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第48話 亜弥のイメチェン

皆さんにお聞きしたいんですが、話のサブタイトルを考える時、何を基準にしてますか?

私メインパートの時はそんなに悩まないのですが、拠点パート、特にこの回はかなり悩んでしまいました……。

「……ん~……」



とある昼下がり。

劉備軍との戦いで負った傷がまだ完治していない亜弥は休日の時間を潰すために、書庫に籠もって読書に没頭している。



「…………」



右腕がまだ骨折したままなので、亜弥は書庫内に設けられている机に本を置いて、椅子に腰掛けながら左手を使ってペラペラとページをめくり、ささっと内容に眼を通すが、前かがみの姿勢で本を見下ろすような体勢なため、本人は非常に読みにくそうな様子である。



「むむむ……やはりこの姿勢は肩と首に良くないですねぇ。いたた……」



亜弥は左手で右肩を押さえながら軽く首を回して、トントンと肩を叩いて肩から首にかけて走っている痛みを和らげて、パタンと本を閉じて軽く伸びをする。



「んん~……あぁ。読書はこの辺にして何か食べますかね。そろそろ昼時ですし」



亜弥はそう言って椅子から立ち上がり、読んでいた本を本棚に戻して書庫を後にする。


………


……



「ん~。しかし何か食べるにしても、私はまだ腕が完治してませんし、自分で作るのは無理だから誰かに頼むしかないか。……仕方ない。零治に頼んでみましょうかね」



一人ブツブツと呟きながら城内の廊下を歩く亜弥は、とりあえず零治の部屋まで足を運ぶ事にする。

因みにいま亜弥が歩いている廊下はT字型をしており、左側から季衣がドタバタと賑やかな足音を立てながら走ってきており、その後ろから流琉が続いていた。



「ほら流琉! 早く早くっ!」


「もう! 季衣ってば! そんなに走らなくてもお昼は逃げないわよ! 危ないからちゃんと歩きなさいよ! 誰かにぶつかったらどうするの!」


「そんなの心配いらないってばー」



しかしタイミングの悪い事にそれが起こってしまう。

流琉が話しかけていたせいで季衣は後ろを振り返りながら走っていたので、ちょうど廊下の合流地点に差し掛かったその時に亜弥が姿を見せたため、季衣は亜弥と激突してしまう。



「って!? どわぁ!」


「なっ!? うわっ!」


「季衣!? 姉様!?」



激突した衝撃で季衣と亜弥は二人揃ってその場に尻もちをついてしまい、流琉が慌てながらその場に駆けつける。

ぶつかった時の衝撃はかなりの物だったが幸いな事に二人とも怪我はしていない様子だ。



「いたたたぁ……」


「いてて。ご、ごめん、姉ちゃん……」


「もう! だから言ったじゃない! 危ないって! 姉様、大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫です。ちょっとぶつかっただけで……ん……?」



亜弥はその場から立ち上がろうとするが、その時に自分に違和感を感じた。

もっと具体的に言うと、自分の視界に違和感を感じた。いつもと周囲の見え方が違うのだ。



「あれ……? まさかっ!?」


「ん? 姉ちゃん、どうしたの?」


「姉様。やっぱりどこか怪我でも?」


「二人とも! そこから動かないでっ!」


「えっ!?」


「な、何ですかいきなり!?」


「無い! 無い! 無いっ! まずいぞ! さっきぶつかった衝撃で外れたのかっ! あぁっ! どこに行ったんだっ!?」



亜弥は凄まじい剣幕で眼を皿のように開いて、その場で四つん這いになり床の周囲に視線を走らせる。

さっきから無いだのどこに行っただのと口にしている点から何かを探しているように見えるが。



「姉ちゃん、どうしたの? 探し物?」


「その様子だととても大切な物のようですね。私達も手伝いましょうか?」


「いえ結構です! 二人は私が良いと言うまでそこから一歩も動かないでください!」


「わ、分かったよっ! だからそんなに怒鳴らないでよ……」


「ひゃ、ひゃいっ!」



日頃から穏やかな亜弥にしては珍しく凄まじい剣幕で季衣と流琉の二人を一喝してその場から動くなと言うので、二人はそれに従うしかなかった。

亜弥は相変わらず血眼になって何かを探しているが一向に見つからない様子であった。



「あぁもう! どこにあるんだ! スペアは持ってないからアレが無いと困るのに!」


「……ん? お前ら。こんな所で何をしているんだ?」



と、そこへ右側の廊下から零治が姿を現し、亜弥が廊下で四つん這いになり、その姿を季衣と流琉の二人が棒立ちで見守っている姿に何をしてるのだと疑問に思いながらそちらに足を進めてきた。



