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第22話 口は災いの元

今回の話、私が桂花が嫌いだからこんな内容にしたわけではありません。

個人的にこれが一番いいと思ったからですので、誤解のないようお願いします。

「いやー、今日も街は平和ですね」



凪達三人を率いて、昼下がりの街を巡回中の亜弥は大きく伸びをしてながら言う。



「平和すぎてつまらんけどな」


「真桜、不謹慎ですよ。……街の巡回も私達の重要な任務の一つなんですから」


「いざという時はお役に立つでありますの!」



沙和が勢いよく手を上げ、元気な声で言う。



「その時は頼りにしますが、あまり目立つ真似はしないでくださいよ?」


「はいでありますの」


(ホントに分かってるんですかねぇ……? まあ仮にも私は彼女達の上官なんですから、信じてやらないといけませんね)


「なんやこう……面白い事あれへんかなぁ」


「面白い事? 例えば?」


「ならず者が亜弥様を知らずに『おうおうおう、姉ちゃん、俺に肩ぶつけといて挨拶も無しかよなの!』みたいに絡んで来るとか~」


「私が絡まれる状況は歓迎できませんが……それで、どうするんですか?」


「決まってるの。徹底的に自分達が虫以下の存在だって事を分からせた上に、くっくっくっなの♪」



口元の手を当てながら悪意のある笑みを浮かべる沙和に、真桜が呆れながらツッコミを入れる。



「それ、どう見ても新入隊員の募集やないか」


「そうだよ?」


「どうして新人の勧誘に私がならず者に絡まれる必要があるんですか……」


「えーと、亜弥様って美人だし、そういう人達を引っ掛けやすいと思って」


「勘弁してくださいよ。てか、新入隊員の募集は定期的にしてるでしょう」


「それは知ってるけど、人手不足で沙和は凄く困ってるのー」


(はぁ……まったく。この前の新入隊員の教育の時に零治が沙和に変な入れ知恵をしたから、妙に悪乗りしてる節がありますねぇ……)



それはつい先日の事。零治は凪達三人にこの前入隊してきた新人の教育を任せたのだ。

しかし沙和だけやり方に問題があり、零治は沙和にある事を教えた。それは海兵隊などがよくやっていた罵倒式訓練術である。昔観た映画でやっていたのを零治が思い出し、沙和にそれを教えたわけだ。

結果、効果は覿面だったのだが、おかげで魏の兵の一部が海兵隊仕様になってしまい、彼らは事あるごとに『サーイエッサー』と返事をするようになってしまったのは、また別の話である。



「凪、貴方も何か言ってあげてください」


「……頑張れ」


「いや、そうじゃなくて……」


「……無理だと思うけど」


「無理じゃないもん! よおし、意地でもガラの悪そうな奴を亜弥様にぶつけさせてやるの……」


「だからそれが無理なんやって。……沙和、最近街におるゴロツキ達が大人しくなったんは知っとるやろ?」


「知ってるけど……それがどうしたの?」


「あれ、隊長と姉さんのおかげなんやで」


「へえ。でも、その話がさっきの話とどう関係してるのー?」


「まあ話は最後まで聞きや。この前、隊長と姉さんが二人で西地区を見回りに行った時の事なんやけどな……」


「うん」


「その時にな、西地区のゴロツキ達を仕切っちゅう奴が無謀にも隊長達に喧嘩を吹っかけてきたがよ」


「あぁ、あの時の事ですか。……って、真桜。どうしてその場に居なかった貴方が知ってるんです?」


「姉さん、あの話、警備隊の間じゃ有名やで。たぶん知らん奴はおらんのとちゃうん?」


「……最悪だ」



亜弥は顔を手で覆いながら俯く。



「それで? それからどうなったのー?」


「零治がその喧嘩を買っちゃいましてね。あそこ一帯のゴロツキを大通りに集めて、そこから大乱闘に発展しちゃったんですよ。立場上、ホントはやめさせるべきだったんですが、どうにもならなくて……」


「……結果は?」



沙和も頭の中では分かっているのだが、やはり訊かずにはいられないらしい。



「隊長達が負けると思うか?」



沙和の問いに凪が答える。



「……思わないの」


「やろ。二人があそこのゴロツキを全員ブチのめしてもうてな、その話もあっちゅー間に街中に広まってな、この街に居るガラの悪い連中もすっかり大人しゅうなってもうたんよ」


