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第37話 犬耳姉妹の料理奮闘記 臥々瑠編

作者である私が言うのもなんですが……臥々瑠ってこんなキャラだったか……?

「う~ん……」



朝方から臥々瑠は城壁の上に座り込み、足をパタパタと動かしながらしきりに首を捻って唸りながら何かを考え込んでいた。

それは昨日、奈々瑠が非常に上機嫌だった事。結局奈々瑠本人も上機嫌だった理由を教えてくれなかったので、その事が臥々瑠の頭の隅に引っ掛かり、一体何が理由で奈々瑠の機嫌が良かったのかを未だに考えていた。



「分かんないなぁ。ご飯を持って行っただけでどうして機嫌が良くなるんだろう? ……う~ん」



考えるよりも先に身体が動く臥々瑠にしては珍しく思考モードに入っていた。

それこそ頭から湯気が出るのではないかと思うほど深く深~く考え、しばらくしてハッと顔を上げる。



「あっ……ひょっして……」



臥々瑠の頭の中に一つの図式が構築される。それは以下のような物だった。

零治に手料理を食べさせる→褒められる→頭を撫でてもらう→ご機嫌。



「そうだ! きっとそうに違いないっ!」



臥々瑠の考えは間違ってはいないのだが、かと言って完全な正解とも言えなかった。

何しろ当時、臥々瑠は季衣と一緒に街へ屋台の食べ歩きをしに行っててその場に居なかったので、零治が料理を作るのが面倒だと言った事も、そしてそれが理由で奈々瑠が零治に手料理を食べさせるきっかけになった事も知らないし、奈々瑠が手料理を振舞った本当の理由も知らないので無理もない。



「うーっ! 奈々瑠だけずるい! こうなったらアタシも兄さんにご飯を作って、褒めてもらうんだからぁ!!」



臥々瑠はその場から力強く立ち上がり、赤い瞳に奈々瑠に対する対抗心? の炎をメラメラと燃え上がらせ、決意を新たにする。



「……とは言ったものの」



臥々瑠はストンと城壁に座り込み、再び思考モードに入る。



「アタシ料理なんてした事が無いし、手の込んだ料理なんて作れる訳が無いし、ぶっちゃけアタシは食べる専門だもんなぁ。う~ん、どうしよう……」


「ん? おぉ、臥々瑠。こんな所に居たのか」


「うん? 秋蘭じゃん。どうしたの? アタシになんか用?」


「うむ。実はお前にも協力してもらいたい事があってな」


「別にいいけど。……あっ、言っとくけど書類仕事ならお断りだからね」



臥々瑠はジト眼で釘を刺すように言ってくるので、秋蘭は思はず苦笑する。



「そういった事では安心しろ。むしろお前が喜びそうな話だぞ」


「アタシが喜ぶような?」


「まあ詳しい話は移動しながらするとしよう。季衣と流琉も待たせているのでな」


「そうなんだ。じゃあ準備してくるから、先に出口で待っててくれる?」


「うむ。なるべく急いでくれよ」


「は~い」



臥々瑠は一旦自室に戻り、手早く準備を済ませ城の出口で秋蘭達と合流し、目的の場所を目指し出発した。


………


……



「猪~?」


「うむ。近頃この付近の村の田畑が猪に荒らされていると住民から報告があってな。今からそれの討伐に向かうのだ」


「ねえ秋蘭。そういう仕事って、普通お城の兵隊さん達がやるんじゃないの?」


「ああ。始めはそうしていたのだが、どうもその猪はかなりの大形な上に気性も非常に荒くてな。兵士達では手に余るので我々に白羽の矢が立ったという訳だ」


「ねえ。こういう時こそ春蘭の出番じゃないの?」


「……臥々瑠。お前の言いたい事も分かるが、生憎と姉者は別件の仕事が入っていて今日は居ないのだ」


「で、アタシ達って訳なのね」


「うむ。すまんが今日はよろしく頼むぞ」


「はいは~い。最近身体を動かす事が無かったから退屈だったんだよね。どーんと任せといて♪」



臥々瑠はエヘンと胸を張り、トントンと軽く叩く。



「ふっ。頼もしい事だな。では、お前の働きに期待させてもらうとするか」



そうして秋蘭達は目的の村を目指し、足を進めていった。


………


……



「では、私は村長の所に行って詳しい話を訊いてくるから、三人はここで待っていてくれ」


「は~い」



目的地に到着した秋蘭達は一旦村の中にある小さな茶店で臥々瑠達に小休止を取らせ、その間に秋蘭は話を訊きに村長の住まいまで足を運んでいった。



「猪。猪かぁ……」



臥々瑠は茶店の椅子に座り込み、足をパタつかせながら頬杖をつき、猪猪と一人ブツブツと呟く。



「にゃ? 臥々瑠、どうしたの? そんなに猪が気になるの?」


「いや~、気なるというか何と言うか……」


「?」


「臥々瑠さん。何か悩み事でもあるんですか? 私達でよかったら相談に乗りますよ」


「…………」



臥々瑠は流琉の声が聞こえていないのか、両腕を組み、渋面を作って地面を睨みつけながら何かを考え込んでいる。



「ねえ、流琉。今日の臥々瑠、やけに静かだと思わない……?」


「そうね。何か考え事をしているみたいだけど……季衣、何か知ってる?」


「ううん。流琉も……知らないよね……?」


「うん……」



二人は臥々瑠の様子が気になり、心配そうな顔で臥々瑠の姿を無言で見守る。



(猪、猪……肉……肉っ!? お肉!)



臥々瑠の頭上にピコーンと電球のマークが浮かび上がり、何かを閃いたのか、いきなりその場から立ち上がり、歓喜の表情で大声を張り上げる。



「そうだ! 肉だ! 肉ーーーーっ!!」


「うわっ!? ど、どうしたの、臥々瑠!?」


「が、臥々瑠さん!?」


「肉! 肉! 肉! 肉ぅぅぅぅぅっ!!」



臥々瑠が突然大声で叫びだすので、季衣と流琉はびくりと肩を震わせ、驚いた表情で臥々瑠に声をかけるが、本人にその声は届いていないようで、臥々瑠は周りの事など気にも留めずに意味も無く、肉、肉と連呼し続ける。

その様子に村の住民達も何事かと臥々瑠の方に視線を向ける。



(そうだ! あったよ! アタシにも作れる料理がっ!)


