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第39話 反撃の刻

今回の話ですが、犬耳姉妹の戦闘シーンに大幅な変更が加えてあります。

よくよく考えたら、何で前回はこうしなかったんだろうか……。

やはりまだまだ甘いという事なんでしょうね。

「姉さん! 風がもう少し兵を送ってくれって!」


「何を言ってるんですか!? これ以上は無理ですよ!」


「分かっとるけど、それを何とかするのが姉さんの役目やろ!」


「無茶言わないでくださいよ! 予備の兵力が無い状態で、どうやって援軍を送れと言うんですか!」



亜弥は怒鳴り散らしながら双龍で矢の早撃ちをし、迫りくる敵兵を次々と一撃で仕留めていくが、状況は劣勢のままである。

無論ここだけに限らず、風と桂花が受け持っている部隊も厳しい状況に立たされていた。



「真桜! 華琳の所の状況は!」


「押されとるよ! やっぱり兵隊が足らんのが響いとるみたいや!」


「くっ……!」



亜弥は悔しげに歯ぎしりをしながら華琳の部隊が展開している最前線を見つめる。

今、華琳が相手にしているのは関羽と呂布の混成部隊なのだ。奈々瑠と臥々瑠が一緒に護衛としてついているとはいえ、未だに陣形を保てているのが不思議なくらいである。



「……こんな所で終わりだというのですか……? いや、まだ負けと決まった訳ではない! ……真桜!」


「なんや!」


「ここは貴方に任せます! 私は華琳の所に向かい、撤退するよう進言してきます!」


「……え? あ、ちょっと、姉さん!?」



亜弥は真桜の言葉には耳を貸さずにそのまま馬に飛び乗り、電光石火の速さで戦場を一気に駆け抜けていった。

混戦が続く中、真桜と兵士達はポツーンとその場に立ち尽くす。



「李典将軍……!」


「ああもう! ウチらは城に下がる道を確保すんで! 桂花と風にも伝令出しぃ! 姉さんと大将にもそう伝えるよう、誰か走ってくれんか!」


「了解ですっ!」


………


……



「はああああっ!」



裂帛の気合いと共に、最前線で華琳は絶を振るい、次々と劉備軍の兵を切り伏せていく。



「ふ……っ。私自ら、剣を振るうまでの事態になるとはね……。しかし、それもまた良し!」


「てしゃあああっ!」


「失せろ下衆が!」


「がはぁっ!」



一人の兵士が雄叫びを上げながら華琳に突撃してきたが、華琳はいとも簡単に相手を一刀両断の下に斬り伏せる。



「雑魚は下がれ! 私が相手をするのは強者のみ! 誰か居ないか! 曹孟徳はここに居るぞ!」



華琳は力強く声を発し、周囲に群がる敵に呼びかける。

その姿はとても雄々しく、王であると同時に一人の猛者。まさに覇王と呼ぶに相応しい姿をしていた。

護衛として近くで一緒に戦っている奈々瑠と臥々瑠もその姿に呆気にとられる。



「華琳さん……凄い……」


「て言うか、アタシ達が居なくても余裕なんじゃないの?」


「何を寝惚けた事を言ってるのアンタは!? 確かにあの強さは凄いけど、私達は華琳さんの護衛としてここに居るのよ!」


「分かってるよ。だから耳元で怒鳴らないでよ。……でも、このままじゃやばいんじゃない……?」


「ええ。今は一般兵だけみたいだけど、もしもここに指揮官クラスの人間が現れでもしたら……」



そして不幸にもその予感は見事に的中してしまう。



「曹孟徳! いざ尋常に、勝負っ!」


「関羽か! ……なるほど。貴方ならば相手にとって不足無し! 来なさい!」


「参る! でぇぇぇいっ!」



関羽は気合を込めた渾身の一撃を華琳に放つが、華琳はそれをすかさず受け止める。



「容赦なしという訳ね……。……はあっ!」



負けじと華琳も二連続の斬撃を関羽に浴びせ、反撃する。



「くっ……。……伊達に前線に立つわけではないか。……なかなかやる!」


「舐めてもらっては困るわね。しかし……さすが関羽……良い腕だわ。どう? 私の下に来ない?」


「この状況で減らず口を……!」


「ちっ……!」



華琳の絶と関羽の青龍偃月刀が激しくぶつかり合い、火花を散らす。

華琳も春蘭や秋蘭を相手に鍛錬を積んでいたので善戦こそするものの、根っからの武人である関羽が相手ではやはり状況は厳しく、次第に押され始める。



(……さすが天下に謳われた関雲長。まともにやり合えば……保ってあと数合というところかしら)


「ああもう! 奈々瑠が余計な事を言うからっ!」


「人のせいにしないでよっ! とにかく、周りの敵を片付けて華琳さんの援護に向かうわよ!」



だが、不幸は立て続けに起こるもの。状況は更に最悪の方向へと進んでいく。



「ぎゃああああっ!」


「ぐわぁっ!」


「な、何!? 何が起こってるの!?」


「な、奈々瑠! あれ! あそこから誰かが向かってくる!!」



味方の兵士達が鮮血を吹き出しながら次々と斬り伏せられていき、人垣の中に一筋の道筋が作られていき、道筋の中から騒ぎの張本人である呂布が姿を現す。



「…………みつけた」


「おお、恋か」


「…………ちっ!」



華琳は忌々しげに舌打ちをする。



「なっ! コイツって、呂布!?」


「やばいよ! これホントに不味いって!」


「恋。お主は周りを頼む。私は曹操を……っ!」


「……遅い」


「なっ!」


「…………っ!」



呂布が放つ強力な一撃。

華琳は咄嗟に反応し、何とかそれを受け止めるが、関羽との打ち合いでの疲労と先程の一撃が関羽とは比べ物にならないほど強力だったため、華琳は体勢を崩されてしまう。



「くっ……」


「曹操! その首、貰ったーーーっ!!」



この状況を好機と見た関羽が華琳にとどめの一撃を放つ。



(ダメっ! やられる!)



華琳は思わず眼を瞑る。



「華琳さんっ!!」


「なっ!?」



しかし、関羽の一撃は華琳には届かなかった。自分がまだ生きてる事を理解した華琳はゆっくりと眼を開く。その視線の先に飛び込んできた光景、それは……。



「くっ……! あぁ……っ!」


「な、奈々瑠っ!?」


「奈々瑠!?」



奈々瑠は苦悶の表情で胸を左手で押さえつけながら辛うじて立っている。

奈々瑠は咄嗟に身を挺して華琳を庇い、関羽の一撃を代りに受け止めたのだ。しかし、攻撃は思いのほか深く、奈々瑠の胸には斜めに大きな切り傷が走り、傷口からは多量の血が流れ出ていた。



「か、華琳……さん。大丈夫……ですか……?」



胸に鋭い痛みが走っているというのに、奈々瑠は華琳の方に視線を向け、作り笑いを浮かべながら安否を尋ねる。



「私なんかよりも貴方がっ!」


「私は平気……ですよ。頑丈さが取り柄……ですから……。うっ……くぅ……っ!」



本人は平気と言ってはいるが、それが強がりなのは誰が見ても明らかであった。

顔色はどんどん悪くなり、額にも脂汗が浮かび上がり、立っているのがやっとの状態である。



「奈々瑠、しっかりして! ほら! アタシの肩に掴まって!」


「わ、悪いわね……臥々瑠……」


「自ら身を挺して主を庇うか。敵ながら天晴な奴だ。だが、その状態ではもはや戦えまい……」


(くっ! どうする。奈々瑠はこんな状態だし、何より関羽と呂布を相手にして彼女を守りながら戦うなんてどう考えても無理だわっ!)



