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第29話 戦闘獣人の力

今回の話、出だしの部分を完全に書き換えたので全く新しいものに変更しました。

終盤もちょこっと手をくわえてあります。

とある昼下がりの日。

城の中庭内で、零治、亜弥、奈々瑠、臥々瑠の四人はこの日の休日を利用して戦闘訓練を行っている。

中庭の中央に零治が立ち、その三方を亜弥達が取り囲んだ一対三の変則戦のようだ。

何か特別なルールを設けているのか、零治の足元には自分の周りを囲むように歩幅一歩分ほどの円陣が地面に描かれていた。



「おい。突っ立ってても訓練にならんだろ。誰でもいいから早くかかって来いよ。何なら同時に来てもいいんだぞ」


「……では、私から行かせてもらいましょうか」



と、亜弥が名乗り出て、双龍を構えながら一歩前に踏み出す。



「ほお。まずは亜弥からか」


「零治、もう一度確認しますが、私は近接と射撃の両方で攻めて構わないんですよね?」


「ああ。お前の双龍の最大の強みは近接と射撃の両方が行える点だ。なら、その強みを生かした戦法を身に付けるべきだろ。今後のためにもな……」


「そうですね……」


「なら説明はもう終わりだ。ほら、早くかかってきな。そしてオレをこの円陣内から外に押し出してみろ」


「ええ。では……遠慮なく!」



亜弥は分離させた双龍をクロスさせながら構えて、零治に向かって一直線に突撃して懐まで飛び込んだ所で両手の双龍を振り抜いて斬りかかる。



「……フンっ!」



しかし、零治も負けじと右手に持っていた叢雲を両手に持ち替え、斜めに向けながら自身の正面にかざして刃を寝かせながらその一撃を受け流し、更にそのまま右腕を大きく後ろに引いて高速の突きを放ってカウンターを狙う。



「フッ。そう来るのは予測済みですっ!」



亜弥はその場から零治の頭上へと跳躍して突き攻撃を躱して、背後を取った所で双龍を連結させて弓形態ボーゲン・フォルムに変更して、素早く一本の矢を生成し、空中で零治の背に向かって矢を放ち、それと同時に華麗に地面に着地する。



「おっと!?」



だが、一瞬零治の反応が速かったようで、後ろに振り返りながら叢雲を振り上げて、飛来してきた矢を弾き飛ばし、弾かれた矢は空中で粉々に砕け散ってしまう。



「あら~……今のはいい線いってたと思ったんですがねぇ」


「発想は悪くないが、踏み込みが甘かったな。その程度では金狼とは対等に渡り合えんぞ」


「やれやれ。手厳しいですね……」


「そんなの今に始まった事じゃないだろ? ……さあ、次は誰だ?」


「なら、次は私が行きます!」


「ふむ。次は奈々瑠か。どう攻めてくるのか期待させてもらうぞ」


「私もその期待に応えるべく、ベストを尽くします」



奈々瑠はその場で軽い跳躍を数回繰り返し、身体が慣れた所で千鳥を鞘から引き抜き、構えに入る。



「……行きますっ!」



奈々瑠は持ち前のスピードを生かして一瞬にしてその場から姿を消し、素早く零治の背後に回り込む。



「動きが直線的だぞ。それじゃオレの背後は取れん」



常人では眼で追う事も出来ない速度だが、零治には完全に見えていたようで、素早く背後に振り返った零治はいつでも攻撃に対応できるように霞の構えを取る。



「はっ!」


「何……?」



だが零治の予想に反して、奈々瑠は再び姿を消し、今度は右側に現れる。当然零治もそちらに視線を向ける。



「まだまだ!」


「んん……?」



またもや奈々瑠はその場から素早く姿を消して、今度は左側上空に現れる。



「上かっ!?」


「と、思うでしょう?」



奈々瑠はいたずらっぽい笑みを浮かべながら姿を消して、もう一度零治の正面に現れる。



「くっ!」


「まだまだ行きますよ、兄さん!」



奈々瑠はまたもやその場から姿を消し、別の位置に現れ、零治の視線がそちらに向いたら更に別の位置に移動を繰り返し、次第に現れてから移動するまでの速度も徐々に増していき、おまけに空中でも姿を現したりしているため零治も少しずつ奈々瑠の動きを眼だけで追えなくなり始めた。



(なるほど。持ち前の速度で零治を翻弄し、不意を突く戦法ですか。これはもしかしたら行けるかもしれませんねぇ)


「くっ! なかなか小賢しい手だが、戦術としては悪くないな。だが、攻撃する瞬間までは姿は消せないだろ……」



眼だけで奈々瑠の姿を追えなくなった零治は霞の構えのまま眼だけではなく、首も一緒に動かして何とか奈々瑠の姿を追い、攻撃の瞬間をひたすら待ち続ける。

そう。いくら素早さで翻弄し続けても、攻撃の瞬間までは姿を消せない。零治はそのタイミングを狙ってカウンターを喰らわせるつもりなのだ。

しばらくして、零治の予想通り正面に奈々瑠が姿を現す。



「正面かっ!」



零治は目の前の奈々瑠に向き直り、いつでも攻撃に備えれるように叢雲を構える。

しかし、またもや奈々瑠は姿を消したのだが、今までとは違い、瞬時に消えるというより、ぼやけながらゆっくりと消えて行った。



「ん? 何だ……?」


(残像に気を取られた! 今だっ!!)