「が、臥々瑠。ど、どうしたの……? さっきから肉肉って叫んだりして……」


「臥々瑠さん、お肉が食べたいんですか……?」


「二人ともっ!」


「うわっ!? な、何!?」


「ひ、ひゃい!? 何ですか!?」



いきなり臥々瑠がギラリと赤い瞳を光らせながら睨みつけてくるので、季衣と流琉はびくりと肩を震わせ上ずった声で返事をする。



「二人とも、こっちの世界の人って猪の肉も食べるよね?」


「……へ?」


「……はい?」



臥々瑠の口から予想もしない質問が出てきたので、季衣と流琉はキョトンとしながら首を傾げる。



「どうなの?」


「え? あ、あぁ……う、うん。そうだね。確かに食べるけど……そんな事を急に訊いたりしてどうしたの?」


「臥々瑠さん、もしかして猪料理が食べたいんですか……? だからさっきあんな事を?」


「あ、ううん。そうじゃないよ。ただ、猪の肉が食べれるかどうか確認したかっただけだから」


「そ、そうなんだ……」


「は、はぁ……」


(ふっふっふ。完璧だぞ。奈々瑠だけにいいカッコなんかさせるもんか! これでアタシも兄さんに褒めてもらうんだから!)



臥々瑠は不敵な笑みを浮かべながら決意を胸に宿し、右手を力強く握り締めながら空に掲げる。



「よーし! アタシもやるぞーーーーっ!」


「……何をそんなに騒いでいるのだ。臥々瑠……」



村長から話を訊き終えてその場に戻ってきた秋蘭が臥々瑠に呆れた視線を向けながら声を掛ける。



「あ、秋蘭。話は終わったの?」


「ああ。一応な。……で、お前は何を意味も無く騒いだりしているのだ……?」


「あ、ううん。別に何でもないよ」


「そうは見えないが……」


「気のせい気のせい。……所で話の方はどうだったの?」


「ん? ああ。村長の話によると、目的の猪はこの近くにある森を縄張りにして活動しているとの事だ。小休止が終わり次第、森に向かうぞ」


「は~い」



しばしの小休止を終えた秋蘭達は目的の猪が潜んでいる森に足を運んでいく。


………


……



「着いたぞ。ここがそうだ」



目的の森に着いた秋蘭達は草木がおおい茂った密林を見回す。



「で、目的の猪はどうやって捜すの?」


「そうですねぇ。こういう場合、縄張りとして活動している周囲の草木に何かしら痕跡があるはずですから、まずはそれを捜すべきですね」



臥々瑠の疑問に流琉が答える。



「じゃあ、基本方針はそれで決りだね。村の人達のためにも頑張りましょうね、秋蘭様」


「うむ。だが、くれぐれも怪我はせぬようにな、季衣」


「はいっ!」


(ふっふっふ。その猪をアタシの手でぶちのめして、そしてそいつの肉を……)


「……うん? 臥々瑠さん、どうしたんですか?」



血に飢えた獣のような眼で森の遥か奥を睨みつける臥々瑠の姿が気になった流琉が声をかけるが、臥々瑠にその声は届かず、一人先に足を進めていく。



「肉、肉、肉、肉……」


「……二人とも。臥々瑠の奴、一体どうしたのだ? さっきから肉肉とブツブツ呟きながら先に進んでいるが……腹でも減っているのか……?」


「さ、さあ……? ボク達も村でちょっと話を訊いてみたんですが……」


「その様子だと何も分からないようだな……」


「はい……」


「まあ……いい。とにかく、私達も例の猪の捜索を開始するぞ」


「はい」



そうして秋蘭達は目的の猪の捜索を開始。

まずは縄張りの痕跡が無いか周囲の草木に眼を走らせながら奥へと進んでいく。


………


……



「…………」


「……居ませんねぇ」


「季衣、そんな都合よく見付かれば誰も苦労しないわよ。こういうのは根気が大事なんだから」


「それぐらい分かってるよ。ちょっと言ってみただけじゃん……」


「おい季衣、流琉。喧嘩はよさないか」



既に捜索を開始してから随分な時間が経っているが、目的の猪は一向に見つかる気配が無く、メンバー達にも疲労と苛立ちが募り始めていく。

しかし、それでも根気よく足を進め、捜索を続ける。



「……やはり、そう都合よくは見付からんのだろうが、流石にそろそろ見付かっても良いと思うのだがな」


「そうですね。さっき通った道の周囲の木に獣の縄張りの印と思われる痕跡がありましたし、多分この近辺に潜んでる可能性があるとは思うんですが……」


「うぅ。秋蘭様ぁ、少し休みませんかぁ。ボクちょっと疲れちゃいましたよ……」


「そうだな。よし。では、ここで少し休息を取るぞ」



秋蘭達は一時捜索を中断し、軽い休憩を取るため各々は周囲の木の根に腰を下ろし、携帯している竹の水筒を手に取り水分補給を行う。



「ん、ん、ん……。ふぅ……」


「くんくん……くんくん……」



秋蘭達は休憩を取っているのに、臥々瑠は一人で四つん這いになりながらその辺りの地面や周りの草木の匂いを嗅ぎ取り、何かしらの手掛かりが無いか調べている。

見かねた秋蘭が指揮官として臥々瑠に声をかける。



「臥々瑠。逸る気持ちは分からんでもないが、焦っても仕方が無い。お前も疲れているのではないか。少しは休め」


「ん~、もう少しだけ……くんくん、くんくん……」


「やれやれ。熱心な事だな。だが無理だけはするなよ」


「は~い」



臥々瑠は秋蘭の言葉を適当に聞き流し、ひたすらに捜索を続ける。



「くんくん、くんくん。……むっ!?」



匂いを嗅ぎ取ってる時に何かの気配を感じ取ったのか、不意に臥々瑠はその場から立ち上がり、頭に付いてる犬耳をぴょこぴょこと動かし、周辺の空気の匂いを嗅ぎ取るように鼻をスンスンと鳴らす。



「どうした、臥々瑠。何か分かったのか?」


「ごめん秋蘭、ちょっと黙ってて……」


「ん? あ、ああ……」



臥々瑠が険しい表情で周囲の茂みに視線を走らせながら手で静止するので、秋蘭は困惑の表情を浮かべながら黙り込む。

しんと静まり返っている密林。静かな風が吹き付け、周囲の草木が小さく揺れ動き、カサカサと静かに音を立てる。だが、それに紛れるように奥の方の茂みが大きく揺れて、ガサガサと大きな物音を立てる。




