表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/110

第40話 牙を剥く狼達

一刀を追加した事で前半の描写に追加があります。

金狼と一刀の会話の部分、私なりに調べてから書いたので多分、間違いはないかと思うのですが、もし間違いなどあったら指摘してくださるとありがたいです。

劉備軍に攻められ、劣勢の状況に立たされる華琳達。この状況を覆すべく、零治は決死の覚悟で単身で戦場に姿を現し、目の前に展開する諸葛亮率いる部隊に声高らかに宣言し、立ちはだかる。

相変わらず諸葛亮たちは目の前で起こってる事が理解できず呆然としている。



「どうした! オレに挑む者は誰も居ないのか! ならば……今すぐにこの場から去れっ! これより先は、覚悟無き者が足を踏み入れて良い場所ではないぞ!!」



零治は更に声を発し諸葛亮の部隊に呼びかける。しかし、名乗り出る者は一人も居ない。

それどころか、零治の迫力に気圧され、部隊の間にどよめきと動揺が走りだし、しだいに諸葛亮の部隊の士気は下がり始める。



「孔明様、不味いですよ! 兵達の間に動揺が走り始めています! このままでは部隊を維持できなくなってしまいますよ!」


(まさかこんな事になるなんて……。向こうは一人……でも、相手は反董卓連合時にシ水関をたったの五人で陥とした天の御遣いの一人、音無さん。私の部隊だけじゃ絶対に勝てる相手じゃない……)


「孔明様っ!」


「はわっ!? な、何ですか!?」


「何ですかじゃありませんよ! 孔明様、ご決断を!」


「分かっています。相手はあの音無さんです。私達だけでは絶対に勝てる相手ではありません。ですので、すぐに伝令を送って本陣で休んでいる、愛紗さん、鈴々ちゃん、星さん、恋さん達をここに呼んできてください」


「黒狼様達はいかがなさいますか?」


「…………」



諸葛亮は渋面を作って考え込む。

理屈で考えれば、この場に黒狼達を呼んだ方が勝率は高いだろう。毒は同じ毒をもって制するものだ。

だがそんな事をすれば、戦いが更に泥沼化するのは必至。諸葛亮としては可能な限りそれは避けたい考えである。



「孔明様?」


「あっ、すみません。……黒狼さん達には引き続き本陣で待機しておくように伝えてください」


「御意! ……伝令!」


「はっ!」


「すぐに本陣まで走るのだ! 内容は……」



副官が伝令の兵を呼びつけ、諸葛亮から受けた指示を手早く伝える。

内容を把握した伝令兵は一目散に本陣まで駆け抜けていき、その光景は零治の眼にもしっかりと入っていた。



「伝令を送ったか。さて……これで誰が出てくるか。まあ、誰が来ようが関係ない。相手が誰であろうと、向かってくる者は全て排除するまでだ……」



零治は城門に佇んだまま遥か向こうの地平線を眺めながら、遅かれ早かれすぐに現れるであろうと思われる敵達に対する闘志を高めながらゆっくりと眼を閉じ、ただひたすらに待ち続ける。


………


……



「何っ!? 音無が一人で現れただと!?」



本陣で休んでいた関羽が驚きの表情でバッと立ち上がり、再度伝令の兵に尋ねる。



「はい! 相手は今のところ動く気配はありませんが、状況は間違いなく不利です! ですので、孔明様が直ちに応援をとの事です!」


「分かっている! 三人とも聞こえたな。すぐに部隊を率いて朱里の所に向かうぞ!」


「おうなのだ!」


「…………分かった」


「…………」



張飛と呂布は今までの戦いの疲労を全く感じさせない様子で意気込むが、ただ一人、星は浮かない表情をしている。



「ん? どうした、星。行くぞ?」


「あ、ああ……。分かっている。……すまんが先に行っててくれ。すぐに後から追う……」


「そうか。遅れないようにな」



関羽は零治から受けた屈辱を晴らすべく、偃月刀を片手に部隊を率いて諸葛亮の応援に向かう。

星は一人、本陣内でポツンと立ちつくし、天を仰ぎながらポツリと呟く。



「零治殿。……こうなる事は覚悟していたが、いざ事態に直面してみると、その覚悟も簡単に揺らいでしまうものだな。私は一体どうすれば……」


「趙雲……」


「……黒狼か。何か用か?」


「用と言うほどの事ではないが……何を迷っているのだ……?」


「何の事だ。私は迷ってなど……」



図星を突かれた星はそれを表に出さないよう平静を装うが、そのような嘘が黒狼相手に通じる訳もなく、言葉を遮られる。



「いいや。今の貴様は明らかに迷っているぞ。その程度の嘘が私に通じると思っているのか……」


「…………」



星は黒狼の氷のように冷たい視線から眼を逸らすことなく、無言で正面から堂々と見据える。

その反応を面白がるように黒狼は鼻で小さく笑い、ニヤリと笑みを浮かべながら星の胸の内の迷いを言い当ててくる。



「趙雲、貴様の迷いの原因を当ててやろうか? ……影狼、音無零治の事で迷っているのだろう……」


「…………」


「フッ。否定はせんのだな……」


「何が言いたいのだ……」


「なに。貴様が奴に対して何かしらの特別な感情を抱いている事は前々から知っていたのでな。まあ、それが何なのかまでは訊きはせんが……その事も踏まえて忠告をしてやろうと思ってな……」


「忠告だと?」


「奴……影狼と闘う事に迷っているのなら、貴様はここで大人しくしているのだな……」


「それはどういう意味だ」


「言葉通りの意味だ。趙雲。貴様も一人の武人なら、戦場に私情など持ち込めば、それがどういう結果を招くかぐらい容易に想像がつくだろう……?」


「そ、それは……」


「影狼は相手が誰であろうと敵対する人間には一片たりとも容赦はしない男だ。そのような迷いを抱えた状態で勝てるほど奴は甘くはないぞ……」


「……随分とあの方の事に詳しいのだな、黒狼よ……」


「それは当然だ。私がそういう風に育て上げたのだからな……」


「…………」


「どうする? それでも行くのか?」


「迷いが晴れた訳ではないが、今の私は主と桃香様に仕えている身だ。故に今の私がするべき事は、家臣として主と桃香様の理想への道を切り拓くために己が武を振るう、ただそれだけだ」



