第46話 悩める少女
すみません。今回の話もかなり長くなってしまいました。
そして今度は奈々瑠のキャラがおかしな事に。
まあ、今回のはワザとこうしたのですがね。
「…………」
「…………」
零治が朝議に出席するために部屋を後にしてから、しばらくして眼を覚ました奈々瑠と臥々瑠。
奈々瑠は部屋に設けられているテーブルとセットになっている椅子に腰かけて、零治の部屋にある本を手に取り無言で読書に没頭していて知的な様子を醸し出している。
それとは対照的に臥々瑠は何をするのでもなく、零治のベッドの上にうつ伏せに寝転がりながら両脚をパタつかせて退屈そうに時間を過ごしていた。
「う~……暇だよ~」
「ならアンタも本でも読みなさいよ」
「やだよぉ。兄さんの部屋にある本、文字ばっかで面白くないもん……」
「はぁ~。アンタそんなんじゃ大人になってもバカなままよ。それでもいいの?」
「べっつに~。勉強なんて必要最低限の事だけ憶えてりゃいいんだし~。専門的な知識なんてその道に進む人以外には何の役にも立たないし~」
臥々瑠は姉の言葉に至極当たり前のように言い返す。
確かに臥々瑠の言っている事もあながち間違いではないが、正直これは非常に人としてダメな事を言っているようにしか見えない。
「はぁ……どうしてアンタはこんな性格になっちゃったのかしら。姉として情けなく思えるわ……」
「情けなくて結構だよ~だ。……ん?」
不意に臥々瑠はベッドから上体を起こして扉に視線を向けながら鼻をスンスンと鳴らして何かの匂いを嗅ぎ取る。
「くんくん。くんくん……」
「アンタ何してるの?」
「くんくん。……美味しそうな匂いがする」
「匂い?」
奈々瑠は首を傾げながら臥々瑠にならって扉に視線を向け、同じように鼻をスンスンと鳴らして匂いを嗅ぎ取る。
確かに扉の向こうから何やら食欲をそそるような匂いがして、二人の鼻腔の奥を刺激してくる。
「……確かに何か美味しそうな匂いはするけど、この部屋、厨房からは離れてるはずなのに」
「くんくん。……あっ! 兄さんの匂いも交じってる! これは兄さんが朝ごはんを作って来てくれたんだ! そうに違いないっ!!」
「アンタってホント食べ物の事となると敏感よねぇ……」
もはや臥々瑠の頭の中は朝食の事でいっぱいになっており、口からはよだれを滝のようにダラダラと流して眼もキラキラと輝き、期待に胸を躍らせながら尻尾を犬のようにパタつかせていた。
それからすぐに臥々瑠の言葉通り、部屋の扉が開け放たれ、三人分の朝食を持ってきた零治が中に入ってくる。
「う~す。二人とも、朝飯を持ってきてやったぞ」
零治が手に持っている木製の大きめのお盆の上には、茶碗に盛られた白飯、中くらいの皿に盛られたチンジャオロースに小さなお椀に注がれた溶き卵入りのスープがそれぞれ三つずつ乗せられ、それぞれの料理からは湯気が立ち上り、食欲をそそる匂いが部屋に広がり、臥々瑠の空腹感をさらに刺激してくる。
「に、兄さん! 今すぐそれちょうだいっ!!」
臥々瑠はベッドから素早く降りて、猛タックルでもブチかましそうな勢いで駆け寄って来るので、零治は手に持っているお盆を上に持ち上げて料理の安全を確保する。
「慌てるな。そんな事しなくても朝飯は逃げやしねぇよ。ってか飛び付こうとするんじゃない。せっかくの飯を床にぶちまけてもいいのか? それが嫌なら椅子に座れ」
「は~い」
零治に言われ、臥々瑠は素直に奈々瑠の反対側の椅子に腰かけて料理がテーブルに並べられるのをじっと待つので、奈々瑠も読書を中断し、本を棚に戻して臥々瑠同様に料理が並べられるのを待つ。
「…………」
零治は無言で奈々瑠と臥々瑠の分の朝食の皿を一つずつ順に前に並べていき、臥々瑠の分を並べ終え、続いて奈々瑠の分を並べ始める。
その時に、テーブルについていた奈々瑠の手に零治の手がチョコンと触れてしまう。
「っ!?」
奈々瑠は顔がボッと真っ赤になり、慌てて自分の手を引込める。
「ん? どうしたんだ?」
零治が怪訝な表情で奈々瑠の顔を覗き込んでくるので、奈々瑠は顔を赤くしたままそっぽを向いて誤魔化しに入る。
「な、何でもないですっ!」
「いや、でもお前、顔も赤いし熱でもあるんじゃ……」
「ホント何でもないですっ! ただちょっと部屋が暑いだけです!」
「そうか? ……ん~、言われてみれば少し暑いかもしれんなぁ。とりあえず窓を開けるかな」
零治は奈々瑠の分の料理を並べ終え、残った自分の分はお盆ごと仕事時に使用している机の上に置いて、そのまま窓辺まで行き、部屋の窓を全開にする。
窓が開け放たれた事で、そこから心地よい風が吹き込んでくるので、部屋の温度が少しばかり下がったような気がする。
「さ~て、それじゃ食いますかね」
「は~い。いっただきま~す♪」
「い、いただきます……」
各々は箸を手に取り、零治が用意した朝食を食べ始める。
臥々瑠は相変わらず味わう様子など一遍も無く、チンジャオロースを口に放り込み、白飯を掻き込んでモグモグと噛んでそれを飲み込んだら次に卵スープのお椀を手に取りズズズと下品な音を立てながら啜り、またもやチンジャオロースを口に放り込み、白飯を掻き込んで食べるを繰り返す。
零治はその姿に苦笑しながら黙々と食事の箸を進めている。
奈々瑠も臥々瑠の食事の姿に呆れた視線を向けながら、黙々と箸を進める。
その際に奈々瑠は頬を赤らめながら、チラチラと零治に視線を向けては食事に視線を戻すという妙な挙動を繰り返していた。
「兄さ~ん。このチンジャオロース、お肉が少なすぎ~……」
「アホ。それが最高のバランスなんだぞ。チンジャオロースはそれぞれの食材が多すぎても少なすぎてもダメなんだ。そもそもお前は普段から肉を食いすぎだ。ちゃんと野菜も食え」
「ブ~……」
「文句があるんならこれから自分の分は自分で作れ」
「うぅ……分かったよ~」
「まったく。……あぐあぐ」
「…………」
臥々瑠が零治の手料理に文句をつけ、零治がそれを注意する。
これは彼らにとって日常的な光景である。が、今日はいつもと違い奈々瑠がその会話に参加をしていない。
奈々瑠は相変わらず黙々と少しずつ食事の箸を進め、チラチラと零治の顔をチラ見しては食事に視線を戻すのを繰り返している。
(うぅ……どうしよう。昨夜のアレが原因で兄さんの顔がまともに見れないっ! あぁ~……私ったらどうして昨夜はあんな事をしちゃったんだろーっ!?)