華琳は何とかこの状況を打開できないか必死に頭を働かせるが、何一ついい考えなど浮かばない。



「華琳さん……」


「なに! どうしたの!?」


「華琳さん。臥々瑠を連れて……城まで後退してください……」


「なっ! 貴方はどうする気なの!?」


「私が……ここに残って時間を稼ぎます。さあ、はや……くっ!」


「馬鹿な事を言わないで! 貴方をここで死なせてしまったら、私は零治達に顔向けができなくなるわ!」


「私は……この程度じゃ死にませんよ。私も臥々瑠も……普通の人間とは……身体の構造が違います……から。……臥々瑠、華琳さんと一緒に……城まで……っ!」


「やだ! やだぁ!! 奈々瑠を見捨てるなんて絶対にやだぁ!!」



奈々瑠の無謀ともいえる提案。しかし、もはやそれしか道は無いだろう。

だが臥々瑠はそれを聞き入れず、駄々っ子のように泣きじゃくりながら奈々瑠にしがみついて離れようとしない。



「我儘……言わないの。ここで華琳さんが死んだら……私達全員が終わりなのよ。だから…………行きなさいっ!!」



奈々瑠は臥々瑠を華琳の所にドンっと突き飛ばし、華琳がそれを抱き止める。



「奈々瑠っ!?」


「華琳さん。臥々瑠の事……お願いします。……待たせたわね」



奈々瑠は関羽の方にゆっくりと向き直り、千鳥を構え直し、戦闘態勢を取る。



「娘よ。そこをどけ。そのような状態で私に勝てると思っているのか」


「…………」



奈々瑠は何も言わず、ただ関羽に殺気を籠めた眼で睨み付ける。

それが答えだと関羽は判断し、ゆっくりと偃月刀を構える。



「よかろう。向かってくるのなら容赦はせぬ。……恋、お主は手を出すな。お前は周りの敵を頼む」


「…………」



呂布は無言で頷き、周辺の敵の掃討を開始する。

それと同時に奈々瑠は鋭く叫びながら関羽に向かって一直線に突撃する。



「華琳さんっ! 行ってください!!」


「奈々瑠っ!?」


「奈々瑠ーーーーっ!!」



奈々瑠は少しでも時間を稼ぐため、出来るだけ関羽を足止めしようと、傷の痛みなど気にも留めずに持ち前のスピードを生かした連続攻撃を浴びせる。



「くっ! 手負いだというのに何という奴だ!」


(くぅっ! ダメ……傷のせいで、思うように身体が……っ!)


「やはりその身体では無理があったようだな。……はあっ!」


「くぅっ!」



深手を負わされていたため、奈々瑠は普段通りに動く事が出来ず、ほんの一瞬の隙を関羽に突かれ、奈々瑠は押し返され体勢を崩してしまう。



「さらばだ。できる事なら……お主とは違う形で出会いたかった……せぇぇぇいっ!」


(あぁ……ここまでか。最後に……兄さんの顔を見たかったなぁ……)



奈々瑠は目の前に迫ってくる偃月刀の刃を見て死ぬ覚悟を決め、ゆっくりと眼を閉じる。

その光景は臥々瑠の眼にもしっかりと映っており、崩れ落ちる奈々瑠に関羽の偃月刀がゆっくりと迫りくるように見えた。



(やだ……。奈々瑠が死んじゃう。やだ……そんなのやだ。……助けなきゃ。奈々瑠を……助けなきゃ!!)



臥々瑠の悲痛な想いに反応するように、心臓が激しく脈打ち、胸が締め付けられるような痛みが走る。



「あっ! ぐっ……くぅ……っ!」


「臥々瑠! どうしたの!?」


「…………な」


「えっ?」



臥々瑠は何か呟いたが、声が小さすぎて聞き取れず、華琳は首を傾げる。

だが臥々瑠は身体をわなわなと震わせ、発する声も次第に大きくなる。



「お……に……な……っ!」


「臥々瑠! さっきから何を言って……!?」


「お姉ちゃんに……な……っ!!」


「お姉ちゃん……?」


「お姉ちゃんに…………手を出すなあぁぁぁぁぁっ!!」


「なっ!? きゃあっ!」



突如として臥々瑠は咆哮のような怒鳴り声をあげ、周囲の空気を激しく震わせる。

華琳は思わず臥々瑠から手を離してしまい、臥々瑠から放たれる衝撃波に押されて地面に尻もちをついてしまう。



「うああああああっ!!」


「なっ!? くぅっ!」



臥々瑠は裂帛の気合いと共に鋭い雄叫びを上げながら関羽に向かって一直線に飛び込み、奈々瑠に迫ってくる偃月刀に向かって拳を叩き込み、関羽を後方へと押し返した。

臥々瑠はそのまま地面に着地して、倒れ落ちる寸前の奈々瑠を抱き止める。



「お姉ちゃん! 大丈夫!?」


「臥々瑠……ア、アンタ……何で逃げ……なかったのよ」


「アタシは……大切なお姉ちゃんを置いて逃げたりなんかしない!」


「……アンタ……久しぶりね。私の事をお姉ちゃんって呼ぶの……」


「それ以上喋らないで。……華琳、お姉ちゃんをお願い」


「え、ええ。……貴方はどうする気なの?」


「……アタシがお姉ちゃんに代わってここで時間を稼ぐ。だから今の内にお城まで逃げて!」


「なっ!? 無茶よ! いくら貴方でも一人で戦うのは危険すぎるわ!」


「大丈夫。今のアタシは……誰にも負けない!!」



臥々瑠は背中で華琳に語りかけ、鞘に納めていた鵜丸を引き抜き構えを取り、周りに群がる劉備軍に向かって静かに口を開く。



「来るなら来てみろ。二人には指一本触れさせない。もしも二人に手を出そうとしたら……このアタシがお前ら全員……殺してやる!!」



臥々瑠から放たれる凄まじい殺気に一般兵達は気圧されて動けなくなるが、関羽はそれに怯む事も無く、臥々瑠に向かって偃月刀を構え直して対峙する。



「凄まじい闘気だな。だがこの状況をみすみす逃すわけにはいかんのでな。私が相手をしてやる」


(コイツがお姉ちゃんを……お姉ちゃんを傷つけた! 絶対に許さない……っ!)



臥々瑠は関羽に対して激し憎悪を募らせ、その心は姉を傷つけた者に対する憎しみと言うどす黒い感情で真っ黒に塗りつぶされる。



「お前だけは……お前だけは許さない! 覚悟しろっ!!」


「来るがいい!」


「うおらあぁぁぁぁっ!」



臥々瑠は雄叫びを上げながらまたもや関羽に向かって一直線に飛びかかり、右腕を後ろに引いて斬りかかる体勢を取る。

関羽まで目と鼻の先までの距離まで縮まった所で、その喉元を斬り裂くような勢いで右手に握られている鵜丸を空中に居るまま振り抜く。



「なっ!? 速い! ……くっ!」



関羽はその凄まじい速度に対処しきれないと思い、咄嗟に身を屈めて迫りくる刃を躱した。

しかしその時、たまたま関羽の後ろに並んで立っていた三人の兵士達に異変が起きて、後ろから兵士達の悲鳴が聞こえてくる。



「どうした! 何があっ……なっ!?」



不審に思った関羽は後ろに振り返る。

その視線の先にあったものは、首を刎ね飛ばされた三人の兵士達の死体だ。

関羽は理解できなかった。なぜ自分の後ろに居る兵士達が死んだのだと疑問しか浮かばない。

仮にあの三人が臥々瑠の刃で絶命したとしても、それだけでは説明がつかない。

後ろに立っていた兵士達と臥々瑠との距離は約三mは離れている。どう考えても臥々瑠の鵜丸の刃が届くような距離ではないのだ。

しかし、関羽のそんな心境などお構いなしに臥々瑠の猛攻は続く。



「よそ見してるんじゃねぇぇぇぇぇっ!!」



関羽に対する激しい怒りのせいなのか、臥々瑠は普段の姿からは想像もつかないような口汚い言葉で怒声を上げながら、空中で身体をグルリと捻りながら回転させて右脚を大きく振り上げ、関羽の頭部に狙いを定めながら踵落としを繰り出す。



