第49話 血塗られた過去
またまた拠点パートの回になりますが、これで終了。
次回からメインストーリーを進めていきますのでしばらくお待ちを。
時刻は深夜。辺りは真っ暗で静寂に包まれた城内。
そして、そこで生活を送り、自室で深い眠りについている零治。
部屋は暗闇に包まれ、窓から差し込む月の光がわずかな明るさもたらし、外から聞こえる虫の鳴き声だけが響いている。ベッドに横たわり、眠りについている零治は夢を見ていた。
「……ぅ……」
零治の顔は苦痛を訴えていた。だがそれは肉体的な痛みではなく、精神的な痛みだ。
零治がいま見ている夢は自分にとって忌まわしき過去の出来事。
それはまだ零治達がこの世界に来るよりも前の話。つまり、元の世界で起きた出来事である。
零治にとってそれは悪夢としか言えない出来事だった。
………
……
…
それは一年前の出来事だった。
その日の空はどんよりとした雨雲に覆われ、どしゃ降りの雨が降り注ぎ、激しく地面を叩いていた。
そして零治はいつも着ているコートを纏い、全身黒ずくめの姿で叢雲を片手に雨に打たれながらそこに立っていた。そこは西側に存在する街の一つ。いや、正確に言えば街だった場所だ。
そこは東軍の激しい攻撃にさらされ、ゴーストタウンと化した場所だ。そのためそこには人など住んでいないし、住めるような環境でもなかった。
そして、零治の立っている場所から正面に向かい合うように反対側に立っているもう一人の人物、それは零治の実の姉、零治同様にコートを纏い、全身黒ずくめの姿をした恭佳だ。
「姉さん……」
「零治。まさかアンタが来るとはね……」
「姉さん。どうして……どうして裏切ったんだ……」
「…………」
「姉さん。今からでも遅くない。オレと一緒に帰ろう。今なら黒狼も裏切りの件は不問にすると言ってるし、この事も内密に処理すると言っている。だから帰ろうよ、姉さん……」
零治は恭佳に手を差し伸べ、帰るように悲痛の表情で懸命に訴えかける。
だが、恭佳は零治が望んでいる答えを出してはくれず、首を横に振る。
「嫌よ……」
「姉さんっ!?」
「嫌よ。もう西軍には……五色狼には戻らない。戻れる訳が無いの。……零治。アンタこそアタシと一緒に来なさい。出来れば亜弥も一緒に連れて行きたい所だけどここには居ないようだし、彼女は諦める。だから、せめてアンタだけでもアタシと一緒に逃げて、どこか安全な場所を探して二人で静かに暮らしましょう」
「どうしてそんな事を言うんだ。姉さん、もう少しで戦争は終わる。オレ達の手で終わらせられるんだ。二人で暮らすなんてその後でも遅くないじゃないか……」
「…………」
「それに……仮に姉さんと一緒に逃げたとしても、その先はずっと逃亡生活だ。いつ来るかも分からない処刑隊に怯えながら陰でコソコソした生活を送るなんてオレはご免だ……」
零治の言う事は尤もだ。
軍を裏切り、仮に恭佳と一緒に逃げたとしてもその先に待っている生活に安息は無い。
いくら安全な場所を見つけたとしても、ずっとそこに滞在するのは不可能に近いだろう。
軍の捜索範囲が広がれば、その範囲から逃れるために各地を転々とした根無し草生活を送るほかない。
そうなれば零治と恭佳はこの先一生、普通の生活を送る事は許されない身となってしまうのだ。
「姉さん、お願いだ。考え直してくれ。今ならまだ間に合う。黒狼を信じて帰ろうぜ」
「零治。アンタ……あの男の言う事を本気で信じてるの……?」
「えっ?」
「零治。あの男……黒狼は危険なのよ。確かに奴はこの戦争での一番の功労者。でも、腹の底では何を考えてるか分からない。そういう意味でも、アタシ達はあそこに居ちゃいけないのよ……」
「姉さん。どうして……どうしてそんな事を言うんだっ! 今のオレ達があるのはあの人のおかげじゃないか! 黒狼が居たからオレ達は力を得た! 彼のおかげでこの戦争をオレ達の手で終わらす事ができるんだ! 黒狼の事を悪く言うのはやめろよ!!」
「零治! 話を聞いて!」
