第38話 劉備軍襲来
ここから少し長めのストーリーパートに入ります。
予定では恐らく7話ぐらいになるかと思います。
「何やっとんねん!」
「せやかて、これだけは譲られへん!」
「何です。誰が言い争ってるんですか?」
突如中庭に誰かの怒鳴り声が響いたので、亜弥は何事かと辺りをきょろきょろと見回す。
見れば中庭の一角で霞と真桜が睨み合いながら何か口論をしていた。亜弥は気乗りはしなかったが、放っておく訳にもいかないので事情を訊くため二人の所に歩み寄る。
「二人とも、何を言い争ってるんですか……?」
「ん? ああ、姉さんか」
「亜弥、ええ所に来た! ちょっとウチの話、聞いてくれへん?」
「それは構いませんが……霞、貴方は確かこれから出撃のはずでは? 稟が探してましたよ」
「それにも必要な事なんや! 稟のヤツは待たしとったらええ!」
「何です。そんなに重要な事なんですか?」
「せや! これ、見てみ!」
そう言って霞は自身が愛用している偃月刀を掲げる。
「これがどうしたんですか?」
「見て分かるやろ! こないだの遠征で折れてもうたから、真桜に新調してもらってん!」
「ほうほう。流石に手先が器用なだけの事はありますね、真桜」
亜弥は感心しながらうんうんと頷く。
ちなみに真桜が愛用している螺旋槍、あれも自作の物である。絡繰を作るのが趣味なだけあって、こういった点に関しては右に出る者は居ないと言っても過言ではない。
「せやろ? 柄も刃も材料ぜーんぶ一から見直して、組み合わせ方も強度が出るように工夫しとる。姐さんが少々乱暴に使うたかて、絶対に壊れたりせぇへんよ!」
「ふむふむ。要するに霞の槍は強化されたという事ですよね。……それの何が不満なんですか? 重くなったとかですか?」
「ちょっと重うなった気はするけど、そこは不満やない。振り回した具合は前よりええくらいやし、ようやってくれたと思うとる。……けどな!」
「……けど?」
「ここの龍の角が一本増えとるのはどないなっとんねん! 説明してもらおうか!」
霞は偃月刀を乱暴にドカッと地面に突き立て、装飾としてあしらっている龍の頭部、その後頭部のトゲトゲした部分をビッと指差して凄まじい剣幕で真桜に詰め寄る。
「はっ……? 龍の角?」
亜弥は首を傾げながら、霞の偃月刀の龍の頭の装飾の後頭部の部分に視線を向ける。
ちなみに後頭部についている角は一本や二本ではなく、毬栗の棘のように何本もあるため、少なくとも持ち主ではない第三者の亜弥から見れば、いつもと同じのようにしか見えなかった。
「せや! せっかく関羽の偃月刀と同じこしらえにしとったのにどうしてくれるんや! 台無しやないか!」
「せやかて、強化したんやから、角は増やさんと強そうに見えんやろ!」
「何が強そうにじゃ! はよ直し!」
「直さへん! どうしてもそこ直せっちゅうんなら、牙の数は倍にさせてもらうで!」
「アホかーーーっ! そんな事したら、直させる意味ないやろが! もっと台無しや!」
「あの……一つ訊いてもいいですか?」
それまで霞と真桜の言い争いを黙って見守っていた亜弥が、軽く手を上げながら二人に問いかける。
「「何や!」」
「……それは武器としての機能に何か問題でもあるんですか……?」
「「無いよ」」
「…………」
霞と真桜はハモリながらあっけらかんと答える。
武器としての機能に何の問題もないのなら、どうしてここまで言い争う必要があるのか亜弥には理解できず、ただただ無言で呆れた視線を二人に向ける事しかできなかった。
「おやおやー。お姉さん、こんな所で仕事を怠けるとはいい度胸をしていますねー……」
「あの、亜弥殿。霞は見つかりましたか……?」
「んー……まあ、見ての通りです」
亜弥は顎をしゃくり、風と稟に二人の言い争いを見るように促す。
相変わらず霞と真桜は互いに一歩も譲らい態度でギャーギャーと喚きながら言い合いを続けている。
「けど、ウチの士気に関わる大問題や! 直し!」
「嫌や! 強化するんなら強化する作法っちゅうもんがあるんや! せっかく強うなったんやから、それなりの格好はせんとあかん!」
「あかんもオカンもあるかい!」
「はぁ……」
