第25話 理想を目指す者と否定する者
ここの話ですが、一刀を登場させた事により、前回以上に蜀に対するアンチ色が強くなっています。
蜀のキャラ、特に桃香が好きな方は読む際はご注意を。
「華琳様、その話は本当なんですか……?」
華琳から黒狼とのやり取りの話を聞き、桂花は訝しげの表情で華琳に訊く。
「ええ。桂花、貴方はどう思う?」
「正直に申しますと、バカとしか言いようがないですね。シ水関をたったの五人、それも兵も率いずに攻略するなんて……」
「まあ、その気持ちは分かりますが、奴は本気ですからね……」
「だな。で、シ水関の総兵数はどれぐらいなんだ?」
「総兵数は五万で、華雄と張遼の部隊、それぞれの兵数は二万五千ずつね」
「それは確定情報なのか?」
「さっき戻ってきた斥候の情報だから、今のところ最新情報よ」
「ならその情報、後で公孫賛と劉備の所にも送ってやりなさい」
「……よろしいので?」
「公孫賛は小物だけれど、麗羽と違って借りを借りと理解できる輩よ。劉備というのはよく分からないけれど……公孫賛が信用する人物のようだし、問題無いでしょう。あまり意味は無いかもしれないけど、彼女達が黙って黒狼達の戦いを見ているとは思えないし、追撃の手助けぐらいはするのではなくて?」
「承知いたしました」
「軍議中、失礼いたします。華琳様、報告が……」
「何? また麗羽が無理難題でも言いだしたの?」
華琳は眉をひそめながら訊くが、凪は首を横に振る。
「いえ、そうではなく……袁術殿が先行して勝手に軍を動かしたそうです」
「先鋒は誰だ?」
「先鋒は孫の旗。恐らく孫策殿かと……」
「……孫策の考えではないでしょうね」
「功を焦ったか、袁紹に張り合ったか……ともかく、袁術の独走と見るべきでしょう」
「華琳様! 今こそ過日の借りを……!」
「今はまだ返す時ではないわ。それを孫策も望んではいないでしょう。……自制なさい」
「しかし!」
春蘭は今すぐに借りを返したいのか、なお食い下がる。
「孫策を助けるには軍を動かす事になる。そうなれば我々も麗羽から不興を買うし、助けられた孫策も袁術から不興を買う事になる。それこそ借りを返すどころか、貸しの上積みよ」
「……むぅ」
「今は自制なさい。彼女の力が本物ならいずれ十倍……いや、百倍にして返せる時が来るでしょう」
「……承知いたしました」
春蘭はしぶしぶ承知する。
「桂花。この戦の結果も、一緒に公孫賛に送ってやりなさい。共有して損のない情報は遠慮なくね」
「御意」
「それから……零治、亜弥」
華琳は申し訳なさそうな顔で二人を見つめる。
「……オレはお前の判断に従うまでだ」
「ええ。あの時そう言いましたよね?」
二人は華琳が何を言わんとしてるかすぐに察し、そう言う。
「二人とも……嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい」
「気にしなくていい」
「そう言ってくれると助かるわ。……桂花」
「はっ」
「劉備軍に居る黒狼に言伝を。……そちらの提案を受け入れると。それから、零治と亜弥をそちらに向かわせる事も伝えなさい」
「承知いたしました」
「じゃ、オレ達も行くか?」
「ええ」
「兄さん、姉さん……くれぐれも気を付けて……」
「何かあったらすぐ助けに行くからねっ!」
「ああ」
零治達は二人に背を向けたまま手を軽く振り、劉備軍の下に移動を始める。華琳はその後ろ姿を黙って見つめる。
「…………」
「華琳様、本当によろしいのですか?」
「私もあまり気は進まないけど、あの三人の実力を見極めるいい機会でもあるわ」
「それはそうですが……」
「これは決定事項よ。春蘭と秋蘭も連中の戦いぶりはしっかりと眼に焼き付けておきなさい。零治の言っていた事が本当なら、遅かれ早かれ、いずれ連中とは戦う事になるでしょうからね……」
「……はっ」
「御意」
………
……
…
ここは劉備軍の陣営。現在首脳陣が、華琳が提供した情報について話し合いをしている。
「曹操から情報が流れてきた?」
「連中、桃香の所にも行くって言ってたから、どうなのかなと思ってさ……ちょっと来てみたんだけど」
「うん。丁度私達も、その話をしてたんだけど……どう思う? みんな」