「二人って……殆ど零治が一人でやったんですよ。まあ、確かに私も数名ほど痛い目に遭わせてやりましたが……」


「…………」



沙和は話の内容にどう反応していいか分からず、完全に言葉を失っている。



「そういう事だ。亜弥様に絡んでくるならず者なんて、せいぜい隊長達の事を知らないよそ者ぐらいだ。だから諦めろ」


「それに募集は定期的にやってるんですから、今は巡回に専念してください」


「ふぇーいなの……」



沙和は膨れっ面で生返事をする。



「それにしても、ホンマ暇やなぁ……」


「暇って事は、私達が何かしないといけない困り事が無いって事ですよ。引いては街が平和である証拠なんだからいいじゃないですか」


「それはそうなんだけど……年頃の女の子としては、やっぱり刺激が欲しいの~」


「貴方の言う刺激は強すぎなんです」


「ちぇーなの」


「平和やったら、巡回の必要が無いんちゃうん? ウチはこの時間を発明に回したいんやけどなぁ」


「あのですねぇ、街が平和なのは私達がこうして眼を光らせてるからなんですよ。無論、巡回しなくても平和なのが一番ですが」


「そういう事だ」


「ま、分からんでもないけどな。それにしても暇やなぁ……」


「そんな毎日刺激的な事があったら、私は胃に穴が開いちゃいますよ……」


「そうかなぁ。私は楽しいと思うけどなー」



一同がそんな会話をしながら街を巡回していたその時。



「……となると、残りはいくつ?」


「ん? 今、桂花の声がしませんでしたか?」


「はい。確かに聞こえましたね」


「んー? どこにおるんや?」


「亜弥様。あそこに居るのー」



沙和が街の通りに設けられた、小さな小屋を指差しながら言う。



「四つ!」


「二つー!」


「あ、あのねぇ……あんた達、分かんないからって、適当に言ってるんじゃないでしょうね」


「わかんないからてきとー」


「あ、あんたねぇ……くっ、ここで怒ってはいけないわ。怒ったら余計に話を聞かなくなる……そうすればこの任務は失敗に終わってしまう。……せっかく華琳様から直々に許可を頂いたというのに!」



沙和が指差した小さな小屋には、粗雑な椅子に座る数人の子供達を相手にしながら教壇に立つ桂花の姿があった。桂花の背後の壁には枠組みされた大きな木の板が張り付けられており、そこには何かの問題の説明文が書かれた紙が貼られている。



「彼女……あんな所で何をしてるんですかね?」


「授業をしてるようですね」


「授業? ああ、そういえば華琳が街の子供達に勉学を教えるって話を以前してましたね」


「だから何度も言ってるじゃない、いい? 孟徳様が十の宝物を手に入れました。それを強欲で野蛮な部下の音無が勝手に三つ取って行きました」


「……えっ?」



亜弥は桂花の説明を聞いて素っ頓狂な声を出す。桂花は彼女達の存在には気付いていないので、そのまま説明を続ける。



「更に凶暴で何を考えてるか分からない奈々瑠と臥々瑠が、何も言わずに二つ持っていきました」


「ちょ……」


「半分になってしまった宝物を見て、孟徳様は謝りながら、一番忠実で有能で、心から愛してる文若ちゃんに……」


「…………」


「お前はいつ見ても可愛いし、心から愛しているから私の宝物を一つあげようと言って、一番価値のある宝物を一つ文若ちゃんにあげました。……さあ、残りの宝物はいくつかしら?」


