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第44話 死の淵からの生還

以前はこの話を書いている最中に、にじファンの閉鎖が決まってしまい、ここでこの作品はストップしていた訳でして、ようやく新たなスタートを切る事が出来ました。

そしてこの回で医者王が登場。彼の扱いに関しては完全にこの作品の独自設定になります。

戦争とは勝敗が決したらそれで全てが終わりという訳ではない。それはいつの世、いつの時代も変わらない。

華琳達は何とか劉備軍を追い返して防衛戦に勝利する事ができたが、まだ事は終わってなどいない。

劣勢の状況下での戦闘だったため、死傷者も多数出ている。

そのため、死体の後処理、負傷者の治療などとやる事は山積みだ。

おかげで華琳達は勝利の余韻に浸る暇もなく、事後処理の作業に追われ城内はてんてこ舞いである。

城内で兵士達が慌ただしく動き回る人混みの中を、応急処置を済ませ奥の部屋で寝ていて意識を取り戻した亜弥はおぼつかない足取りで華琳の所まで歩みる。



「華琳……」


「ん? 亜弥……貴方、動いても大丈夫なの?」


「まあ、何とか……。それより、戦いの方はどうなりましたか?」


「ええ。零治の奮闘と、春蘭達が予定より早く到着してくれたおかげで何とか乗り切れたわ。今は……まあ、説明しなくても見れば分かるわよね?」


「っ!? そうだ! 華琳! 零治は!? 彼は今どこに居るんですか!?」



亜弥はハッと顔を上げて華琳に詰め寄り、左手で肩をギュッと掴む。



「ど、どうしたのよ!? そんなに興奮して!」


「いいから質問に答えてください! 零治はどこに居るんです!? 無事なんですか!?」


「亜弥! ちゃんと質問には答えてあげるから、まずは落ち着きなさい! 怪我に障るでしょう!」



華琳は亜弥を引き剥がして諭し、その一声で亜弥も落ち着きを取り戻した。



「……すみません、華琳」


「少しは落ち着いた?」


「はい。……それで、華琳……」


「零治の事? 彼の所には奈々瑠と臥々瑠が迎えに行ったはずだから、そろそろ戻ってくるはずだけど……」


「どいて! 道を開けてくださいっ!」


「今の声は……」


「奈々瑠のようですね。随分慌てていた様子でしたが……」


「行ってみましょう」



亜弥は華琳の言葉に無言で頷いて後に続く。その際、彼女の心が不安で覆われていく。



(嫌な予感がする……。零治があの力を使ったとなると流石の彼も今回は無事では済まない。最悪の場合は……)