稟は後から来たため、二人の言い争いの原因が分からないので今一つ状況が理解できず、困り果てた表情で亜弥に視線を向け、亜弥もひょいっと肩をすくめる。
「まあ、私達ではどうにもならないでしょうし、華琳を呼んできた方がいいのではないかと私は思いますが……二人はどう思いますか?」
「……そうですねー」
このままでは仕方ないので、亜弥達はこの場に華琳を呼ぶという結論に達し、彼女に仲裁を頼む事にする。
結果、霞は華琳に諭されるという形で渋々ながらも稟と共に西方の国境周辺を偵察して回ってる西の豪族連合の牽制任務に何とか出発してくれた。
「……まったく、何をやっているの」
「私に言わないでくださいよ……」
「みんな出動ばっかりで、イライラしてますねー。この間も凪ちゃんと季衣ちゃんがケンカしてましたしー」
「ですねぇ……」
喧嘩と言ってもそれはほんの些細な事である。
国境を越えてきた敵を、どこまで追跡するかで軽い言い争いになっただけの事なのだが、その軽い言い争いも回を重ねれば、いずれは深刻な事態を招く事になるのは容易に想像できる。
「あれは凪が大人気ないで。ボクっ子はまだお子ちゃまやないの」
「……たかが角一本如きで大騒ぎしていた貴方が言うんじゃありません」
「あれは職人としての意地や。大人気ない凪と一緒にせんといてほしいわ」
「しかし……この状況、そろそろどうにかならないんですか? こうも連日出動ばかりでは、皆ホントにまいっちゃいますよ?」
「……それは周りの国に言ってちょうだい」
「そうですねー」
官渡の戦いで勝利した華琳は袁紹が治めていた河北四州を手に入れ、自軍の勢力を一気に倍増させる事ができた。
だがそれは同時に、華琳が今まで以上に他国の諸侯達から警戒される存在になる事にも繋がる。
そのおかげで国境周辺は常に警戒されっぱなしで、その対処に出かける零治達は休む暇すら無い状態にあった。
「しばらく休みにするから、攻めて来ないでくれと回状でも回す? 西方の馬騰に五胡、それから益州の劉備に、南の孫策……この辺りに回しておけば、充分かしらね」
「むしろ、んなもん回したら我先にと攻めてくる気がするんやけど……」
「袁紹を倒して間もないですから、袁家に縁のある豪族の制圧もありますしねー。これが落ち着いたら、もう少し余裕が出てくると思いますけど」
「零治達の顔も随分見てないですからね。……霞と稟は出て行ったばかりで、秋蘭は凪と沙和を連れて、袁紹と関わりのあった豪族達との折衝に出ていて、季衣と流琉は領内の盗賊討伐に走り回って、春蘭は零治と一緒に南の孫策の所……って、ん?」
亜弥は何かを思い出したように、首を傾げる。
「姉さん、どないしたんや?」
「華琳、今城内に居る将って、私に奈々瑠と臥々瑠、真桜だけなんじゃないんですか?」
「ウチ、将やったん?」
自分の事だというのに、真桜はまるで他人事のように首を傾げる。
「そうですよー」
「……なんやてっ!? 気付かんかった……」
「いやいや風。……そうですよーって、今この状況で他国に攻め込まれたら非常にマズいのでは?」
「そうね。とても危険だわ」
「その余裕の笑み……ワザとですね。……なるほど。そういう事ですか」
「あら、何か分かったのかしら?」
「華琳、貴方は自分自身を餌にして周囲の諸侯を釣り上げるつもりなんですね……」
「流石は元戦略家ね。……その通り。これだけ隙を見せれば、本気でこちらを狙いたい誰かが動いてくれると思うのだけれど……さて、誰が釣れるかしら?」
「……趣味悪いで、大将」
「ふふっ。……それは褒め言葉として受け取っておきましょう」
「……華琳、誰に来てほしいのか、顔に出てますよ」
「あら、そう?」
(まったく。零治が居ないこの状況下で劉備達が攻め込んで来たら、あの三人の相手は私、奈々瑠と臥々瑠でやるしかない。しかし、金狼と銀狼だけなら何とかなるかもしれませんが……黒狼まで戦場に現れたら私達に勝ち目は無い……。今の私達にできる事は、そんな状況にならないように祈るだけか……。だが、現実はそこまで甘くは無い。遅かれ早かれ、いずれはどこかの諸侯が必ず攻め込んでくるはず。その時は私達だけでやるしかない……)
………
……
…
それから四日後、亜弥の予感は見事に的中する。