「なんか……もの凄い内容の例え話をしていた気がするんですが……」


「隊長が強欲で野蛮、奈々瑠と臥々瑠が凶暴で何を考えてるか分からない。桂花様は一番忠実で有能……」


「いや、声に出さなくていいですから……」


「まあ、例え話なんやから別にええんとちゃうん? でも、桂花の頭の中では真実なんやろうけど」


「はぁ……」



亜弥は大きな溜め息を吐き、うな垂れる。

桂花と零治達の仲の悪さは今に始まった事ではないが、だからと言って授業の問題内容に使うのは人としてどうかと亜弥は思う。



「亜弥様」


「ん? なんです?」


「一番価値のある宝物をあげたのなら、残りは……ゴミですか?」


「ちょっ!? 全然違いますよ! 彼女達は今、算数の授業をしてるんですよ?」


「算数を教えていたんですか……」


「凪。見回りはいいですから、一度あの子達と一緒に授業を受けてきなさい」


「ううっ……すみません……」



亜弥がビッと小屋を指さしながら言うので、凪は俯いてバツの悪そうな顔で謝罪する。



「二つじゃなかったから三つ!」


「二つー!」


「何言ってんだよ、一つに決まってるだろ!」



子供達は好き勝手な数字を言って騒いでいる。授業を受ける気はあるようだが決して教養は高くない様子。しかし、この時代は文字を書けない大人も普通に存在してるのだから仕方のない事とも言えるだろう。



「……亜弥様」


「ん? 今度はなんです?」


「答えは……四つですよね?」


「はい、正解です。やれば出来るじゃないですか」


「…………」


「凪、何赤くなってんのや? それぐらい答えられて当然やろ」


「でも……褒められると嬉しいし……」


「ハハハ」


「亜弥様ー。答えは四でありますの! えへへ、褒めて褒めてなの~♪」


「あー、はいはい。よく分かりましたね」


「うわ……棒読みなの!」


「凪が答えだした後に言うてもしゃーないやろ」


「よーく考えて? 強欲で野蛮な音無と凶暴で何を考えてるか分からない獣女の奈々瑠と臥々瑠が、三つと二つ、勝手に持っていったのよ?」



桂花は子供達の不真面目な態度に対して、必死に怒りを抑えながら懸命に説明を繰り返してる。

だが桂花の米神がピクピクと痙攣を起こしてる気がするのは気のせいだろうか……?