本物の奈々瑠がここぞとばかりに背後から姿を現し、音も無く地面を蹴って零治に飛びかかり、右腕を後ろに引いて攻撃の態勢を取る。しかし……。



「そこかぁ!」


「嘘っ!?」



それが来ると分かっていたかのように零治は後ろに振り返り、弧を描くように叢雲を振り上げて奈々瑠の千鳥の刃に打ち込み、そのまま奈々瑠を後方へと弾き飛ばした。



「きゃあああああっ!」


「おっとぉっ!?」



ちょうど自分の真正面に飛んできたので、後ろで待機していた亜弥が奈々瑠を抱き止めた。



「ね、姉さん。ありがとうございます」


「いえいえ、どういたしまして。……零治、今のはやりすぎですよ……」


「悪い悪い。つい力が入っちまった」


「……兄さん。どうして私が後ろから来ると分かったんですか?」


「簡単な事さ。攻撃の瞬間、せっかく消していた気配が表に出てきたからさ」


「嘘!? ちゃんと消していたはずなのに!」


「多分、今度こそ零治に勝てると思って、邪念が入って気が緩んだんじゃないんですか?」


「あっ……言われてみれば、確かに」


「奈々瑠。戦場はシビアな場所だ。いつ何時どんな事が起こるか分からない。相手を倒すその瞬間まで決して気を緩めない事だ」


「は~い……」


「ハハハ。そんな膨れっ面するなよ。確かに結果は負けだが、今の戦い方は決して悪くない。次は頑張れよ」


「はい!」



零治に褒められたのが余程嬉しいのか、奈々瑠から先程の不機嫌な様子は完全に消え失せ、すっかり上機嫌になり表情をほころばせる。



「さて、臥々瑠。お前の番だぞ」


「フッフッフ。兄さん、アタシを二人と一緒にしないでよ。姉さん達には悪いけど、このアタシが今日こそは勝つ!」



臥々瑠は不敵な笑みを浮かべながらビッと零治を指差して声高らかに宣言する。



「ほぉ~。えらく自信たっぷりじゃないか。何かいい考えでもあるのか?」


「当然! アタシは姉さん達みたいにあの手この手は使わないよ。正面から突っ込んでブッ飛ばせばいいだけなんだから!」



臥々瑠が言い放ったシンプルな結論。

しかし臥々瑠の発言でその場の空気が一気に冷え込んだ。



「あ~……オレは疲れてるのか? 何か臥々瑠が春蘭に見えてきたんだが……」


「奇遇ですね、兄さん。私もです……」


「臥々瑠。貴方の言ってる事も分からなくはありませんが、それだけじゃ零治には勝てないと思いますよ……」


「そんな事ないもん! 今からアタシが証明してやるよ!」


「はぁ……仕方ねぇな。ほら、かかって来いよ」


「言われなくたって! 行くよ……でりゃああああっ!!」



臥々瑠は左手を右肩に置き、右腕を数回ブンブンと回転させて裂帛の気合いと共に砂塵を舞い上げ、轟音を立てながら零治に向かって一直線に突撃して、右の拳を叩き込んでくる。



「ぐっ!」



零治は亜弥の時と同様に臥々瑠の剛拳を凌ぎはするが叢雲の刃からは火花が散り、その衝撃も凄まじく、後方へと大きく押され、危うく円陣の外に足を出しそうになる。



「へぇ~、流石は兄さんだね。今の一撃を受け流すなんてさ」


「そいつはどうも。……いってぇ。ったく、相変わらずとんでもないバカ力だなぁ。叢雲が折れるかと思ったぞ」


「バカ力とは失礼な! そんな事言う奴は……こうだっ!!」



臥々瑠はもう一度拳を振り上げながら突撃し、先程同様に零治に向かって殴りかかる。



「うおっ!?」



攻撃パターンが同じなため、零治はその一撃を何とか凌ぐが、先程よりも威力が増しており、円陣の外まであと数ミリという所まで後ろに押される。



「ほお。あまりにも単純な戦い方ではありますが、上手い具合に零治を押していますねぇ」


「確かに。でもあんな戦い方、一対一ならともかく集団戦じゃあまり役に立たない気がするんですが……」


「そうですね。あれじゃ力に物を言わせた只のゴリ押しですからね。……それに、零治を相手にあのやり方じゃすぐに潰されると思いますし」


「……かもしれませんが、難しいのでは? それなりの速度がありますし、下手にカウンターを狙ったら逆に兄さんが一撃を貰いかねませんし」


「まあ、そこは零治のお手並み拝見と行きましょうか。そろそろ決着もつきそうですし」



亜弥と奈々瑠は零治達の戦いに再び視線をやる。

見てみれば、臥々瑠が地面につけた突撃痕が四方八方へと伸びており、零治の足元に描かれていた円陣は完全に消されていた。



「まったく。人が描いた円陣を消しやがって……」


「そんな事はどうでもいいの! 要は兄さんをブッ飛ばせばアタシの勝ちなんだから!」


「いつオレをブッ飛ばせば勝ちになると言った。オレを円陣の外に押し出せば勝ちだったはずだろうが……」


「問答無用! ……これで終わりだぁ!!」



臥々瑠は今までとは比べ物にならないほどの勢いで突撃し、最大級の攻撃を仕掛ける。しかし……。



「……ほれ」


「ほえ? って! うひゃあぁっ!?」



零治は身体を少し横にずらして、ひょいっと右脚を横に出して臥々瑠の足に引っかける。

零治の脚にけつまずいた臥々瑠は地面に向かって一直線に倒れ込み、突撃した時の勢いがそのまま残っていたため、砂煙を巻き上げながら綺麗に地面の上を滑っていき、亜弥達の足元でようやく止まる。