奈々瑠が心の中で叫ぶ昨夜の事。それは寝ている零治の横顔に大胆にもキスをした事だ。
そんな事を考えたせいで奈々瑠の脳裏に昨夜、自分が取った大胆行動がフラッシュバックして奈々瑠の顔は湯気でも出るのではないかと思ってしまうほど真っ赤になり、心臓の鼓動も激しさを増す。
「おい、奈々瑠。お前さっきから変だぞ。大丈夫か?」
「ぶっ!」
自分の事で頭がいっぱいになっていた奈々瑠は目の前に零治が来ている事にも気づかず、いきなり声をかけられたので奈々瑠は口に含んでいた白飯を盛大に零治に向かって吹き出してしまう。
「うおっ!? おい、汚いじゃないかっ!」
「げほ! げほっ! す、すみません。ちょっとむせたみたいで……」
「ったく」
零治はブツブツと文句を言いながら自分の机に置いていた手拭いで顔に吹き付けられた飯粒を拭き取り、改めて奈々瑠の前に屈んで様子を尋ねる。
「おい。ホントに大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫でしゅっ!」
「はっ?」
あまりにも動揺が激しいため奈々瑠はまるで諸葛亮のように噛んでしまい、零治は首を傾げる。
明らかに普段と様子が違う奈々瑠の状態を不審に思い、零治は右手を奈々瑠の額に当て、左手は自分の額に当てて熱が無いかを調べ始める。
「っ!?」
「んん~……? おい。お前やっぱ熱があるんじゃないのか? 額がめちゃくちゃ熱いぞ。食も細いし……お前ひょっとして風邪でも引いたんじゃないか?」
「だ、大丈夫です! 風邪なんか引いてません! ちゃんと食欲もあります! ほらこの通りっ!!」
奈々瑠は零治の手を強引に押しのけ、箸を片手に目の前に並べられている料理を凄まじい勢いで掻き込みながら食べ始める。
その姿はどう見ても臥々瑠と全く同じである。
「…………」
「ねっ? 私は至って健康そのものです! だから私の事は気にしないで兄さんも食事に専念してくださいっ!」
「そ、そうか……。まあ、大丈夫なら別に構わんが……」
零治は先程の奈々瑠の姿にどう反応していいか分からず、引きつった笑みを浮かべながら机に戻り、食事を再開する。
何とか誤魔化す事ができ、奈々瑠は安堵の溜息をつき食事を再開するが、心の中で自分の先程の行動を激しく後悔し始める。
(あぁ~っ! 私ったら何をやってるのよ! あんな事したら兄さんがますます私の様子を気にするだけじゃない! 私のバカバカバカバカーーっ!!)
「ねえ、奈々瑠。大丈夫なの?」
流石にこの様子はおかしい思い始め、いつの間にか食事を済ませていた臥々瑠も心配そうに尋ねてくる。
「だ、大丈夫よ……」
「そう?」
(あぁもう! 臥々瑠まで不審に思い始めてるじゃない! 私は一体どうすればいいのよ~っ!? どうすればいつも通りに振舞えるの! 誰か私を助けてよ~っ!)
奈々瑠は心の中で助けを求めるがそんな都合のいい事など起こるわけもない。
とりあえず奈々瑠はこれ以上不審に思われまいと、何とか平静を装いながら食事は終わらせる事ができ、零治も食事を終える。
「ご、ごちそうさまでした……」
「ごちそうさま~」
「はい。お粗末様」
零治は全員分の食器をお盆の上に積み重ねていき、それを洗いに厨房へ持って行くためもう一度部屋を立ち去ろうとするが、扉の前で足を止め、二人に声をかける。
「あぁ、二人とも。そのまま待ってな。今からデザートを持ってくるからよ」
「デザート!? なになに?」
「おい。何を期待しているか知らないが、デザートっつってもただの桃だからな」
「な~んだ……」
どうも臥々瑠は零治が何か豪勢なデザートでも作っていたのかと期待していたようで、内容を聞かされて落胆を露わにする。
「不満があるんならお前は食わなくてもいいぞ。オレと奈々瑠で食うからな」
「ウソウソ! 桃大好き! アタシも食べたい~!」
「分かりゃいいんだよ。じゃ、ちょいとコイツを片付けてくるから待ってな」
「は~い」
皿の後片付けのために一度部屋を後にする零治。
その場にはまたもや奈々瑠と臥々瑠の二人だけになり、零治が居なくなった今の内にと思い、奈々瑠は頭をフル回転させて平静を取り戻すための考えを巡らせるのだが……。
(さ~て。兄さんが居ない今の内に何とかしないと。でも、どうしよう。今のままじゃ顔もまともに見れない。かと言ってそっぽを向いたままだとそれはそれで不自然……あぁもう! いい考えがちっとも浮かばないよ~っ!)
見ての通りだ。激しい動揺のせいで思考が普段通りに働いてくれないためいい考えなど全く浮かばない状態である。
おかげで奈々瑠は苛立ちを募らせ始め、大声で叫びたい気分になるが、流石にそんな事をしてしまえば誤魔化しも効かないので何とかそれは我慢して、少しでもその苛立ちを収めようと天を仰ぎながら両手で髪の毛をわしゃわしゃとかき回す。
「奈々瑠。何してるの……?」
「べ、別に。ただちょっと……髪を整えようと思って……」
「そ、そうなの……?」
「ええ。そうよ」
「…………」
奈々瑠はこう言い張ってはいるが当然ながらこれは嘘。
臥々瑠もどう見ても髪を整えてるようには見えないと言いたげだが、それを言っても堂々巡りになるのは分かりきっているので、どうしたものかと困った表情になってしまう。
「何か言いたそうね……」
「べ、別に。何でもないよ……」
「そう」
「うん」
「…………」
「…………」
お互いに何も言わなくなってしまい、部屋には奇妙な沈黙が広がる。
姉妹なのだから日常的な会話を弾ませてもいいはずだというのに、これでは誰がどう見ても赤の他人同士にしか見えない。
そして、その沈黙を打ち破るように零治が部屋に戻ってくる。
「はいよー。待たせたなぁ……って、何してんだお前ら……?」
奈々瑠と臥々瑠はお互いに黙ったまま見つめ合ってるので、二人が睨み合いでもしているんじゃないかと零治は思い、怪訝な表情になる。
「いえ、何でもありません」
「うん。何でもないよ」
「そ、そうか……? ま、まあ、それならいいんだが……」
二人の何でもないという言葉にいまいち零治は納得していないが、変に追及してその場の空気を悪くするのもアレと思い、とりあえずその疑問は置いといて、零治は自分の椅子に腰かけて、一緒に持ってきた包丁を使って桃の皮を剥く作業を開始する。
「…………」
零治は左手に持ってる桃の側面に包丁の刃を寝かせながらあてがい、桃をクルクルと回転させながら桂剥きの要領で綺麗に皮を剥いていき、剥かれた皮は途中で途切れることなく一本に繋がった状態であっという間に全て剥き取られる。
「おおっ! 凄~い。皮が綺麗に繋がってるね~」
「これくらい慣れりゃどうって事ないさ」
感心する臥々瑠の言葉にも零治は至って当然のように返し、今度は皮を剥いた桃の中央に包丁の刃を当ててそのまま桃を縦に回転させながら一回転させて切れ込みを入れ、桃を半分に割り、中に有る大きな一粒の種を取り除いてそれをゴミ箱に放り込み、残った桃を掌の上で豆腐でも切るかのようにくし形に均等に切っていき、一切れずつ丁寧に小皿に盛っていきようやく一人分の桃が出来上がる。
「ほれ。これはお前の分な」
「わ~い♪」
臥々瑠は表情を綻ばせながら桃が乗った小皿を受け取り、尻尾をパタパタと左右に振り動かしながら自分の席に戻り、さっさと食べ始める。
零治はその姿に苦笑しながら残りの桃の皮剥き作業に入り、チャッチャと自分の分を用意し、最後に奈々瑠の分の桃の皮剥きを始める。
(うぅっ! よりによって私が最後なの~っ!? 落ち着け。落ち着くのよ私! 大丈夫。受け取る前に一度深呼吸をして、兄さんの顔を見ないようにさっさと受け取ればいいのよ)
単に桃を受け取るだけだというのに、奈々瑠の緊張感は極限まで高まる。
まるでその姿は、これから企業への面接を控えた若者のような姿である。
と、その時、これを幸運と呼ぶべきか不幸と呼ぶべきかはさて置き、部屋の扉がコンコンと二回ノックされる。
「零治。居ますか?」
「ん? その声は亜弥か。開いてるぞ。入れよ」
(ウソっ!? ここに来て姉さんが来ちゃうわけ~っ!?)