星は黒狼を正面から見据えながら告げ、龍牙を片手にして踵を返す。



「行くのか。奴に勝てると本気で思ってるのか……」


「勝てる自信など無い。だがそれでも私は行かねばならない。仲間が待っているのだからな」


「仲間……か。……ならば趙雲、もう一つだけ忠告してやろう……」


「何だ。まだ何かあるのか?」


「もしも、影狼と関羽が闘う事になった場合、注意をしておくのだな……」


「……どういう事だ?」


「私の得た情報によると、あの女は影狼を怒らせるような事をしたらしいからな。貴様も思い当たる節があるんじゃないのか……?」


(零治殿を怒らせるような? ……確かにあの時、あいつらの借りは必ず返すと言っていたが……もしやその事なのか……?)


「その顔、どうやら思い当る事があるようだな。まあ、私からの話は以上だ。せいぜい頑張るがいい……」



話を終えた黒狼は、伝令が持ってきた話の内容を金狼と銀狼に伝えるため、二人の所に足を運んで行った。

黒狼の意味深な言葉に星はついつい深く考え込んでしまうが、その考えを振り払うように頭を左右にぶんぶんと振る。



「今は余計な事は考えるな。今の私がするべき事は、この戦に勝利するために全力を尽くす、それだけだ」



迷いが晴れた訳ではないが、星は自分にそう言い聞かせ、先に出撃した関羽達の後を追うように戦場へと足を進めていった。

その後ろ姿を黒狼は横眼で見送り、再び鼻で小さく笑いながら独りごつ。



「フッ。まあ、傀儡の貴様らがいくら頑張った所で結果は変わらんだろうがな……」


「黒狼、さっき趙雲と何の話をしていたんだい?」


「大した事ではない……」


「そう」


「なあ、黒狼。関羽達が出撃したって事はよ、前線で何かあったんだよな? 何が起こってんだ」


「伝令の話によると、影狼が一人で城内から外に出てきたそうだ……」


「ふーん。って事は向こうもいよいよ本気って事か。で、僕達への指示は?」


「相変わらずここで待機していろとの事だ……」


「けっ! オレ達はまだここで留守番かよ。いい加減うんざりだぜ……」


「そうだね。僕も白狼が目の前に居るっていうのに、いつまでもここで待機というのは流石にそろそろ我慢の限界だね……」


「安心しろ。私達もいつまでもここで大人しくしているつもりはない。手は打つ」


「どうやってだい?」


「まあ見ていろ。……おい、そこのお前。ちょっと来い……」


「は、はいっ!」



近くに居た一人の兵士がいきなり黒狼に声を掛けられ、兵士は恐る恐る三人の所まで歩み寄ってくる。



「貴様に一つ頼みたい事がある。構わんか?」


「はっ! 何なりと」


「よし。今から前線に向かい、前線部隊の連中と曹操の所に居る天の御遣い、音無の戦闘の監視をしてこい……」


「はっ? 監視……ですか?」


「そうだ。遅かれ早かれ、応援に向かった関羽達と音無は間違いなく戦闘になる。そして、実際に戦闘になり、関羽達が劣勢に立たされ始めたら私に報告しに戻って来るんだ……」


「は、はぁ……。承知いたしました」


「よし、では行け」


「はっ!」



ビシッと姿勢を正した兵士は、黒狼の指示に従い前線へと走り去っていった。



「黒狼。アイツに戦闘の監視なんか頼んでどうする気なんだい?」


「向こうの戦闘でこちらが劣勢になった場合、お前達には出撃してもらう。その際、こちらが劣勢になっていなければ、我々が独断で動く口実にはならんからな……」


「なるほどね。でもさ、呂布も向かってるし、そう都合よくそんな状況にはならないんじゃないの?」


「そうでもないぞ。関羽の奴が影狼の逆鱗に触れるような事をしたからな……」


「逆鱗に? どういう事だい?」


「……私が聞いた話によると、どうも関羽の奴があの戦闘獣人バイオロイドの姉妹の姉の方に傷を負わせたそうだ……」


「えっ? 黒狼、その話……確かなの……?」


「ああ」


「おいおい、マジかよ。関羽の奴、影狼に殺されるんじゃねぇか……?」


「そうだね。影狼の奴、あの姉妹に妙な愛着を持ってるから、あの二人の事となると人が変わるからねぇ……。うぅ……アイツが怒り狂ってる事を考えると背筋が凍りつきそうだよ」