「ぐっ! くぅ……っ!」



関羽は偃月刀を両手で水平に持ちながら頭上に掲げて、柄の部分を使って臥々瑠の強力な踵落としを辛うじて受け止める。

幸いな事に偃月刀が折れる事はなかったが、その衝撃は強烈で、両腕の骨に物凄い負荷がかかり、ミシミシと骨がきしんだ。



「よく防いだじゃないか……。でも次は無いぞ! 今度こそ、そのドタマかち割ってやるっ!!」


「何という怒りだ。このまま時間を掛けるのは危険か。……皆の者! 私がこの者を引き付けているうちに曹操を討ち取るのだーーーっ!!」


「「「おおおおおっ!!」」」



関羽の指示に従い、劉備軍の兵士達は各々の武器を掲げながら雄叫びを上げ、華琳と奈々瑠に向かって突撃する。

だが、それが間違いだとすぐに思い知らされる。



「二人に手を出すなっつってんだろうがあぁぁぁぁっ!!」



臥々瑠はまたもや口汚く怒声を上げ、その場から素早く跳躍して華琳達の前に着地して、右腕を大きく後ろに引き、迎撃態勢を取る。兵士達との距離は約二~三mだろうか。そして……。



「死ねええええええっ!!」



臥々瑠は兵達が接触する前に右腕を振り抜く動作に入る。だがどう考えても刃が届くような距離では無い。

しかし、腕を振る動作に入った瞬間に鵜丸の刃にある異変が起きていた。

鵜丸の刀身から超高圧の水が吹き出し、瞬く間に迫りくる兵士達の胴体を一文字に斬り裂いて、兵達は断末魔を上げる事すら叶わずに物言わぬ屍と化した。



「なっ!? 何だ今のは! 一体何が……っ!?」


「奈々瑠。今のは……一体……」


「わ、分かりません。ただ……今、あの子の鵜丸の刀身から……水が吹き出したのが見えたような……」



そう。先ほど関羽の後ろに居た三人の兵士達の命を奪った正体もまさにこれなのだ。

そして今の臥々瑠は、以前零治との模擬戦で見せた異変と同じ状態になっている。

あの時と唯一違う点があるとすれば、それは自我が保たれている点だろう。



「はぁ、はぁ、はぁ……っ! どうした! 次にこうなりたい奴は誰だ! 死にたい奴から前に出ろ! みんな……アタシが殺してやる……っ!」



臥々瑠は凄まじい剣幕で劉備軍の兵士達を見据えながら怒声を上げる。

今の臥々瑠はまさに鬼神。そう表現するに相応しい姿をしている。

しかし、流石の臥々瑠も激しく消耗しているのか、顔色から疲労感が現れ、息遣いも激しくなっていた。



「くっ! もはや私がやるしかないか……」


「…………愛紗」


「ん? おお! 恋か!」



華琳が引き連れていた兵達を掃討しながら追い散らしていた呂布がその場に戻ってくる。

またしても状況は最悪の展開になってしまった。



「…………恋があいつの動きを止める。その隙に……」


「うむ! 頼むぞ!」


「か、華琳……さん! 臥々瑠を……あの子を……止め……っ!」


「分かってるわ! 臥々瑠! 貴方も逃げなさい! そんな疲労した状態じゃ勝ち目は無いわ!!」


「アタシは逃げない! コイツらは敵なんだ! みんなを……お姉ちゃんを傷つけた敵なんだ! 報いは受けさせる!!」



華琳の言葉にも臥々瑠は耳を貸そうとはせず、一歩も退こうとはしない。

だが、今の状態で戦えばいくら臥々瑠でもタダでは済まない。そんな事は本人も承知の上である。

しかしそれでも、臥々瑠は一矢報いらねば気が収まらないのだ。



「…………行く」



呂布が地面を蹴り、臥々瑠との間合いを一気に詰め、戟を振り下ろす。



「っ!? こなくそぉっ!!」



臥々瑠は左手の鵜丸の刃で呂布の一撃を間一髪の所で受け止めるが、やはり蓄積している疲労のせいで完全には受け止めきれず、そのまま後方へと押されてしまうが、寸での所で踏み止まり、鍔迫り合いをするかの勢いで戟の刃を押し返そうと左腕に力を籠める。



「くっ! ……うらぁ!!」


「!?」



双方一歩も退かない状態だったが、臥々瑠が呂布の持つ戟の刃の下を滑らせるように左手に持つ鵜丸の刃を振り抜いた事で呂布はそのまま前方にバランスを崩してしまう。



「これで終わりだぁっ!!」



臥々瑠はここぞとばかりに今度は右手の鵜丸を振り、呂布の喉元を斬り裂きにかかる。

誰もが勝負があったと思っただろう。だがその時、臥々瑠にも異変が起きてしまう。



「えっ……?」



臥々瑠はまるでスイッチが切れた人形のようにカクンと地面に片膝を突いてしまい、その一撃も完全に空振りしてしまう。どうやら限界が来てしまったようだ。



「…………愛紗。今……」


「応! これで終わりだーーーっ!」



呂布の言葉に応じるように関羽は臥々瑠に向かって突進し、偃月刀を振り上げる。



「臥々瑠! 逃げてーーーーっ!!」



奈々瑠が涙目で右手を伸ばしながら悲痛な叫び声を上げる。

臥々瑠は無気力な表情で上を見上げ、陽光を煌めかせながら迫りくる偃月刀の刃が眼に飛び込んできた。



(ウソ……ここまでなの……? せっかく……お姉ちゃんを助けられると思ったのに。……お姉ちゃん、ゴメンね。アタシ……役に立てなかった……)



