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第12話 家臣の勤め

原作にも登場した華琳様人形。ホントどうやったら木を彫るだけであそこまで精巧に作れるんですかね?

やはり春蘭の愛のなせる業ってやつなんでしょうかね。

「あ~……やっと終わった……」



本日の仕事を終え、自室の戻って来た零治は力無く呟きながら、フラフラと窓辺に設けられてるベッドに歩み寄り、そのままうつ伏せに倒れこむ。



「ったく……今日は昼までの勤務とは言え、街の見回り、書類仕事、隊員のシフト作成……やる事が多すぎる。早く優秀な人が来てくれねぇかな~。……もう今日はこのまま寝て過ごすか。正直疲れて何もする気がせん……」



零治はうつ伏せのまま眼をゆっくりと閉じる。



「…………」



零治が眠りに入りかけたとき、二人分の足音が零治の部屋に近づいてくる。



(……嫌な予感しかしないな。そのまま素通りしてくれよ)



零治の願いは無情にも叶わなかったようで、自室の扉がノックもされずにバンッと勢いよく開かれる。



「音無! 居るかぁ!」


「失礼するぞ。音無」


「…………」



零治はうつ伏せに寝転がったまま首だけ動かし、自室に来た春蘭と秋蘭に恨めし気な視線を向ける。

零治と眼があった春蘭は怪訝な表情になる。



「ん? 貴様、一体何をしてるのだ?」


「見りゃ分かるだろ。寝ようとしてたんだが……」



春蘭の問いに、零治は寝転がったまま気怠そうに答える。

零治の答えに春蘭だけでなく、秋蘭も怪訝な表情になり、零治に訊く。



「寝る? こんな昼間からか?」


「仕事で疲れて何もする気がしねぇんだよ……。で、なんか用か? 急ぎじゃないんなら今度にしてくれないか……?」



零治はこう言ってはいるが内心では諦めている。この二人がわざわざ部屋まで来たという事は余程の急用だという事になる。つまり今から休むのは無理だという事だ。

そしてその予感は見事に的中する。



「急ぎに決まってるだろ!」


「うむ、音無にも協力してほしいのだ。疲れているところをすまんが、街まで付き合ってはくれぬだろうか?」


「しょうがねぇなぁ。一つ貸しだからな」


「くっ! いいだろう。なら街まで行くぞ。さっさと起きろ!」


「分かったから、そう怒鳴るなよ……」



零治は疲れている身体に鞭を打ち、ノロノロと起き上がって首の骨をコキコキと数回鳴らしてベッドから降りる。



「で、街まで何をしに行くんだ?」


「それは店に着いてから説明しよう。今は少しでも時間が惜しいからな」


「はいよ」



そうして一同は街に足を進める。


………


……



「で? なんで服屋に来るんだ?」


「華琳様の服を買うために決まってるだろっ!」


「普段は私と姉者で買いに行くのだが、それではあまり変わり映えがしないからな。だから、たまには男の視点からの意見が訊きたくてな」


「なるほど……って、ん……?」



そこで零治はふと疑問に思う。



「なあ。秋蘭の言ってる事も分からない訳じゃないんだが、華琳の服を選ぶんなら、オレじゃなく本人を連れてきた方が手っ取り早いんじゃないか?」


「それでは意味がないだろう!」


「なんで?」


「華琳様はお忙しい身だからな。買い物に出る暇も、それほど取れる訳ではないんだ」


「だから我々が華琳様の代わりとなって、華琳様により似合う服が無いかどうか探し回っているのだ!」