「言い訳なんか聞きたくない! 姉さん、これが最後の警告だ! オレと一緒に来るんだっ! でないとオレは……貴方を殺す事になる! そんな事はしたくない! もう……家族を失うのは嫌なんだ! だから言う通りにしてくれ、姉さんっ!!」
「…………」
「…………」
お互いに黙ったまま視線を交わし、何も言おうとしない。辺りには地面を打ち付ける雨音だけが響き渡る。
零治は恭佳がこれで考えを改めると希望的観測を持つが、現実はそこまで優しく出来てはいない。
恭佳が出した答えは、零治にとってあまりにも無情なものだった。
「悪いけど、それは出来ない相談だわ……」
「……そうか。なら仕方ない」
恭佳が考えを改めない事を理解した零治は己に与えられた役目を果たすべく、叢雲を鞘から引き抜き、両手で柄をしっかりと持ちながら切っ先を突き付けて構えを取り、鋭く叫んだ。
「姉さん……いや、音無恭佳! 今この瞬間、貴官を裏切り者と認定し、情報漏洩阻止のためこの場で排除するっ!!」
「くっ! こうなったらやるしかない……っ!」
恭佳はここで死ぬ訳にはいかないという思い、何より零治に伝えなければならない事が彼女にはある。
やむを得ず恭佳も零治と闘う覚悟を決め、ソウルイーターを呼び出して戦闘態勢に入る。
「姉さん。身内としてのよしみだ。苦しまないように一撃で殺してやる。……行くぞっ!」
「っ!? 速いっ!」
雨のせいで地面がぬかるんで足場が不安定だというのに、零治は地面を蹴って一気に恭佳との間合いを詰めて来る。この状況でも零治の踏込の速さが衰える事は一切なかった。
恭佳との距離が目と鼻の先まで縮まった所で、零治は右腕を後ろに大きく引いて高速の突きを放った。
「フンっ!」
「なっ!? くぅ……っ!」
恭佳は防御態勢で零治の攻撃を受け止めて迎え撃つつもりでいたが、攻撃があまりにも速すぎるため咄嗟に右サイドにステップしてその一撃を躱し、零治から距離を取って体勢を立て直す。
(危なかった。反応があと一瞬遅かったら間違いなく胸を刺し貫かれていたわ。どうやら零治は本気のようね……。となると、こっちも手加減している余裕は無いって事かっ! でも、何とかこの事件の裏を、何より……『あの時』の真実を伝えないとっ!)
「良く躱したな、姉さん。だけどそんな事をしても寿命がほんの僅かに延びるだけだ。次は外さない……」
「くっ!」
「はあああああっ!!」
零治は叢雲を鞘にしまい、裂帛の気合いを放ちながら居合の構えを取ったまま突撃し、恭佳の胴体を一文字に薙ぎ払うように高速の居合を放った。
「くぅ……っ! このぉっ!!」
「ぐっ!」
しかし、恭佳はその一撃を辛うじて受け止めて反撃に転じ、ソウルイーターの刃を大きく振り抜いて零治の叢雲にぶつけてそのまま一気に後方へと押し返した。
「流石だ。やはり強いな、姉さん……」
「はぁ、はぁ……アンタこそ、いつの間にか随分と強くなったじゃないの……」
「褒めてくれて嬉しいね。こんな状況じゃなきゃもっと嬉しかったんだがなっ!」
零治は再度恭佳に突撃を仕掛け、中間距離に入った所です跳躍し、左手をコートの下に突っ込んで投擲ナイフを三本取り出して、これを投げつけて牽制して来る。
「くっ! 小賢しい真似をっ!」
恭佳はソウルイーターをグルンと一回転させて飛来してきたナイフを弾き飛ばすが、それにより動きを封じられていたため、ここぞとばかりに零治は叢雲を垂直に振り上げながら恭佳に向かって落下し、その勢いと共に叢雲を一気に振り下ろす。
「でやぁぁっ!!」
「ぐっ! くぅ……っ!」
恭佳はソウルイーターを水平に持ち上げ、柄の部分を使って辛うじてその一撃を受け止めるが、思いのほか重いその攻撃は恭佳の両腕に負荷をかけ、骨がミシミシときしんだので苦悶の表情になった。
零治はそこからの反撃を警戒して、バックステップをして間合いを大きく開く。
「フッ。よく受け止めたな。それでこそオレの姉さんだ!」
(くっ! 何とか零治を止めようと思ったけど、どうもそれは無理のようね。こうなったら……もう零治を殺すしかないっ!)