亜弥の脳裏に『死』という不吉な一文字が一瞬浮かび上がるが、頭をぶんぶんと左右に激しく振って頭の中の文字を振り払う。

しかし、それでも亜弥の胸中の不安が晴れる事はなく、嫌な予感は的中してしまう。



「なっ!? れ、零治っ!?」


「……やはりこうなってしまったか。何て事だ……」



奈々瑠の声が聞こえた場所に着いてみれば、そこには担架に乗せられて城内に運び込まれていた零治の変わり果てた姿が華琳と亜弥の眼に飛び込んでくる。

その両脇では恭佳、奈々瑠と臥々瑠が涙目で懸命に零治に呼びかけていたが、零治は何の反応も示さず、まるで物言わぬ屍の状態であった。



「零治! いい加減に眼を覚まさないか! アンタはまだこっちに来るべきじゃないんだよっ!!」


「兄さん! 返事をしてください! 兄さんっ!!」


「兄さん! 死んじゃやだよぉ! お願いだから眼を開けてよーっ!!」


「…………」



恭佳と奈々瑠と臥々瑠が両脇から涙で眼を濡らしながら零治の身体を揺さぶりながら呼びかけるが、未だにピクリとも反応しない。



「貴方達! 零治の身に何があったの!?」


「か……華琳さん……っ! ぐすっ……わ、分からないんです……。私達が駆けつけた時には……もう……ひっく……」


「っ!?」



嗚咽交じりの奈々瑠の言葉を耳にして華琳の顔色が一気に真っ青になり、最悪の結末が脳裏をよぎる。

そんな事は信じたくないと華琳は頭をぶんぶんと左右に振ってその考えを振り払い、零治の所まで駆け寄り大声で呼びかける。



「零治! 返事をなさい! 零治っ!!」


「…………」



しかし、華琳の呼びかけにも零治は何の反応も示さない。



「っ! 誰か! 早く医者をここに!」



華琳の命に反応した一人の軍医がその場に駆けつけてくる。



「零治の治療を! 今すぐによ!」


「はっ!」



軍医は零治の身体のどこに異常があるのか調べるために衣服をはだけさせ、手早く触診を開始する。

しかし、すぐに軍医は唖然とした表情で手を止めてしまう。



「何をしているの!? 早くなさい!」


「そ、曹操様……それが、外傷以外どこにも異常が見当たらないのです……」


「ふざけてるの! 零治がこんな状態なのに異常が無い訳ないでしょう! それとも手を抜いているの!」



怒りで我を忘れた華琳は軍医の胸ぐらに掴み掛り、締め上げながら凄まじい剣幕で詰め寄る。



「ほ、本当に分からないんです! それに私は一切手を抜いてなんかいません!」


「華琳! 落ち着いてください! 彼を責めたって零治が回復するわけじゃないでしょう!」



見かねた亜弥が二人の間に割って入り、華琳に冷静になるように諭す。

幾分か落ち着きを取り戻した華琳はゆっくりと軍医から手を離す。



「はぁ、はぁ……。そうだったわね、亜弥。貴方にも悪かったわね。ついカッとなってしまって……」


「い、いえ。私は気にしてませんので……。それと、曹操様」


「何?」


「音無様の事なんですが……彼を助けられると思う人物に一人心当たりが……」


「何ですって!? 詳しく聞かせなさい!」


「はっ。私は今回の戦で負傷者も多く出るだろうと思い、知り合いの医者に手伝ってもらおうと声をかけまして、ここに連れてきているのですが……」


「つまり、その知り合いの医者なら零治を助けられると?」


「はい。その者はとある究極医術……名前は忘れましたが、それの継承者でして、医者としての腕は確かです」


「ならばその者をここへ! 今すぐによっ!」


「はっ!」



軍医はその場から脱兎の如く走り去っていき、それからしばらくして、先程話に出てきた知り合いの医者と思われる、赤色の短髪の髪型をした長身の男を連れ立ってきた。



「その者がそうなの?」


「はっ」


「ならばすぐに零治の治療を!」


「承知いたしました。……華佗、頼むぞ」


(華佗……? 確か史実では曹操の御典医ごてんいとなった人物でしたね。華琳の様子を見る限り彼の事は知らないようですし……こちらの世界ではなっていないのでしょうか?)


「ああ! 任せておけ!」



華佗と呼ばれた男は力強く頷き、零治の所まで歩み寄り、触診を始める。

それと同時に、まるで零治の身体の内部を調べるかのように手を当てている部分に鋭い眼光を向ける。



「……どうだ? 何か分かったか?」


「……くっ! 分かったには分かったのだが……これは……っ!?」


「どうしたんだ?」


「この人の身体の異常は、全身を巡っている氣の流れの中に淀んだ氣が混ざっているのが原因なんだが、その氣の流れが上手く掴めないんだ。これでは手の施しようがない……っ!」


「……あの、華佗でしたか?」


「ん? あんたは?」


「私は彼、零治の知り合いです。一つ訊きたいのですが、その氣の流れとやらはどうやって見ているのですか?」


「俺の眼でだ。俺は人の身体のどこに異常があるのか、見ればすぐに分かるからな」


「ふーむ、要はX線のような物でしょうか。……華佗、貴方はさっき零治の氣の流れが上手く掴めないと言いましたよね。それは具体的に言うとどんな風にですか?」


「何と言うか……氣が流れている道、人の身体で言う所の神経だな。それが影に覆われているようにぼやけて見つけられないんだ」


「なるほど。……華佗、彼の身体には『魔導管』と呼ばれる器官、人の身体で言うと血管に似た物が存在していまして、それは血管とは完全に別系統なんです。平たく言えば彼の身体には血管に似た器官が存在している、その点を意識しながら見れば分かるかもしれませんよ」


「なるほど。ありがとう! さっそくやってみよう! ……はああああああっ!!」



華佗は亜弥のアドバイスに従い、なぜか裂帛の気合いを放ちながら再び零治の身体に鋭い眼光を向ける。



「……どうです? 見えますか?」


「これはっ!? ……ああ! 見える! 確かに見えるぞ! これならいける!」



華佗の眼に希望の光が宿り、零治の腹部に指を当て、原因を探り当てるように上になぞっていき、胸部の所で指が止まり、華佗の表情が険しいものに変わる。



「見つけた! ここだな! しかし……何だこの淀みは!? こんな大きな物は今まで見た事がない!」


「治せそうですか?」


「ああ。今ならまだ間に合うはずだ! 我が五斗米道ゴットヴェイドーに治せぬ病など有りはしない! あるとするなら、それは恋の病くらいだ!」


「…………」



亜弥は一瞬、恋の病云々は言う必要は無いのではと言いかけたが、今は状況が状況だ。

とりあえず亜弥はその言葉を胸の内にしまい、華佗の動向を静かに見守る。

希望の光を見出した華佗は、懐から一本の鍼を取り出す。



「はあああああああああっ!!」



華佗は右手に持つ鍼を掲げながらまたもや裂帛の気合いを放つ。

誰がどう見てもこれから治療を始めるようには見えないが、華佗の表情は真剣そのものである。



「我が身、我が鍼と一つになり! 一鍼同体! 全力全快! 必察必治癒……病魔覆滅! げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇぇっ!」



華佗は自身が放つ気合と一緒に零治の胸部の中央に鍼を打ち込み、その場を中心点に辺りに風が巻き起こり、華佗の動向を見守っていた華琳達は何が起こったのか全くついていけずに唖然としてしまう。

そんな周りの事などお構いなしに華佗は眼を閉じながら鍼を引き抜き、静かに口を開く。



「…………病魔、退散!」



どうやら治療は終わったようだが、華琳達は本当にこれで治ったのかと疑惑の視線を華佗と零治へ交互に視線を向ける。

その時、零治の右手がピクリと反応し、口から呻き声が漏れ出す。



「…………うっ。うぅ……」


「っ!? 零治! 眼を覚ましたのかい!?」


「……姉……さん? ……奈々瑠、臥々瑠。オレは……一体……」


「兄さん……兄さーーーーんっ!!」


「うわああああああっ! 兄さんっ! よかったあぁ! 死んじゃったかと思っちゃったよーーーっ!!」



奈々瑠と臥々瑠は大声で泣きじゃくりながら感極まりの表情で両脇から零治に思いっきり抱き付いてくる。

だが今の零治はあばら骨が折れているのでそんな事をすればどうなるかと言うと。



「っ!? ぐあああっ!! いでででででっ!! 二人ともやめろー! 今オレはあばらが折れてるんだ! 頼むから抱き付くなーーーっ!!」



見ての通りだ。

零治は悲痛な表情で叫びながら担架をバシバシと叩き、奈々瑠と臥々瑠に離れるように訴えかけるが二人のは聞こえてないようで、未だに泣き喚きながら零治に力強く抱き付いている。