「同感だぜ。……だがまあ、その話が本当なら関羽には感謝してやるぜ。おかげで影狼とあの時の殺し合いの続きが出来るってもんだぜ」


「そうだね。僕もその点は同感だよ。クックック……」



下手をすれば自分達が危険な状況になるかもしれないというのに、金狼と銀狼はこの事態を喜ぶかのように口の端を釣り上げ邪悪な笑みを浮かべる。



「お、おい! 二人とも何を呑気な事言ってるんだ! それって愛紗達が危険って事じゃないかっ!」



横で話を聞いていた一刀が声を張り上げるが、黒狼達三人は冷めた視線を向けるだけだ。

そして金狼が、お前は何を言ってるんだと言いたげな表情で口を開く。



「それがどうしたんだい? 北郷、ここは戦場だよ? 危険なのは当然じゃないか」


「そ、それはそうだけど……三人は愛紗達が死んでもいいって言うのかよ!?」


「お前は何を言ってんだ? 戦場は殺すか殺されるしかない場所だぞ。そして弱い奴から死んでいく。それだけだ。そんな事オレにだって分かる事だぜ、ガキ……」


「まったくだね。北郷。まさか君は人が死なない戦争があるとでも思ってるのかい? そんな事があるとするならば、それは良く出来た作り話の中だけだね……」


「そ、それは……」


「加えて言えば、先に仕掛けたのこっちなんだ。その上で関羽は影狼を怒らせるような真似をしたんだ。仮に殺されたとしても、それは自業自得の結果だね……」


「……さっきから言ってる、零治を怒らせたって……愛紗が何をしたって言うだよ」


「ああ。何でも、影狼の家族の一人が関羽に傷を負わされたらしいんだよ。で、えーっと……黒狼。あの女はもしかして死んだのかい……?」


「そこまでは知らん……」


「そうか。……まっ、つまりはそういう事さ」


「だからどういう事だよ!?」



納得のいかない表情で一刀は怒鳴り散らしながら金狼に食って掛かる。

金狼はやれやれと言わんばかりに肩をすくめながら話を続ける。



「だから……今の影狼にとっては、関羽は単なる敵ではなく、『大事な家族を傷つけた憎むべき敵』として認識されているのさ。現時点ではそいつが死んだかまでは分からないけど……もしもそいつが関羽の負わせた傷が原因で死んだ場合は、あの女は間違いなく影狼に殺されるね。いわゆる恨みの連鎖ってやつさ……」


「…………」


「北郷。君にだって元の世界に親しい人間が一人や二人は居るだろ?」


「えっ? あ、あぁ。居るよ。それがどうしたんだ?」


「これはあくまで例えばの話だけど……ある日、君はその親友と一緒に学校から家に帰っている。ここまではいいかい?」


「ああ」


「で、君は途中でその親友と別れ、別々に家に帰りました」


「…………」


「当然その親友も一人で家に帰る事になりました。所がその親友は不幸にも、家に帰る途中で通り魔に襲われ、刃物で刺し殺されてしまいました」


「なっ!?」


「おいおい。何を慌ててるんだい。あくまで例え話だよ?」


「あ、あぁ……。済まない」


「続けるよ。……で、しばらくして、その通り魔は無事捕まりました。そして裁判にかけられます」


「…………」


「通り魔に犯行動機は特に無く、本人も犯行当時の記憶は曖昧で憶えてないという主張でした。……酷いと思わないかい? 自分が殺したにもかかわらず、憶えてないと言い張るんだよ」


「…………」



と、金狼は言うが、一刀に聞かせてる例え話で金狼が一刀の反応を見て楽しんでるのは間違いない。

そういう点から、今この場にいる金狼本人が一番酷いのは明らかだ。



「そして判決が下されました。通り魔に言い渡された判決は……無罪です」


「なっ!? 何でだよ!」


「理由は犯人の当時の精神状態さ。精神鑑定をした結果、犯人は精神を患っていて、犯行当時も通り魔の精神は刑事責任能力が無い心神喪失状態と診断され、人を殺しているにもかかわらず罪を問われなかったわけ。よくある話だろ?」


「…………」


「まあ、その代わり措置入院という名目で精神科に強制入院はさせられるだろうけどさ。……どう? コイツは君の親友を殺したにもかかわらず、病院の中とはいえのうのうと生きていられるんだよ」


「金狼。お前は結局なにが言いたいんだ……」


「まあ僕が言いたいのはね、北郷。君は親友を殺したこの犯人を許す事が出来るのかと訊きたいのさ……」


「…………」


「どうだい? 許せるかい? これといった理由も無しに君の親友の命を奪ったクズを許す事が君には出来るのかい……? そんな訳ないだろ? 本当はこう思ってるんだろ? 殺してやりたいってさ……」


「お、俺は……」



一刀は許せると言おうとしたが、心がそれを否定し、言葉に詰まってしまう。

なぜならその時、一刀は心の中でこう思っていたからだ。殺してやりたいと……。



「ハハハ。北郷、君は嘘を吐くのが下手だねぇ。やっぱり思ってるんじゃないか、殺してやりたいと……」


「っ!?」


「別に僕はその事を責める気は無いよ。むしろそれは人として当然の反応さ。……そして影狼の今の心境も、まさに『ソレ』なのさ。これで理解できたかい……」


「確かに金狼が言いたい事は分かったよ。でも……今の話とじゃ事情が全然違うだろ!」


「北郷。この際そんな事は関係ないんだよ。状況や理由が何にせよ、被害者にとっては加害者は自分にとって大切な存在を傷つけた奴、奪った奴って程度にしか認識されない。だから『同じ目に遭わせてやりたい』、『殺してやりたい』って思うのさ。それが人間の心ってものだ。そしてそこから生まれるのが、さっき言った恨みの連鎖さ……」


「だから愛紗は零治に殺されると言うのか……」


「その可能性は高いだろうね」


「だったら助けに行かなきゃいけないじゃないかっ!」


「そう言われてもねぇ……諸葛亮は僕達にここで待機してろと命じてるし、それに従わない訳にはいかないしね。そうだろ? 銀狼……」


「ああ。あのガキの作戦には不満はあるが、命令だからなぁ……」



金狼と銀狼はニヤニヤと意味深な笑みを浮かべながら、やたらと現在自分達に下されている指示の事を強調する。

この態度を見れば誰でも分かる。口ではこう言っているが、関羽達を助けに行くつもりなど無いと。



「なっ!? さっきは独断で動くための算段を企てていたくせに、ここに来て命令を盾に取る気かよ!!」


「あれ? 君って意外と耳聡いんだね」


「ったく。ウザったいガキだな。ならテメェはオレ達にどうしてほしんだよ……」


「決まってるだろ! 愛紗達が危険だと分かっているのなら、助けに行くべきだろ! それが仲間ってものじゃないかっ!!」


「仲間ねぇ……。悪いけど僕はアイツらの事を仲間なんて思っちゃいないよ。せいぜい……互いの利害が一致した上での協力関係者って程度にしか認識していないね……」


「オレもそうだな。アイツらを仲間なんて思った事は一度も無ぇな……」


「なっ!? お前ら……それでも人間かよ!!」


「やかましいぞ。北郷……」


「っ!?」



それまで終始無言のまま両腕を組みながら横で話を聞いていた黒狼が静かに口を開いて一刀を黙らせる。

別に怒鳴った訳でもないのに、その姿から放たれる異様な威圧感のおかげで一刀は押し黙る事しか出来なかった。



「北郷。関羽達を助ける手段なら他にもあるだろう……」


「他って……一体どんな……?」


「知れた事を。貴様が直接助けに行けば済む話ではないか……」


「なっ!?」


「あぁ、言われてみればそうだよ。北郷、君も少しくらい自分の力でどうにかする努力もしないとねぇ。なんたって君も僕達と同じ天の御遣いなんだ。他力本願は良くないと思うよ……」