「姉さん。これ以上時間を掛けたくないんでな。次で終わらせる……」
「望む所よ。来なさい、零治……」
双方無言で睨み合いながらこの闘いに決着をつけるべく、零治は叢雲を鞘にしまい居合の構えを取り、恭佳はソウルイーターを大きく後ろの振りかぶりながらいつでも迎え撃てる体勢を取る。
しばらくの間、二人はその場から動こうとせず、お互いに出方を伺っていたので、ただ時間だけが過ぎ去っていく。しかしその刹那、ついに零治が動いた。
「フッ!」
「っ!」
零治は最初に見せた突撃を再び恭佳に仕掛け、叢雲を引き抜き、その胸部に狙いを定めながら柄を両手で持ちながら後ろに引いて突きの攻撃体勢を取る。
それに対して恭佳は構えの姿勢のまま微動だにせず、零治を正面から見据えていた。
(確かに今の零治は強い。でも……まだアイツは叢雲の力を引き出せていないはず! そこに勝機はあるっ!)
「姉さん……これで終わりだぁ!」
恭佳との距離が目前まで迫り、零治は鋭く叫びながら高速の突きを再び放つ。
恭佳は一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべ、そっと呟いた。
「さようなら。零治……」
恭佳は両脚に全体重をかけて身体を支えながら上半身を大きく捻り、ブーメランでも投げるような勢いでソウルイーターを零治に向かって投げつける。
風を斬りながら高速回転するソウルイーターは零治に向かって一直線に飛来する。これで全てが終わる、恭佳はそう思った。だが……。
「……フッ」
「なっ!?」
恭佳の予測を裏切り、投げつけたソウルイーターは零治の身体をすり抜け、まるで揺らめく雲のようにユラユラと霧散して元の状態に戻り、ソウルイーターはそのままグルグルと回転をしながら零治の背にそびえ立っている廃ビルの壁に深々と突き刺さった。
「残念だったな、姉さん……」
「零治! アンタまさかっ!?」
「そうさ! ようやく使えるようになったのさ! 叢雲の力をなぁ!!」
(っ! まずい! ソウルイーターを呼び戻さないと!)
恭佳は廃ビルの壁に刺さっているソウルイーターに右手をかざして戻って来るように念じるが、全ては手遅れであった。
零治との距離はもう目前だ。その手に握られている叢雲が凶刃を煌めかせながら迫りくる。
「はあああっ!!」
「……っ! がっ……っ!?」
零治は両腕を一気に突き出して恭佳の胸に深々と叢雲の刃を突き立て、その身体を一撃で刺し貫いた。
恭佳は口から多量の血を吐き出し、自分の足元を鮮血で染め上げ、右手を震わせながら零治の両手に掌を乗せ、何かを訴えかけるような悲痛な視線を向ける。
「はぁ、はぁ……フンっ!」
「ぐっ……あぁ……はぁ……っ!」
零治は恭佳に一瞥もくれてやらずに叢雲を引き抜き、その刃は恭佳の血で赤く染めあがっていた。
胸を刺し貫かれた恭佳はそのままゆっくりと仰向けに地面の上に倒れ込み、傷口から溢れてくる血が雨によって流され、その周辺は薄い赤色へと染まっていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「あ……れ……い……じ……ぐっ……あぁ……っ!」
零治は肩で激しく息をしながら、地面の上で痛みに悶え苦しみながらもこちらに手を伸ばし、何かを訴えかけようとする恭佳を見つめ続ける。
興奮状態が続いている零治は肩で激しく息をしながらその場に立ち尽くしていたが、やがて冷静さが戻ってきて、零治は理解した。自分が取り返しのつかない事をしてしまった事に……。
「姉……さん? 姉さん……? っ!? 姉さんっ!!」
零治は叢雲をその場に投げ捨て、叫びながら恭佳の下まで駆け寄り、倒れている恭佳の身体を抱きかかえながら上体を起こして悲痛な声で呼びかける。