「兄さん! 兄さんっ!! うわああああああああ!!」


「わあああああああ!! 兄さーーーーーん!!」


「分かったからやめてくれーーーっ! いでででででででっ!!」


「ほら、二人ともその辺にしないか。それ以上抱き付いたら、あまりの痛みでまた零治は気絶しちゃうわよ?」



見かねた恭佳が二人に間に割って入りやめるように言い聞かせる。

それでようやく我を取り戻した奈々瑠と臥々瑠は慌てて零治から身を離す。



「あっ! ご、ごめんなさい! 兄さん、大丈夫ですか!?」


「ゴメン兄さん! あんまり嬉しかったからつい……大丈夫?」


「……お前らが抱き付いて来なけりゃ大丈夫だったと思うぞ……」


「ハハハ。そう言わないの、零治。この子達はアンタの事がそれだけ心配だったんだよ」



心配そうに顔を覗き込んでくる奈々瑠と臥々瑠に零治は恨めしげな視線を向けながら毒づいた。

その姿を離れた位置から華琳は無言で見つめている。



「…………」


「行かないんですか?」


「あの場に割って入るほど私は野暮ではないわよ」


「そうですか」


「華佗と言ったわね」


「何だ?」


「我が軍の者の命の危機を救ってくれて感謝するわ。ありがとう」



華琳は一人の王としてそして人として華佗に対して頭を下げ、感謝の言葉を述べる。



「礼には及ばない。俺は医者として当然の事をしたまでだ」


「それでも、ありがとう。本当に感謝しているわ。……貴方も良い人材を連れてきてくれたわね」


「はっ。恐れ入ります。……しかし、相変わらず見事な腕前だな。五斗米道だったか?」


「違う!」



軍医が華佗の医療術の名を口にしたが、華佗は声を荒げて一喝する。



「はっ?」


「発音が甘い! 五斗米道ごとべいどうじゃない! 五斗米道ゴットヴェイドーだっ!」


「……えーっと、ごっとべいどう……?」



と、軍医は首を傾げながら微妙に言い直してはみる。

しかし華佗は首を横に振ってまたもや声を荒げて怒鳴る。



「それも違う! 五斗米道ゴットヴェイドーだ!」


「……ご、ごと……?」



華佗の発音が完全に横文字なため、知り合いの軍医は首を傾げながら困惑の表情を浮かべる。

それまでそのやり取りを横で見ていた零治、亜弥、恭佳、奈々瑠、臥々瑠の五人が口を挟んでくる。



「ゴットヴェイドーな……」


「ゴットヴェイドーですね……」


「ゴットヴェイドーね……」


「ゴットヴェイドーですよね……」


「ゴットヴェイドーだね……」


「おおっ! 今の発音、なかなか良かったぜ!」


「そいつはどうも……」


「貴方達……よく言えるわね……」


「まあな。これぐらい普通じゃね?」


「ええ。普通よね?」


「はい。普通に言えますよ」


「うんうん」


「そ、そうなの……」



華琳の疑問にも零治達は涼しげな反応をするので、華琳は引きつった表情で無理やり納得する事にする。

が、亜弥が心の中でしっかりとツッコミを入れていた。



(いやいや。そもそもこの時代の人間にそんな横文字発音なんか出来るはずないでしょうが。……あれ? じゃあ華佗は何で普通に発音できるんですかね……?)


「所でこの男は誰なんだ? 軍医の顔はある程度は把握しているが……見た事ない奴だな」


「零治。彼の名は華佗。貴方の命の恩人です。彼が貴方の治療をしてくれたんですよ」


「そうだったのか。……華佗。随分と世話になったみたいだな。オレの名は零治だ。助けてくれて感謝する」


「なに。人を助けるのが医者の仕事だからな。気にしなくていい。……零治だっけ? あんた、本当に危ない所だったんだぜ……」


「そうなのか?」


「ああ。あと少し対処が遅かったら、あんたは間違いなく死んでいた所だ。何があったのかは知らないが、もう少し自分の身体は大切にした方がいいぜ」


「……肝に銘じておく」



実際死にかけていたのも事実である上に、医者にこうも言われては流石の零治も普段みたく適当にあしらう事も出来ず、苦虫を噛み潰したような表情で俯きながら呟く。



「で、零治。身体の具合はどうだ? 何か違和感とかは感じないか?」


「……いや、身体に負ってる傷以外は特に何も」


「ならもう心配ないだろう。……それじゃあ俺は他の人の治療に向かわせてもらうぜ。悪いが彼の傷の手当は任せても構わないか?」


「ああ。今日はすまないな。ウチの軍医でもないのに仕事を手伝わせてしまって」


「気にするな。人助けは俺の使命だからな。……あぁ、そうだ、零治」


「ん?」


「俺はしばらくの間この付近の街に滞在する予定だから、もしまた何かあった場合は遠慮なく俺に声をかけてくれ」


「ああ。そうさせてもらう」


「それじゃあな。くれぐれも無茶はするなよ」



華佗は他の負傷者の手当に向かうため颯爽とその場を後にする。

が、まだ零治の外傷の手当が残っているため、華佗を連れてきた軍医がその治療をするべく、零治の前にしゃがみ込む。



「それでは音無様。外傷の手当てを行いますので服を脱いでいただけますか?」


「ああ。頼む」



零治は軍医の言葉に従い、コートを脱ぎ、その下に着ているベストとカッターシャツを脱いで上半身裸になり、軍医が左肩の傷と折れたあばら骨の手当てを始め、折れたあばら骨と肩の応急処置を手早く済ませる。