「で、華琳が買い物に出た時にそういう服を勧めると」


「その通りだ。さりげなく、だがな」


「華琳ってそういう気遣いをされるのは好きじゃなさそうだからなぁ」


「聡い華琳様の事だ。勘付いてはいるだろうがな、未だ気付かぬ振りをしてくださる」


「華琳の家臣の務めってのも大変なんだなぁ……」



零治は苦笑しながら言うが、それとは対照的に秋蘭はイタズラっぽい笑みを浮かべながら答える。



「ふふっ。こちらも華琳様のためならばこそ。愉しくこそあれ、苦になどならんよ」


「う~む……よし、店主。この服を一着貰うとしよう」


「まいどありがとうございます」



零治と秋蘭がそんなやり取りをしてる中、いつの間にか春蘭が華琳用の服を一着選び購入する。

それを見た零治は怪訝な表情で間の抜けた声を出す。



「はっ?」


「どうした、間抜けな声を出して?」


「いや……なんで買うんだよ? 下見するだけって、さっき言ってたじゃないか」


「こんな店頭で見ただけで、本当に華琳様に似合うかどうか分かるものか。ならば、実際に試してみるしかあるまい」


「……すまん。春蘭の言ってる事がさっぱり理解できん」


「なにぃ! 私がこれだけ分かりやすく説明してやってるというのに、理解できんだとぉ!!」


「……秋蘭。説明してくれ」



埒があかないと判断した零治は秋蘭に話を振る。



「おい! なんで私に聞かないんだ!」



春蘭は声を張り上げて抗議してくるが零治はこれを無視。

華琳に関する事で春蘭に話を訊いていたら日が暮れてしまいかねない。



「……その服はだな。華琳様の身代わり用なのだ」


「身代わり? 華琳の影武者とか居たっけ?」


「バカか貴様は! 華琳様に代われる者など居るはずがなかろう!」


「姉者は黙っていてくれ。話がややこしくなる」


「…………しゅうらぁん」



秋蘭の何気にキツイ一言に春蘭はしょぼくれてしまう。



「……お前ってたまに酷くないか、秋蘭?」


「身代わりと言っても、人形だがな」


(おい、しかもスルーしたよ。コイツ……)


「華琳様そっくりに作った等身大の人形に、候補に挙がった服を着せてみて、本当に似合うかどうかさらに確かめているのだ」


「なるほど。ならこの服は、その着せ替え華琳様用の服って事か」


「ふん。ようやく理解したか」


(人形遊びの歴史が古い事は知っていたが、この時代から着せ替えドールの歴史って始まってたのか……?)


「……ん? なあ、一つ訊きたいんだが?」


「なんだ。人形とはいえ華琳様のお姿ゆえ、いかに音無といえど、着せ替えの現場には立ち会わせられんぞ?」


「いや、それは別にいいんだが。その着せ替え人形、誰が作ったんだ?」


「私だ!」



零治の疑問に春蘭が胸を張って自慢げに答える。



「春蘭がぁ!?」


「何をそんなに驚いてる? 私が人形を作るのがそんなに不思議か?」


(いや、不思議もなにも、あの春蘭だぞっ! 正直信じられん……)



内心信じられない零治は秋蘭に視線を向ける。



「私が言うのもなんだが、正直すごいぞ」


「マジかよ……」


「さて、どうする姉者。この店で他にも何着か買うか?」


「う~む……この店には、もうめぼしい物は無いなぁ」


「なら他の店に行くか」


「それも構わんが、最近は市井しせいの服の質も落ちてきてるからなぁ……」


「……確かに」


(なんだよ。じゃあオレが一緒に来た意味なんか無いじゃないか)


