第31話 始まる群雄割拠の時代
劇中で使っている「ホウケイ」のケイの字ですが、原作の漢字だとガラケーでは表示されないので別の漢字を使用しています。
決して誤字ではありませんので誤解のないようにお願いします。
反董卓連合が解散してしばらくの時が過ぎた。
董卓が表舞台から消えた事により、現在の漢王朝には諸侯同士の小競り合いを押さえつける力はもはや残ってはいなかった。これにより胸の内の野望を実現するべく各国の諸侯達はこぞって立ち上がる。
すなわち、群雄割拠の時代の幕開けである。
………
……
…
「……フーー……。ったく、最近やれ盗賊団だの野盗だのの討伐を繰り返す日々か。だが……いつまでもこんな状況が続くとは思えんがな……」
「あーっ! 隊長なのー!」
「ん?」
一人タバコを吹かし、ブツブツと独り言を言いながら中庭を歩いていた零治に沙和が声をかけてきたので、零治は凪達の所まで歩み寄る。
何やら庭のど真ん中に作られた大きな櫓のような物の前で言い争いをしているように見える。
「おー。隊長やん。どしたん?」
「どしたんって、それはこっちのセリフだ。お前らこそこんな所で何をしてるんだ?」
「隊長ー! 真桜ちゃんが酷いのー!」
「酷い? ……今度は何をやらかしたんだ?」
「別になんもしてへんよ」
「……凪、真桜の奴、今日は何をしたんだ?」
「ちょっ! なんでウチやのうて凪に訊くん!」
「……フーー……」
零治は真桜の抗議を無視し、タバコの煙を吹かす。
真桜の日頃の行いを考えれば凪に訊くのは当然の行動である。
「いえ、特に酷い事は……」
「えー! 凪ちゃんも酷いって言ってたのー!」
「酷くはあるが、理由も分かる、と言ったんだ」
「……で、一体何の話なんだ?」
「真桜ちゃん、これが何か教えてくれないのー」
沙和は頬を膨らませながら目の前にある櫓みたいな物を指差す。
まだソレは組み立ての途中なので何かは分からないが、基部には車輪が付いており移動させる事が出来るようだが、これだけでは一体何の目的で使う物か皆目見当もつかない。
「んー? ……あぁ、コレの事か……」
「ん? 隊長、ひょっとしてこれが何なのかご存じなんですか?」
「一応な……。華琳に今後の戦いで役に立つ新兵器の案を出してくれないかと頼まれてな。それで亜弥と相談して真桜に作るように指示したからな」
「なら隊長、これが何なのか教えてほしいのー」
「ダメだ」
「えー! どうしてダメなのー!」
「あぁもう、耳元で叫ぶな。……コイツは軍事目的で使う秘密兵器なんだぞ。だからコレに関する事は完成するまで機密事項になってるんだ」
「でも気になるのー」
「それでも教える訳にはいかん。完成したら好きに使わせてやるから、それまで我慢してろ」
「分かったのー……」
「しかし……変だな。確か亜弥の奴はこれを……」
「ん? 貴方達、揃ってこんな所で何をしてるんです?」
「あ、亜弥様。お疲れ様です」
「はい、お疲れ様です。……真桜、頼んでいた物の開発具合は順調ですか?」
「おう! そりゃもうバッチシやでぇ!」
真桜はグッと親指を突き立てて見せる。
その態度に満足げに頷いた亜弥は、開発途中の秘密兵器とやらを見上げるが、途端に表情は怪訝なものに変わり、視線を真桜に戻す。
「……真桜、これはどういう事ですか?」
「へ? 何がや?」
「私は組み立て式にするように頼んでおいたはずですが……」
「いや、普通に作った方が強度も精度も増すから、このままでいいやん」
「おい、組み立て式にするように言ったのにはちゃんと理由があるんだぞ。……だいたい華琳が許可したのか?」
「私が許可したのよ。何か問題でもあるの? 部下以下の知恵しか持ち合わせていない役立たず」