「……はい。終わりましたよ」


「ああ。ありがとな」



零治は軍医に軽く礼を言って、脱いでいた服一式を素早く着込んで普段の姿に戻った。



「それでは私は他の者の手当てもせねばなりませんので、これで失礼します」



軍医はその場で皆に一礼してそこから走り去っていき、ようやく華琳が零治の隣まで歩み寄る。



「零治……」


「ん? 何だ?」


「…………」



華琳は無言で零治を見つめながら、そっと両腕を零治の首に回して優しく抱き付いてくる。



「なっ!? おい華琳っ!?」


「ヒュ~。お熱いねぇ。お二人さん」


「ほほぉ。これは珍しい光景ですねぇ」


「兄さん。私達が抱き付いた時は散々文句を言っていたのに、華琳さんには何も言わないんですね……」


「ブー。ホントだよ。これって不公平じゃん……」


「そこ! うるさいぞ! ってか、華琳! ホント何して……っ!」



茶々を入れてくる恭佳、亜弥、奈々瑠と臥々瑠を一喝し、うろたえながら零治は華琳に問いただすが、当の本人は何も言わない。

が、しばらくして、華琳はそっと静かに零治の耳元で囁く。



「零治……」


「な、何だよ……?」


「零治。今日はありがとう。貴方のおかげで無事に生き延びる事が出来たわ」


「……別にオレ一人のおかげじゃないだろ」


「それでも……ありがとう」


「フッ。どういたしまして」


「…………」


「…………」



お互い無言のまま安息の一時を過ごすが、その時、ようやく城内に駆けつけてきた春蘭がその姿を眼にし、零治達を指さしながら大声で叫んだので、その場の静寂が一気にぶち壊される。



「あーーーっ!!」



その事がよほど気に入らない春蘭は電光石火の速さでその場に走ってきて物凄い剣幕で零治に詰め寄る。



「貴様! 音無! 華琳様と一体……な、な、ななな……っ!」


「何をしているのよーーーーっ!!」



更にその場に桂花まで加わり、春蘭に負けないぐらいの大声で叫び声を上げる。

零治は嫌そうに顔を歪め、両耳を手で塞いで二人の言葉を聞き流す。



「二人揃ってうるせぇなぁ……。こっちは命懸けでお前らがここに到着する時間を稼いでやってたんだぞ。このくらいの事されてもバチは当たらねぇだろうが」


「あら? 一体なんの事を言っているのかしら?」



それまで零治に抱き付いていた華琳はいつの間にか離れており、何の事かと素知らぬ態度を決め込んでいた。



「……ったく。可愛げの無い奴だぜ」


「何か言った?」



零治の毒づきが聞こえたのか、華琳は零治の首筋に絶の刃を突きつけてくる。

このままでは本当に斬り殺されかねないと思い、零治は短く一言。



「いえ、何も……」


「華琳様! そのままバッサリと首を刎ねてしまいましょう!」


「そうです! 今回ばかりは桂花の言う通りです! このうらやまし……もとい、不届き者め!」



桂花と春蘭がギャーギャーと喚き散らしながら、やれとヤジを飛ばし、先程までの良い雰囲気は完全にぶち壊しになってしまい、春蘭達のすぐ後ろで事の成り行きを見守っていた沙和が呆れたように呟く。



「あーあ。台無しなの」


「隊長。その皮肉っぽい性格、少しは直す努力をした方がええんとちゃうん?」


「何だよ。オレが悪いのか……?」


「華琳様。お楽しみの所、すみませんが……」



何か重要な話があるらしく、秋蘭がその場に割って入り、華琳に対して口を開く。



「何?」


「追撃部隊はどうしましょう。何名か、名乗り出ている者が居るのですが……」


「あらあら。血の気の多い子が居るのね。誰?」


「季衣、流琉、霞の三名です」


(霞はともかく、季衣と流琉が追撃部隊に志願するとは珍し……あぁ、そうか。向こうには張飛が居るから、恐らくそのせいか)


「華琳様! 私もぜひ追撃隊にお加えください!」


「春蘭を入れるとしても……ずいぶん不安な四人ね。秋蘭、疲れている所を悪いけれど、貴方が率いてくれないかしら? 前線は四人が十倍働くだろうから、後曲に押さえに回るだけで良いわ」