実に見事なヘッドスライディングが決まった。



「…………」


「お~い。臥々瑠~。大丈夫か~?」



零治が倒れたままピクリとも動かない臥々瑠に向かってワザとらしく呼びかける。

それからすぐに臥々瑠はムクリと上体を起こす。



「……うぇぇ。ぺっ! ぺっ! 口の中に砂が入っちゃったよぉ……」


「見事なヘッドスライディングでしたね」


「臥々瑠。アンタ将来野球選手でも目指したらどう? 今のスライディングなら確実にベースに就いてる守備をブッ飛ばせるわよ」


「おぉ、それいいなぁ。おまけに並はずれたバカ力もあるからホームランも連発し放題だしなぁ。ハッハッハ!」


「むぅ……何さ! みんなしてアタシの事バカにして!」



臥々瑠はその場から立ち上がり、身体に付いてる砂埃をパンパンとはたき落して三人をキッと睨み付けるが何も言い返せない。

確かに亜弥と奈々瑠も負けはしたが、臥々瑠と違って決して情けない負け方ではない。

三人の中で誰が一番みっともない醜態を晒した上に負けたかと言えば、やはり臥々瑠になるので、ここまでボロクソに言われるのも必然と言えよう。



「あれ? 隊長、何しとんの?」


「……ん? 真桜か。それに、凪達に霞も一緒か。見ての通りコイツらの戦闘訓練さ」


「隙有りー! さっきのお返しだー!」



零治の視線が真桜達の方に向いたので、臥々瑠が性懲りも無く背後から攻撃を仕掛ける。



「フンッ!」


「うわっと!?」



素早く反応した零治は叢雲を振り上げ、臥々瑠の一撃を弾き返す。



「あんな大声で叫んだら相手が隙を見せても意味ないだろうが……。つーか、お前の負けはもう決定してんだからな」


「ブー、兄さん空気を読んでよ~」


「そう言うお前こそ空気を読めよ……」


「ブーブー」


「臥々瑠、やめなさい。みっともないわよ」


「何さ、奈々瑠まで……」



臥々瑠はすっかりふて腐れてしまう。



「隊長、凄いねー。その三人を同時に相手出来るんだもん」


「これくらい大した事ではない。それより、なんでお前らは霞と一緒に居るんだよ?」


「えー? 別にええやん。警備隊の皆さんと仲良うしたって。なー? 真桜ちー」


「なー? 姐さん」


「あー。お姉様、私とは仲良くしてもらえないんですかー?」



霞はあっけらかんと答え、真桜、沙和といちゃつき始める。



「ん? そんな事無いで。ウチの愛は、色々と平等やからなー。だからほら、凪っちももそっとちこう……」


「いえ、遠慮しときます……」


「ああもぅ、堅いなぁ」


「別に仲良くするのは良いんだけどよ……」


「姐さんにお姉様……とかって」



零治と亜弥は顔を見合わせ、彼女達のやり取りにどう反応していいか困り果てる。



「あー。隊長、ウチらと姐さんが仲良うしとるから、ヤキモチ焼いてくれとん?」


「ふふっ。それはそれで、なんだかくすぐったいですねー。お姉様ー」


「安心せえ。そういうコトする時は、零治もちゃーんと呼んだるさかい!」


「いや、何する気だよお前ら!?」


「何って……なぁ?」


「決まっとるよなぁ?」



霞と真桜は頬を赤らめながら互いに顔を見合わせ、そこから先を語ろうとしない。



「お前ら、邪魔だから帰れ」



零治は三人に対してシッシッと言わんばかりに野良猫を追い払う仕草をし、言い放つ。



「えー、隊長のいけずー」



零治の素っ気ない態度に、沙和は膨れっ面をする。



「それでは隊長、よろしければ私とも手合わせをしていただけないでしょうか?」


「凪が?」


「ちょっ!? 凪やめときって! 隊長の強さは知っとるやろっ!?」


「そうだよー。いくら凪ちゃんでも勝てるわけないのー」


「どうしたん二人とも? 零治ってそんなに強いが?」



霞は二人の反応を不思議に思ったの、か首を傾げながら真桜達に訊く。



「いや、強いなんてもんじゃないですよ、姐さん! 隊長には、あの春蘭様ですら勝てた事ないんですから!」


「惇ちゃんがぁ? ウソー」


「霞様、これが実はホントなのー」


「んー。なんか信じられんなー」



霞は零治に値踏みでもするような視線を向けながら言う。



「霞様。確か霞様は反董卓連合時に、華雄と一緒にシ水関の防衛をしていましたよね」


「ん? そりゃしちょったけど。凪、急にそんな事訊いてどないしたん?」


「では、華雄率いる二万五千の軍勢が、たった五人の人間に壊滅させられた事も」


「忘れる訳あるかい。あんな恐ろしい目に遭うのは二度とご免やで……」



シ水関の話を持ち出され、霞は心底嫌そうな表情になる。



「隊長と亜弥様は、その時の五人組の一人なんですよ」


「えぇっ!? 零治、それホンマ!?」


「ああ、本当だ」


「あぁ……それやったら真桜と沙和の反応も納得やわ……」


「なっ。凪、ホンマやめときやって」



真桜は必死の形相で凪を止めるが、凪は首を横に振りきっぱりと答える。



「もちろん隊長の強さは知っている。でもだからこそ、自分の力が今どの程度なのか確かめられるんじゃないか」


「まあ、オレは別に構わんが」



一応、それぞれの戦いは終了してはいるが訓練自体を終了したわけではないので、零治は亜弥達にチラリと視線をやる。



「じゃあ、私達は邪魔にならないように後ろに下がっておきましょう。二人とも行きますよ」


「はい」


「は~い」


「ほんなら、判定はウチがしたるわ」



凪は亜弥達と入れ替わりに零治の前まで移動し、戦闘態勢を整えて対峙する。



「では、お願いします」


「おう。いつでも構わんぞ」


「双方、構え…………始めっ!」


「行きます、隊長!」


「フッ、いつでも来な……」


「何をしているの?」


「あ、華琳様ー」



霞の合図と共に、零治と凪がぶつかり合おうとする瞬間のタイミングに、春蘭と秋蘭と桂花を連れた華琳がその場に現れる。



「てえええええいっ!」


「おおおおおおおっ!」



凪が渾身の回し蹴りを零治に向かって放つが、零治も負けじとその一撃を叢雲で受け流す。

その場には零治の叢雲と凪の手甲、閻王がぶつかり合う金属音が響き渡る。



「むぅ……」


「へぇ……これは面白い組み合わせね」


「はい。凪が音無を相手に、どこまで食い下がる事が出来るか見ものですな」


「……凪に勝ってほしいわね」


「どうしてですかー?」


「そんなのもちろん、あの男が負ける姿が見たいからに決まっているじゃない」



二人が真面目に闘っている中、桂花があまりにも不純な動機を漏らす。



「双方、やめっ!」


「終わったようですね」



霞のやめの一声がかかり二人は闘いの手を止める。当然ながら結果は零治の勝利である。



「ふぅ……。やはり隊長と闘うにはまだまだ力不足ですね……」


「いや、そんな事はないぞ。こっちも何度かひやひやする場面があったからな。まあ凪はまだ粗削りな部分はあるが、磨けば良い拳闘士になれるぞ」


「ありがとうございます」


「凪、お疲れさん」


「おつかれなのー」


「零治~、今度ウチとも手合せしてやぁ」


「暇があったらな。……ん? 華琳達も来ていたのか」


「ええ。相変わらず見事な剣術ね、零治」


「お褒めに預かり恐悦至極……」



零治は口ではそう言うが、あまり嬉しそうな反応ではなかった。

零治の剣術は我流ではあるが、戦いの基礎的な部分は黒狼から教わったものだ。

確かに華琳は零治の剣術を褒めているのだろうが、零治から見れば黒狼から教わった事を褒められたと捉えてしまうため本人は素直に喜べないのだ。



「音無、一つ疑問があるんだが、訊いても構わんか?」


「なんだよ? 秋蘭」


「お前達が鍛錬に使っているその剣なのだが……それは模造刀なのか?」


「いや、いつも使っている物……つまり本物だ」


「隊長、それって危ないんじゃないですか」


「うんうん。当たったら怪我どころじゃすまないよねー」


「せやで。隊長、訓練中に相手を殺してしもうたとか……シャレにならんやん……」


「だからそうならないように、凪との闘いでは峰を使っていたじゃないか」


「加えて言うと、私達の武器には『訓練形態』というものが存在していまして、刃の周りに特殊な結界を貼って相手に怪我を負わせないようにすることが可能ですので、その心配は有りませんよ」


「まあそれでも、当たると痛いがな……」


「よく言いますよ。いつも一方的に私達三人をボコボコにしているくせに……」


「それはお前らがオレより弱いから悪いんだ」


「むっ! 兄さん。いくら兄さんでもそのセリフは聞き捨てなりませんよ」


「そうだそうだ~! 強いからってえばるのは良くないぞ~!」


「フッ。そんなに悔しかったら、オレに勝ってみせろよ」



零治は余裕の笑みを浮かべ、奈々瑠と臥々瑠の講義をどこ吹く風と受け流す。



「……音無」


「ん? なんだ、春蘭」


「私と、しろ!」


「え!?」


「姉者!?」


「春蘭様!?」


「惇ちゃん!?」


「……はっ?」



春蘭の口から爆弾発言とも取れるとんでもない内容のセリフが飛び出し、その場に居る人間全員が眼を丸くして春蘭を見つめる。



「どうした? みんなそんな顔をして」


「いえ……いきなり凄い発言が出たなぁ……と」


「……?」



沙和の言っている言葉の意味が理解できず、春蘭は首を傾げる。



「一体零治と何をするつもりなの、貴方は」


「何をと言われても……。音無に、今日こそ私が貴様より強いという事を証明してやるから、いざ尋常に勝負しろ覚悟しておけよふははははー、と言ったつもりなのですが……」


「姉者。間を全部飛ばして話すのはやめてくれ」


「……ふむ? 気をつければいいんだな? 分かった」


(いや、絶対に分かっていない顔だな、こりゃ)