零治の問いに、いつの間にかその場に現れた桂花が代わりに悪態を吐きながら答える。
「あぁ、お前が原因なのか。そうだよな。華琳ならこんな間抜けな間違いは犯さないわな」
「誰が間抜けですってぇ!」
「ウチは間違いなんか犯してへんで」
「いいえ、二人は重大な間違いを犯していますよ」
「……何よ、言ってみなさいよ」
「はぁ……それが完成した時の大きさと門の大きさを比較して得られる結論は?」
「「…………あ」」
亜弥の問いにしばしの硬直。そしてようやく零治と亜弥が何を言いたいのか気付いた二人は揃って間の抜けた声を出す。
そう。これが何なのかは分からないが、このまま普通に組み立てれば門とのサイズに合わず、外に出す事が出来ないのだ。
「まったく。亜弥がそこを考慮して組み立て式にするようにしたというのに、お前のせいで全てが台無しだ。……これで優秀な軍師を自称するとは聞いて呆れる仕事ぶりだな……」
「うるさいわね! もう軍議の時間でしょ! さっさと行くわよ!」
「誤魔化すんじゃねぇよ……」
「はぁ……。真桜、そういう訳ですから、それは今すぐに組み立て式に作り直しなさい。いいですね?」
「へ~い……」
真桜はまたこれを一から作り直さなきゃいけないというやるせなさからか、ガックリと肩を落としながら生返事をする。
………
……
…
場所は変わって玉座の間。
普段は野盗や盗賊団、周囲の諸侯の動向の報告が主の軍議であったが今日は違っていた。
「……呂布が見つかった?」
「あの戦いの後、南方の小さな城に落ち延び、そこに拠点を構える事にしたようです」
桂花が卓上に広げられた地図の上に、その場所を示すように小さな碁石を置く。
その場所はここから遥か南方にある小さな城。周囲には大きな勢力も存在しておらず、ほとんど無法地帯のような場所である。
「なるほどね……。秋蘭、呂布が逃亡した時、何名か武将が同行していたわね」
「はい。陳宮と華雄も呂布と行動を共にしているという情報が届いています。……恐らく、まだ呂布も一緒に居るのでしょう」
「……どうしますか? 呂布が本気になれば、こちらはかなりの損害を被る事になりますが……」
(確か、秋蘭に季衣と流琉、張飛に文醜の五人で攻めても動きを止めるのが精一杯だったって話だったな。……まあその後、黒狼がその場に現れた事で状況は一変したそうだが……)
華琳は顎に手を添え、黙って思考を巡らせ、それからすぐに結論を出す。
「……今は放っておきましょう」
「何ですと!」
「華琳様。それはいくらなんでも危険すぎます」
「……霞、呂布は、王の器に足る人物かしら?」
「…………正直、よう分からん」
「どういう意味だ? まさか、かつての味方だったからといって……」
「ンな訳あるかい。……恋が何を考えているか、分からんっちゅうこっちゃ。秋蘭、流琉、正面からやりおうたアンタらなら分かるやろ?」
「……む。それは確かに」
「えっと、武将って言うより、野生の熊や虎を相手にしてるのと同じ感じでした」
「……相手にした事あるんかい」
「え? 季衣はあるって言ってましたけど……皆さんは無いんですか?」
「あるかいな……」
「……兄様はありますよね?」
「はっ? オレ? ……ん~……」
零治は唸りながら奈々瑠と臥々瑠に意味深な視線を向ける。
「あの、兄さん……どうして私達を見るんですか……?」
「いや、別に。……まあ、似たようなのなら相手にした事は……」
「そうですか。流石は兄様です♪」
(そんな満面の笑みで流石ですと言われてもなぁ……)
「零治、まさかとは思いますが……似たようなのって、叡智の城に存在していた生物兵器達の事を言ってるのですか……?」
「他に何かあるか?」
「零治、アレは野生の熊や虎とは完全に別物でしょうに……」