「しかし……相変わらず仲が悪いですねぇ……」


「そうですね。隊長ともそうですが……奈々瑠達とは特に険悪な仲ですからね」


「なあ、姉さん」


「なんです?」


「さっきの話……隊長に聞かれたら、かなりマズイんちゃう?」


「大丈夫だと思いますよ。幸い零治は今日は非番ですから」


「それはそうだけど……隊長、ひょっとしたら外に出かけてるかもしれないし……」



真桜と沙和は顔を青ざめさせなが亜弥に言うが、亜弥はいたって平静に答える。

最近になって二人は、零治を怒らせる事がどれ程恐ろしい事かを思い知ったので、内心零治がこの場に現れるのではないかとビクついていた。



「それも心配はないでしょう。最近仕事が多忙なせいか、零治は休日の殆どを自室で寝て過ごしてますから」


「……そうなんですか?」


「ええ。だってこの前顔を合わせた時も、『オレ、昨日の休日何してた?』って訊かれたぐらいですから」


「それって……」


「ええ。どうもその日は休日を丸々寝過ごしたみたいで」


「それ……メッチャ重症やん……」


「ですね。だからこそ、私達がこうして街を巡回し、零治の負担を少しでも軽減してあげなきゃいけないでしょう?」


「はい! 微力ではありますが、自分も精一杯頑張ります!」


「ふふ。頼もしいですね。では、そろそろ行きますかね。桂花の邪魔をするわけにもいきませんし」


「はっ」


「へーい」


「はーい♪」



亜弥達は次の区画を見回るため、その場を後にする。

だが、彼女達は気付いていなかった。桂花の先程の話に聞き耳を立てていた人物が、すぐ近くの細い路地の暗がりにもう二人存在していた事に……。



「……臥々瑠。さっきの聞こえたわね……?」


「うん。バッチリと……」


「あの女狐。私達の居ない所で、随分とふざけた事言ってくれるじゃないの……」


「……どうする? あそこに殴り込みに行こうか?」


「それをしたら子供達の邪魔もしちゃうでしょう。流石にマズイわ」


「じゃあどうするの? このまま言われっぱなしってのもムカつくんだけど……」


「分かってるわよ。とにかく、あの女には一度思い知らせてやる必要があるわね……」


「うん。でも、どうやって?」


「そうねぇ…………あ、そうだ。臥々瑠、耳貸して」


「なになに~?」


「ごにょごにょごにょごにょ……」


「うん……うんうん……。あはっ♪ いいねそれ!」


「なら決まりね。あの女が城に戻って来る前に準備をするわよ」


「オッケ~」



二人はそう言いながら、すうっと路地の暗闇に紛れるように姿を消した。


………


……



その日の夕方、城の中庭にて、それは起こった。



「ふぅ……今日は今一つだったわね。まあ、こればっかりは根気よく続けていくしかないわね……」



桂花が昼間の授業の結果について、一人ブツブツ言いながら中庭を歩いていたその時、右手に有る茂みがガサガサと音を立てながら揺れる。



「ん? 誰か居るの?」



桂花は音が立った茂みの方を向き呼びかけるが、なんの反応も返ってこなかった。



「……気のせいかしら?」



桂花はそう思ってその場を立ち去ろうとしたが、再び茂みが音を立てながら揺れる。



「……ちょっと、誰だか知らないけど、イタズラも大概になさいよ」



桂花は再度茂みに向き直り、苛立った口調で呼びかける。

すると、茂みの中から一匹の黒色の毛並みの狼がゆっくりと姿を現す。



「なっ!? な、なんで城の中庭に狼がっ!? 警備の連中は何をしていたのよ!」


「ぐるるるるる……」



狼は桂花に狙いを定めるかのように睨み付けながら唸り声を上げ、じりじりと近づいてくる。



「ちょっと、冗談じゃないわよ! こ、こっちに来ないでよっ!」


「がうっ!!」


「いやあああああっ!!」



狼が自身に突進してきたので、桂花は城内に続く吹き抜けの廊下を目指して脱兎の如く走り出す。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ!」



桂花は息を切らしながら必死に走り続ける。廊下までの距離はもう目と鼻の先。だがその時……。



「がるるるるる……」


「なっ!? もう一匹居たの!?」



廊下のすぐそばに有る茂みの中から、今度は茶色の毛並みをした狼が桂花の行く手を塞ぐように飛び出してきた。



「がうっ!」


「ひゃあああああっ!」



桂花は右手に逸れ、新たに現れた狼をかわし、廊下の吹き抜けの部分に飛び込もうとするが。



「がぁうっ!」



後方から迫ってきた黒毛の狼に行く手を阻まれる。



「ひいいいいっ!」



桂花はやむを得ず、廊下に逃げ込むのを諦め、中庭へ引き返す。



「と、とにかく人をっ! 人が居る場所に逃げないと!」



そう言いながら必死の形相で桂花は中庭を走るが、彼女が中庭のど真ん中に足を踏み込んだその時。



「へっ……? きゃああああああっ!」



桂花がその場から姿を消した……。いや、正確に言うと中庭に掘られた落とし穴に落ちてしまったのだ。



「いたたたぁ……。誰よっ! こんな所に落とし穴なんか掘ったの……って、何か居る……?」



掘られた落とし穴は結構な深さで、少なくとも桂花の身長では自力で出るのは不可能だろう。更にタチの悪い事に、落とし穴の中には大量の何かが居た。それは……。



「ひっ!? へ、蛇! い、いやっ! こっちにはカエルにトカゲまでっ! だ、誰か助けてええええっ!!」



桂花は半泣きの顔で穴の中から助けを呼びかけるが反応は無い。

そこへ、先程まで散々桂花を追い回していた二頭の狼が、桂花の様子を窺うように穴の中を覗き込んでくる。



「「…………」」


「ひぃっ! いや……こ、来ないでよ……っ!」



二頭の狼はそのまましばらく桂花を見つめた後、その場を立ち去っていった。



「……た、助かっ……てなーいっ! ひゃっ! カ、カエルが服の中に! ああ、誰か助けてぇ!!」



桂花は助けを呼び続けるが人が来る様子は一向に無かった。

一方、落とし穴から離れた狼達は中庭の茂みの中に身を潜め、その場に身体を伏せる。すると、狼の身体の周りから黒い霧のようなもやが出現し、全身が覆われる。しばらくすると……。