とは言え、春蘭にそんな事を言っても無駄なので、零治は黙っていた。



「つーか、お前いっつも事あるごとにオレに勝負を持ちかけては負けてばかりじゃねぇか。それに今日は華琳も居るんだぞ。連敗記録を更新したい上に、また華琳の前で恥をかきたいのか?」


「なんだとぉ!? 貴様ぁ、また私が負けると言いたいのかぁ!」


「違うのか?」


「あら、随分な自信じゃないの、零治。なら、今回も貴方が勝つと?」


「ああ」


「ふむ……春蘭っ!」


「はっ!」


「魏武の大剣の力、零治に見せてあげなさい。もし零治に勝つ事が出来たら……ご褒美として、今夜は閨でたっぷりと可愛がってあげるわよ?」


「なっ、なんとっ!? ほ、本当ですか、華琳様っ!?」


「ええ」


「はっ! この夏侯元譲、華琳様の愛のために必ずや貴方様に勝利を捧げて見せますっ!!」



華琳の一言で、春蘭の瞳に闘志の炎が燃え上がり、気合を一気に充実させる。



「零治、いいんですか? ここまで来たら後には引けませんよ?」


「構わん。どうせオレが勝つからな。……おい、春蘭」


「なんだ? 今更やめにするとでも言うつもりではないだろうな」


「それは無いから安心しろ。……どうせやるんなら実戦に近い形式が良いんでな。お前も完全武装で来いよ」


「よかろう。ならば準備をしてくる。いいか、逃げるんじゃないぞっ!」


「はいはい……」



春蘭は装備を整えるために猛スピードでその場を後にする。それから待つこと数分。



「待たせたな! さあ、始めるぞ!」


「早っ!」



完全武装した姿の春蘭がその場に戻ってきた。



「ん? どうした?」


(いや……まだ五分も経ってないだろ。どうしてコイツは華琳が絡むと普段以上の力を発揮するんだよ……)


「おい華琳、コイツどうして普段から……って、何やってんだお前らーーーー!!」



零治が何気なく後方を振り返る。

その視線の先には、いつの間にか大容量の観客席。そしてその最前列には、これから始まる試合を解説するための実況席まで設けられていた。



「頑張ったんやで! 褒めて!」


「そんな事で頑張るくらいなら、普段の仕事を頑張れよなぁ!」



ドリルを片手にやりきったという達成感を漂わせる笑顔の真桜。

わずか数分で零治が気付かぬ間に見せた仕事ぶり。匠も驚きである。



「さあ始まりました世紀の一戦、我が軍最強、魏武の大剣の異名をとる夏侯惇将軍対、同じく我が軍最強、黒き閃光の異名をとる音無零治の時間無制限一本勝負! 実況はわたくし李典と……」


「曹魏三千万のみんなの歌姫、数え役満☆しすたぁずのちーほーちゃんでーーーーっす! よろしくぅ!」


(何だ黒き閃光って……? そんな通り名初耳だぞ……。てか、おかしいだろ。黒は光が無いから黒なんだぞ。黒い光なんてあるわけないだろ……)


「なお、解説には我らが主、曹操様と、軍師の荀イク様、そして我らが警備隊の副隊長、亜弥様にお願いしてあります。お三方、今日はよろしくお願いいたします」


「ええ。見所のある勝負になる事を期待するわ」


「どっちも死ねばいいのに」


「何で私まで……」


「華琳、お前まで何を……」


「あら、こちらを見ていていいの?」


「あん?」


「でやああああああっ!」



後ろを向いたままの零治に向かって、春蘭は裂帛の気合いと共に必殺の一撃を放つ。



「うおっとっ!?」



零治は慌てながら反応してバックステップでその一撃を躱し、零治が先程まで立っていた場所に、ぶぅんと春蘭の大剣が振り抜かれる。



「あーっと! いきなり夏侯惇将軍、得意の喧嘩殺法で先制攻撃を仕掛けたーっ! これは非道、これは極悪! まさに問答無用の一撃だー!」


「おいっ! 春蘭、まだ試合の合図は……」



零治は視線を判定の霞に移すが、霞はもの凄く楽しそうに首を振ってる。つまりはそう言う事だ……。



(あぁ……どいつもコイツも……)


「そんなもの待っていられるか! そもそもお前は、合図が無ければ喧嘩も戦も始まらんとでも思っているのか?」


「この発言、どう思われますか? 解説のお三方」


「戦でそんな事をしたら、他国からの笑いものだわ。武人としての恥を知ってほしいわね」


「まあ、あの理屈も間違ってはいないわね」


「なるほど。……亜弥様はどう思われますか?」


「……もうどうにでもなれ……」



亜弥は項垂れながら実況する気などないと言わんばかりに投げやりに呟く。



「そうこうする間にも夏侯惇将軍、攻めの手を緩めない! 対する音無もそれを上手く捌いてはいるが、若干押され気味かー!?  これはもしかしたらもしかするのかーっ!?」



地和も真桜同様に実況に熱が入り、ハイテンションで声を張り上げる。



「はーっはっはっは! どうしたどうした! 押されているではないか、音無!」


「ちっ……! 言わせておけば……うらあああっ!」



零治は大きく叢雲を振り上げて渾身の力を籠め、一刀両断するかの如く春蘭に振り下ろす。



「ふんっ!」


「なにっ!?」



しかし春蘭はその一撃を難なく受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。



「……やるじゃねぇか」


「当然だ! そういつまでもいいようにやられはせんぞ!」


「えーっと。解説の曹操様。夏候惇将軍、随分と持ちこたえてますね。それに上手く零治の動きにも対応しているような……。聞いた話では、夏候惇将軍は零治に一度も勝った事が無いとの事でしたが……」