「凶暴な点は同じだろう?」
「どこがですか……全然違いますよ……」
「ま、まあ、そういうこっちゃ」
「だから、どういう意味なんだってばっ!」
霞の説明に春蘭だけが納得……というか理解できていなかった。
仕方ないので零治が補足を加える。
「周りが変な知識を付けない限り、こっちが手を出さなければ襲い掛かっては来ない、だろ?」
「せや。軍師の陳宮はそこそこ切れ者やけど、まだまだお子ちゃまや。おまけに華雄は……」
霞はそこで言葉を区切り、春蘭に意味深な視線を向ける。
「ど、どうしてこちらを見るのだ……!」
「……別に」
「そういう事。あの辺りは治安も悪いし、南蛮の動きにも気を配る必要があるわ。しばらくは動けないでしょう。ただ、監視だけは充分にしておくように」
「華琳様がそうおっしゃるのなら……」
華琳の言葉に桂花はしぶしぶ了承する。
「それに今はもっと警戒すべき相手が居るわ。秋蘭、情報は集まっている?」
「はっ。先日の袁紹と公孫賛の争いですが……予想通り、袁紹が勝ちました。公孫賛は徐州の劉備の所に落ち延びたようです」
(劉備か……確か反董卓連合時の功績で今は徐州に居るんだったな……)
「……なるほど。で、袁紹の動きは?」
「青洲や并州にも勢力を伸ばし、河北四州はほぼ袁紹の勢力下に入っています。北はこれ以上進めませんから、後は南に下るだけかと」
「となると、次は劉備が標的になるのか……?」
「じゃないんですか? 河北四州のすぐ南、海沿いにある徐州が劉備の領地。そこから内陸部が華琳の領地。さらにその南にある揚州が袁術の領地。結果、華琳と劉備は北を袁紹、南を袁術に挟まれる事になりますから……」
「この構図で考えれば、次は最小勢力の劉備が狙われるのが妥当か……」
「さあ……。どうでしょうね」
「ん? 華琳は違うと言うのか? この前の反董卓連合時は、勢力の小さい劉備や公孫賛は集中攻撃を食らっていたが」
「それは言いやすい相手だからよ」
「じゃあ一体……」
「麗羽は派手好きでね。大きな宝箱と小さな宝箱を出されてどちらかを選ぶように言われたら、迷わず大きな宝箱を選ぶ相手よ」
「だから領地のデカイこっちが狙われると?」
「そういう事。国境の各城には、万全の警戒で当たるよう通達しておきなさい。……それから河南の袁術の動きはどうなってる?」
「特に大きな動きは有りません。我々や劉備の国境を偵察する兵は散見されますが……その程度です」
「アレも相当の俗物だけれど……動かないというのも気味が悪いわね。警戒を怠らないようにしなさい」
「はっ。そちらにも既に指示を出しています」
「おーおー、桂花も大変だなぁ」
「これが華琳様から与えられた仕事だもの。名誉に思いこそすれ、大変と思った事はないわ」
「そうね。手の空いている誰かに手伝わせたい所だけど、秋蘭は色々任せているから無理として……」
華琳の言葉に桂花は周りに居る人物を見渡し……。
「使えそうなのが居ないから、要りません」
「なんだとぅ!」
バッサリと切り捨てるように言い放ち、その言葉に春蘭が過剰に反応する。
「……まぁそりゃそうか。ウチらは所詮、殴り合いをする係りやからな」
「なら、桂花には悪いけれど、もう少し情報を集めておいて。……他の皆は、いつ異変が起きても良いように準備を怠らない事。いいわね」
「……ねえ」
軍議も終わりを迎えようとしている中、それまで終始無言で話を聞いていた臥々瑠が口を挟む。
「ん? 臥々瑠、どうかしたの?」
「さっきの話で気になってたんだけど……華琳ならどっちの宝箱を選ぶの? やっぱり中が詰まってそうな小さい方?」
「ああ、決まっているじゃない。……両方開けさせて、中の良い所を全てよ」
(やれやれ……相変わらずというか、何と言うか……)