南西の国境が抜けられたとの報せが入り、今回は偵察などと言う規模ではなかった。
国境を抜けた軍勢の正体は劉備軍、そして……呂布であった。
華琳達は即座に戦の準備をし、近くの出城に場所を移して、各地に散っている首脳陣達にも伝令は出しはしたが、零治達が戻って来るよりも先に劉備軍が接触するのは時間の問題だった。
「この短期間で南部を平定するだけではなく、呂布まで抱き込むとはね……。あの子の力、少し甘く見ていたという事かしら?」
圧倒的に不利な状況であるにもかかわらず、華琳は城壁に佇み、劉備軍が現れる方角の地平線を眺めながら余裕の笑みを浮かべている。
「華琳様。だからあの時、劉備は殺しておけばよかったのです……」
「桂花、今更その事を悔いても仕方ないわ。……亜弥、戦の準備の方は?」
「もうじき完了するはずですよ。……それから華琳、先に言っておきます」
「何?」
「今回の戦いですが、奴ら……黒狼達も間違いなく現れるはずです……」
「…………」
「ですので、もし彼らと戦闘になった場合……私は本気を出します。私が何を言いたいのか、分かりますね……?」
「……ええ。分かっているわ。その時は存分にその力を振るいなさい」
華琳は亜弥が何が言いたいのか即座に理解する。
彼女が本気を出す事、それは即ち神器の力の全てを使う事に直結する。
実際に見たわけではないが、零治達がこの世界の人間から見れば常識外れな力を持っている事は既に理解している。
だがそんな事をすれば、間違いなく華琳の風評に影響を及ぼす。そしてその事は零治達も分かっている。
にもかかわらず、亜弥があえてそう言ったのは、今回の戦いがそうしなければ乗り切れないという事を意味しているのだ。
………
……
…
「そう。曹操さんは近くの出城に移ったんだね」
「はい。そちらに手持ちの戦力を集中させているようです」
「良かった……さすが曹操さん。これで街に住んでいる人は籠城戦に巻き込まれずに済むね」
平和主義者の劉備は諸葛亮からの報告を聞き、安堵の笑みを浮かべる。
「あの曹操がそこまで考えているのかどうか……。単に少ない戦力を有効に使えるよう、場所を変えただけではないでしょうか?」
「もぅ~。愛紗ちゃん、曹操さんのこと悪く言いすぎだよー」
「そうでしょうか?」
領地通行許可の一件以来、関羽は華琳に対し敵愾心をむき出しにしていたので、劉備の言葉にもどこか不機嫌な表情をする。
「けど、朱里ちゃん。本当に曹操さんと戦わなくちゃいけないの……?」
「曹操さんはこちらを攻めると既に予告していますから。現状、曹操さんに万全の状態で攻め込まれては、私達の戦力では一分の勝ち目もありません」
「それに、向こうから隙を見せたら噛みついてこいと言われているのです。その相手がわざわざ首筋を見せてくれているのですから、ここは誘いに乗ってやるべきかと」
「それって罠じゃないのかー?」
「少なくとも、主力の将が全て城を空けているのは間違いない。向こうも相応の危険を承知で仕掛けているのだろう」
「虎の穴に入らなければ虎の子は手に入りません。けれど、そこを乗り越える事が出来れば、得られるものはとても大きいはずです」
「…………」
星、関羽、諸葛亮の首脳陣三人にここまでは言われても、劉備本人はまだ納得できないようだ。
その時、一刀が横から劉備の肩にポンと手を置き、優しく微笑む。
「ご主人様……?」
「桃香。桃香の気持ちは俺も痛いほど分かるよ」
「…………」
「だけど……俺達にも負けられない理由があるんだ。俺達はこんな所で終わるわけにはいかない、そうだろ?」
「うん……」
「なら、やっぱり戦うしかないんだ。桃香の掲げる理想に期待している人達のためにもな」
「……そうだね。ここまで来て負けちゃったら、みんなに合わせる顔が無いもんね」
「ああ。その通りだ」
「呂布、お主も良いな?」
「…………?」
関羽の言葉に、かつて反董卓連合時に敵として刃を交えた呂布は何の事かと首を傾げる。
「劉備殿! 貴方が天下を取った暁には、恋殿との約束も守っていただけるのでしょうな!」
「うん。戦で飼い主の居なくなった動物の国を作るんだよね? でも……森に近い城を一つ欲しいって……本当にそれだけでいいの?」
「…………あと、ごはん」