「三人とも。どうやら標的が向こうからおいでなすったみたいだよ……」



臥々瑠が静かに呟き、三人の間に緊張が走る。



「何? 臥々瑠、確かなのか?」


「うん。あそこの茂み……あの中に潜んでいるよ」



臥々瑠は声を潜めながら目の前のに茂っている、やたら背の高い草が生えている草むらを指さす。

臥々瑠が真剣な表情で言うので、間違いないと判断した秋蘭達は手にしている自身の武器に手をかけ臨戦態勢に入る。



「臥々瑠、動く気配はあるのか……」


「ううん。向こうはこっちの出方を窺ってるみたいだね。でも、いつ襲いかかってきてもおかしくないよ……」


「よし。三人とも散開しろ。私が茂みの中に矢を放って敵を追い立てるから、飛び出してきた所を一気に叩くんだ。いいな」



秋蘭は手早く指示を出し、臥々瑠達は無言で頷く。

臥々瑠達が散開したのを確認した秋蘭は矢筒から矢を三本引き抜き、弓につがえ弦を引き絞る。



「…………ふっ!」



三本同時に放たれた矢は一直線に飛んでいき、ガサガサと大きな音を立てて茂みの中に飛び込んでいく。

しかし、臥々瑠が目的の猪が潜んでいると指摘した茂みからは何の反応も返ってこない。

だが次の瞬間……。



「ブギーーーーっ!!」



茂みの中から怒り狂った巨大な猪が鼻息を荒くしながら自身に攻撃を仕掛けてきた秋蘭に向かって猛スピードで突進をしてきた。



「なっ!?」


「秋蘭様っ!」


「くっ!」



秋蘭は素早くその場からサイドステップを行い、猪の突進攻撃を躱す。

猛スピードで突っ込んできた猪は止まることなく、秋蘭が居た場所の後ろにそびえ立っていた巨大な大木に激突し、地面を揺るがすような轟音を立て、大木に実っていた木の実がボトボトと地面に落下してくる。



「秋蘭様、大丈夫ですか!?」



流琉が慌てた様子で秋蘭の下に駆け寄る。



「ああ。……しかし、なんて大きさの猪だ。話を聞いた時は誇張だと思っていたのだが、まさか本当だったとは……」



猪の平均体長はおよそ二m前後なのだが、秋蘭達の目の前に居る猪の体長は五mはあると思われるほどの巨体をしている。ここまで来るともはや化物と言っても過言ではない。

口に生やしているねじれた牙も太くて長く、先端は鋭く尖っていて、とても雄々しい姿をしている。



「うぅ……。よくも秋蘭様を……このおぉぉぉっ!!」



秋蘭の事をとても慕っている流琉は怒りを露わにし、伝磁葉々を振り回し、ヒュルルルンと唸りながら先端に取り付けられている巨大な円盤が猪の頭に直撃する。



「ブギャっ!?」


「やったかっ!?」



猪は堪らず悲鳴を上げて思わず怯む。しかし……。



「ブルルルル……」


「嘘っ!? 効いてないのっ!?」



あまり効果は無かったようで、猪はブルンブルンと頭を軽く振り、自分に攻撃をした流琉に対して怒りを露わにし、前足で何度も地面を蹴りながら突進の体勢に移り、狙いを定める。



「ブギーーーーっ!!」


「流琉! 伏せて!」


「季衣!?」



流琉の背後に立っていた季衣が鋭く叫び、流琉は素早く身をかがめる。

それと同時に季衣の岩打武反魔の巨大な鉄球が飛来し、突進を繰り出してきた猪の頭に直撃する。



「ブギっ!?」



猪は一瞬だけ怯み、足を止めるが先程同様効果はあまり無いようで、頭を軽く振るだけに止まっていた。



「くっ! 流琉と季衣の一撃に耐えるとは……この猪、化物か!?」


「秋蘭様、次が来ますよ!」



猪が再び前足で地面を蹴りつけ、秋蘭達に狙いを定めながら突進の姿勢を取る。だが……。



「おい! そこの猪野郎っ!!」


「ブギ?」



臥々瑠が猪に向かって声を荒げ、猪はクルリと臥々瑠の方に視線を向ける。



「な~にさっきからアタシの事を無視してるのさぁ。お前の相手はアタシがしてやる! さあ、さっさとかかって来いっ!」


「ブギッ!? ブルルルル……」



臥々瑠はビッと中指を突き立てて猪を挑発する。

その態度が癪に障ったのか、猪はその挑発行為に応じるように唸りながら臥々瑠に狙いを定める。



「おっ? その気になったぁ? よ~し、いいぞー。来い、来い……」


「なっ!? よせ臥々瑠! 下手に挑発するんじゃない!」


「だーいじょうぶだって、秋蘭。こんな猪野郎なんかアタシの敵じゃないって事を今からコイツに徹底的に教えてやるから」



臥々瑠は不敵な笑みを浮かべながら指の骨をポキポキと鳴らし、両脇を閉めてファイティングポーズを取り、シュシュシュと口で効果音を言いながらシャドーボクシングして見せ、猪を更に挑発する。