零治は胸を張って答える華琳の姿に苦笑する。
こうしてこの日の軍議は終わり、解散となった。
………
……
…
それから数日と立たないうちの昼間に、非常招集が掛けられた。
「華琳! 袁紹の奴がもう動いたと聞いたのだが!?」
「馬鹿は決断が早すぎるのが厄介ね。敵の情報は」
「旗印は袁、文、顔。敵の主力は揃っているようです。その数、およそ三万。敵の動きは極めて遅く、奇襲などは考えていない様子。むしろ、こちらに自らの勢力を誇示したいだけの印象を受けたそうです」
「バカの麗羽らしい行動ね」
「それで報告のあった城に兵はどのくらい居るのだ? 三千か? 五千か?」
春蘭が言うように防衛するとなると最低でもそれぐらいの兵力は必要になる。
だが秋蘭の口から聞かされる兵数はそれよりもはるかに少ないものだった。
「ああ。城におよそ七百といったところだ」
「ななひゃくぅ!?」
あまりの兵力差に、辺りにどよめきが走る。
「一番手薄な所を突かれたわね……」
「そんなもの、手も足も出んではないか! 籠城した所で一日と保たんぞ!」
「桂花、今すぐ動かせる兵士はどれくらい居る?」
「いくらなんでも相手の動きが速すぎます。半日以内に二千、もう半日あれば季衣や凪達が戻ってくる予定ですから、なんとか二万は……」
「二千か……少なわね……。奈々瑠と臥々瑠はこちらに居るから、下手に親衛隊の兵を割く訳にもいかないし、さてどうしたものか……」
華琳が思考を巡らせている中、秋蘭の口から更なる驚くべき内容が聞かされる。
「華琳様。それが……兵の増援は不要だと」
「なんですって!?」
「バカな。みすみす死ぬ気か、その指揮官は!」
「おいおい。三万対七百だぞ!? どう考えても勝負にならないだろ!」
「……分かったわ。ならば増援は送らない」
「華琳様!?」
「なっ! 正気ですか、華琳!」
周りは反論しようとするが、華琳はこれを無視。
「城の指揮官は何という名前?」
「はい、程イクと郭嘉の二名にございます」
(ん? 程イクですと……?)
程イクという名に反応した亜弥が、眉をピクリと動かす。
「なら、その二人には袁紹達が去った後、こちらに来るよう伝えなさい。皆の前で理由をちゃんと説明してもらうわ……そうでないと、納得できない子も居るようだしね」
「……承知いたしました」
「おい亜弥、確か程イクって……」
「ええ。のちに名を改名した程立の名ですよ」
「て事は、その城の指揮官は風なのか……?」
「恐らくはそうじゃないかと。もう一人郭嘉という人物が居るみたいですが、これはたぶん戯志才の事じゃないでしょうか? 彼女のアレは偽名のようでしたし……」
「かもしれんな」
「どうしたの二人とも? さっきからコソコソ話なんかして」
「なあ華琳、その二人だが、迎えに行く人間が必要だとは思わないか?」
「そうね」
「ならその役目、オレ達に任せてくれないか?」
「珍しいわね。貴方が自分からそういう役目を買って出るなんて……何か思い当たる事でも?」
「ああ。その二人はたぶん、オレの知り合いだと思うんでな」
「そう。いいでしょう。なら、零治、亜弥、奈々瑠と臥々瑠はすぐに支度をして二人を迎えに行ってあげなさい。……皆も良いわね? 勝手に兵は動かさない事。これは命令よ。守れなかった者は厳罰に処すからそのつもりでいなさい」
華琳は納得のいかない者たちを睨み付けながら釘を刺すように告げる。
そうして緊急の軍議は終わり、零治達は早々に支度を済ませて目的地の城へと出発していった。
………
……
…
「驚いたな……」
「ええ。袁紹軍の姿が見当たりませんね……」