困惑の表情で地和が華琳に訊き、華琳は冷静に状況を分析して答える。



「恐らく、春蘭は今までの零治との模擬戦を通じて動きを徐々に覚えてきたのね。それで彼の動きにも的確に対応できるようになったのよ」


「ならもしかしたら……」


「ええ。春蘭が勝つ可能性もあるわ」


「さあ、それはどうでしょうね……」


「どういう事、亜弥?」


「確かにあのまま試合が進めば、春蘭が勝つ可能性もありますが……」


「亜弥はそうはならないと?」


「そうですねぇ。零治はああ見えて負けず嫌いな部分がありますから、もしかしたら彼は切り札を使うかもしれませんね」


「切り札?」


「ええ。それも……反則と言ってもいいほどの、ね……」


「どういう事?」


「まあ、見ていれば分かりますよ。……ほら、そろそろ決着がつきそうですよ」



亜弥は顎をしゃくり、華琳に試合に眼を向けるよう促す。



「はーっはっはっは! どうやら今日こそ私の勝ちのようだなぁ!」


「くっ!」


「そろそろ終わりにさせてもらうぞ。……たあっ!」


「なっ!?」



春蘭は剣を掬い上げるように上に振り上げ、零治のガードを崩す。

零治は剣を弾き飛ばされこそしなかったが、その衝撃で腕ごと上に跳ね上げられ無防備状態になってしまう。



「もらったぁっ!!」



春蘭が零治に渾身の一撃を浴びせにかかる。



(ちっ! このまま負けて春蘭にデカイ面をされるのも癪だ。なら……)



零治は眼を閉じ、意識を集中する。そして……。



雲の幻影ヴォルケ・ゲシュペンスト……発動……」



春蘭の一撃が当たる直前に零治は呟く。

次の瞬間、春蘭の一撃が零治に当たる。だが……。



「へっ?」



春蘭の剣は零治の身体をすり抜け、大きく空振りをする。零治の身体に剣が当たった部位はまるで雲のようにゆらゆらと揺らめきながら霧散し、やがて元の状態に戻る。

春蘭は何が起こったのか理解できず、呆気に取られながら間抜けな声を出し、剣を振り抜いた姿勢のまま硬直してしまう。そして、その一瞬の隙を零治は見逃さなかった。



「フンッ!」


「うわっ!?」



零治は無防備な状態の春蘭に剣を打ち込み、持っていた剣を上空に弾き飛ばして喉元に切っ先を突きつける。

亜弥、奈々瑠、臥々瑠を除く全員の観戦者達は何が起こったのか分からぬまま声を失う。



「霞、判定はどうした?」


「えっ!? ……あ、あぁ。し、勝者、音無零治!」



霞は零治に声をかけられ我に返り、声高らかに零治の勝利宣言をする。



「おーっ! ここで勝負が決りました! 勝利したのは我らが隊長、音無零治です! 一体何が起こったのかはさっぱり分かりませんが、我らが隊長が見事に勝利を収めましたぁ!」


「亜弥、もしかして……さっきのアレが、貴方が言っていた零治の切り札なの?」


「ええ」


「一体アレは何なの? 春蘭の一撃が零治の身体をすり抜けたように見えたけど……」


「アレは叢雲の力の一つで、あの術を発動した零治には物理的攻撃が一切通用しなくなるんですよ」


「それって……つまり」


「ええ。あの時の零治は完全な無敵状態です。何をやっても彼を倒すのは不可能になるんですよ」


「なるほど。確かに反則と言ってもいい切り札ね……」


「でしょう? まあアレには長時間使えないという欠点もありますがね。だからそうおいそれとは使えないんですよ」


「例えそうだとしても、この世界の人間から見れば充分な脅威よ。攻撃が一切通用しなくなるんだから」


「くっそーーっ! 音無! 何だ今のアレは!? あんな術が使えるなんて聞いてないぞ!」


「そりゃ教えていなかったんだから当たり前だろうが」



納得のいかない春蘭は怒鳴り散らしながら抗議してくるが、零治は涼しい顔で受け流す。



「音無! もう一度勝負しろっ! 次こそは勝つ!!」


「何度やっても結果は同じだ。潔く負けを認めろ」


「いいや! 次は負けん! 次は先程の術を使う間など与えはせん! さあ、さっさと構えろ!」


「姉者。武人なら武人らしく負けを認めろ」


「うぅ……秋蘭までぇ……」


「見苦しいわよ、春蘭。これ以上は恥の上塗りでしかないわよ」


「か、華琳様ぁ……」


「零治」


「ん?」


「見事な闘いぶりだったわ。これからも私の覇業を支えるために、よりいっそう励みなさい」


「へいへい」


「貴方もね、春蘭」


「はい! で、華琳様、ご褒美は……?」


「勝負に負けたんだからあるわけないでしょう」


「うぅ……」


「なら、勝負も終わった事だし、ここの片づけを……」


「待ってください!」



突如、奈々瑠が声を張り上げるので、何事かと全員の視線が集中する。



「あら、奈々瑠。どうかしたの?」


「兄さん、まだ疲れてはいませんよね?」


「ああ」


「なら……次は私と臥々瑠と勝負をしてください!」


「どうしたんだ突然? 訓練ならもう充分にやっただろう?」


「それはそうなんだけど……兄さんの闘いを見ていたら、なんだか身体がうずうずしてきて、闘いたいって気持ちが抑えられないんだ」


(やれやれ。どうやら春蘭との闘いで、戦闘獣人バイオロイド特有の闘争本能を刺激しちまったみたいだな。……まったく、叡智の城ヴァイスハイトを創った連中も厄介な兵士を創り上げたもんだな……)


「面白そうね。零治、付き合ってあげなさい。大事な妹達の頼みでしょう?」


「もとよりそのつもりだ」


「よろしい。……真桜、地和。そういう訳だから、引き続き実況をお願いね」


「はい、お任せを。……ではこれより、我らが隊長と、警備隊員達の癒しでもある、犬耳姉妹の奈々瑠と臥々瑠による第二試合を始めたいと思います! 実況は引き続きわたくし李典と」


「地和ちゃんでお送りいたしまーーすっ!」


(なっ!? 何だ癒しって!? まさか警備隊の連中、あの二人に何か妙な事でもしようと……っ! もしそうなら、吊るし上げて二度と朝日を拝めないように……!)



零治は真桜の口から出た思わぬ話に、わなわなと身体を震わせながら険しい顔つきになる。



「ん? れ、零治、どないしたんや? そんな怖い顔して……」


「何でもない……」


「そ、そうか。ほんなら……双方、前へ!」


「はいっ!」


「うん!」



奈々瑠と臥々瑠は気合を充実させ、零治の前に対峙する。



「三人とも準備はええか?」


「ああ」


「いつでも」


「…………」


「なら、双方、構え…………始めっ!」


「行きますよ、兄さん!」


「おう。いつでも来い」


「臥々瑠っ!」


「うん、分かってる!」


「「はああああっ!!」」



奈々瑠と臥々瑠は互いに交差するように跳躍し、正面から零治に向かって斬りかかる。



「フッ……遅い!」



しかし、零治は余裕の笑みを浮かべながら身体をゆらりと軽く揺らして、滑り込むように移動しながら二人の背後に回りみ、その攻撃を躱す。



「おーっと! 会戦と同時に犬耳姉妹が隊長に見事な連携攻撃を繰り出したが、我らが隊長はその一撃を余裕の笑みで躱したーっ!」


「動きが直線的過ぎる。その程度ではこのオレを捉える事は出来んぞ」


「今のはほんの小手調べですよ、兄さん」


「そうそう。勝負はこれから!」


(今日は二人ともいやにテンションが高いな。今までこんな事はなかったんだが……)