臥々瑠は役に立てなかったと思い、自分の無力さを呪いながらその胸中で奈々瑠に対して詫びの言葉を述べ、死を覚悟し、眼を閉じる。

だがその時、どこからかヒュンっと空を切る音が臥々瑠の犬耳に届き、臥々瑠はゆっくりと眼を開き、音がした方向に視線を向ける。

その方角から、刀身が真っ赤な三本の投擲ナイフが陽光を煌めかせながら関羽に向かって飛来してくる。



「なっ!? くぅっ!」



咄嗟に反応した関羽は、偃月刀をヘリのローターのようにグルグルと回転させ、ナイフを弾き飛ばす。

弾かれたナイフは宙を舞いながら周辺に散り、トストスと音を立てて地面に突き刺さる。



「くっ! 何者だ! 姿を見せろ!」



関羽は周りに怒鳴り散らしながら周囲をきょろきょろと見回す。

次の瞬間、関羽の目の前に霧散する雲ヴォルケ・フェアシュヴィンデットで転移してきた零治が姿を現す。



「望み通り出てきてやったぜ……」


「なにっ!?」


「遅いっ!」


「ぐぅっ!」


「呂布。貴様も一緒に仲良くフッ飛べ……」


「……くぅっ!」



居合の構えを取って現れた零治は関羽と呂布に渾身の一太刀を打ち込む。

関羽と呂布の二人は何とか防ぐ事は出来たが、勢いまでは受け止めきれずにそのまま遥か後方に揃って弾き飛ばされてしまう。



「臥々瑠っ!」


「兄……さん……?」


「ああ! そうだ! オレだ!」


「兄さん……来るの……遅いよ……」


「すまない。臥々瑠……今までよく頑張ったな。偉いぞ。ほら、オレの手に掴まれ」


「うん……」



臥々瑠は零治が差し出してきた右手を両手で掴み、そのまま引っ張り上げられるようにフラフラと何とか立ち上がってみせる。



「奈々瑠……」


「あぁ……兄さん。来て……くれたんですね。よかった。これで……」



奈々瑠は零治の姿を確認し、安堵の笑みを浮かべながら華琳の腕の中で意識を失った。



「お姉ちゃんっ!?」


「……大丈夫。気絶しただけよ」


「よかったぁ……」


「それよりも零治! 貴方、どうしてここに!?」


「詳しい説明は後だ。今はそれより、ここを突破しないとな……」



と、その時、後方から駆けつけてきた亜弥が合流してくる。



「華琳! って、零治!? 貴方、いつ戻ってきたんですか!?」


「ついさっきだ。戻ってきたらすでに戦闘が始まっていやがったし……何より……」


「っ!? 奈々瑠! 誰にやられたんですか!?」


「関羽にやられたのよ。私を庇って……。二人とも……ごめんなさい。私のせいで……」


「お前のせいじゃないさ。だから気にするな。……亜弥、お前は華琳達を連れて城まで後退しろ」


「なっ! 零治! ここまでされて退けと言うのっ!? 劉備を相手に負けを認めろと!」


「そうだ……。だが、まだ負けたわけじゃない。城まで下がり、春蘭達が合流すれば活路は開ける……」


「嫌よ! あの子のような甘い考えに膝を折るなんて……この私の誇りが許さないわ!」


「だから関羽と呂布の二人を相手に正面から戦っていたというのか? バカな考えをおこすな……」


「馬鹿で結構。理想を貫く事が馬鹿と言うなら、それは私にとって褒め言葉だわ。それで野に散ったとしても、本も……」



零治は聞き分けない華琳の頬を引っ叩き、その場にパンっと乾いた音が響く。



「…………っ!」



零治の突然の行動に亜弥も臥々瑠も、そしてぶたれた華琳自身も唖然とする。



「ふざけた事を言ってんじゃねぇぞ、華琳!」


「れい……じ……?」


「この一戦を負けただけで、お前が劉備に負けた事になるのか! 違うだろ! 真の敗北は、地に膝をつき、命を取られたとき、信念が折れた時が真の敗北っていうんだろ!」


「…………」


「お前はまだこうして生きてる。そしてその信念もまだ折れていない。だから、まだ負けてはいない! 今は城まで一旦下がり、体勢を立て直し、春蘭達が戻ってくるまで持ちこたえるんだ。そうすれば、この戦いはオレ達の勝ちだ」


「……零治」


「少しは落ち着いたか……?」


「……ええ。どうやら劉備との舌戦で少し頭に血が上っていたようね」


「それは珍しい。一体何を言われたんだ?」


「それはこの戦いを乗り切ったら教えてあげるわ。今はそれよりも一度城に下がるわよ。奈々瑠の傷の手当てもしないといけないわ。亜弥、他の隊への指示は?」


「ご心配なく。ここへ来る途中で済ませておきました。後は私達だけです」


「なら、お前達は先に行け。それと亜弥、こいつを渡しておく」



零治は懐から野球ボールぐらいの大きさの茶色の丸い陶器の容器を数個取り出し、それを亜弥に手渡す。



「ん? 何ですか、これは?」


「爆弾さ。と言っても、そいつは煙玉だがな」


「いつの間にこんな物を。……使い方は?」


「そいつを地面に叩き付けるだけさ。その衝撃で中に詰められてる火薬が反応して爆発し、煙幕が張れる仕組みになっている。逃げる時間稼ぎぐらいはできるだろう」


「分かりました。で、貴方はどうするんですか?」


「オレか? オレは……ちょいとこいつらに用があるんでな……」



零治はゆっくりと関羽と呂布に向き直り、ギロリと殺気の籠った視線で睨み付ける。



「……零治、くれぐれも無茶はしないように」


「ああ。事が済んだらすぐに後を追う……。それと城に着いたら城門は閉めて構わん」


「分かりました。……華琳、貴方は臥々瑠と一緒に私の馬を使ってください。奈々瑠は私が城まで運びます」


「分かったわ。さ、臥々瑠……」


「う、うん……」



馬に跨った後も奈々瑠の事が気がかりで、臥々瑠はチラリと亜弥の腕に抱きかかえられている奈々瑠に視線を向ける。



「大丈夫です。貴方の大切な姉は、私がちゃんと城まで運んであげますから」



亜弥は穏やかな笑みを浮かべながら安心させるように優しい口調で臥々瑠に言い聞かせる。



「ん……?」



奈々瑠の容体を見ていた亜弥の視線が胸に巻かれている革ベルトに止まる。

関羽の一撃を受けて軽く斬り裂かれたのだろうか、その裂け目から何やら配線のコードやら機械の部品らしきものが姿を覗かせており、損傷してしまったのか軽い漏電を起こしながら火花が中で散っている。



(これは……何かの機械……? 一体これは……)


「おい。何してるんだ。早く行け。敵はいつまでも待ってはくれないぞ」


「むっ。そうですね。……では華琳、先に行きますよ」


「ええ。……零治、必ず戻ってきなさいよ」


「フッ。オレはこんな所で死ぬつもりはないぜ」


「そうだったわね。……行くわよ、臥々瑠。飛ばすからしっかり掴まってなさいよ」


「うん」


「はっ!」



華琳は馬に鞭を打ち、先行する亜弥の後を追いながら城へと撤退を開始する。



「なっ! 待て! 曹操!」


「おい。どこへ行くつもりだ? お前らの相手はオレがしてやるよ……」


「くっ!」



追撃しようとする関羽と呂布の前に、そうはさせまいと零治が立ちはだかり、鋭い睨みを利かせる。

その視線に気圧され、関羽と呂布、そして周りの兵士達も足を竦ませ一歩も動けなくなってしまう。

まさに蛇に睨まれた蛙の状態である。



「関羽。オレの妹達が随分と世話になったみてぇじゃねぇか。あぁ……? ただで済むと思うなよ……」


「愛紗! 曹操の軍が撤退を始め……零治殿っ!?」


「よう。星。久しぶりだな。反董卓連合以来か……」


「そうですな。ですが……このような形の再会はしたくありませんでしたな……」



星としては今の言葉は間違いなく本心なのだろう。

しかし、零治はその言葉がよほど可笑しいのか、そんな姿の星を嘲笑うかのように乾いた笑い声を漏らしながら言い放つ。



「クックック。星、オレ達はいま戦争をしてるんだぜ? 互いに仕える主君の信念と誇りを懸けてな……。武人であるお前までもがそんな甘い事を抜かすとは……これもあの女、劉備の影響か……?」


「…………」


「それになぁ、星。オレは今、物凄く機嫌が悪くてお前との再会の形が何であれ、それを素直に喜べないんだよ……。そこに居る関羽のおかげでな……」


「何ですと? それはどういう事です」


「気になるんなら本人に直接訊くんだな。……で、どうする? あの時の続きを今この場でするか? オレは一向に構わんが、あの時と今では事情が違う。それに機嫌も悪いんでなぁ。手加減は出来んぞ……」



零治の放つ殺気はますます膨れ上がり、それと同時に体内で生成されている魔力も増大する。

その時、その凄まじい殺気を感じ取ったのか、零治の頭の奥から死神の声が響いてくる。



『おーおー。いい殺気してるねぇ。よっぽどあの女の事が許せないらしいねぇ……』


「…………」


『ど~れ。なら、この私も今回は手を貸すとしようじゃないか』


「何……?」



零治が死神の言葉を疑問に思い、チラリと自分の背後に視線をやれば、そこには忌むべき存在である、大鎌を片手に持ち、漆黒のローブをなびかせ、歯をカチカチと打ち鳴らしている死神の姿が確認できた。