「…………」


「…………」



もやの中から奈々瑠と臥々瑠の姿が現れる。そう。先程まで桂花を追い回していた狼の正体は彼女達だったのだ。



「ぎゃはははは♪ 見たー? さっきの桂花のあの顔ー!」



臥々瑠は腹を抱え、自分の膝をバシバシと叩きながら大笑いする。



「ええ。ホントいい気味だわ。私達の、何より兄さんの陰口を抜かした罰よ」


「で、どうするの? あのまま埋めちゃおうか?」


「それは流石にやりすぎよ。しばらく放っておいて、それから穴から出してやるわ。それまで、ここから高みの見物でもしてるわよ」


「はいは~い」



二人は茂みの中から落とし穴の様子を伺う。

穴の中からは、未だに桂花の悲痛な叫び声が木霊していた。



「くくっ。まだ叫んでるよ」


「そうね。まあ、あの深さじゃ自力で出るのは無理だから当然でしょうけど。……ところで臥々瑠。アンタ、あの中に入れた蛇は全部無害なヤツでしょうねぇ?」


「大丈夫だって。ちゃんと無毒のヘビしか入れてないから。……ん? あっ、秋蘭が来たよ」


「えっ? ……あっ、ホントだ」



二人の視線の先にある吹き抜けの廊下から秋蘭が現れる。そして、秋蘭の視線が中庭にある落とし穴に止まり、歩み寄っていく。



「あっ、気付かれちゃったよ」


「……仕方ない、見物はここまでね。見つかるとマズイから、桂花の事は秋蘭さんに任せて、私達は城に戻るわよ」


「は~い」



二人は姿を見られないように、茂みの中を移動しながら城に帰って行った。



「なんだ……この穴は? 誰がこんな所に掘ったんだ? ……ん、人の声……この声、桂花か?」



秋蘭は穴に落ちないように身を乗り出して中を覗き込む。



「なっ!? け、桂花! 大丈夫かっ!」


「しゅ、秋蘭!? お、お願い、ここから出して! 腰が抜けちゃって身動きできないのよー!」


「うーむ……しかしこの穴、結構な深さがあるな。桂花、縄を取って来るから少し待っていろ」


「い、急いで! この中、蛇とかが居て気持ち悪いのよ! ひゃああっ! 来ないでー!」


「分かった。すぐに戻って来るから待っていろ!」



秋蘭は縄を取りに大急ぎでその場を走り去る。それからしばらくして。



「待たせたな、桂花。さあ、これに掴まれ」



縄を持った秋蘭が戻ってきて、穴の中に縄を放り込み、桂花を引き上げる。



「はぁ、はぁ、はぁ……」



秋蘭のおかげでようやく穴から脱出できた桂花は全身が土で汚れ、疲労困憊の様子で地面に両手を付き、肩で激しく息をしていた。



「桂花、大丈夫か? どこにも怪我は無いか?」


「え、ええ……。助かったわ、秋蘭」


「うむ。……で、一体何があったのだ?」


「はっ!? そ、そうよ! 狼よ! 中庭に狼が二匹居たのよ!!」


「……狼?」


「そうよ! まったく、警備の連中は一体何をしていたのよ!」


「落ち着け桂花。順を追って説明してくれ。お前が見たその狼と、あの穴にお前がはまっていたのとどう関係してるのだ?」


「……今日、街から戻って、この中庭を歩いていたら」


「うむ」


「庭の茂みの中から狼が現れて、私が追い回されたのよ」


「それで?」


「中庭を逃げ回って、あそこに足を踏み出したら、いきなり……」


「なるほど……つまり、あれは落とし穴か」


「ええ。間違いないわ」


「ふむ。とりあえず、お前が見たという狼に関しては、兵達に城内を調べさせるとしよう。城の者に害が及んだら一大事だからな。……後は……あの穴を誰が掘ったかだな」


「…………アイツだわ」



桂花はわなわなと体を震わせながら呟く。



「ん? アイツとは誰の事だ?」


「音無に決まってるじゃないっ!」


「おい、桂花。まだ犯人が音無と決まった訳では……」


「いいえ! 絶対にアイツの仕業よ! きっと狼を城の中に連れ込んだのも音無に違いないわ! 私がここを歩く機会を見計らって、あの狼達をけしかけてきたのよ!」


「…………」



眼の付け所は悪くないが桂花の推理は大ハズレである。流石の彼女も、あの狼の正体が奈々瑠と臥々瑠とは夢にも思っていないだろう。