「罠ではないのですか? この同盟軍、どうにも胡散臭い事が多すぎる……」
長い黒髪とサイドポニーテールの髪型が特徴的な女性、関羽が訝しげな表情で言う。
「やれやれ……。愛紗は疑心暗鬼が過ぎるのではないか」
関羽とは対照的に、かつて零治と刃を交えた女性、趙雲こと星が涼しげな顔で言う。
「朱里ちゃんはどう思う?」
「罠ではないでしょうね……。曹操さんは野心の塊ですし、敵には容赦しないでしょうが……味方の足を引っ張って、自らの評判を落とすような人でもありません。それに孫策さんがシ水関の攻略に失敗した情報はこちらでも確認してます」
「華雄って、そんなに強いのか?」
「どうも袁術さんの側も一枚岩ではないようで……。孫策さんの隊に、袁術さんからの糧食の補充が無かったそうです」
「……はぁ?」
諸葛亮の話を聞き、公孫賛が呆れた表情でポカンと口を開く。
「お腹が空いたら戦えないのだ!」
「なら虎牢関の情報も正しいと?」
「恐らく、こちらに貸しを作っておきたいのと……こちらが本命だと思いますが、我々の実力を測りたいのだと」
「まあ、桃香達は新参だしな……。どの程度の実力があるのかは、みんな気になると思うぜ」
「そっか……。じゃ、この情報は正しいと思ってよさそうだね~」
「はい。……それから、黒狼さん」
「何だ?」
黒狼は両腕を組み、劉備達に背を向けたまま静かに返事をする。
「先程、曹操さんの使いの者から言伝を預かっています。……黒狼さんの提案を受け入れる、だそうです」
「そうか……」
「あの、黒狼さん……本当に大丈夫なんですか?」
劉備は心配そうに黒狼に声をかける。黒狼は相変わらず背を向けたままである。
「何がだ……」
「何がって、その……黒狼さん達だけで戦うなんて……」
「問題ない」
「でも……」
「曹操も承諾し、袁紹にも話は付けたのだ。今更変更する訳にはいかん……」
「……うぅ。ねえ、ご主人様からも何とか言ってあげてよぉ」
劉備は今にも泣きだしそうな顔で一刀の上着を掴んで協力してと頼んでくる。が……。
「無茶言うなよ! 俺に黒狼の説得なんか出来るわけないじゃん!」
当の本人はこの有様である。
だがこれは当然の反応だ。一介の高校生にプロの戦闘集団を率いていた人物の説得を頼むなど無茶もいいとこだ。
これは火を点けた花火を持って地雷原に突撃して無傷で帰還して来いと言うのと同義である。
「だけどぉ……」
「確かに桃香の言いたい事は分かるよ。でも黒狼が言うようにここまで来て今更、『やっぱりやめます』、なんて言ったりしたら周りからの評価はガタ落ちだ。そうなったら今後の活動にも間違いなく支障をきたすし、桃香が言っていた理想の実現がただの夢で終わってしまう事だってあり得るんだ」
「…………」
「そんなの嫌だろ?」
「うん……」
「だったら今の俺達にできる事は黒狼達を信じる事、それだけだ。それにいざとなったら、みんなで助けに行けばいいだけなんだから」
「分かったよ。……黒狼さん、くれぐれも気を付けてください。もし危なくなったら、必ず助けに行きますからね」
「そのような事態になるなど、あり得んと思うがな……」
「桃香様。曹操さんの所から御遣いのお二人が来ましたが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「あ、うん。通してあげて」
「御意です」
諸葛亮はその場を小走りで後にする。
「…………」
「どうしたのだ? 愛紗」
「いや、曹操の所に居る御使いが信用できるのかと思ってな」
「どういう事だ?」
「朱里から聞いたのだが、黒狼が軍議の場に顔を出した時に、男の方の御使いが凄まじい剣幕で黒狼に向かって怒鳴り散らしたそうでな……」
「……あの男を相手に怒鳴るとは大したものだな。そやつ、名は何と言うのだ?」
「名は確か……音無と」
「なっ!? 音無だとっ!?」
星は関羽から憶えのある名を聞かされ、驚きの表情を浮かべる。
「どうした、何か知っているのか? 星」
「ああ。確信があるわけではないが……もしかしたら私の知っている人物かもしれん……」
「そうなのか?」
(音無……。まさか、零治殿なのか?)