「ああ! 零治! それ以上こっちに来ないでくださいっ!」


「はっ? 何だよ。一体どうし……」



亜弥が手をかざしながら零治を制止して、零治がちょうど右の足を一歩前に踏み出した時だ。

零治の足元からバリッと何かを踏み砕くような嫌な音が響いた。



「あ゛……」


「ん……?」



その嫌な音が耳に入った亜弥はあんぐりと口を開けて表情を歪め、不審に思った零治は右足をその場から上げて足を踏み出していた場所を見つめる。

するとそこには、何やら透明の細かい何かの破片が落ちており、陽光を受けながらキラキラと輝いていて、零治もそれには見覚えがあり、気まずそうな表情になる。



「亜弥。もしかしてコレ……お前のコンタクトか……?」


「はい……」


「す、すまん。そういう事情ならちゃんと止まってたんだが……」


「いえ。いいんです。貴方は悪くありませんよ……」


「……スペアは無いのか?」


「元の世界にならありますが……」


「そ、そうか……」


「兄ちゃん。こんたくとって何? 天の国の言葉……?」



聞き慣れない言葉を耳にした季衣が興味津々の様子で零治に尋ねてくる。

訊かれた以上は説明しない訳にはいかないが、相手が季衣な上に説明する物が物なだけにちゃんと理解できるのかが気になる所である。



「ん~……簡単に言うと、オレの世界にあるメガネの一種だ」


「眼鏡? ……でも姉ちゃん、いつも普通だったけど」


「コンタクトは普通のメガネみたいに顔にかける物じゃなくて眼の中に直接入れる物なのさ」


「兄様。それって危ないし痛いんじゃないですか……?」


「ん~。別に危なくはないと思うぞ。まあ、馴れない内は痛いって話は聞くが……正直オレにはそこまでは分からん。コンタクトなんか使った事ないし、使うほど眼も悪くないしな」


「そんな事はどうでもいいんです。いま重要なのは、私がコンタクトを失ってしまった事です……」


「あ……あぁ~。そうだったな。いや、ホントすまん……」


「姉ちゃん。ごめんなさい。ボクのせいだよね。姉ちゃんの眼鏡が壊れちゃったの……」


「いえ、もういいんです。さっきのは事故なんですから。こっちは自分で何とかしますから気にしないでください。ほら。早くしないとお昼ご飯が食べれなくなっちゃいますよ?」