「音無。何か妙案は無いか?」


「妙案?」


「そうだ。こういうときこそ、天の国の人間である貴様の出番だろ?」


「う~ん……ようするに、二人は華琳に似合う、今までに無い新しい意匠の服が欲しいんだよな?」



二人は零治の問に無言でうなずく。



「なら、方法が無いわけでもない」


「ほう。どんな案なんだ?」


「オレの世界の女物の服を、紙か何かに図案として描いて、職人達に作らせればいい」


「なるほど。それは名案だな」



零治の案に秋蘭は満足げに頷き、春蘭は眼の色を変え興奮気味に零治に詰め寄って、すぐに実行に移すように頼み込んでくる。



「なら今すぐにやってくれ!」


「それには、まず亜弥を捜す必要がある」


「亜弥を?」


「ああ。こういう事はアイツの方が適任だ」


「そうか。居場所は分かるのか?」


「今日はオレと入れ替わりで勤務だから、今頃は街の見回りをしてるはずだ」


「なら今すぐ捜しに行くぞ!」


「オレ一人で大丈夫だから、二人はここで待っててくれ。居場所についてもだいたいの見当はついてるからな」


「むぅ……」


「姉者。ここは音無に任せて、我々はここで大人しく待っていようではないか」


「……分かった。音無、すぐに戻って来るんだぞっ!」


「はいはい」



零治はそう返事をして、店を後にする。

表の通りは昼時もあって人でごった返しており、亜弥を捜しだすのは一苦労しそうな様子だ。



「さて、確かこの時間はこの辺りの区画を見回るって言ってたからな。とりあえず店の周辺を捜してみるか」


「……零治?」



零治が店の前で一人ブツブツとどこから捜すか口にしていた時、そこへ数人の警備兵を率いた亜弥が現れる。



「おおっ。捜す手間が省けたぜ」


「ん? なんの話です?」


「実はな……」



零治は亜弥に事のいきさつを簡潔に説明する。



「……という訳だ」


「なるほど」


「協力してくれないか?」


「まっ、いいでしょう。そのかわり一つ貸しですからね?」


「分かってる……」


「貴方達。すみませんが後は任せても構いませんか?」


「はっ。お任せください」



姿勢を正し、返事をした警備兵達はその場を後にする。



「では私達も行きましょうか」


「ああ」



零治達は再び春蘭達の居る店に足を運ぶ。



「戻ったぞ」



もっと時間がかかると思っていたのだろうか、秋蘭は意外そうな顔をしながら零治に訊く。



「ん? 随分と早いな」


「すぐそこで出くわしたからな」


「事情は零治から既に聞いてますよ。私達の世界の女物の服が欲しいんですよね?」


「うむ。話が早くて助かる」


「で、服は何着ぐらい必要なんですか?」


「最低でも二、三十着は欲しいところだな」



春蘭の口から聞かされた予想以上の数に、亜弥は表情を引きつらせてしまう。



「よ、予想以上の数ですね……。まあ、なんとかしましょう」



これなら街の見回りをしていた方がまだマシだと内心思ってしまうが、引き受けてしまった以上はそれを口にするわけにもいかなかった。その心中を察したように秋蘭が亜弥に詫びの言葉をかける。