「桃香様。お連れしました」
諸葛亮が零治と亜弥の二人を連れて、陣に戻ってくる。
(……やはり零治殿であったか。それに亜弥殿も)
黒狼はゆっくりと振り返り、二人の所に歩み寄る。
「二人とも、よく来てくれたな」
「…………」
零治は黙ったまま苛立った表情でタバコを取り出し火を点け、煙を吹かし始める。
「フーー……」
「まだそんな物を吸っていたのか? いい加減やめたらどうなんだ?」
「黙れ。貴様にそんな事を言われる筋合いは無い……」
「まあそんなに寿命を縮めたいのなら止めはせんが、人の忠告には素直に耳を傾けたらどうだ?」
「そうだな。貴様の面を見る事が無くなったら考えてやってもいいが?」
「零治、これから協力するのにそんな喧嘩腰でどうするんですか……」
零治と黒狼の間にピリピリした空気が張り詰め、少し離れた位置でこのやり取りを劉備達はハラハラした表情で見守る。
「は、はわわ……」
「お、おい、桃香。アイツら大丈夫なのか? どう見ても仲が悪そうだぞ……」
「だ、大丈夫だよ……多分……」
「いや、大丈夫じゃないだろ。桃香も見ただろ? 軍議の場でアイツが黒狼に向かって怒鳴ってた姿は……」
「そ、それはそうなんだけど……」
そこへ事態を更に悪化させかねない二人、金狼と銀狼が姿を現す。
「あぁ、ホントに居たよぉ。話には聞いていたけど、よく協力する気になったね、白狼?」
「同感だぜ。どういう風の吹き回しだぁ? 影狼……」
「…………」
「おい。シカトしてんじゃねぇよ……」
「うるさい、黙れ……」
「何だとぉ!? テメェっ!」
銀狼は怒鳴りながら零治に殴りかかるが、零治は軽く上体を横にゆすってその拳を躱しはするが、口にくわえていたタバコをかすめ、弾き飛ばされてしまう。
「フッ!」
「っ!?」
零治は眼にも止まらぬ速さで鞘から叢雲を引き抜き、刃を銀狼の首筋にピタリと押し当てる。
「喧嘩を売る相手を間違ってないか? 銀狼……。まあ、そっちがその気ならいくらでも買ってやるぜ?」
「ぐ……っ!」
銀狼は悔しげな表情で歯軋りをしながら零治を睨みつけてる。
「ったく。貴様のせいでタバコを一本無駄にしちまったじゃねぇか……」
「わーっ! 二人とも! どんな事情があるかは知りませんが、喧嘩はダメですよっ!!」
劉備が慌てて二人の間に割って入り仲裁する。
「フッ。劉備の顔に免じて特別に見逃してやるよ。命拾いしたな、クズ野郎……」
零治はそう言って叢雲の刃を銀狼の首筋から引き、鞘に収めた。
「影狼……テメェ、そうやっていつもオレを見下しやがって……っ!」
「オレも人の事を言える立場ではないが、貴様が救いようのないクズなのは事実だろう? 見下して何が悪い……」
「テメェ……いつか必ず殺してやるからな。覚悟しとけよ……」
「寝言は寝てから言うモノだって知ってるか? 銀狼……」
「ケッ! ……黒狼! オレは先に予定地点に行ってるぜっ!」
「勝手にしろ……」
「クソがっ! ……邪魔だぞガキがっ! 道を空けろ!!」
「ひゃ、ひゃい! しゅみましぇんっ!」
銀狼は目の前に居る諸葛亮に怒鳴り散らし、諸葛亮は噛み噛み言葉で謝りながらぴょんと飛び跳ね道を空ける。
銀狼はズボンのポケットに手を突っ込み、シ水関攻略の開始地点に向かってズンズンと歩いていった。
「あーあ……。勘弁してよね、影狼。銀狼を怒らせるなんてさぁ。アイツが気に食わない事があると周りに当り散らすのは知ってるだろう? 僕も例外じゃないんだよ」
「なら、二度とオレの前に面を見せるなと、お前から言っとけ。もしくはお前が奴を殺せ。それで事は丸く収まる……」
「なんで僕がそんな面倒な事をしなきゃいけないのさ? 冗談じゃないよ。……じゃあ、僕も予定地点に行ってるよ、黒狼」
「ああ」
「じゃあ白狼、また後でね」
「…………」