現在零治達は問題の城の城壁前まで来ているが、辺りには攻め込んで来たはずの袁紹軍の姿は見当たらず、戦闘が行われた形跡も無く、周りは非常に静まり返っており、乾いた風が吹き付ける音だけしか聞こえてこないので零治達は呆気にとられていた。
「ま、その辺の理由はあの二人に説明してもらおうぜ。……おーい、誰か聞こえるかー! オレ達は曹操の使いで来た者だー! 門を開けてくれーっ!」
零治は城壁の門に向かって大声で中に居るはずであろう人間に呼びかける。
それからすぐに、巨大な門が重苦しい音を立てながらゆっくりと開け放たれ、そこから見覚えのある二人の女の子が姿を現した。
「おおっ。誰かと思えばお兄さんではないですかー。お久しぶりですねー」
「ああ、ホント久しぶりだな。報告を聞いた時はまさかとは思っていたが、やっぱり風だったんだな。……そっちも久しぶりだな。郭嘉で良いんだっけ? まさかこれも偽名だったりしないよなぁ?」
零治は意味深な笑みを浮かべながら郭嘉に言い、その事を指摘された郭嘉は俯いてしまう。
「うぅ、その事は言わないでくださいよ。私にも色々と事情があったんですから……」
「零治、女性を虐めるとはあまりいい趣味とは言えませんねぇ……」
「おやー? お兄さんにはそういう趣味がー?」
「…………」
風はいつもと反応が変わらぬため何とも言えないが、郭嘉の方はドン引きしている。
「ないないっ! 断じて無いっ! 亜弥、お前もいらん事を言うな! 二人が誤解するだろうがっ!」
「ふふふ。お姉さんもお久しぶりですねー」
「そうですね。二人とも元気そうで何よりです」
「はいー、風はいつも元気なのですよー。……奈々瑠ちゃんと臥々瑠ちゃんもお久しぶりですねー」
「はい。お久しぶりですね、風さん」
「おひさー。元気だったぁ?」
「はいー、ご覧の通り元気ですよー。……所でお二人にお訊きしたい事があるんですがよろしいですかー? あの時は結局訊く事が出来なかったのでー」
「あの……それはひょっとして、頭に付いてるこの耳の事でしょうか?」
奈々瑠は苦笑しながらちょんちょんと頭頂部に付いている犬耳を指差す。
「おおっ! よく分かりましたねー」
「そりゃあ、会う人会う人全員がおんなじ事を訊いてくるんだもん。嫌でも分かっちゃうよ」
「そうなんですかー。それでその耳は本物なんですかー?」
「はい。本物ですよ」
「むむむー。ホントにですかー? ちょっと触ってもよろしいでしょうかー?」
「おーい、風。二人の犬耳が気になるのは分かるが、それは城に帰ってからにしてくれないか? 我らが主君をあまり待たせる訳にもいかないのでな」
「まあそう堅い事言うんじゃねぇよ、兄ちゃん。ちょっとくらい減るもんじゃなし」
どういう訳か、風の頭の上に乗っている人形のような物が風の代わりに答えた。
「なっ!? お、おい風! その人形、喋るのかっ!?」
「人形じゃありませんよー。宝慧ですよー」
「ほうけい……?」
(また誤解を招きそうな名前をした人形ですねぇ……)
「そ、そうか……。まあ、何にしても凄いな……」
「いやいやー、お兄さんの凄さに比べれば宝慧など足元にも及びませんよー」
「はっ? オレが?」
「お噂は耳にしてますよー。ねー、稟ちゃん」
「ええ。何でも反董卓連合時には随分と派手に暴れていたそうではないですか。確か……シ水関の守備隊長の一人、華雄率いる二万五千の軍勢を兵も使わずに壊滅させたとか。正直、話を聞いた時は耳を疑いましたよ」
「いやまあ……確かにそれは事実だが、別にオレ一人でやった訳ではないぞ」
「例えそうだとしても、貴方が凄いのは紛れもない事実ですよ。違いますか?」
「むぅ……まあ、そうだな」
「さて、無駄話はこれぐらいにして、そろそろ帰りませんか? このままだと、どんなに急いでも城に着くのは確実に夜中になるでしょうから」
「ああ。二人もいいな?」