「すまんな」


「いえいえ、お気になさらず。でもそのかわり、この件は貸しにしておきますので、お忘れなく」



零治だけでなく亜弥にまで貸しにされてしまったので春蘭は口をへの字にする。

しかし、頼み事をしてるのは自分達なのだから、強く言えないのもまた事実。



「むう……。いいだろ。そのかわり、ちゃんといい服を用意しろよ」


「ええ。期待は裏切りませんよ」


「じゃ、後は任せた」



零治は自分の出番はここまでだと決め込んで店から立ち去ろうとするが、すぐに亜弥に止められる。



「零治、どこに行くつもりです。貴方にも手伝ってもらいますからね」


「な、なんでオレが……」


「貴方もそれなりに女物の服に詳しいじゃないですか」


「ん、そうなのか?」


「ええ。なにせ彼は……」


「だあああああああっ!!」



亜弥が秋蘭に何か言いかけたとき、零治は叫び声をあげながら亜弥に素早く近づき耳打ちをする。



「おいっ! その事は絶対に誰にも言うなって言っただろっ!!」


「私はまだ何も言ってませんよ。まあ、貴方の態度次第ではうっかり口を滑らせちゃうかもしれませんがね……」



意味深な笑みを浮かべならそう言う亜弥。

零治としては、後は亜弥にすべてを任せ、自分は今すぐ自室に戻って休みたいのが本音だったが、それをやれば間違いなく亜弥は春蘭と秋蘭の二人に自分の秘密をばらすだろう。

それだけは絶対に避けたいと判断した零治は力なく答える。



「……分かったよ。手伝えばいいんだろ」


「よろしい。……あぁ、二人は城に戻ってもらっても構いませんよ。後は私と零治でやっておきますから。服は出来上がったら、城に届けてもらうように手配しておきますので」


「むっ、そうか。では姉者、私達はお言葉に甘えて先に帰るか」


「…………」



春蘭は秋蘭の言葉に耳を貸さず、黙ったまま零治をジーっと見つめる。



「ん? なんだよ?」


「音無……お前、一体何を隠してるのだ?」


「べ、別に何も隠してなんかいないぞ……」


「嘘つけ。お前があんなに慌てる姿なんか初めて見たぞ。さあ、正直に言え。何を隠してるのだ?」



春蘭はまるで尋問でもするかのように零治に詰め寄り、秘密を訊き出そうとするが、秋蘭が口を挟んできた。



「姉者」


「ん? なんだ秋蘭?」


「姉者。音無にだって人に知られたくない事の一つや二つはあるだろ。無理に訊き出そうとするのは感心しないぞ」


「しかし、秋蘭だって気になるだろう?」


「確かに気にはなるが、だからと言って、根掘り葉掘り訊き出そうとするほど私は野暮ではないぞ」


「むぅ……」


「悪かったな、音無。姉者の事は気にしないでくれ」


「いや、こっちこそ助かった」


「ふふ。そう思ってるのなら、私にだけこっそりと秘密を教えてくれないか?」



イタズラっぽい笑みを浮かべながら、ちゃっかり秋蘭も零治の秘密を訊き出そうとする。



「それは……勘弁してくれ……」


「ふっ。安心しろ、冗談だ。まあ、教える気になったら教えてくれればいいさ」


「ああ……」


(それは一生無いと思うがな……)