奈々瑠は俯いたまま平静を装ってはいるが、心の中では今にも泣き出しそうな状態になっている。
そんな奈々瑠の様子などお構いなしに、亜弥と恭佳の二人が部屋に入ってくる。
「失礼しますよ」
「零治、邪魔するよ……って! 零治! アンタなに姉であるアタシを差し置いて旨そうなもんを食ってるんだいっ!」
「いや、別に差し置いたわけでは……」
「言い訳無用! 零治、その桃一切れよこしなっ!」
「はいはい。勝手にしろよ」
凄まじい剣幕で詰め寄る恭佳に対して零治はいつもの事だと言わんばかりにヒラヒラと右手を振って適当な返事をする。
恭佳はヒョイッと右手を伸ばして零治の皿から桃を一切れつまみ取って口の中に放り込み、ジュワッと広がる果汁と程よい甘さに表情を綻ばせる。
「くぅぅ~っ! 旨いっ!」
「そりゃよかったね。……ほれ、奈々瑠。お前の分が出来たぞ」
「…………」
零治の声が聞こえてないのか、奈々瑠は無言で俯いたまま微動だにしない。
零治は首を傾げながら再度声をかける。
「お~い、奈々瑠~。お前の桃が用意できたぞ~」
「へっ!? あ、あぁ、す、すみません。何ですか?」
「いや、桃が用意できたんだが……」
「は、はい! いま取りに行きます!」
奈々瑠は胸に手を当てながら一度大きく深呼吸をして気持ちを落ち着け、その場から素早く立ち上がり、俯いたままスタスタと零治の机の前まで進み出て、零治の手から小皿を受け取り、そのまま素早く身体を反転させてスタスタと自分の席に戻っていく。
「…………」
零治は奈々瑠の今の行動にどう反応していいか分からず、手を差し出した姿勢のまま無言で硬直してしまい、亜弥と恭佳も一体どうしたのだと言いたげな視線を奈々瑠に向ける。
その当人である奈々瑠は相変わらず俯いたままの状態で目の前に置かれている桃に手を付けようとしない。
「……奈々瑠?」
「は、はいっ!? 何でしゅかっ!?」
「えっ?」
「はっ?」
零治に話しかけられ、奈々瑠は上ずった声で返事をし、おまけにまたもや噛んでしまう。
その姿に亜弥と恭佳も首を傾げざるを得なかった。
「奈々瑠。桃……食べないのか?」
「た、食べますよ勿論っ! ただ少し間を置きたいだけです! 私の事は気にしないでくださいっ!」
「…………」
こんな様子を見せられたら気にするなという方が無理な話である。
しかし追求しても奈々瑠は何でもないの一点張りを繰り返すだけだろう。
どうしたものかと零治が困り果ててる時、亜弥が不意に口を開く。
「零治」
「ん?」
「ちょっと話があります。すみませんが少し付き合ってくれますか?」
「ああ。何だよ?」
「……ここじゃアレですし、外に行きましょう。少し長くなると思いますので」
「まったく。桃は外で食うしかないのかよ……」
「ボヤかないでください。恭佳、貴方も来てください」
「はいよー」
零治は自分の分の桃を乗せた小皿を片手に恭佳と共に亜弥に続いて部屋を後にする。
………
……
…
零治の部屋を後にした亜弥は無言で城内の吹き抜けの廊下まで足を進め、周囲に人が居ない事を確認してそこで足を止める。
「ここでいいでしょう」
「ったく。話をするだけで何でこんな所まで来なきゃいけないんだよ……」
「人に聞かれたくないからですよ」
「だったらお前の部屋でもいいじゃないか」
「少し長くなるといったでしょう? 貴方は話が長くなると必ずタバコを吸いだしますからね。そういう意味でも外の方がいいんですよ」
「はいはい。さいですか。……で、話って何だよ?」
「……奈々瑠達の事ですよ」
「アイツらがどうかしたのか?」
「ええ。零治、ちょっとこれを見てください」
亜弥はそう言って、コートの下から奈々瑠がいつも胸に巻きつけている革ベルトを取り出す。
「それは」
「ええ。奈々瑠が着用している革ベルトですよ」
「そういや、お前が預かってたんだったな。で、それがどうしたんだよ?」
「零治。私がこれを奈々瑠から外した理由は当然わかりますよね」
「ああ。アイツが胸に負った傷の手当てのためだろ……」
「そうです。で、彼女が受けた傷の位置から、このベルトも軽く斬り裂かれていたんですよ。零治、私がいま言った言葉を頭に置きながらもう一度このベルトをよく見てください……」
「んん~……?」
零治は眼を凝らして亜弥が持っているベルトを凝視してみる。
一見すると何もおかしな所は無いように見えるが、零治はすぐに違和感に気付く。
亜弥は軽く斬り裂かれていたと言っていたのに、その斬り口らしきものがどこにも見当たらないのだ。
「おい。そのベルト、どう見ても無傷じゃないか。お前が修理したのか?」
「いいえ」
「なら物質変換魔法で新しく創ったとか?」
「それも違います」
「なら姉さんが?」
「んな訳ないだろ。零治、アタシが物質変換魔法が苦手な事は知ってるだろう?」
「だよなぁ。……ならそれは何なんだ? まさか……この世界に全く同じ物が売っていた訳じゃないだろうなぁ……」
「違います。これは正真正銘、奈々瑠が身に着けていたベルトです」
「ならそのベルトの斬り口は誰が直したんだよ? お前でも姉さんでもないんだろ?」
「ええ。私も恭佳もこのベルトの修理はしていません。このベルトの斬り口を修復したのは……強いて言うなら、このベルトその物です」
「はっ?」
「えっ?」
亜弥から告げられた予想を斜め上にいった言葉。
ベルトの修理をしたのがベルト。
まるでとんちのような言葉に零治と恭佳は素っ頓狂な声を出して首を傾げる。
「おい。言ってる意味が分からんぞ。ベルトを直したのがベルトって……とんちか何かか?」
「亜弥。今の冗談だって言うんなら、正直アンタのセンスを疑うし、全然笑えないよ……」
「二人とも。いま私が言った事はとんちでも冗談でもありません。本当の事です」
にわかには信じがたいという表情で零治と恭佳は互いに顔を見合わせる。
だが亜弥の表情は至って真剣そのものだ。零治と恭佳はとりあえず話の続きを聞く事にする。
「分かった。とりあえず続きを聞かせてくれるか」
「はい。……結論から言います。恐らくこのベルトにはナノマシンが使用されている可能性が高いでしょうね」
「ナノマシン? ナノマシンって、あのナノマシンか?」
「はい」
ナノマシンとは眼には見えないサイズ、細菌や細胞よりも一回り小さい機械の事である。
現実にもナノテクノロジーという分野で様々な研究が進められており、フィクションの世界では無から有を創り出す非常に便利な小道具として登場するなど、ナノマシンという単語は世間一般には割と定着している。
亜弥が言っている物も、恐らくそれと同じ物なのだろう。
「なら、そのベルトの傷はそいつに使用されているナノマシンが修復したって事なのか?」
「はい。恐らく。それにこのベルトに使用されているナノマシンはかなり高性能なタイプのようです」
「なぜ分かるんだ?」
「えぇっと、確かここに……あ、あった。これを見てください」