「そのくらいの食料を買うお金なら、呂布さんにお支払いする給金でどうにでもなるはずですよ」
「…………」
呂布は諸葛亮の言葉に何も言わないが、嬉しそうに頷く。
「ならばねね達もこの戦に力を貸すのです!」
「あのガキ……一分の勝ち目もないだと? ケッ! オレ達は戦力外通告かよ……」
傍らで話を聞いていた銀狼が地面に唾を吐き、苛立たしげに呟く。
「それは君が普段からやりすぎるからいけないんだろ。これを機会に、少しは考え方を変えたらどうだい?」
「……テメェにだけは言われたかねぇな」
「それはどういう意味だい? 銀狼……」
「あぁ? んだぁ? 殺る気か……」
例の如く金狼と銀狼が睨み合いを始め、ピリピリした空気が張り詰める。
「貴様ら、もめ事はその辺にしておくんだな……」
このパターンもいい加減見飽きたかのようなウンザリした表情で黒狼が二人の仲裁に入る。
「はいはい……」
「ちっ! まあいいさ。影狼の居ない戦いになんざ興味は無いからな。今回はオレは後ろで見物させてもらうぜ」
「へえ。珍しいね。君がそんなセリフを言うなんて。……なら、僕もそうさせてもらうよ」
「ああ? お前こそ珍しいな。城に白狼が居るのによ」
「今の僕は一対一で白狼と闘いたいんだよ。集団戦闘の中でアイツを殺しても面白くないからね……」
「元居た世界では闇討ちとかをしていた奴が言うセリフじゃねぇだろ……」
「何とでも言いなよ……。で、黒狼はどうするんだい?」
「私も後方で待機させてもらう。だが……」
「だが、何だい?」
「貴様らもいつでも戦闘が出来るように準備だけはしておけ。影狼は必ず戻ってくるだろうからな……」
「へっ! 言われるまでもねぇぜ」
「分かってるよ」
(……場合によっては、『アレ』のテストを行うか……)
黒狼はチラリと自身の後方に控えている一人の人物に視線を走らせる。
その者はフードつきの黒いローブのような物を纏って全身を覆い隠し、先端が鋭く尖ったカラスのくちばしのような形をし、眼の部分には赤いレンズが付いた漆黒の奇妙な仮面をつけている。
その姿格好のおかげで、その人物は容姿どころか性別すら判別不能である。だが、それでも立ち振る舞いから只者ではないという事だけは見て取れた。
………
……
…
「華琳。本営の設営、完了しましたよ」
「ご苦労様。なら、すぐに陣を展開させましょう。向こうは既にお待ちかねよ?」
華琳は顎をしゃくり、亜弥に城壁の向こう側に展開している劉備軍の軍勢を見るように促す。
「……これはまた……劉備軍の主力が勢ぞろいですね……」
出城の城壁の向こう……平野に広がるは劉備軍の大軍勢。
翻る旗は、劉に関、張、趙、そして一際目立つ深紅の呂旗と、三国志に登場する勇将名将が勢ぞろいである。
「……見た所、黒狼達は居ないようですね……」
「そう。なら、貴方が本気を出す機会は無さそうね」
「いえ……恐らく、彼らは待っているのですよ……」
「待つ? 何を?」
「零治の帰還を、ですよ……」
「……どうしてそんな事を?」
「『あの時』の続きをするためでしょうね。まあ、これはあくまで私の推測ですが……」
「あの時の続き?」
「私達はこの世界に来る直前まで、彼らと全力の殺し合いをしていましたのでね……」
「そう……」
「まあ、そうなった時の事を考えると、籠城戦じゃないのは不幸中の幸いと言うべきなんでしょうが、なぜ籠城しないんですか? 春蘭達が戻るのは明日の朝方でしょう?」
出城は普段使用している城よりも遥か南に位置している。
これは劉備達を城の手前で迎え撃つと同時に、南方に遠征している春蘭達とより早く合流できるように移動してきたのだ。それと同時に住民の居ない城なので、一般人への影響も一切ない。
「最初から守りに入るようでは、覇者の振る舞いとは言えないでしょう。そんな弱気な手を打っては、これから戦う敵すべてに見くびられる事になる」
「しかい、この戦いで負けたら、劣勢で攻めに出た暗君と言われかねませんよ?」
「だからこそよ。ここで勝てば、我が曹魏の強さを一層天下に示す事が出来る。こちらを攻めようとしている連中にも、いい牽制になるでしょうよ」
「そうすれば、零治達の負担も減る……と言う訳ですね」