「う、うん……」


「姉様。本当にすみません。季衣には後で私から注意しておきますから……」


「流琉。季衣は悪気があった訳じゃないんですから、あまりきつく言わないでやってくださいね」


「はい。……ほら、行くよ。季衣」


「うん……」



流琉に促され、季衣は申し訳なさそうにチラチラと何度もこちらを振り返りながらその場を後にする。

その際に流琉が横で先程の行いを注意する声もしっかりと聞こえてきた。

零治と亜弥の二人だけになり、亜弥は粉々になってしまったコンタクトを見つめながらガックリと項垂れて溜息をつく。



「はぁ~……。ホントにどうしたものか……」


「スペアが無いんなら、もう物質変換魔法で新しいのを作るしかないんじゃないか?」


「私の技量じゃ無理ですよ……」


「そうかぁ」


「貴方はどうなんですか?」


「う~ん。物自体は作れるかもしれんが、度数が再現できるか怪しい所だなぁ……」


「そうですか。はぁ……」



自分よりも魔法の技量が上の零治でも難しいと告げられ、亜弥は途方に暮れてしまいまたもや大きな溜息をつく。

その姿に零治は酷く申し訳に気持ちになってしまう。事故とはいえ、結果的に亜弥のコンタクトをダメにしてしまったのは自分なのだ。

零治は日頃から色々な面で助けられてきた事などから何とかしてやりたいと思い、思考を巡らせながら宙を見上げる。

やがて一つの結論に達したのか、零治は亜弥に視線を戻して口を開いた。



「よし。もうこれしかないな。……亜弥」


「何です……」


「今から街まで出かけるぞ」


「何をしに行くんですか……」


「決まってんだろ。お前のメガネを買いに行くんだよ」


「メガネ……ですか?」


「ああ。もうそれ以外に方法が無いだろ」


「いや……ですが」



確かにコンタクトを創るのが無理となると、もうこの世界で眼鏡を調達する以外に道は無い。

しかし亜弥は眼鏡と言う単語を聞かされ、どこか嫌そうな表情になる。

この様子だと亜弥は眼鏡をかけるのが嫌と見える。が、しかし、零治も譲らないという姿勢を崩さずにダメ押しをしてくる。



「それとも何か? この先は裸眼で生活を送るつもりなのか?」


「うっ。そ、それは……」



零治の台詞に亜弥は呻き声を漏らす。

彼女にはある理由があってコンタクトを身に着けて生活を送っていたのだ。

そして零治もその理由が何なのかを知っている。亜弥にとってコンタクト、あるいは眼鏡は必要不可欠な物なのだ。



「決まりだな。ほら、行くぞ」



零治は亜弥の返事など聞かずに一人納得したように頷いて右手を伸ばして亜弥の左手を掴み、そのまま強引に引っ張って街まで連行していく。



「あっ! ちょっと! まだ私はメガネを買うとは一言も……っ!」


「問答無用だ。いいから来い」



零治は後ろで抗議してくる亜弥の言葉には一切耳を貸さず、半ば無理やり連れて行くという形で亜弥を連れて街まで出発していった。


………


……



「さーて、確かこの辺にメガネ屋があったはずなんだが……」


「…………」



街の到着し、零治は亜弥の左手を握ったまま人でごった返している通りをきょろきょろと見回してブツブツと呟くが、亜弥は眼を細めながら無言で俯いて地面と睨めっこをしていたが、チラリと零治に視線を向け、何か言いたそうな表情になる。



「亜弥。お前はどんなメガネがいいんだ?」


「零治……」


「何だ?」


「どうしてさっきから私の手を握ったままなんですか……」


「お前をエスコートするためだが?」


「そんな事しなくても一人で歩けます」


「そんなに眼を細めてか? お前なぁ、この時間帯の通りが人で込み合うのは知ってるだろ。そんな事してたら通行人とぶつかるだけだろうが」


「いいから手を離してください」


「……逃げる気か?」


「そこまで子供じゃありません。分かったなら手を離してください」


「フッ。断る」


「零治~……」


「いい加減観念しろ。今日は大人しくオレに従え。さっさと行くぞ」


「うわっとっ!? もう。そんなに強く引っ張らないでくださいよ……」



あまりにも強引な零治の行動に亜弥は文句をブー垂れるが零治はそれをどこ吹く風と受け流す。

おまけに手まで繋がれてる始末だ。決して悪い気分はしないのだが、すれ違う人々がこちらを見てはヒソヒソと話し合う声が聞こえてきて、女性達からは二人を羨むような、男性達からは零治に対して恨み言とも取れる不穏当な発言が聞こえてくる。今の零治と亜弥は第三者から見れば似合いのカップルにしか見えない。



(悪い気はしないのですが……これでは奈々瑠に申し訳ない気がしてならないですよ)



亜弥は奈々瑠の零治に対する想いを理解しているからこそこういう状況をあまり好ましく思っていないのだ。

かと言って、奈々瑠の想いを自分の口から零治に告げるような真似をするわけにもいかない。

仕方ないので今はこの状況を素直に受け入れるしかなかった。



(まっ、たまにはこういうのも悪くはないか。奈々瑠。恨まないでくださいよ)