「ほら姉者。行くぞ?」


「うわっ!? お、おい秋蘭。分かったから、そんなに腕を引っ張るなってっ!」



秋蘭は春蘭の腕を無理やり引っ張りながら店を後にする。



「ふぅ……」



二人が店を立ち去ったのを確認した零治は安堵の溜め息を吐く。

先程のやり取りが可笑しかったのか、亜弥はにやけながら零治に意味深な視線を向ける。



「…………」


「ん? なに人の顔を見てニヤニヤ笑ってんだよ……」


「いえ、別に」


「ムカつく奴だ。さっさと終わらせるぞ」


「はいはい。店主殿、筆と硯と紙はありますか?」


「はい。有りますよ。え~と、紙は何枚ほど?」


「三十枚欲しいのですが」


「さ、三十枚……ですか……」



店主は顔を引きつらせる。

この世界では紙は高級品、その上必要とされる枚数が三十ともなれば当然の反応といえるだろう。



「大丈夫です。後悔はさせませんよ。もし納得がいかない場合は、私が新しい紙を用意してお返しいたしますので」


「分かりました。少々お待ちを」



店主はそう言って店の奥に移動する。



「零治。ここはお互いに半分ずつ図案を書きましょうか」


「ああ。それで構わん」


「お待たせいたしました」



そこへ道具一式を持った店主が戻ってきて、紙と筆と硯を零治と亜弥に手渡す。



「あぁ、どうも。では始めますか」


「ああ」


「店主殿、ここの会計場の台をちょっとの間使わせてくださいね」


「ええ。どうぞ」



店主から許可を得て、二人は長方形の台の上に道具を並べ、作業に取り掛かる。



「さて、どんな服が良いですかねぇ?」



亜弥は顎に手を当て、宙を睨みながらどこか楽しげに思案するが、それとは対照的に零治はメンドくさそうな表情で頬杖をつき、右手で筆をクルクルと回していた。



「ん~? まあ、無難にワンピースとかで良いんじゃないか?」


「そうですね。後は書きながら考えますかね」



零治と亜弥は手を動かし、凄まじい速度で次々と服の図案を書き上げていく。

それから二時間ぐらい経過して……。



「零治、そっちはどんな感じですか? 私はあと五枚なんですが」


「こっちもあと五枚なんだが……流石にネタが尽きてきたなぁ……」


「そうですねぇ……。この際ですから趣味に走りますかな」


「趣味?」


「ええ。少しお待ちを」



亜弥はそう言いながら、サラサラと筆を動かし、一枚の図案を書き上げる。



「これなんかどうでしょうか?」


「ん~? ……ぶっ!」



零治は亜弥が書き上げた図案を見て、思わず吹き出す。



「お前……それメイド服じゃないか……」


「ダメですか? 華琳なら似合うと思いますが」


「そっちがそう来るんなら、オレは……」



零治もサラサラと筆を動かし、図案を書き上げ亜弥に見せる。



「これでどうだ?」


「どれどれ。……ほぉ~、ゴシックドレスですか」


「ああ。華琳なら絶対似合うだろ」


「でしょうね。では、この勢いで一気に終わらせますよ」


「ああ」



零治と亜弥は再び作業を再開して、残り四枚の図案も一気に書き上げて作業を終了させた。



「お、終わった……」


「いや~……流石に疲れましたねぇ……」



二人は疲労困憊の様子で机代わりに使っていた台の上に突っ伏する。



「こ、これは!? 凄い! どれもこれも非常に凝った意匠ばかりだ!!」



店主は二人が書き上げた服の図案を手に取り、見た事も無いデザインに驚愕の表情を浮かべながら言う。



「どうだ? その図案の服、作れそうか?」


「ええ、もちろんです! うちの店の針子を総動員して、必ず作り上げてみせましょう!!」


「そうですか。それで代金の方は……」


「いえ、お代は結構です」


「はっ? 結構って、何言ってんだよ。三十着分もあるんだぞ。それに貴重な紙を三十枚も使っちまったし、流石にそういう訳には……」


「いえ、ホントにいいんです。こんな素晴らしい意匠を考えてくださった方からお代を頂くなんてとんでもない。久しぶりに職人魂に火が点きましたからねぇ。そのお礼も兼ねて、この図案の服は無料で提供させてください」


「ホントにいいんですか?」


「はい。そのかわりに、これからこの服でバッチリと稼がせてもらいますので」


「そうですか。なら、お言葉に甘えさせてもらいましょうか」


「はい。それで、出来上がった服の方は……」


「ああ、服は出来上がったら城まで届けてくれるか?」


「かしこまりました。では、受取人はどなた様で?」


「受取人は、夏侯惇、夏侯淵で頼む」


「夏侯惇様、夏侯淵様ですね。かしこまりました」


「では、用は済みましたし、私達も行きますか?」


「ああ。それじゃあ服の方、よろしく頼むぞ」


「お任せください。本日はありがとうございました」



店主は零治達にぺこりとお辞儀をし、二人は店を後にした。



「零治。貸しの件、忘れないでくださいよ?」


「なんだよ? 今返せってのか?」


「別に今すぐじゃなくて構いませんよ。それに関してはおいおい考えておきますから」


「へいへい……」



のちにこの貸しの件で、零治はとんでもない事をやらされるハメになる事を、本人はまだ知る由もなかった。


………


……



それから三日後の昼下がり。



「フーー……。ん? あそこに居るのは……」



中庭に有る東屋でタバコを吸ってる零治の視線が一人の人物に止まる。

それは大荷物を抱え、無言で辺りを警戒するようにきょろきょろと見回す春蘭であった。



「…………」


「春蘭? しかしやけに挙動不審だなぁ。おまけにあんな大量の荷物を抱えて。……気になるし、後をつけてみるか」



零治はタバコを携帯灰皿に捨てて、春蘭の追跡を開始する。



「…………」


「…………」



春蘭は周りに細心の注意を払いながら吹き抜けの廊下をコソコソと歩き、零治はその数メートル後ろから春蘭に気付かれないようにそっと後をつけている。



(フッ。昔を思い出すな……)


「…………」


(おっと、危ない危ない)



春蘭が辺りをきょろきょろと見回したので、零治は素早く廊下の柱に身を隠す。誰も居ないことを確認した春蘭はそのまま自分の部屋に入っていく。



「ん? なんだよ。自分の部屋じゃないか。自分の部屋に戻るのになんであそこまでコソコソとする必要が……」



と、その時、春蘭の部屋の扉が軽く開く。ちゃんと閉めてないどころか鍵すらかけていなかったようだ。



(って鍵かけてねぇのかよ。呆れた奴だなぁ……)



零治が春蘭の不用心ぶりに呆れ果てていた時、扉の隙間から話し声が漏れてくる。



「……お、おい、これは」


「…………いや、まさか、こんなに……」


(ん? 春蘭とは別の声……この声は秋蘭か?)