亜弥は奈々瑠のベルトを右肩に乗せて懐を探り、コートの下から今度は黒い革状の山形をした何かの切れ端を取り出す。
「何だそりゃ?」
「このベルトの切れ端ですよ。気になったので試しにバックルに通す側の端の部分を切り取ってみたんです。零治、この切れ端とベルトの端を見比べてみてください」
「ああ」
零治は亜弥から切れ端を受け取り、亜弥の肩に乗せてあるベルトの端の部分と手に持っている切れ端を交互に見比べてみる。
どう見てもベルトの端は持っている切れ端と同じ形状をしており、切り取られた形跡はなかった。
「どう見ても同じ形だな。なあ、まさかとは思うが……」
「ええ。再生したんですよ。その切り取った部分が。つまり、これに使用されているナノマシンは自己増殖タイプなんですよ……」
「マジかよ……。動力源はどうなってるんだ?」
「流石にそこまでは分かりませんよ」
「ん? なあ、変じゃないかい? 仮にそいつに使われてるナノマシンが自己増殖タイプなら、何で切れ端の方は再生しなかったんだい?」
「それはナノマシンを制御している心臓部から離れたせいでしょうね。制御下から外れたナノマシンはそのまま機能を停止するだけです。切れ端が再生しなかったのはそのせいでしょうね、多分」
「なるほど。しかし分からないねぇ。何でそれにそんな高性能なナノマシンが使用されているんだい。ただのベルトだろ?」
「見た目は確かにただのベルトです。ですがこのベルト、内部に何かの機械が仕込まれているんですよ……」
「機械?」
「ええ。昨日、奈々瑠を城に運ぶ際にチラッと見た程度なんですが、ベルトの斬り口から何かの機械のパーツや配線らしき物が見えて、中から漏電を起こしていましたからね。そして、私はこう考えてるんですよ。このベルトは奈々瑠達……いえ、正確に言えば戦闘獣人にとって重要な装備品であると……」
「……仮にその話が本当だとして、根拠はあるのか?」
「ええ。……零治、少し話が変わりますが、昨日の臥々瑠の事は聞いてますか?」
「ん? アイツがどうかしたのか?」
「これは奈々瑠から聞いたのですが、昨日の戦いで彼女……あの状態になっていたそうなんですよ……」
「あの状態って……まさかっ!?」
「はい。前に貴方との模擬戦で見せたあの異変ですよ」
「……だが、オレが駆けつけた時は普通だったぞ」
その通りである。昨日の戦いで臥々瑠は確かに例の異変を起こした状態になっていた。
だが、あの時は自我が保たれていたが、零治との模擬戦時は自我など一切なく、完全に野生の獣のような姿であった。
おかげであの時、零治と亜弥の二人は命の危機にさらされたのだ。
「ええ。確かにそうでしたね。そこで私はあの異変について一つの考えが浮かんだんですよ」
「何だよ?」
「……なあ、零治。その桃食わないんならアタシにくれよ」
「人が真面目な話をしている時に……はいはい。勝手に食ってくれ」
「悪いねぇ」
零治がズイッと突きつけてきた小皿を受け取った恭佳は上に乗ってる桃をムシャムシャと食べ始め、口の中いっぱいに広がる上品な甘さに表情を綻ばせる。
「あぁ~、旨いねぇ」
「そりゃよかったね。はぁ……オレの桃が……」
「話を戻してもよろしいですか……」
「あぁ、悪い。で、お前の考えというのは?」
「ええ。二人のあの異変なんですが……ひょっとしたらアドレナリンが関係しているんじゃないかと私は思うんですよ」
「ナノマシンの次はアドレナリンかよ。……で、何でアドレナリンが関係してると思うんだ」
「零治。貴方はアドレナリンがもたらす作用については知ってますか?」
「……専門的な事までは分からんぞ」
「では私が説明してあげましょう」
亜弥は左手の人差し指をピッと上げて優雅な笑みを浮かべながら、まるで教壇に立つ学校の教師のように零治にアドレナリンの説明を始める。
「アドレナリンとは運動した時や緊張した時に副腎髄質から分泌されるホルモンの一種であり、神経節や脳神経系における神経伝達物質でもあります。分泌されたアドレナリンは血液循環を通して各臓器にある受容体を持つ細胞を刺激します」
「おい。学校の授業じゃねぇんだぞ……」
「アドレナリンはストレス反応の中心的役割を果たし、血中に放出されると心拍数と血圧が上がり、瞳孔も開いて血糖値が上昇する作用があります」
「……帰ってもいいか?」
「こらこら、音無君。まだ授業中ですよ?」
「おい……」
「ハハハ。そう怒らないで。冗談ですよ。まったく、ユーモアの分からない人ですねぇ」
「分かったからさっさと本題に入ってくれないか……」
「はいはい。……で、このストレス反応ですが……脳内の場合は交感神経が興奮した状態、つまり『闘争か逃走か』のホルモンと呼ばれるほどの興奮状態の事を指します。Fight or Fightとも言われてますね」
「……おい。まさかとは思うが、その『闘争か逃走か』の状態が奈々瑠達が見せた異変の正体だと言うつもりなのか?」
「私はそう考えています……」
「確かにアドレナリンの分泌が活発化すると人間の攻撃性が高まる事は知っているが……仮にそうだとしてもアレは異常すぎ……」
「零治。忘れたのですか? 彼女達が人間ではない事を……」
「…………」
亜弥の言葉で零治は口をつぐんでしまう。
奈々瑠達は人間ではない。叡智の城で造られた生物兵器、戦闘獣人なのだ。
もともとの素体が人をベースとしているので人間としての面影は充分に残っているが、それでも頭に付いてる犬耳と尻尾に並はずれた五感の持ち主でもある。どんなに可愛らしい姿をしていても彼女達が人ではないという事に変わりはない。
そして兵器にとってもっとも重要視されるのが単体で多数の敵を殲滅できるほどの戦闘能力、攻撃性が必要とされる。
そういう意味合いでは亜弥の仮説は的を射ているだろう。
「そうだったな。アイツらは生物兵器なんだよな……」
「ええ。確かに普通の人間がアドレナリンの分泌が活発になってもあそこまで狂暴にはなりません。ですが、彼女達が外見だけではなく、身体の内部も改造されてるのは明らかです。それなら私の仮説は当たっている可能性が高い……」
「だな。……しかし、アレがアドレナリンのせいだとして、そのベルトがどう関係しているんだ?」
「アドレナリンとは自分の意思で意図的に分泌する事も可能ですが、それでも効果はたかが知れています。そこで私は考えたのですよ。このベルトに仕込まれている機械が電極か何かだとして、ある一定の条件が整うとベルトの機械がそれを感知し、彼女達の身体に電気信号か何かを送って刺激して人為的にアドレナリンの分泌を活発化し、攻撃性を高める物だとしたら……」
「なるほど。だが、いま言った一定の条件と言うのは?」
「命の危機……と言ったところでしょうか」
「おい。確かに昨日の戦いでアイツらは死の危険にさらされてはいたが、オレとの模擬戦の時はどうなるんだ? オレは二人を殺す気なんか無かったんだぞ」