これで一体何が出来るのかと疑問に思っていた時、前方の劉備軍の兵士達から悲鳴のような声が出てきたので何事かと零治は前に視線を戻す。



「なっ!? なんだこれは!? まさか……音無の奴、妖術使いなのか!?」


「あん? ……ひょっとして見えているのか……?」


『カッカッカ。そうさ。今の私は誰にでも見えるし、声も聞こえるよ。……さ~て、死にたいのは誰だい? この私が冥府魔道へ送ってあげるよ……』


「一体どういうつもりだ……」


『……な~に。単なる気まぐれさ』


「そうは思えんが。……それに、お前の出番は無さそうだぞ」


『何だって?』



零治はチラリと後方に視線を走らせる。

城との距離はそれなりにあるので、華琳達が中に入る所までは分からないが、城門が閉められているのは確認できた。つまり、撤退が完了したという事である。



「見ての通りだ。まっ、お前のおかげで充分な時間稼ぎは出来た。その点は礼を言っておく……」


『なんだい。これから面白くなるって時にさ……。まあいいさ。戦いは始まったばかりなんだ。まだまだ楽しみはありそうだからねぇ。私は一旦失礼させてもらうよ。カッカッカ』


「悪趣味な奴め。オレも行くとするか……」



死神は歯を打ち鳴らしながらその場から霧散するように姿を消し、零治もクルリと踵を返し、城へと帰還しようとするが、そうはさせまいと関羽が怒声を上げる。



「そうはいかん! 音無! 曹操の前に、まずは貴様をここで討つ!」


「お前の相手は後で幾らでもしてやる。まずは……地面に刺さってるその短剣とでも戯れてろ……」



零治は関羽達に視線を向けながら、すぅっと左手を差し出し、パチンと指を弾く。

その音に地面に刺さっていたナイフが反応し、爆音を立てながら爆ぜて周辺に砂煙と砕け散った刀身の金属片を周囲に撒き散らし、劉備軍の兵達に襲い掛かる。



「ぐわぁ!」


「ぎゃあぁっ!」



飛び散った金属片は兵士達の腕や脚、肩などに命中し、死傷者こそ出はしなかったが戦闘継続が困難な者を多数出すまでに至る。



「くぅっ! 音無め! またしても妖しげな術を……っ!」



関羽は腕を前にかざし、もうもうと立ち上る砂煙を前にして眼を細めながら周囲を見回して零治を捜すが、立ち上っている砂煙が思いのほか濃いため、捜すのは非常に困難な状況にある。



「妖しくて悪かったな……」


「っ!? 音無っ! どこに居る!」


「すぐ目の前さ。……と言っても、この砂煙で分かるはずはないだろうがな……」


「くぅっ……!」


「関羽。アイツらの借りは必ず返す。覚悟しとけよ……」



舞い上がる砂煙の中から零治の気配が消え、それからすぐに、まるでタイミングを見計らったかのように突風が吹き付けて周辺の砂煙を吹き飛ばし、視界が一気にクリアになる。



「く……っ。音無め。逃がしたか……」


「零治殿……『あいつらの借りは必ず返す』と。一体誰の事なんだ……?」


「…………愛紗」


「ん? 何だ?」


「…………あの人、お城に向かっていった」


「分かっている。このまま追撃を掛けるぞ! ……動けそうな者は我らに続き、負傷者は本陣まで後退しろ! 一気に曹操の首級、挙げてみせよ!」


………


……



「華琳様! 音無が戻ってきました!」


「よし! すぐに城門を開けよ! 関羽の追撃がすぐそこまで迫っているぞ!」


「華琳、門を開ける必要はありませんよ」


「……どうして?」


「まあ、見ていれば分かりますよ」



亜弥は顎をしゃくり、華琳と桂花に城壁のすぐ下に居る零治を見るよう促す。

零治は城壁の前で軽くしゃがんで脚に力を溜め、ひゅっと一気にその場から跳躍し、スタっと軽やかに城壁の上に着地する。

華琳と桂花は目の前で起こった光景が未だに信じられず、眼を点にして言葉を失う。

何しろ城壁の高さは六~七mはあるのだ。普通に考えれば人間が飛び越えられるような高さではない。



「…………」


「ねっ? 門なんか開ける必要は無かったでしょう?」


「え、ええ……そうね……」


「ん? 何の話だ?」


「いえ……何でもないわ……」


「そうか。……亜弥、奈々瑠の容体は?」


「とりあえず応急処置は済ませましたから、大丈夫だとは思います。今は奥で寝かせています」


「それを聞いて安心した。所で臥々瑠は?」


「彼女も奈々瑠と一緒に休ませています。どうもかなり消耗していたようですからね……」


「そうだな。……ん? 亜弥、真桜はどこだ? 姿が見当たらんが……」


「真桜は別の作戦があるから、そちらの作業にあたっています。大丈夫、彼女も無事ですよ」


「そうか。……さて、ここからが正念場だな、華琳……」


「ええ。……総員城壁の上に待機! 籠城戦で敵を迎え撃つわ! 何としても、春蘭達が帰ってくるまで耐えきってみせるわよ!」



華琳は兵士達に激を飛ばし、追撃してくる劉備軍を迎え撃つため兵士達は籠城戦の準備に追われる。

劉備軍との戦いもいよいよ正念場を迎える。


………


……



「曹操め。ようやく籠城戦か……」



城の城壁を目の前にして関羽は偃月刀を持つ右手にギュッと力を籠めながら呟く。



「…………破る?」



戟を肩に担ぎながら呂布が意気込む。確かに呂布ほどの実力者なら単身で城壁を破るなど造作もない事だろう。

しかしその時、後方から小さな紙切れを手にした張飛が駆けつけてくる。



「……愛紗! 朱里から作戦の指示を貰ってきたのだ!」


「朱里は何と?」


「憶えられないから、紙に書いてもらってきたのだ! 星、読んで」


「なになに……? ……なるほど、軍師殿も可愛い顔をして、中々にお人が悪い」


「どうするのだ?」


「まずはな……」


………


……



「急いで組み立てなさい! 敵は待ってはくれないわよ!」



城壁の上では桂花が中心となって、設計図を片手に周りの作業兵達に怒鳴り散らしながら何かの組み上げ作業に追われている。



「桂花、何してるんだ?」


「アンタも暇なら手伝いなさい。真桜の秘密兵器を組み立てるんだから!」


「秘密兵器って……この丸太がか?」



辺りには巨大な丸太に成人男性ぐらいの太さはある縄。それに巨大な歯車や取っ手の付いたハンドルに木製のフレームなどなどと、様々な部品などがごちゃごちゃと置かれている。