「うぅっ! ぜっっったいに許さない! 見てなさい! この私を敵に回すとどうなるか思い知らせてやるわっ!」



桂花は怒りを露わにしながら、瞳の中に復讐の炎をメラメラと燃え上がらせる。



「……まあ、音無には私から話を訊いてみるが……あまり人の迷惑になるような事はするなよ?」


「くっくっく……どうしてくれようかしらね、あの男……」



秋蘭の声は桂花には届いていないようだ。それどころか悪意のある笑みを浮かべながら、禍々しいどす黒いオーラのようなものを全身に纏っているように見える。



「はぁ……また面倒な事にならないといいのだが……」


………


……



それから数日後の昼下がり、秋蘭の予感は見事に的中する。



「あのバカ、アホ、おたんこなす! この前はよくも私をあんな目に……っ!」



桂花は怒りを露わにし、悪態を吐きながら木製のスコップで中庭の地面に穴を掘っている。どうも落とし穴を作ってるようだ。



「出来たわ! 後はコイツに布を被せて上手く偽装して、そして音無が引っかかったら……コレを頭上から浴びせてやるんだから!」



黒い笑みを浮かべながら桂花は近くに置いてあった麻袋を手に取り、縛り口の紐を緩めて中を確認する。袋の中には蛇やカエル、トカゲなどの爬虫類系の生き物が大量に入っている。どうも零治を自分と同じ目に遭わせてやるつもりのようだ。しかし、唯一違う点があるとすれば、肝心の落とし穴が浅いというぐらいだろうか。



「わざわざ憲兵に頼んで気持ち悪い蛇やカエルをかき集めてきてもらっただけの事はあるわ。なかなかの迫力じゃない。くっくっく……後はあの茂みに隠れてアイツが来るのを待つだけ。今日こそあの男に自分の立場というものをわきまえさせてやるわ」



桂花はそう言って近くの茂みに身を潜めるが……穴を掘る姿を桂花が立っていた位置の後ろに有る吹き抜けの廊下から、二人の人物に見られていたのを彼女は気付いていなかった。



「何をやっているかと思えば……あの女、またロクでもない事を……」


「どうも兄さんを引っ掛けるための落とし穴っぽいけど……どうする?」


「今日、兄さんはどうしてるの?」


「今日は非番だよ。確か……朝から華琳と買い物に出かけたから、そろそろ帰ってくるんじゃない?」


「そう……」


「で、アイツはどうするの?」


「しばらく様子を見るわ。場合によっては、この前みたいに桂花を追い立てて、あの落とし穴に落としてやるわよ」


「ラジャー」



二人は桂花が潜んでる位置の背後に回り込み、そのまま茂みの中に身を潜め様子を伺う。それからしばらくして。



「ふわぁぁ~……」


「ちょっと……何よ。だらしない欠伸なんかして……」



買い物を終えた零治と華琳が戻ってくる。



「あんな朝早くに叩き起こされたんだ。欠伸ぐらい出るさ……」


「それでも我慢ぐらいしなさいよ」


「これでも我慢はしてるつもりだが……ふわぁぁ~……」



またもや零治は大口を開けてだらしなく欠伸をする。どう見ても我慢してるようには見えなかった。



「はぁ……」


「う~……こう眠いと、コーヒーが飲みたくなるのはやはり現代人の性か」


「こぉひぃ……? なんなのそれ?」


「ああ、オレの世界にある眠気覚ましのお茶みたいな物だ」


「へえ。貴方の世界にはそんな物もあるの」


「ああ。……今度、魔法で材料と道具一式を用意していつでも飲めるようにするかな」


「そう。なら、その時は私にも声をかけなさい。どんな物か気になるから」


「まあ別に構わんが……。ん……?」



零治の視線が桂花が仕掛けた落とし穴の位置に止まる。



(あの地面……なんか妙な違和感があるな。……ひょっとして落とし穴か? こんな事をする奴は一人しか思い当たらんな。華琳が落ちるとマズイし位置を変えるか)



流石に元暗殺者だけあって、そういった事を見抜く零治の眼力は確かなようだ。



「華琳。こっちに寄った方がいい」


「え? 別に歩く位置を変える必要なんて……」


(マズイっ! あのままじゃ華琳様が……っ!)