「……あぁ、これは、たまらん……」


「やりすぎだぞ、姉者ぁ……」



艶のある声で会話をする春蘭と秋蘭。流石の零治もこれだけでは中で何をしているのか判断出来なかった。



(一体何をやってんだよ。あの二人は……)


「うむ。さすがにこれは禁じ手という事で……」


(ダメだ。危険だと分かっていても、やはり気になる……)



零治は好奇心に駆りたてられ、開いてる扉の隙間から部屋の中を覗き込む。

部屋の中には春蘭、秋蘭、そして華琳の姿が確認できた。



(ん? 華琳も居たのか……? しかし声は全く聞こえなかったような……)


「っ! 何やつ!」


「ヤバッ!」



春蘭に気配を気取られ、零治はその場から離れようとしたが、一瞬早く部屋から飛び出してきた秋蘭に背後から組み敷かれ、首筋に短刀を突き付けられる。



「大人しくしてもらおうか」


「おのれ! 我々の秘密を見た者……は……」


「…………なんだ、音無ではないか」


「あぁ……。誤解が解けたんなら、その物騒なモノを引っ込めてくれないか……?」


「む……すまん」



秋蘭は零治を解放して、持っている短刀を鞘にしまう。



「悪かったな。こんな所で立ち話もなんだ。入れ」


「ん? 秘密とやらはいいのか?」


「音無なら構わんよ。な、姉者」


「何……? こやつとて……!」


「いや、前に話しただろう。姉者の居るところで」


「……そうだったか?」


「…………」


「…………」



春蘭の反応を見る限り当の本人は本当に覚えていない様子だ。

零治と秋蘭はどう反応していいか分からず、互いに顔を見合わせて口を紡いでしまう。



「まあ……いい。とりあえず、入れ」



秋蘭に促され、零治は二人の部屋にお邪魔する。



「そういえば華琳も居たんだな……。って事は、オレはホントにお邪魔だったんじゃないか?」


「…………」



零治は目の前に居る華琳に話しかけるが、華琳は何も言わずに零治を凝視している。



(なんか黙ったままガン見されてるんだが……。怒ってる……ようじゃなさそうだが)


「音無。前に話した件、憶えているか?」


「ん? 二人が華琳の寵愛を受けてるって話か? アレなら、別に秘密でもなんでも……」


「それは誇りこそすれ、秘密にする事ではあるまい」



と、春蘭が答える。



「だよなぁ」


「それではなくて、華琳様の人形を作って、衣装の研究をしている話だ」


「ああ、等身大着せ替え華琳様の事か。アレがどうし……ん……?」



零治はふと気が付き、傍らに立ってる華琳に視線を向ける。



「…………」



相変わらず目の前に居る華琳は表情一つ変えずに沈黙を保っている。



「……まさか」


「それが、華琳様人形だ」


「ええええええっ!?」



零治は驚きの声を上げ、目の前に居る華琳に手をブンブン振ったり、指を弾いて音を鳴らしたりしてみせるが何の反応も返ってこなかった。



「……だから言っただろう。凄いぞ、と」


「凄いどころじゃないだろ、コレ。肌の感じも本物そっくりだし……動くのか?」


「当然だ。おっと、人形とはいえ、華琳様に触れる事はまかりならんぞ?」


(ここまで雰囲気がそっくりだと、逆に触るのが怖いわ……)



零治は目の前に有る華琳とうり二つの人形を見ながら疑問を口にする。



「……しかし、どうやって作ったんだ?」


「……普通に木を彫っただけだが?」


「いやいやいや!」



春蘭は真顔で当たり前のように零治の疑問に答えるが、目の前に有る人形はどう見ても木彫りだけで作ったとは思えない。

髪、肌の質感、その他諸々、どれも本物と全く変わらないのだから。何より一番の疑問はどうやって塗装をしたのかである。



(木彫りでここまで作れるのか!? フィギュア業界に革命をもたらす事も出来るぞ! ってか、塗装とかどうしたんだよ!?)