「ふっ……御意」


「我が曹魏に挑んだ者がどうなるか、しっかりと叩き込んでまいります!」


「……程々に頼むわね、秋蘭」


「は」


「華琳……」



それまで横で話を聞いていた零治が軽く手を上げながら口を挟んでくる。



「どうしたの?」


「その追撃部隊、オレも……」


「私が許可すると思っているの……」


「だが、向こうには奴らが……」



零治が言いたいのは黒狼達三人の事だ。それに正体不明の戦闘獣人バイオロイドも居る。

彼らが追撃の対応に出てきた場合の事を考えれば、春蘭達だけでは危険すぎる。だから零治は名乗り出たのだが、華琳は首を縦には振ろうとしない。



「貴方の言いたい事は分かるわ。だけど、そんな重傷を負っている上に、つい先程まで死にかけていた貴方を出撃させるわけにはいかないわ……」


「…………」



華琳の鋭い指摘に零治は言葉を詰まらせる。

確かに重傷を負っているのは事実だし、先程まで零治は生死の境を彷徨っていたのだ。

零治は何とか出撃の許可を貰おうと思考を巡らせていた時、恭佳が零治の肩にポンと手を置く。



「零治。アタシが代わりに行ってきてやるよ」


「えっ? いや、しかし……」


「ん? 華琳様、この者は?」



ようやく恭佳の存在に気付いた秋蘭が首を傾げながら華琳に恭佳の事を尋ねるので、周りのメンバーの視線が恭佳に集中する。



「あぁ、そういえばすっかり忘れていたわ。零治、その女は何者なの? 貴方達の知り合いみたいだけど」


「あっ、そういやまだ教えてなかったな。……紹介する。彼女の名は音無恭佳。オレの姉だ」


「えっ?」



零治から出てきた言葉に華琳は首を傾げ、他の者達も思考が停止してしまい奇妙な沈黙が流れるが、すぐに全員の驚きの声がその静寂を打ち破る。



「「「「「えええええええっ!?」」」」」


「おい。何でそんなに驚くんだよ……」


「驚くに決まってるじゃない! って言うか、零治! 貴方、姉弟が居たのっ!?」


「ああ」


「何で教えてなかったのよ!」


「いや、言う必要も無いと思ってたから。まさかオレもこんな形で再会するなんて夢にも思っていなかったからさ」


「ふぇ~。びっくりなのー。隊長ってお姉さんが居たんだー」


「あぁ、言われてみりゃこの姉さん、なんとなくやけど顔つきが隊長に似とるなぁ」



零治から告げられた思わぬ事実に辺りは騒然となるが、時間も惜しいので恭佳がパンパンと手を叩いて騒ぎを静めて口を開く。



「はいはい。アタシの事は後で説明してあげるから。……曹操だったわね」


「ちょっと貴方! 華琳様に対して気安いわよ!」


「桂花、構わないわ。……貴方、私の事を知っているの?」


「ええ。アタシはアンタ達の事をずっと見ていたからね。この世界の事……真名の事とかも理解しているよ」


「あら。それなら話しが早くて助かるわ」


「改めて自己紹介しようか。アタシの名は音無恭佳。曹操。弟と友人が随分と世話になっていたようだね。アタシからも礼を言わせてくれ。零治達の面倒を見てくれて、ありがとう……」