「姉さん! 姉さん! しっかりしてくれ! あぁ……オレ、オレ……何て事を……っ!」
「ぐっ……れ、零……治……」
まだ息がある恭佳は震える左手を零治の顔に伸ばして、かすれるような声で呼びかけて何かを伝えようとする。
零治はその手を右手でギュッと握りしめ、涙を流しながらひたすらに謝り続ける。
「姉さん! ごめん! ごめんよぉ! すぐに手当てをするから死なないでくれっ!」
「いい……のよ。アン……タは……悪く……ない……か……ら……」
「それ以上喋るな! これからはちゃんと姉さんの言う事を聞くから! 一緒に逃げるから! だからお願いだ! 死なないでくれ!」
「れ……零……治……」
恭佳は零治の右頬に血で赤く染めあがった左手をそっと当てて、最後の力を振り絞って残り僅かの命の灯火が消える前に胸中に抱えている思いを伝えるべく、口を開いた。
「零治。アンタに……伝え……なきゃ……いけない……事が……」
「そんなのは後にしてくれっ! まずは手当が先だ! だからそれ以上喋らないでくれ!」
「零……治。あ……あの時の……真実を……ア、アンタ……に……」
「あの時って何の事だよっ!? 今はいいから! 手当が済んだら聞くから!」
「……の……を……」
もはや限界が近いらしく、恭佳が伝えようとしている言葉は途切れ途切れになっており、肝心な部分が聞き取れないため零治には伝わらずにあった。
「姉さん! さっきから何を言ってるんだ!? もういいから! 喋らなくていい!」
「……くぅ……あ……」
無理をして喋り続けた事が原因で恭佳は限界を迎えてしまい、両眼をゆっくりと閉じて息を引き取り、零治の頬に当てていた左手は力無く崩れ落ち、バシャンと水音を立てて地面に打ち付けられ、零治の頬は恭佳の血で赤く染めあがる。
「姉さん? 姉さん……? 寝るなよ。なあ……眼を開けてくれよ……」
「…………」
零治は認めたくなかった。恭佳が、姉が死んだという現実を認めたくない一心で嗚咽交じりの声で呼びかけながらその身体を揺さぶる。
だが、これは現実なのだ。恭佳は零治の目の前で死んだ。自分が殺したのだ……。
「姉さん! 姉さんっ! お願いだ……眼を開けてくれ! 死なないでくれよ! 逝かないでくれ! オレを……オレを一人にしないでくれ! 姉さんまで死んだら……オレは……っ! くぅぅ……あ、あぁ……っ!」
恭佳は逝ってしまった。自分の目の前で。そして、実の姉を手にかけてしまった。
姉を殺してしまったという現実に零治の心は哀しみに染めあがり、胸をを締め付けられそうな思いに駆られ、涙を流す。
その零治の心境に呼応するかのように雨足が急に強くなり、一帯は激しい豪雨に見舞われる。
「姉さん……姉さん……っ! あぁ……うあああああああ!!」
零治は恭佳の亡骸を抱きかかえながら天を仰ぎ、哀しみに打ちひしがれながら叫んだ。
その零治を責め立てるように雨は容赦なく降り注ぎ、空に一筋の稲妻が走り、激しい轟音を辺りに轟かせた。
………
……
…
「……はあ!? ……はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
夢から眼が覚め、思わず飛び起きてしまった零治は激しく息を繰り返しながら辺りを見回す。
そこは自分が使用している自室。外からは虫の鳴き声が聞こえてくるのみ。
部屋は暑くないというのに、零治は全身に酷い汗をかいている。
「はぁ、はぁ……ゆ、夢か。クソッ! 嫌な夢を見ちまったもんだぜ……」
零治は忌々しげに呟き、額の汗を手で拭ってベッドに力無く倒れ込んで眼を閉じるがこんな夢を見た直後では眠れるはずもなく、すっかり眼が覚めてしまっていた。
「……はぁ。こんな夢を見た後じゃ眠れる訳もないか。外で涼みながらタバコでも吸うか」