とりあえずこの状況を少しは楽しむ事にして、亜弥は心の中で奈々瑠に詫びの言葉を述べる。

しばらくの間、零治に身を任せながら引っ張られるように街道を歩いていたが、急に零治が立ち止ったので亜弥は軽く零治の背にぶつかってしまう。



「おっと!? ……零治。急に立ち止まらないでくださいよ。どうしたんです?」


「…………」



零治は無言で嫌な物でも見るかのように表情を歪めており、亜弥の問いに答えようとしない。



「零治?」


「亜弥。あっちに行くぞ!」


「はっ? 急に何を言い出すんですか?」


「いいから来い! 方向転換だ!」


「あらあらあら~ん」



零治がグルリと身体を180度方向転換し、その場から立ち去ろうとしたその時だ。

背後から聞き覚えのある不気味な声が聞こえ、零治の背にゾクッと悪寒が走った。



「零治ちゃんに亜弥ちゃんじゃないの。奇遇ねぇ。こんな所で会うなんて」


「おや。貂蝉じゃないですか。こんにちは」


「…………」



声の主は貂蝉だった。

亜弥は軽く会釈をしてちゃんと挨拶をするが、零治は左手で顔を覆いながら俯いて、やれ最悪だの何でこんな所でだのとブツブツと独り言を漏らしている。



「零治。貴方も挨拶ぐらいしたらどうなんですか」


「嫌だ」


「全く、貴方って人は……」


「どぅふふ♪ あたしは気にしてないわよん。それにしても今日は二人揃ってどうしたのん? どこかにお出かけ?」


「まあ、そんな所です。そういう貴方はなぜここに? お店はどうしたんですか?」


「今日はお休み。だからあたしもちょっとした休日を満喫していた所なのよん♪」


「そうですか」



傍から見れば貂蝉は不気味な存在でしかないというのに、亜弥は至って普通に貂蝉と会話を交わす。

大抵の人はキモいだのと不気味がる反応をするだけなのに、亜弥はそれを見せない。人が良く出来ているからこそ成せる業なのかもしれない。



「それにしても……零治ちゃん」


「何だよ……」


「二人して手なんか繋いじゃって。とってもお似合いよん♪ もしかしてあたし、お邪魔だったかしら?」


「生憎とそんな意図はないぞ。ただ今のコイツがこうでもしないと街中をまともに歩けないからこうしているだけだ」


(むぅ。それは確かに事実ですが……何でしょうね、この不快感は……)


「あら? 一体どうしちゃったの?」


「コイツが使ってたメガネが壊れちまってな。それで新しいのを買いに来たんだよ」


「眼鏡? 亜弥ちゃんって眼が悪かったの?」


「え? えぇ、まあ……」


「そうなの。でも以前あたしの店に来たときは眼鏡なんかかけてなかったじゃないの」


「最近になって眼が悪くなっちゃったんですよ。たぶん本の読みすぎが原因でしょうね」


「あらまあ。それは大変ねぇ」


「そういう訳なんでな。オレ達は急いでるんだ。そろそろ行かせてもらうぞ」



これ以上貂蝉と関わりたくないという思いから零治は会話をさっさと切り上げてしまい、亜弥を引っ張ってその場を立ち去ろうとしたが、貂蝉は声をかけて二人を引き止めに入る。