「確かにそうだな。だいたい仮にオレ達三人が出撃したとしてだぜ、ここの守りは誰がするんだ? なんかあった時テメェ一人で対処できるのか……」


「そ、それは……」



出来るなどと言い切れるはずがなかった。

一刀も前線で関羽達の指揮をした経験が無い訳ではない。だがそれは周りの助けがあったおかげで成り立っていたのだ。

しかし、いま本陣にはそのサポートをしてくれる人間は不在。この状況で黒狼達三人を出撃させてしまえば本陣の守りは手薄どころか無いも同然になってしまう。

そんな時に、もしも本陣が危険にさらされるよな事態が起これば、陣に詰めている兵士達と劉備の命は一刀の双肩にかかってしまう。その上、自分の身も自分自身で守る必要になる。

そういった点から、黒狼達三人の言葉に対して一刀は口をつぐんでしまう。



「フッ。どうした。黙ってないで何か言ったらどうなんだ……」


「俺は……俺にそんな事は出来ない。俺はアンタら三人みたいに戦えるわけでもないし、朱里みたいに頭がいいわけでもない……」


「ほぉ。珍しく素直ではないか。まあ、見栄を張らなかった点は褒めてやろう……」


「だから……だから俺は三人に愛紗を助けに行ってほしいと言ってるんだ!」


「……それは命令か?」


「命令じゃない。同じ境遇同士の人としての頼みだ……」


「…………」


「…………」



黒狼は無言で威圧的な視線を一刀に向けるが、一刀もそれに臆する事無く、無言で正面から黒狼を見据える。

しばらく無言の睨み合いが続いたが、黒狼が口の端を歪め、無情とも言える言葉を一刀に言い放った。



「フッ。悪いが断る……」


「なっ!?」


「北郷。確かに貴様と私達は同じ境遇ではあるが、立場は対等ではない。名目上は私達より立場は上なのだろうが、実質は下ではないか。そんな奴の頼みを聞き入れる道理は無いな……」


「…………」


「それに、まだ関羽が死ぬと決まった訳ではない。仮にそうなったとしても、それは状況を見てより確実な判断を下さず、我々に待機を命じた諸葛亮の責任だ。それが戦場というものだ……」



一刀は何も言えない。言い返せる訳が無い。

黒狼本人が恐ろしい存在というのもあるのだろうが、何よりも黒狼が言ってる事が正論だからだ。

それに対して一刀が言ってる事は決して人として間違った事ではない。だがそれは一刀個人の意見、つまりは私情を挟んでいるのだ。戦場に私情など持ち込めば、待っているのは自分自身と仲間の破滅だけ。

そのくらいの事は一刀も理解している。だから何も言えないのだ。



「まあ、今の貴様にできる事は……せいぜい、関羽が影狼に殺されない事を神にでも祈っておく事ぐらいではないのか……」


(くっ! 俺は……俺は何も出来ないのかよっ! 愛紗達が危ないかもしれないっていうのに、ただ黙って見ている事しか出来ないのかよ!)



一刀は己の無力さを痛感しながら悔しげに下唇を噛み、両手を握りしめながら俯いてしまう。


………


……



「…………」



前線では未だに睨み合いを続けている零治と諸葛亮の部隊。

部隊内に走っていた動揺も何とか収まりはしたものの、そこから何か進展があった訳でもなく、相変わらず零治を前にして動けない状況が続いていた。



「……ん? 劉備軍の後方から砂塵……。フッ、増援が到着したか。さて、誰が来たかな……」



零治は眼を凝らし、砂塵の中でなびいている旗に眼をやる。



「……旗は……関、張、呂……趙……か。黒狼達は……居ないようだな。てっきり黒狼達をここに連れてくるかと思っていたのだが、違ったか。諸葛亮の奴、黒狼達の扱いに未だに頭を悩ませていると見える。だが……関羽達が来たというのなら好都合だ。こんなにも早くアイツらの借りを返す機会が来たんだからな……」



零治は劉備軍の後方からやって来る増援の砂塵を睨み付けながら静かに己の闘志を高めていく。



「朱里っ!」


「愛紗さん! お待ちしてました!」


「遅くなってすまない。状況は?」


「状況は変わらずです。音無さんが城門の前に立ち尽くし、そこから一歩も動こうとせずにこちらを睨み付けています」


「そうか……」



関羽は諸葛亮から状況を確認し、偃月刀を片手に零治に視線をやる。

相変わらず零治はそこから一歩も動こうとせず、双方睨み合いの状態が未だに続いていた。



「朱里。敵はあいつ一人だけなのか?」


「はい。今の所は……」


「だったらあんな奴、鈴々がさっさとやっつけてやるのだ!」



張飛が蛇矛を背に担ぎながら意気込むが、星が後ろから肩を掴んで張飛を引き止める。



「待て、鈴々! バカな事はするな!」


「星! 何で止めるのだ!? その手を離すのだ!」


「お主は忘れたのか!? 彼は董卓連合時、シ水関をたった五人で陥とした御遣いの一人なのだぞ! 考えも無しに挑んで勝てる相手ではないっ!」


「そんなの関係ないのだ! 鈴々はあんな奴なんかには絶対に負けないのだ!」


(ほお……。あのチビ、聞き捨てならん事を言いやがるな。まずは張飛から潰すか……?)