「ブギーーーーっ!!」



頭に来た猪は甲高い鳴き声を上げながら鼻息を荒くし、臥々瑠に向かって一直線に突進をする。

対峙する臥々瑠は相変わらず余裕の笑みを浮かべながら、来い来いと手招きをする。



「た、大変だぁ! 流琉、行くよ! 臥々瑠を助けないと!」


「うん!」


「待て、二人とも」


「どうして止めるんですか、秋蘭様!?」


「そうですよ! このままじゃ臥々瑠さんが!」


「大丈夫だ。臥々瑠の後ろをよく見てみろ」



秋蘭は顎をしゃくって季衣と流琉に臥々瑠の後ろを見るように促す。

その視線の先にある物、それは臥々瑠の身長の三倍ぐらいはあると思われる巨大な岩の塊。



「……あっ! もしかして臥々瑠は、あの岩を使って」


「うむ。あれだけの巨大な岩に、あの勢いで突っ込めば流石の猪もひとたまりもないだろうな」


「よーし、いいぞぉ。そのまま。そのまま来い……」



臥々瑠は一瞬たりとも猪から眼を離さず、じりじりと後ろに下がりながら自分の背後に存在する巨大な岩石までおびき寄せる。

そして、猪が目前まで迫ってきた次の瞬間。



「今だ! ひょいっと!」


「ブギャ!?」



猪が激突する直前に臥々瑠はヒラリと身を躱し、勢いをつけすぎた猪はそのまま岩石にぶつかり、小さなうめき声をあげて動かなくなる。



「へへーん。どんなもんだい!」


「臥々瑠、やったね!」


「凄ーい。流石は臥々瑠さんです!」


「臥々瑠。見事な働きだったが、流石にあれは見ていて肝を冷やしたぞ。これからはあのような行為は控えてくれよ?」


「もう、秋蘭は心配性なんだからぁ。アタシがあんな猪野郎なんかに負けるわけ……っと。三人とも、まだ終わりじゃないみたいだよ……」


「何? ……なっ!?」



猪が激突した岩の方に視線をやれば、猪は臥々瑠達を睨み付け、またもや突進の姿勢を取りながら鼻息を荒くし、地面を前足で何度も蹴りつけて狙いを定めている。



「あれでもまだ生きているとは……とんでもない猪だな……」


「三人とも下がっていて。どうもあの猪、完全にアタシに狙いをつけているみたいだから……」


「なに言ってるんだよ!? ボク達も手伝うよ!」


「そうですよ! みんなで力を合わせれば、今度こそ!」


「大丈夫。アタシの事、信じて……」


「……分かった。だが、本当に危険だと判断した場合は私達も加勢するからな」


「ありがと。秋蘭」


「そういう訳だ。三人とも、邪魔にならないよう後ろの下がるぞ」


「分かりました。臥々瑠、気を付けてね!」


「危なくなったら、すぐに助けますから!」



秋蘭達は臥々瑠の闘いの邪魔にならないように、後方に下がり、静かに行く末を見守る。



「待たせたね、猪野郎。こっちもあんまり時間が無いから今度こそ終わりにしてやるよ。さあ、来なよ……。シュシュシュっ!」


「ブギーーーーっ!!」



猪は臥々瑠のシャドーボクシングの挑発に過剰に反応し、今までとは比べ物にならないほどの勢いの猛スピードで突撃してくる。

対峙する臥々瑠はファイティングポーズを取ったまま猪を鋭い眼光で見据える。

そして、猪がすぐ目の前まで迫ってきた次の瞬間。



「喰らえーー! 兄さん直伝の必殺っ! コークスクリューパーーンチっ!!」


「ブギャア!!??」



臥々瑠は渾身の力を込めたコークスクリューブローを猪の顔面にえぐり込むように叩き込み、真正面からその拳をもろに受けてしまった猪はまるでダミー人形のように凄まじい勢いで吹っ飛ばされ、先ほど頭から突っ込んだ岩石に身体を激しく叩き付けられ、そのままぐったりと地面に横たわりピクリとも動かなくなってしまった。



「三人とも、終わったよ~」



臥々瑠はくるっと後ろに振り返り、普段見せる無邪気な笑みで後方で待機している秋蘭達に呼びかける。

しかし、秋蘭達は先ほど自分達の前で起こった出来事に言葉を失い、眼を点にしながら呆然と立ち尽くしていた。



「お~い。三人とも~。どうしたの~?」


「が、臥々瑠。お前……今、何をしたのだ……?」



声を掛けられ我に返った秋蘭が恐る恐る尋ねる。



「え? 何の事を言ってるの?」


「何の事って……あれほどの巨体をした猪を、一体どうやって吹き飛ばしたのだ……? もしやお前も、音無のように魔法とやらが使えるのか?」


「ううん。使えないよ」


「ならば一体何を……」


「へっ? ただ普通にぶん殴っただけだけど?」


「…………」


「どうしたの、秋蘭。大丈夫?」


「あ、あぁ……。大丈夫だ」


「そう。所でさ、あの猪はどうするの?」


「ああ、あれは一旦村にまで運んで、住民達にあの猪で間違いないか確認してもらうのだが……あの巨体だと運ぶのは骨が折れそうだな……。一応縄は持ってきてはいるが、この大きさだと荷車を用意した方が早いかもしれんな」


「あっ、だったらアタシに任せてよ。こう見えてアタシ、力には自信があるからさ。秋蘭、縄を貸して」


「あ、あぁ……」



秋蘭は言われるがままに臥々瑠に縄を手渡し、縄を受け取った臥々瑠は猪の死体を縄でグルグル巻きにして、余った部分の縄を両手で持ちながら肩に掛ける。



「秋蘭、こんな感じでいいかな?」


「う、うむ。問題は無いと思うぞ……」


「そっか。じゃあさっさと村に戻ろうか。先に行ってるからね」



臥々瑠は猪の重さを感じさせない軽快な足取りをしながら両手で縄を引っ張り、猪をズルズルと地面に引きずりながら一足先に来た道を戻って行った。

取り残された秋蘭達はその後ろ姿を呆然としながら見送り、奇妙な虚無感を抱く。



「…………」


「ねえ、流琉。ボク達、来る必要あったのかな……?」


「……うん。私達じゃ歯が立たなかったあの大猪を、臥々瑠さんは素手で……しかも一撃で殴り倒しちゃったもんね……」


「二人とも、気持ちは分かるがそれ以上は何も言うな。……さて、我らも村に戻るぞ」



目的を果たし、村長に報告をするため、秋蘭達も村へと戻って行った。


………


……



村に到着してみれば、田畑を荒らしまわっていた大猪が仕留められたという話はあっという間に村の間に広まり、その大猪を一目見ようと村中の人が集まり、秋蘭達の周りは野次馬で埋め尽くされる。

その野次馬の中に村の代表者と見られる、白く長い顎鬚を生やし、杖を手にした老人の村長と思われる人物も交じっていた。



「村長よ。そちらの村の田畑を荒らしていた猪は、この大猪で間違いはないか?」


「はい。間違いありません」



秋蘭の問いに、村長は両手で杖を突きながらゆっくりと頷き、しゃがれた声で答える。



「これで村の田畑も荒らされずに済みます。ありがとうございます」


「いや、これが我々の仕事なのだ。気にする事はない」


「ねえ。おじいさん」



臥々瑠が秋蘭の背後からひょっこりと顔を覗かせながら村長に声をかける。



「ん? なんじゃね、お嬢ちゃん」


「あの猪なんだけど……貰っても構わない?」


「こら、臥々瑠。あれも村人達にとっては貴重な食料になるのだぞ。それを我々が貰うなど……」


「いえいえ。構いませぬ。どうぞ持って行ってくだされ」


「良いのか?」


「はい。儂らの村は特に食料には困っておりませんのでな。村を救ってくださったせめてものお礼です」


「やったー! おじいさん、ありがとう♪」


「すまんな、村長よ。ウチの者が我儘を言って」


「いえ、お気になさらないでくだされ」


「そう言ってくれると助かる。では、我らはこれで失礼させてもらう」


「はい。道中お気をつけて」



目的を果たした秋蘭達は、当初の予定には無かった大猪という報酬を手にし、城へと帰って行った。


………


……



「さ~て、どうしよう……」



城に帰り着いた臥々瑠は中庭で自身が仕留めた、縄でグルグル巻きの状態の大猪を目の前にして大いに頭を悩ませていた。



「某ハンティングゲームみたく、死体から剥ぎ取って生肉が手に入る訳じゃないもんねぇ。……どうしよう。どうすればいいの、アタシ!? このままじゃ日が暮れちゃうよ!」


「臥々瑠さん、何をそんなに悩んでいるんですか?」


「……ほえ?」



臥々瑠が頭を抱えて騒いでいたその時、臥々瑠の様子が気になった流琉が後ろから声をかけてきた。



(はっ!? そうだよっ! 流琉ならっ!)