「ああ、二人とも。ちょっと待ちなさいな」


「何だよ。急いでるって言っただろうが……」


「まあまあ。そう不機嫌そうにしないの。眼鏡を買うのならいいお店を知ってるわよ」


「お前がぁ? なんか信じられんなぁ……」


「あら。何よその顔は。失礼しちゃう。こう見えてあたし、この辺の事には詳しいのよん?」



相手が相手なだけに零治は貂蝉に疑惑たっぷりな視線を向け、それを見た貂蝉はプリプリと女の子のように不機嫌な反応をする。

おかげで周囲を行き交う通行人達はその姿を見て吐き気をもようしてしまう始末だ。



「……どこにあるんだ? あまり遠い店は勘弁してくれよ」


「大丈夫よ。ここから近いから。……あそこの十字路を右に曲がった先にあるわ。最近できた新しいお店らしいんだけど、品揃えも豊富で評判のお店よ」


「ほお。……零治。試に行ってみませんか?」


「そうだな。当てもなく街をぶらつくよりはいいだろ。……で、まさかお前も来る気じゃないだろうなぁ……?」


「安心なさいな。あたしはあたしで用があるから。お二人の邪魔はしないわよん♪ いってらっしゃ~い♪」


「だからそういうのじゃないと……もういい。亜弥、行くぞ」


「うわっ!? 零治、だからそんなに強く引っ張らないでくださいってば!」



茶々を入れてくる貂蝉の態度を不快に感じた零治は亜弥の手を強引に引っ張って、貂蝉の案内に従い、新しく出来た眼鏡屋を目指して足を進めていった。


………


……



貂蝉が教えてくれた店は確かに近場にあり、オープンしたばかりの新店だけあって中はとても綺麗で、店内の棚には商品である多種多様な眼鏡がズラリと並べられていた。



「ほお~。こいつは中々の品揃えじゃないか」


「そうですね」


「んじゃ、ちゃっちゃと選ぶか」



零治は店内をゆっくりと歩き、売り場から適当に眼鏡を選んで亜弥に手渡す。



「亜弥、これなんかどうだ?」


「んん? どれどれ……」



亜弥は零治に手渡されたシンプルなデザインの眼鏡を受け取り、鏡を前にして試着してみる。



「…………」


「ほお。似合ってるじゃないか」


「確かにデザインは悪くありませんが……」


「何だ。度が合わないのか?」


「はい。視界がぼやけて見えますよ……」


「ならこいつはダメだな」



亜弥から受け取った眼鏡を零治は売り場に戻して、次の眼鏡を品定めする。



「おっ? おい亜弥、これなんかどうだ?」


「何ですかそれは……」


「瓶底グルグルメガネ」


「零治。私をからかってるんですか……?」


「いやいやぁ。日頃から本ばっか読んでるお前にピッタリじゃないか。ほれ。試にかけてみろよ」



と、零治はニヤニヤと笑いながら半ば無理やり亜弥にその眼鏡をかけてあげる。

試に亜弥は鏡でその眼鏡をかけた自分の顔を見てみるが、決して似合っているとは言えない。

その姿はマンガとかでよく見るガリ勉キャラそのものだった。

おまけにその姿を横で観察している零治は笑いを堪えるように小刻みに身体を震わせていたが、とうとう我慢できなくなり、大きく吹き出した。



「ぶぅっ!」


「…………」



亜弥は素早くその眼鏡を外し、もしもこの眼鏡を零治が自腹で買った物だったら床に叩き付けていた所だろうし、本音はそうしてやりたい気分だった。

しかしこれは売り物だ。何とかそれは我慢して、亜弥は不機嫌な表情でそれを零治に突き返す。



「零治。真面目に選ぶ気が無いのなら貴方は帰っても結構です。自分で選びますから」


「悪かったって。そんなに怒るなよ。ちょっとした冗談じゃないか」


「貴方の冗談は私には全くウケないんですよ……」


「はいはい。じゃあオレは向こうの売り場を見てくるから、お前もその辺の売り場から適当に選べよ」


「そうさせてもらいます。後……なるべく急いでください。正直これ以上裸眼のままだと辛いので」


「分かった」



零治はスタスタと向こう側の棚の前まで足を運び、大量に並べられている眼鏡を品定めし始め、亜弥もそれに習って手近な売り場から眼鏡を品定めし始める。



「しかし……まさかまたメガネをかける事になるとは。正直……メガネには嫌な思い出しかないからあまりかけたくはないのですが……」



何やら自分の過去を思い出すようにブツブツと亜弥は独り言を言いながら売り場の棚に視線を走らせる。

そのまま一通り売り場を見てみたが、めぼしい物は見当たらず、亜弥は落胆しながら嘆息する。

と、その時、亜弥の眼にある眼鏡が止まる。



「ん? コレは……」



気になって亜弥が手に取った物。それは片眼にかけるタイプの眼鏡。いわゆる単眼鏡という物だ。



「コレってモノクルじゃないですか。凄いなぁ、こんな物まであるなんて。……あれ? この時代にモノクルなんてありましたっけ……?」



因みにモノクルは19世紀のヨーロッパの上流階級で流行した物である。

当然ながら三国志の時代にあたるこの世界にモノクルなど存在しているはずがない。ただこの言葉は『本来の三国志』の時代ならば当てはまる言葉である。

しかしこの世界は一種のパラレルワールドと言ってもいい世界だ。そういう意味では何があっても何ら不思議ではないだろう。



「よしましょう。今更になってそんな疑問を言い出したらキリがない。もう何でもアリなんでしょうね、この世界は……」