「ふふん。どうだ、良く出来てるだろう。我ながらの自信作だ」


「なら、さっきここまでコソコソ帰ってきたのは、人形絡みか?」


「うむ。この前行った服屋から新しく作らせた服が届いたのでな、それをこっそりと……なんだと!? 貴様、どこから気付いていたというのだ!」


「どこって、庭の辺りから……」


「バカな……細心の注意を払って帰ってきたというのに……。貴様なんぞに気付かれるとは……!」


「姉者、いつも言ってるだろう。堂々と帰ってきた方が、気付かれにくいぞ」


「同感だな。普通にしてれば気にしなかっただろうな」


「むぅぅ……。この夏侯元譲、一生の不覚……!」


「なあ。その服は、この前にオレと亜弥の案で作らせたやつか?」


「うむ。そうだ」


「ホントに作れたのかよ。大したものだな」


「ふふん。我が国の職人の腕を甘く見るなよ?」



まるで自分の事のように、春蘭は誇らしげに胸を張りながら言う。



「で、もう着せてみたのか?」


「う、うむ。着せては……みたんだが」


「そうか。ちなみに何を?」


「え~と……コレと、コレなんだが……」



春蘭が二着の服を手に取って零治に見せる。



「ん? おお、それは亜弥が考えたメイド服に、オレが考えたゴシックドレスだな。どうだ? 似合ってたか?」


「そ、それは……だな」


「いや、何というか……だな」



なぜか春蘭と秋蘭は頬を赤らめながら言いよどむ。



「似合わなかったのか? 華琳ならその二着を着た姿は可愛いと思うんだが……」


「うむ。確かに可愛らしかった」


「だが、あれはまずい。まずすぎる」


「まったくだ」


「なんだよ? 何が問題なんだ?」


「あれは可愛らしすぎて、我々の仕事が手に付かん」


「……あー。そういうオチか」



春蘭のその一言に、零治は納得したように声を出す。



「案を出してもらった音無と亜弥には悪いが、あの二つの服は禁じ手という事にさせてもらった」


「そりゃまあ、いいが……。もう着せないのか?」



やはり案を出した本人としては一度は見てみたいのだろうが、春蘭が恨めし気な視線を向けながら言う。



「我々を殺す気か……?」


「いや、オレも一度見たいんだが」


「すまんが、あのお姿の華琳様をお主に見せる訳にはいかん。それに、着付けさせる我々の身にもなってみてくれ……」


「……そうか。悪かった。じゃあ、オレはそろそろ失礼するぜ。午後から仕事なんでな」


「そうか。長々と引き止めて悪かったな」


「気にすんな。それじゃあな」


「ああ」



零治はヒラヒラと軽く手を振りながら二人の部屋を後にした。



「やれやれ。亜弥に無駄な借りまで作ったのに……あの時の苦労は一体なんだったんだよ……」



零治は廊下を歩きながらため息交じりに呟いた。

作者「はい。フラグが立ちましたー」


零治「そんなフラグ、今この場でお前を始末してへし折ってやる……」


作者「ちょ!? だから暴力はやめてっつーのっ!」


亜弥「まあまあ。零治、落ち着いて」


零治「これが落ち着いていられるか!」


奈々瑠「まあいいじゃないですか。全てにおいて完璧な人より、どこかずれた所があった方が人間味があっていいと私は思いますよ」


臥々瑠「そうそう。それに何したってあの話の内容は覆らないんだし、人間諦めが肝心だよ?」


零治「ぐっ……。お前らの言ってる事は理解できるが……納得したくないっ!」


亜弥「まあ、貴方の言いたい事も分かりますが……人間味がある点については同感ですね」


零治「おいっ! お前はそれでいいのかよ!?」


亜弥「私ですか? 私はもう諦めてますよ」


零治「…………」


作者「お前も亜弥さんを見習えよ」


零治「元凶であるお前にだけは言われたくねぇ!」

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