「でも、大人気も無く本気を出したじゃないですか」
「むぅ……」
「モグモグ……まったく。アタシの弟ともあろう者が情けない。まだまだ子供だねぇ」
「その弟から食い物をたかる姉には言われたくないセリフだな」
「なんだって?」
「二人とも。姉弟喧嘩はよそでやってくれませんか?」
「だそうだ。姉さんは黙って桃でも食ってろよ」
「はいはい。……あむ。はぁ~、甘くて旨いわ」
「ったく。オレが食うはずだったのに……」
零治は横で美味しそうに桃を頬張る恭佳に恨めしげな視線を向けながらコートの下に手を入れ、タバコの箱とライターを取出し、箱からタバコを一本取りだして口にくわえ、火を点けて煙を吹かし始める。
「フーー……」
「やっぱり吸いだしましたね。では、私も」
亜弥も零治同様に左手でコートの下からタバコを取出し口にくわえ、ライターで火を点けようとするのだが、亜弥は右利きなため上手くヤスリが回せないせいで火を点けられず、悪戦苦闘していた。
「……むぅ。くっ……あぁもう……」
「……ほれ」
見かねた零治が右手で火を灯したライターを亜弥に差し出してくる。
「これはどうも。……フーー」
亜弥は軽く会釈をして零治のライターに灯されている火にタバコを近づけ、タバコに火を点火をして煙を吹かす。
「で、さっきの続きですが」
「ああ」
「私の考えとしては、あの時は機械が誤作動したんじゃないでしょうかね」
「誤作動ねぇ……確かにその可能性が高いか」
「ええ。まあ、これはあくまで仮説にすぎません。仮に当たっていたとしても、私は彼女達に対する見る眼を変える気はありません。零治、貴方もそうでしょう?」
「ああ。確かにアイツらは兵器だ。だがあんなナリでも心までは兵器じゃない。アイツらも立派な人間だ」
「ええ。……さて、実はもう一つ話があるんですよ」
「何だよ?」
「まあこれは当初の予定には無かったのですが。……零治」
「ん?」
「貴方……奈々瑠に何をしたんです……」
「っ!? げほ! げほっ! げほ!」
いきなりとんでもない事を亜弥に訊かれ、零治はタバコを吸ってる最中にむせて大きく咳き込み、辺りに煙を撒き散らす。
「な、何だよいきなりっ!?」
「とぼけるんですか? さっきの奈々瑠の様子、明らかに変だったじゃないですか。どう考えても昨夜、貴方が彼女に何かよからぬ事をしたとしか思えないんですがねぇ……」
「オ、オレは何もしてないぞっ!」
「本当ですか……?」
「信じてくれよ! ホントに何もしてない! アイツの様子が変な理由はむしろこっちが知りたいぐらいだっ!! ……って、姉さんも黙ってないで何とか言ってくれよ!」
「…………」
助けを求める零治に対して、恭佳は桃を食べる手を止め、ジト眼で零治に非難するような無言の視線を向けるだけだった。
「なっ!? まさか姉さんまでオレを疑うのかっ!?」
「そう言われてもねぇ……アンタも男だからねぇ。あの晩、アンタが欲望に負けて男の本能に従って行動したって可能性は充分に考えられるだろ? ……しかし、アンタああいう娘が好みだったのかい。確かに可愛らしい娘だし、人の好みをとやかく言う気はないけどもう少し歳の差というものをだねぇ……」
「だから違うっ! ってか、実の姉まで疑うとか酷すぎだろっ!!」
「本当に何もしてないんですね……?」
「してないっ!!」
「…………」
亜弥は無言で正面から零治を見据える。
長い付き合いなので零治が嘘などを吐けば亜弥はすぐに分かる。そして零治のこの様子から嘘を言っていないのは間違いないと判断し、亜弥は口を開く。
「分かりました。とりあえず貴方の事を信じましょう」
「とりあえずかよ……」
「信じてくれるだけマシと考えなさい。今から私と恭佳で奈々瑠に事情を訊いてきますので」
「オレは?」
「貴方はここで待機です。彼女のあの様子では、貴方が一緒だと奈々瑠は本当の事を話してはくれないでしょうしね」
「……分かった」
「よろしい。そういう訳ですので恭佳、貴方も付き合ってください」
「はいよー。……あぁ、零治。桃サンキューね。ほれ、アンタも食いな」
恭佳は零治に桃の乗った小皿を返して、スタスタと零治の部屋に足を進める亜弥に続いてその場を後にする。
残された零治は無言で小皿に視線を落とすと、一切れだけ桃が残っていた。
「……あむ」
零治は無言で桃をつまみ取り、口の中に放り込む。
噛み締めると口の中に果汁と上品な甘さが広がるが、今の零治にはそれを楽しむ余裕などありはしなかった。
「……旨いと感じねぇ。はぁ~……休日初日から散々だぜ……」
零治は大きいな溜息をつき、誰に言うのでもなく呟く。
だが零治の気苦労がまだ続く事とになろうとは、この時点では本人は知る由も無かったのだった。
………
……
…
「失礼しますよ」
「邪魔するよー」
「あ、姉さん。恭佳さん。兄さんとの話は終わったんですか?」
「ええ。一応は」
零治の部屋に戻ってきた亜弥と恭佳は奈々瑠の様子を窺う。
今の奈々瑠は落ち着きを取り戻しており、読書に没頭していてどこにも変な様子は感じられない。
一緒に居る臥々瑠も零治のベットにうつ伏せに寝転がって両脚をパタつかせながら退屈そうに時間を過ごしていた。
「見た所……いつもの奈々瑠のようですね」
「だねぇ。でもまあ、零治の話になったらまた様子が変わるかもしれないだろ?」
「確かに」
「……あの、二人で何をコソコソ話してるんですか?」
「いえ、何でもありませんよ」
亜弥は適当にお茶を濁しながらチラリと臥々瑠に視線を向ける。
奈々瑠との話の内容を考えるとこの場に臥々瑠が居るのは好ましくはない。
「臥々瑠」
「な~に?」
「ちょっと奈々瑠と大事に話がありますので、貴方は零治の所に行っててもらえますか?」
「いいけど、どこに居るの?」
「すぐそこの廊下です。彼はタバコが吸いたいそうですからしばらく戻ってこないと思いますし、彼の話し相手をしていてください」
「は~い」
臥々瑠は亜弥の言葉に素直に従い、ベッドから素早く降りてスタスタと扉まで歩み寄り、さっさと部屋を後にする。
残されたのは亜弥、恭佳、奈々瑠の三人のみ。
亜弥は奈々瑠と向かい合うように反対側の椅子に座り、恭佳は零治のベッドに腰かけて奈々瑠を見つめる。
「…………」
「…………」
「……あの、私に話って何ですか?」
話の内容が内容なだけにどう切り出したものかと亜弥は頭を悩ませるが、だからといって先延ばししてもいい事など一つもありはしない。
遠回しに訊いても話がややこしくなるだけなので、亜弥は思い切ってストレートに話を切り出す事にした。
「奈々瑠……」
「何ですか?」
「昨夜……何かあったのですか……?」
「はい? 何かとは一体……」
奈々瑠は何の事かと首を傾げるのみ。これが演技なのか素なのかまでは判断できないが、この程度の訊き方ではダメという事だろう。亜弥はもう少し具体的に話を訊く事にする。