金狼はお得意の愛想笑いを浮かべながら亜弥に話しかけるが、亜弥は何も言わずに金狼を殺気の籠った視線で睨みつける。
「そんな怖い顔しないでよぉ。何もしないって」
「『今は』、が抜けてますよ……」
「ああ、そうだったね。それじゃあね」
金狼もそう言って、スタスタと予定地点に足を進める。
「では、私も行くとしよう。細かい打ち合わせはそこで行うから、お前達も遅れないようにな……」
「オレに指図するなと言ったはずだぞ……」
「やれやれ。……白狼、くれぐれも遅れないようにしろ」
「……分かってますよ」
「まあ、劉備達にも挨拶ぐらいはしとくといい。では先に行ってるぞ……」
黒狼はそう言ってコートを翻し、落ち着いた足取りで予定地点に足を運ぶ。
「……フンっ!」
零治は苛立ちをあからさまに表に出しながら鼻を鳴らし、二本目のタバコを取り出し火を点ける。
「はぁ……零治、貴方の気持ちも分かりますが、ここには黒狼達だけじゃなく劉備軍の方々も居るんですから、もう少し抑えてくださいよ……」
「それは無理な相談だ」
「無理でもやってください」
「はいはい。……フーー……」
「…………」
先程のやり取りを見ていた関羽は何か考え込むように黙りながら零治を見つめている。
「どうしたのだ? 愛紗」
「いや、あの男の先程の動きがな……」
「あぁ、銀狼とのやり取りの時のか。……愛紗、先程の動き、お主には見えたか?」
「いや、全く見えなかった。そう言うお前はどうなんだ?」
「私も見えなかった……」
「そうか。……あの男、強いな……」
「ああ、強いぞ。お主や鈴々、そして私よりもな」
「にゃ? 星、どうしてそう言い切れるのだ?」
「白蓮殿の所に厄介になる前に、一度彼と刃を交えた事があってな。その時は手も足も出なかったのだよ」
「……そうなのか。だが、なぜそんな事に?」
「なに、ほんの些細なすれ違いがあっただけだ。……どれ、せっかくだし挨拶をしてくるとしよう」
星はそう言って、スタスタと零治達の方に歩み寄っていく。
「零治殿、亜弥殿、お久しぶりですな」
「ん?」
「おや、星じゃないですか。久しぶりですね。元気にしてましたか?」
「ええ。お二人もお変わりないようで」
「そうでもありませんがね。……ほら零治、こういう時はタバコの火は消してくださいよ」
「はいはい。ったく、相変わらず口うるさい女だぜ……」
亜弥に言われ、零治は毒づきながらタバコを携帯灰皿の中に捨てる。
「零治殿も相変わらずのようですな」
「そう言うお前もな。……ん?」
零治は誰かを捜すように辺りをきょろきょろと見回す。
「どうかなさいましたか?」
「いや、あの二人……風と戯志才は一緒じゃないのか?」
「あぁ、あの二人はまだ旅を続けたいと言ってましたので途中で別れましてな」
「……あの二人だけで大丈夫なんですか?」
「だな。あの二人、どう見ても武闘派じゃなかったし……」
「心配は無いでしょう。あの二人は中々に知恵が働きますので」
「そうか。まあ、星がそう言うんならそうなんだろうな」
「そう言うそちらも、奈々瑠と臥々瑠の姿が見当たりませんな」
「あぁ、彼女達は後方でお留守番ですよ」
「左様ですか」
「ねえ、星ちゃん。この二人と知り合いなの?」
星が零治達と親しげに話すので、劉備が不思議そうに尋ねる。
「だな。真名も許してるみたいだし、親しいのか?」
公孫賛も、うんうんと頷きながら、劉備の言葉に同意する。
「親しいと言えるほどそこまで長い時間は過ごしてませんが、知らない仲ではありませんよ」
「そうなんだぁ」
「へえ~。なあ、星。どういう経緯で知り合ったんだ?」
「な~に。大した事であはありませんよ、主」
「あっ、誤魔化したな」
「はて。何の事ですかな?」
「…………」
「あ、挨拶が遅れましたね。私の名は劉備、字は玄徳です」
劉備は丁寧にお辞儀をし、零治達に挨拶をする。