「はいー」
「はい。道中よろしくお願いします」
そうして零治達は華琳の待つ城へと馬を飛ばし、帰路に着く。
………
……
…
零治達が城の到着したのは真夜中。辺りは完全に真っ暗になっていた。
真夜中に開かれた緊急軍議にもかかわらず主要メンバーは予定時刻には全員揃った。
ここに居るメンバーは零治達の実力は充分知っているが、やはり気ががりではあったようで、皆一睡もしていないようだ。
「……さて。それでは、説明してもらおうかしら? どうして程イクは増援がいらないと?」
「……ぐー」
「こら、風! 曹操様の御前よ! ちゃんと起きなさい!」
只の狸根入りなのか、それとも本当に寝ているのかは分からないが、風が鼻提灯を作りながら寝息を立てるので、隣に立つ郭嘉が風の頭をコツンと小突いて叩き起こす。
「……おおっ!?」
「おはよう。……で?」
「あー……ふむ。えっとですねー、相手は数万の袁紹軍だった訳ですが、前線指揮官の文醜さんは派手好きですから、たった七百の相手なんか、相手にしたくないだろうと思ったのです」
「……ふむ」
「ですが、ここで曹操様が増援を送って下さったら向こうもケンカを売られたと思いますよねー。袁紹さん達の性格だと、売られたケンカは何であれ絶対買っちゃいます。……そしたらこちらは全滅しちゃいますねー」
「なるほど……。袁紹と文醜の性格は良く分かっていたようね。では、顔良が出て来たら?」
「あの三人が出て来れば、顔良さんは必ず補佐に回るはずです。抑えが効きませんからー」
「……分かった? 春蘭」
「はぁ。だが、お主ら……もし袁紹が七百の手勢を与しやすしと見て、総攻撃を掛けてきたらどうしていたのだ?」
「損害が砦一つと、兵七百だけで済みますね。相手の情報は既にそちらに送っていましたから、無駄死にという訳ではないですし。袁紹さんの風評操作にも使えたと思いますけど」
「そうなれば、貴様は逃げるつもりだったのか?」
「まさか。その状況で逃げ切れるなんて、これっぽっちも思っていませんよ~」
「……むぅ」
「郭嘉。貴方は程イクのその作戦、どう見たの?」
「…………」
華琳に話しかけられているのに、郭嘉は黙ったままである。
「郭嘉。華琳様のご質問だ。答えなさい」
「…………ぶはっ」
秋蘭に促され、郭嘉は華琳の質問に答えるどころか、なぜか鼻血を吹き出してそのまま仰向けに床の上にぶっ倒れてしまった。
「なっ! は、鼻血だとっ!?」
「ちょっ! ど、どうしたお主っ!」
「誰か、救護の者を呼べ! 救護ー!」
「ちょっとボク、お医者さん呼んできますっ!」
「あー。やっぱり出ちゃいましたかー。ほら、稟ちゃん、とんとんしますよ、とんとーん」
「……う、うぅ……すまん」
周りの慌てふためく様子をよそに、風は一人落ち着いた様子で郭嘉を介抱する。実に慣れた手つきである。
「郭嘉さん、持病でも持ってるんですか?」
ふと思った流琉が疑問を口にする。
「いいえ。稟ちゃんは曹操様の所で働くのが夢でしたから。きっと緊張しすぎて鼻血が出ちゃったんでしょうねぇ~」
「そ……そうなのか」
(緊張しすぎて鼻血を吹き出すとかって……嫌な体質だな……)
「だ、大丈夫だ……すまん、風」
「いいえー」
容体が安定したのか、郭嘉はフラフラと立ち上がりながら、懐から取り出した手拭きで鼻の周りに付いてる血を拭き取る。
「大丈夫かしら? 郭嘉とやら」
「は、はい。恥ずかしい所をお見せしました」
「無理なようなら、後ででも構わなくてよ?」
「そ、曹操様に心配していただいている……! …………ぶはっ!」
郭嘉はまたしても鼻血を吹き出して床に倒れこむ。しかも吹き出した鼻血の勢いが先程よりも強く、軽くアーチを描くほどであった。