「奈々瑠。昨夜、零治に何かされたんですか?」
「っ!?」
奈々瑠の顔が一気に真っ赤になり、頭からはボンと音を立てて湯気が吹き上がる。
この様子から、奈々瑠の異変に零治が関係しているのは間違いないと亜弥は思い、話を続ける。
「何かされたんですね」
「な、な、何を言ってるんですかっ!? そんな事ありませんよ!」
「ですが今の貴方、どこからどう見ても完全に挙動不審じゃないですか。それに顔も真っ赤になってますし……」
「コレは部屋が暑いからですっ!!」
「いや、いま窓が全開ですし少なくとも私は暑くありませんよ。それに貴方私より薄着じゃないですか……」
「それでも私は暑いんですっ!!」
「…………」
奈々瑠は頑なに本当の事を話そうとせず、顔が赤くなってる事に関しては部屋が暑いの一点張りだ。
どうしたものかと亜弥が困り果てていた時、恭佳が口を挟んでくる。
「まったく。亜弥、そんなんじゃダメだよ。こういう事はもっと率直に訊かないとねぇ」
「そこまで言うからには、貴方には何か秘策があるんでしょうねぇ?」
「当然さ。見てなよ。……奈々瑠、ちょっと耳を貸しなさい」
「何ですか……?」
「ひょっとして昨夜さぁ、零治と……ごにょごにょごにょごにょ」
「…………っ!?」
恭佳に何かを耳打ちされ、奈々瑠の顔がますます真っ赤になり、頭からは湯気が立ち上る。
今の彼女の頭にやかんを乗せたらきっとお湯も沸かせるに違いない。
「てな事したんじゃないの?」
「な、な、な……っ! そ、そんな事するわけないじゃないですかっ!!」
「おや? 違ったのかい?」
「恭佳。一体なにを奈々瑠に吹き込んだんですか……」
「何ってそりゃアンタ、男と女が夜中にベッドの中でする事と言ったら一つしかないだろ?」
「…………」
亜弥は恭佳に心底呆れたと言わんばかりの視線を向ける。
恭佳が奈々瑠に耳打ちした事とは、いわゆる男女の営みというやつだ。
「貴方の言いたい事は分からなくはありませんが……中年オヤジの下ネタトークじゃないんですから、もう少し言葉を選んでくださいよ……。奈々瑠はそういう事に耐性が全く無いんですから」
「下ネタって……そこまで生々しい表現はしていないよ」
「どうだか。……で、本当にしたんですか? そういう事を……」
「だからしてませんっ!!」
奈々瑠は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらテーブルをバンっと叩いて脇目も振らずに声を張り上げる。
この様子から見れば奈々瑠が零治とそういう事をしていないのは間違いないだろう。
たが奈々瑠はその後、両手の人差し指をツンツンしながらボソッと、とんでもない事を呟く。
「でも……兄さんとならそういう事も……したいと……思ってますよ……」
「えっ!?」
「なんだってっ!?」
「あっ! い、いえ! 何でもないですっ!!」
奈々瑠はバタバタと両手を振って今の爆弾発言を取り消すかのように誤魔化す。
本人はこう言ってはいるが、今の言葉は間違いなく本心だろう。
今のとんでもない発言についても追及したい亜弥だが、それはひとまず置いておき、話を本題に戻す。
「まあ、今の言葉も正直気になりますが、それはとりあえず置いておきましょう。……奈々瑠。貴方が零治に何もされていないと言うのなら、さっきのアレは何なんですか? 明らかに今日の貴方は様子が変ですよ」
「うぅ~……っ!」
奈々瑠は俯いたまま唸り声を出すだけでそこから先を語ろうとしない。
その姿を横から観察している恭佳はどう切り崩したものかと思考を巡らせている最中に、亜弥が奥の手を使ってきた。
「奈々瑠」
「はい……」
「貴方。彼……零治の事が好きなんでしょう? 一人の男性として」
「っ!?」
図星を突かれてしまい奈々瑠は顔をますます紅潮させる。
この瞬間、亜弥の考えは確信へと変わる。奈々瑠の変調に零治が関係しているの明らかだと。
「好きなんですね」
「そ、それは……」
「へぇ~。こんな身近な所に零治に想いを寄せてる娘が居たとわねぇ。いや~、姉としては嬉しいねぇ。ほら、アイツってば無愛想な所があるだろ? だから将来いい人が見つけられるかどうか心配でさぁ。それに……」
何やら変なスイッチが入ってしまったのか、突然恭佳は零治について熱く語り始める。
確かにこういう話は身内としては喜ぶべき所なのだろうが、今はその話をするためにここに居るわけではないので、亜弥は恭佳を手で制止する。
「はいはい。それは後にしてください。今はその話をしに来ている訳じゃないんですから」
「何だい。これからがいい所なのにさ……」
「恭佳、部屋から追い出しますよ」
「分かったよ。黙ってりゃいいんでしょ、黙ってりゃ」
「まったく。ホント姉バカなんですから。……で、奈々瑠」
「はい……」
「正直に言ってください。零治の事が好きなんでしょう?」
奈々瑠はもう隠しても仕方ないと思い、顔を赤くしたまま無言でコクリと頷く。
だが、奈々瑠はその事で疑問が浮かんだので、思い切って訊いてみる事にする。
「あの、姉さん。いつから気付いていたんですか?」
「ん? いつって……もう随分前から知ってましたよ」
「な、なんでっ!?」
「なんでも何も、零治の事となると貴方はいつもあからさまにそれが態度に現れてましたから。むしろばれない方が不思議ですよ」
「ま、まさか……兄さんにも……っ!?」
「あぁ、それは大丈夫ですよ。幸い零治は筋金入りの鈍感ですから貴方の想いには気付いていません。ですが、今後もそれを隠すのならもう少し感情のコントロールを上手くしないとダメですよ? いくら自分では隠しているつもりでも、その事をあからさまに表に出してはいずれは誰かにばれます。私のようにね」
「…………」
「それに、ここにはこの手の話に耳聡い人も居ますし、それが噂になったら最終的にはその事が零治の耳に入る可能性もありますよ」
「そ、それは……嫌です。だから努力します……」
「それがいいです」
「あ、あの、姉さん、恭佳さん。この事は……っ!」
「分かってます。誰にも言う気はありませんから安心してください」
「えぇ~? こんなめでたい話を黙ってろって言うのかい?」
「恭佳。奈々瑠の気持ちも少しは考えたらどうなんですか……?」
恭佳の無神経としか思えない言葉に亜弥はギロリと刺すような視線を向け、その姿に恭佳は肩をヒョイッとすくめる。
「分かってるよ。ただの冗談だってば。だからそんな眼で睨まないでよ、怖いわねぇ」
「なら構いませんが。……で、奈々瑠」
「はい」
「貴方が零治に何もされていないのは理解しました。なら貴方の変調の原因は何なんですか?」
「あの……その……何も無かった訳ではないんです……」
「えっ?」
「……という事は零治の奴、やっぱりアンタに何か……」
「ち、違います! 兄さんは何もしていません! その……わ、私が……しちゃったんです……」