亜弥は自分にそう言い聞かせ、半ば強引に納得する事にする。

そこへ、一通り売り場を見て回った零治が戻ってきて、そこから持ってきた一つの眼鏡を亜弥に見せる。



「おい、亜弥。いいのがあったぞ。コレ、中々いいと思うんだが」


「ん? どれどれ」



零治が持ってきた眼鏡は赤が基調になったフレームにオーバル型をしたレンズ、そしてレンズを支えるフレームは下半分のハーフリムタイプの眼鏡である。



「あっ……」


「気に入ったか?」


「……ええ。デザインは悪くない。むしろ私好みだ」


「なら試にかけてみろよ」


「はい」



亜弥は零治の手から眼鏡を取り、それを試着して鏡で自分の姿を見てみる。

そこに映っていたのは眼鏡をかけ、どこか理知的な雰囲気を醸し出している自分の顔だ。

亜弥はどこか感慨深そうにマジマジとその姿を見つめる。



「今の私って……メガネをかけるとこんな感じなんだ。……零治、どうですか?」


「……よく似合ってるぞ」


「本当に?」


「ああ」


「そう……ですか」



亜弥は俯きながらかすれるような声でボソッと呟く。

その表情はどことなく嬉しそうだった。



「なあ、視界はどうなんだ。度は合ってるのか?」


「ええ。視界は良好。よく見えますよ」


「ならどうする? それにするか?」


「はい。これはいいメガネです。さっそく会計してきますね」


「おっと、それはダメだ」



眼鏡をかけたまま亜弥は会計台まで足を運ぼうとしたが、横から零治がヒョイッと腕を伸ばして眼鏡を取り上げる。



「あっ、ちょっと。何をするんですか」


「亜弥。お前はそこに居ろ。これはオレが買ってやる」


「えっ? いや、いいですよ。そこまでしなくても」


「ダメだ。これはオレが会計する。お前のコンタクトをダメにしちまったのはオレなんだ。このくらいの償いはさせろ」


「償いだなんて、そんな大袈裟な。あれは事故じゃないですか」


「それでも結果的にオレが使い物にならなくしちまったんだ。こればかりは譲らん。お前は大人しくオレの厚意を受け取れ」


「…………」



亜弥は正面から零治を見据える。

この様子では何を言っても零治が考えを改める事はなさそうである。言ったところで堂々巡りになるのは明らかだ。

いつまでも店に居るわけにもいかないので、亜弥は零治の申し出を受け入れる事にする。



「はぁ。分かりました。ならお願いします」


「おう。素直でよろしい。じゃ、ちょっと待ってな」



亜弥が観念して申し出を受け入れてくれたので、零治は満足げに頷いて、眼鏡を片手に会計台まで足を運び、さっさと支払いを済ませて今度こそ、その眼鏡とそれを入れるための木製のケースを一緒に亜弥に手渡す。



「ほれ。こっちはメガネケースな」


「ほほぉ。木製とはいえ良く出来てますねぇ」



亜弥は感心したように呟きながらケースを鑑定するように見つめ、コートの内ポケットに忍べて、零治に買ってもらったメガネをかける。



「ふぅ。これでやっとちゃんと前を見る事ができますよ」


「そりゃよかったな。なら、目的も済んだし、帰るか」


「……その前にどこかで食事をしても構いませんか?」


「何だよ急に?」


「いえね。実はあの時、昼食を食べようと思ってたんですが……そのタイミングであの事故が起こっちゃったので」


「ああ。つまり昼飯を食ってないのな」


「そういう事です」


「……城に戻ってオレが作ってやる……と言いたい所だが、城に戻る時間も考えると、街で食ってった方が早いな。なら、どっかその辺の店に寄るか」


「はい」


………


……



眼鏡も無事に買い終え、街で昼食を済ませた後、零治と亜弥は適当に街をぶらついてしばらくの間時間を潰して、日も沈み始め空が茜色に染めあがり始めたので城に帰る事にして二人で肩を並べながら街道を練り歩いている。



「零治。今日はありがとうございます。このメガネ、大切にしますよ」


「気にすんなよ。……しかし、お前も不憫な体質してるよなぁ。低下した視力を矯正するためじゃなく、発達しすぎた視力を抑えるためにメガネを使うんだからさ」


「ええ。そうですね……」



そう。亜弥がコンタクトを使用していた理由はこれである。

彼女は生まれながらにして視力が異常に発達しており、普通の人間の眼には見えない小さな物質も彼女の眼には見え、遠くに存在する物の位置も正確に捉える事ができる程の視力を有しているのだ。

更に言えば双龍を手にして以来、その視力はますますよくなってしまっている。これは双龍の本来の姿が弓のせいだからだと亜弥は考えている。

だがこの視力は戦闘時ならともかく、日常生活を送るのには無意味な上、見える必要も無い物まで見えるせいで眼から入ってくる余計な情報まで脳が処理をしようとして負荷がかかってしまうため、亜弥はコンタクトを使用してそれを解消していたのだ。



「だが、分からない点がある。日常生活を送る場合はともかく、戦闘中は裸眼にした方が戦いやすいんじゃないか?」


「確かに理屈ではそうなんですが、それをやると戦闘時は常に裸眼の視力に頼っちゃいそうですし、コンタクトはメガネと違ってすぐに着け外しが出来ませんから。それに出来るだけ裸眼には頼らないようにしていたいんです」