と、その時。



「「ぐるるるるる……」」


「へっ?」



桂花の背後に狼に変身した奈々瑠と臥々瑠が現れる。



「なっ!? こいつらはこの前の……っ!」


「「がうっ!」」


「きゃああああっ!!」



追い立てられた桂花は茂みから飛び出し、奈々瑠達もそれに続く。



「ひいいいいっ! た、助けてーー!」


「ん? 桂花?」



桂花は猛スピードで零治達の所に一直線に走る。しかし、その先には……。



「桂花、何をそんなに慌てて……なっ!?」


「危ないっ!」


「へっ……? きゃああああっ!」



華琳が落とし穴にはまりそうになり、零治は素早く華琳の腕を掴み、引っ張り上げ難を逃れる。

それと入れ替わるように、桂花は自分で作った落とし穴に落下してしまう。



「なに……これ? 落とし穴?」


「大丈夫か、華琳?」


「ええ、ありがとう。一体誰がこんな……って、狼っ!?」


「ん?」



零治が二頭の狼に視線をやる。



「奈々瑠、臥々瑠。そんな姿で何をしてるんだ?」


「えっ!?」


「あぁ、華琳は知らないんだったな。あの二人は狼に姿を変える事ができるんだよ」


「……本当に彼女達なの?」


「そうですよ」



半信半疑の眼で見つめてくるので、狼の姿のまま奈々瑠が返答する。



「なっ!?」


「へへっ。驚いた?」


「あ、当たり前でしょう! ていうか、その姿でも喋れるの!?」


「ええ。もちろんです」


「二人とも。オレはともかく、華琳はその姿じゃ話しにくいから、元の姿に戻れ」


「は~い」



奈々瑠達の身体が黒いもやに全身が包まれ、それからすぐに元の姿に戻った奈々瑠達がもやの中から現れる。



「なっ!? ア、アンタ達だったのねぇ! この前、中庭で私を追い回したのはぁ!」


「あら、今更気付いたんですか?」


「じゃあ、あの時の落とし穴も!」


「そう。アタシたちの仕業だよ~」


「くぅ~っ! 何のつもりであんな事をしたのよ!?」


「さあ? 自分の胸に手を当てて訊いてみたらどうですか?」


「ちょっと、何よ! そのバカにしたような態度はっ!」


「……で、桂花、いつまで穴の中に居るつもりなんだ?」


「うるさいわねっ! そんな事言う暇があるんなら早く引き上げなさいよ!」


「別にそれは構わんが……その前に訊きたい事がある」


「……何よ?」


「この落とし穴を仕掛けたのはお前か?」


「うっ……そ、そうよ、悪いっ!」


「はぁ……この前の落とし穴騒ぎは秋蘭から聞いてはいたが……。どうせ男嫌いのお前の事だ。大方、その落とし穴を仕掛けたのがオレだと決めつけて、その仕返しにここに落とし穴を仕掛けた、といった所だろう?」


「うっ……」


「図星のようだな」


「残念ながら、アレは私達の仕業ですがね」


「はぁ……その件に関しては、後で詳しく二人から訊くとしよう。……とにかく、お前もこんなくだらない事をするのはやめるんだな。誰か他の人が引っかかったらどうするつもりだ?」


「う、うるさいっ! もとはと言えばそこの獣女どもと引っかからないアンタが悪いんでしょう! そうよ、そうに決まってるわ!」


(おいおい。それが軍師の言うセリフか……)



桂花は穴の中でヒステリックに喚き散らし、零治はその姿を見て呆れ果てる。

今の桂花はすっかり頭に血が上ってるせいで、言ってる事も滅茶苦茶で内容も筋も通っていない。



「だいたい、何でアンタが華琳様と……」


「お黙りなさい!」


「っ!?」


「なっ!?」


「わっ!?」


「ひっ!?」



それまで黙っていた華琳が突如怒声を上げてその場を一喝するので、零治達四人はビクリと肩を震わせ、恐る恐る華琳の方に視線をやり、息を飲む。



「そう……この罠を作ったのは貴方だったなのね、桂花」


「あ、いや……えっと……その……」


「あ・な・た・な・の・ね」


「ひぅっ!? ……はい」


「そう……軍師ともあろう者が敵ではなく、自分の主を罠にかけるなんて……いい度胸ね」


「そ、そんなつもりは無かったんです! ただ、たまたま華琳様が罠の有る所に足を踏み入れただけで……」


「なぜ、自分の城に罠があると思うのかしら? 私がここを歩いてはいけない理由でもあるのかしら?」


「あ……ありません……」



桂花の顔色がどんどん青ざめていく。確かに不可抗力はあったかもしれないが、彼女が落とし穴を仕掛けたのは紛れも無い事実だし、華琳が穴に落ちかけもしたので、この場はフォローのしようが無いだろう。



(はぁ……これは桂花の自業自得だが……この居心地の悪さは何とかならねぇのかよっ!)