「ああ。音無だ。よろしくな……」
「神威です。よろしく」
「はい。……あの、音無さん。質問してもいいですか?」
「何だ?」
「音無さん、どうして黒狼さん達と仲が悪いんですか? あんなに良い人なのに」
「……良い人? 黒狼が? それ本気で言ってるのか……?」
劉備の質問に対して、零治は冷ややかな視線を劉備に向けながら言う。
「えっ? あの……」
「零治っ!」
「…………」
亜弥が零治を一喝したので、零治はすぐに表情を元に戻し、黙り込んだ。
「あの……私、何か気に障る事を言っちゃいましたか?」
「いや、何でもない。それと先程の質問の答えだが……奴との仲の悪さは個人的な理由なので答える気はない。……劉備、オレも一つ質問してもいいか?」
「あ、はい。どうぞ」
「お前は何の理由があって黒狼達と一緒に戦っているんだ?」
「それは……私の理想を実現するためにです!」
「その理想とは?」
「私の理想、それは……この大陸に生きる全ての人々が笑って過ごせる国を作る事です!」
「……黒狼にその事は?」
「言いましたよ。そしたら黒狼さん、叶うと良いなって言ってくれました!」
「そうか。確かに立派な理想だから叶うと良いな」
零治はそう言って劉備の前を横切る。その際、一言ボソッと呟く。
「……無理だろうがな」
「えっ?」
「貴様っ!」
零治の呟きが聞こえたのか、関羽は自身が使用してる槍、青龍偃月刀を零治の首筋に突き付け行く手を阻む。
「おい、オレはこの先に用があるんだ。今すぐこの槍を退けろ……」
零治は眼を細め、関羽を睨み付けながら槍の穂先をトントンと指で叩く。
「ならば我が義姉の理想を愚弄した言を訂正しろ!」
「義姉……? なるほど、その槍の外観……お前が関羽か?」
「愛紗、落ち着け。お主の気持ちも分からんでもないが、やめた方がいいぞ」
「星は黙っていろ!」
「やれやれ。忠告はしたからな。……零治殿、手加減はしてあげてくださいよ」
「星! お前はこの男の肩を持つというのか!?」
「そうは言っとらん。だが私はこの方の実力を嫌というほど思い知っているのでな。それに彼の性格を考えれば、訂正を求めるのは無駄というものだ」
(あらあら。星の奴、あの時のやり取りで零治の性格を完全に把握しているみたいですねぇ。かといって、止めない訳にはいきませんよねぇ……。まあ、ダメ元で言ってはみますが、やはり無駄でしょうね……)
「……訂正するまでコレを退ける気は無いんだな?」
「当然だ!」
「…………」
「零治、頼みますから荒事は……」
亜弥は懇願するが、やはり無駄だったらしく、零治はその言葉に耳を貸そうとはしなかった。
「……フッ!」
「なっ!?」
零治は叢雲を右手で抜刀し、そのまま勢いをつけ関羽の偃月刀に刃を打ち込む。あまりに突然の事だったため関羽は衝撃を受け止めきれずに槍を上空に弾き飛ばされてしまい、槍は彼女の背後に落下して深々と地面に突き刺さる。
「…………」
零治は無言で叢雲を鞘にしまい、関羽には眼もくれずに何事も無かったかのように再び歩き出す。
「はぁ……やっぱり無駄でしたね……」
亜弥は零治の行動に溜め息を一つ吐き、右手で顔を覆いながら俯く。
「どうして……」
「ん?」
「どうして無理だと言い切れるんですかっ!」
「…………」
劉備は零治をキッと睨み付けながら脇目も振らずに大声を張り上げる。
零治はゆっくりと振り返り、その姿を黙って見つめ、口を開く。
「劉備。お前の掲げる理想は幻想でしかないのだよ……」
「そんな事ありません!」
「では訊くが、お前は自分の語る理想に矛盾が生じてる事に気付いているのか?」
「え? 矛盾……?」
零治の言葉に劉備はキョトンとしてしまう。
その反応を見た零治は嘆息し、侮蔑の視線を向け、更に言い放つ。