臥々瑠は凄まじい剣幕で流琉に詰め寄り、ガシっと両肩を掴む。



「流琉っ!!」


「ひゃ、ひゃいっ!?」


「流琉っ! 流琉って、確か料理が得意だよねっ!?」


「……へっ?」


「得意だよねっ!?」


「は、はい! 確かに料理は得意ですけど……それがどうかしたんですか?」


「流琉、一生のお願い! 今すぐにあの猪を食べられるようにしてっ!」



臥々瑠はパンと両手を合わせ、頭を下げながら後ろにある大猪を指さす。



「……それって、あの猪を捌いてほしいって事ですか?」


「ダメ……?」


「いえ、それは別に構わないんですが……今すぐに食べるのは無理だと思いますよ」


「ええっ! そ、そうなのっ!?」


「はい。今の状態で捌いてしまうとお肉が硬すぎて、とてもじゃないですが食べられるような状態じゃないんですよ。でも、しばらく時間をおけば、お肉も熟成して食べられる柔らかさになりますし、捌くのにも何の問題もありませんよ」



流琉が言っているのは死後硬直の事。そして肉の熟成とは、最高硬直に達し、再び元に戻る事を言う。

ちなみにこれは腐敗ではなく、筋肉の脆弱化である。



「……どのくらい待たなきゃいけないの?」


「七日も経てば充分だと思いますけど……」


(一週間かぁ……。どうしよう。今すぐ料理はしたいけど、兄さん料理に関しては物凄く厳しいしなぁ……。失敗したら何を言われるか分かったもんじゃないし……)


「どうします? どうしてもと言うのでしたら、今すぐ料理もしますけど……」


「ううん。待つよ。じゃあ、捌くのは任せても構わないかな?」


「はい。任せてください」


「お願いね。……あ、それとね、流琉」


「はい?」


「捌いた肉なんだけど、どの部位でも構わないから、大きな塊の状態で置いといてくれるかな?」


「大きな塊……ですか?」


「そうそう。……こんな感じで」



臥々瑠は身振り手振りを交えながら流琉に肉の大きさを指定する。



「……よく分かりませんけど、とにかく大きな塊が欲しいんですね?」


「うんうん!」


「分かりました。任せてください。じゃあ、この猪は預かりますね」


「うん。頼むね~」



流琉は猪に巻かれている縄を掴み取り、解体時期まで一時保管をするためズルズルと引きずりながら厨房まで運んでいった。



「ホントは骨付き肉が一番理想的なんだけど、マンガ肉なんか実際に手に入る訳ないもんね。……そうだ! 塊の肉を焼くとなると、アレが要るじゃないか! そうと決まったら、次は真桜の所に行かなきゃ!」



何かを思い出したかのように臥々瑠は、ハッと顔を上げ、真桜の部屋を目指してその場を走り去っていき、あっという間に真桜の部屋の扉の前まで辿り着き、部屋の主が居るか確認もせずに部屋の扉をバンッと勢いよく開ける。



「真桜っ!」


「な、なんやぁっ!? 何事や!?」



いきなり部屋の扉が勢いよく開けられたので、真桜は思わず身構える。

そんな真桜の様子などお構いなしに臥々瑠はドドドと激しい足音を立てながら真桜に詰め寄る。



「真桜! 作ってほしい物があるんだ!」


「……なんや、臥々瑠かいな。いきなり部屋の扉を勢いよく開けなや。心臓に悪いやんけ」


「そんな事はどうでもいいの!」


「いや、良くはないやろ……。まあええわ。で、何を作ってほしいんや?」


「肉焼きセットを作って!」


「……肉焼き……なんやて?」



聞き慣れない言葉が混じっていたので、真桜は首を傾げながら訊き返す。

その反応がじれったいのか、臥々瑠はぶんぶんと両腕を振り回しながら喚き散らす。



「だ~か~ら~! 肉焼きセットを作ってほしいの!!」


「ああもう! 部屋の中でそんな大声で喚かんといてや! ……で、なんやの。その肉焼きなんとかって?」


「肉を焼くための道具」


「……まあ、別に作るんは構わんけど、それってどんな形と構造しとるん?」


「ええっと……このくらいの大きさの火をおこす平べったいかまどがあって、そのかまどの左右に肉の塊を刺す鉄の棒を支える支柱がある。それから肉を刺す棒には回すためのハンドル……じゃなくて、えっと……そうっ! 取っ手が付いてるよ」



臥々瑠は必死に頭を働かせ、頭の中のイメージを出来るだけこちらの世界の人間にも伝わりやすように言葉を選びながら真桜に懸命に伝える。

普通に考えるとこれだけでは上手く伝わらないようにも思えるが、真桜はふむふむと頷きながら臥々瑠が伝えようとしている物の形状と構造を脳内に構築する。



「なるほどなぁ……」


「えっと……どう? 作れそう?」


「まかしとき。実はこの前な、大将に言われて天の国の火をおこす道具……なんやったっけ? こんろ? あれの試作品を作っとる最中やったからな。そいつと組み合わせて一緒に作っちゃるわ」