仕方ないので零治は気分転換も兼ねて起きる事にして、ベッドから降り、机に置いてあるタバコの箱とライター、携帯灰皿を手に取り、ズボンのポケットに捻じ込んで部屋を後にした。
………
……
…
部屋を立ち去ってから零治は中庭を一直線に目指して、庭に設けられている東屋の椅子に腰かけて夜風に当たりながら星が燦然と輝く夜空を見上げながらタバコの煙を吹かす。
零治が吹き出した煙は風に乗って揺らめきながら空を昇り、その心地よい夜風は零治の火照った身体を冷ましてくれ、身体中にかいていた汗も一気に引いていった。
「……フーー……。ったく。またあの夢を見ちまうとはな。最近は見なくなっていたのに、何で今頃になってまた……おまけに今晩のはやけに鮮明だったし……」
「おや? 零治。こんな夜中にどうしたんだい?」
「……ん? あぁ、姉さん」
声がした方向を見やれば、中庭から東屋へと伸びている石造りの階段の下に恭佳が立っていた。
恭佳は零治がこんな夜中に起きている事が気になり、階段を昇って零治の座っている位置の隣まで足を進め、ゆっくりと腰かける。
「ここ座るよ」
「訊く前にもう座ってるじゃないか」
「まあまあ。細かい事は気にしない気にしない。で? こんな時間に起きてどうしたのよ?」
「……嫌な夢を見ちまってな。それで眼が覚めちまって眠れなくてな」
「夢? 何だい。いい歳して怖い夢でも見たの?」
「そうだな。オレにとっては恐怖の夢だった……」
「ど~れ。お姉さんに話してみなさい。少しは気が紛れるかもしれないよ」
「…………」
零治は話していいものかと頭を悩ませる。
何しろ夢の内容に出てきた人物がいま目の前に居るのだ。
そして、その内容は零治と恭佳の二人にとっては忌まわしき過去の記憶でもある。
「あっ。言いたくないのなら別に無理に話さなくてもいいよ」
「いや……聞いてほしい。気になる事もあるから……」
「そうかい? ……じゃ、話してごらん」
「…………」
しばらく零治は押し黙ったままどう話を切り出したものかと頭を悩ませていたが、こういった事はストレートに切り出すのが一番なのだ。
なので零治は変な言い回しなどは使わずに、ありのままに見た夢を打ち明けた。
「……あの時の……姉さんを殺したあの日の夢を見てしまったんだ」
「あぁ、あの日の事か。なるほど。確かにそりゃ眠れなくなるわね」
「ああ……」
「で、気を紛らわすためにここでタバコを吸っていると」
「……うん」
「そっか……」
「…………」
「で?」
「ん?」
「アタシに何か訊きたいんだろ? さっき気になる事があるって言ってたじゃないか」
「あ、あぁ……」
今日の夢はやけに鮮明で、零治自身も忘れていた事を思い出させてくれた。
これを喜ぶべきなのかは分からないが、それにより疑問が浮上してきたので、零治はその事を尋ねる。
「姉さん。貴方はあの時、オレに何を伝えようとしたんだ……?」
「……何の事だい?」
「忘れたのか? あの時、姉さんは死にかかっていたにもかかわらず、オレに何かを伝えようとしていたじゃないか。なんか……真実がどうとか言っていたような気が……」
(っ!? 『アレ』の事か。でも、今の零治に伝えていいものか……いや、ダメ。あの時は死にかかっていたから伝えようとしたのだけれで、今は状況が違う。まだ早すぎるわ。何とか誤魔化さないと……)
「姉さん?」
「えっ? あぁ、ごめん。何?」
「何じゃない。急に黙ったりしてどうしたんだよ?」
「あぁ、アンタに言われて、あの日の事を振り返ってたんだけどさぁ……ん~……」
恭佳は零治に真意を悟られないように自然に振舞いながら両腕を組んで、首を捻りながら唸り声を出して考える仕草をして見せる。
