのだから。



「無いようね。では、会議は終了とする。解散!」



解散の号令を受け、首脳陣達は各々の部屋へと帰っていく。

零治も自室へと足を進め、その間も明日の定軍山の調査の事について思考を巡らせた。



(よし。これで秋蘭の死の危機は回避できたな。下準備は充分に出来ている。後は……定軍山で奴らを叩き潰すだけだ。そのためなら……どんな手でも使ってやるっ! たとえアイツら……星達を殺す事になってもだ……っ!)



それから翌日。零治達は僅か百人という小規模の部隊を率いて定軍山に向けて出撃する。

その先に待ち受ける劉備軍の罠を突破し、戦力を削ぐために……。

零治「今回はやけに遅かったな」


作者「どうもスランプになってるらしい。最近なかなか手が進まないんだよ……」


亜弥「それはお気の毒に。所で……」


作者「ん?」


奈々瑠「この話って、原作だと会話パートがあるだけで終わってましたよね?」


作者「そうだな」


臥々瑠「この作品だとどうなるの?」


作者「まあ……色々あるよ。ホントに色々とな……」


恭佳「何よ、その意味深発言は?」


作者「いや、気にしないでくれ」


零治「あっそ。で、時間はかかりそうなのか?」


作者「かもしれん。スランプがあるのと、後、修正作業もするつもりだし」


亜弥「修正? また誤字脱字ですか?」


作者「それもあるが……一度最初から見直して、直せる所は全部修正しようと思ってな」


零治「一からって……まさか第一話からか?」


作者「ああ。そのせいもあって、次の話の投稿はいつになるのかオレにも見当がつかん」


恭佳「何だってまた急にそんな事を」


作者「……オレにも色々あるんだよ」


奈々瑠「やれやれ。ホントいつになるのかしらね。次の話」


臥々瑠「さあ?」

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