駄々っ子のように聞き分けようとしない張飛。それを必死に止めようとする星。

二人が押し問答を繰り返しているとき、呂布が二人の間に割って入ってくる。



「…………鈴々」


「にゃ? 何なのだ、恋?」


「…………星の言う通り。あの人、とても強い。一人じゃ勝つのは難しい」


「……そうなのか?」



正史では三国最強とさえも言われた呂布が、抑揚の無い声でいい、張飛が不思議そうな顔をする。

呂布は無言でコクンと頷き、言葉を続ける。



「…………たぶん、恋も一人だと勝つのは難しいと思う」


「……分かったのだ。なら、今は大人しくしているのだ」



張飛はようやく落ち着きを取り戻すが、関羽達としてはいつまでもこのままの状況を静観している訳にはいかないのも事実。

このまま時間を無為に過ごしていては、春蘭達が帰還してしまい形勢が逆転してしまいかねない。

だが、零治を目の前にして迂闊に動けない状況でもあったため、どうしたものかと途方に暮れてしまう。



「フッ。連中、オレを前にして下手に動けない状況にあるようだな。このままこうして春蘭達が戻ってくるまでの時間を稼いでも構わんのだが……それでは奈々瑠と臥々瑠の借りが返せない。ならば……動かざるを得ない状況にするまでだ……」



零治は未だに動こうとしない劉備軍に対して大声を発して挑発を試みる。



「どうした! この侵略者どもが! さっきまではあれだけ激しく攻め込んできていたというのに、オレを目の前にした途端逃げ腰になるか! たった一人の相手に闘いを挑む事すらできんとは……劉備軍とはとんだ腰抜け揃いばかりだな!」


「なっ!? 音無……言わせておけば……っ!」



関羽はこれまで零治に散々手痛い目に遭わされていたので、その挑発に過敏に反応してしまう。



「だ、駄目ですよ、愛紗さん! あれは挑発です! 相手の思惑に乗ってはいけませんよ!」



思わず前に飛び出しそうになった関羽を諸葛亮が必死の形相で服の裾を引っ張って止めに入る。



「くっ! それは分かってはいるが……奴を目の前にして何もできないこの状況が歯痒くて我慢ならんのだ……っ!」


「それは分かります。ですが、正面から挑んで勝てるような相手ではないのも事実です。とにかく、私が何とか打開策を考えてみますから、それまで辛抱してください」


「ああ……」


(ふんっ! やはりこの程度の挑発には乗って来んか……。ならば、奥の手を使うまでだ……)



零治はチラリと城壁の上で待機している亜弥に視線を走らせ、魔法による念話、テレパシーで確認を取る。



『亜弥。アレをやるぞ……』


『正直言って、この手はあまり使いたくはないのですが……』


『お前の言いたい事は分かる。だがこのままでは……』


『分かってます。奈々瑠を傷つけられて頭にきてるは私だって同じです……。今この時だけは、非情とも言えるこの手を使うとしましょう……』


『ああ。汚れ役はオレ達だけで充分だ……』



亜弥の意思を確認した零治は視線を劉備軍に戻し、叢雲を鞘から引き抜き、そのまま大きく振りかぶって、ブンっと横に薙ぎ払うように振り抜く。

次の瞬間、零治と劉備軍の間の地面に太刀筋による大きな一本の線が走る。



「なんだ!? 何が起こった!?」



突然の出来事に関羽達は身構えるが、特に部隊内の兵士達にも、そして自分達にも何の影響もない。

そんな反応の劉備軍をよそに、零治が叢雲の切っ先を突きつけながら静かに語りかける。



「その線は死の境界線だ。腕に自信のある者、主のために命を惜しまない者はその線を踏み越えてオレに挑んで来い……。ただし……その線を踏み越えたら生きては帰れないと思えよ……」