「ええ。その為にも亜弥にも命を賭けてもらう必要があるわ。……頼むわよ」
「何を今更。戦場に立っている私はいつだって命を賭けて戦っていましたよ?」
「そうだったわね」
「華琳様! 出陣の準備、終わりました! いつでも城を出ての展開が可能です!」
「さすが桂花。すべき事が良く分かっているわね」
「はっ。各所の指揮はどうなさいますか?」
「前曲は私自身が率いるわ。左右は桂花と風で分担しなさい。亜弥、護衛として奈々瑠と臥々瑠を借りるわよ?」
「了解です。で、私の役目は?」
「亜弥は真桜と共に後曲で全体を見渡しておきなさい。戦場の全てを俯瞰し、何かあったらすぐに援護を回す事。それが貴方の仕事よ」
「お任せを。後方支援は私の得意分野ですので」
「先日の反董卓の戦で、諸葛亮と関羽の指揮の癖は把握しております。……必ずや連中の虚を突いてみせましょう!」
「ええ。よろしく」
(さて、この一戦……私達の命運を決める一戦となりそうですね。まあ、その先にどんな結末が待っていようが、私達は負ける訳にはいかない……だからこそ、私も全力を尽くす!)
亜弥はギュッと両手を握りしめながら城壁の向こう側に陣を構える劉備軍を睨み付けながらその瞳に闘志を宿す。
………
……
…
「この戦力差で野戦を挑むか……。無謀と言うか、自信過剰と言うべきか……」
(無謀、か……。情報によれば、今は向こうには零治殿は居ないそうだが……そういう意味では、ある意味こちらも無謀には違いない。もし、零治殿がこの場に現れた時、我々はあの方に勝てるのか……?)
関羽とは対照的に星は口にこそ出さないが、その胸中にほんの僅かな不安を抱く。
と、その時、華琳の軍勢の中から一人の人物が姿を現す。
「桃香様! 曹操さんが出てきました!」
「そっか……。なら、行ってくるね」
華琳と舌戦をするべく、その瞳に決意を宿しながら劉備は力強く頷き、華琳の所まで足を進めていく。
「良く来たわね、劉備。ちゃんと私の寝首を掻きに来た所は褒めてあげる。……ようやくこの時代の流儀が理解できたようね?」
「曹操さん……曹操さん達のやり方は、間違っています!」
「……何を言うかと思えば」
「そうやって、力で国を侵略し、人を沢山殺して……それで本当の平和が来ると思っているんですか?」
「本当の平和……ねぇ」
「そんな、力が物を言うべき時代は……黄巾党のあの時の終わらせるべきだったんです!」
「なら、どうして貴方は反董卓連合に参加したの? あれこそ、袁紹達諸侯が力で董卓をねじ伏せようとした……ただの茶番劇だったじゃないの」
「それは都の人達が困っていたからです!」
「都の民に炊き出しをしたいだけなら、別に軍を率いる必要は無かったでしょう。それこそ、自分達だけで都に行けばよかったのよ」
「けど、それだけじゃ……意味が無いはずです! もっと根本を何とかしないと! だから私達は、連合に参加して……」
「それこそ、貴方の嫌いな武力を使ってね」
「……っ!」
「官は腐り、朝廷も力を失っている。けれど、無駄なものは常にそこにあるのよ。それを正し、打ち壊すためには……名と力が必要なのよ。今、貴方が背負っているような……強く大きな力と、勇名がね」
「私の背中にあるのは、力なんかじゃない。志を同じくした……仲間です」
「同じ事よ。志を貫くためには力が必要。その力で全ての不条理と戦い、打ち壊し、その残ったものからでなければ平和は生まれないわ」
「違います! ちゃんと話し合えば、戦わなくたって理解し合う事は出来るんです!」
「ならば貴方はどうして今、ここに居る?」
「え……」
「話し合えば理解し合えると言うのなら、貴方がこの地に立つ前に、どうして私達の所には使者が来なかったのかしら? 連合の時でも、虎牢関やシ水閑に使者を送ろうとは言わなかったわよね?」
「……っ!」
そう。確かに劉備は反董卓連合時も、そして今この時も話し合いの場を設けるために使者を送ってはこなかった。
それは即ち、話し合う意思など無く、最初から戦うつもりでこの地に現れた事になるのだ。
その時、今の劉備に追い打ちをかけるように零治に言われたある言葉が脳裏をよぎる。
『お前は董卓達を保護する前に、何をしてきた?』
(っ!?)