そして恭佳がいま考えているのは零治の疑問の答えではなく、この場を誤魔化すための適当な言い訳である。
「う~ん……ごめん。全っ然思い出せない。ひょっとしたらド忘れしちゃったのかも」
「いや、いいんだ。もしかしたらって思ったんだけど、今日見た夢があの日の事を完全に再現していたとは限らないから、気にしないでくれ」
「そう? ならいいけど」
「ああ。すまなかったな。いま言った事は忘れてくれ」
(ふぅ。何とか誤魔化せたみたいね……)
「…………」
零治は無言で俯きながらタバコを携帯灰皿に捨て、まだ何か疑問があるのか、難しい表情をしながら考え事をしている様子を見せる。
「ん? まだ何か気になるの?」
「ああ。ただ……これはさっきの話とは全然違うんだが」
「何だい? お姉さんに話してみなさいよ」
「……この前の戦いの時……一体なにがあったんだ……?」
「…………」
「知ってるんだろ……」
「…………」
「姉さん。話してくれ」
「……分かったわ」
恭佳は俯きながらどこから話したものかと思考を巡らせ、しばらくして顔を上げて零治に向き直り、正面から見据え、その重い口を開き、あの時に何があったのかを語り始める。
「零治。アンタはあの時、叢雲に隠されていた力が発動してしまい、叢雲に取り憑かれていたのよ……」
「叢雲に取り憑かれていた……?」
「そう。あの時の戦いで、アンタの記憶が途中から無いのはそのせいなの。つまり、あの時黒狼と闘っていたのはアンタじゃなくて、アンタの身体を使って叢雲が……正確に言えば、叢雲に宿っている意思が闘っていたの」
「……にわかには信じ難い話だな」
「でも事実よ。そしてそれが原因でアンタはあの時、生死の境を彷徨っていたのよ」
「それも気になってたんだ。どうしてそれが原因でオレはあの時死にかけたんだ……?」
「……あの力の正式名称は不明。ただ……叡智の城の研究者達は『アンリミテッドモード』と呼称していたわ……」
(アンリミテッド……つまり無限の力ってわけか。……ん? 無限……?)
その時、零治の脳裏に随分前に華琳達と街の視察に行ったときに出会った、管輅と名乗った占い師に言われたある言葉が蘇る。
叢雲に秘められた命をも蝕む無限にも等しい力と……。
(まさか……『コレ』の事なのか……)
「……零治。話聞いてる?」
「えっ? あ、すまん。聞いてなかった」
「もう。アンタが聞かせろって言ったくせに……」
「悪かったって。だから膨れないで続きを頼むよ」
「分かってるわよ。……で、さっきの続きだけど……アンタがあの時、死にかけた理由について。零治、『魔導管』は当然知ってるわよね?」
「ああ。オレ達の体内に存在する器官の一つ、魔力を生成、及び全身に循環させる器官。魔法を行使する上で必要不可欠な器官の事だろ?」
「そう。構造的には血管と心臓のような感じね。そして魔力を一度に生成する量にも個人差があり、無限に生成は出来ない。その人物が持つ魔導管の魔力生成量を上回るほどの魔法を行使し続ければ当然魔力は枯渇するし、魔導官にも負荷がかかって、器官の損傷を防ぐために休眠状態に入ってしまうから最終的には一時的に魔法が使えなくなる」
「それくらい知ってるぞ。それがさっきの話とどう関わってくるんだよ?」
「本題はここからよ。まあ、アタシも叡智の城のデータベースの記録を見た程度だから詳しい事までは分からないし、どこまでが本当なのかも怪しいけどね」
「…………」
零治は無言で恭佳を正面から見据え、口を開くのをじっと待つ。
恭佳も零治の視線から眼を逸らすことなく見つめ返し、思考を巡らせながら慎重に言葉を選び、やがて口を開いた。
「アンタが死にかけた原因は叢雲その物にあるのよ……」
「どういう事だ?」