兵士達は息を飲み、足を竦ませる。

彼らは確かに主の理想のためなら命を惜しんだりはしないだろう。だが、いま目の前に居る人物は普通の人間とは次元が違うのだ。

あの線を踏み越えたら二度と生きて帰れない、その事に対する恐怖心が兵士達の心を完全に支配し、足を動かなくさせていた。

しかし、零治は兵士達の反応も予測済みだったようで、さらに言葉を続ける。



「ふん! 誰も来ないか……。ならばこちらから指名させてもらうぞ。呼ばれた者は前に出ろ。……まずは、関羽……」


「何?」


「張飛……」


「にゃ?」


「呂布……」


「…………?」


「そして……星……」


「っ!?」


「以上だ。さあ、来いよ……」



突如として零治に名指しされてしまった四人。しかし関羽達はどう対応したものかと戸惑い、前に進み出ようとしない。



「いいか、十秒だけ待ってやる。オレが十数え終える前にこちらに進み出ろ。さもないと、後悔する事になるぞ。……十……九……八……」



零治は関羽達を睨み付けながらゆっくりとカウントダウンを開始する。

関羽は零治に視線をやりつつ諸葛亮に顔を近づけて耳打ちする。



「朱里、どうする? 罠だと思うか?」


「分かりません。ですが、このまま音無さんの誘いに乗るのは得策ではないと私は思いますが……」


「しかし軍師殿よ。先ほど彼は、十数え終える前に進み出ないと後悔する事になるとも言っていたぞ。……彼の様子を見る限り、脅しではないと私は思うのだが……」


「それはそうなんですが……」


「朱里ー。早く決めないと、あいつ十数えきっちゃうのだ」


「……二……一……。時間切れだ。亜弥、殺れ……」


「了解……」



亜弥は零治の指示に従い、双龍に魔法で創り上げた光の矢を一本つがえ、城壁の上から劉備軍の一人の兵士に狙いを定め、矢を放つ。



「ぐあっ!?」


「なっ!?」



放たれた矢は兵士の胸を刺し貫き、射抜かれた兵士はそのまま仰向けに倒れて息絶えた。

突然の出来事に兵達の間には動揺が走り、関羽は零治を睨み付けながら怒鳴り散らす。



「音無! 貴様ぁ! 一体何の真似だ!」


「言ったはずだぞ。オレが十数え終える前にこちらに進み出ないと後悔する事になるぞ、とな……。だが貴様らは前に進み出なかった。これはその事に対する罰則だ……」


「なんだと!」


「いいか。もう一度機会を与えてやる。オレが十数え終える前にこちらに進み出るんだ。でないと、そっちの兵士達が無駄死にする事になるぞ。……十……九……八……」



零治は怒り狂う関羽の様子などものともせずに再びカウントダウンを開始する。



「音無……っ! もう我慢ならん!」


「はわわっ! あ、愛紗さん、駄目です! 向こうに進み出たら敵の思うつぼですよ!」



兵士を殺された事に対する怒りの炎を関羽は燃え上がらせ、偃月刀を握りしめながら前に進み出ようとするが、諸葛亮が服の裾を思いっきり引っ張って止めに入る。



「離せ朱里! このままではこちらの兵達が無抵抗のまま一方的に殺されるだけだぞ! 朱里はそれでも良いと言うのかっ!」


「そんな事は言ってません! 愛紗さん達だけで音無さんと闘うのは危険だと言ってるんです!」



関羽と諸葛亮が押し問答を繰り返す中、無情にも時間が来てしまう。



「……三……二……一……。残念だが時間切れだな。亜弥……」


「…………」



今度は二本の光の矢を亜弥は無言で双龍につがえ、再び兵士達に狙いを定め、二本の矢を同時に放つ。



「ぎゃっ!」


「ぐはっ!」



放たれた矢はまたしても兵士の胸を見事に刺し貫き、矢を撃ち込まれた二人の兵士はそのまま地面に倒れ込み物言わぬ屍と化した。



「なっ!? 音無、どういうつもりだ! なぜ今度は二人も殺したのだ!」


「言い忘れていたが、オレの呼びかけを一回無視するごとに殺す兵士の数は倍に増やすからな……」


「なんだとっ!?」


「一回目は一人。そしてさっきも無視したので、次は倍の二人だ。……どうする? また無視すれば今度は四人、その次は八人だ……これ以上は言わなくても分かるよなぁ……?」



零治は口の端を吊り上げ、氷のような冷たい笑みを浮かべる。

これにより零治の言葉が只の脅しではないという事が証明される。



「軍師殿、どうやら我らには他に選択肢が無いようだ……」


「はわっ!? せ、星さんまで何を言い出すんですか!?」


「クックック。よく分かってるじゃないか、星。……おい、諸葛亮……」


「っ!? な、何ですか……」


「お前だってもう分かってるはずだぞ。この戦いに本気で勝ちたいのなら、オレの呼びかけに応じるか、あるいは黒狼達をこの場に呼ぶ以外に選択肢は無い、とな……」


「…………」


「まあ、そのままオレと睨めっこを続けたいのならそれでも構わんぞ? ただし、そっちの兵士は一方的に殺される事になるし、ウチの主力が戻ってくるまでの時間も充分に稼げるからな……」


「…………」



無言で俯きながら諸葛亮は考えを巡らせるが、良い案など浮かびはしない。

黒狼達を使わずにこの戦に勝利するには、もはや零治の呼びかけに応じる以外に道は無いのだ。



「……愛紗さん、鈴々ちゃん、星さん、恋さん……」


「朱里よ、言わずとも良い。我らも思いは同じだ」


「心配しなくても、鈴々達はあんな奴一人なんかに絶対に負けたりしないのだ!」


「…………恋も、頑張る」


(結局こうなってしまったか。こちらは四人、恋も一緒とはいえ、果たして勝負になるのかどうか……。いかん、余計な事は考えるな。私は、私の成すべき事をするまでだ)


「……星さん? どうかしたんですか?」


「ん? あ、あぁ……すまない。少し考え事をな……。私なら大丈夫だ」


「そうですか。……では皆さん、ご武運をお祈りします」


「任せておけ。必ずや勝利してみせる! 三人とも、行くぞ!」


「おうなのだ!」


「ああ……」


「…………」



関羽達はそれぞれ意気込みながら己の得物を片手に、零治が地面につけた死の境界線を踏み越え、そのままゆっくりと歩み寄り、零治の前に対峙する。



「フッ。ようやくその気になったか。では、こちらも行くとするか……」



零治は叢雲を専用ベルトに差し込んで元に戻し、首の骨をコキコキと数回鳴らして、同じく関羽達の方へ歩み寄り対峙する。

その後ろ姿を、城壁の上から亜弥は無言で静かに見守る。



「…………」


「……まったく。まさか零治があんな手を使うとは思わなかったわ」


「そうですね。まるで……昔の彼を見ているようですよ……」


「昔の? それって元の世界に居た頃のって事かしら?」


「ええ。こちらの世界に来てから、零治は少しずつではありましたが人間らしさを取り戻していたように見えたんですが……奈々瑠達の一件が原因で完全に昔の彼に戻った、いや……一時的に昔の自分、五色狼の影狼と呼ばれていた頃の自分に戻した、と言うべきなのでしょうか……」


「どういう事?」


「まあ、これは神器が大きく関係しているんですがね……」


「亜弥、良かったら聞かせてくれないかしら?」


「ええ。……では華琳、貴方の眼から見て、私達の使っている神器はどんな風に見えますか?」


「どんな風にって……強大な力を秘めた武器、とでも言えばいいのかしら」


「そうですね。神器の持っている力は強大で現実にはあり得ないような現象も簡単に引き起こせてしまう。……しかし、そんな強力な力も無償で使えるほど現実は甘くはありません……」


「その言い方からすると、何かを代償にしなければいけないようね……」


「ええ。……私達神器使いはその強大な力を行使する際、精神……心の一部を代償にして力を使用しているのです……」


「……心の……一部?」


「要するに感情ですよ。……良心など、『善』の感情の事です。優しさなどのそういった感情は時として心の中に躊躇いを生み、戦いにおいて邪魔な存在となる。結果戦いに敗北しかねない。そうならないように神器は使い手の精神に作用し、そういった感情を使い手の中から排除して攻撃性を前面に押し出すんですよ……」