「ホントに!? ありがとう! 真桜、だ~い好き!」



臥々瑠は顔をキラキラと輝かせながら真桜にギュッと抱きつく。



「あぁ、分かったき、そんなに抱きつきなや。部品がどっかいってまうやろ」


「あ、ごめん」


「まあええけどな。で、臥々瑠。その道具、いつまでに用意してほしいんや?」


「七日後」


「七日か……それくらいなら充分やな。分かった。ウチにまかしとき」


「うん。じゃあお願いね」


「おう。最高の物を用意したるき、期待して待っときや!」



真桜は部屋を立ち去る臥々瑠を見送りながら、グッと親指を立てながら不敵の笑みを浮かべる。



「ふっふっふ。これで準備は整ったぞ。後は一週間待つだけ……」



全ての準備が整い、臥々瑠は不敵な笑みを浮かべながらブツブツと独り言を呟きながら自室へと帰って行った。


………


……



それから待つこと一週間後の昼間。



「…………」



臥々瑠は流琉から捌かれた猪の肉の塊を受け取り、大事そうに両手で抱え持ちながら中庭で真桜が来るのを無言で流琉と一緒に待っていた。



「お~い、臥々瑠~。待たせたな~」


「あっ! 真桜~! こっちこっち~!!」



右手に支柱つきの平べったいかまど、左手に肉の塊を突き刺すハンドルつきの鉄の棒を抱えながら真桜が中庭に到着する。



「……真桜さん。その手に持ってる物は何ですか?」


「これか? これは臥々瑠に頼まれて作った、天の国の肉を焼くための道具、その名も肉焼き……臥々瑠、続きなんて言うんやったっけ?」


「セット」


「おお! そうそう。その名も肉焼きせっと君や!」



真桜は肉焼きせっと君を地面の上に置き、腰に手を当てながらエヘンと胸を張る。



「おおっ! 確かに肉焼きセットの形をしてる~! 真桜、凄~い!」


「せやろ! もっと褒めてや! 我ながら会心の作やで!」


「所で真桜さん。その、肉焼き……せっと君、でしたか? それってどうやって使うんですか?」


「あぁ、使い方はそんなに難しくはないで。……臥々瑠、まずこの鉄の棒に、その肉の塊を刺すんや」


「は~い」



臥々瑠は真桜に言われるがままに、持っている肉の塊を力任せに太い鉄の棒に突き刺す。



「刺したよ。で、次は?」


「次はその鉄の棒をかまどについてる支柱の上に乗せるんや」


「りょうか~い。乗せま~す♪」


「よーし。乗せたら後はコイツに火を点火するだけや」



真桜は腰に巻きつけてる様々な工具が収納されているポーチから手の平サイズの銀色に輝く金属の箱を取り出す。

臥々瑠はその箱に見覚えがあり、はてと首を傾げる。



「あれ? 真桜、それってジッポライターなんじゃないの?」


「おっ。よう分かったな」


「どうしたのそれ? まさか……兄さんか姉さんのを盗ってきたんじゃ……」


「ちゃうわ! そんな事をしたら姉さんはともかく、隊長は間違いなく怒るやろうが。……この前、姉さんから現物を借りて作ったんよ」


「へー。ライターまで作っちゃうなんて、真桜はホントに凄いねー」


「せやろ! しかし、このらいたぁっちゅうもんも凄いなぁ。これやったら持ち歩いてもかさばらんし、燃料さえ切らさんかったらいつでもどこでも火が点けれるからなぁ。ホンマ便利やで」


「……真桜さん。それより、火は点けなくていいんですか?」


「おっと、せやったな。んじゃさっそく……」



真桜はその場にしゃがみ込み、かまどの中に入れられている薪にライターを近づけて火を点火する。

しばらくすると薪に火が引火し、瞬く間に薪が燃え上がる。



「ちょ! 真桜さん! 火が強すぎますよ! これじゃお肉はあっという間に黒焦げになっちゃいますよ!」


「大丈夫や! こいつはただのかまどやない! ……あ、ポチっとな」



慌てふためく流琉とは対照的に真桜は余裕の表情でかまどの側面についている赤いボタンを押し、さらにその隣にある丸いつまみを少しずつ反時計回りに動かす。

すると、それと同時にかまどの火が少しずつ小さくなり火力が抑えられていく。



「あっ! 火がどんどん小さくなっていく!」


「おー。こっちも上手く作動しとるみたいやな」


「あれ? ひょっとしてこれ……。真桜さん。もしかしてこれ、こんろですか?」


「ん? なんで流琉がコイツの名前を知っとるんや?」


「いえ、この前、奈々瑠さんから話を聞いてたんで、もしかしたらと思って」


「せや。この前、大将に言われてそれっぽいもんを作ってみたんや。と言っても、まだコイツは試作段階やけどな」


「……爆発したりしないよね?」



肉を刺している鉄の棒についているハンドルを手に、ゆっくりとグルグル回しながら肉を焼いている臥々瑠が真桜にジト眼を向ける。



「ちょっ! 臥々瑠、その言い草はいくらなんでも酷すぎんか!?」


「だって……アタシ達の世界じゃ、試作型の発明品が爆発するのはよくある事だもん……」



余程の事がない限りそれはあり得ないだろう。

少なくとも、臥々瑠がマンガやアニメの見すぎなのは間違いない。



「酷っ! せっかく臥々瑠のために作っちゃったのに……」


「その点は感謝してるよ。でも、やっぱり不安だもん……」


「うぅ……。ウチってそんなに信用ないんかぁ……」


「ま、真桜さん、そんなに落ち込まないで……」


「…………」



真桜はよよよと泣き崩れるようにガックリと項垂れてしまい、流琉がそれを必死に慰める。

臥々瑠はそんな真桜の様子など気にも留めずに、肉を焼く事に全神経を集中させている。



「…………」


「しっかし、えらい地味な作業やなぁ……」


「まあ、ただ焼くだけですからそれは仕方がないかと……」


「そりゃそうか。……なあ、臥々瑠。その肉、焼きあがったらどうするんや? 自分で食うんか?」


「ううん。食べないよ」


「じゃあどうするんや?」


「ふふ~ん。内緒♪」



臥々瑠は意味深な笑みを浮かべながら真桜の疑問を適当にあしらう。

その時、流琉が何かを思い出したように小さく声を漏らす。



「……あっ、もしかして……」


「ん? なんや。流琉は知っとるんか?」


「はい。ついこの前の事なんですが、奈々瑠さんから料理の指導を頼まれたんですよ」


「料理の指導? 何でまた突然?」


「まあ、詳しい説明は省きますけど、奈々瑠さんが作った料理を兄様に食べさせて、兄様がその事を褒めてくれたそうなんですよ。奈々瑠さん、その事をすごく楽しそうに私に教えてくれましたよ」


「ふーん。けど、その話が今の臥々瑠の行動とどう関係してくるんや?」


「奈々瑠さん、その時、臥々瑠さんに兄様の部屋から出てくる所を見られたそうなんですよ。事情は説明しなかったそうですけど、その時に料理に使ったお皿を持っていたみたいですし、少し考えるか、兄様から話を訊いたんだとすれば……」