「臥々瑠っ! アレをやるわよっ!」


「オッケーっ! ……でやああああっ!!」



臥々瑠は鵜丸を鞘にしまい、クルクルと身体を回転させながらその場から跳躍し、零治が立っている位置より少し手前の地面に渾身の力を込めて拳を叩きつけ、中庭の地面を砕き、臥々瑠の目の前に瓦礫と化した岩盤がふわりと宙に浮かび上がる。



「ちょっ!? お前らーーっ! 少しは加減しろーーっ! どう考えてもやり過ぎだろ!!」



零治は二人の行動に対し怒鳴り散らすが、奈々瑠達は聞く耳を持とうとはしない。



「問答無用です! 臥々瑠っ!」


「分かってるよ! それ、それ、それぇっ!!」



臥々瑠は目の前に浮かび上がっている瓦礫を零治に向かって次々と蹴り飛ばし始める。



「くっ! おっとっ!? ……躱すのにも限界がある。やむを得んか……っ!」



零治は最初の内は飛来してくる瓦礫を避け続けていたが、数が増えるにつれ厳しいと判断し、躱すのをやめて、叢雲を使い瓦礫を斬り刻み始める。



「くそっ! おい臥々瑠っ! もう少し手加減し……っ!」



零治が臥々瑠に向かって怒鳴り散らしながら、自身の真正面に飛来してきた一際大きな瓦礫を斬り裂いたその瞬間。



「ん? なぁっ!?」



瓦礫の間から後ろに隠れていた奈々瑠が姿を現し、無防備な零治の懐に飛び込んでくる。



「油断大敵ですよ、兄さん! せぇぇいっ!」


「ぐぅっ!」



奈々瑠はそのまま勢いをつけて、零治に渾身の力を込めた正拳突きを叩き込んでくる。

零治は咄嗟に防御をしてもろに喰らうのは避ける事が出来たが、勢いを受け止めきれずに瓦礫と共に後方へと吹っ飛ばされる。



「今度はアタシの番っ!」


「ちょっ!? おま……っ!」


「でえええいっ!」


「ぐはっ!」



いつの間にか臥々瑠が零治の後方から姿を現し、無防備な零治の背に足刀蹴りを叩き込み、今度は前方へと吹っ飛ばされ、零治の目前に最後の瓦礫が迫ってくる。



「く……っ! なろっ!」



零治はグルリと身体を一回転させ、飛来してくる瓦礫に一瞬だけ足を着け、そのまま軽く跳躍し、観戦席の前に着地して奈々瑠達から間合いを取り、体勢を立て直す。



「……えー、解説の曹操様。今のをご覧になってどう思われますか? わたくし、もうどう実況していいか分からないんですが……」



目の前で繰り広げられてる闘いがあまりにも常識はずれなため、真桜は引きつった表情で華琳に解説を求める。

もちろん真桜だけに限らず、他の面子も目の前の闘いを見て完全に言葉を失っているが、ただ一人、亜弥だけは目の前の闘いを冷静に静観していた。



「そうね。少々やり過ぎな気はするけど、奈々瑠達の連携は、春蘭、秋蘭に勝るとも劣らない見事な動きとしか言いようがないわね。ただ、あの子達に関しては、私よりも亜弥に訊いた方が良いのではないかしら?」



下手をしたら城が壊されるかもしれない闘いぶりだというのに、華琳は至って冷静に答える。

流石に王を務めているだけあって肝が据わっている。



「なるほど。という訳で、亜弥様はどうご覧になりますか?」


「うーむ……どうも二人の様子が変な気がしますねぇ……」



亜弥は口元で両手を組んで、両肘を台の上に付きながら渋面を作り呟く。



「それはどういう事?」


「いや、二人ともやけに好戦的になってるような気がして……」


「……言われてみればそうね。でもそれは、闘いに熱が入ってるせいではないの?」


「それなら別にいいんですがね……」



亜弥はそうは言うものの、胸の内の不安は一向に晴れない。



「お、お前らぁ……ちょっと手加減してりゃあ調子に乗りやがって……っ! もう勘弁ならん! 二人とも覚悟しろよ!」



零治は大人気も無く怒りを露わにし、霧散する雲ヴォルケ・フェアシュヴィンデットを発動し、その場から姿を消して、次の瞬間、奈々瑠と臥々瑠の目の前に姿を現す。



「なっ!?」


「げぇっ!?」


「さっきのお返しだぁ! 二人揃って吹っ飛べやぁ!」



零治は二人に目にも止まらぬ速さの居合いを放つ。

奈々瑠達は咄嗟にガードはするが、勢いまで止めるには至らず、二人揃って薙ぎ払われるように数メートル後方へと吹き飛ばされる。



「きゃああああっ!」


「ふぎゃああああっ!」


「おーっ! 一体何が起こったのでしょうか!? 突然音無零治の姿が消えたと思った瞬間、奈々瑠と臥々瑠の目の前に姿を現し、二人を勢いよく遥か後方へと吹き飛ばしたぁ! しかしあれぐらいで怒るとは、零治は少々大人気が無さすぎるのではないでしょうかー!」


「そんな事言うんならお前もこの場に立ってみろ、地和ーーっ!」


「やーん。地和、闘うの苦手だもーん」


「亜弥、ひょっとして、今のも?」


「ええ。アレは一種の移動技です。まあ、距離に制限は有りますがね」


「アレは零治が次にどこから現れるかは分かるの?」


「いえ、現れるその瞬間まで分かりませんね」


「まったく。どれだけデタラメなのよ、彼は……」


「まあ、この世界の人間から見ればそれは仕方ないかと……。ところで真桜、試合の様子は?」


「あ、はい。……えー、見た所二人とも立ち上がる気配が有りませんねぇ。と言う事は隊長の勝利で……」



奈々瑠と臥々瑠は身体をくの字に折り曲げながら地面の上に伸びている。その場に居る人間全員が零治の勝利で終わったのだろうと思った。



「霞……」


「うーん、せやね。勝者、音無……」


「ん? 霞、待て」


「…………」


「…………」



霞が勝利宣言をしようとしたが、二人は無言でその場からムクリと立ち上がり、再び零治の前に対峙する。



「二人とも、もう充分だろう? たかが模擬戦ぐらいでそんなムキになるなよ」


「いや……それはさっき大人気も無くブチ切れてた零治が言う台詞やないやろ……」


「うるさい……」


「…………」


「…………」



奈々瑠と臥々瑠は零治の声には反応せず、ただ零治の姿、その一点だけをまるで野生の獣のような眼つきで見据えている。

と、その時、バチっと何かが弾けるような音がする。



「ん? 何や今の音は?」


「奈々瑠の方から聞こえた気がするが……」



零治と霞は奈々瑠の方に視線をやる。

奈々瑠は何をする様子も無くただ立っているだけなのだが、その周囲には青白い色をした無数の細長い光が走り、火花を散らしながらバチバチと激しい音を鳴り響かせていた。



「れ、零治。なんや奈々瑠の様子おかしいんやないか……? それになんやのあの光は……?」


(アレはひょっとして……電流なのかっ!? それにこの殺気は!?)