「アンリミテッドモードとはその名の通り、使用者が無限の魔力を得て神器の力を使い続ける事が可能となる力。だけど……これは使用者の命をも蝕む諸刃の剣なの……」
「それは一体……」
「この状態になった使用者が無限の魔力を得られる理由は、神器とその使用者がリンクするからなのよ。その結果、使用者は神器が生成する魔力を供給される事により無尽蔵の魔力を得られる。それに人と違って神器は魔力の塊のような存在でもある。だから魔力切れの心配も無いってわけ」
「それでアンリミテッドってわけか……」
「そう。だけどこれこそが使用者の命を蝕む原因なのよ……」
「なんでだ?」
「神器が生成する魔力は人間の物と違いとても強力だけど、全く異質な物。その強すぎる魔力は人にとっては毒にもなる。薬なんかと同じよ……」
「…………」
「その魔力は魔導管を通して全身に回り、その人の魔導管にも必要以上の負荷がかかり、他の臓器にも異常をきたす恐れもある。そうなればその人は最終的には……死ぬ……」
「……あの時、オレの身体にそんな事が」
「ええ。だけどアンタは運が良かったわ。あの華佗って医者が居たおかげで死なずにすんだんだから」
「そうだな」
不意に零治は遠い眼をしながら夜空を見上げ、あの時の事を思い出す。
今でも忘れる事のない人物、華佗。
少々変わった所はあるが、いま零治がこうして生きているのは間違いなく彼のおかげだ。
もしもあの時、華佗があの場に居なかったら零治は間違いなく死んでいただろう。
「華佗には改めて礼を言っておく必要があるな」
「そうね。その時はアタシも一緒に行かないとね」
「…………」
零治は不意に視線を地面に下して、恭佳から聞かされた力について考えを巡らせる。
臥々瑠はあの時の事についてこう言っていた。黒狼を圧倒していた、と……。
つまり、この力を使えば黒狼を倒せる可能性があるという事だ。
「零治、どうしたの?」
「ん? いや。別に……」
「……アンタ、まさかあの力をまた使おうと考えているの」
「…………」
「零治。バカな考えをするのはやめなさい。アタシの話を聞いていなかったの。あの力は危険すぎるのよ」
「分かってる。だが、その力を使えるようになれば黒狼を倒す事だって出来るんだ」
「いいえ。アンタは何も分かっていない。その力を使えばアンタは確実に死ぬのよ。あの時は華佗が居たから助かっただけ。運が良かったのよ。でも、ああいった幸運は二度も続かない。いくら黒狼を倒せる力と言っても、アンタまで死んだら何も意味なんかないじゃないか……」
「…………」
「零治。仮に黒狼を倒せたとしても、アンタまで死んだら……残された者達はどうするんだい。アンタが死んだら哀しむ人が居るって事を忘れたのかい……」
「そ、それは……」
忘れる訳が無い。
かつては自分の帰りを待つ人は片手で数えれる程度しか居なかったが、少なくとも今はそれ以上の人達が居る。
約一名、誰とは言わないが本気で零治の帰りを待っているかどうか怪しい人物も居るが、名誉のためにも彼女も心の底では零治の帰りを待っていると信じてあげたい所だ。
ここには今まで苦楽を共にしてきた仲間達が大勢いるのだ。ここだけじゃない。街の人達も零治の働きに感謝し、慕っている者は大勢いる。
もしも自分が死ねば、亜弥、奈々瑠に臥々瑠、恭佳、華琳達も哀しみに打ちのめされてしまう。
零治だってそんな事はしたくない。親しい人を失った時の哀しみがどれ程辛い物なのかは自分自身が一番知っているのだから。
「零治。約束して。もうあの力は使わないと。使う事も考えないと」
「姉さん……」
「お願いよ。アタシはアンタに死んでほしくないの。だから約束して。あの力を使うような事はしないと……」
「…………」
恭佳は零治の手を両手で取り、優しく握り締めながら悲痛な表情で訴えかける。