「そうよ。これを落として……」


「……引き上げる装置ってわけか?」


「分かってるんなら手伝いなさいよ! 私は他の対策もしなくちゃならないんだから!」


「了解だ。なら、設計図を貸せよ」



零治は桂花から設計図を受け取り、ささっと眼を通してうんうんと頷く。

設計図にはまるでプラモデルの説明書のように組み立て方が事細やかに書き込まれていた。



「連中が攻めてくるまでに組み終えるのよ!」


「分かってる。ならまずは……おい、誰かそっちを持ってくれ……」



桂花は他の作業に当たるため、この場を零治に任せ、走り去っていく。

図面を片手に零治は作業兵達と共に黙々と組み上げ作業をこなしていく。

ここからはどんな些細な事でも一分一秒たりとも無駄には出来ない。まさに時間との闘いであった。


………


……



「さて。軍師殿の指示だと、確かこの辺りに使われなくなった用水路が……」


「…………穴」



星と共に行動している呂布が城の中へと続いている、水が完全に干上がった用水路の穴を指さす。



「星! あったのだ!」


「よし。誰か明かりを持ってこい! 我々はここから突入する!」



星は連れている兵士から松明を受け取り、張飛、呂布と共に水路の中に身を潜り込ませ城内への侵入を開始する。



「……真っ暗なのだ~。もう誰も使ってないのかな~?」


「こんな所に用水路があること自体、忘れ去られているのだろう。軍師殿も資料が無ければ気付かなかったというからな」


「ふぅん……」



と、その時、どこからかプチンと何かが千切れるような音がして、音が耳に入った呂布が不意に立ち止まりきょろきょろと周りを見回す。



「…………?」


「どうした、呂布」


「……?」


「首を傾げられてもよく分からんのだが……?」


「あにゃ? なんか糸みたいなのが切れてるのだ」



張飛が足元から一本の細い糸を摘み上げ、星が手にしている松明の明かりの下に照らし出す。



「……何?」



星は、ハッとした顔で周辺を警戒する。

用水路内はしんと静まり返っており、何の変化も見られない。しかし、それからすぐに水路の奥から何かが崩れるような音がする。



「……しまった、罠か!」


「撤退! 撤退なのだーっ!」



用水路は奥の方から崩れ去って行き、星達は大急ぎで来た道を引き返し始める。

その間も水路はどんどん崩れていき、あっという間に瓦礫で完全に塞がってしまった。


………


……



「あんな大きな抜け穴、気付かない訳がないでしょう」



水路の入り口から内部が崩れる音が聞こえ、桂花は張り巡らしていた罠に敵が引っ掛かった事に満足そうにほくそ笑む。



「けど、封鎖しちゃうなんて、ちょっと勿体なかったですねー」


「仕方ないわ。そうそう兵を張り付けておくわけにもいかないし、閉鎖のついでに一隊でも道連れにできたのなら御の字よ。……けど、あの穴に気付いてるって事は、こちらの見取り図をどこかから手に入れた……という事よね。厄介だわ……」


「桂花!」



そこへ、城の中から持ち出したと思われる、大量の様々な布を抱えた零治が亜弥と一緒に慌てた様子で駆けつけてくる。



「どうしたの。真桜の絡繰は完成したの?」


「それはとっくに上にあげて使ってるさ。華琳が指揮しているが、問題なく作動している」


「で、お兄さんとお姉さんは何のご用ですかー? そんなに布を抱えてー」


「連中、火矢を使ってきたんですよ! 消火の手が全然足りてないから、貴方達も手伝ってください!」


「それを早く言いなさいよ!」


「分かりましたー」


………


……



「撃て、撃てぇっ! 狙いは適当で構わん! とりあえず、城の中に届けばいいっ!」



関羽の指揮の下、弓兵達が火矢を次々と城の中に撃ち込み、城の内部のあちこちから火の手が上がり、もうもうと黒煙が立ち上り始める。



「……あ、愛紗ぁぁ……」



用水路から命からがら脱出できた星、張飛、呂布が全身に埃をかぶった姿で帰還し、張飛は半泣きの顔で関羽の所に戻ってくる。

その姿に関羽は眼を丸くしてしまう。



「……どうしたんだ、お前達」


「…………まっしろ」


「けほっ! 連中にしてやられた。抜け穴を封鎖しおったわ。そちらはどうだ?」


「こちらもあまり効果は出ていない。……あれを見てくれ」



関羽は城壁の方を指さす。

城壁の上には、真桜が開発した例の秘密兵器が存在し、装置の下部に設置されている丸太が一気に落下し、どーんと腹の奥底に響くような轟音を立てて、兵士達の侵入の行く手を遮っていた。



「何だ、あの丸太は。……上から落ちてくるのか?」


「ああ。そうなのだが……」



落下した丸太はくくりつけられている縄によって装置の元まで引き戻されていく。



「また昇っていくのだ……」


「どうも向こうには、ああいう絡繰に詳しい輩が居るらしい。昇る場所を変えても城壁の上を動かせる上、何度も落ちてくるから、どうにもならん」


「あれに兵を掴まらせてみては?」


「やってはみたが昇る間は良い的になるだけだった」


「なら、あの邪魔な綱を切るしかないか……」


「それも試したが、狙う間はずっと的になり続ける。随分と頑丈な綱を使っているようで、火矢が当たっても効果が無いのだ」


「…………行ってくる」


「……なんだと? おい、恋っ!」



呂布は戟を肩に担ぎ、関羽の制止も聞かずに一直線に真桜が開発した兵器の丸太を目指す。



「矢を持ちなさい!」


「はっ!」



華琳の指示で、城壁に立つ弓兵達は一斉に弓に矢をつがえ、弦を引き絞り狙いを定める。



「よし、丸太、落とせっ!」



絡繰の両脇でハンドルを手にして待機していた二人の兵が同時にハンドルから手を放し、丸太が勢いよく落下し、またしても激しい轟音が鳴り響いた。



「今度は一斉に引き上げろ!」



続いて落とした丸太を引き上げるために、二人の兵は一糸乱れぬ動きで呼吸を合わせながらハンドルをグルグルと回して丸太を引き上げ始める。



「弓兵、攻撃用意! 丸太に寄ってきた兵を残らず打ち倒しなさい! てーーーっ!」



合図と共に弓兵が矢を一斉に放ち、落とされた丸太にまるで蟻のように次々と群がってくる敵兵を矢で撃ち殺していく。

その時、一人の兵士がこちらに一直線に駆け抜けてくる人影を発見し、指差す。



「曹操様! 敵陣より突っ込んでくる影が!」


「呂布か! 弓兵、呂布を集中して狙いなさい! 撃てーっ!」



弓兵達はすぐさま次の矢を弓につがえ、一気に弦を引き絞り、素早く呂布に狙いを定め一斉に矢を放つ。

放たれた矢は呂布に向かって雨あられの如く飛来してくる。



「…………当たらない」



しかし、そんな矢を呂布はものともせず、戟を振り回して全ての矢を弾き飛ばし、丸太の下まで一気に詰め寄り、くくりつけられている綱を一瞬にして切断してあっという間にその場から後退していった。



「曹操様っ!」


「……くっ。丸太に油と火矢を! 破城槌代わりに使われても迷惑だわ!」


「ダメだ華琳! あれは燃やすな!」


「何を言ってるの、零治! あれを奴らの手に渡したらここを突破されるじゃないの!」


「大丈夫だ。そこを逆手に取る……」


「どういう事……?」


「黙って見てろ……」



零治はコートの下に両手を突っ込み、臥々瑠を助ける時に使用した、刀身が真っ赤なのが特徴的な投擲ナイフをそれぞれ四本ずつ取り出す。



「よし! 恋、でかしたぞ!」


「愛紗ー! あいつら、丸太をそのままにしているのだ!」


「よし! 皆の者! あの丸太を奪い取れぇ! あれを利用し、一気に城門を突破するのだーっ!」



関羽の一声で十数人の敵兵が丸太に群がり始める。

零治はこの時だと言わんばかりに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、両手に持っていたナイフを丸太に向かって投げつける。



「ふっ! ふんっ!」



放たれた八本のナイフは全て丸太に命中し、カッカッと音を立てて突き刺さる。

敵兵達は丸太を奪うのに躍起になっていたので、零治が放ったナイフには全く気付かず、攻撃を受けないために一気にその場から離れて丸太を持ち去る。



「零治、どこを狙っているの! 敵兵を仕留めなきゃ何の意味もないでしょう!」


「これでいい。……見ていろ」



零治は相変わらず不敵な笑みのまま、すぅっと左手を差し出す。



「関羽将軍! ご指示を!」


「よし! 城門から距離を取れ!」



丸太を奪い取った兵士達は勢いをつけて突撃するため、城壁から距離を取り始める。

その時、丸太に刺さっていたナイフが陽光を煌めかせ、その反射光が星の眼に止まる。



「ん? ……っ!? あれは先ほど零治殿が使った……! 愛紗! それは罠だ! すぐにその丸太を捨てさせろ!」


「なに?」


「フッ。星の奴、気付いたか。だがもう遅い。……爆ぜろっ!」



零治は指をパチンと弾き、その音に反応したナイフも一斉に爆音を立てて爆発し、丸太を手にしていた兵士達は声を上げる事すら叶わずに派手に吹き飛ばされ息絶える。同時に丸太も木っ端微塵に破壊されてしまった。