「なるほど」


「……零治」


「ん?」


「改めてお礼を言わせてください。ありがとうございます」


「何だよ。もうメガネの礼は充分だって」


「いえ、そうじゃなくて……私を……自分を変える事ができた。そこに感謝しているんです」


「言ってる意味がよく分からんぞ」


「…………」



亜弥は不意に言葉を区切って遠い眼をしながら夕暮れの空を見上げる。自分の過去を思い出すように。

ひとしきり空を眺めながら歩いて、亜弥は視線を零治に戻しておもむろに口を開いた。



「零治。少し昔話をしてもいいですか?」


「ああ」


「貴方は私がメガネをかけていなかった理由を知っていますか?」


「いや、知らないな」


「そうですか。……実は私、子供の頃は今みたいにメガネを使っていたんですよ」


「そうだったのか。……ん~。やっぱあれか? 見た目を気にしてコンタクトに変えたのか?」


「そうですね。でも、私の場合は少し事情が違います。……私はメガネが嫌いだった。そして、それをかけた自分自身も嫌いだったんです……」


「何でメガネが嫌いだったんだよ?」


「…………」



零治の疑問に亜弥は黙り込み、俯きながら歩き続け、しばらくして視線を前に戻して口を開く。



「私の実家はそこそこ名を知られた軍人家系でした。それに兄弟も居なかったから、両親は私に後を継いでほしいという思いから、学校にも通わされてました」


「そいつは初耳だな。まあ言われてみりゃ、そうでもしてなきゃ司令の秘書官なんかに起用されてないわな」


「はい。……話を戻しますが、私は子供の頃から物静かな性格で、友達と言える者も居なかった。だから学校でもいつも本ばかり読んでいたから孤立していました……」


(子供の頃から本の虫だったのかよ……)


「そのせいで周りからは、根暗だのがり勉だの本の虫だのとからかわれたり、メガネを理由にいじめにも遭っていました……」


「…………」


「そして極めつけは……ある日の下校時の事です。いつも通り一人で家に帰っていた時、クラスの悪ガキグループに絡まれて、その中の一人が私からメガネを取り上げて目の前で叩き壊したんです……」


「…………」



零治は何も言えない。当時の亜弥がその事でどれ程の傷を心に負ったのかは想像も出来ないからだ。

子供とは無邪気ゆえとても残酷な生き物だ。善悪の判別能力がまだ未成熟の子供は何をするか分からない。

自分にとっては軽い気持ちだやった行為でも、それをされる側の気持ちまでは考えようとしない。そしてそれが原因で自殺を図る者だって居るのだ。

それ故いじめは今や深刻な社会問題と化しており、こういった事がないように周りや親がしっかりと教育をしなければならないのだ。



「私は泣きました。壊されたメガネを抱え、泣きながら家に帰りましたよ。そしてそれがきっかけで、私はメガネを嫌いになり、それをかけた自分の姿も嫌いになりました」


「…………」


「そして私はこう考えるようになってしまった。『メガネをかけるからいじめられる。だったらメガネなんか使わなければいい。二度と使うものか』、と……」


「…………」


「それと同時に私はこの異常発達をした視力を呪いましたよ。なぜ私は普通の人間に生まれなかったんだ。この眼が無ければいじめに遭う事も無かっただろうに、とね……」


「それでコンタクトを使うようになったのか……」


「はい。実際にコンタクトを使い始めてから世界が変わりました。印象が変わったおかげで周りからはチヤホヤされ、友達も自然とできましたし、それ以降はいじめに遭う事も無くなりました」


「……つまり、当時からお前は美人だったわけか」


「そこまでは分かりませんけど。……まあ、そのおかげで私のメガネ嫌いにはますます拍車がかかりました。メガネをかけたらまたいじめられると思い込むようになり、メガネを遠ざけるようになった。いつしか私はメガネをかける事を恐れるようになったんです……」