零治としては使いたいのが本音だが、恭佳にこうも言われては反論など出来るはずがない。
零治は仕方なく恭佳の言葉に頷いた。
「分かったよ。約束する。あの力は使わない」
「絶対よ」
「ああ」
「よかった。それを聞いて安心したわ」
恭佳は安堵の笑みを浮かべながら胸を撫で下ろす。
だがそれとは対照的に零治は浮かない表情で俯き、黙り込んでしまう。
「…………」
「どうしたの? まだ何か気になるの?」
「いや……その……」
珍しく歯切れの悪い零治は、恭佳に視線を戻しては何か言いたげに口を開こうとするが、肝心の言葉が出てこず、俯いて黙ってしまうを繰り返す。
「どうしたのよ? 歯切れが悪いわね」
「その……えっと……姉さん……」
「何?」
「……今更だけと……ごめん。ごめんなさい……」
「はっ? いきなり何を謝ってるの? アタシ零治に謝られるような憶え無いわよ」
「あるよ。オレは姉さんを……貴方を殺してしまった。その事を……ずっと謝りたかったんだ……っ!」
「零治……」
「謝って許されるような事じゃないのは分かってる。でも……それでも謝りたかった。姉さん……本当にごめんなさい……っ!」
零治は恭佳の両肩に手を乗せて、頭を下げながら小刻みに身体を震わせながらポタポタと涙を流し、嗚咽混じりの声で何度も何度も謝り続ける。
恭佳は零治が今まで内に抱えていた苦しみを理解しつつ、そっと抱き寄せて背中を撫でながら優しく声をかける。
「零治。もういいのよ。アタシは気にしてないから……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」
「あぁ、よしよし。今はアタシしか居ないから好きなだけ泣きなさい。誰にも言わないから……」
「姉さん……姉さんっ! くっ……あぁ……っ!」
恭佳は気にしていないと言い聞かせるが、それでも零治の中から実の姉を殺してしまった事実が消えるわけではない。
そして、その事に対する罪の意識から涙は留まる事を知らずに流れ続ける。
零治は恭佳の胸に顔をうずめながら泣き続ける。
「姉さん……っ! 姉さんっ! あぁ……オレは……オレはっ! うっ……うあ……っ!」
「はいはい。ホント泣き虫さんの弟ね。……ゴメンね。ずっと辛い思いをさせちゃって。お姉ちゃんがそばに居てあげるから気が済むまで泣きなさい。そうすればスッキリするからね……」
「姉さん……あぁ……くぅ……うっ……うぁ……うああああああああああっ!!」
零治は泣いた。恭佳の胸の中で子供のように泣き喚いた。
月明かりが照り付け、冷たい風が吹き付ける夜空の下で、零治は内に抱え込んでいた哀しみをすべて吐き出すように恭佳の腕に抱かれながら泣き続けた。
恭佳「よう。泣き虫零治」
零治「誰が泣き虫だ」
亜弥「ハハハ。貴方も泣いたりするんですねぇ」
零治「お前なぁ……オレを何だと思ってんだ……」
奈々瑠「ま、まあまあ。兄さん落ち着いてください。私は兄さんの意外な一面が見れて嬉しかったですよ」
零治「あぁ、そうかい。オレ自身はいい気分じゃねぇがな……」
臥々瑠「そして明かされる謎の力。凄いチートっぷりだったね」
作者「ああ。それで実は前の話のある部分を修正しておいた」
亜弥「修正? どこの何を修正したんですか?」
作者「雲の幻影の使用時間……」
零治「あぁ、あそこか。確か十五分だったか?」
作者「そう。そこを五分に修正しておいた」
恭佳「何でまた突然?」
作者「いや……この回で説明が入ってる力の事を考えると、十五分はやりすぎかなぁって思ってな……」
臥々瑠「……確かにそうだけど。なら何で最初から五分にしとかないのさ?」
奈々瑠「どうせ後先考えずに書いてたんでしょう……」
作者「はい。すんませんでした……」