「貴方にはとっておきのお仕置きが必要なようね。男の文官達を呼んで、代わる代わる質問攻めにさせてやろうかしら」


「ひいぃぃぃぃぃっ! それだけはご勘弁を! そんな事されたら、妊娠し過ぎて死んでしまいます!」



桂花はこの世の終わりのような悲鳴を上げながら華琳に懇願する。しかし、そんな事をしても華琳が許すはずが無かった。



「こんなくだらない物を作る性根は、死んだ方がマシだと思わない? いくら男が嫌いだとはいえ、私にこんな辱めを与えた罰は軽くないわよ!」


「そ、それは……! そもそも、そこに居る奈々瑠達が私にあんな事をするから……っ!」


「それは貴方が零治の悪口でも言って、彼女達の反感を買うような事でもしたんでしょう。だいたい、今の私にそんな言い訳は通用しないわよ!」


「どうか……どうか、華琳様! お慈悲を!」



桂花は穴の中で祈るように華琳にすがる。そこへ、臥々瑠がとどめの一撃を刺すかのように、華琳にある事を教える。



「ねえねえ、華琳。桂花がこんな物を隠し持ってたんだけど」


「ん? 何、その麻袋は?」


「へへっ……じゃ~ん!」



臥々瑠が麻袋の口を開いて、華琳に中身を見せる。そう。彼女が持ってきたのは、桂花が予め用意していた、大量の蛇やカエルが入っている麻袋である。



「なるほど。……桂花、貴方へのお仕置きが決まったわよ」


「へっ?」



華琳が氷のように冷たい笑みを浮かべながら桂花に告げる。だが桂花は何の事かと首を傾げるのみ。



「臥々瑠。それを……頭から桂花に浴びせてあげなさい」


「え? やっちゃっていいの?」


「ええ。遠慮は要らないわよ」


「は~い♪ ……てな訳で……それ~~♪」



臥々瑠は袋を逆さに向け、中身を盛大に桂花の頭にぶっかける。



「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」


「きゃはははは♪ 気分サイコー!」



臥々瑠は満面の笑みで袋の中身を桂花にかけ続け、パタパタと尻尾を左右に振り動かしている。

対する桂花は耳をつんざく様な悲鳴を上げ続け、穴の中で激しく暴れまわる。



「ひゃあぁぁぁっ! へ、蛇! カエル! 嫌! カエルが! ふ、服の中にっ!」


「あはははは! いいざまね、桂花さん」



奈々瑠も今の桂花の有様を見て、指を刺しながら大笑いする。



「ひいぃぃぃぃっ! お許しを、華琳様!」


「ダメよ。しばらくそうやって反省してなさい。それと、城内への罠の設置も禁止よ」


(容赦ねぇなぁ、華琳の奴。まあ、これは自業自得なんだろうが、今回ばかりは桂花に同情するぜ……)


「うぅ……。音無達なんか、だーーーーいっきらーいっ!!」


(前言撤回。やっぱコイツは一度身をもって思い知るべきだな)


「きゃあぁぁぁっ!! こ、今度は蛇がぁっ!」



中庭には桂花の悲鳴が虚しく木霊する。天才軍師、荀文若の自滅劇はこうして幕を閉じたのだった。

奈々瑠「いやいや、今回の内容は素晴らしいですね。気分がスカッとしましたよ」


臥々瑠「うんうん! 見直したよ!」


作者「そうかぁ? そんなに褒められるとなんか照れるなぁ」


零治「素晴らしいって……桂花を虐めてるだけの内容じゃないか」


亜弥「ですね。しかもオチでもかなり酷い扱いでしたし……」


作者「いいんだよ。公式ではアイツはMなんだから」


零治「いや、アイツが喜ぶのは華琳が相手の時だけだろうが……」

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