「その反応だと気付いていないようだな。気付いてる上でその理想を語るなら、その姿勢は大いに立派だが……気付いていないのなら、お前はただのバカだ……」
「貴様っ! 言うに事欠いて、桃香様の理想だけでなく桃香様をも愚弄するか!」
「フッ、威勢の良い事だな、関羽。だが、お前ではオレには勝てん……」
「く……っ!」
先程、関羽は零治の実力がどれ程のものなのか思い知ったので、何も言えなくなり、ただ悔しげに歯を噛み締めながら睨み付ける事しかできなかった。
「お前は確かに強い。だが所詮その強さは『人の枠内での強さ』でしかない。『人の枠から外れた強さ』を持つオレに敵う訳がないんだよ……」
「零治、もう充分でしょう? 行きますよ……。これ以上連合内で問題を起こすと、本当に華琳の立場を危うくしてしまいかねません」
「ああ。……劉備、オレがいま言った言葉、よく憶えておけ。なぜお前の語る理想が幻想なのか、そしてその理想に生じている矛盾が一体なんなのか、一度よく考えるんだな……」
零治は劉備にそう告げ、亜弥と一緒に黒狼達が待つ予定地点に足を運ぼうとする。
所がそこで、意外な人物が零治を呼び止めた。
「待てよ、零治……」
「あぁ? ……何だ一刀。お前との話はもう済んだはずだが……」
「そうだな。だけど……俺はお前に言わなきゃいけない事があるんだよ」
「…………」
零治は黙って一刀を見る。その表情から、一刀が怒っている事はすぐに理解できた。
そして何に対して怒っているのか、一刀が何を言わんとしているのかもすぐに読み取れた。
「零治。これ以上なにかやらかすと本当に……」
「分かってる。亜弥、お前は向こうで待ってろ。一刀のこの様子では、黙って行かせてくれそうにないんでな……」
「分かりました。ですが……くれぐれも、これ以上は荒事を起こさないでくださいよ……」
亜弥は零治に釘を刺すように告げて、そのまま足を進め、中間地点で歩みを止めて街道の両脇を挟んでいる崖の岩肌に背を預けながら零治達を無言で見守る。
「で? 話ってなんだよ」
「決まってんだろ。さっき桃香に言った言葉だ。取り消せよ……」
「なんでだ? オレは事実を言っただけだぞ」
「なっ!? 会って間もないお前に桃香の何が分かるっていうんだ!」
「別に劉備個人の事を分かっているつもりはない。だが、その女が掲げる理想が幻想にすぎない事ぐらい、オレじゃなくても分かる事だぞ……」
「それだよ。なんで……なんで彼女の理想が幻想だと言い切れるんだ!」
「フッ。一刀、お前あまり勉強はしない方だろ?」
「何だって……?」
いきなり話題と全然関係のない事を振られたため、一刀は呆気にとられる。
だが零治はそんな一刀の事などお構いなしに言葉を続ける。
「一端の勉強をしてきた高校生なら、劉備の掲げる理想がなぜ幻想なのかぐらい、少し頭を使って考えれば分かる事だと思うんだが……ひょっとしてお前もバカなのか?」
「おのれ貴様ぁ! 桃香様だけでは飽き足らず、我らのご主人様をも愚弄するのか!」
横で話を聞いていた関羽がまたもや口を挟むが、零治はその怒りをどこ吹く風と受け流して、涼しげな顔で言い返す。
「口を挟むな、関羽。オレはこのガキが話があると言うから付き合ってやってるんだ。外野は黙って見ていろ……」
「くっ!」
「…………」
「ほら、どうした? ここまで言われても反論の一つも出来ないのか? お前の『ご主人様』ってのはただの肩書でしかないのか? ……フッ。所詮お前は、何の取り柄も無いただの人間って訳か」
一刀は無言で俯きながら、悔しそうにわなわなと肩を震わせ、両手をギュッと握りしめる。
だがすぐに、顔を上げ、零治に向かって怒鳴り返してきた。
「俺の事は……俺の事は別にいい! 何と言われようが構わないさ! だが彼女を……桃香をバカにするのだけはやめろ! 彼女は彼女なりに必死に頑張ってるんだ!」