「攻撃性? 具体的に言うと?」


「……戦っている相手に対し怒りを感じるならその怒りをより強め、憎しみを感じているならその憎しみをより増長させる。元が残虐な人間ならその残虐性をより強める……。怒り、哀しみ、憎しみ……そういった人間の負の感情を戦いの力に変えるんです」


「亜弥、それは……戦闘中の一時的なものなのよね……?」


「…………」



華琳の疑問に亜弥は俯いたまま黙り込み、どう答えたものかと思い悩む。



「……亜弥?」


「華琳……」


「何?」


「これから私が言う事、くれぐれも他言無用に願いますよ……」



亜弥はいつになく真剣な表情で華琳を正面から見つめる。

その態度から、これから話す事はそれだけ重要な事なのだと華琳は即座に理解し、無言で頷く。



「では、先程の続きですが……確かにあくまで一時的なものです。ですが、全く影響が無いとは言い切れないのです……」


「…………」


「今のところ分かっている事は、神器の力を多用し続けると使用者の精神が蝕まれ、その結果、性格に変化をきたす、という事ぐらいです……」


「性格が変化? それって、温厚な性格の人がある日突然野蛮な性格になったりとか?」


「ええ。まさにそうです。でも……本当に危険なのはその先です……」


「その先……?」


「はい。先程も言ったように、精神が蝕まれるという事は精神が破壊される、つまり……心が壊れるんですよ……」


「心が……壊れる?」


「ええ。これは精神力が弱い人間ほどそうなりやすいんです。零治の精神力は強い部類に入るので、そこまで重症化する心配はないと思いますが……」


「もしそうなったら……零治はどうなるの……?」


「……死にます」


「なっ!?」


「もっと正確に言うと、『肉体的な死』ではなく、『精神的な死』です」


「精神的な……?」


「肉体的な死とは、文字通りその人物の身体の生命活動が停止する事を指します。それに対して精神的な死とは、分かりやすく言えば感情を無くすんです……」


「感情を……無くす……?」


「はい。その結果、感情を失った人間は自分から何かをするわけでもなく、また外的刺激に対しても一切反応を示さなくなる。ただ無気力に無意味な時間を過ごすだけ……いわば物言わぬ人形のような状態になる。これもある意味死んだも同然ですが、肉体的な死よりもはるかに残酷です……」


「なら……零治だけに限らず、貴方にもその危険が……」


「ええ。ですが私の神器、双龍は他の神器と比べると影響は比較的に軽い方ですので、そうなる可能性は低い方ですね。……ただ、零治の神器にはもう一つ危険が……」


「まだ何かあるの……」


「はい。それは……」


「ああああああっ!!」


「愛紗っ!」



急に城壁の前から零治の雄叫びと星の鋭い叫び声がし、亜弥の言葉が遮られる。

亜弥と華琳は何事かと視線を城壁の前の荒野に向ける。



「なっ!?」


「……この短時間で張飛と呂布を倒すとは。それに関羽との決着もついたようですね……」



零治達が居る荒野に視線をやれば、その先には零治のよって倒され、地面の上に横たわっている張飛と呂布と関羽の姿だ。

唯一無傷の状態で零治に対峙している星の隣で、関羽は両手で腹部を押さえながら身体をくの字に曲げて、痛みに悶え苦しみながら呻き声を漏らしていた。



「ぐ……っ! くぅっ! あぁ……っ!」


「はぁ、はぁ、はぁ……っ! 関羽、奈々瑠と臥々瑠の借りはそれで帳消しにしてやる。殺されなかっただけでもありがたく思うんだな……」



一体何があったのか、零治は酷く息遣いが荒くなっており、額にも汗が浮かび上がっている。

だが見た所、疲労しているような感じは見受けられず、どちらかと言うと精神的な疲労をしているように見える。

零治は何かを振り払うように頭を軽く横に振って、数回深呼吸をして精神を落ち着け、右手に握られているバタフライナイフをクルリと一回転させて刃をグリップの間に収納して、それをコートの下に納めてゆっくりと星に視線を向ける。



「はぁ……。さて、星……」


「っ!?」


「残るはお前だけだが……どうする? このままオレとの闘いを続行するか?」


「…………」


「星、知り合いのよしみだ。特別に見逃してやってもいいんだぞ? ただし、このまま大人しく自分達の領土に帰るんならの話だがな……」


「……そうはいきませぬ。今の私は劉玄徳に仕えている身。故に……退くわけにはいかないのですっ!」



ここまで来た以上、もう後に引く事など出来はしない。迷っている場合ではないのだ。

いま自分が闘わねば、仲間達が危険にさらされる。それだけは何としても避けねばならない。

星は闘う覚悟を決め、龍牙を構えて零治に対峙する。



「いいだろう。向かってくるんなら容赦はせんぞ……」


(くっ! 何という殺気だ! これが……零治殿の本気なのかっ!? ……だが、私も負けはしないっ!)