「ぐるるるる……」



奈々瑠は地を這うような低い唸り声を出しながら牙を剥く。

それに呼応するように音は次第に大きくなり、周囲を走る光が散らす火花も激しさを増していく。



「霞! 下がれ!」


「へっ? いきなりどうしたんよ!?」


「いいから早く下がるんだっ!」


「お、おうっ!」



零治が凄い剣幕で鋭く叫ぶので、霞は慌てながら華琳達が居る観客席の方まで下がる。



「があああああっ!!」



それとほぼ同時に奈々瑠が天を仰ぎながら鋭い咆哮を上げ、周辺の空気が振動し、まるで落雷でも起きたような轟音が鳴り響き、高圧電流を帯びた青白い光を自身に纏う。



「ちょっと亜弥っ! 彼女、一体どうしたの!? それにあの光はっ!?」


「分かりません! ですが……あまりいい状況ではないのは確かですっ! 全員、何があってもここを動かないでくださいよ!」



亜弥は席に付いてる者達に鋭く叫び、解説席を飛び出して零治の下まで駆け寄る。



「零治っ!」


「亜弥、奈々瑠の奴、どうしちまったんだ……?」


「分かりません。ですが、決して穏やかな状況ではないのは確かです。それに今の彼女、超高圧の電流を帯電していますよ」


「まるで電気ウナギだな。なあ、アレって何ボルトあると思うよ?」


「そんなの分かるわけないでしょう。分かっているのは……喰らったらただじゃすまないって事ぐらいですよ……」


「やはりアレは、模造兵器イミテーション・アームズの力なのか……?」


「そうとしか思えませんよ。しかし、まさかこれ程とは思いませんでしたがね……」


「流石は神器ディバイン・アームズのコピーと言うべきか」


「っ!? 零治、来ますよっ!」


「うがああああっ!」



奈々瑠は二人が居る場所まで跳躍し、電流を帯びた拳で殴りかかろうとするが、一瞬速く二人はそれぞれ左右にステップして奈々瑠の強力な一撃を躱す。

奈々瑠の拳は地面に叩きつけられ、その場に激しい電流を流し、腹の底に響くような轟音を立てながら地面を陥没させた。



「なっ!? 何て威力だっ! 亜弥、お前の矢で何とか出来ないのかっ!」


「無茶言わないでください! 彼女がすばしっこいのは知ってるでしょう! 狙いを定めている間にこっちがやられちゃいますよ!」


「じゃあどうするんだよ!? 今のアイツは高圧電流を纏ってるから、下手な事するとこっちが感電しちまうぞ!」


「言われなくても分かってますよ! とにかくどうにかして彼女の動きを……って、零治! 上っ!」


「はっ? 上? ……って、臥々瑠!?」


「ぐるるるる……」



二人は奈々瑠にすっかり気を取られ、臥々瑠の存在を失念していたようで、零治は上空を彼女に取られる。

臥々瑠の鵜丸が陽光を反射させながらその凶刃を煌かせる。



「ちょ!? 臥々瑠、冗談だろっ!? ホントやめ……っ!」


「があああああっ!」


「だあああああっ!!」



臥々瑠は問答無用の勢いで落下しながら零治に向かって刃を振り下ろす。

零治はその場から転がってその一撃を躱すが……。



「ぐあっ!?」



臥々瑠の一撃が零治の脚をかすめ、右脚の脛の裏側に一筋の斬り傷が走り、傷口から鮮血が滴り落ちる。



「今の一撃……まさか……」


「いっつぅ……っ!」


「零治、大丈夫ですか?」


「あぁ。何とか立つ事は出来る。だがどういう事だ? 確かに間合いからは出ていたはずだが……」


「零治、貴方の脚を斬ったのは正確には鵜丸の刃ではありません」


「はぁ? なら一体……」


「水ですよ」


「水?」


「ええ。臥々瑠が鵜丸を振り下ろす瞬間に刀身から超高圧の水が噴き出したんですよ」


「つまり……水圧カッターと同じ原理って事かよ」


「ええ。その証拠に……ほら、あの地面」



亜弥は顎をしゃくり、零治に先程まで彼が居た場所を見るように促す。

そこには一筋の斬り傷が走っており、傷の周りには水で濡れたような痕跡もしっかりと残っている。



「……おいおい。地面まで斬り裂いちまったのかよ」


「それに斬り口の周囲が軽く濡れてるでしょう? 間違いなく水の仕業ですよ。アレだけの威力ですから、恐らくこの世界の鎧なんて紙同然ですよ」


「……なあ、オレ達って今、マジで命の危機に直面してんじゃね?」


「何を呑気な事を言ってるんですか!? このままじゃ私達、本当に二人に殺されかねませんよっ!」


「零治っ! 大丈夫なのっ!?」


「音無、手に余るようなら私達も止めるのを手伝ってやるぞっ!」



華琳が心配そうに叫び、春蘭が剣を片手に意気込むが、零治は首を横に振る。



「大丈夫だ。心配するな」


「零治、心配するなって……何かいい案でもあるって言うんですか……?」


「亜弥、お前も後ろに下がってろ。下手をすると巻き込みかねんからな」


「何をする気ですか?」


「ちょっと練習中の技があってな。そいつを試すのにいい機会だ」


「……止められる確率は?」


「知るか」


「はぁ……知るかって……まあ、ここは一つその技に賭けてみましょうか」


「ああ。その代わり万が一には備えといてくれよ?」


「分かってます」



亜弥は華琳達の下まで後退し、静かに零治の動向を見守る。



「亜弥、零治は一体何をするつもりなの?」


「何でも練習中の技があるらしく、それを使って二人を止めるそうです」


「それは確実に二人を止められるの?」


「分かりません。まあここは彼を信じてみましょう」


「……ええ」


「そう心配なさらず。私も彼の万が一には備えておきますから」



亜弥はそう言って矢を創り出し、双龍につがえ、いつでも援護が出来るように射撃体勢を取る。



「やれやれ。よりによって、この技を最初に試す相手がお前達二人とはな……」


「ぐるるるる……」


「がるるるる……」


「そう唸るんじゃねぇよ。すぐに終わらせてやる」



零治は叢雲をベルトから鞘ごと引き抜き、天に掲げるように持ち上げ、柄に右手をかけて魔力を集中させる。

すると、零治の周囲に風が巻き起こり、叢雲に集中するように集まりだす。



「なに、アレ……?」


「分かりません。零治の周囲に風が吹いてるようですが、何なんでしょうか?」


「叢雲の下に集いし風達よ。その一身を刃と化し、我が敵を打ち砕け!」


「「ぐあああああっ!!」」



奈々瑠達は零治の異変を本能的に気取ったのか、瞳をぎらつかせ、野獣のような咆哮を上げながら牙を剥いて突進する。



「巻き起これ……風よ!」