「……あっ、ちゅうことは臥々瑠の奴……」


「はい。奈々瑠さんに対する対抗意識があってあんな事をしてるんじゃないかと……」


「子供やなぁ……」


「しっ! 真桜さん、聞こえちゃいますよ! 臥々瑠さんは物凄く耳がいいんですからっ!」


「あっ!? そ、そうやった!」



真桜は慌てて口を両手で塞ぎ、臥々瑠に視線をやる。



「…………」



臥々瑠は相変わらず終始無言のまま真剣な表情で肉の刺さった棒をグルグルと回し続けている。



「ほっ……どうやら聞こえとらんみたいやな……」


「ですね。それだけ集中してるって事なんでしょうね」


「にしても、いつまでああしとるつもりなん? そんなに時間がかかるもんなが?」


「そうですねぇ。丸焼きではありませんが、それなりに大きな肉の塊ですから多少なりとも時間はかかるでしょうからね……」


「…………」



真桜と流琉が見守る中、黙々と肉を回しながら焼き続ける臥々瑠。

そんな状況がしばらくの間続き、幾ばくかの時間が流れ、次第に日が傾き始める。



「なあ、臥々瑠。流石にもう焼けたんちゃうんか?」


「う~ん……そうだね。ちょっと確認してみようかな。ねえ、流琉」


「はい。何ですか?」


「悪いんだけど長めの鉄串を一本取ってきてくれる? 後、この肉を乗せる大きなお皿も」


「分かりました。ちょっと待っててください」



流琉は臥々瑠に頼まれた物を取りに、厨房まで足を運ばせていく。



「臥々瑠。皿は分かるんやけど、鉄串なんかなんに使うんよ?」


「肉に火が通ってるか確かめるのに使うの」


「鉄串で? どうやって?」


「すぐに分かるよ」


「臥々瑠さん。お待たせしました」



そこへ、頼まれた大皿と鉄串を持って流琉が戻ってくる。



「ん、ありがとね。じゃあちょっとその鉄串を貸して」



臥々瑠は流琉から鉄串を受け取り、肉の中心点に深々と突き刺し、五秒ほど時間を置いて串を引き抜き、肉に刺していた部分を自分の下唇に当てる。



「あぁ、なるほど。ああやって確かめるんか」


「はい。あれで鉄串が熱くなっているかで中にまでちゃんと火が通ってるか分かるんですよ」


「……熱い。よしっ!」



臥々瑠は力強く頷き、ハンドルを持つ手に力を込めて、肉を突き刺したままそれを片手で持ち上げ、上空に掲げる。



「上手に焼けましたーーっ!!」


「臥々瑠、いきなり一人で何を言っとるんや……?」


「いや、なんとなく言わなきゃいけないような気がして……」


「意味が分からん……」


「まあそれはともかく……確かに上手に焼けてますね。臥々瑠さん、早いとこそれをお皿に」


「あ、うん」



流琉に促され、臥々瑠は肉を皿の上に乗せ、刺している鉄の棒をゆっくりと引き抜き、肉焼きせっと君の支柱の上に戻し、皿を流琉から受け取り、まじまじと肉を見つめる。



「…………」


「どうしたんや? そんなに肉を見つめて。まさか食いたくなったんか?」


「ううん。そうじゃないよ。ただ……」


「ただ、何ですか?」


「……なんか物足りない」


「はあ? 物足りんて……何が物足りんがよ? 旨そうに焼けとるやんけ」


「あ、そうか。……ねえ、流琉」


「今度はなんですか?」


「厨房にさ、捌いたあの猪の骨ってまだ残ってる?」


「骨ですか? はい。まだありますけど」


「じゃあちょっと一緒に厨房まで来て」


「はぁ。それは構わないんですが……」



流琉はチラリと真桜に視線を向ける。



「ああ、かまへんで。ここの片づけはウチがやっとくき」


「すみません」


「流琉! 早く早くー!」


「あ、はーい。今行きまーす」



先に厨房に向かって走り出す臥々瑠を追うように、流琉も小走りでその場を走り去っていく。



「……よしよし。この試作型のこんろ、上手く作動しとったみたいやし、この調子で完成までこぎつけるで! ほんじゃま、チャッチャと片付けますかいな」



真桜はこんろのスイッチを切り、チロチロと燃えていた残り火を消して、片付けに取り掛かり、本体に手を伸ばすのだが……。



「あっつぅ!? ……あかん。本体が熱すぎて持てへん。あれ? ちゅう事は、ウチこいつが冷めるまでおらなあかんが……? しゃあない、待つか。幸い今日は仕事休みやし……」



真桜は肉焼きせっと君の隣に座り込み、何をするのでもなく一人ポツーンとしながら本体が冷めるのをひたすらに待つのだった。


………


……



厨房に到着した臥々瑠は皿を手にしながら骨、骨と喚き散らしながら厨房内を見回す。



「骨、骨、骨、骨、骨ぇ! 骨はどこーー!?」


「が、臥々瑠さん、落ち着いてください! 骨ならここにありますから」



血走った眼で周囲を見回しながら叫ぶ臥々瑠を、後から来た流琉が宥めながら厨房内の調理台を指さす。

台の上には例の大猪の骨が大量に積み上げられていた。



「おおっ!!」



感極まりの表情で臥々瑠は台まで駆け寄り、まじまじと骨を見つめる。



「臥々瑠さん、骨なんか何に使うんです? 出汁でも取るんですか?」


「ううん。この肉の左右に刺すの」


「……はい?」



臥々瑠の言ってる意味が理解できず、流琉はキョトンとした表情で首を傾げる。



「だからこのままじゃ手で持って食べれないじゃん。だから手で持てるように骨を突き刺すの」


「はぁ……」


「さーてどれにしようか。……これは小さすぎ。こっちは……あばら骨だから論外…………おっ?」



骨の山の中に埋まっていた、一際太くて大きな骨、大腿骨に臥々瑠の眼が止まる。



「おおっ! これなんかそれっぽくて良さそうじゃん! よし! これにしよう! ……でも、肉のカスが邪魔くさいなぁ……」


「あ、それでしたら少し茹でて、包丁で削ぎ落とせますよ」


「ホント!? じゃあ流琉、やってくれる!」


「分かりました。じゃあ、少しの間待っててくださいね」



流琉は寸胴鍋をかまどの上に置いて充分な量の水を中に注いで火を点け、水が沸騰し始めた所で骨を煮えたぎった熱湯の中に入れてグツグツと煮込み、待つこと約三分。

かまどの火を消して鍋から骨を取出し、骨に残っている肉のカスや軟骨を包丁を使って丁寧に取り除き、臥々瑠に手渡す。



「はい。出来ましたよ」


「おお! 流石は流琉~♪ ……よ~し、後はコイツを綺麗に真っ二つにして……って、鵜丸は部屋に置いてきてるんだった。うぅ、取りに戻るのは面倒だし、こうなったら……」


「ん? 臥々瑠さん。何をするんですか?」


「うん。ちょっとね。……それ」



臥々瑠は手に持っていた骨をポーンと軽く上空に放り投げる。

それからすぐに臥々瑠自身も軽く跳躍し、ギラリと眼を光らせ、右手に全神経を集中して骨に狙いを定めながら右手を振り上げる。



「うりゃあっ!」



裂帛の気合いと共に、臥々瑠は骨の中心点に手刀を叩き込み、そのまま床に着地して、両手を開きながら軽く前に突き出す。

それから少し遅れて、臥々瑠の手刀によって真っ二つに切断された骨が落ちてきて、ポン、ポンと臥々瑠の両手に握られる。



「……完璧」


「…………」



目の前で起こった光景にどう反応していいか分からない流琉はポカーンとした表情で臥々瑠を見つめる。

そんな流琉の姿をよそに、臥々瑠は手にした骨を焼きあがった肉の塊の左右の穴に力任せに捻じ込む。



「出来たー! こうして見ると、結構マンガ肉っぽいじゃん! 会心の力作だぞ! 流琉、今日はホントありがと! さっそくこれを兄さんの所に持って行くよ! じゃあねー!」