「はい? 貴方が?」
「一体何をしたのさ?」
「…………」
奈々瑠は無言のまま俯いて、しばらくして顔を赤くしたままボソボソと呟く。
「…………です」
「ん? 何ですって?」
「だから、その…………たんです」
「奈々瑠~。肝心な所が全く聞こえないよ~」
「うぅ~……っ!」
奈々瑠は意を決して昨晩零治に何をしたのか亜弥と恭佳に打ち明け始めるのだが、話の内容が内容なだけに恥ずかしさのあまり肝心な部分がどうしても大きな声で言えず二人に伝わらずにあった。
「奈々瑠。一度深呼吸しましょうか。それで気持ちを落ち着けてください」
「は、はい。……スー……ハー……スー……ハー……」
「……落ち着きましたか?」
「はい。何とか……」
「それは結構。では続きをお願いします」
「はい。実は……」
亜弥のアドバイスのおかげで気持ちが落ち着いた奈々瑠は少しずつ昨夜何があったのかを語りだす。
「ゆ、昨夜……」
「はいはい」
「兄さんと……一緒に寝て……」
「零治と一緒に寝たんだね。ふむふむ、それで?」
「その……寝ている兄さんの……横顔に……えっと……」
「…………」
「…………」
奈々瑠はその先がなかなか言えず言葉に詰まってしまうが、亜弥と恭佳は無言で奈々瑠が口を開くのを見守る。
しばらく奇妙な沈黙が続いたが、奈々瑠はついに零治に何をしたのかを打ち明ける。
「……キス……しちゃったんです」
「はい?」
「えっ?」
「…………」
「奈々瑠。今……何と……?」
「だから……兄さんの寝顔に……キスしちゃったんです……っ!」
「……奈々瑠。零治に何をしたって?」
「だからっ! 兄さんの寝顔にキスをしちゃったんですっ! もう! 何度も言わせないでくださいよ! 恥ずかしいじゃないですかっ!!」
「……これは……驚きましたね」
「ああ。まさか異変の直接的な原因が本人にあったとわねぇ。しかし……」
恭佳はニヤニヤと意味深な笑みを浮かべながら奈々瑠を見つめる。
「な、何ですか……?」
「いや~、寝ている横顔とはいえ、零治にキスするなんてさぁ。奈々瑠、アンタも随分と大胆な事をしたもんだねぇ」
「っ!」
恭佳の言葉でまたもや奈々瑠の脳裏にその時の光景が蘇ってしまい、奈々瑠の顔は真っ赤に紅潮し、両手を膝につきながらギュゥッと握りしめ、恥ずかしさのあまり身体を震わせてしまう。
そんな奈々瑠の様子をよそに恭佳は奈々瑠の両手を手に取ってギュッと握りしめ、頭を下げながらいつになく真剣な表情で口を開く。
「奈々瑠。零治の事を頼んだよ。アイツの事、幸せにしてやってくれよ」
「えっ? えぇっ!?」
「恭佳。いくらなんでも気が早すぎですよ。まだ二人が結婚すると決まった訳じゃないんですから」
「けけ、結婚っ!? 私と兄さんが結婚っ!?」
結婚と言う単語を耳にし、奈々瑠の顔はますます真っ赤になり頭から湯気まで立ち上る始末だ。
もうこれで何度目だろうか。
おまけにそこから自分と零治が結婚生活を送っている姿でも想像したのか、普段からは予想も出来ないようなだらしない表情でニヤけ始める。
「奈々瑠。妄想に浸るのはやめてくださいよ?」
「はっ!? す、すみません、つい……」
「まあ、恋する乙女の気持ちは分からなくはありませんよ。しかし、まさか貴方が昨夜そんな事をしていたとは……」
「…………」
「ん? 奈々瑠、もしかして昨日、零治と一緒に寝たいと言ったのはそのためだったのですか?」
「ち、違います! あの時はホント一緒に寝るだけのつもりだったんです! でも……気が付いたら私、いつの間にかあんな事を……っ!」
「まあ、その事はとりあえず置いておくとして、今のでようやく貴方の異変の原因と理由が分かりましたよ」
「ああ。そうだね」
「奈々瑠。貴方その事が原因で、零治の事を変に意識してしまってるのでは?」
「はい。その通りです。おかげで私、兄さんの顔がまともに見れないんです……」
「でしょうねぇ」
「あの……私、これからどうすれば……っ!」
「ん? んなの簡単じゃないか。奈々瑠、アタシがとっておきの解決策を教えてやるよ」
「何ですかっ!?」
奈々瑠の眼に期待の色が浮かぶ。
しかし、恭佳が教えてきた事は奈々瑠の予想とは全く違っていた。
「奈々瑠。今から零治の所に行って告ってくりゃいいんだよ」
「はいっ!? こ、告ってくるって、つまり……っ!」
「告白するのさ。アンタの気持ちを。それでそのまま零治と関係を築き上げればいいのさ。なっ? 簡単だろ?」
「恭佳。一体それのどこが簡単なのですか……」
「何だい。一番手っ取り早い方法じゃないか」
「そそそ、そんな事いまの私には出来ませんよ! そんな事しようものなら私、あまりの恥かしさで死んじゃいますっ!!」
「大丈夫。大丈夫。告白程度で人は死にやしないよ。死人であるアタシが言うんだから間違いない」
「はっ? 死人……?」
「あぁ、そっちについては後で説明してあげるよ」
「恭佳、確かに貴方の言う方法はシンプルで一番手っ取り早いでしょう。でも、問題がありますよ……」
「なんだよ?」
「『今』の零治に告白しても奈々瑠の気持ちは届かないでしょう。彼は自分に戒めを課していますからね……」
「……どういう事だい」
「彼は自分に対して、人を愛する事も愛される資格も無いと常に言い聞かせているんですよ。人殺しである自分に対する罰としてね……」
「あぁ、なるほどね……」
「あの、それじゃあ、仮に今の兄さんに告白しても……」
「ええ。『オレにそんな資格はない。その想いに応える事も出来ない』、とでも言われて拒絶されるのがオチでしょうね……」
「となると、まずは零治自身をどうにかしないと話にならないねぇ」
「そういう事です」
「あの……姉さん、恭佳さん。私、別に今すぐ兄さんに告白する気は無いんですが……」
「それがいいでしょう。零治が相手の想いを受け入れるようにならないと望みはありませんし、零治がそうならない限り誰かに先を越される心配も無いでしょうしね」
「はい」
「ん~……」
恭佳は一人で腕を組みながら唸って首を捻りながら何かを考えている。
「どうしたんです、恭佳」
「いや、どうしたら零治を変える事ができるかなぁと思ってさ」
「難しいでしょうねぇ。彼がああいった考えを持つようになってから随分経ってますし」
「う~ん…………んん……?」
しきりに唸っていた恭佳は何かを思いついたのか、ジッと亜弥を見つめる。
「ん? 何です? 私の顔に何かついてますか?」
「いや。……一ついい案を思いついたよ」
恭佳は右手の人差し指を上げて自信ありげな笑みを浮かべるが、それとは対照的に亜弥は恭佳に疑惑の視線を向ける。
亜弥は知っているのだ。恭佳がこういった笑みを浮かべてる時に思い付いた考えは大抵ロクな事ではないと。
「一応聞いてあげましょうか。あまり期待はしてませんが……」
「失礼な。まあいいさ。亜弥、これにはアンタの協力が必要不可欠だよ」