おかげで玉座の間の床が郭嘉の鼻血によって真っ赤に染めあがっていく。
「衛生兵! 衛生兵ー!」
「なあ亜弥、鼻血ってアーチが描けるほど吹き出るものだったのか……?」
「さ、さあ……? まあ、現にそれだけの鼻血が出るほどの人が目の前に居るのですから、そうなんじゃないんですか……?」
「普段からあれだけ鼻血が出るとなると、鉄分が大量に必要になりますね……」
「て事は毎日レバーばっかり食べるの? それってやだなー」
「……程イク。代わりに説明してくれるかしら?」
華琳は埒があかないと判断し、風に先の説明を促す。
「はいはい。……稟ちゃんは最悪の事態になれば、城に火を放って、みんなで逃げようと考えていたみたいですねー。七百の兵ならそれも充分可能ですし」
「下手に数が増えると、逆に身動きが取れないと?」
「三千の兵ではそうはいかなかったでしょう」
「……どちらにせよ、増援は要らなかったという事よ」
「では、音無達を行かせた理由は?」
「二人を城まで連れてくる護衛が必要でしょう? それに零治達なら万が一戦闘になっても、麗羽達の軍勢なんか敵ではなかったでしょうしね」
「……むぅ」
「華琳様。今報告が入りまして、袁紹の軍は南皮へ引き上げたそうです」
「そう。こちらの損害は?」
「ありません。強いて言えば、周囲の地形を確認されたくらいだそうです」
「それは偵察を受ければ当然の事。被害の内に入らないわね。見事な指揮だったわ、程イク、郭嘉」
「ありがとうございますー」
「…………ふがふが」
(鼻血を拭きながらじゃ様にならねぇなぁ……)
「それから二人は今後は城に戻らず、ここで私の軍師として働きなさい」
「華琳様っ! それは……!」
「別に桂花が不要という訳ではないのよ。軍も大きくなってきたし、これからは複数の戦局を指揮する場面も出てくるはず。そうなった時……将が居ても軍師が足りない、では済まされないわ」
「私はいくつの戦局でも支えてみせます!」
「そうやって無理して、自分から崩れていった軍師を何人も知ってますけどー」
「し、知った風な口を……!」
桂花はギリギリと歯ぎしりをしながら風を睨み付けるが、風は普段と変わらぬ素振りでそれを受け流す。
「ま、オレも軍師が増えるのは賛成だな。……この先に待ち受ける戦いの事を考えれば、お前一人で全ての戦局を支えるなど不可能だ」
「うるさいっ!」
「桂花。私はね、貴方にそうなって欲しくないの。そんなに心配なら、今宵はその身にしっかりと教え込んであげましょうか……?」
華琳は妖艶な笑みを浮かべながら艶のある声出し、優しく桂花の身体を撫でまわす。
「か……華琳様……! ……はい。わたくしめの身体に、華琳様のお気持ち……沢山教え込んでくださいませ……」
「なら、今宵の軍議は解散よ。程イクと郭嘉には部屋を与えるから、今日はゆっくり休みなさい。流琉と零治は彼女達を部屋まで案内してあげて」
「ああ」
「分かりました」
「……そういう訳だ。これから二人ともよろしくな」
「はいー。こちらこそよろしくお願いしますねー、お兄さん」
「はい、よろしくお願いします、零治殿。以後私の事は稟と呼んでください」
新たな仲間を加え、零治達の戦いは続く。
零治「ようやく魏のメンバーが全員揃ったか」
作者「ああ。居眠り軍師に鼻血軍師な」
亜弥「鼻血軍師って……いくらなんでもそのあだ名は酷すぎませんか……?」
作者「いやいや。稟のあだ名はこれが一番だ。原作だと想像するしかなかったが、アニメ版はホントに凄かったからな」
奈々瑠「凄いって……鼻血がですか?」
作者「ああ。それこそ蛇口を開けた水道みたいに吹き出してたぞ」
臥々瑠「……それって下手したら死ぬレベルじゃないの?」
作者「大丈夫だろ。原作でも平気だったんだし」