『お前は今日この日まで、今の地位に辿り着くまで何をしてきたんだ……』
(わ、私は……っ!)
認めたくはない。零治に言われた事を認めてしまえば、自分が今まで信じて突き進んできた道その物を否定してしまうかもしれない。
零治の言葉を認めたくない一心で、劉備はその言葉を振り払うように頭をブンブンと左右に振る。
「どうしたの。こんな時に何か気がかりな事でもあるのかしら?」
「……いえ。何でもありません」
今はやるべき事がある。零治の言葉について考える時ではない。
劉備は自分にそう言い聞かせ、気持ちを切り替えて何とか気丈に振る舞う。
「そう。なら続けるわよ。……私達が先に攻め入ると言っていたから、話す必要は無いと見たのでしょう?」
「そ、それは……」
「力とはそういうものよ。相手が拳を持っていれば、怖くなって殴り返そうと思ってしまう。……殴られるかも、殴られるだろう、そして……殴られる前に、殴ってしまえ……とね。だから、私は先に拳を示すの。殴って、殴って、殴り抜いて……降った相手を、私は慈しむわ。私に従えば、もう殴られる事は無いと教え込むの」
「そんな、無茶苦茶な……! そこまでずっと戦い続ける気ですか!」
「そうよ」
「!」
「話し合いで妥協できる程度の理想など、理想とは言わない。……おおかた呂布との共闘にしても、城の一つでもくれればいいとか……貴方の理想の片手間で済ませられる条件だったのでしょう」
「そ、それは……!」
「けれど、私の理想は片手間では済まないわよ。私はどうあれ、貴方を叩き潰す。貴方の大嫌いな、力と兵と命をぶつけて……。貴方が正しいと思うのなら、今こそ私を叩き潰しなさい。その時は、私は貴方の前に膝を折ることでしょう。首を取るなり貴方の理想に従わせるなり、好きにすれば良い」
「この兵力差で……曹操さんは本当に勝てると思ってるんですか?」
状況は絶望的と言っても過言ではない。
万全の劉備軍に対し、華琳の軍勢は主力のほとんどが城を出払っていて不在なのだ。おまけに劉備軍の所にはあの呂布も参戦している。勝てる可能性は無いに等しい。
だがそれでも華琳は不敵な笑みを崩さない。
「ふっ……負ける戦はしない主義よ」
「曹操さん。もしここで降参してくれたら……貴方の国は、貴方に任せても良い、そう思ってるんです。だから……降参してください」
「……あらあら。平和が一番と言いながら、兵力を盾にこちらを恫喝するつもり?」
「そ、そういう訳じゃ……っ!」
「力ずくなのは嫌いじゃないわよ。……けれど、そんな話は私に膝を折らせてからにしなさい」
「どうしても……戦わないとダメですか?」
「当然でしょう。私が納得しないもの。そうしなければ、私は明日にでも貴方を裏切って、全力で貴方の城に攻め入るわよ。それでもいいのなら、貴方のしたいようになさい」
「……分かりました。戦いたくはないけれど、私は貴方を叩き潰します。それで……納得してくれるんですね?」
「ええ。知略と力、そして互いの信念を存分にぶつけ合いましょう。もしここで力尽きたとしても、私は貴方を一片たりとも恨みはしないわ」
「……はい」
話を終え、双方は互いの陣へと引き返していく。その際の華琳の表情は満足げなものだった。
もはや後に引く事は出来ない。ここまで来たらするべき事はただ一つ、この一戦を乗り切るために死力を尽くす、ただそれだけである。
その決意を胸にし、陣に戻った華琳は力強く声を発する。
「亜弥!」
「はっ!」
「全軍を展開するわよ! 弓兵を最前列に! 相手の突撃を迎え撃ちなさい!」