「頑張るなんて誰にでも出来る事だろ。重要なのは結果を残す事だ。いくら頑張っても結果が残らなきゃ何の意味も無い。それにな、その女の理想は頑張る頑張らない以前の問題なんだよ。そんな事しか言えない時点でお前も劉備同様、矛盾に気づけてないただの……もういい。これ以上は時間の無駄だ……」
これ以上は話をしても意味が無いと判断した零治は目的地へ向かうべく、クルリと踵を返す。
「おい! どこに行く気だ! 俺の話はまだ終わってないぞ!」
「いいや。終わってるさ。これ以上続けても堂々巡りなだけだ。オレはお前と違って暇じゃないんでな……」
「ふざけるなよ! そんなんで俺が納得すると思ってるのか! 話をする気が無いと言うのなら、俺はお前を……!」
そこで零治は足を止め、ゆっくりと一刀の方に振り返り、ギロリと鋭い視線で睨み付ける。
「どうする気だ。オレを殴ってでも止めるとでも言うつもりか……? やんのか? クソガキが……」
「っ!?」
今にも殴りかかりそうな勢いだったのだが、零治から放たれる禍々しい殺気で一刀は思わず足を止めてしまう。その殺気は黒狼が一刀に放ったものと同等のものだった。
「どうした。来ないのか? 所詮は口だけか……」
「くっ! こ、この……っ!」
「おい、先に警告しとくぞ。殴りかかるのはお前の勝手だが、それをやった瞬間、お前は地面に沈み込む事になるぞ。それでもいいと言うんなら来いよ。身の程ってもんを教えてやる……」
ここで零治はあえて挑発的な言葉を言い放つ。
相手の力量が図れる人間なら、いま放っている殺気と言動で大人しくなるだろうと零治は思っていたのだが、完全に頭に血が上っている一刀には逆効果だったようで、ますます一刀の怒りの沸点が上昇した。
「お前……言わせておけば……っ!」
「はぁ……おい、星」
「何ですか……」
「コイツの事を大事に想ってるんなら、今すぐにこのガキを止めろ。でないとオレは本当にコイツを殴り倒す事になる。大事なご主人様が目の前で殴られる姿を黙って見るのはお前だって嫌だろ?」
「……いいでしょう。貴方の言っている事に納得している訳ではありませんが、主が殴られる姿を見るのは私の本意ではありませんので」
「お前は物分かりが良くて助かるぜ、星。他の連中にも見習ってほしいものだな……」
「お褒めに預かり光栄ですな。……さ、主。ここは退いてください」
星は一刀の肩に優しく手を置いて、諭すように静かに話しかけるが、一刀は一歩も退かないという姿勢を崩そうとはしない。
「止めるなよ、星! お前はいいのか! 桃香をここまでバカにされても悔しくないって言うのか!?」
「主の仰っている事は私も分かります。ですが、今の主が彼に挑んでも返り討ちにされるだけです。どうかここは堪えてください」
「……くっ!」
星の言葉に渋々ながらもようやく納得し、一刀は悔しげに歯を食いしばりながら拳を下ろして後ろに下がっていく。
その際、零治が一刀を呼び止める。
「おい、一刀。お前に一つ宿題を用意してやる」
「何だと……?」
「なぜ劉備の掲げる理想が幻想なのか、そしてその理想が抱えている矛盾が何なのかをお前もよく考るんだな」
「…………」
「いいか、これは同じ境遇同士の人としての忠告だ。オレが言った矛盾に気づかないままその道を進み続けたら……全てとは言わんが、少なくともこの大陸の一部の人間から、お前と劉備は一生恨まれる事になるぞ……」
「なっ!? それはどういう……」
「宿題だと言っただろう。自分の頭で考えて答えを探し出せ。話はそれだけだ。それじゃあな、クソガキ……」
零治は意味深な言葉を残して先へと進み、亜弥と合流してシ水閑を目指してその場を後にした。
「はわわ……。この先の戦い……正直言って不安ですぅ」
「ああ、全くだぜ……」
「やれやれ。零治殿は相変わらず口の悪いお方だ……」
「ご主人様……」