「なっ!?」


「愛紗! 無事か!」


「あ、あぁ……。私は大丈夫だが……兵達は……?」


「あれ程の爆発を至近距離で受けたのだ。恐らくダメだろう……」


「くっ! 音無め……っ! よくもっ!」



関羽は悔しげに歯を食いしばり、わなわなと身体を震わせながら城壁の上を睨み付ける。



「…………」



あまりにも突然の出来事だったため、華琳は状況が全く理解できずにポッカーンとした表情で城壁の向こう側を見つめている。



「なっ? 大丈夫だっただろ?」


「え、ええ……。それはそうだけど、零治……貴方、一体何をしたの……?」


「あぁ、それは……」


「華琳様ー。城内の消火、終わりましたー。糧食も武器も影響ありませんー」


「良くやったわ。ご苦労様」


「風、奈々瑠が居る所は大丈夫だったか?」


「そちらにはお姉さんが向かったので、そろそろ戻ってくると思いますがー」


「すみません。遅くなりました」


「亜弥、奈々瑠の所は大丈夫だったか?」


「ええ。あそこは何ともなかったので、大丈夫でしたよ」


「ふぅ……よかった……」


「ただ……」


「何?」


「常用の用水路まで外から止められたようです」


「井戸は?」


「飲み水は桂花ちゃんが確保済みです。ただ、消火に回せる水が無いのと、城内の用水路に水が流れていない光景は、心情的にあまり良い光景じゃないと思いますねー」



籠城戦となれば食料もさることながら、水は何よりも大事な命綱なのだ。

現代世界みたく水道の蛇口を捻れば水が出てくる訳ではない。城の用水路の水が止められたなどと兵士達に知られでもしたら、味方に与える心理的作用はとても大きい。



「……そうね。各隊の隊長級に伝達なさい。飲み水は充分確保してあると。それから火矢は、見つけたらすぐ周りの土を掛けて対応なさい」


「そうするしかないですねー。分かりましたー。……所で、さっきお城の外から物凄い音が聞こえたのですが、あれは何だったんですかー?」


「それは騒ぎを起こした張本人に説明してもらいましょうか」



華琳はチラリと零治に意味深な視線を向け、さっきの爆発の説明を催促する。



「騒ぎって……人聞きの悪い言い方すんなよ。……コイツを使っただけさ」



零治はコートの下からまだ隠し持っている、先ほど使用した刀身の赤い投擲ナイフの予備を取り出して、華琳達に見せる。



「何それ? 見た所、貴方がいつも使ってる短剣みたいだけど……」


「ですねー。ですが、刃が真っ赤なのが気になりますねー。お兄さん、これには何か意味があるのですかー?」


「零治、エクスプロードダガーを使ったんですか……」


「えくす……? 何。亜弥は知っているの?」


「ええ。……それは短剣の形をした爆弾なんですよ」


「ば、爆弾!? これが!?」


「ああ。華琳、お前はさっき実際に爆発する所を見たじゃないか。そこまで驚く事か?」


「驚くに決まってるでしょう! ……でも、どういう仕掛けなの? 刀身の中に火薬でも詰めてるの?」


「いいや。短剣に魔法で特殊な術式を施してるだけだ」


「つまりは魔法の力ってわけね」


「ああ。……すまない、華琳。ここまで派手にやれば、間違いなくお前の風評に影響するだろうに……」


「私は気にしてないわ。この戦いで私が負けられないように、貴方にも負けられない理由がある。だからそれを使ったんでしょう?」


「ああ」


「なら、貴方は何も気にしなくていいの」


「そう言ってくれると助かる」


「所で零治、もう一つ気になる事があるんだけれど」


「何だ?」


「あの爆発がその短剣によるものだという事は理解できたわ。そして、それを爆破するための条件は、貴方の指を弾く音なんでしょう?」


「そうだ」


「なら、その音に反応して爆発するのなら、どうして上着の下にしまっていたそれは爆発しなかったのかしら?」


「ああ。上着の下にはこいつをしまうための鞘が縫い付けられているんだが、その鞘その物にしまってる短剣は音に反応しないようにするための封印術式が施されてるんだ。だから爆発しなかったのさ」


「……要するに魔法のおかげなのね」


「まあ、一言で言ってしまえばそうなるな」


「ありがとう。よく分かったわ……」


「ホントは分かってないんじゃねぇの……?」



零治は華琳に聞こえないようにぼそりと呟くが、それが聞こえたのか、華琳はギロリと零治を睨み付ける。



「何か言った……」


「いえ、何も」


「そう……」



華琳は再び城壁の向こうに展開している劉備軍を睨み付け、その動向を鋭い眼差しで監視する。


………


……



「やれやれ。これでは武将と言うより工兵だな」



劉備軍の次なる作戦を聞かされた星は、誰に言うのでもなく苦笑しながら独りごつ。



「こちらもそれほど兵が多いわけではありません。時間もありませんし、勝つための手段は一つでも多く打っておかないと……」


「……だな。それではこの作業が終わったら、我々は休憩を取ってよいのだな? ……しかし、良いのか? 軍師殿は短期決戦を狙う気なのだろう?」


「大丈夫です。交代の時間になったら呼びに行きますから、それまでゆっくり身体を休めていてください」


………


……



「……なあ」



劉備軍の動向が気になった零治は周りのメンツに声をかける。



「何よ」


「どうも敵の数が少ない気がするんだが……。パッと見でも今までの半分ぐらいってところか……」


「……しまった。やられたわね」



諸葛亮の作戦にいち早く気付いた華琳の表情が険しいものに変わる。



「どうしたんですか?」


「風、こちらも隊を三つに分けて、そのうち一つは休息を取らせておきましょう。常に交代で誰かを休ませて、体力を温存できるようにして」


「……ぐー」


「おい、寝るな!」


「……寝かせておきなさい。風には後で働いてもらうわ。代わりに桂花、隊の割り振りをお願い」


「……はっ。しかし孔明め……華琳様の作戦を」



桂花は他人に以前使った作戦を真似されたのがよほど癪に障ったのか忌々しげに呟く。



「華琳の作戦って、まさか……」


「董卓連合の時に華琳様が都攻めで使ったという、あの作戦ですか?」


「なんです。起きてるんじゃないですか」


「はぁ、誰も起こしてくれなかったので……自分で起きてしまいました」


(ツッコミ待ちだったんかい……)


「とはいえ、この人数ではこちらの疲労が溜まる一方か……。この晩を乗り切れるかどうかが勝負ね」


「華琳様ー」


「何かしら? 疲れているなら、本当に寝ていても良いのよ?」


「いえいえ。大丈夫ですよ。……風はですね、華琳様にお仕えする前、程立と名乗っておりました」



微笑みを浮かべた風は、昔話でもするかのように遠い眼をしながら話を続ける。



「そういえば、改名したと言っていたわね。けれど、それがどうしたの?」


「実はあの城の文官として採用された時、夢を見まして。それで名前を変えてみたのです」


「なんかいい夢を見たとか言ってたよな」


「はい。大きな日輪を風が支え立つ夢なのです」


「……日輪を? ああ、だから立からイクに、名を変えたのね」


「はい。その日輪は強くて暖かくて……。この大陸の隅々まで命を届ける……とても優しい光だったのですよ」


「……その太陽が、私と言いたいの?」


「今はそう思っているのです。華琳様に仕え、この手で日輪を支えるのが風の役目なのです。日輪は滅んだりしません。ですから華琳様も、ここで死ぬようなお方ではありませんよー」


「……ありがとう、風」


(日輪を支える……か。向こうには黒狼達も居る。最終的には奴らが出てくるかもしれん。ならば……オレが取るべき行動はただ一つ!)