「あっ……は、はーい……」



キラキラとした満面の笑みで臥々瑠は皿を手に取り、蓋をしてドタバタと騒がしい足音を立てながら厨房から走り去っていった。

臥々瑠の後姿を見送った流琉はチラリと調理台の上に積み上げられている骨の山に眼をやり、その中から一本の骨を手に取り、手刀の構えを取る。



「…………やめとこ。私なんかに真似が出来るわけないもん」



流琉はポツリと呟き、骨を山の中に戻し、厨房を後にした。


………


……



日も沈み辺りは既に暗くなり始めている。

そんな中、零治は自室に籠り、机に向かって警備隊員達から受けた報告内容の全てを書類としてまとめる仕事に没頭し、黙々と手を動かしている。



「んんっ……あぁ……この辺で一区切りつけて、飯にでもするかな」



作業の手をいったん止め、零治は椅子の上で大きく伸びをし、肩を押さえながら首の骨を鳴らす。

と、その時、部屋の外からドドドと大きな足音が響き、どんどん部屋の方に近づいてくる。



「何だ? なんか前にもこんな事があったような……」


「兄さんっ!」



足音の正体の臥々瑠が零治の部屋にやって来る。

しかも今回は扉をノックしないどころか、両手が塞がっていたせいもあるのだが、ドカっと蹴破って入ってきた。



「……臥々瑠、緊急事態でもないのに人の部屋のドアを蹴破るんじゃない……」


「そんな事はどうでもいいの!」


「いや、絶対に良くはないぞ。……で、今日はどうしたんだ?」


「兄さん、ご飯は食べた?」


「いや、今から食いに行こうと思ってたんだが……それがどうかしたのか?」


「だったらこれを食べて!」



臥々瑠はずいっと手に持ってる大皿を零治に突きつける。



「何だその皿は?」


「それは見てのお楽しみ♪ ほら~、早く机の上を片付けてよ~」


「あ、あぁ……」



臥々瑠に言われるがまま零治は机の上に積み上げられている書類の束を手早く隅に寄せて、机の上に大皿が置けるスペースを空ける。



「これでいいか?」


「オッケー♪ ……よっと」



臥々瑠は空けられたスペースにドンと大皿を置き、蓋の取っ手に手をかけ、意味深な笑みを浮かべる。



「一体何を持ってきたんだ?」


「フッフッフ……じゃ~ん!」



蓋が外され、姿を現したのは骨がついた巨大な肉の塊。

その圧倒的な存在感に零治はどう反応していいか分からず、眼を点にして目の前にある肉の塊を見つめる。



「…………」


「兄さん、どうしたの?」


「臥々瑠……」


「なに?」


「これは……なんだ……?」


「伝説のマンガ肉」


(確かにそれっぽい形はしているが、どう見てもあの骨は後からつけたものだよな……。これが今日の晩飯……?)


「どうしたの? 食べないの?」



臥々瑠は机の上に手を突き、顔をそのまま上に乗せてまじまじと零治を見つめる。



(うっ……そんな眼で見られたら食わないわけにはいかないだろうが。まあ、見たところ変な工夫とかはしていないみたいだし、食っても大丈夫だろ)


「分かった。では……」



零治は肉の左右についている骨を両手で握り、そのまま持ち上げて豪快に肉にかぶりつく。



「あぐ……」


「どう? 美味しい?」


(これ……味付けが一切されてないな。だがその分、肉の味が直に伝わるから、これはこれで中々……)


「……兄さん、美味しくないの……?」


「いや……結構旨いぞ」


「ホント!?」


「ああ」


「そ、そう。よかった。それで……その……」


「ん?」



臥々瑠は零治に向かって身を乗り出し、頭を突きつける体勢をとりながらしきりにそわそわする。



「どうしたんだ? そんなにそわそわして。……お前も食いたいのか?」


「そ、そうじゃないよ。ただ……その……」


(ん? 随分と頭をこっちに突きつけてくるなぁ。ひょっとして撫でてほしいのか?)


「臥々瑠。ちょっと動くな」


「へっ?」



零治は臥々瑠の頭に手を乗せ、ぐしゃぐしゃと乱暴に撫で回す。



「わっ!?」


「臥々瑠。初めての料理にしてはよく頑張ったな。旨かったぞ」


「むー……撫でるんならもう少し優しくしてほしかったんだけど……」


「そりゃ悪かったな」


「む~……ふわぁ……」



調理の過程で神経を尖らせていたせいなのか、臥々瑠は急な疲労感と眠気に襲われ、思わず欠伸をし、眼をごしごしと擦る。



「ん、どうした? 眠いのか?」


「ん~……ちょっと疲れちゃったのかも……」


「ならお前は部屋に戻っていいぞ。皿はオレが片付けといてやるから」


「いいの~……?」


「ああ」


「じゃあそうする~。兄さん、おやすみなさ~い……」


「ああ。おやすみ」



臥々瑠はフラフラとした足取りで零治の部屋を後にし、自室に戻っていった。



「おい、部屋の戸は閉めてけと前にも……ったく、しょうがねぇなぁ」



零治は面倒そうに立ち上がり、扉まで歩み寄り手をかける。



「ん? ありゃ? ……まさか」



いくら力を入れても扉は動く気配が無いので、もしやと思い零治は扉の蝶番に視線を向ける。

案の定またしても扉の蝶番が歪んでいた。



「くっそ。またかよ……ったくアイツは最後の最後で……。真桜~……」



零治は情けない声を出しながら真桜に扉の修理を頼むため、部屋を後にする。



「まあ、旨い飯を食わせてくれたんだし、よしとするか」



部屋の扉を二度も壊されたが、零治は先程の臥々瑠の嬉しそうな表情を思い出し、自身も小さな笑みを浮かべながら真桜の部屋に足を進めるのだった。

作者「どうだ? ちゃんとした料理が出てきただろ?」


零治「ちゃんとしたって……ただ肉の塊を焼いただけじゃねぇか」


亜弥「しかも臥々瑠のキャラも完全に変わってましたし……」


奈々瑠「ですよねぇ。いきなり大声で肉肉って騒ぎ出したりとか」


作者「いや、そこはオレも思ってたんだが、面白いしこのままでもいいかと思ってな」


臥々瑠「アンタ、アタシの事を何だと思ってるのさ!?」


作者「まあそう怒るなよ。お前個人にスポットライトを当ててやったんだからさ」


零治「相変わらずいい加減な奴だぜ……」


亜弥「ですね」

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