「桃香、ごめん。俺……何も出来なかった……」
「ううん! そんな事ないよ! ご主人様は私の事を想って怒ってくれたんでしょ。それだけでも充分嬉しいよ!」
「ありがとう。そう言ってくれたら少しは気が楽になったよ」
「ご主人様、桃香様、あの男の言う事など気にする必要はありません」
「そうなのだ。桃香お姉ちゃんの言ってる理想は立派なのだ。だから気にする事なんか無いのだ」
「あ、うん。そう……だよね……」
劉備はそうは言うものの、零治の言葉は彼女の心の奥に引っかかり、一刀同様に深く考え込むのだった。
零治「おい。随分と変わったな、この話」
作者「まあな。やっぱ一番の原因は一刀だな」
亜弥「その事で思ったんですが……貴方って蜀のメンバー嫌いでしたっけ?」
作者「いいや。むしろキャラは蜀のメンバーが一番好きだぞ」
奈々瑠「じゃあ何なんですか、この話は。明らかに蜀へのアンチ色が強調されてるじゃないですか」
作者「キャラは蜀が好きだよ。でもストーリーは実は魏が一番好きなのさ、オレは」
臥々瑠「ほえ? そうなの? ……じゃあ質問。なんで好きなキャラ達に対してここまでアンチを強めたの?」
作者「個人的な見解も含まれちゃうけど、答えた方が?」
零治「だな。オレもちょっと気になる」
作者「そうか。……では、お答えしよう。まずはストーリー上の演出からだな」
亜弥「まあ、そうでしょうね」
作者「で、次に……こっからはオレ個人の意見になっちゃうんだが、蜀ルートでも桃香が目指す理想はやはり同じだった。そして一刀もそれに同調していた」
奈々瑠「ですね」
作者「確かに桃香の性格を考えればああいった理想を目指すのは至極当然だと思うし、オレも立派だとは思うよ。でもさ、現実的に考えたらそんなの不可能だろ?」
臥々瑠「そうだね。最終的には結局戦争だもんね……」
作者「そう。現実世界でも格差社会とかいろいろ問題視されてるし、ましてや『三国志』の時代じゃそれが当たり前の時代だった。そんな中でも自分の掲げる理想を目指して世を正す。これだけだと聞こえはいいけど、そのためには力を付けなきゃいけない。つまり自国の強化だな。そしてそのために桃香がしていた事は……」
零治「戦争、人殺しだな……」
作者「ああ。もうこの時点で桃香の理想は破綻してしまっているし、蜀ルートでも桃香が理想の矛盾点に気づいたような演出も無かった」
亜弥「一刀がその事を指摘とかは?」
作者「それも無かった。もしかしたら気付いてるけどあえて言わなかったって可能性もあるけど、たぶん無いな。蜀ルートの一刀は桃香同様にお人好しで甘ちゃんだったから」
奈々瑠「いや、その点は確か他のルートでも同じだったと思いますよ」
作者「だっけか? まあそう言った点もあるし、後はだ、他の連中も桃香と一刀に対して甘すぎる」
臥々瑠「そうなの?」
作者「ああ。最初は厳しく言ったりはするんだが、なんだかんだで最終的には甘やかしてしまう。それが蜀のキャラの良い所なんだが悪い所でもある。国を預かる王ならば時にはドライな選択も必要だ。でも劇中ではそういった事を教える様子が無かった」
亜弥「ほう」
作者「蜀ルートでは桃香は王として頑張っていたとは思うんだが、魏のルートではそう言った点から王としての無自覚さが顕著に表れていたな」
奈々瑠「へぇ~」
作者「まあ、そんなこんなな理由から実はオレ、蜀のキャラは好きだが、蜀のストーリはあんまり好きじゃないし、蜀ルートの一刀にもあまり好感を持ってないんだよ。……と、まあこんな感じかな。今回の話のアンチ色が強くなった理由は」
零治「ほお~。お前がそこまで考えていたとは意外だな。ちょっと見直したぜ」
作者「何でだろう? 褒められてるはずなのに、褒められてる気がしないのは……」
亜弥「ちょっと。いくらなんでも自意識過剰なのでは?」