風の話に耳を傾けながら劉備軍の様子を窺っていた零治は、その瞳に決意を宿し、叢雲の鞘をギュッと握りしめる。



「風……」


「なんですかー?」


「ありがとう。お前の話を聞いて決心がついた……」


「んー? 風は特に何もしていないと思いますが、お兄さんのお役にたてたのなら、それはそれで嬉しい限りですねー」


「零治、行くんですね……」



付き合いの長い亜弥は零治が何を考えているのかすでに理解しているが、それでも胸の内を確かめるべく敢えて尋ねる。

零治の決意は固く、亜弥を正面から見据えながら力強く頷く。



「ああ。これ以上この戦いを長引かせるわけにはいかない。だから……ここで一気に流れをこちらに持って行く」


「ですね。……しかし私達が前に出れば、奴らも間違いなく現れますよ。その時はどうするのですか……?」


「その時は…………ここで決着をつけるっ!」


「分かりました。なら、私はここに待機して、後ろから貴方の援護に専念しましょう。奴らが現れたら、その時は私も前に出ます」


「ああ。背中はお前に預ける。……それからな、亜弥……」


「ん?」



零治は顔を亜弥の耳元まで近づけ、ボソボソと何かを耳打ちする。



「……いいな」


「本当にやるんですか……?」


「ああ。頼むぞ。……桂花」


「何よ?」


「門を開けろ」


「…………はっ?」



桂花は零治の言ってる言葉の意味が理解できず、ポカンと口を開けて間抜けな声を出す。



「聞こえなかったのか? 城門を開けろと言ってるんだ……」


「はあっ!? アンタこの状況でなに寝惚けた事を言ってるのよ!? とうとう頭がおかしくなったの!」


「生憎とオレの頭は至って正常だ。オレが外に出て、劉備軍を叩き潰す……」


「なに馬鹿な事を言ってるの! アンタ一人で何が出来るっていうのよ! 華琳様! 華琳様からもこの大馬鹿に何か言ってやってください!」


「零治……」


「華琳、止めても無駄だぞ。今回ばかりはお前の命令でも聞き入れるつもりはない。門を開けないつもりなら、オレはここから飛び降りて外に出るぞ」


「どうしても、行くの……?」


「ああ。これ以上劉備どもの好きにはさせない。何より……」



零治はそこで一旦言葉を区切って、華琳を正面から見つめ、改めて己の決意を伝える。



「奈々瑠と臥々瑠の借りを……今ここで返すっ!」


「……分かったわ。行ってきなさい」


「華琳様っ!?」


「桂花。零治の決意は固いわ。もう誰にも止める事は出来ない」


「ありがとう、華琳」


「ただし……」


「何だ。何か条件でも?」


「ええ。……必ず……必ず生きて私の下に戻ってくると、約束しなさい」


「フッ。その程度の条件など余裕で果たせるさ」


「結構。……桂花、すぐに門を開ける準備をなさい」


「……承知しました」



しぶしぶ了承した桂花は下に降りて、数名の兵達に城門を開けるように指示を出す。



「なら、行ってくるぜ」


「ええ。……零治、貴方の実力を、今ここで劉備軍に知らしめてやりなさいっ!」


「おうっ!」



華琳の言葉に零治は力強く頷き、コートを翻して城壁の階段をゆっくりと降りて行く。



「お兄さん、ご武運をお祈りします」


「ああ。ありがとな、風」



零治は背を向けたまま手を軽く上げてひらひらと振りながら階段を下りて、城門の前まで足を運んで行った。



「待たせたな」


「まったく。自分から開けろと言っておいて、人を待たせるなんて何様のつもりよ……」


「悪かったな。オレの方はいつでも構わんぞ……」


「ええ。……門を開けなさい!」


「はっ!」



桂花の指示に従い、城門の前で控えていた数名の兵士達が城門の取っ手に手を掛け、両腕にグッと力を籠めて巨大な扉を引っ張り、城門がゆっくりと開け放たれ、門の間から陽光が差し込んでくる。



「オレが外に出たら門はすぐに閉めろよ」


「そのくらい言われなくても分かってるわよ。それから……せいぜい死なないように頑張りなさいよ」



桂花はそっぽを向きながら棘のある見送りの言葉を零治に送る。

零治は苦笑しながら。



「フッ。ありがとよ」



と、返して、コートをなびかせながらゆっくりと足を進め、外に出て行った。


………


……



「ん? ……孔明様! あれを見てください! 門が……城門が開いていきますっ!」


「えっ!?」



城の前に陣を張り、華琳達の動向を窺っていた諸葛亮の部隊に所属する一人の兵士が城の異変に気づき、門を指差しながら声を張り上げる。



「どうして急に門を開けたりなんか……。もしかして曹操さん、降伏を……?」


「あっ! 孔明様、中から人が出てきました! 数は一人です!」


「相手が誰なのか分かりますか?」



諸葛亮に言われ、兵士は眼を凝らし、城の中から出てきた人物を凝視する。



「あれは…………音無です! 曹操の所の御遣いの一人、音無に間違いありません!」


「音無さん……? 一人でお城の外に出るなんて、一体何を……?」



城の外に零治が出た事が確認され、城門は重苦しい音を立てながらゆっくりと閉じられる。

乾いた風が吹き付ける荒野の中を零治は一人佇み、目の前に展開している諸葛亮の部隊を無言で睨み付ける。

そして、叢雲の鞘に手をかけ、ゆっくりと差し込んでいるベルトから叢雲を鞘ごと引き抜き、鞘に納めた状態でドカッと地面に突き立て、両手を刀首(刀柄の底の部分)の上に乗せてそれを支える。



「…………」



しばらくの間、零治は無言で城門の前から微動だにせず、まるでインテリアとして飾られている騎士甲冑のように両手で地面に突き立てている叢雲を支えながら目の前に展開している諸葛亮の部隊、その一点を睨み続ける。

やがて、零治は劉備軍に向かって力強く声を発し、高らかに宣言する。



「聞けぇい! 侵略者である劉備軍どもよっ!!」


「はわぁっ!?」



それまで黙っていた零治がいきなり大声を発したので、諸葛亮、そして部隊の兵士達はびくりと肩を震わせ、何事かと零治に視線を集中させる。



「我が名は音無零治! 我が主、曹孟徳の理想を叶えんがためにこの地に降り立った、天の御遣いの一人である! 劉備軍よ、我が主の首を欲するか? 我が主、曹孟徳を討ちたくば……このオレを倒してみせよっ!!」



零治の行動にどう反応していいか分からず、諸葛亮たちは呆然と立ち尽くし思考が停止してしまう。

今この瞬間、仲間を守るために、零治の命を賭した反撃の戦いが始まる。

零治「…………」


作者「あの……何をそんなに怒ってらっしゃるのですか……?」


亜弥「奈々瑠を負傷させたじゃないですか」


作者「ええっ!? 演出に怒られてもオレ困るんですけど!」


零治「遺言はそれだけか……?」


臥々瑠「兄さん、アタシも一緒に殺る……」


作者「ちょちょっ! ホントやめてくれってば! 奈々瑠さん、二人を止めてよ!」


奈々瑠「私もこの役回りには納得できないんですが……」


作者「違う! これはこの先の話のオチのための大事な要素でもあるんだ!」


奈々瑠「言ってみてください。内容次第では助けてあげますよ」


作者「大っぴらには言えないので、特別にお前にだけな。耳貸して」


奈々瑠「……どうぞ」


作者「ごにょごにょごにょごにょ……」


奈々瑠「…………ええっ!? そ、そんな事を……っ!?」


作者「ああ」


奈々瑠「……し、仕方ありませんね。今回だけですよ。……兄さん、臥々瑠。このくらいの事で怒るなんて、二人とも大人気ないですよ。機嫌を直してください」


零治「あん? ……奈々瑠がそう言うんなら……」


臥々瑠「ちぇ……。分かったよ……」


作者「た、助かった……」


亜弥「貴方、奈々瑠に何て言ったんですか?」


作者「ま、それはこの先のお楽しみという事で」

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