「了解!」
「その後、亜弥は後曲に。第一射が終わったら、左右両翼は相手を撹乱なさい! その混乱を突いて、本隊で敵陣を打ち崩すわよ!」
「御意!」
「奈々瑠、臥々瑠。華琳を絶対に死なせてはいけませんよ」
「はい! 誰が来ようと、華琳さんには指一本触れさせません!」
「うんうん。逆にそいつらをアタシ達が返り討ちにしてやるからね!」
「華琳……奈々瑠と臥々瑠が一緒とはいえ、くれぐれも気を付けてくださいよ」
「貴方こそ。……私の背中は任せたわよ」
「ええ。零治に代わって全力で支えて見せますよ」
「ふふっ、良い返事ね」
華琳は小さく笑い、兵達に視線を向け、力強い大音声の号令を放つ。
「聞け! 勇敢なる我が将兵よ! この戦、我が曹魏の理想と誇りを賭した一戦となる! この壁を越えるためには皆の命を預けてもらう事になるでしょう! 私も皆と共に剣を振るおう! 死力を尽くし、共に勝利を謳おうではないか!」
「敵陣、動き出しました!」
「これより修羅道に入る! 全ての敵を打ち倒し、その血で勝利を祝いましょう! 全軍前進!」
双方の軍勢が砂塵を舞い上げながら一斉に突撃を開始。
互いの信念と誇りを懸けた運命を分ける戦いが今始まった。
………
……
…
時は遡ること数時間前。
「……ふぅ」
南方へ春蘭と共に孫策の動向の偵察任務に赴いていた零治だったが、零治は残りの期間の作業は春蘭に任せ、零治本人は一足先に帰還する事にし、現在は領内にある街に立ち寄り、茶店で茶をすすりながら小休止を取っていた。
「この調子なら今夜中には城に着くだろうな。……嫌な予感がしたから、なんて理由で先に帰ってきたら華琳の奴、絶対に怒るだろうなぁ。まあ、ただの思い過ごしだと思うんだが……」
「た、大変だぁ!」
街の住民の一人が慌てた様子で息を切らしながら零治が居る茶店まで駆け込んでくる。
「どうした? 何があったんだ?」
「りゅ、劉備軍の奴らが呂布を引き連れて国境を越えて攻め込んできたんだ!」
「何っ!?」
零治の顔色が変わる。
劉備軍には黒狼達が居て只でさえ厄介だというのに、その上に呂布まで加わったとなればのんびりと茶など飲んでいる場合ではなかった。
「オヤジ! 金はここに置いていくぞ!」
零治は卓の上に金を叩き付けるように置いて、大急ぎで自分が使用している馬の所まで駆けつけ、素早く跨り、鞭を打って城まで一気に飛ばしていく。
「ちっ! 嫌な予感ほど当たるとはよく言ったものだぜ! 何とか戦いが始まる前に到着できればいいんだが……何にせよ急がないとな!」
零治は馬の速度を更に飛ばし、仲間たちの危機を救うために、乾いた風が吹き付ける荒野を一直線に駆け抜けていった。
作者「ようやくここまで来たぜ……」
零治「確かこの辺の話を書いてた頃だよな? にじファンの閉鎖が決まったの」
亜弥「ですね。それで移転先など探し回ったりして」
奈々瑠「移転先が見つかったはいいが、使いにくいと嘆いていた時になろうでも投稿可能になって」
臥々瑠「いざこっちで再開すればしばらくの間ストップして」
作者「で、現在に至ってる訳で」
零治「ようやく先に進めるわけだ」
亜弥「ちなみに、バックアップの方は?」
作者「残り5話……」
零治「ふむ。新たなスタートラインもようやく見えてきたな」
作者「そうだな。そして更新速度は一気に遅くなるわなぁ……」
奈々瑠「またそれですか。そこは仕方ないでしょう」
臥々瑠「前も言ったけど、気楽にいこうよ、気楽にさ」