「それは構いませんが、何をすればいいんです?」
「な~に、簡単さ。まずはアンタがそのグラマラスなボディを使って零治を誘惑してだねぇ」
「はあっ!?」
「零治をその気にさせてそのままベッドインして……」
「なっ!? このっ!」
これ以上喋らせると色々と危ない気がすると思い、亜弥は思いっきり恭佳の脳天に拳骨を叩き込んだ。
「いったぁ!? 亜弥! いきなり人の頭に拳骨を叩き込むんじゃないよ!」
「貴方こそ奈々瑠の前で朝っぱらから何を言ってるんですかっ!? 恭佳! 貴方は私を娼婦にでも仕立てるつもりなんですかっ!!」
「いてて……ったく、思いっきり殴るんだから。……でもこれが一番手っ取り早いでしょう?」
「貴方は自分の弟を何だと思ってるんですか。それにそんな事をしたら私と零治との仲が気まずくなるじゃないですか……」
「そうかい? アタシが男だったらアタシは喜んでついていくよ。亜弥、アンタは随分と立派な胸をお持ちだしねぇ。羨ましいよ」
「そうですか? コレはコレで射撃のとき結構邪魔になりますけど」
「だったらアタシの胸と交換してくれよ。アタシの胸はアンタほど大きくないから、邪魔にはならないはずだよ」
「それはお断りします」
「…………」
奈々瑠は無言で自分の胸と亜弥、恭佳の胸を交互に見比べ、ペタペタと自分の胸を両手で触りながら嘆息し、ポツリと呟く。
「いいなぁ、二人は胸が大きくて……」
「ん?」
「おやおやぁ? 奈々瑠も胸はやっぱり大きい方がいいのかい?」
「だって……私、ずっとペタンコなままですし、もう少し大きくなりたいって思いますよ。正直姉さん達が羨ましいです……」
「奈々瑠。女性の価値は何も胸の大きさだけで決まる訳じゃないんですよ」
「でも、世の中の男性はやっぱり大きい方がいいんでしょう……」
「いやいやぁ。世の中にはペタンコ派も居るし、希望は捨てちゃいけないよ」
「全然嬉しくないです……はぁ……」
「仕方ない。お姉さんが胸を大きくするための秘策を教えてやるよ」
「ホントですかっ!?」
恭佳の言葉に奈々瑠はまたもや期待に眼を輝かせるが、亜弥が横から口を挟み、手をかざして制止してくる。
「待った。それ以上は言わなくていいです」
「何だい、亜弥。邪魔するんじゃないよ。アタシは一人の少女を救ってあげようとしてるんだよ?」
「今から貴方が奈々瑠に何を言おうとしているのかを考えれば、止めない訳にはいきませんので」
「ほほぉ? ならアタシが何を言おうとしているのか当ててごらんよ」
「どうせアレでしょ? 零治に胸を揉んでもらえと言うつもりなんでしょう?」
「なっ!? に、兄さんに胸を……っ!?」
その言葉に奈々瑠は自分の胸が零治に揉まれてる姿でも想像したのか、またしても奈々瑠の顔が真っ赤になる。
「亜弥。何で分かったの……?」
「貴方の今までの言動を考えればすぐに分かりますよ。まったく。ホントにロクな事を教えようとしないんだから……」
「ちぇ~。一番いい方法だと思うんだけどねぇ」
「まったく。……奈々瑠。恭佳の言う事を真に受けてはいけませんよ。って、奈々瑠?」
「私の胸を……兄さんが揉む……揉む……っ!?」
「奈々瑠っ!」
「は、はいっ!?」
「奈々瑠。頼みますから妄想に浸るのはホントやめてください。見てるこっちが心配になっちゃいますよ」
「あ、すみません、つい……」
「やれやれ。……あぁ、そうだ。奈々瑠。これを返しておきます」
亜弥は懐から忍べていた奈々瑠のベルトを取り出してそのまま手渡す。
「あっ、ありがとうございます。……凄い。新品同様ですね。姉さんが直してくれたんですか?」
「ええ、まあ……」
「ありがとうございます。さっそく身に着けますね。これが無いとどうも落ち着かなくて」
「そうですか。……それから奈々瑠」
「はい?」
「零治の事ですが……あまり深く考えずに普段通りに接するのが一番ですよ」
「…………」
「まあ、貴方の今の気持ちを考えればそれが難しい事は分かってます。ですが、何事も普段通りにするのが最善なんです。でないと単に空回りするだけですからね、今日みたいに」
「そう……ですね。……はい。何とか気持ちを切り替えて普段通りにします」
「それでいいんです。奈々瑠、彼の事で何か悩みがあった場合は遠慮せず私に相談してください。同じ女として貴方の力になってあげますから」
亜弥は穏やかな笑みを浮かべながら奈々瑠に優しく言い聞かせる。
その言葉のおかげで奈々瑠の胸のつっかえが取れて、少しばかり気持ちが軽くなったような気がした。
「はい。ありがとうございます、姉さん」
「ええ。……さて、そろそろ零治を呼び戻しましょうか。恭佳、貴方も来てください」
「なんで?」
「貴方を奈々瑠と二人っきりにしてはいけないと、私の第六感が告げてますので……」
「失礼な奴だねぇ。亜弥、アンタはアタシを何だと思ってるんだい?」
「いいから貴方も来るんです」
「はいはい……」
恭佳はその場からノロノロと立ち上がり、亜弥に続く。
扉を開けた亜弥は恭佳を先に行かせ、亜弥は部屋を立ち去る間際に奈々瑠の方に振り返り穏やかな笑みを浮かべながら左手をヒラヒラと振って挨拶し、奈々瑠もそれに応じるように笑みを浮かべながら右手を振った。
亜弥も立ち去り、扉がパタンと閉じられ、奈々瑠は静まり返った部屋の中で姿見を前にして愛用しているベルトを胸に巻き付け、その姿をジッと見つめる。
「普段通りに……か。……うん! 大丈夫。いつもの私だ。さっ、読書の続きでもしよ」
姿見に映る自分の姿に奈々瑠は満足げに頷き、椅子に腰かけて読書の続きを始める。
彼女の恋の悩みが解決したわけではないが、奈々瑠のその表情に先程までの悩んでいる様子はなくなり、そこに居るのは紛れもなくいつも通りの奈々瑠の姿だった。
奈々瑠「何ですか今回の私。キャラが完全におかしくなってるじゃないですか……」
作者「妹の時は書いてる内にああなっちゃったんだが、お前の場合は意図的におかしくしたからなぁ。抱えてる悩みが悩みなだけに」
零治「フィクションの世界ではよくある事だな」
亜弥「……現実ではどうなんですかねぇ?」
臥々瑠「さあ?」
恭佳「そこの所どうなんだい? 作者さん?」
作者「お前ら……分かってて訊いてんのか?」
零治「ハハハ。そう腐るなよ。……しかし、何だよ後半のアレ。えらく会話が続いてるじゃないか」
作者「ああ。書いてる最中に次から次へとポンポンとネタが浮かび上がってなぁ。全部書いてたらこんな事に」
亜弥「まあ、気持ちは分からなくはありませんが、それでも少しくらいは妥協して……」
臥々瑠「ホントだよ。普段はあんなに字数のこと気にしてるくせに」
恭佳「おまけに今回のアタシ、完全にオヤジ化してたしねぇ……」
奈々瑠「その上色々と危ないセリフもありましたし」
作者「いやさぁ、女性同士の会話って凄く長いし終わりが見えないじゃん。あれと同じだよ」
零治「……お前は女じゃないだろ」