恭佳は姿勢を正し、丁寧にお辞儀をし、華琳に感謝の言葉を述べる。



「ふふ。良く出来た姉じゃないの、零治」


「ああ。オレの自慢の姉だからな」


「そのようね。……恭佳と言ったわね」


「ええ」


「こちらも改めて名乗りましょう。我が名は曹孟徳。真名は華琳よ。我が国の危機を救ってくれて感謝するわ。私の真名、貴方に預けましょう」


「華琳様っ!? いくら音無の姉とはいえ、いきなり真名を預けるなど……っ!」


「春蘭。いま私達がこうして無事でいられるのは、彼女のおかげでもあるのよ。ならば、それ相応の誠意を見せるのが礼儀というものよ」


「むぅ……」


「秋蘭」


「はっ」


「そういう訳だから、彼女も追撃隊に加えてあげなさい。彼女の素性については、改めて零治に説明させるけど、霞達にも貴方から軽く説明しといてちょうだい」


「承知いたしました。して、この者。腕の方は?」


「貴方達が来る前に黒狼と闘って見せたけど、武人としても素晴らしい人材だわ。戦力としては申し分ないはずよ」


「御意」


「そういう訳だから恭佳、さっそく貴方の腕前を存分に振るってもらうわよ」


「ああ。期待は裏切らないよ。……そういう事だ。よろしく頼むよ、夏侯淵」


「むっ。私の事も既に知っているのか」


「もちろんさ。言っただろう。アタシはずっとアンタ達の事を見てきたって」


「そうか。では私も改めて名乗ろう。私は夏侯淵。真名は秋蘭だ。私の真名、お主に預けよう」


「ふふ。信用してくれて嬉しいよ、秋蘭。アタシの事も恭佳って呼んでいいよ」


「うむ。……して恭佳。会って早々に済まないが、お前に一つ頼みがある」


「何だい?」


「もしも姉者が暴走しそうになった場合、その抑え役を頼めるだろうか」


「……構わないけど、アタシは零治と違って最悪と判断した場合はぶん殴って止めるわよ。それでもいいの?」


「お前がそう判断したのなら、そうしなければ止めれないという事なのだろう。もしそのような事になっても、私は文句は言わんよ」


「そうかい。ならその役、引き受けようじゃないか」


「すまんがよろしく頼む」


「おい秋蘭! 何をしているのだ! 早く行くぞ! もたもたしていては劉備達に逃げられてしまうぞ!」



城門の前で待っている春蘭が待ちきれんと言わんばかりに声を張り上げ、秋蘭を急かしてくる。

その姿に見かねた華琳は再度秋蘭に念を押すように言う。



「秋蘭。くれぐれも程々にね?」


「分かっております」


「よろしい。後の者はひとまず城に戻りましょう。休息のためにね……」



劉備軍との激闘を何とか無事に乗り切る事ができ、戦いの疲れを癒すため、華琳達は春蘭達に追撃を任せ城へと帰還する事となる。

これにより、華琳の思惑通り他国の諸侯達へもいい牽制となるであろう。

自分達が受けた損害は決して小さいとは言えないが、得た物はとても大きな物だった。


………


……



その日の夜。劉備軍の追撃を終え、春蘭達も無事に帰還し、玉座の間に首脳陣が集められその事に関する報告などのための軍議が開かれていた。



「……以上になります」


「そう。ご苦労だったわね、秋蘭」


「はっ」


「恭佳。貴方もご苦労様。見事な働きだったようね」


「な~に。あれくらい朝飯前さ」


「さて、後は恭佳の素性に関してなのだけれど……」



華琳はそこで言葉を区切り、零治達に視線をやる。

零治達もその場には居たものの、あの激闘の後だったため、その顔色から疲労感が既にピークに達しており、零治本人も恭佳の事は明日にしてくれと眼で訴えかけていた。



「零治。恭佳の素性の説明については明日の朝議でお願いするわ」


「そうしてくれると助かる。正直、今すぐにでも寝たい気分なんでな……」


「そのようね。皆もご苦労だったわね。今夜はゆっくりと休んで明日に備えなさい。では、解散!」



華琳の号令により首脳陣達は明日に備えて休むべく、足早に玉座の間を退出していく。

その際にいち早くその場を去ろうとしていた零治と亜弥を華琳は呼び止める。



「零治、亜弥。ちょっと待ちなさい。二人にはまだ話があるわ」


「何だよ? 姉さんの説明は明日でいいんじゃないのかよ……」


「安心なさい。その事じゃないから」


「じゃあ何ですか?」


「貴方達二人はしばらくの間、仕事は休んで構わないわ」


「はっ? 何でまた突然?」


「決まってるじゃない。二人とも、そんな状態で明日から普段通りに仕事が出来るの?」



華琳の指摘に零治と亜弥は無言で互いに顔を見合わせる。

零治は亜弥に比べれば軽傷だが、少なくとも今の状態では警邏は無理だろう。出来るとすればせいぜい書類仕事ぐらいだ。

亜弥に至っては右腕を骨折しているため、警邏どころか書類仕事だって出来ない状態だ。



「確かに華琳の言いたい事は分かるが……いいのか?」


「ええ。これを機に少しは骨休めをしなさい。奈々瑠と臥々瑠にも休みは与えておくから、たまにはあの子達と一緒に休日を過ごしてあげるといいわ」


「なら、お言葉に甘えさせてもらいましょうか。私はこんな状態だから、警邏どころか書類仕事だって無理ですからね」


「まっ、オレ達は神器のおかげで身体の治癒能力も向上しているから、復帰にはそう時間はかからんと思うが、その厚意はありがたく受け取っておくよ」


「よろしい。……あぁ、それと恭佳の部屋なんだけど」


「それは明日以降で構わないって姉さん言ってたぜ」


「そうなの。まあ、本人が構わないと言うのならいいんだけど、なら今夜はどこで休むつもりなの?」


「私の部屋でいいでしょう。同じ女同士ですから問題も無いでしょうし」


「そう。……話は以上よ。引き止めて悪かったわね。さ、貴方達も早く休みなさい」


「そうする。おやすみ、華琳……」


「ええ。おやすみなさい」



話を終え、零治達も足早に玉座の間を後にした。


………


……



零治、亜弥、恭佳、奈々瑠と臥々瑠の五人はようやく軍議から解放され、早いとこ眠りたいという思いから足早に自室を目指して城内の廊下を歩いている。



「あぁ~……やっと終わったか……」


「えぇ。今日ほど一日を長く感じた日はありませんでしたよ……」


「まったく。アンタ達だらしないねぇ。アタシが居ない間に二人とも身体がなまったんじゃないの?」


「……後から来た奴にそんな事言われたくねぇな」


「何ぃ!? 零治! 姉に向かってその口の利き方はなんだい! アタシはアンタをそんな風に育てた覚えは無いよっ!」


「はいはい。その点は感謝していますよ。お姉様」



零治は隣で憤慨する恭佳の言葉を、両手で耳を塞いで適当にあしらう。

実の姉に対してもこの辺は変わらないようである。



「まったく。どこで教育を間違えたのかしらね……」


「それにしても驚きました。兄さんって姉弟が居たんですね」


「ホント。ビックリだよ。まさに驚愕の事実ってやつだね」


「まあ、二人には教えていなかったからな」


「……その事で気になってたんですが、兄さん、なんで教えてくれなかったんですか? 別に隠すような事でもないでしょう?」


「…………」



奈々瑠の指摘に零治は俯きながら黙り込んでしまう。

奈々瑠の言う通り、本来なら別に隠すほどの事ではない。だが零治には言えない理由があったのだ。



「兄さん?」


「ん? あぁ、何でもない。……まっ、オレにもいろいろあるのさ。気にしないでくれ」


「はぁ……」


「ん~……しかしあれですねぇ。身体中が汚れちゃいましたし、お風呂に入りたいですねぇ」


「それは無理だろ。確か次の風呂の日は来週だったはずだろ?」


「ですねぇ……」


「ん? なんだい。この世界じゃ風呂に入る日も決まっているのかい?」


「ああ。こっちの世界じゃ風呂は高級品扱いなんでな」



そう。この時代では風呂には滅多に入れるものではない。

城に住む全ての人間を捌き切るため城内には大浴場しか無い。まあ、華琳専用の浴室もあるがそれは完全に別物扱いだ。

そして風呂の準備にもまず水を湯船に張る所から始まり、水を沸かすために薪も大量に使わねばならない非常に手間とコストがかかる作業なので、現代世界みたいに毎日風呂に入るのは物理的に不可能なのである。