零治から放たれる殺気に星は思わず怯み、そのまま数歩後ろに下がってしまうが、腹に力を籠めて気合を入れ直し、何とか踏み止まる。



「ほお。よく耐えたな……」


「当然です。私とていつまでも昔のままという訳ではありませんのでな……。零治殿、全力で参ります!」


「フッ。ならばその全力とやらをオレに見せてみろよ……」


「…………」



双方が無言で対峙する中、辺りの空気に緊張が走り、零治と星の一騎打ちを見守る人々全員が、一瞬で勝負はつくだろう、そう思っていた。

だが、二人の闘いは思わぬ形で終わる事になる。



「……星、どうやらお前とは闘う必要はなくなったようだ。オレの本命が到着したみたいなんでな……」


「本命ですと?」


「あーあ……。これはまた随分と派手にやられたもんだねぇ」


「ったく。あの兵士、連絡に来るのがちと遅すぎやしなかったかぁ?」


「なっ!? 金狼、銀狼っ!?」


「はわわっ! お二人ともなぜここへ来たんですか!? 本陣はどうしたんですかっ!?」


「本陣には黒狼が待機してるから問題ないよ、諸葛亮。それにさ、僕達がここへ来た理由を説明する必要なんてあるの?」


「ああ。オレ達がここに来る理由なんざ一つに決まってんだろうが……。なあ、影狼……」


「…………」



零治と金狼、銀狼の視線がぶつかり、途端に辺りの空気は一変する。

息が詰まりそうなほどの緊張に満ちた空気がその場を支配し、劉備軍の一部の兵士達はその空気に耐えきれず腰を抜かす者や卒倒して気を失う者が続出する。



「クックック。いい殺気じゃねぇか、影狼。これな存分に楽しめそうだぜ……」


「なっ! ま、まさか……お二人とも、音無さんと闘うつもりですか!?」


「そのつもりだよ。まあ、僕の目当ては彼じゃないけどね。……それにさ、諸葛亮。この状況で僕達を使わずに勝てると本気で思ってるのかい?」


「そ、それは……」


「君の言いたい事も分かるんだけどさ、少しは状況を考えなよ。関羽、張飛、呂布の三人が彼に倒されて残っているのは趙雲だけなんだよ。正直言って部隊内から脱走者が出ていないのが不思議でならないよ。もう分かってるんだろ? 影狼達の相手が出来るのは僕達以外に居ないって事ぐらい。毒は同じ毒をもって制するって言うだろ?」


「…………」


「それとも君はこの戦いで劉備に負けてほしいのかい?」


「そんな事はありません……」


「なら答えは決まってるだろ? まあ、君達はそこで大人しく僕達の殺し合いたたかいを見ていなよ。きっと二度とお目にかかれないだろうからね……」


「……分かりました。お願いします……」


「おい、金狼。話は終わったのかよ?」


「ああ」


「なら行こうぜ。あの時の続きをしによ……」



話がまとまり、金狼と銀狼は各々が持つ神器を手にし、零治が地面につけた死の境界線の前まで足を進める。



「ん? 影狼、この線は何なんだい?」


「死の境界線さ……」


「ああ? だったらその線はテメェが踏み越えるべきなんじゃねぇのか? ここで死ぬのは影狼、お前なんだからな……」


「そのセリフ、そっくりそのまま貴様に返してやるぜ、銀狼……。さっさとその線を踏み越えて来いよ」


「けっ! 上等だぁ!」


「やれやれ、相変わらず短絡な奴だね。……そういう訳だ、趙雲。君はさっさとそこで倒れているお仲間達を連れて後ろに下がるんだね」


「…………」


「何? それともそこで僕達の闘いを観戦したいの? まあ、そうしたいんなら止めはしないけど……」



金狼はそこで言葉を区切り、ゆっくりと眼を閉じる。

だがすぐに眼を開き、ギロリと刺すような視線を星に向け、静かに口を開く。



「とばっちりを喰らっても僕らは一切責任を取らないからね……」


「っ!?」



その視線を受け、星の背筋に悪寒が走る。

金狼は口ではこう言っているが、その眼は全く別の事を語っている。

君がそこに居ても邪魔なだけだ。さっさと後ろに下がれ。でないと君も一緒に殺すぞ、と……。

本能的にその事を悟った星は、やむを得ず金狼の言葉に従う事にした。



「くっ! 承知した……。おい! すまんが誰か鈴々と恋に手を貸してやってくれ!」


「はっ!」



星は関羽に肩を貸し、張飛と呂布は兵士に肩を貸されながら諸葛亮の部隊内まで後退する。

その場に残されたのは零治、金狼、銀狼の三人のみ。



「さて、これで邪魔者は居なくなった。……白狼、君もそんな所で突っ立てないで降りてきなよ」


「…………」



亜弥は下から自分を見上げて呼びかけてくる金狼を無言で睨み付ける。

無論、彼女の中では既に答えは出ている。



「華琳……」


「ええ。行ってきなさい。必ず……零治と一緒に戻ってくるのよ」


「分かってます」



亜弥は城壁から地面まで一気に飛び降り、まるで羽毛のようにふわりと着地し、ゆっくりと零治の隣まで足を進める。

その場の緊張は更に高まり、劉備軍と華琳達はこれから始まるであろう御遣い同士の殺し合いを固唾を飲んで見守る。



「長かった。この日が来るのをどれほど待った事か……」



金狼は狂おしそうにゲイボルクをクルクルと振り回しながら構え。



「ああ。やっとあの時の続きが出来るんだなぁ……」



銀狼は狂気の笑みを張り付けながら村正を鞘から引き抜き。



「貴方達との因縁、今日で終わりにさせてもらいますよ……」



亜弥も双龍を鞘から抜き出し、剣首同士を連結させ弓形態ボーゲン・フォルムへ移行さ。



「御託など不要だ。来いよ。ケリをつけようぜ……」



零治は叢雲の鞘と柄の境目に左手の親指を押し当ててパチリと叢雲を弾き、鞘と柄の間から刃が姿を覗かせ、陽光を煌めかせる。

今この瞬間、狼同士の殺し合いが再び始まろうとしていた。

零治「ここの話、関羽達との戦闘描写が無い点は変わらないんだな」


作者「ああ」


亜弥「では、やっぱり次に回すんですか?」


作者「そのつもりだ。端折ろうかとも思ったんだが、あそこにも重要な事があるし」


奈々瑠「重要な事?」


作者「まっ、それは次回のお楽しみという事で」


臥々瑠「……あれ? 終わり?」


作者「終わりだが?」


零治「いつものおふざけはどうした?」


亜弥「もしや熱でもあるんですか?」


奈々瑠「それとも拾い食いでもして頭がおかしくなったんですか?」


臥々瑠「大変だぁ! 作者が壊れちゃったよ!」


作者「お、お前らなぁ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