「そうだったのか……」


「…………」


「…………」



お互いに何も言わなくなり、無言のまま街道を練り歩く零治と亜弥。

零治はどう声をかけたものかと思考を巡らせるが、それよりも先に亜弥が口を開いた。



「でも……」


「ん?」


「今は違います。こうして改めてメガネをかけた自分を見てみましたが……悪くありません」


「そうだな。今のお前はメガネをかけてても充分に美人さ」


「ふふ。ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですよ」



亜弥は口元に手を当てながら本当に嬉しそうに笑みを浮かべる。

それから二人は終始無言で街道を歩いていたが、不意に亜弥がその場から立ち止まったので、零治も足を止めて後ろに振り返る。



「ん? どうした?」


「零治。改めて礼を言います。ありがとう。貴方のおかげで過去の自分と向き合い、それを克服する事ができました。感謝します」



きっかけは何であれ、亜弥は自分の過去と向き合いそれを克服する事ができた。

亜弥はその事に対する感謝の意を精一杯表すように零治に頭を大きく下げて礼を言う。



「だからもう礼はいいって」


「私は本当に感謝しているんです。ありがとう。貴方から貰ったこのプレゼントのメガネ、大切に使わせてもらいます」


「いや、プレゼントじゃねぇし……。もう。さっさと帰ろうぜ」



珍しく零治は照れくさそうに頭をバリバリと掻いて、ぶっきらぼうに言いながら足を進めようとする。



「あっ、零治。ちょっと」


「ん? まだ何かあるのか?」


「…………」


「亜弥?」


「零治。そのままじっとして……」


「あ? あ、あぁ……」



零治は亜弥に言われるがままその場にじっとする。

亜弥はそっと零治の前まで歩み寄り、顔を零治の右頬まで近づけて……。



(奈々瑠。すみませんね。今日だけは許してください)


「……ちゅ」


「なっ!?」



心の中で奈々瑠に詫びを述べ、大胆にもそこにそっと口づけをした。

亜弥のあまりにも突然の行動に零治の思考は完全に停止してしまい、右手で頬を押さえながら口を金魚みたいにパクパクと動かしながら、唖然としてしまう。



「な、な、なな……!? あ、亜弥! お前、いま何を……!?」


「これは……貴方が買ってくれたメガネに対するお礼です。深い意味はありませんよ。多分ね。……さ、帰りましょうか」



亜弥は自分の大胆行動にも全く動じず、普段と変わらない優雅な笑みを浮かべながら未だ唖然としている零治をよそにスタスタと城に向かって足を進める。

零治は未だに状況が理解できず、呆気に取られながら亜弥の後ろ姿を見送り、しばらくして口を開く。



「メガネの礼がキスって……アイツ頭おかしいんじゃねぇか……!?」



零治は右頬を押さえながら、一人ポツンと街道のど真ん中に棒立ちしながら亜弥の大胆行動が理解できないまま、ただ呆れたように呟く事しか出来なかった。

亜弥「何ですか、あのオチは……。なぜ私が零治にキスなんかしてるんですか……」


作者「ありゃ? 亜弥さんは好みのタイプじゃないのですか?」


亜弥「そ、そんな事は……ない……ですけど」


作者「なら問題ないじゃん」


零治「大ありだ。なんだってあんなオチにしやがったんだ……」


作者「書いてる最中に真っ先に浮かんだのと、これ以外に思い付かなかったから」


零治「お前なぁ……」


恭佳「そういや、それで一つ疑問があるんだけど」


作者「何?」


恭佳「アンタはこの中で、零治と誰をくっつけるつもりなの?」


作者「はい? くっつけるとは?」


奈々瑠「だから……兄さんと私達のメンバーの中の誰とカップルを成立させるかって事ですよ。……当然私ですよねぇ? でなきゃあんな設定にしませんよねぇ……?」


作者「な、奈々瑠さん? か、顔が怖いですよ……」


臥々瑠「ならさっさと答えちゃいなよ。誰なの?」


作者「いやぁ……そのぉ……」


恭佳「まさか考えてないのかい?」


作者「考えてないというか……仮にこの中の誰かをカップルにしちゃうと、残りのメンバーの扱いが難しくなっちゃう気がするから……」


亜弥「なら原作みたくハーレム系ですか?」


作者「どっちかというとそっちの方が可能性が高いが……正直分からんのが現状だ。……そうだ。ここは一つ、彼の意見を聞いてみなよ」


零治「は?」


亜弥「ああ、それはいい考えだ」


恭佳「そうだね。で、零治? アンタは誰がいいんだい?」


奈々瑠「もちろん私ですよねっ!」


臥々瑠「誰なの? ねえ誰なの~?」


零治「ちょ!? お前ら!?」


作者「じゃ、後は任せた!」


零治「なっ!? おいコラ! 逃げんな作者!」

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