なのでこの世界では風呂に入れる日が定められており、城の人間は風呂に入れる日はしっかりと記憶しておかねばならない。

もしもその日に入りそびれてしまった場合は次の日までお預けになってしまうのだ。



「やれやれ。昔の時代は不便だねぇ」


「それは言うなよ。そういう事だから、姉さんも風呂の日は忘れないようにしとけよ。もし入り損ねたら次の日までお預けを喰らっちまうからな」


「分かったよ」


「あっ、そういえば、私達は貴方の事を何て呼べばいいんですか?」


「うん? 好きなように呼んでいいよ」


「じゃあ……恭佳さんで」


「姉さんとは呼んでくれないのかい?」


「それじゃ亜弥と被って分からなくなるだろうが……」


「じゃあ、アタシは恭佳姉さんて呼ぶ~」


「おおっ! 恭佳姉さんかー。いやー、いい響きだねぇ」


「いい年した大人が何をはしゃいでいるんですか。ほら恭佳、私の部屋はこっちですよ」


「ん? アタシは別に零治の部屋でもいいんだけど?」


「勘弁してくれ。姉さんが居たら落ち着いて眠れやしない……」


「なんだい。昔は一緒に寝ていたじゃないか」


「そりゃガキの頃の話だろうが……」


「あの……兄さん」


「ん? どうした?」


「今夜は……その……一緒に寝ても……いいですか……?」


「オレと?」


「はい……」


「あぁ! 奈々瑠だけなんてズルい~。だったらアタシも一緒に寝る~!」


「あぁもう! 寝てる人も居るんだからそんなに騒ぐな!」


「いや、零治。貴方が一番うるさいんですが……」


「……はぁ。どうしても一緒がいいのか?」


「はい。今夜だけで構いませんので……お願いします」



奈々瑠は零治を正面から見据えながら大きく頭を下げてまで頼み込んでくる。

一緒に寝ると言うだけでなぜここまでするのかと零治は疑問に思うが、あえてその事は追及しようとはせず、ここまでされては流石に断る事も出来ないので、零治は奈々瑠の頼みを受け入れる事にした。



「分かったよ」


「すみません……」


「わ~い。久しぶりに兄さんと一緒に寝れる~♪」


「はいはい。分かったからそんなに騒ぐな」


「やれやれ。これじゃアタシが寝れるスペースは無さそうだね」


「おい。マジでオレの部屋で寝るつもりだったのかよ……」


「そうだよ」


「……奈々瑠と臥々瑠の申し出を受け入れて正解だったな」


「あん? それはどういう意味だい……? お姉さんにも分かるように説明してくれないかしらねぇ……」



零治の意味深な言葉が気に障ったのか、恭佳は指の骨をポキポキと鳴らしながら眉を吊り上げて零治に詰め寄ってくる。

このままではいつまでたっても眠れないと思い、亜弥が恭佳の首根っこを掴んでズルズルと引っ張り始める。



「はいはい。その話はまた今度にしてください。私達も行きますよ?」


「ちょっ!? コラ亜弥! 引っ張るんじゃないよ!」


「問答無用です。……あぁ、そうだ、零治」


「ん?」



亜弥は恭佳を引っ張る姿勢のまま、首を後ろに向けて、零治に何か言いたい事があるようで足を止める。



「くれぐれも……二人に変な事をしてはダメですよ?」


「なっ!? アホ! さっさと行っちまえっ!!」



亜弥の口から出てきた予想もしない一言に、零治は憤慨しながら野良猫を追い払う仕草をして怒鳴り散らす。

その姿がよほど可笑しかったのか、亜弥はクスクスと笑いを零しながら後ろで離せと騒いでいる恭佳を再び引っ張り始めて自室に足を運んで行った。



「ったく。アイツは最後の最後で余計な事を言いやがって……」


「…………」


「ねえ、兄さん。変な事ってなんなの~?」


「何でもない。それにそんな事もしないからな。さて、オレ達も部屋に行こうぜ」


「はい……」


「は~い」



零治達も早いとこ休みたいという思いから足早に部屋を目指す。

と言っても、部屋まではもう目と鼻の先の距離だったので到着までそれほど時間はかからなかった。

零治は自室の扉のノブに手を掛け、扉を押し開けて先に中に入り、部屋に構えているロウソクにライターを使って火を点けて部屋に明かりを灯し、奈々瑠と臥々瑠を招き入れる。



「ほら、二人とも入れよ」


「はい。失礼します」


「失礼しま~す」



奈々瑠はゆっくりとした足取りで中に入るが、臥々瑠はドタバタと騒がしい足音を立てて駆け込みながら一直線に零治が使用しているベッドを目指し、その手前でジャンプしてベッドの上にダイブする。



「一番乗り~♪」


「おい。ベッドが壊れるだろ」


「ブー。これぐらいの事で壊れる訳ないじゃん」


「お前は以前、オレの部屋の扉を二回壊した前科持ちだという事を忘れたのか……」


「前科持ちって酷いじゃん! それじゃまるでアタシが犯罪者みたいな言い方じゃんかっ!」


「やかましい。……おい臥々瑠。もっと奥に詰めろ。お前一人でベッドを独占するつもりか」


「は~い……」



臥々瑠は零治に言われ、不満そうに頬を膨らませながら生返事をして壁際の方に移動し、上に着ているハーフコートを脱いで、その辺にポイッと無造作に放り投げる。



「あぁ、ったく。お前という奴は……。ちゃんとここにポールハンガーがあるだろうが」



零治は呆れながら床の上に投げられた臥々瑠の上着を拾い上げ、部屋の片隅に構えてある上着を掛けるためのポールハンガーの突起の一つにそれを掛け直し、ついでに自分が着ているコートとベストも脱いでそれに引っかける。