零治は叫びながら叢雲を引き抜き、刃を地面に叩きつける。

その瞬間、零治の目の前に零治の身長と同じぐらいの高さのつむじ風が巻き起こり、それを確認した零治は叢雲を鞘に仕舞い込み居合いの構えを取る。そして……。



「吹き荒れろ…………獰猛な嵐アイン・ヘフティゲル・シュトゥルム!!」



零治は渾身の力を込めて叢雲を抜刀し、目の前のに有るつむじ風を思いきり斬り上げる。

斬られた風は巨大な突風と化し、凄まじい轟音と共に砂塵を巻き上げながら奈々瑠達を目掛け一直線に地面を走る。



「「ぐぎゃああああ!!??」」



奈々瑠と臥々瑠は迫り来る突風を真正面からもろに受け、まるで枯葉のように空中へと舞い上がり、そのまま一直線に地面に落下。受け身を取る事も出来ず、地面に叩きつけられ意識を失った。



「ふぅー……」



二人が気絶した事を確認した零治は大きく息を吐きながら叢雲を鞘に納める。



「零治、終わったんですか?」


「多分な……。とりあえず二人を起こすぞ。亜弥、お前も来い」


「……気が乗らないんですが」


「おい。危険な役回りを全部オレ一人に押し付ける気か……?」


「冗談ですよ。では行きますか」


「ああ」



二人は気絶している奈々瑠達の下まで、油断ない足取りで歩み寄り、奈々瑠達を揺さぶり起こす。



「おい奈々瑠。いつまで寝てるんだ? 早く起きろ」


「臥々瑠、こんな所で寝てたら風邪をひきますよ。起きなさい」


「……う、うーん……」


「……うにゃ……あれ……?」


「二人とも起きたか?」


「へっ? 起きたって何の事ですか、兄さん? それに私達どうしてこんな所で倒れてるんですか?」


「えっ!? 奈々瑠……憶えていないんですか!?」


「え? 何をですか?」



奈々瑠は亜弥の問いに首を傾げる。

傍らで見ていた零治は臥々瑠に先程の事を問いかける。



「臥々瑠、お前は?」


「へ? 何の話~?」


「零治……」


「ああ。どうも本当に何も憶えていないみたいだな」


「あの、二人でなんの話をしてるんですか?」


「二人とも、どこまで憶えてる?」


「何を?」


「だからオレとの模擬戦での事だよ。どこまで憶えてるんだ?」



零治の問いに、奈々瑠と臥々瑠は宙を睨みながら考え込み、最初に奈々瑠が答える。



「えーっと……兄さんが正面から私達を吹っ飛ばした所までは憶えてるんですが……」


「その先は憶えていないのか?」


「うーん……はい。そこから先は急に意識が遠くなったので何も……」


「臥々瑠、貴方もそうなんですか?」


「うん。アタシも兄さんに吹っ飛ばされたとこから先の事は何も分からいよ」



奈々瑠達の答えに、零治と瑠利亜は互いに顔を見合わせる。



「亜弥。どう思う?」


「正直……分かりません。恐らく戦闘獣人には私達がまだ知らない秘密が隠されているようですね」


「お前が持ってる端末にデータは入ってないのか?」


「ええ。残念ながら。調べるには叡智の城のデータベースにアクセスするしか方法はないですよ」


「となるとこれ以上は調べようがないな」


「ええ。この世界で調べるには、さっきと同じ状況を再現するしかないですね」


「……今は嫌だぞ。こっちはマジで死にかけたんだからな」


「分かってますよ。まあ、この事についてはまた別の機会にという事で」


「そうだな」


「貴方達、話は終わったのかしら?」



いつの間にか背後に立っていた華琳が零治達に話しかける。



「ん? ああ、とりあえずは」


「そう。なら……私からも大事な話があるのだけれど」


「何だよ?」


「アレはどうするのかしら?」



華琳は普段の優雅な笑みを浮かべながら後ろ手で中庭を指差す。ただし、眼は笑ってはいなかったが……。



「ん~……? げっ!?」



零治達は華琳が指差す先を追うと、そこには零治が巻き起こした暴風によって薙ぎ倒された庭木や、臥々瑠が蹴り飛ばして散らばった瓦礫、陥没してしまった地面などなど。

華琳が何を言わんとしてるのか即座に察し、零治の顔に嫌な汗が流れ落ちる。



「私が言いたい事、分かるわね。零治……?」


「はい……」


「今日中に邪魔な瓦礫などは片づけておきなさい。それから園丁の手配をするわ。いいわね?」


「はい……」


「よろしい。なら、私は戻るわね」



華琳はクルリと踵を返し、城へと戻って行った。



「……なあ霞、お前も手伝って……って、いねぇし!」



辺りを見渡せば霞どころか、凪、真桜、沙和を除く三人以外は全員その場から忽然と姿を消していた。

つまりは逃げたのだ。



「三人は逃げないのか?」


「いやー、出来ればそうしたかったんやけど、ウチらはこれをバラさないかんきよ」



真桜が急ごしらえで作り上げた観戦席をポンと叩いて答える。



「隊長、向こうが済んだら私達も手伝いますから、そう気を落とさないでください」


「うんうん。みんなでやればすぐに終わるのー」


「あぁ……ありがとな、凪、沙和」


「…………」



臥々瑠は無言でコソコソとその場から逃げ去ろうとするが……。



「臥々瑠、どこに行くつもりなの……?」



奈々瑠がガシっと肩を掴んで引き止める。



「えっ!? えっと、その……」


「私達もやるのよ。いいわね?」


「…………」


「い・い・わ・ね」


「は~い……」


「なら、早いとこ終わらせるとしましょうか」


「ああ……」



亜弥の一声で、零治達は一斉に作業に取り掛かる。

ただ、庭の被害が甚大だったのと、真桜が作った観客席があまりにもやっつけ作業で組み上げられていたせいでバラすのに手間取ってしまい作業は夜を徹する事になり、翌日、零治達は寝不足の状態で普段の仕事をこなす羽目になってしまった。

作者「どうよ? 今回の話は?」


零治「お前なぁ……マジでオレらを殺す気かよ」


亜弥「全くですね。肝が冷えましたよ」


作者「まあ、そう言うな。人生ってのは刺激があるから楽しい。だろ?」


奈々瑠「なんかそのセリフ、どっかで聞いた事があるんですが……」


作者「気のせいだろ?」


臥々瑠「ていうかさぁ、何なのさ、今回のアタシ達は。あれじゃ完全に化物じゃんか……」


作者「そうふて腐れるなって。実はこれも重要な伏線なんだから」


奈々瑠「本当にですか……? なんか信用できませんねぇ……」


作者「酷い……」

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