「奈々瑠。お前のも掛けてやるから貸しな」


「はい」



零治に言われ奈々瑠も自分の上着を脱いでそれを零治に手渡し、受け取ったそれをハンガーに引っかける。



「まったく。このコート、左肩の穴を修繕しないとな。それに洗濯も必要だな。……そういえば奈々瑠」


「はい?」


「お前、胸に巻いてるベルトはどうしたんだ?」


「あぁ、アレは姉さんが傷の手当てをするときに外して、そのまま預かってるそうです」


「そうか。……さ~て、これでようやく休めるぜ。……あぁ、もうクタクタだ……」



零治は疲労感を露わにしながらうつ伏せにベッドの中央に倒れ込み、そのままゴロンと仰向けになり、空いている左側をポンポンと叩いて奈々瑠にも寝るように促す。



「ほれ。奈々瑠はここな」


「は、はい。し、失礼……します」



奈々瑠はどこかおどおどしたような様子でゆっくりとベッドの左側に腰かけて、そのまま仰向けに寝転がる。



「にへへ♪ 三人仲良く川の字だね♪」


「……どっちかと言うと小の字じゃねぇのか?」


「あっ! アタシ達がチビだって言いたいのっ!?」


「実際そうじゃないか」


「む~……」


「ムッカ~……っ!」



零治の言葉に奈々瑠と臥々瑠は不満げに頬を膨らませるが、零治はその様子を適当にあしらい二人にも寝るように促す。



「はいはい。この話はもう終わりだ。さっさと寝ろ。明かりを消すぞ?」


「はい」


「は~い」



二人がようやく寝る体勢に入ってくれたので、零治はロウソクの火を吹き消して部屋に灯されている明かりを消す。

それにより部屋は一気に暗くなり、窓から差し込んでくる月の光が中にわずかな明るさをもたらすだけだった。

零治は掛布団の端っこを両手でガシっと掴んで、そのまま寝転がる勢いを付けながら一気に引っ張り上げて三人揃って布団にくるまる。



「ふわぁ……おやすみなさ~い。兄さん……」


「あぁ。おやすみ、臥々瑠」


「兄さん。おやすみなさい」


「おやすみ、奈々瑠」



三人は互いに挨拶を交わし、ゆっくりと眼を閉じて深い眠りについた。


………


……



それからしばらくして。



「すぅ……すぅ……」


「すぴ~……すぴ~……」



零治と臥々瑠は完全に深い眠りに落ちているため、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

その時、左側で寝ていた奈々瑠が不意にゆっくりと上体だけを起こして、零治の寝顔を見つめる。



「兄さん。起きてますか……?」


「すぅ……すぅ……」



奈々瑠は小声で零治に声をかけるが、零治から小さな寝息が返ってくるだけだ。

この様子では起きている事は無いだろうが、奈々瑠はそのまま小声で言葉を続ける。



「そのままでいいので聞いてください。兄さん……」


「すぅ……すぅ……」


「兄さん。今日は本当にありがとうございました。兄さんのおかげで、私も臥々瑠も死なずに済みました。それと……兄さんが無事で……本当に良かった……」



隣で深い眠りについている零治に奈々瑠は小声で感謝の言葉を述べる。

この状態では零治にこの言葉はまず届いてはいないだろうが、それでも奈々瑠は続ける。



「私達は充分に強いと思っていましたが、今日の一件で思い知らされました。私も臥々瑠もまだまだ未熟なのだと。結局、今回も兄さんに助けられました」



それは紛れもない事実だ。

もしもあの時、零治が駆けつけるのが少しでも遅かったら奈々瑠も臥々瑠も、それどころか最悪の場合は華琳も命を落としていた可能性があっただろう。



「今はまだ兄さんに守られる立場なんですね、私も臥々瑠も。今はそれでも構いません。……でも、いつか、いつの日か必ず私が……私と臥々瑠が兄さんの事を守れるくらい強くなってみせます。そして……そうなった時……この想いもちゃんと伝えますね……」



奈々瑠はそのまま零治の横顔にそっと自分の顔を近づける。そして。



「兄さん……愛しています。んっ……」



奈々瑠は耳元で愛の言葉を囁き、大胆にも零治の左頬にそっと口づけをした。



「んっ……んぅ……」



零治は違和感を感じたのか、呻き声を漏らしながら身をよじり、顔を右側に向ける。

奈々瑠は二人を起こさないように素早く横になり、掛布団の中に潜り込んで自分の顔を隠す。



(に、兄さんにキスしちゃった……っ! は、恥ずかしい……っ!!)



奈々瑠は今頃になって自分の大胆な行動に恥ずかしさを感じてしまい、顔はゆでダコのように真っ赤になってしまい、それこそ顔から火が出るのではないかと思ってしまうほどである。

おかげでしばらくの間、奈々瑠は興奮からなかなか眠れなかったが、それでもやはり身体は正直なようで、先の戦いの激闘の疲労感が現れ始め、それによりようやく落ち着きを取り戻した奈々瑠も深い眠りについたのだった。

臥々瑠「……あれ? 奈々瑠が居ないよ」


亜弥「あぁ、彼女は今日は休むって言ってましたよ」


恭佳「大方この話のオチが原因だろ。うぶな娘だねぇ。……そういえば、零治も居ないね」


作者「この回の話の事で絶対にいじられるから出たくないって言ってたぞ」


亜弥「つまり彼も休みなわけですか」


臥々瑠「じゃあ今回はこのメンバーだけ?」


作者「そうなるな」


恭佳「まったく。つまらないねぇ。肝心の話題の中心人物が居ないんじゃ意味ないじゃないの」


亜弥「そういえば貴方、奈々瑠が負傷した回の時、彼女に何か耳打ちをしてましたよね」


作者「ああ」


亜弥「まさかそれって」


作者「そう。この話のオチ」


亜弥「やはり。それであの時、奈々瑠が妙に顔を赤くしていた訳ですか」


恭佳「しかしアンタにしては珍しい話を書いたもんだね」


作者「そうか? まあ、ようやく先の話を投稿できたからこっちは嬉しい限りだね。特にオチの部分を書いてるときはマジで楽しかった」


臥々瑠「なんで?」


作者「何でだろ? よく分からんのだが、書いてると思わず顔がにやけちまってさぁ。とにかくなんか楽しかったんだよ」


亜弥「…………」


恭佳「…………」


臥々瑠「…………」


作者「なんだよ?」


亜弥「キモいです……」


恭佳「キモいよ……」


臥々瑠「うん。キモい……」


作者「くっ! 今回ばかりは否定できん。書いてるとき自分もそう思ってたから……」

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